ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
あの後、小鳥遊がドローンを回収し仕事は終わった。仕事の出来に関しては特に小鳥遊からは文句もないようで、二人はそのままアビドス校舎への道を並んで歩いていた。
「言ったとおりに仕事はしっかりやるんですね。ほとんど私が処理しましたが」
「アビドスじゃなきゃ、もっとやれたはずだ」
カヤツリは言い訳をする。実際、あのビルは監視カメラと各階の扉の開閉、エレベーターの操作以外の機能がまともに生きていなかった。これでは大したことはできない。もう少し機能が生きていれば、ビル及び警備ロボットを全部機能停止させることくらいはできるのだ。
「まあ、私一人でやるよりかは楽でしたよ」
突然の小鳥遊のフォローにカヤツリは胡乱な表情をする。彼女がそんな言葉をかけるとは思わなかったからだ。そんなカヤツリを見て小鳥遊はため息をつく。
「最低限の信用はすると言ったでしょう。あなたは仕事はしましたから。それよりも何でアビドスに来たんですか。ああいう技術があるなら、別の所でもやっていけるはずです」
きっと、さっきの仕事のドローンやハッキングを見たからだろう。当然の疑問だろうとカヤツリも思う。もしオーナーの依頼がなければ、今頃はミレニアムあたりで仕事をしていたに違いない。ただカヤツリはどう答えようか悩んだ。カヤツリ自身は質問自体に答える事には吝かではなく、オーナーの依頼以外のある程度の事は教えてもいいとは思っていた。
「何でアビドスに来たかは答えられない。俺も来たくて来たわけじゃない。別の所で、っていうのはまあそうだ」
カヤツリの返答に小鳥遊は不満そうだ。質問の答えになっていないのだから当然の話ではあった。ただカヤツリとしても依頼の守秘義務があるかないかもわからないのにペラペラ喋るわけにもいかないのだ。オーナーはこういったことに厳しかった。だから、言えないところは”答えられない”と言う心算であった。
そんなカヤツリを見上げて小鳥遊が文句を言う。
「真面目に答えてください」
「十分真面目だ。だから答えられないと言ってる」
カヤツリの態度に小鳥遊は何かを察したのか質問を変えた。
「あなたは、誰かに命令されて此処に来たんですか」
「答えられない」
「一昨日の砂漠のことは偶然ですか」
「それは偶然」
要領を得たのか小鳥遊の質問が増えていく。こちらの意図を察してくれたようだった。カヤツリはそのまま質問に答えていく。そのうち遠目にアビドスの校舎が見えてきた。カヤツリはあと一つくらいの質問は受け付けるつもりだった。
「何で手伝いを了承したんです。生徒会に入るのを嫌がってたじゃないですか。私や先輩の言葉なんか無視すればよかったじゃないですか」
カヤツリの足が止まった。変なことを聞いてくるものだ。今迄の質問がカヤツリの目的を確認するものだったのに、最後の質問がそれでいいのだろうか。あの時のことを思い出しながらカヤツリは言葉を紡ぐ。
「最初は嫌だった。ただ小鳥遊が責任の話をしただろ」
「ああ、そんなことも言いましたね」
「あれで思ったんだ。そういえば自分はもうアビドスの生徒なんだなって」
カヤツリは校舎に向かって歩き出しながら話を続ける。
「例えば、俺が生徒会に入らないことにしたら。そしてもしアビドス生徒会が利息すら払えなくなって、廃校になったとして」
カヤツリを見る小鳥遊の目つきが朝の時のように鋭くなる。失言したことにカヤツリは気づいたが、小鳥遊は首を振って続きを促した。
「もしそうなったら、それは俺の責任もあるんじゃないか?って思った。だって、もしちゃんと俺が手伝っているか、金だけでも入れていたのなら、そうはならなかったかもしれないのに」
