ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
今回は、あとがきあります。
418話 アビドス砂祭り
間に合わなかったなと、カヤツリは思った。
先程から運転する車のボディを抜けて、外から乾いた音が響いている。
花火の音だ。花火とは言っても、今はまだ午前中で日が高い。この花火は夜空に輝く華やかなものではなく、時報代わりの物でしかない。想像通りに窓から見える青空には、何筋かの花火の白煙が舞うのが見えた。
「砂祭り、始まっちゃった……」
同じものを見たのだろう。後部座席で、三人の女生徒が残念さと申し訳なさを同居させていた。
「ごめんなさい。私達のせいで遅れてしまって……後ろの荷物を見るに、会場に届け物があるんですよね……」
「ああ、良いよ。まだ始まったばっかりだろうからね。柴関や、他の店の在庫も未だ保つよ。それよりも、君たちを見つけられて良かった」
三人の内一人の謝罪に、助手席のホシノが気にしない様に笑う。事実、謝る必要はないとカヤツリも思う。
後部座席に座る彼女たちは、行き倒れていた。正確には、そうなりかけていた。
砂祭りを見にアビドスにやって来たは良いものの。砂祭り午前の部、最後の便。会場までのバスに乗り遅れてしまったらしい。
今回の砂祭りは、初めての大規模なものだ。何人来るかも分からないので、抽選式にさせてもらった。バスも無制限に走らせてもいない。つまりは、次の便を待てばいいというモノではない。最終便を逃せば、次の便は午後の部しか残っていないから。
そして、どうしても午前の部に行きたかった彼女たちは、会場まで徒歩での移動を選択し、当然の如くに道に迷った。迷って、ヒッチハイクの真似事をしていたのだ。そこを偶々通りがかったカヤツリたちがピックアップして今に至る。
カヤツリはチラリと後ろの三人をバックミラーで見る。
三人とも、それぞれの制服は違うもの。カヤツリも知らない学校の制服であった。髪型や雰囲気も、それぞれが全く違う。一人は眼鏡を掛けて知的そうで、一人はお嬢様然とした落ち着いた佇まい。最後の一人はどこかプチ不良染みた雰囲気だ。
──しまったな……
いくらカヤツリが在学中よりかは整備されたとはいえ、慣れない身での着の身着のままでの徒歩は自殺行為である。
そうなるから、カヤツリはバスを手配したのだ。当選者へのメールには、必ずバスで来場下さいとは書いたが。これからはその理由をデカデカと書く必要があるかもしれない。それか、緊急連絡先を明記するかだ。まだ裕福だった頃の過去のポスターを参考にし過ぎた弊害だろう。
カヤツリが改善案をこねくり回しつつ、女生徒たちの観察を続けていると、ホシノから声が掛かる。
「何か気になるの?」
「うん? 見たことない制服だからな」
そのホシノとカヤツリのやり取りを聞きつけたのか、女生徒達が声を上げる。
「これは中学の制服」
「ああ、そうなのか。道理で見たことないはずだ」
カヤツリは納得した。流石に中学校の制服など網羅はしていない。ホシノはホシノで興味が湧いたのか、後ろを振り向いて話しかけている。
「君たち、どこから来たの? 遭難しかけてたところからして、アビドスの近くじゃないんでしょ?」
「えーっと、私がミレニアムの方で、この子がゲヘナ方面で、こっちが」
「トリニティの方。そんなにお嬢様してないけど」
「そうなの?」
三人の答えにホシノは驚きの声だ。
「でも、随分と仲よさそうだね? 別々の学区なのに。それに、ゲヘナとトリニティでしょ? 私たちが学生の時とは違うのかもしれないけど……」
今の女生徒が言った場所は、それぞれが随分離れている。放課後に会うことなど、不可能に近い。それなのに、三人の間の空気は友人同士のそれだった。
「ああ、それは……私たちは幼馴染ですから」
「なのに、別々の中学に行ったの?」
ホシノの横顔は、疑問符で一杯だ。幼馴染であると言うなら、近所に住んでいないとおかしい。けれど、この三人は別々の中学へと進学した。それも、大分距離が離れた学園へ。
喧嘩別れでもしなければ、こんな風にはならない。ただ、そうであるのなら、ここまで三人一緒にやってこないだろう。そもそも、なぜこの三人は砂祭りにここまで執着するのか。どうにも裏事情を感じさせるが、それは直ぐに知れた。
「そうせざるを得なかった。私たちの故郷はここだった」
「ああ、もしかして……ごめんね」
