ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
鯨のような形をした雲が空を流れている。空の青と相まって、本当に海を泳いでいるみたいだと、ホシノは寝転びながらそう思った。
ホシノは屋上でカヤツリの連絡を待っている。カヤツリが約束した定期報告の時間まで大分ある。だから手の中の電話はまだ、鳴る気配はない。
今日までに、カヤツリがヘルメット団に潜り込みに行ってから数日が経っていた。かかった時間と反比例するように、これまでに大した成果は得られていなかった。
精々が、ヘルメット団のおおよその数と近場の拠点が分かったくらいだった。その拠点も、詰めている人数が多すぎて手が出せないときている。
「早く帰ってこないかな」
早朝にしては日差しで暖かく、睡眠には最高の環境だ。電話が来るまで、ここで一寝入りしようと思っていたのに。ホシノはなかなか寝付けなかった。
心配で眠れないのだ。
ヘルメット団ごときに、カヤツリが下手を打つとは思っていない。それでも心配なものは心配なのだ。
ホシノがそんなことを思いつつ内心悶えていると、電話が震えた。そんなに時間が経ってしまったのかとも思い、時計を見る。時間には大分早い。
『良くない知らせだ』
電話をとると、カヤツリは開口一番にそんな事を言った。
『今日、校舎に攻めてくる。数は五十人強。できるだけ遅延はさせておくけど、昼前までは無理そうだ』
本当に良くない話で、随分と急な話だった。しかも数が多い。今までで一番多い。ホシノが、”どうして”と口を開く前に説明が入った。
『この前のパワーローダーの暴走で無くなった分の物資の補充が終わったからだ』
カヤツリによると、あれで期間が空いてしまった分、ヘルメット団の鬱憤が溜まっていた。そこに大量の物資が手に入ったものだから、その勢いのまま攻め込んでくるようだ。
「物資が手に入ったってことは、また例の誰か? 見つけられた?」
『いや。どうも、前とはやり方を変えたらしい。その場に物を持ってくるんじゃなくて、用意してある場所を伝える方法に』
ヘルメット団のリーダーに直接、電話で連絡が来る。そのまま部下に取りに行かせる。そういう方法らしい。カヤツリが盗み聞きもしたらしいのだが、相手の声は電話越しでよく聞こえず、男性の声という事しか分からなかったそうだ。
例の誰かが分からないのは残念だったが、それよりも今は五十人のヘルメット団の方が先決だった。こちらの備蓄が万全なら五十人程度ものの数ではない。けれどカヤツリがいない今、敵を遮蔽物ごと吹き飛ばす爆撃は使えないし、そのためのロケット弾ももうない。そうなると遮蔽物に隠れながらの銃撃戦になるが、その場合は弾の無いこちらが圧倒的に不利だった。
「どうするの?」
『戦車は全部。戦闘車両はいくつか残して壊しておいたから、来るのは歩兵だけだ。固めて、シロコのドローンか十六夜後輩のミニガンで纏めて片付けるしかないだろうな』
「弾がないと、こんなに困るなんてね……」
確かにカヤツリの言う通りに進めるのが一番良さそうだと、ホシノも思う。自分が全力を出せればいいのだが、グレネードは品切れで、ショットガンの弾も心もとない。おそらく途中で弾切れするだろう。それなら前衛で盾役をやった方がまだマシというものだ。
そう。弾があればこんなに悩まなくて済んでいた。弾があれば。
そんなホシノの頭に、後輩のアヤネちゃんが言っていたことが思い浮かんだ。とても喜びながらこう言っていた気がする。
──ついに先生が来てくれるそうですよ! これで、補給問題も解決しますね!