「でもそれは、結果論じゃないですか」
「そうかもしれないけど、日々のふとした時に思い出すんだ。ああ、あの時にこうしていればよかったのにって。きっと自分の中でけりが付くまで。そういうのは嫌じゃないか?」
突然胸の中に熱湯をぶち込まれたようなあの感覚や、しばらくの間はそのことが頭にちらつくあの気分はカヤツリは好きではなかった。
「まあ、俺はそういうのを気にする性質だから、最初に金銭の提案をした。それを先輩が突っぱねたからこうなっている」
「もし……」
「?」
言い淀む小鳥遊は珍しかった。これまでの会話で小鳥遊は普段から突撃思考なイメージがあったためである。
「もし、そういうことになったら、あなたはどうするんです」
「……状況によるけれども、後悔しないようにするしかない。だから、今そうならないようにしている。これでいいか?」
「ええ。聞きたいことは聞けたので。じゃあ生徒会室に戻りますよ」
どこか満足そうな顔をしている小鳥遊をカヤツリは不思議に思った。
□
結局、生徒会室に着いたのは日が大分傾いてからだった。仕事のたびに毎度これでは、非常に効率が悪いとカヤツリは思った。そろそろオーナーの所から”足”を回収するべきかもしれない。
生徒会室は電気が消えて、扉も閉まっていた。先輩は先に帰ってしまったのだろうか。カヤツリは小鳥遊に確認する。
「先輩はもう帰ったのか。いつもこんな感じなのか?」
「おかしいです。いくら何でも早すぎます」
どうも異常事態らしい。カヤツリと小鳥遊は顔を見合わせる。二人の間の空気が張り詰めていく。
「どっちから行く?このケースは盾くらいにはなるが」
「私から行きます。あなたはそこで待っててください。ドアを開けたらお願いしますよ」
先頭の小鳥遊が生徒会室のドアまで近づいていく。その間にカヤツリは背中のケースを下ろす。カヤツリが普段使いしている武器は屋内では使いにくすぎる。
小鳥遊がしゃがんでドアをゆっくり開けた瞬間、”パンッ”と乾いた破裂音がした。カヤツリは背中のケースを盾代わりに構えて、ドアへと駆けた。
「何やってるんですか。先輩」
「わわっ。カヤツリ君どうしたの。そんな怖い顔して」
カヤツリが生徒会室に飛び込むと、クラッカーを持って固まっている先輩がいた。どうやら、さっきの破裂音はクラッカーの音だったらしい。カヤツリの後ろから小鳥遊も顔を出す。彼女を見つけて先輩は満面の笑顔になった。
「あっ。ホシノちゃんもおかえり。カヤツリ君との初仕事はどうだった?うまくいった?」
「ある意味ではうまくいきましたが……ユメ先輩。なんでクラッカーなんか持ってるんです。なにかいいことでもあったんですか」
「もちろんだよ!」
小鳥遊の疑問に先輩は鼻息も荒く宣言した。何がめでたいのだろうか。カヤツリには皆目見当がつかなかった。
「私にとっては後輩が、ホシノちゃんにとっては同級生が増えたんだよ!お祝いしないでどうするの!」
「それで、わざわざ部屋を暗くして、クラッカー持って、隠れてたんですか。心配した私がバカみたいじゃないですか」
小鳥遊が、呆れて溜息をついている。さっきまでの緊迫感は霧散していた。その気持ちは嬉しいがタイミングが悪いと思う。二人共、先輩が拐われでもしたのかと思ったのだ。
「ほら、ジュースも買ってきたから、皆で乾杯しよ?」
部屋の奥で手招きする先輩を見ながらカヤツリは愕然としていた。いくらなんでも能天気が過ぎるだろう。
「まさか、いつもこんな感じなのか?」
「そうですよ。私が何度怒ってもあんな感じですから、貴方も頑張ってくださいね」
小鳥遊がジュースの缶をカヤツリに渡す。冷えた缶が外の暑さで火照った手に心地よかった。反対にカヤツリの頭は先輩の能天気さで重かった。
