ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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46話 追撃

 アビドス校舎での防衛戦は、あっけなく終わった。そもそも弾がないから積極的に攻められなかっただけで、問題点であった弾不足が解消すればこうなるのは明らかではあった。

 

 ヘルメット団は乗ってきた車両に乗って散り散りに逃げていく。彼女たちが乗った車両が見えなくなるまで、先生は窓の外から見ていた。そして見えなくなってから強張っている肩の力を抜いた。

 

 先生にとって、戦闘はこれで二回目だ。一回目は占拠されたシャーレオフィスの奪還だった。あの時もその場に居合わせた生徒に協力してもらって、戦闘指揮を執ったがまだ慣れない。先生にとって銃というものは身近にある物ではなかったから。ただ、これからは慣れていかなけれならない。キヴォトスで先生をするというのはこういう事なのだろう。

 

 校庭から校舎に戻っていく、アビドス生たち四人と隣でサポートをしてくれたアヤネを見て先生は思う。

 

 

 ──強い。シャーレで居合わせた生徒たちよりも。

 

 

 先生は戦闘に関しては素人だ。それでも分かることはある。遠目で見たところ彼女たちは傷らしい傷を負っていない。生徒だから身体が丈夫だというのもあるだろうが、連携が取れている。彼女たちが自身の役割を理解して、お互いを信頼しているのが、戦闘から伝わってきた。

 

 

「あははっ! やった! どうよ! 弾さえあればヘルメット団なんてこんなもんよ!」

 

「ん。当然」

 

 

 まずはシロコとセリカが、機嫌良さそうに教室に戻ってきた。残りの二人も遅れて教室に入ってくる。

 

 

「あ~疲れた。おじさんにはきついよ」

 

「でも無事に終わって良かったです」

 

 

 これで、出撃した全員が揃った。改めて先生が見た感じでは怪我らしい怪我もない。無事に戻ってくることができた。無事な彼女たちを確認して、今度こそ全身の力が緩んだ。

 

 そんな先生とは逆に、彼女たちは興奮しているようだった。さっきの自分の指揮や戦いやすさなどの感想を口々に言いあっている。彼女たちにとっては初めての勝利だから。勝利の味というのは甘いもので、先生にとってもそうだった。自分の助力で生徒たちが喜んでくれたのなら、これ以上の物はない。自分も心なしか笑みを浮かべているような気がする。

 

 

「改めて、先生に挨拶を。私たちはアビドス廃校対策委員会です。今回は支援要請を受けてくださって、ありがとうございます」

 

 

 しばらくしてから、落ち着いた教室でアヤネが代表して、こちらに向かって、仰々しい挨拶をした。

 

 アビドス廃校対策委員会。ここに来る前に調べたから知っている。今挨拶したショートの黒髪で赤眼鏡をかけた少女が、一年書記の奥空アヤネ。同じく一年で会計の黒見セリカは黒髪ツインテールで猫耳の少女だ。今もこっちを何か凄いものを見るような目で見ている。残りの三人は、こっちをニコニコしながら見ている明るいロングヘアーの二年の十六夜ノノミと机に突っ伏して溶けている三年の小鳥遊ホシノ。最後に姿を見せない彼の六人で構成されている。

 

 

「そんなにかしこまらなくてもいいよ。私がやりたいと思ったからここに来たし、こんなことしかできなくて申し訳ないくらいだから」

 

 

 本当に大したことはしていない。自分は後ろで見て、指示を飛ばしていただけだ。

 

 

「でも、先生が居なかったら、今こうして話すことなんてできませんでしたよ? 私たちはこの校舎を失っていたかもしれないんです。私たちは先生が来てくれて嬉しいです」

 

 

 ノノミが、”そんなことはない”と言うように、はっきりと言った。

 

 

「それなら、よかったよ」

 

 

 彼女たちがそう言うなら、きっとそうなのだろう。そう思って、先生は笑う。それを見たノノミも嬉しそうに笑った。教室の中に緩い空気が流れる。

 

 

「はーい。皆、ちょっといい?」

 

 

 緩んだ空気を引き締めるようにホシノが手を叩く。先生含め全員の視線がホシノへ集中する。

 

 

「先生のおかげで、ヘルメット団を撃退できたわけだけど。これからどうする? アイツら、また来ると思うよ」

 

