ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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44話 警告

 先生にとって、ここ──キヴォトスに来て、驚いたことはいくつかあった。

 

 キヴォトスに来る前の所とは違い、住民が基本的に武装していることや、自分とは違って銃で撃たれた程度ではびくともしない事。そして、自分と同じような人間の男性をあまり見ない事だった。書籍の中では存在しても、実際に見ることはなく、見るのはロボットだの、犬や猫などの獣人だの、あとは女生徒くらいのものだったからだ。

 

 先生は、そういった前のところとは違うものを見るたびに、ここは前とは違う場所だという事を実感していた。

 

 だから、その学園に男子生徒がいると聞いて、興味を引かれたのは事実だった。先生としては、話をしてみたかった。もしかしたら話が合うかもしれないからだ。

 

 もちろん一番大きな理由は生徒が困っているということだが。

 

 

「アビドス高等学校か……」

 

 

 それとなく、目的地の学校の名前を呟く。

 

 かつては、最大規模を誇ったが砂漠化によって人口が流出。都市のゴーストタウン化が進み、衰退の一途をたどっている。そういう説明を受けたことを思い出した。

 

 それと、もう一つの警告も。

 

 机の中から手紙を取り出す。丁寧にきれいな文字で書かれた手紙だった。中には送り主の所属、先生である自分へのお願いが書かれている。

 

 

 ──地域の暴力組織によって、自分たちの学校が襲われているから、助けてほしい。

 

 

 大まかな内容はこうだった。どうも度重なる襲撃によって、物資がつきかけているようで、それの支援もお願いされている。

 

 もちろん、断る気などない。だからこそ、今アビドスに向かう準備をしているところだった。

 

 

『先生。アビドスに向かうなら気をつけてください』

 

 

 先生の持つタブレット端末から声が響いた。さっきまで暗かった画面は明るくなっており、中では青い髪の少女がこちらを向いて話している。さっきの声はこの少女からだ。

 

 ここに来てから渡された、シッテムの箱と呼ばれるタブレット端末のメインOS。A.R.O.N.A──通称アロナである。

 

 先生の秘書を自称する彼女は、端末の中にいる関係上、物理的な手伝いはできない代わりに、情報面や電子戦など、そういったモノが関わらない場合は、無類の有能さを発揮する。

 

 そんな彼女が気をつけてと言う事はそれなりの理由があるはずで、先生は耳を傾ける。

 

 

「先生。これから向かうアビドス自治区は、かつては自治区内で遭難するくらいと冗談で言われたほど、とっても広いです。準備はしっかりしてくださいね!」

 

 

 画面いっぱいに顔を近づけて警告するアロナに、先生は内心大袈裟だなと思いながら、地図やコンパスをカバンに放り込む。

 

 それをちょっぴり心配そうな顔で見送るアロナは、”それとですね”と呟いて画面を切り替えた。

 

 

『先生が気になっていたようなので、その男子生徒について全部調べておきました!』

 

「ちょっとアロナ! ダメだよ。善意でやってくれたのかもしれないけど。それは良くないんじゃないかな」

 

 

 先生は少し怒った顔をしてアロナを叱った。確かに独り言で気になるとは言ったし、警告も、その男子生徒に関する事だった。けれど調べ上げろとは言っていない。アロナが”全部調べた”と言うことは、情報を丸裸にされるのと同義だ。彼にだって隠しておきたいことの一つや二つはあるだろう。それを勝手にほじくり返すのは流石にやり過ぎだと思った。

 

 叱られたアロナはしゅんとしてしまった。先生の良心がずきりと痛むが、また同じようなことを繰り返されては、自分とアロナのためにもならない。ここは心を鬼にすべき場面だった。

 

 たかが機械のOSだ。ここまでする必要はないのかもしれない。とはいえ、人間味が強く、しかも自分を助けてくれる存在を機械のように扱うことは、先生には出来なかった。

 

 ただ、あまりにもアロナが落ち込んでいるので、やり過ぎたのかもしれないと心配になってきた。初めて彼女と会った時の言葉を思い出す。

 

 

 ──やっと会うことができました! 私はここで先生をずっと、ずーっと待っていました!

