ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「先輩! 囲まれてる! 右から来てる!」
セリカの叫びに返事をする余裕もなく、戦車砲をハンドルを切って躱す。外れて地面に着弾した衝撃で車体が揺れる。
「……もうこれで六台目だぞ」
最初は破壊すればいいのは精々護衛の四台くらいだと思っていたのだ。セリカ後輩が対物ライフルでエンジンをぶち抜けばそれで終わり。実際途中まではうまくいった。けれど、そんなカヤツリの甘い目論見は儚くも崩れ去っていた。
運転していたヘルメット団を絞め落とし、縛って荷台に放り込む。そのあとセリカ後輩がカヤツリのライフルで護衛を沈黙させるまでは良かった。問題はその後だったが。
このまま、アビドス校舎へ帰ろうとした二人を戦車隊が襲ってきた。ヘルメット団の増援だった。それで今、何台もの戦車に追い回されて砂漠を逃げ回っている。セリカ後輩が何台も撃破しているが、数が減る気配がない。
「……人質目的じゃないのか?」
カヤツリは運転を続けながら、現実逃避気味に考える。そもそも、セリカ後輩が誘拐された件は本人から話を聞いた。状況からどう考えても人質として攫ったとしか思えない。ただそれだと変だった。
荷物を指定の地点まで運べ。そういう黒幕の指示を盗聴したから、カヤツリは苦労して車体の下にへばりついていた。あの言い方だと指定場所には黒幕がいる可能性があったから。それに四台も護衛がいるのだ。きっと荷物は、金目のものか何かだと思った。まさかセリカ後輩だとは思わなかったけれど。
そしてカヤツリには、セリカ後輩にそこまでする、その価値を見出せなかった。まだ十六夜後輩なら分かる。実家から出奔したとはいえ、立場は未だに大企業セイント・ネフティスのお嬢様だからだ。身代金を要求するなり、ネフティスへの交渉材料にするなり、使い道は幾らでもあるだろう。誘拐の手間も変わらない。
それに、増援にしてもおかしい。ヘルメット団の集積地まではまだ距離がある。護衛が排除された事に気がついても、すぐに来れる距離ではない。なのに来たという事は、近くで待ち構えていた事になる。
それは、荷物がよほど大事だということで……
「チッ。いよいよマズイな……」
激しい振動で思考が中断される。また砲弾が車体を掠めたらしく限界が近い。もう夜が明けて日が昇ってきているから、闇夜に紛れることもできない。砂嵐まではまだかかりそうだ。前方には砂煙が見えるが、あの規模からして砂嵐でなく車両だろう。またぞろヘルメット団の増援に違いない。
カヤツリは覚悟を決めた。砂嵐が来るまで耐久するしかない。あと数十分はかかるが、それまで耐えて見せる。ただその覚悟は、近づいてくる車両の面々を見てあっという間に霧散してしまった。
対策委員のメンバーが乗っていた。よく見ると見慣れない男性も乗っている。あれが噂の先生だろう。そのまま、自分たちと、すれ違って追いかけてくる戦車隊に攻撃を仕掛け始めた。
そのまま蹴散らされていく戦車隊を見る。シロコやホシノが暴れまわっているし、十六夜後輩は車上で自分の愛銃を乱射している。すぐに戦車隊は壊滅することが分かった。自分の出番はないだろう。
戦車隊が蹂躙されている間、カヤツリの頭は疑問で一杯だった。
いくら何でも来るのが早すぎる。いくら朝日が出てきたとはいえ、セリカ後輩が誘拐されたのが夕方くらいで、ここまでの移動時間を考えればほぼ最速で居場所の見当をつけたことになる。
まあ、ある程度の予測はつく。先生だ。
おそらく何かの権限を使用したに違いなかった。個人情報や位置情報を取得できる類の。けれど、時間からして申請を出したとは思えない。おそらく無断で使ったのだ。
先生が善人であろうことは、彼がキヴォトスに現れてからの事を調べたから知っている。おおよそ良いことしかしていない。先生としてわざわざ外からくる人だ。きっといい人なのだろう。そこまではいい。そこまでは。
