ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
42話 三年目の二人
カヤツリは薄暗い部屋で目を覚ました。
薄く開いたカーテンから日差しが差し込んでいる。窓も閉め切っていたせいか、空気が淀んでいて気持ちが悪い。どうも、作業中に寝落ちしてしまったようで、机の上では充電器に刺したままのスマートフォンが振動していた。椅子から立ち上がり、寝ぼけ眼をこすりながらスマホを手に取った。
『やっと起きた? 相変わらず、寝ぼすけだね。カヤツリは』
ホシノからの電話だった。そもそも電話をかけてくること自体が珍しい。寝起きの頭を回すと昨日は一緒にパトロールの予定であったことを思い出した。
ごめんと電話口で謝りながら、窓を開ける。少しの熱気と乾いた風が教室のよどんだ空気を吹き飛ばしていく。窓からは校庭と並ぶ家々、遠くに砂原と埋もれた廃墟が見える。アビドスのいつもの景色だった。
相変わらず、ここ──アビドスの治安は最悪だ。
ホシノとカヤツリが三年生になった今でも変わらないどころか、最近になって、むしろ悪化している。最近のヘルメット団の襲撃は収まる気配がなかった。もう人数が多すぎて対応が出来なくなってきていた。
そのせいで、昼間は校舎に押し込められて防衛戦を余儀なくされていた。だから、夜の間は、ホシノと一緒にヘルメット団の拠点を襲撃している。夜は人数がそんなにいないから、やりやすいのだ。
そのパトロールであったのだが、昨夜の作業中に寝落ちしてすっぽかしてしまったらしい。
スマホの画面をちらりと確認すると結構な数のモモトークが未読になっている。ホシノには、かなり心配をかけたようだった。そのせいか、電話口のホシノの口調も心配そうだった。
『……で、カヤツリ。最近パトロールの遅刻の回数が多いよ。昨日なんかパトロール終わった後に様子見に行ったら、パソコンつけっぱなしで寝てるし』
「……昨日、様子見に来たって言った?」
『うん。なにか私に言うことあるでしょ』
──何の作業していたんだっけ?
作業中に眠ってしまったということは、その時の画面が長時間晒されていたことになる。様子を見に来たホシノがそれを覗いていても不思議ではなかった。モノによってはとてもまずいことになる確信があった。
「……」
『黙ったままじゃわかんないよ。また何か隠してるでしょ』
心配そうだったはずのホシノの声がどんどん冷えていく。同時にカヤツリの胃も痛みを訴え始める。何を見られたのか確認する必要があった。
昨日寝落ちしてしまったことを恨めしく思いながら、生返事で時間稼ぎをする。それと同時にパソコンに向かいスリープモードを解除した。データーは開きっぱなしであり物資の管理票と周辺の地図とが表示された。画面を確認し、怪しまれないように言葉を選ぶ。
幸いにも、直ぐこれだとバレるようなものは出ていなかった。
「見たならわかると思うけど、物資の調達がうまくいってない」
『弾の余裕がないのは知ってるよ』
ホシノの反応に少し安心した。全部見られたわけではないようだ。
弾薬含めた物資の管理はカヤツリともう一人の後輩の分担であるが、相次ぐ襲撃により銃弾の在庫が心もとなかった。補給をしようにも襲撃の対応でその暇がない。その暇を捻出するための計画を今、進めていた。
「後で予定を言うから、その日に俺以外の皆と補給に行ってほしい。その間は校舎を守っておくから安心して──」
『私たちが補給に行っている最中に、近場のヘルメット団の拠点に襲撃をかける気だったでしょ。一人で戦おうとしたよね。見たよ、全部』
──うわ。ほとんどバレてる。
「いや、たまたま開けてただけで」
『「じゃあなんで、ヘルメット団の拠点をピックアップしてたの?」』
カヤツリの後ろから電話口と同じ声がする。振り向くと、いつの間にか後ろにホシノが立っていた。
ホシノは三年になってから結んだ髪を下ろすようになって、雰囲気が緩くなったように思う。目の前のホシノも、いつものように顔は笑っている。その代わりに、目は一切笑っていなかったが。
いつかの夜までとはいかないが、それなりに怒っている。てっきり、自宅からかけているものだと思っていた。
通話が切られホシノがゆっくり近づいてくる。
「いやー。パトロール終わった後に一緒に寝ようと思って、ここまで来たんだよ。そしたら面白いこと考えてるみたいだからさ。気になってよく眠れなかったよ」
ずっと、隣の部屋にいたという事だろうか。
それで、態々電話を掛けて反応を見ていたらしい。嫌な知恵がついてきている。
「……ずっと、隣の部屋にいたのか……」
「そうだよ。最近のカヤツリは隠し事が多いからね。どんな言い訳を聞かせてくれるか。おじさん楽しみだなー」
──隠していたのは悪かったけれど、そんなに怒らなくてもいいと思う。
そんな考えが、ずっと頭の中にはあるのだが、ここで反抗するのは賢いとはいえなかった。