ホシノの声が申し訳なさそうになる。それもそうだろう。彼女たちが別々の中学に進学したのは、行く場所が無くなってしまったからだ。故郷であるアビドスが衰退したから、彼女たちの通うべき中学校は無くなってしまった。そして、色々な事情が重なって、別々の道を選択したのだろう。
「なんで謝るの?」
ただ、女生徒たちは困惑顔だ。ホシノには多少の罪悪感があるだろう。けれど、それは彼女たちにとっては知る由もない。謝られても意味が分からないに違いなかった。
彼女たちの反応から、そのことを理解したのか。誤魔化すようにホシノの声がうわずる。
「そういえば、砂祭りはどうやって知ったの? 一応、宣伝は打ったけど。どこまではいくか分からなかったんだよね」
「宣伝? 運営の人なんですか?」
「うへ!? ああ、そうだね。そうだよ……」
ホシノは口をパクパクしている。幾らなんでもボロを出し過ぎていた。まぁ、今日は朝からそわそわしていたから仕方ない。何だかんだ、今日もホシノは上機嫌なのだ。
「なら、教えてください! 色々と聞きたいことがあるんです!」
「あの噂は本当なの!?」
「本当にアビドスは……!」
「うへ!?」
そんな事を知る由もない彼女たちは、ワッとホシノへと食いついた。ホシノは目を白黒させて、カヤツリを横目で見てくるが、カヤツリは運転中だ。多少の口は挟めるが、話の流れを変えるほどに口を挟むのは危険で、どうしようもない。
「ちょっと待って? 君たちは何を聞きたいのさ。それに噂って?」
「色々ありますけど、一番はアビドスの復興です。あれは、本当なんですか? 本当に、復興が始まったんですか? セイント・ネフティスの言っていることは」
バックミラーに映る、彼女たちの目は真剣だった。それを正面から受けてめて、ホシノは答える。
「本当だよ。前みたいなのじゃなくて、本当に復興は始まってる。セイント・ネフティスだけじゃなくて、他の企業も参加してるんだ。この砂祭りだって、色々な人が協力してくれてるんだよ」
「そうなんですか。じゃあ……」
「そうだね。アビドスの復興は始まってる。今年もアビドス高校に新入生は来たみたいだから」
女生徒たちは興奮しているようだったが、安堵の方が勝ったらしい。お互いに顔を見合わせて喜びあっていた。
無理もないと、カヤツリは思う。普通はアビドスが復興すると言われても信じない。一度出て行ったなら猶の事。なまじ、前科のあるセイント・ネフティスが協力している。カヤツリ達は、あれが仕方のない物と飲み込んではいるが、外野はそんな事は知らない。
だから、また裏切られるのではないかと思うのも当然だろう。これまでに来た新入生だって、セリカやアヤネのような、アビドスのほど近くに住んでいた住人が来てくれている。一度自治区から離れて戻ってきたアビドスの住人を、カヤツリは初めて見た。そうなれば、ここへ歩いてでも来ようとした理由は察するものがある。
「だから、来たんだな。この砂祭りを見て、本当にアビドスは復興するのか。本気であるのかを確かめに来た」
「そうです。あわよくば、今の生徒会長。あれ、対策委員長でしたっけ? その人達に話も聞きたくて」
話したらどうするのか。その先は聞かなかった。きっと、話を聞いたアヤネやセリカは喜ぶだろう。カヤツリ達の正体を明かすつもりもないし、アヤネたちの楽しみを奪う気もない。カヤツリ達は、その気持ちをよく知っている。
気分が大分よくなって、車のスピードも上がる。このまま行けば、もうすぐ着くだろう。そんなカヤツリの耳が、ホシノと女生徒たちの会話を拾う。
「じゃあ、あの噂も本当? あの伝説の?」
「伝説……?」
盗み聞きしていたカヤツリの頭に疑問符が浮かぶ。伝説染みた噂など、カヤツリは聞いたこともない。でも、ホシノは知っているようでうんうんと頷いている。
「ああ、あのイベント会場の事?」
「そうです! あそこで好きな人に告白したり、一緒に共同作業をすると、幸せになれるっていう噂の!」
「実際に式を挙げた人がいたんですよね!?」
「うん。そうだよ。何しろ私はそこにいたし、見てもいたからね。とても良かった。あれほど幸せなことはないよぉ」
「ホントですか!?」
動揺でハンドル操作を誤らなかった自分を、カヤツリは褒めてやりたいくらいだった。一体、何をしているのかと横目でホシノを見ると、完全に浮かれたホシノが見える。
「うへぇ、そうだよ。着くまでに時間はあるし、知っている範囲で答えるよ」
