ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
1話 引継ぎ準備
天気が良い時は、良いことが起こるものだ。逆に天気が悪いと反対のことが起こりやすい。これまでの人生の経験で、十六夜ノノミはそんなジンクスを持っていた。
カヤツリあたりに言わせれば、天気の良し悪しと物事の良し悪しは何の因果関係もないし、単純に関連付けて覚えているから記憶に残っているだけらしい。だから、天気と良いことが起こった日を比べれば大した差はないとも。曇りや雨の日だっていいことはあるのだと。何を勘違いしたのかカヤツリは昔にノノミを慰めてくれたことがあった。
それは正しいのかもしれないが、ノノミは天気が悪い日はその理論を持ち出して。逆に天気がいい日は今までの理論を持ち出していた。
そして今日は晴天だ。暑すぎもせず、逆に寒すぎもしない。日差しも柔らかく過ごしやすい天気。絶好のサイクリング日和でもあるし、隣に座る自転車通学のシロコの機嫌も良い。それはノノミのジンクスを証明してくれていた。
──シロコちゃんには感謝ですね……
不安で一杯だったノノミの気分が和らぐ。いつも通りの部室で、いつも通りの予定だが。ノノミは少しばかり緊張していた。その理由はノノミしか知らない。
「それでは、今日の対策会議を始めますが……」
いつも通りに会議の始まりを告げるはずのアヤネの声は、尻切れトンボに落ちていく。アヤネの目線は、並んだ二つの空席に向けられていた。
「本日も、カヤツリ先輩とホシノ先輩がお休みです。ですので……」
「ん。私とノノミがアビドスの責任者。二人が頑張ってねって」
ふんすとシロコが胸を張っていた。少しばかり、ノノミはシロコが羨ましくなる。
アヤネが言った”本日も”という言葉の通りに、カヤツリとホシノは休暇中だ。その間の責任者はシロコとノノミの二人になる。シロコの言ったように、カヤツリからの頑張っての言葉もある。
だが、セリカの反応は微妙だ。
「お休みって……家でイチャついてるだけじゃない……」
「ちょっと!? セリカちゃん……!」
セリカが、何とも言えない顔で言うのを、アヤネが顔を赤くして止めていた。セリカの反応も、分からないでもなかった。
「まぁ……最近のホシノ先輩は……」
「ん。浮かれてる。うへうへモード。だから隙ありと思って戦いを挑んだら、コテンパンにされた。前より強いかもしれない」
シロコもアヤネもセリカも、ガムシロップを無理やり流し込まれたような顔をしている。それほどまでに、最近の二人は甘かった。
朝は一緒に登校して来るし、会議はいつも隣同士、午後は一緒に昼寝。そこまでは普段と同じだが、妙にスキンシップが多い。キスとか、耳舐めとか、首筋に噛みついているとか。かつての粘膜接触は鳴りを潜めている。
二人も、ノノミ達の前ではそんな過激な事はしないだろう。ただ、手を繋いでいるその時に指を絡めているとか、食べている弁当の中身が同じとか、すれ違った時の匂いが同じとか。そんな無意識の行動すべてが甘ったるい。
初めは良いが、今となっては少ししつこい。毎日がロールケーキでは飽きてしまうように。最初は憧れの目で見ていたセリカが、こんな反応になるのも仕方がないのかもしれなかった。
「まぁ、ほら。色々あったじゃないですか。二人は漸く一息吐けたんですよ」
ノノミはそれとなく庇う。セリカの言うように、空気が甘すぎるきらいはある。だが、この件に関しては、ノノミは嬉しさの方が勝っていた。
「ん。ホシノ先輩も嬉しそう。それに、やっとホシノ先輩とカヤツリ先輩は自分を優先してくれるようになった」
シロコも同じのようだった。あの歪で粘ついて、妙な接着の仕方をしていた関係が正常化したのだ。それを間近で見ていたノノミ達からしたら、嬉しいことこの上ない。ホシノがノノミ達を優先してくれるのは嬉しいが、自分を蔑ろにされるのも気分が良くはない。
何度言っても止めなかったそれを、もうホシノはコントロールできるようになっている。やり過ぎもせず、放置もしない。ちょうどいい塩梅だった。それを一番実感しているだろうセリカが口を尖らせる。
「ん……そうね。私を揶揄ってくるのは変わらずだけど。でも、最近は会議も真面目だし、居眠りもしないのはいいわね。こっそり、何かするのも無くなったし……」