笑顔で部屋を出るように促すホシノに、カヤツリは両手をあげて降参した。
□
ホシノはカヤツリを空き教室から引きずり出し、対策委員会の部室に連れ込んだ。まだ朝早いため後輩たちは誰も来ていない。逃げないように奥の椅子に座るよう促す。机を挟んで向かいにホシノが座った。
ホシノにとって別にこういったことは初めてではなかった。これがカヤツリの悪い癖であるのは知っている。暇ができるとコソコソ何かを始めるのは。たいていこちらを慮っての行動が多いのだが、別に1人でやらなくても……といったものが多い。
ホシノはカヤツリのこの悪癖は、あまり好きではない。別に迷惑とか思っているわけではない。少し寂しいのはあるけれど。
大事な後輩たちとの学校生活は楽しい。言わなくても埋め合わせだってしっかりしてくれる。莫大な借金も少しずつだが減ってきている。それもあってパトロールをさぼったことや、誤魔化そうとしていたこと自体はそんなに怒っていない。一緒に寝れなかったことも。
ただ最近。特に三年生になって、また新しい後輩が二人入ってきてから、明らかに以前より単独行動が増えている。前とは違って、その用事が終われば、しっかり成果として報告はしてくれる。確かに一人でやった方がいいものばかりだし、途中で報告のしようがないものもあった。
でも今回、たまたま電源が入ったままのパソコンを興味本位で覗いていなかったら、と思うとぞっとした。
ホシノは心配だった。今の状況が大変なのは分かっている。カヤツリが前よりも、思っていることや考えていることを言ってくれているのは分かっている。そうでなければ、こんな風に話していない。
頼ってくれないのが少し不満だった。以前のように信用するしないの問題でなく、前衛のホシノを気遣っているのは分かる。それは嬉しいのだ。ただ、カヤツリが、ホシノに頼ることを悪いことだと思っているのが不満だった。
それもあって、少し苛立ちを含んだ声でカヤツリを問い詰める。
「で、何をしようとしてたの」
「……拠点の偵察。ここ最近、襲撃が激しいから、近場に新しい拠点でもできたんじゃないかと思って調べてたんだよ」
昨夜にパソコンを覗き見たときの、ピックアップされていた拠点はそういうことだったらしい。ここまでは本当だろう。それなら猶更、一人で行かせるわけにはいかなかった。
「また一人で何とかしようとしたでしょ。私も一緒に行くから」
「そこまでの規模じゃないし、偵察だけだから。一人で行ける」
「じゃあ、シロコちゃん達とは?」
ホシノは代替案をだした。本当は自分が付いていきたいが一人で行かせるよりはマシだった。
後輩が増えてからカヤツリは後輩たちに時間を使うようになった。以前にシロコちゃんとノノミちゃんが入学したときもそうだったが、最近は特に。
──セリカちゃんとアヤネちゃん。まさか二人も来てくれるなんて思いもしなかったな。
今年、新しく入学した二人の後輩を思い浮かべる。黒見セリカと奥空アヤネ。
対策委員会の活動を聞いて、手伝わせてほしいと、ここまでやってきてくれたのだ。
ホシノから見て、カヤツリもかなり喜んでいた。ホシノ以上に、甲斐甲斐しく世話を焼いている。
セリカちゃんには経理や狙撃、アヤネちゃんには機械技術やオペレートを。教えたばかりのころとは違い、ホシノから見てもカヤツリより上達しているものもあった。
ホシノも彼女たちが一緒なら安心だった。
「いや、ダメだ」
普段ならここらで折れて、自分の言うことを聞いてくれるのだが今回はやけに頑なだ。よっぽど言いたくないらしい。じゃあやり方を変えるだけだ。変わったのは、カヤツリだけじゃないのだ。
「はぁ、今は私の負けでいいよ。詳しくは聞かないよ。そこらへんは昔から変わらないね」
「今も昔も変わらないのは悪いことばかりじゃないだろ。ずいぶんホシノは変わったけど」
カヤツリが呆れたように言う。そんなに変わっただろうか。確かに、一年の頃とは違うが、きっとそういうことを言っているわけではないのだろう。
「うへ~、私はもうおじさんだからね」
「そういうことじゃないんだけどな」
珍しいことに会話が終わらなかった。”おじさん”呼びが出るとカヤツリはいつも引いてしまうのに。少し興味もあってつついてみる。
「何が言いたいのさ~」
「ちゃんと後輩を導く先輩らしくなったってことだよ」
「……うへへ」
出てきたカヤツリの言葉に少し驚く。褒めるなんて本当に珍しかった。少し嬉しくなって笑みがこぼれてしまう。
だから、少し勘弁してあげることにした。本当は、”アレ”を盾に少しづつ問い詰めるつもりだったけど。
「じゃあ、皆が来る前に終わらせに行こうか。一緒に行くよ」
今の緩んだ空気を振り払うようにホシノは言う。部室のロッカーから自分の装備を取り出していく。昨夜のうちに用意しておいたため、出発の準備はすぐ終わる。
