ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
アビドス本館への隠し通路。その特定と確保、補強は思いの外早く終わった。
その立役者たちは、ノノミにとっては予想外の人物だった。
「ドローンを先行させて調査したが、通路の経年劣化の程度は想像以上に低い。過去の裕福だった頃の名残だろうな。素材や工法に随分と金を掛けている。内部で派手な銃撃戦や爆撃、極端な荷重でもしない限りは問題ないだろう」
ノノミたちの前に立っているのは、カイザー理事だ。正確には元が付くが。
理事は以前見たスーツではなく作業服に身を包んでいる。今も、ぽっかりと口を開けた隠し通路についての報告をしてくれていた。
「だが、奥の部屋は注意しろ。床板が破損して穴だらけだ。空気も悪かったのでな、換気はしておいた。その換気システムは残していく。だが、念の為に防塵マスクとゴーグル、地上待機要員くらいは必要だろう。我々と違って、フィルターの交換では済まな……なんだ、その顔は」
「いえ、色々と予想外だったので。予算以上。いえ、予算内で、ここまで……?」
アヤネは理事の報告に信じられないような顔をしている。アヤネには、今回の理事の仕事が、どれだけの労力をかけたものか理解できるのだろう。
着ている服や、カヤツリからの紹介とはいえ仕事をしてくれていること。その仕事が、恐ろしく丁寧。それがノノミたち対策委員会に向けられているのが、どうにも慣れない。
あの総会の会場での啖呵は見ているが、思うところはないのだろうか。なんというか、理事はノノミたちのことを嫌っていると思っていた。
固まるノノミたちを理事はぐるりと見渡して、納得したように頷く。
「ああ、成る程な。私がカヤツリからとはいえ、ここまでやるとは思っていない。そんな顔だな?」
「ん。そこまでは思ってない」
「だが、嫌味の一つは言うと思っていたのではないか? 砂狼シロコ。貴様らは顔に出すぎだ。その点は小鳥遊ホシノを見習った方がいいかもしれんな」
シロコが渋面になる。理事の視線がノノミの方を向く。
「私の過去が過去だ。それも仕方ないだろう。仕事において、信用というのは代え難いものだからな。その点においては、私に非がある。プレジデントの命令だったとはいえ、私がアビドスに行った所業は許せるものでもないだろう」
だが、と理事は腕を組む。
「だからこそだ。だからこそ、仕事で返すしかない。それは貴様の生家であるネフティスもそうだろう。十六夜ノノミ」
それはその通りで、ノノミは腹も立たないし言葉もない。
「だからこそのこの仕事を受けた。此方が提示した見積もりの範囲で出来うる限りのことはしたつもりだ。何年も砂漠で宝探しをさせられていたのだから、これくらいは慣れたものだ。……これで安心したか? 対策委員会? 前の私らしく接してほしいのだろう?」
「ぐ……」
「そうですか、ありがとうございます」
セリカが悔しそうな顔になったのを見て、ノノミは流れを打ち切った。それを見た理事が感心したように声を漏らす。
「ほう? 責任者らしくはなったではないか。見たところ、勉強の最中のようだ。しかし、随分と甘い事だな。顔や態度を見れば分かる」
「甘い?」
「ほう? 気になるかな?」
「なります。教えて下さい」
理事が垂らした糸に、ノノミは飛びついた。それに針が付いているかいないかは知らないが、カイザーの理事をやっていた人間の話には興味があった。
「そういうところだ。幾つかはあるが。まず聞けば、ちゃんと答えが返ってくると思っている所だ。実に甘ちゃんで、愚かだとは思わないか? 私がどこの誰だったか忘れた訳でもあるまい」
「ちょっと待ちなさいよ……!」