ただ、限度があるだろうとは思う。まだ一日だ。彼がアビドスに来てまだ一日しか経っていない。幾ら生徒と先生の関係があるとはいえ、ほぼ他人だ。その他人の為にやり過ぎではないだろうか。
これが、年単位の付き合いならまだわかるというものを。カヤツリは先生という大人が掴めなかった。これまでに会ってきたどの大人ともタイプが違う。どう接すればいいか考えものだった。
──どうしたもんかな。
そうこう悩んでいるうちに、殲滅が終わったらしく対策委員が乗った車両が戻ってきた。後輩たちが荷台で放心しているセリカ後輩に向けて駆け出していく。お互いに抱きしめ合って、涙ぐんでいる。
様子を見れば分かる。ずっと心配していたのだろう。片意地を張っていたセリカ後輩も今となってはそんな余裕もないはずで、素直な気持ちを吐き出しているようだった。きっと先生とも腹を割って話せるのではないだろうか。
ただ、ずっとこうしているわけにもいかなかった。カヤツリとしてもこの空気を壊したくはない。ただ、そろそろ準備をしないと砂嵐に飲まれる。カヤツリはため息をついて手を叩いた。
□
「……で? なんで連絡しなかったの?」
「……怒ってる?」
「怒ってないと思う?」
カヤツリは帰りの車内でホシノに詰められていた。運転中だから隣のホシノの顔は見えないが、声だけでわかった。
──とても怒っている。
まずいことをした自覚はある。だから怒られるのは仕方ない。だけど車内という密室で長い移動時間の間、ずっとホシノに怒られるのは勘弁願いたかった。さっきの悪足掻きも無駄に終わり、ホシノの機嫌は最悪だろう。
帰る車の運転ができるのは、奥空後輩とカヤツリしかいない。だから、奥空後輩の方の車には後輩たちと先生。カヤツリの方の車はホシノとカヤツリになった。嫌な予感しかしなかったので、後輩たちか先生を自分の方の車に誘導しようとした。
──逃げちゃだめだよ。カヤツリ。
そうホシノに釘を刺されて何も言えなかったが。
一応カヤツリにも言い分はある。そもそも一人で逃げる準備はしていたし、連絡もあの砂漠地帯では繋がらない。本当なら、黒幕を確認したら荷物を爆破して砂嵐に紛れて逃げる計画を立てていた。ただ、荷物がセリカ後輩だったことで全てが狂った。あの場では、セリカ後輩の安全が一番だったし、あの様子では徒歩で帰るのは自殺行為だから。ヘルメット団の集積地に到着する前に逃げるため、あんなことをしたのだ。
カヤツリの言い訳を聞いたホシノの様子は変わらない。変わらないまま静かに告げる。
「それはわかるよ。予定通りにいかないのも、セリカちゃんの安全を優先したのはね。私としては自分の身も大事にしてほしいけど。でもさ、その黒幕の荷物を確認するって決めた時に連絡なかったよね。あったら、もっとやりようはあったと思わない?」
「……それはごめん」
それはその通りで、静かに怒っているであろうホシノに謝る。
「心配したんだよ。セリカちゃんの反応とカヤツリの反応が一緒の位置にあった時は。見つかって一緒に誘拐されたのかもしれないって」
隣でホシノが、固い声で続ける。
「カヤツリの事だから、大丈夫だとは思ったけど。まさか戦車に追いかけ回されてるなんてね……。何? また、あの夜みたいな目にあいたいの?」
「それは、やめてほしいな……」
「じゃあ、後で埋め合わせして。これで約束の三回だよ。楽しみにしておいてね」
これで、この話は終わりとでも言うようにホシノは話を切った。妙に機嫌が良くなったように見える。多分、不可抗力だということを酌量してくれたのだろう。これがワザととか、面倒だとか、そういう理由だったなら、タダではすまなかったはずだ。
そう安心して、今回の結果報告をしようとしたカヤツリは固まる。さっきのホシノの言葉を思い出したからだ。
──約束? 三回目?