カヤツリは茫然とした後に叫びだした。
「一緒に行く!? 負けって言っただろ!?」
「”今は”って言ったよ~? 今は詳しく聞かないでおいてあげるって、別に付いていかないわけじゃないよ」
──お互いに、ずっと一緒だって約束したもんね。
さっき喉まで出かかったその言葉を飲み込んで、ホシノは準備のためにロッカーに向かうカヤツリを見て笑った。
□
「校舎がら空きにしちゃったけど大丈夫?」
バイクを発進させてからしばらくして隣のサイドカーからホシノがつぶやく。結局、ホシノの同行を認めざるを得なくなったカヤツリはため息をついた。
「……何日も前からドローン飛ばして周辺は偵察させてる。近場の敵拠点は静かなもんだったよ。最近は数を集めてからくるから予測が立てやすい。今も周りに特に異常は無いし、まだ朝も早い。人影もないし……うん。大丈夫そうだ」
「用意がいいね。そんな前から計画してたんだ」
「……」
横から感じるホシノの視線と嫌味を無視する。正直に言ったら言ったで、パトロールの時に拠点を瞬く間につぶしていくホシノが容易に想像できた。今まではそれでよかったのだが、今回からはそうもいかない。
ホシノが持っている端末のモニターを横目で確認しながら、ドローンからの映像を呼び出させる。
それは校舎からバイクで一時間程の距離にある、荒れ果てた商業施設だった。まだ、だいぶ形が残っており、ところどころが廃材やらなにやらで補強され、ちょっとした拠点と化していた。
「こいつは、ヘルメット団を追跡して見つけた奴等の拠点の一つ。日を追うごとにどこからかは知らないが物資が運び込まれてる」
アクセルを捻ってスピードを上げながら、カヤツリは二日目、三日目と映像を切り替えさせる。時系列順に駐車場に積まれた物資の数が増えていくのが画面にアニメーションのように流れた。
「ふーん。今度は教えてくれるんだ」
「そもそもついて来た時点で隠しても無駄だろ。で、俺が一人で行こうとしたのは、近くでこれが見たかったから」
映像の中から一枚を拡大表示。画像は荒いが積まれている荷物の中に一つだけ目立つものがあった。それはコンテナであったが、明らかに他のものと大きさが違う。渡された端末画面をのぞき込んだホシノがうなる。
「うーん。なにこれ、銃弾とか、食料のコンテナにしては大きいね。乗り物ならコンテナいらないし……」
「昔、一緒に見ただろ。ビナー退治の時に」
「……もしかして、パワーローダー?」
「正解。よく覚えてるな」
「忘れるわけないでしょ」
答えを呟くホシノを称賛するが、ホシノは不満そうだ。これ以上触れるのもアレだから運転に集中する。
それにしても変だった。そもそもヘルメット団ごときに使える装備ではないのである。常用にはコストが高すぎる。弾にも燃料にも金がかかり、こんな砂まみれのところで使おうものなら泣く泣くフレームをばらして砂を掻き出す羽目になる。そんな苦労をかけるなら、武器と弾と人数を揃えたほうがよほど効率がいい。使い捨てなら話は別だろうが。
──迫撃砲の時も思ったが、誰かが裏にいる。
増えるヘルメット団、尽きない物資、止めにパワーローダーだ。どう考えても偶然ではないだろう。以前からの疑念は確信に変わりつつあった。
カヤツリがホシノの提案を拒否したり、隠しているのは、自身の目でしっかり確認したかったこともある。それよりも権力をもつ誰かがアビドスを潰そうとしているという事実を、確信が持てるまで隠しておきたかった。
今は良くない。余裕がないからだ。対策委員会もホシノもカヤツリも。余裕がない時に伝えたところで、何の得にもならないからだ。ホシノは良いかもしれないが、後輩たちには刺激が強すぎる。
でも近々ホシノには話さなければならないだろうが。そんな事を思っていると、ホシノが端末を弄りながら、声をあげる。
「で~、どうするのさ。物資の数からしても結構な数が詰めてるよ。私たち二人だけじゃ制圧は難しいよ」
「最初の計画通りに、パワーローダーだけでも吹き飛ばす。余裕があれば他の物資も」
「できるの?」
「跡形もなくとはいかないけれど、ハッキングして、動力を暴走させる。うまくいけば周りの物資も吹き飛んで時間稼ぎもできるだろ」
これで、襲撃の頻度が減ってくれれば儲けものだった。本心を言えば物資はとても惜しいが、回収は出来ないだろう。回収しようと忍び込んだところで、見つかって追いかけ回されるのが目に見える。取れないものは無いのと同じだから、吹き飛ばすことにしたのだ。
三年生になってから、最近は考えることが多くて困る。何だかんだ今と比べて平和だった二年生の頃が懐かしかった。
──もっとふんわり行こうよ。
これからの事に頭を悩ませながら、いつかのホシノの言葉を思い出す。
今、自分は”ふんわり”できているだろうか。
そう思えない自分と、そうさせてくれないアビドスの状況にため息をついて、カヤツリはバイクのスピードを上げた。