先生と言えば話題になっていたし、クロノスが報道していたから、その存在と活躍は知ってはいる。ただ今の所、ホシノは余り興味はなかった。そういえばカヤツリがアヤネちゃんに何かを頼んでいたのも先生関連だったはずだ。それどころではなかったから、カヤツリには伝えていなかった。
「そういえば。先生が来るって、アヤネちゃんが言ってたよ」
『……先生が来るって? 物資だけ送るとかじゃなくてか? いつの話だ? もう来てるのか?』
「えっと……。たぶん二日前かな。まだ来てないみたいだけど」
話を聞いたカヤツリは、少しの間黙り込んだ。小声でぶつぶつ呟いている。数字が聞こえるから計算でもしているらしい。
『いや、そんな、まさか、案内もなしに歩きで来たんじゃないだろうな……』
外の人間が歩きでアビドスへ? 案内もなしに? アビドスに住んでいる者が聞いたら全員が自殺行為だと断定する愚行だった。まず間違いなく遭難するからだ。
『ホシノ。悪いんだけど、後輩たちが来たら先生を探しに行ってほしい。探す場所は奥空後輩と相談してくれ。マズイことになった』
珍しくカヤツリが焦った口調になった。ヘルメット団を放置する程焦っている。
「ヘルメット団は良いの?」
『死ぬ気で今から足止めする。それよりも先生がアビドスで行方不明なのがマズイ。案内を出さなかった、こっちの責任問題になる』
電話の奥からカヤツリが動き回る音が聞こえる。金属音と何かをバラまいているような音も。
『いいか。先生が最近、キヴォトスに赴任したのと、シャーレとか言う、新しくできた組織に顧問として就任したのは知ってるよな』
「前に対策会議で言ってたから、覚えてるよ」
『それなら、話は早い。潜入する前日、奥空後輩に頼んで手紙を書いてもらったんだよ。シャーレ宛てに。助けてくださいってね』
それの返信がメールか電話で来たから、アヤネちゃんは喜んでいたのだろう。おそらく物資と共にやってきてくれるだろうから。
でも、何でカヤツリはそんなことを? ずっと前にカヤツリは連邦生徒会には期待しないと言っていたのに。
『ああ、それに関しては今ので地の底だよ。むしろ嵌められたくらいの気持ちだね。それはともかく手紙は確認で送ったんだよ』
今更何を確認するのか。彼女たちが助けてくれなかったことくらいカヤツリはよく知っているはずだ。カヤツリが、あんな嫌がらせをしてもダメだったし、ホシノが止める前に止めていたから。足があの状態だから止めたと思っていたけれど、違ったらしい。
『あれも確認だった。今とは目的が違うけど。誰が、何のために、アビドスに支援をしないのか。する余裕や理由がないのか。状況が許さないのか。そもそもハナからする気がないのか。それが知りたかった。だから、一年前に大人をクレーマーとして突っ込ませたんだよ。連邦生徒会の仕事のキャパシティってやつも知りたかった』
でも今回は、先生と連邦生徒会の関係が知りたかった。連邦生徒会の傀儡なのか、それともそうではないのか。そうカヤツリは話した。
『今回、物資を持って先生が来るってことは、あの時も連邦生徒会は支援をする余裕はあったってことだ。生徒会長がいなくなって、キャパはあの時くらいまで落ちたのにできるってことはそうなんだよ。ゲヘナの生徒会長が失脚して、トリニティと緊張状態だった時は出来なくて、多少緩んだ今は出来るってことは、誰かが時期が来るまで止めてたんだろうさ。で、ソイツはもういないか、時期が来たってことだ。先生はたぶん何も知らないだろう。話くらいは聞いているだろうけど』
──先生の最初の仕事が、アビドスなんていう他校のパワーバランスを気にする必要のない、物資の支援なんて簡単な仕事。シャーレの話題作りにもなるし恩も売れる。都合が良すぎて誰かの掌の上みたいだな?