強い言葉に固まるノノミを庇う様に、セリカが声を上げた。
「さっきと言っていることが違うじゃない! らしくなったって! 良い人になったんだなって、ちょっと見直したのに!」
「良い人? 勘違いも甚だしいな。私は私だ。急に人が変わることなどありえん。そして別に、貴様らに対して意地悪しているという訳ではない。社会に出れば、当たり前にある事実だ。しっかりと質問をしても答えが返ってくるとは限らない。私とて、そうだ。私がまだ新人だったころ、そこの十六夜ノノミのようにしたことがある。仕事上の、少々応用の利いた疑問を指導係にぶつけた時がな。なんと言われたと思う」
セリカが、尚も言い返そうとして黙る。想像がつかないわけではない。この会話の流れだ。結果の正負など一つくらいしか思い浮かばない。
「なぜ、私の知識をお前に教えなければならない。だ。その指導係は、自分の知識を私に提供することを拒んだ」
「え……?」
ノノミはいきなり頬を殴られたかと思った。それくらいに信じられないことだ。
「指導係だったんですよね? それなのにですか?」
「それなのにだ。十六夜ノノミ。ちなみに嫌がらせが全てではないぞ。必要最低限の事は指導係は教えてはいた。人としてどうかとは思う上に、意地は悪いかもしれんがな。私とてまだ青かった。それなりに傷つきもし、自らを責める事もあった。改善に力を入れたこともある。全く持って、無駄な時間だったが」
ノノミの常識には当てはまらない事実だ。そうするメリットが何も思い浮かばない。理事が意地が悪いと言う以上は、指導係の対応は褒められたものではない。が、理解はできる理由があるのだ。
「答えは簡単だ。知識という物には価値がある。その指導係だけではない。その人間だけの考え方や行動指針、方法、物事への対処の仕方。それを知識や技術というのだ。それは個人個人が磨きあげた結晶なのだよ。長い年月と対価を払った……そうだな、真珠とも言うべきものだ」
理事は答えが出ないことは分かっているのか、直ぐに答えを口に出した。その時の事を思い出しているのか表情は苦々しい。
「私がしたことはな。それを無償でよこせと言ったに等しかった。私は新人なのだから、お前は指導係なのだから、お前のそれを無償でよこせとな」
「そんなの……それでも……」
理不尽だ。そう呟いたのが聞こえたのか、理事は鼻で笑う。
「ああ、理不尽だ。あれは指導係の理屈であって、そうでない人間もいる。寧ろその方が普通で、関係性の観点から見れば大幅な減点だろう。だが世の中の数割には、こんな考え方をする人間はいる。少なくとも、カヤツリはそうだ。もしかしたら、小鳥遊ホシノもそうかもしれん。案外、似たところはあるものだ」
「そんなわけない……! そっちが勝手に言ってるだけ!」
シロコが眦を釣り上げていた。けれど、理事は焦らない。片眉のパーツを少し上げるだけだ。
「そう思うのは、貴様らがあの二人の後輩だからだ。後輩だからこそ、あの二人は自らの知識を惜しみなく分け与える。血と汗に塗れながらも磨き上げた知識と技術をな。他の人間に請われて教える図が頭に浮かぶか? 少なくとも私は想像できないがな」
ノノミは思い浮かばなかった。カヤツリが自分のやり方を、他人に教える図が想像できない。ホシノにすら教えなかったのだ。シロコもそうだったのか、顔が青い。
「カヤツリの交渉術や小鳥遊ホシノの戦闘技術。幾ら積んでも欲しい人間はいるだろう。それでも手に入らない可能性が高い。それを貴様らは無償で手に入る。それが当然だと思っている。その価値を知りもせずな。実に甘ちゃんで、愚かだとは思わないか?」
最初の問いを繰り出されて、ノノミは頷くことしかできない。なぜか、シロコもショックを受けているような顔をしていた。