「ええ。彼女たちは諦めないでしょう。しばらくして戦力を回復したら、またここに来ると思います。このままでは鼬ごっこです。人数の差はいかんともしがたいですね……」

 

 

 ホシノの提言にアヤネが同調する。

 

 弾の問題は先生が居ることで解決した。ただ、いくら対策委員一人一人がヘルメット団より強いとは言っても限度はある。弾の補給はすぐできても体力や集中力はそうもいかない。アヤネの言う通り、人数差はどうしようもない。

 

 

「うん。だからさ。今度はこっちから攻めるのはどう? アイツらの前哨基地を今度は逆に襲うの。たぶん、今の襲撃失敗で相応に消耗しているはずだよ。これがおじさんの提案」

 

「それは大丈夫なの? 前哨基地ってことは、さっきよりも人数は多いはずだよね」

 

 

 さっき攻め込んできた五十人というのはかなりの数だ。ただ攻め込むときに自分の拠点を空にするようなことはしないだろう。ということはヘルメット団の総数は、それよりも多いということだ。

 

 さっきは対策委員が慣れている校舎での戦闘だった。しかも相手は校舎を手に入れるために爆発物などは最初の威嚇以外は使っていない。それはさっきはこちらに有利に働いた。こちらが攻め込むとなると話は別だった。おそらく立場が逆転するだろう。

 

 

「うん。そこは先生の言う通りだね。でも、士気って結構大事なんだよ。向こうは負けて、こっちは勝った。しかも人数差があんなにあったのに。先生はどう? 十倍以上の人数差があったのに負けた相手に戦える?」

 

 

 無理だ。中には、戦える者はいるかもしれないが全員ではない。一人でも弱腰になれば、それが全員に伝播する。しかも前哨基地であって本丸ではない。逃げ場があるなら戦わないだろう。逆に、こちらは後がなく士気も高い。反対する理由は特にない。ゴーサインを出す。

 

 他の対策委員も、特に反対意見はないようで、セリカやシロコなどは準備をもう始めている。

 

 

「じゃあ、先生のお墨付きも貰ったことだし、この勢いで行っちゃおうかー」

 

 

 そうして、前哨基地への襲撃が決定した。

 

 

 □

 

 

「随分、簡単に勝てましたね……」

 

 

 前哨基地での戦いは、先生の隣のアヤネの一言に集約されていた。

 

 先生は車両の中で戦闘とは言えないさっきの戦いを思い返す。

 

 アヤネが運転する車両で近くまで行って強襲する。作戦ともいえない単純なものだった。もちろん先生も再び戦闘指揮を執ったが、校舎での戦いとは違い違和感が付きまとう。

 

 

「……やっぱりおかしいです。反撃らしい反撃がないなんて」

 

 

 そう。あまりにも手ごたえがなさ過ぎた。戦闘の素人の先生すら反撃はあると思っていたのだ。対策委員の四人が強く当たっただけで、ヘルメット団の戦線は崩壊し、彼女たちは逃げ出した。簡単に勝てたのはいいことではあったが、その理由が分からないのは不気味に感じる。

 

 

「先生。少し調べに行きませんか。先輩たちが戻ってきてから、もう一度全員で」

 

 

 アヤネの提案に先生は頷いた。

 

 戻ってきた四人を護衛代わりに、ヘルメット団の前哨基地へと足を踏み入れる。基地とは言っても、廃墟と化したショッピングモールだ。広い駐車場の周りにもう誰もいないであろう店舗が並んでいる。

 

 駐車場は戦車や戦闘車両が乗り捨てられている。店舗は戦闘の余波で弾痕塗れでありボロボロだった。中を見れば、飲みかけや食べかけのゴミが散乱していた。ここで暮らしていたのだろう。

 

 

「先生、ちょっと来てください」

 

 

 アヤネが戦闘車両に乗り込んで何かをやっている。近づけば、刺しっぱなしの鍵を捻ってエンジンを掛けようとしている。ただいくら捻ってもエンジンは動かない。

 

 

「ここにあるのをいくつか調べましたが、同じようにエンジンが掛かりません。変です」

 

「戦闘の余波で壊れたんじゃ?」

 

「先生。ここにあるのは全部、最初から動かなかった」

 

 

 先生の推測を戦闘に参加したシロコが否定する。他の三人も頷いていた。その間にアヤネは原因を特定したようだった。

 

 