「そういえば、チラシの仕事はどうだったの。ホシノちゃんはうまくいったって言ってたけど。いっぱいお給料もらえそう?」
三人で乾杯した後、先輩が思い出したように言った。これは、少しだけ言った方がいいかもしれない。
「治安維持の仕事になりましたよ。危ない依頼って言ったじゃないですか。”妙に報酬がいい依頼は受けるな”って知らないんですか」
「え、だって、高額報酬って……」
カヤツリは、とても深いため息をついた。このまま先輩に任せていてはとんでもないことになりかねない。
「先輩。依頼には相場ってものがあるんですよ。それより高すぎるものは何か裏があるのが普通なんです。ちゃんと聞いてますか」
「ひぃん……。カヤツリ君がホシノちゃんみたいなこと言う……」
「ユメ先輩。コイツと一緒にしないでくださいよ」
先輩は涙目だ。小鳥遊がなにか言っているが、気にしないことにした。ちょっと言い過ぎただろうか。カヤツリは少しだけ、甘めの言葉を選んで続きを言った。
「だから、次からは気を付けてください。俺も手伝いますから」
「えっ、ありがとう。カヤツリ君」
先輩は何か予想外の答えが返ってきたかのような反応だった。
「なんです。まさか怒鳴り散らされるとでも思ったんですか」
「そうは思わないけど、二人に迷惑かけちゃったし……。怒ってるかなって……」
別にカヤツリはそこまで怒っているわけではなかった。依頼が怪しいのは小鳥遊も把握していたし、先輩に悪気はないからだ。少しは悪く思ってほしいが。
「別に悪気はなかったんでしょう?じゃあいいです。俺も朝にやり過ぎましたから。朝はすみませんでした。怒鳴ったりして。これでおあいこです」
「じゃあ私からも。ごめんね。カヤツリ君」
「ユメ先輩。そろそろ時間ですよ。やることがあるんじゃないですか」
二人の会話を見ていた小鳥遊が口を挟んだ。彼女は何か知っているらしい。
「そうだった。すっかり忘れてたよ。ありがとうホシノちゃん」
そんな事を言いながら先輩はカメラを取り出した。
「今日は、私にとっては後輩君が、ホシノちゃんにとっては同級生が増えた日だからね!そういう日には写真を撮るんだよ!」
いいのではないだろうか。特にカヤツリに異論はなかった。しかしそのあとが問題だった。
「じゃあ、くっついてね。私が真ん中で両端にホシノちゃんとカヤツリ君ね」
「私はもう撮ったじゃないですか」
小鳥遊は巻き込まれると思わなかったのか驚いていた。先輩は不思議そうに答えた。
「だって、ホシノちゃんの同級生も増えた日だからね。ホシノちゃんも入らなきゃ」
先輩は勢いそのままに、さっき言ったとおりの配置に小鳥遊とカヤツリを連れていく。やたらと小鳥遊は恥ずかしがっているがなにかあるのだろうか。カヤツリは疑問だった。ただ写真を撮るだけだろうに。
「ん~。フレームに入らないね。もっとくっつこうか」
そんなことを言って先輩はカヤツリの右肩と小鳥遊の頭に手をあてて抱きしめた。そういう事をすればどうなるか。先輩の大きな胸が当たるのだ。小鳥遊の方を見ると顔に胸が当たっている。カヤツリは小鳥遊が恥ずかしがっている理由が今更になって分かった。これは恥ずかしい。カヤツリの顔も赤くなってきている。むしろ先輩が一番恥ずかしがらなくてはいけないのだが。
「はい!チーズ」
そのあと何回かの格闘の末に、満足いくものが取れたようで先輩はニコニコしている。反対に小鳥遊とカヤツリは疲れ果てていた。小鳥遊など顔が真っ赤だ。
カヤツリは思う。おそらく、明日から先輩や小鳥遊に振り回される日々が始まるのだろう。けれどもカヤツリは、決してそれが嫌ではなかった。できる限り手伝ってみるのもきっと悪くない。先輩と小鳥遊を見てカヤツリはそう思った。