「ああ、もう一つある。対策委員会。貴様らは、こう思っているのではないか? あの二人は、どうして一から教えてくれないんだろう。と」
無意識に体が震えて、言葉が喉を突く。
「どうし──」
「どうして分かるのか? 今の反応を見れば当然だろう。今まで無償で手に入れていた物の価値が高いと言う話をした。それが手に入りにくいとも、それが手に入る貴様らは特別だとも。それで、喜ぶどころかショックを受けている。ともなれば、今は放置されているのだろう? 今までのように教えられていない。だから、不安になったわけだ。そうされるほどの価値が、自分達にはないのではないのかと。このままでいいのかと。違うか?」
違うともいえるし、そうでないとも言えなかった。放置されているとは思わない。価値がなくなったと見捨てられたとも思わない。ただただ、不安だった。このままでいいのかという不安。自分の足場がボロボロと崩れていくような感覚が、呼び出されたあの日からずっと絡みついている。
それは、ノノミ以外もそうなのか。全員がどこか痛いところを突かれた顔をしていた。それを見た理事が再び鼻を鳴らす。
「フン。図星か。まぁ、贅沢な事だ。だが、仕方ないのかもしれんな。貴様ら生徒は、これまで受け身で生きてきたのだから」
「そんなことはありません! 私たちは、自分で決めて!」
「ああ、勘違いするなよ奥空アヤネ。アビドスに関してではない。貴様らだけの話でもない。生徒全体の話だ。貴様ら生徒は学園に通い、そこで知識と技術を詰め込まれる。そして時が来れば、いきなり社会に放り出されるわけだ。それまでとは、毛色の違う戦場にな」
アヤネの叫びを否定する理事の眼には、軽い呆れだろうか。それと少しの同情が見えた。
「今までは投げ渡される課題をやっていればよかった。お手本通りにしていればよかった。テストで高得点を取ればよかった。気に入らなければ銃を持って暴れればよかった。貴様らは得意そうだがな、社会は違う。これまでの法則は通じん。学園で教えられたことなど、五分の一。いや、十分の一でも使えればいい方だろう。ハイランダーやワイルドハント、オデュッセイアのような専門性の高い学園は事情が変わるだろうが。それでも全て使えればいい方だ」
例えばと、理事は本館への隠し通路を指さす。
「この通路の確保と保全。こんなものを、私が教えてもらったと思うか? 私は自分で覚えた。プレジデントの宝探しに必要だったからだ。必要になると考え、自分で覚えた。社会では、自ら動かなければならない。生徒の時のように大口を開けて待っていたとて、誰も教えてはくれんのだ。そのままでは困難に押しつぶされる」
「なら……」
ならば、最初からちゃんと教えて欲しい。それだけのものが待っているのなら、ちゃんと教えて欲しいのに。でも、理事はそんなノノミたちを笑うのだ。
「ハッ……貴様らは銃を初めて扱うときの事を忘れたのか? まさか、座学から始めた訳ではあるまい。砂狼シロコ。少なくとも貴様は違ったはずだ。最低限の安全管理の後に、様々な銃をまずは試したのではないのか? 料理を教える時に、いきなり具材の切り方や調味料の配合や作成方法から学ぶわけではあるまい? まずは簡単な物から作るだろう?」
「それが、どうしたの……」
「物事の学習方法の話だ。良く言うだろう。珠は磨いてこそだ。まさか、カヤツリや小鳥遊ホシノが。誰かから教えてもらってああなったとでも? 少なくとも黒服は、そんなお優しい人間ではないぞ。幾ら契約で知識を提供すると決めていたとしてもだ。機会を与えて自ら動かなければ、あの男はカヤツリを放置しただろう。契約上は、何の問題も無いのだからな」
何故か、理事は腹立たし気だ。ノノミたちを詰っているのに、そうする度に機嫌が悪くなっている。