「これ、エンジンに何か詰まってます。たぶん燃料タンクに何かの、ガソリン以外の物が混入して給油パイプか何かが詰まってます」

 

 

 粗悪なガソリンでも使ったのだろう。それを入れた車両のエンジンが全滅して、ここに野晒しになっているのなら筋は通った。だから戦闘にも参加できずに反撃もできなかった。

 

 

「日頃の行いが悪いからよ。相応の罰が下ったってことじゃない」

 

 

 セリカがフンと鼻を鳴らす。まあ運がいいとは先生も思うが、何かがずっと引っかかっている。

 

 

「ん。誰かいる」

 

 

 急にシロコが耳をぴくつかせて反応した。外周の店舗の一つに目を向けている。先生には何も聞こえなかったが、シロコは違ったようだ。

 

 

「何か蹴飛ばした音がした。ヘルメット団の逃げ遅れかも。先生はここで待ってて」

 

「一応おじさんもついてくよ。シロコちゃん」

 

 

 シロコとホシノが店舗内へ入っていった。しばらくしてから、一人のヘルメット団を連れて戻ってくる。

 

 武装解除はしてあるようで、丸腰で対策委員に囲まれた彼女は怯えていた。

 

 

「……何をさせようって言うんだよ」

 

「先生と皆の前で、話して。早く」

 

 

 逃げ遅れへ銃を突きつけるシロコに、やり過ぎないように言うと、シロコはあっさりと銃を除けた。

 

 

「なんだよ。最初からそうすれば私だって話すさ。で? 何を聞きたいんだよ」

 

 

 少し調子を取り戻したような逃げ遅れに、シロコは不満そうだが、再び銃を突きつけることはしなかった。

 

 

「何でトイレなんかに隠れてたの」

 

 

 軽いジャブだろう。手始めにホシノが質問する。

 

 

「今日は朝から皆、腹の調子が悪かったんだよ。私もそうだったから、トイレにいたんだ。朝飯の汁物に古い缶詰でも使ったんだろう。戦闘中に出てこれないから今まで隠れてたんだよ」

 

「ふん。やっぱり罰が当たったわね」

 

 

 セリカがそう言うが、本当にそうなのだろうか。偶然が続きすぎている気がする。セリカの言葉が聞こえたのか逃げ遅れは吐き捨てる。

 

 

「ああ。そうかもな。五日前から散々だよ」

 

「五日前って、何だい? 教えてくれるかな」

 

 

 逃げ遅れの発言が気になった。逃げ遅れは先生を見て驚いたように言った。

 

 

「知らないのか。結構な爆発だったのに」

 

「ああ、五日前はまだ、ここには居なかったからね」

 

 

 五日前なら、リンから警告を受けていた時期より前だ。流石にアビドスからシャーレビルまで届くような爆発なら、ニュースになっている。

 

 

「五日前、リーダーが掘り出し物だって言って、パワーローダーを持ってきたんだ。それが暴走してどこかに行った挙句に爆発したのさ。物資も大半がダメになった」

 

 

 パワーローダーは、戦闘用の二足歩行ロボットですね。とアヤネが補足を入れてくれる。

 

 

「それで新しく調達した物資を使ったら、今朝は皆が腹を壊すし車はいきなりエンジンが掛からなくなる。最後に私はトイレの前に荷物が崩れて出られなくなるし、本当に散々だ」

 

 

 何かを蹴る音は彼女がトイレから出ようとして、ドアを蹴り飛ばした音だったようだ。その音で見つかったのなら、確かに運が悪かった。

 

 逃げ遅れは今も先生の目の前で悪態をついている。どうも、次の拠点はかなり遠く、車でなければいけないらしい。歩きでは半日以上かかると。

 

 それを聞いたホシノは逃げ遅れに向かって、ある提案をした。

 

 

「場所は知ってるんだね? おじさんたちが連れて行ってあげようか?」

 

「ちょっと、ホシノ先輩!?」

 

 

 セリカが驚いたような声をあげる。セリカとしては、自分たちを襲った相手だから親切にする意味が分からないだろう。

 

 

「……いいのか?」

 

「おじさんたちにもメリットはあるよ。君には拠点の場所を教えてもらわなくちゃ。知らない場所には連れて行ってあげられないからね」

 

「そんなの……」

 

「もちろん、こっちから攻めないとは約束するよ。君たちが攻撃しない限りはね。口約束しかできなくて悪いけどさ」

 