 

 

 先生はアロナの年齢は知らない。見た目だけならまだほんの子供だろう。ただ自分が手にするまで、このシッテムの箱は誰も起動できなかったと聞いている。そうすれば、ずっと彼女は一人でいたことになる。

 

 電源が入っていないシッテムの箱の中がどうなっているのかは、人の身である先生には分からないが、孤独であったことは間違いないだろう。

 

 きっと自分が初めて会った人間で持ち主なのだ。ここまで献身的で、妙にテンションが高いのも、ずっと独りぼっちだった反動なのかもしれない。

 

 そうであるならば、大人として、少しのフォローは必要だろう。

 

 悪いことをしたからといって、許されないわけではないのだから。悪意をもってやろうとしたのではなく、善意からだというのなら、なおさらだった。

 

 

「ごめんね。アロナ。私も少し強く言いすぎたかもしれない。でも、今度からそう言うのは、私に一言かけてからにして欲しい。アロナの気持ちはとても嬉しかったから」

 

 

 アロナは黙って頷いた。まだ少し落ち込んでいるようであったが、さっきよりは元気そうだった。

 

 

『ただ先生。これだけは見ておいてほしいです』

 

 

 そう言ってアロナは画面に何かの書類を出した。

 

 先生は、叱られても見せたかったものとは何だか気になった。きっとアロナが必要だと思ったから、こうしているのだ。

 

 それは、何かの書類だった。同じようなものが何十枚もある。ざっと見る限りは記された内容は微妙にバラバラだが、全てに共通するものが一つだけあった。

 

 名前だ。

 

 全ての書類の名前。一人分の名前だけは同じだった。

 

 彼の名前だった。

 

 ただ先生には、何故これが見せたいものなのかが分からなかった。

 

 適当に選んだ一枚を読むが、至って普通の物件の賃貸についてのものだ。物件も事故物件のようなものでも無さそうだ。

 

 

「また懐かしいものを見ていますね」

 

 

 かけられた声に振り向くと、長身で切れ長の瞳の女生徒が立っていた。

 

 

「ん? リンちゃん。懐かしいってことは、これが何か知ってる?」

 

 

 先生にリンちゃんと呼ばれた女生徒はため息をついた。

 

 彼女は七神リン──連邦生徒会の首席行政官。先生が初めて出会った生徒でもあり、失踪中の生徒会長の代行。簡単に言えば連邦生徒会で一番偉い生徒だ。

 

 

「だから、リンちゃんと言うのは止めてくださいと……。まあ、ここに来たばかりの先生が知るはずもありませんか。先ほどの警告にも関連することです」

 

「警告って言うのは、”彼には気をつけろ”っていう話かな」

 

 

 はい、先生。とリンは大きく頷いた。アビドスの説明を彼女から受けた際に伝えられたのだ。先生から見て、彼女は良くも悪くも能力のみで他人や物事を評価する節があった。そんな彼女が気をつけろというのは、どこかに彼女の私情を感じた。だから先生はそれがとても気になった。

 

 

「ええ、そうです。ここに先生が来る一年と数ヶ月ほど前でしょうか。ちょっとした騒動がありました」

 

 

 リンは、その当時の事を思い出したのか眉をひそめて話しだした。

 

 

「始まりは、一人の大人でした。その大人は連邦生徒会にこう言ってきたんです。アビドスと揉めて身ぐるみを剥がされたから、取り戻してほしいと」

 

「珍しいね」

 

 

 先生は不思議そうに言った。ここに来て長く過ごしたわけではないが、今の話が珍しいということは分かる。ここキヴォトスにも大人はいるが、外見を除けば外の世界の大人とあまり変わらない。

 

 だから珍しいのだ。連邦生徒会に泣きつくということは、子供に勝てなかったから何とかしてほしいと、大人が他の子供に泣きつくようなものだ。普通ならプライドが邪魔をするだろう。

 

 

「そのころのアビドスは今よりもひどい状態で、生徒も確か四人しかいなかったはずです。だから、私たちは何かの冗談だと思っていました。どうせ暴力で身ぐるみを剝がされたのだろうと」

 

「でも、そうじゃなかったんだね」

 

「ええ。もっとえげつない物でしたが。それがその書類ですよ」

 

 

 どう見ても普通の書類にしか見えなかったが、リンの言葉で言うならえげつない物らしい。

 

 

「その大人は彼と物件の賃貸契約をしたそうです。アビドス高校の敷地にほど近い場所の物件です。こちらで調べましたが、土地はアビドスの物、物件もしっかりしたもので値段も良心的。至って普通の取引でした」

 

 

 話を聞けば聞くほど、普通の話だ。疑う点は今の所ないように思える。ただリンはそうでは無いようで掛けている眼鏡のブリッジの位置を直しながら話を続けた。

 

 

「確かに物件自体はそうでした。問題はライフラインでしたが」

 

「ライフラインって、水道とか電気とかの?」

 

 