「……全く、貴様らは甘いのだ。お粗末で、どれだけ甘やかされているのか自覚もしていない。質問の仕方も悪い。自分が何に悩んでいるのかも言語化できていない。恵まれ、甘やかされた環境に今もいることを自覚すらしていない。羨ましいくらいだ。ちゃんと教えて欲しいだと? 十六夜ノノミに砂狼シロコ。貴様らが求めるものは、この世に存在せんのだ。決して存在しない。それを私は、かつて求めて思い知った」
「かつて?」
まるで、昔はノノミのようだったと。理事は言う。それが信じられなくて、ノノミは聞き返す。全くそんな風には見えなかったから。
「失敗しない人間など存在せん。私しかり、プレジデントしかり、黒服しかりな。貴様は失敗したくないのだろう? 失敗して嫌な思いをしたくないわけだ。だがな、それが貴様だけだと思うのか? 皆そうだ。失敗などしたくない。だから、求めるのだ。絶対の答えを求める。それさえ守れば失敗しない。どんな困難も超えられる必勝法。その絶対の答えをな」
理事は、ノノミを見ていた。けれども、ノノミを見ていない。ノノミを通して、誰かを見ていた。
「あまりに哀れだから教えてやろう。万物に対する必勝法など、そんなものは無い。絶対にありはしない。たとえあったとしても、それは人や物事によって違うだろう。そしてカヤツリと小鳥遊ホシノも、それを分かっていて、こうしている。本当に貴様らには腹が立つ」
もう何度目か忘れた、"どうして"をノノミは口に出した。それを聞いた理事は、顔をしかめる。
「普通、これに直面するのは随分先だ。だが、貴様らは今この瞬間にやってきている。まだ時間がある、まだどうにでもなるこの時期に。これが、甘やかされていなくて何だと言うのだ?」
そう言う理事の顔は、どこか羨ましそうにも見えた。
□
『シロコ先輩、ノノミ先輩。隠し通路は大丈夫でしょうか?』
理事との一方的な問答が終わって、ノノミたちは隠し通路へと降りてきていた。無線から響くアヤネの声に、ノノミは短く返す。
「埃っぽいですが、大丈夫です。そっちはどうですか?」
『はい。砂嵐も来る気配はありませんし、セリカちゃんも周囲を警戒してくれてます。テントも飲み物もありますから、半日は探索出来ます』
何かあれば、また無線を入れると言う言葉と共に、無線は切れた。気を取り直して、ノノミはライトを点灯する。すると、奥へと延びる真っ暗な通路が顔を出した。
「ああ、雰囲気ありますねぇ……シロコちゃん?」
いつもなら、我先にと突進していくはずのシロコは静かだった。いつもの半分くらいの速さで歩いている。防塵マスクとゴーグルで表情は判然としないが、落ち込んでいるのは分かった。その理由も直ぐに分かる。
「シロコちゃん。理事さんの話が何か……」
「ノノミは……」
ポツリと、シロコが何かを言い掛けた。言い掛けて、口の中で言葉を転がしている。
「ノノミは、先輩たちに何か言われた?」
ノノミは部室での自分を恥じた。シロコもシロコなりに悩んでいたのかもしれない。それが外からは分からなかっただけで。
「シロコちゃんもですか?」
「ああ、やっぱりノノミも……なんて言われたの?」
「えっとですねぇ……」
少しノノミは迷ったが、言ってしまう事にした。ここならシロコしか聞いていないし。何だか、そうした方がいい気がする。
「引継ぎだと。これは練習だと、そう言われました。先輩たちの居ない間、上手く対策委員会を回してみろって。カヤツリ先輩の様にやってみろと」
「ん、私とは逆」
逆? そう聞き返すと、シロコは頷く。
「私は、皆を守って見せろって。どうすれば守れるのか。どうやれば守れるのか。ちゃんと考えてみてって。ホシノ先輩を超えるのは良いけど、その次はどうするのって」