「ふふ……そうですね」
セリカは拗ねた様に言うも、口の端は上がっていた。最後に良いところを言って誤魔化すのもらしい。それを一々指摘する程、アヤネやノノミは無粋では無かった。
ちなみに今回の休暇は、カヤツリがホシノの機嫌を損ねた埋め合わせではない。セリカの言う通りに、デートの為に休んでいる。それ自体は先に言ったように喜ばしい。ノノミ以外にとってはそうだろう。だが、ノノミだけは知っている事実がある。
今回、休暇のもう一つの理由をノノミは知っている。何故、カヤツリ達が休んでいるのか。ノノミ達に何を期待しているのかを知っている。
何故か。教えてもらったからだ。それも、当の先輩たち本人から。
□
「ノノミ後輩は明日からシロコと協力して、対策委員会を回してみてくれ」
休暇の前日。個別に呼び出されたノノミを待っていたのは、カヤツリの無慈悲な言葉だった。茫然とするノノミに、カヤツリは尚も告げる。
「勿論、俺とホシノ抜きでだ。それで追加条件として……って。その顔、何でそんな事をいきなり言い出すのかって顔だな」
コクコクとノノミは頷くしかなかった。いきなり、こんなことを言われても、意味が分からない。ええと、困った顔をするカヤツリに、ホシノが注釈を入れていた。
「ほら、ノノミちゃん。おじさんたちはもうすぐ卒業でしょ? そろそろ、引継ぎをしようと思ってさ。これは練習って感じかな。まずは通しでやってみてって感じだよ」
「そうそう。通しでやらないと、問題点があぶりだせないからな。心配しなくても、いつでも相談してくれていい」
そういや。この二人はスパルタだったなと、ノノミは思い出した。何だかんだで、この二人は要求が高かったのだった。今までは後輩だからと言う理由で押さえられていたリミッターが、盛大に外れている。
それはノノミやシロコが庇護対象から外れたと言う事で、それ自体は嬉しい。だが、こんな事態は想定していなかった。大体が、何故シロコはここに居ないのか。そう問いただせば、直ぐに答えが返ってくる。
「シロコとノノミ後輩は別の人間だろう? 一緒のプランな訳がないじゃないか。役割も違う」
「役割……ですか?」
「そうだよ。ノノミちゃん」
聞き返すと、今度はホシノが自身とカヤツリを指差していた。
「私とカヤツリは役割分担してるんだよ。カヤツリがずっと先の方を見て、私がすぐ前を見るって感じかな」
「つまり、どういう……?」
「長期目標と短期目標の違いだよ。俺が、最終目標までの大まかな道のりと、達成すべき目標を考えて。ホシノがその目標についての細かい点を考えてくれてるのさ。会議の時に、茶々を入れるのはいつもホシノだろ?」
思い返してみれば、そうかもしれない。直前の案に対して似たような、それも問題点を増強したような案を出していたような気がする。となると、二人はノノミに、その類の事を期待しているのだろうか?
「なら、ホシノ先輩みたいにできるようにと。そういうことですか?」
「違う。そっちはシロコで、ノノミ後輩は俺の方だ」
バッサリとノノミの答えは切り落とされた。ノノミは難しい顔をする。カヤツリは見透かすかのように、目を細めた。
「上手くできないと思ってるな。そりゃ最初は皆そうだ。俺だってそうだったし、焦らなくていい。それに、これはノノミ後輩のこれからにも役立つと思うね」
「これから? 何にですか?」
「ノノミ後輩は、ネフティスに戻るんだろ? そこでどうしたって、部下を使う事になるだろう。両親にも報告する事だってあるだろう。俺とも仕事の話をすることになる。だから、ここで慣れておけってことだよ」
両親の事、仕事の事、未来の事。痛いところを突かれて、ノノミは眉間に皺が寄った。それに、カヤツリの言い方が引っかかる。
「シロコちゃん達を練習に使うんですか? 本気で言ってますか?」
「ああ……言い方を間違えたな。所謂、情報伝達の練習をして欲しかったんだよ。決断の練習とも言えるか。その為に俺のやり方を言っただけだ」
本当にそのつもりはなかったのだろう。カヤツリの顔が申し訳なさそうになっていた。