 

 つまり、拠点の情報を売って連れて行ってもらうか、売らないで歩いていくかの二つに一つだった。結局、悩んだ末に逃げ遅れは連れて行ってもらうことにしたらしい。断っても先生は説得するつもりだったから、実質答えは一つだった。遭難した自分としては、大丈夫だとしてもそんな目にあって欲しくなかったから。

 

 そんな事を考えていた先生は既視感を覚えた。この選択肢があるようで、実は全くないような状況。最近何処かでそんな話を聞いたような気がする。

 

 

「先生。行こう。もう皆待ってる」

 

 

 シロコの声で思考が途切れた。車の方を見れば、ホシノが荷台に移っている。空いたスペースには逃げ遅れが入るのだろう。先生は車へ急いだ。

 

 

 □

 

 

 逃げ遅れはお礼を言って拠点まで走っていった。送ってもらったことは秘密にして、偶々車が動いたことにするらしい。

 

 学校を襲うくらいだから話が通じないと思っていたが、普通の子供だった。学校を襲うのはいただけないが。

 

 そして時間はかかったものの、全員無事にアビドス校舎まで帰ってくることが出来た。

 

 教室に帰ってくるなりホシノとアヤネは何かを話している。

 

 

「アヤネちゃん。あの拠点の位置は把握した?」

 

「はい。ホシノ先輩。そこにつながる道さえ見張っておけば、いつ攻めてくるかは事前に分かります。それに前哨基地も破壊しましたから、物資や移動用の車両も考えると、しばらく私たちを攻撃は出来ないと思います」

 

 

 つまり、ヘルメット団の問題はある程度は解決したということだ。今までのような毎日の襲撃から解放される。それを知った対策委員たちは嬉しそうに声をあげた。

 

 

「ヘルメット団がしばらく攻めてこないのなら、これで少しは楽になりますね」

 

「うん。これで、もう一つの方に集中できる」

 

「先生のおかげで、やっと借金問題に全力投球できるわ……。あっ……」

 

 

 支援要請の初日にしては激動の一日だった。これで手紙にあった武装組織の問題は終わりだ。支援物資も届けたため、額面通りにやるのなら仕事は終わりだった。何も知らなければ、そうしたかもしれない。

 

 ただ、先生は知っているのだ。手紙には書いていないことを。アビドスの問題を知っている。アロナが出した書類や一年前の事件で調べたからだ。だからセリカが口を滑らせたことには気がついていた。

 

 

「その様子だと、やっぱり先生は知ってるんだね。しっかり予習してきたんだ。じゃあ隠しても無駄かな」

 

「ホシノ先輩!」

 

 

 ホシノは、慌てた様子もない先生の様子を見て察したようだった。おそらく借金の事を口に出そうとしたのを、セリカが大声を出して止めた。

 

 

「どうしたのセリカちゃん。別に先生は悪い大人じゃないんだから、借金の事を話すくらいは良いんじゃない。調べればすぐわかることだしね」

 

「でも、先生はあくまでアビドスとは関係ない人じゃない」

 

「そうだね。でもヘルメット団の事で助けてくれたでしょ。部外者かもしれないけど、話すだけならタダじゃないかな。もしかしたら私たちじゃ思いつかないようないいアイデアを持ってるかもしれないよ。セリカちゃんは何がそんなに嫌なの? 信用できないから? 大人だから?」

 

 

 ホシノに正論を叩きつけられて、セリカは何も言えないようだった。口の中で言葉にならない音がグルグル回って、ついに口から飛び出した。

 

 

「そうよ! 先生は大人じゃない! そりゃさっきの戦闘でちょっとは信用するけどさ。でも今まで誰も大人は見向きもしなかったし、助けてもくれなかった! 大人の助けなんて借りなくったって、今まで全部自分たちでやってきたじゃない!」

 

「でも、セリカ。今回は先生に助けてもらった。私たちだけじゃ、無理とは言わないけど厳しかったと思う」

 

 

 シロコも味方してくれないことに、セリカは少し固まった。それでも縋るように言葉を口に出す。

 

 

「でも先輩が居るじゃない。カヤツリ先輩が居れば──」

 

「カヤツリにだって出来ないことはあるし、限界もあるよ。それに、今回の支援を頼んだのはカヤツリだしね」

 

 