そういうカヤツリの声が聞こえた後、電話の向こうの音が変わった。液体をかき混ぜる音がする。それをまた別の液体に注ぐような音も。
『簡単に言うとな。あの手紙で先生が来れば、先生は良い人か、自分で判断できるしっかりした大人。だから、ちゃんとした対応をしなくちゃいけない。来なければ対応は今まで通り。そういう確認をしたかった。俺が思うに先生は多分良い人だと思うよ。物資を送るだけでいいのに態々足を運ぶんだから。まあ、そこは俺の言葉を鵜吞みにしないでホシノが判断してほしいから、これ以上は言わないけどさ』
じゃあ先生の件は頼むよ。その声と共に電話が切れた。
カヤツリが言っていることは分かりにくかった。前より話すようになって思うが、本当に分かりにくい。でも、またアビドスの外の事に関して頭を悩ませているのは分かった。あとで聞かせてもらおうと思う。けれど、今は他にやるべきことがあった。
後輩たちと先生を探すことだ。
──じゃあ、頑張らないとね。
そう意気込んでいたホシノだったが、あっけなく先生は見つかった。
シロコちゃんが、件の先生を担いで連れてきたのだ。話を聞くに、二日間アビドス自治区内で遭難して、道で倒れていたところを見つけたらしい。このまま放っておくわけにもいかず、水と食料を譲ってここまで連れてきたと。
スーツを着た大人の男性だった。スーツは砂まみれで、二日間の遭難の影響でやつれていた。今も椅子の上でぐったりしている。
先生を見ていると、古傷が疼くような気がして、ホシノは目をそらした。
「皆、ありがとう。おかげで助かったよ」
しばらくすると、先生は元気になったようだった。元気一杯だと、そういう風に身体を軽く動かしている。ホシノの目から見ても大丈夫そうに見えた。
「それで~? あなたはシャーレの先生で合ってるのかな」
首にかかっているIDカードから見てまず間違いないだろうが、一応ホシノは確認する。その問いに先生は頷いて答えた。
「そう。私が新しく赴任した先生。先日シャーレに届いた支援要請を受けてここまで来ました。よろしくお願いするよ」
「うへぇ。こちらこそ、よろしくお願いするね~。先生」
とりあえず、カヤツリに頼まれたことは果たしたから少し気を抜く。後は先生から物資を受け取って、ヘルメット団への準備をするだけだ。シロコちゃんやノノミちゃんたちに任せればいいだろう。
後輩たちを見れば、先生に群がって支援のお礼や質問をしている。カヤツリが言っていた昼前まではまだ時間があるし、ヘルメット団が攻め込んでくる前には補給も間に合うだろう。
──先生は良い人だと思うよ。
電話でのカヤツリの言葉は間違いではないとは思う。このアビドスに遭難してまで来てくれたのだから。
ホシノにとって先生はまだ、頼りない大人というイメージが強かった。同じ大人でも黒服のような得体の知れなさも、柴関の大将のようなどっしりとした落ち着きも感じ取れなかったからだ。
先生がどこまでアビドスに協力してくれるのかは分からない。でも、当面の弾薬不足という苦境は脱した。これでカヤツリが戻ってくれば元通りだ。マイナスがゼロに戻っただけだけれど、久しぶりの良い状況にホシノは安心していた。そのせいで眠気がぶり返してきた。今ならさっきとは違って眠れそうだった。
「ホシノ先輩。先生が聞きたいことがあるって。私は他の皆と物資をしまってくる」
椅子の上でうとうとしていると、シロコちゃんの声で現実に引きずり戻された。
思ったよりも時間が経っており、今出て行ったシロコちゃんの他には先生しかいなかった。他の後輩たちは、眠っている自分をそっとしておいてくれたらしい。その代わりと言ってはなんだが、先生の聞きたいことに答えるくらいなら構わなかった。
「ん~? なあに先生ー。補給や設備の事ならアヤネちゃんの方が詳しいよ。私に聞きたいことって何かな」
次の先生の言葉を聞いた瞬間に眠気は吹き飛んだ。
□
何か良くないことを聞いてしまったらしい。
先生は今の状況を、そう判断していた。
アビドスの生徒たちとの自己紹介も終わり、用意した物資をシッテムの箱を使って、ここまで転送した。その物資は他の対策委員たちが運びにいった。先生も手伝おうと思ったのだが、身体能力が違い過ぎてある程度は妥協せざるを得なかった。
今、対策委員の教室は先生とホシノの二人だけだ。彼女は正面の机に突っ伏してうとうとしている。
いい機会だと先生は思った。彼に聞きたいことがあったのに姿が見えないから。アビドスの廃校対策委員会。その委員長だという少女──小鳥遊ホシノに聞いてみようと思ったのだ。彼と同学年らしいし、付き合いも長いだろうから、どこにいるか知っているだろう。
「兎馬カヤツリ君は、今日は帰ってこないのかい? 聞きたいことがあるんだ」
正面のホシノの半開きだった瞼の奥の目が鋭くなった気がした。表情や態度は変わらないのに、何かが違う。
「今日もお休みだよ? あと二・三日は帰ってこないと思うなー」
「そうなんだ」
どうも、彼は出かけているようだった。まあ急ぎの用事ではないから、先生としては何時でもよかった。別に避けられているという訳でもないようだし、タイミングが悪かったのだろう。
そう納得した先生にホシノが質問してきた。
「先生はカヤツリに何を聞きたいの? 知っていることなら、おじさんが答えるよ?」
先生は言葉に詰まった。聞けるはずがなかった。聞いたところで答えは返ってこないから。きっと彼しか真意は分からないだろう。
──どうして、あんなことをしたんだい?