「俺は全部の情報を抱えているが、俺の身体は一つで一人では全部を回せない。だから、手伝ってくれる他人へ伝達する必要がある。だが、それら全てを他人にいきなり入れようとは思わない。情報には色々あるからだ。百パーセント確定している物、半分ほどの確度しかない物、あくまで予想でしかない物、それらが混在してるんだ。それを流し込んだところで、どうしたって全ては理解できないし、上手く伝わりはしない。必要な物だけを考える必要がある」
「ほら、シロコちゃんにさ。そうだね……ほら、おじさんが総会の会場に突っ込もうとした時だよ。シロコちゃんは上手く言い返せずにパンクしちゃったでしょ? 同じことだよ。情報詰め込み過ぎたらどうなると思う? 多分、パンクするよ。シロコちゃんはどっちかって言うと、分かっていて考えない所あるから」
「シロコは、確固たる判断基準がある。予想だけの情報いかんでの方針変更はあまりしないだろう? だから、確実な事だけを伝える。後は状況だな」
それは、そうだ。シロコがバカだと言う話ではない。ゴチャゴチャ考えるよりも、自分の基準で決められると言う話だ。そのシロコに、必要以上の判断基準を入れたところで混乱させるだけ。
「入れる情報を選ぶ必要がある。いきなり全部の情報を入れて見ろ、考える余地が無くなって、シロコの良さがなくなる。それは、シロコだけじゃない。セリカ後輩だってそうだし、アヤネ後輩ですらそうだ。セリカ後輩は悪い情報も入れないと調子に乗るし、悪い情報だけだと自棄になる。アヤネ後輩は、事実だけじゃなくて希望的観測も入れ……痛い……」
「……カヤツリ、いきなり詰め込みすぎ。まぁ、ノノミちゃん。カヤツリが全部正しいって訳でもないんだよ。失敗した事だって何回もあるからね」
カヤツリの脇腹を抓りつつ、ホシノは仕方なさそうに言う。
「これは、カヤツリのやり方だから。ノノミちゃんが気に入らないなら、ノノミちゃんのやり方を見つければいいんだよ。秘密を抱えて騙すみたいにしているのが嫌なら、他のやり方を試してみればいいの。今回はそのための時間なんだよ」
一息置いて、ホシノが優しく告げる。
「何かあったら連絡してくれればいいよ。何でも答えるし、おじさんたちは直ぐに戻って来るからさ。だから、やってみない?」
ホシノの言葉は優しいだけでは無かった。その中には確かな厳しさがあった。でも、それはノノミを思っての厳しさだった。それを無下にできるほど、ノノミは人でなしではないのだ。
□
──でも、ちょっと荷が重いですよ。カヤツリ先輩、ホシノ先輩……
思ったよりも難しいこの事態に、内心でノノミは呟く。
朝からの不安の理由がこれだ。上手く対策委員会を主導して回す。普段、カヤツリやホシノがやっている。それだけのことが難しかった。何しろ、何をどうすればいいのか分からない。今やっていることが正しいのか、そうではないのかが分からないのだ。
結局、シロコには何も言えていない。ノノミですら纏めきれないものを、シロコに分かる様に伝える自信はなかった。シロコはシロコで、二人から何か言われているようだが、普段の様にしか見えない。割り切れているシロコが羨ましい。
それに誤魔化しが効かなくなり始めている。気を取り直して、ノノミはアヤネに声を掛ける。
「アヤネちゃん。今日の議題は何ですか?」
「いえ、それが……特にありません。復興計画の立案もできるところまでは丁度、昨日で全部終わってしまいました……」
「つまり、今日以降は私たちで考える必要があると……」
とうとう、来てしまった。昨日までは普段の流れを踏襲すれば良かった。ただ、物は消費すれば無くなるもので。昨日で溜まっていた議題を全て消費してしまった。
今になって思えば、今まではカヤツリやホシノが、それとなく供給していたのだろう。それにも気づかず、ノノミは唯乗っかっていただけだったのだ。それを、今日からノノミはどうにかしなければならない。
普段なら、それとなく誘導してくれる二人はいない。仕事の残りもない。今日は、今日だけは、ノノミ達だけで考えなければならない。
「ん。今日は休みにする?」
「それもいいかもしれませんね」
ノノミが手をこまねいているうちに、シロコとアヤネが話の流れを作ってしまう。慌てて、ノノミは口を挟む。
「二人が居ないからといって、それは……」
「そうね。先輩たちがお休みだからって言うのも、なんか違うわよね」
仕事がないと聞いたセリカは、目を瞑って考えている。が、何も思い浮かばないのか低い声で唸っていた。