 ええ。とリンは肯定する。アビドスの特殊な事情がここに来て絡んでくるのだと。彼女は先生に言った。

 

 

「アビドスが荒廃しているのは先生もご存じだと思います。意外に思われるかもしれませんが、アビドスのライフライン自体はまだいくつかは生きています」

 

 

 先生は驚いた。荒廃していると聞いていたので、外の世界で言う被災地生活のようなものを想定していたのだ。話を聞けば、まだ砂漠から遠い外縁部は、他の学区とあまり変わらないそうだ。案外、予想よりも快適そうだった。

 

 

「その残ったライフラインの維持をしているのが、彼なんです。流石に全てではなく、住民の多い地区や校舎周りのだけのようですが」

 

「待って。校舎周り? 物件があるのも校舎の近くだね」

 

「そうです。そのとき問題になったのは、そこなんです。先生」

 

 

 苦々し気な表情でリンは問題点を指摘した。

 

 

「ライフラインで揉めたんです。アビドスは。いえ、彼はその大人が暮らすのに必要な分しか通しませんでした。本当にギリギリの量をです」

 

「でも、足りないわけじゃないんでしょう?」

 

 

 暮らしていける量を通したのなら、別にライフラインを盾に脅したわけではないのだろう。そうであるなら、もっと話は簡単で、リンがえげつないと言うのは変だった。

 

 

「先生は、その泣きついてきた大人が何を目的に、その物件を購入したと思いますか?」

 

「その聞き方だと。暮らすためじゃないんだね?」

 

 

 リンは立っていて疲れたのか来客用のソファーに腰を下ろした。

 

 

「違法な何かを量産しようとしていたようです。どうせ禄でもないものでしょうが。だから、アビドスに目を付けたのでしょうね」

 

 

 アビドスなら人目も何もないでしょうから。とリンが補足するように呟いた。

 

 外の世界で言うと、マンションの一室を借りて大麻を栽培するようなものだろうか。そこまで想像した先生は納得した。

 

 

「電気が足りなくなったんだね」

 

 

 何かを量産しようとしていたということは、そこを工場にしようとしたのだろう。規模にもよるだろうが工場はとにかく電気を食う。工業用機械を一日中動かすのだ。彼が通したという電気量では到底足りないに違いなかった。

 

 

「その大人は他の所から盗電しようとしたところを彼に捕まり、最低限のもの以外は没収されて追い出されたようです」

 

 

 リンの回答は、先生の予想の通りだった。ただえげつなくはないと思った。正当防衛の範疇ではないだろうか。身ぐるみをはぐのはやり過ぎかもしれないが。

 

 

「えげつないのはここからですよ。先生。彼はきっと最初から知っていたんです。大人の目的も、身ぐるみを剥いだその大人がどうするかも、こんな出来の悪い書類を作ったのも。きっと、全部織り込み済みだったんです」

 

「どういうこと? 何があったの? 出来の悪いって?」

 

 

 リンは書類の署名欄を指さした。彼の名前が印刷されている。……印刷?

 

 

「大人である先生は、もちろん知っていると思いますが、普通そこは直筆のサインか実印です。しかし、これはパソコンで名前を打って印刷しただけです。出来が悪いというのは、こういう事です」

 

 

 こういった類の契約書は実印やサインでないと効力は薄いものになる。そうでなければ、サインした本人かそうでないか判別できないからだ。この書類ではいくらでもいいわけが効くだろう。だからこそ、その大人は泣きついたのだ。書類が完璧ならば非は全面的に大人側だが、不完全な物であれば幾らでも言い逃れが効くからだ。

 

 

「その一件は、連邦生徒会がアビドスに書類の不備を通達して、その大人から奪った物を返還させました。その代わりに件の大人はアビドスを出禁になりましたが」

 

 

 喧嘩両成敗。そんな言葉が浮かぶような判断だった。少し甘いような気もするが、特に咎められるような所はないように思う。けれど先生は嫌な予感がした。それを裏付けるかのようにリンはその顛末を語る。

 

 

「そのあと、アビドスにはそういった考えの大人が押し寄せました。彼らの手口は毎回違ったようですが。彼は同じような書類で契約をし、同じように身ぐるみを剥がされた大人は、毎回のように連邦生徒会に泣きついてきました。ただ違ったのは、今度は彼が資産を返還しなかったことです」

 

 

 先生もため息をついた。よく考えてみれば当たり前の話だった。罰があるから、痛い目に合うから人は繰り返さないのだ。稀になくてもくり返さないものもいるだろうが、そんな人は一握りだ。そういった”悪い大人”ならなおさらだろう。