 ホシノがセリカの言葉を途中で切った。セリカはアヤネに確認するように顔を向けるが、アヤネは頷いた。

 

 

「うん。手紙を書いたのは私だけど、話を持ってきたのはカヤツリ先輩なの」

 

「私は……。私は認めないから!」

 

「セリカちゃん!」

 

 

 止めるアヤネの声を振り切って、セリカは教室を出て行ってしまった。ノノミが様子を見てくると言って後を追いかけていく。

 

 先生はこれを眺めていることしかできなかった。

 

 ここまで拒絶される原因には心当たりがあった。多少の覚悟もしていた。けれど、手助けすらできないのは辛いものがあった。

 

 

「ごめんね、先生。おじさん、こういうの苦手でさ」

 

 

 ホシノの声で先生は我に返った。ホシノは少し心配そうな顔で先生を見ている。

 

 

「セリカちゃんも悪い子じゃないんだよ。きっと先生の事を認めてはいると思う。ただ、ちょっと整理がついてないだけで」

 

 

 先生が来る前に色々あったからさ。とホシノは言う。

 

 

「先生も知ってるとは思うけど、アビドスには借金があるんだ。あー。九億円くらい」

 

 

 眩暈がする金額で、六人で返すような金額ではないことは確かだった。

 

 

「先生はどこまで知ってるの? ここまで借金が膨れ上がった経緯とかは」

 

 

 数十年前の砂嵐で自治区の再建費用が嵩み借金せざるを得なかったこと、自治区が荒れ住民が居なくなってしまったこと。それによる負のスパイラルが起きたことまでは、調べてわかった。ただ詳しい経緯は知らない。

 

 それを告げるとアヤネが頷いた。

 

 

「大体それで合っています。これが今のアビドスの状況です。このまま借金が返済できない場合、廃校手続きを取らざるを得ません」

 

 

 難しい問題だった。シャーレがポンと九億円を出して解決する。そういう話では無かった。それでは何の意味もない。シャーレへの借金に変わるだけだ。仮にシャーレの先生である自分が動けば、時間はかかるが、おそらく出るだろう。九億円は大金だが、それは個人での話だ。広大な自治区運営の規模で考えれば端金にも等しい。

 

 でも、彼女たちは受け取らないだろう。先生もそうする気はなかった。それはさっきのセリカの行動を見れば分かった。きっと彼女は自分たちで、このアビドスを救いたいのだ。さっきはホシノもシロコも、セリカを諫めるような発言をしていた。けれど、あくまで自分に頼るのではなく意見を聞くというスタンスは崩していなかった。

 

 

「まあ、おじさんとしては、ヘルメット団の事が解決しただけでも大助かりだから。もし先生がこの委員会の顧問になってくれるとしても、借金の事は気にしなくていいからねー。話を聞いてくれただけでもありがたいし」

 

「いや、私でよければ協力させてほしい。対策委員の一員として」

 

 

 はっきりと協力の意志を示す先生にホシノは少し驚いたようだった。ただその表情はすぐに消えて、緩んだ表情に戻る。

 

 

「……へえ、先生も変わり者だねー。こんな面倒ごとに自分から首を突っ込もうなんて」

 

「これが先生の仕事だからね。それに私のやりたいことでもある」

 

「ふーん。じゃあ、よろしくお願いね。先生」

 

 

 そう言ってホシノは机に突っ伏してしまった。すぐに寝息が聞こえてくる。きっと疲れたのだろう。

 

 

「ありがとう。先生」

 

 

 シロコが、そんなことを言う。そんな大したことはできない。精々が一緒に考えることくらいだ。それを聞いたシロコは首を振った。

 

 

「ううん。今まで、そんな大人は居なかったから。それだけでも私は嬉しい。きっとセリカもそうだと思う」

 

「はい、そうです。シャーレが。先生が力になってくれるだけでも、今までとは違いますから」

 

 

 シロコとアヤネがそう答える。確かに教室の雰囲気は朝に感じたものより多少は良くなっている気がした。

 

 

「……ちぇっ」

 

 

 そして、そんな教室の会話を廊下から盗み聞きしていたセリカはバツが悪そうに舌打ちした。

 

 

「セリカちゃーん。どこですかー」

 

 

 ノノミはと言えば、セリカを探して校内を彷徨っていた。セリカが教室の彼女の不在に気がつくまで、まだかかりそうだった。

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