「じゃあ、アレはホントなんですか? 先生や、三大学園のトップが来たとか言うのは」
「ホントだよ? あの当時のゲヘナの風紀委員長も来てたね。あの破廉恥な行政官もいたし……」
参加者の肩書を耳に挟みつつ、カヤツリはアクセルを踏む。早く着かなければ、何を言われるか分かったものではなかった。ホシノはどうだか知らないが、カヤツリは恥ずかしいのだ。たとえ、後ろの女生徒たちが何も知らなくてもだ。
「じゃあ、何か騒動があったって言うのも? 異形の者たちが押し寄せてとかも聞いたんですけど……」
「異形の者?」
ホシノは思い至らないのか首をかしげている。カヤツリには心当たりしかない。
「えっと、確か……真っ黒な人に、頭が二つあるマネキンに、テレビ頭に……」
「ああ、それは新郎側の関係者だね」
あの時の黒服たちの席は異様な雰囲気を放っていた。他の面子も武骨で物々しいカイザー理事の面々。まぁ、そんなだから、彼らを知らない人間が見れば噂にもなるだろう。
そして、カヤツリの努力のお陰か。花火の音が大きくなってきている。もうすぐで大オアシスだ。それはホシノも感じたのか、話を畳み始めた。
「じゃあ、次ので最後かな。もうすぐ着くからね」
「それなら、最後に大騒ぎになったって言うのは? なんか、学園間の戦争が起こりかけたとかなんとか……」
「あーっとぉ……」
ホシノは言い淀んだ。カヤツリも何があったのか知っているが。まさか、あんなことになるとは思わなかった。言い淀んだ態度に興味を引かれたか、女生徒たちは詰め寄る。
「なにか、あったんですね?」
「うん。ブーケトスって知ってる?」
「そりゃあ、もちろん知ってますよ! 花嫁からのブーケを取った人は結婚できるイベントですよね。全女子の憧れです。やったんですか?」
「やったんだけどね……ほら、あの時の参加者って、先生に助けられた人が多かったからさ。で、知ってるとは思うけど、シャーレの先生の人気はああじゃない? だからさ……」
「あっ……」
何かを察したのか女生徒たちは黙った。概ね想像の通りであろうと思う。
花嫁からのブーケを受け取った未婚の女性は、次に結婚できるのだ。あの場の参加者で、それを欲しがるものなど山のようにいる。そんな参加者たちの群れににブーケを投げるのは、飢えたピラニアの水槽に生肉を投げ入れるに等しい。
「誰が取ったんですか? あ、まさか、もしかして……」
「うへっ!? 私じゃないよ?」
バックミラー越しに女生徒の視線がホシノを捕えるのが見えた。ホシノはキョトンとした顔をしている。カヤツリは無言でアクセルをべた踏みした。考え得る限りの最悪の答えだった。
女生徒たちは不思議そうに、ホシノと、ハンドルを握るカヤツリの左手を指差す。
「え? でもだって、指輪してるじゃないですか。受け取ってなくて、あの噂の式を知ってるんですよね? その場にいたんでしょう? ん? まさか……」
「着いたぞ! 降りた降りた!」
完全に感づかれた。ただ、ギリギリ間に合った。後部座席の扉を開けて、有無を言わさずにアヤネたちの居るだろう方向へと追いやる。
女生徒たちは何か言いたげに、ニヤニヤしながら、その場を去っていった。このまま砂祭りを周れば忘れるだろう。忘れていて欲しい。
「ああ、もう……」
サイドブレーキを引いてから、カヤツリは顔を手で覆う。やけに顔が熱かった。ホシノは結構な頻度で話したがるが、カヤツリとしては未だに慣れない。指の隙間からホシノを見ると、ニコニコしながらカヤツリを見ている。
「ごめんね。でも、やっぱり私は嬉しいんだよ」
「知ってる……」
「うへぇ、照れちゃって。カヤツリは可愛いねぇ」
こうなってから、ホシノはやけに強かだ。こうやって弄られることが増えたように思う。言い返そうにも何もないので、カヤツリは黙って車のトランクの鍵を開けた。
トランクの中のクーラーボックスの山はひんやり冷たい。この高温で中の食材が痛んでいると言う事態にはならなさそうだ。一つ一つ降ろしていくと、ホシノも助手席から降りてくる。
「大丈夫そう?」
「うん。大丈夫。このまま、大将の所へ持っていける」
遠くの方では、人の列が見える。恐らくは柴関の順番待ちだろう。材料にはまだ余裕があるだろうが、早ければ早いほどいい。あの女生徒たちも、もしかしたら並んでいるかもしれない。
「あの娘たち、戻ってきてくれるのかな」
同じことを考えたのか。ホシノがポツリと呟いた。少しカヤツリは考えて、口を開く。