 

 

 ──そんな痛い目には合わないだろう。いざとなれば泣きつけばいい。どうせ、本気で裁かれることはない。そんな考えが蔓延していたのだろう。

 

 

「当然のように連邦生徒会はその対処に追われました。通常業務に支障が出るほどに。アビドスの彼に改善するよう連絡しましたが、彼はこう言ってきました」

 

 

 ──貴方たちの指示に従ったからこうなった。こちらでもできる限りの対処はしている。貴方たちが、自分の仕事が増えたのを”こちらのせいだ”と、そう言うのであれば、それなりの支援をいただきたい。前から要請している通りに。

 

 

「彼は要求してきました。これまでのアビドスが要請しても得られなかった支援を寄こすようにと」

 

 

 それは、まさに連邦生徒会に対する攻撃だった。群れ為す大人の爆弾。支援を寄こさなければ、ずっと大人を送り続けるぞと。

 

 いやらしい手だった。彼の側からすれば別に悪いことはしていない。書類はあれかもしれないが、気がつかなかったとか、そういう言い訳で逃げられる。そこまで監督するならば内政干渉になるだろう。そもそも、支援を送れば済む話ではなかったのだろうか?

 

 

「得られなかった支援って。無かったの?」

 

「はい。その理由は私には推測することしかできません。連邦生徒会長が了承しなかった理由は。きっと、派閥争いや無駄遣いを嫌ったのもあるでしょうし、”条約”の件でそんな余裕もありませんでした。それでも、言い訳の為に一度はやった方がいいとは思いましたが」

 

「結局、どうなったの。まだ続いてるってことはないよね?」

 

 

 先生はリンが釈然としない顔をするのを見た。まるで得られた結果が納得いっていないような顔だった。

 

 

「いえ、突然止まりました。ちょうど一年前の今頃でしょうか。彼は突然、態度を変えて大人に”対処”しました。完璧な書類を作って、しっかりと責任を取らせたようです。おかげで、というのも変な話ですが。生徒会への陳情もそれで収まり、そういった大人もアビドス自治区から駆逐されたようです」

 

「じゃあ、支援が得られたんだ」

 

 

 そんな嬉しそうな先生とは裏腹に、リンはさっきまでの表情を崩さない。

 

 

「いえ、支援というなら先生がそうです。アビドスに対する連邦生徒会の支援はこれが初めてです」

 

 

 先生はリンがこんな表情をしている理由が分かった。何もしていないのに攻撃を突然やめたのだ。理由が分からないなら、そんな表情にもなるだろう。それはとても怖いことだからだ。リンの立場からしてみれば、どんなことを企んでいるか分かったものではないから。

 

 

「警告の理由は分かっていただけましたか。先生」

 

 

 リンの言葉に先生は頷いた。

 

 先生が所属している組織は連邦捜査部S.C.H.A.L.E。通称シャーレという。失踪した連邦生徒会長が設立したという、連邦生徒会直属の各学園の自治権を無視して介入できる超法規的機関。そのため、あらゆる生徒の協力を仰ぎながら、あらゆる学園の問題に対処できる。

 

 こういえば聞こえがいいのは確かではあるが、今回の場合はそれが問題なのだろう。

 

 彼の視点から見れば、今まで何もしてこなかった連邦生徒会が、強権を持った組織を送り込んでくるのだ。警戒するに決まっている。

 

 だから、リンは先生に警告したのだ。何も知らない先生が、彼の地雷を踏まないように。だから、わざわざ、ここまで来て説明してくれている。

 

 

「でも、私はそこまで警戒しなくても大丈夫だと思うよ」

 

 

 リンは心配そうだったが、先生はそんなに心配していなかった。

 

 先生が思う限り、嫌らしい手を使うのは確かなのだろう。ただ話を聞いて、理由もなく、そんなことをする子ではないと思ったのだ。

 

 きっと、もっと強い要望をしても良かったはずなのだ。そもそも、何度も要請した支援がないことがおかしいのだから。殴りこまれても文句は言えないはずなのだ。

 

 けれど、彼が要求したのは支援だけだ。報復されないように、あまり刺激しないようにしたのかもしれない。けれど、ほぼ全ての住民が武装して、喧嘩になれば銃が出るこのキヴォトスで、まずは、銃でなく言葉を選んだ彼の善性を信じたかった。

 

 

「……先生が優しいのは重々承知していますが、本当に気をつけてください」

 

 

 呆れたような顔のリンに了承の返事をして、先生はアビドスへ行くための準備を再開した。

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