別に怒ろうとか、叱ろうとかそういった気持ちはない。ただ彼の考えを知りたかった。あの後、アロナが出した書類を全部読んだ。それで、とても回りくどいと感じたのだ。
支援が欲しいなら、喧嘩を売るような手段ではなく、もっと良い手はあるだろう。嫌がらせがしたいなら、あのまま続けてもよかったはずだ。悪い大人を排除したいのであれば、連邦生徒会を巻き込む必要はなかったはずだ。
あの騒動で彼が得たものは殆どない。悪い大人たちから多額の資金を得ることはできただろうが、それ以上に失ったものが多いからだ。アビドスを隠れ蓑にせずにいるせいで、大人たちの騙された恨みは彼個人に向かうだろう。連邦生徒会にもいい印象はないだろう。
ホシノ以外の対策委員にも手伝いの途中で、彼の事をそれとなく聞いてみた。全てが好意的な答えだった。話を聞いた限りは彼の行動原理は、アビドスの事だけだ。確かに、それで資金を欲しがるのは分かるけれど。あそこまでの騒動を起こした彼が、資金欲しさにこんな事をするとは思えなかった。
きっと、何か他の目的があるのだろう。それを隠すために、あんな回りくどいことをしていると思った。
それに伝言の事もある。
物資を出して、多少の手伝いをしているときに、対策委員の一人。十六夜ノノミに伝えられたのだ。
──カヤツリ先輩から、迎えと案内を出せずに申し訳なかったと謝罪を預かっています。それと人伝いで申し訳ありませんが、よろしくお願いします。と。
とても、子供らしくなかった。中にはそういう子供もいるかもしれないが、大人慣れし過ぎているような感じがして、先生の興味は増していた。
彼は何を考えているんだろう。まだ先生にはこのアビドスの抱えている問題は良く分からない。けれど、手助けができたらいいなと思うのだ。あんな手段をとるくらいには、彼はここが大事なのだと分かったから。
「先生? 大丈夫?」
ホシノの声に我に返った。ホシノがじっとこちらを見つめている。反応がなかったから声を掛けたのだろう。
「いや、大したことじゃないし、彼個人に関することだからね。本人に聞くことにするよ」
「うへー。そうなんだね。じゃあおじさんの出番じゃないね」
ホシノは納得したようだが、変わった何かはそのままのような気がした。ホシノが何かを話そうと身体を起こす。
「先生は──」
ホシノの声を搔き消すように、校庭の方から爆発音が響いた。急いで窓に張り付いて音のした方を見ると、ヘルメットを被った武装集団が火器を発砲している。校庭を見れば大穴が開いている。さっきまではなかったから、爆発でこうなったのだろう。
「ヘルメット団だね」
ホシノの呟きを耳が拾った。あれが手紙に書いてあった武装勢力なのだろう。教室の扉が開いて、他のメンバーが駆け込んできた。あの爆発音を聞きつけたに違いなかった。
「先輩! 起きて──ってもう起きてる!」
「ひどいなー。セリカちゃん。いくらおじさんでも、こんなに大きな音がしたら起きるよ」
ホシノがケラケラ笑って、メンバーを迎えている。全員でヘルメット団の人数を確認すると五十一人いる。随分と数が多い。けれど対策委員の表情は暗くはなかった。
「ん。補給が来たから、こっちも全力を出せる」
「ええ。いっぱい弾をバラまいちゃいますよー」
「先輩たちのオペレートも万全にできそうです」
「これまでの事をお返ししてやるんだから」
むんと表情を引き締めるシロコに、ミニガンを用意するノノミ、ドローンの操作端末を取り出すアヤネ、最後に、ヘルメット団に向かって吠えるセリカ。
十倍以上の戦力差におびえるどころか、むしろ戦意を滾らせてやる気十分といった様子だった。
「いやー。先生のおかげだよ。これまでカツカツだったからさ」
ホシノが感謝を述べるが、先生はまだ、この生徒たちにできることがあった。
戦闘指揮だ。
先生が持っているシッテムの箱とアロナの助けを借りれば、高度な戦場の情報共有や俯瞰視点での戦場の把握など、様々なことが出来る。
「……数も多いしお願いしようかな。皆もいいよね」
先生が助力を申し出ると対策委員は了承する。
「じゃあ、一人足りないけど、アビドス、行くよ!」
ホシノの掛け声とともに、先生にとっては、アビドスで初めての。彼女たちにとっては、待ちわびた反撃の。そんな戦いが始まった。