「戻って来るよ。そうじゃなきゃ、あんな質問はしないし、ここまで徒歩で来ようとはしないさ」
「そうか、そうだよね」
お互いに黙ると、砂祭りの騒めきが戻って来る。行く人行く人は全員が笑顔で、とても楽しそうだ。遠くに見える大オアシスでは船を浮かべている者もいる。
それらを見ると、カヤツリは全てのクーラーボックスを降ろし終わっても、どこか動く気がしなかった。何故だか胸が一杯で、何も言えない。
「叶ったね。カヤツリ。見ててくれてるかな」
「そうだな……見てると思うよ」
誰にとは言わない。かつて、カヤツリがホシノへ言った事だ。ユメの願った事。砂祭りを見せてあげようという願い事。最初は砂浜でのバーベキューでしかなかったそれが、今はここまで大きくなっている。あの時の約束は、今叶っていた。
来年はもう少し大きくできる。だが、大まかな形は変わらない。この形のまま徐々に洗練させていって、砂祭りは復活を迎えるだろう。
「なんというか……変わらないな」
「カヤツリも?」
「ホシノもか?」
お互いに顔を見合わせて笑う。思うところが一緒であったのが嬉しい。
「もっと、すっきりすると思ってた」
「そうだね。私は泣くかと思った。でも、なんというか、すんなり飲み込めたよ」
ホシノは眩しそうに青空を見上げる。
「たぶん、もうずっと前から納得できてたんだね。だから、こんなに何もないんだ。やったっていう達成感はあるけど……それもあるからかな?」
「そうだな……もう受け入れてたんだな」
自分で言って、その言葉がすんなり入ってきた。受け入れた。カヤツリはいつの間にか、受け入れていた。かつて先生に言われた事はとっくに出来ていたのだろう。
「外への買い出しにいつまでかかってると思ったら……また二人で何やってるんですか!? みんな待ってますよ!」
二人で黄昏ていると、遠くからよく通る声が聞こえた。見れば、アヤネが此方に向かって叫んでいた。傍にはあの女生徒たちが見える。聞かれて、ここまで連れてきたのだろう。後ろにはセリカやシロコ、ノノミもいる。
「呼んでるし……行こうか?」
「そうだね。カヤツリ。行こう?」
えっちらおっちらとクーラーボックスを抱え上げて、カヤツリは立ち上がった。その時、誰かに呼びかけられたような気がして、足を止める。
肩越しに振り返ろうとして、ホシノと目が合った。少し見つめ合って、軽く振り向く。
当然の様にそこにはなにもない。きっと風の音と喧騒で、そう聞こえただけだろう。それに、どう思ってもいいのだ。
今のが誰の声だと思ってもいいし、内容だって何でもいい。もう、それに縋らなくたっていい。
カヤツリは知っている。ホシノだって知っている。もう受け入れている。だから、そうやって生きていくのだ。
ここに置いていくのでもない、忘れるのでもない。全部抱えて歩いていく。
もう、それだけしかなかった自分たちではない。それだけではない沢山の事が、この両腕にはあるから。
きっと抱えきれない事もあるだろう。重くてどうしようもない時もあるかもしれない。だから、二人で歩いていくのだ。そうすればきっと、どこまでも歩いて行ける。
もう、二人は振り返らなかった。前を見て、後ろのものを抱え上げて、自分たちの積み上げたもの、帰るべき場所の方へと進んでいく。
そして、おかえりと言う仲間たちに、こう言うのだ。
「ただいま」
そして、カヤツリはアビドスへ。皆が待ち、大切な人と一緒に、自らの居場所へ帰ってきた。
これにて、本編のエピローグになります。ここまでありがとうございました。
これから先は、本編のアフター、ケイちゃん回を予定しています。トリニティ、ネフティス、ゲヘナアフターは構成中です。
少なくとも、トリニティは外堀埋め尽くしの着地点が思いついたら。ネフティスは別の相方が生えてきて、これはネフティスルートのアフターでいいのかと思ったので難航中です。ゲヘナは三人の関係性が焼け野原になり、ヘイト役が詳細不明の雷帝、嵐、しょうゆちゃんだけでは力不足にも程があるのでゲヘナ編の続報を待ちたいところです(我慢できなければスオウみたく捏造で勝手に書くかも知れませんが……)
原作でアビドスイベントがあれば書きたいとも思っています。体力が許せば、個別ルートや一発ネタとかも。
このペースで書き続けられたのも、感想や反応があったおかげです。このままのペースで続けられたらとも思います。ここまでありがとうございました。これからもよろしくお願いします。