シロコの言う通り、ノノミとは逆の内容だ。ノノミは他者の事で、シロコは自分の事。考える対象が違う。そこまで考えれば、あの理事の時にシロコが傷ついたような顔をしているのも納得がいった。
「好き放題言われてたのに、何も言い返せなかった。カヤツリ先輩やホシノ先輩なら、言い返せた。私は期待に応えられなかった」
「いや……難しいと思いますよ。今は違いますが、カイザーの理事さんでしたから……それに、カヤツリ先輩たちも、あの人を言い負かしてほしいわけじゃないでしょう」
下手な慰めだと、ノノミはマスクの下で唇を噛む。ホシノなら、もっと上手くやっただろう。だが、あの雰囲気はノノミには出せない。シロコの耳は萎れたままだ。
「でも、ノノミなら言い返せたと思う。今は無理でも、ちょっとしたら。ここの班分けだってちゃんとしてたし。私は、ノノミが羨ましい……」
「羨ましい?」
ノノミは目を丸くした。シロコがノノミを羨ましがる要素が分からない。でも、シロコの声は本気の色だ。
「ん、少なくとも、あの理事は褒めてた。私もそう思う、今日のノノミは上手くやろうとしてた。ここに来たのは、ノノミが言ったから。私は思いつきもしなかった……」
「じゃあ、今から始めればいいじゃないですか」
意図せず、ノノミの口が勝手に動いた。シロコが振り向いたのも構わずに、封じ込めていた内心が零れ出る。
「私だって、動いたのは今日だけです。残ったものを片付けて、ようやくですよ? それでようやくひねり出したんです。それに、あの理事さんの言葉だけで、私はもう滅茶苦茶です。この先変われるか分からない。シロコちゃんと大して変わりませんよ。寧ろシロコちゃんの方が凄いんです。ちゃんと、理事さんの言葉を考えていたでしょう。流されなかった。今も何とかしようとしてるでしょう?」
ノノミにとっては、シロコの方が凄いのだ。ちゃんと理事に言い返した。ノノミは物わかり良く聞いていただけだ。ただ、流されただけだ。飲み込まれていた。ノノミはそうしてはいけない立場なのに。さっきの慰めだって、自分に言っているようなものだ。
「ん、分かった。なら、そうしよう。ノノミ」
「シロコちゃん?」
シロコからは、悲壮感は消え去っていた。普段のシロコに戻っているように見える。
「簡単な話だった。今から始めればいい」
「ちょっと待ってください!」
話についていけなくて、ノノミが大声をあげると、シロコは首を傾げた。
「どうしたの?」
「いや、急に納得しないで下さい。私はシロコちゃんの考え方が分からないんですよ」
ん。と、シロコは少し考える素振りをする。
「お互い様。私はノノミが羨ましいし、ノノミは私が羨ましい。なら、それでいいと思う。私は自分のことを駄目だと思ったけど、ノノミは違うって。ノノミは自分の事をダメだっていうけど、私にはそう見えない。なら、自分で考えるだけ無駄。ノノミからそう見えるならそうだと思う」
「……私の事を信じるということですか?」
「うん。ノノミもそうしてほしい。私は自分の事は分からないけど、ノノミの事は分かる。理事なんかよりも。多分、ノノミもそう。それで、あの理事の言う事は私にはよく分からない。でも、ノノミは分かるかもしれないんでしょ? なら適材適所。私は私のできる事をする。ノノミはノノミのやれることをするべきだと思う」
それだけ言って、シロコは前へと進んで行ってしまった。足取りはすっかりいつもの速さに戻っていた。今の問答で、シロコは自己解決したらしい。
シロコは、ノノミがちゃんとしていると言うのだ。ノノミ自身がそうでないと思っても、シロコはそう信じると。だから、ノノミもシロコがちゃんとしていると思っているから平気だと。
確かに、理事の件で自信を喪失したのなら、ノノミから言われても同じことか。より距離の近いノノミを信じると。