──ああもう……どうすれば……
ノノミは完全に焦っていた。このまま、後輩たちの意見を横流しするだけでは、ノノミの居る意味がない。
今日をお休みにすれば、そのままズルズルと落ちて行ってしまいそうな気がする。先の見通しがある程度立って、対策委員会にはかつての貪欲さが無くなってしまった気がするのだ。それを良しとして、ノノミ自身が低きに流れて行ってしまいそうだ。けれど、それを防ぐ為の何かを今のノノミは思いつかない。
一応の解決手段はある。電話すれば良い。二人に、これこれこうで、助けてくださいと。
だが、今のところはその手段は取りたくなかった。それではまるで、ノノミが何もできなかったみたいだ。だから、必死でノノミは頭を回す。
窮すれば通ずと言うように。ふと、ノノミの頭に天啓が降りてくる。
「そうです。宝探し……」
「宝探し? ほとんどの場所はもう、過去に先輩たちが探したはずでは? それに殆ど持ち出されてしまったはずです」
アヤネが、眼鏡を直しながら言ってくる。それは分かっている。でも一つだけ、探していない場所があったはずだ。
「アビドス本館です。あそこなら、まだ何も探していないはずです」
「アビドス本館? 生徒会の谷じゃなくて? ノノミ、あそこはもう……」
宝探しの場所を聞いたシロコが、場所の名前をオウム返しに繰り返していた。冗談でしょ? そんな目線もセットだった。
その視線の意味は、場所の優劣に対してのものではない。生徒会の谷には価値あるものが眠っていたらしいが、それは過去のアビドス生徒会が消費してしまったらしい。だから、そこには何もないのだと、以前の事件でノノミたちはそう聞いていた。
だから、シロコが聞き返したのは、本当にそれが出来るのかという意味だった。ホシノがまだ一年生の頃に、アビドス本館は埋まってしまったのだと言う。だからこそ、ノノミたちは分校であるこの校舎に居る。そして、本館のある場所の現在を、ノノミは知っている。
本館のあった場所は、殆ど一面の砂原になっている。精々が電柱の頂点がわずかに突き出しているくらいで。どこに何があったのか、それが分かるようなランドマークは何一つない。本館で宝探しと言っても、多くの時間が掛かるだろう。場所の特定すら難儀しそうだ。
でも、過去にカヤツリはあっけらかんと言ったのを、ノノミは知っている。
「ええ、シロコちゃん。アビドス本館は砂の下です。でも、カヤツリ先輩は隠し通路があると」
どうやら昔に、ユメ生徒会長から教えてもらったらしい。中まで直通の隠し通路。そこからなら、中まで侵入できる。老朽化の具合を見て補強は必要だろうが、時間を掛ければ中の物を回収できるかもと。
「確認だけしてみましょうよ。お休み中の二人にも許可を取ってです。それに、何か見つかるかもしれません。この間の花火みたいなものが」
自分で言って、いいかもしれないと、ノノミは思った。確か、前アビドス生徒会は本館での活動記録が最後だ。あとは夜逃げも同然に、ユメ生徒会長に引き継ぎも無く押し付けていったらしい。なら、ユメ生徒会長も知らない何かが、そこにはあるかもしれない。
「そうね。そうかも。あの花火は結局は回収できなかったし……」
「ん……いいかもしれない」
セリカとシロコの二人はやる気を見せ始めていた。
あの砂漠に埋まっていた特別製の花火は回収できなかった。代わりに大オアシスが復活したのだからノノミとしてはトントンどころの話ではなく、これ以上欲張る気は無かった。だが、シロコやセリカとしては損をしたと言う気持ちが大きいのか、少しのしこりを残しているのを。ノノミは日々の生活で感じていた。それが、上手く作用している。
「アヤネちゃんも、どうですか? こんなに時間があるのは、今週くらいでしょうし……」
「うん。そうですね。ノノミ先輩の言う通りかもしれません」
兎に角、ノノミは安心する。何もできなかったという最悪の事態は回避できたからだ。
隠し財産というものを、ノノミは全く期待していない。けれども、今のノノミにとって重要な物。例えば過去の資料やら、生徒会活動の記録があれば儲けものだろう。もしかしたら、生徒会活動のノウハウもあるかもしれない。そうすれば、ノノミは迷わなくても済むかもしれない。
そんな期待を胸に、ノノミは電話を取り出して、二人へとコールした。