そう思うと、少しだけ心が浮き上がってきた。気づけば、シロコが立ち止まっている。
「ん。ここが目的地」
「ああ、カヤツリ先輩が来たって言う……」
確か資料室だか、保管室だか。重い扉を開けば、ブワッと砂と埃が立ち込める。結構な量で、視界が真っ白になる。暫く待てば、埃は沈殿しきって。二人の視界が晴れる。
「これは……」
「ん。凄い量の資料、でも床は……」
扉の向こうには、無数の棚が並んでいた。金属製だが、湿気が殆どないせいか、錆はほとんど見えない。資料もボロボロだが、崩れていると言う事はなさそうだった。ただ、床は理事の言っていたように穴だらけだ。
先行したシロコの後をノノミは着いていく。穴のないところを進んでいくがミシミシと嫌な音がする部分もあってヒヤヒヤする。
「ノノミ、どれから探る?」
「いえ、まずはアヤネちゃん達に……キャッ!?」
「ノノミ!?」
メキリと音を立てて、ノノミの下の床が抜けた。バランスを崩して、派手にノノミは転んでしまう。直ぐにシロコが駆け寄ってきた。
「ノノミ。大丈夫?」
「ええ、大丈夫です。理事さんの言う通りに床が老朽化していたんでしょう。しかし、シロコちゃんは大丈夫だったのに……」
「ん、断然ノノミは重い」
「はい?」
「そのせい。ノノミの……銃は重いから」
シロコの目はノノミのミニガンに向けられていた。確かにノノミの愛銃は重い。ノノミの体重と相まって、床が耐えきれなかったと。銃が重かったせいだ。きっとそうに違いない。
「抜けませんね……これ」
最悪な事に何かが引っかかって抜けない。ガタガタと固いものが当たる感触がある。
「……ノノミ。変。どうして、音がするの?」
「え?」
「だから、老朽化してたなら。ノノミの足に合った穴が開くだけ。脆くて踏んだ部分が壊れたんだから。でも、抜けなくて音がするってことは、そこは初めから空洞だった。そこに、何かがあって、ノノミが足を突っ込んだことになる。それ、宝物かもしれない」
そう言われると、気になる物だ。幸いにも、ノノミには上に残らなかった理由である、この怪力がある。ちょっとした隙間に指を入れて引っ張れば、床がメキメキと剥がれていった。
「なんですか。これは。ケース?」
そこにあったのはアタッシュケースの一部だった。随分と煤けてはいるが、表面には傷一つない。よく見れば、床下のコンクリートが綺麗に切り取られていて、そこにアタッシュケースが嵌まり込んでいる。上や隙間にはボロボロに劣化した何かの素材が残っていた。
床をアタッシュケースに合わせて切って、隙間を何かで埋めて、その上に床板が貼ってあったのだろう。ただ、経年劣化でその素材が劣化して、隙間ができた。そこにノノミが足を突っ込んでしまったらしい。
「なんだろう。ノノミ」
「ええ、分かってますよ」
シロコの声には興奮の色が混じっている。ノノミも同様に、手に力を込めた。好奇心と言うのは恐ろしいもので、落ち込んだ気分はすっかり塗り替えられていた。
ベリベリ、バキバキと、シロコと協力して、アヤネ達に連絡するのも忘れて床板を剥がしていく。そうして、アタッシュケースの全貌が、ようやく露わになった。
「……え?」
「嘘……」
ノノミは床材で隠されていたアタッシュケースの表面を見て、言葉を失う。シロコも同様に、目を見開いていた。
アタッシュケースの表面には、二つのマークがあった。一つはよく知っていて、もう一つは最近見たものだ。それぞれは特段大したことはない。だが、それらが並んでここにあることが、とてつもない危険を孕んでいることを、ノノミ達はよく知っている。
ノノミ達の目の前で、アタッシュケースの表面がライトの光で輝いている。そこに刻まれたゲヘナとアビドスの校章もまた、ライトで輝いていた。