心あたりはあるが回数が合わない。話の流れからして、自分がホシノを怒らせた回数なのだが。
考え込んで、喋らなくなったカヤツリから察したのか、ホシノは呆れたように答えた。
「まさかとは思うけど忘れたの? カヤツリが私に黙って他校の娘に会ってた時の話だよ。何でもいうことを聞くって言ったよね? 忘れたとは言わせないよ」
覚えている。まさか、ホシノが律儀にも回数を数えているとは思わなかったが。
先生の情報を集める時に、久しぶりに幽霊から電話が来たのが始まりだった。彼女は確か、ワザと留年して楽しい日々を送っているはずだった。
──久しぶりだね。今困ってるんじゃないかい? 顔を貸してくれれば、良いことがあるかもしれないよ?
毎回、こっちの事情を見透かしたかのように、連絡してくる幽霊に辟易しながらも了承した。
それで待ち合わせ場所のファミレスに行ったら、幽霊と彼女の後輩の三人での話し合いになったのだ。彼女に聞けば、引き継ぎの顔見せだと言う。幽霊が対応できない時は、代わりに対応してくれるらしい。顔を隠しているが、カヤツリは薄々誰だかわかった。
先生の情報を幽霊から貰って、近況報告代わりの雑談中の事だった。今から思えば、さっさと帰っていれば良かった。会話が弾んで、お互い愚痴の吐きあいになったのだ。
三人での会話が、いつの間にか幽霊の後輩との愚痴吐き大会になっていた。カヤツリは、まさか殺し合いをした相手の愚痴を聞くことになるとは思わなかった。
長い長い愚痴を相槌を打ちながら聞いた。問題児しかいないとか、仕事が終わらないとか、上部組織が邪魔しかしてこないとか。あまりに可哀そうなので真面目に聞いてしまった。
それを、ニヤニヤしながら見ている幽霊に腹が立ったのを覚えている。
その後、楽に手に入った情報を手に、ほくほく顔でアビドスに帰ったカヤツリを迎えたのは、怯える後輩たちと、怒りを通り越して無表情になったホシノだった。
──シロコちゃんがさ。サイクリング中に他の学校の娘と食事してるカヤツリを見たって言ってたんだけど、本当?
あれは、大変だった。後輩たちはカヤツリと入れ違いに逃げ出したし、カヤツリは弁解しようにも、幽霊の事を話すわけにはいかなかったから。何とか情報屋だと誤魔化して、怒っている理由が分からないまま平謝りして、確か条件付きで許してもらったのだ。
──私を三回怒らせたら、何でも言うこと聞いてもらうよ。
今更真っ青になるカヤツリを見て、ホシノは嬉しそうな口調で言う。
「思い出してくれたみたいで嬉しいよ。カヤツリは約束は守るからね」
「まだ、二回目じゃないのか」
「ううん。これで三回目だよ。パワーローダーの時の隠し事。”今は”って言ったでしょ」
「後だしとか、そんなのありかよ……」
「”あり”なんだよ。そろそろカヤツリは知るべきことがあると思うよ。いつまでも分からないようだと、私が身体に教えなくちゃならなくなるからね」
そう言って、ホシノは会話を終える。もう約束の件に関しては話さない構えだ。どんなことをさせられるか分からないが、覚悟を決めておいた方がいいかもしれない。カヤツリはため息をついて、報告に移ることにした。
「まあ、いいや。今回の報告だけど」
「何かわかった?」
「多少は」
この一週間の成果は結果だけで言えば、微妙の一言に尽きる。
「盗聴はできた。声は加工されてたから誰かは分からないけど、多分大人だ」
「声が分からないのに?」
ホシノは納得できなさそうに言うが、これは、運び屋をやっていたカヤツリにしか分からないだろう。
「妙に慣れてた。注文のつけ方とか、詳細の詰め方が。指示を飛ばすのに慣れているし、隠蔽も完璧。言い回しも生徒とは思えない。男口調だったしな」
昔のことを思い出す。大人でも、あそこまで簡潔に必要最低限の情報の伝え方は数回しか見たことがない。それに詳細はメールで、読み終わったら削除させるという念の入れようだった。だから、荷物がセリカ後輩だと分からなかった。肝心の内容の意図をヘルメット団は半分も理解していないようだったが。
「それ以外は何も分からないってこと?」
「そうだな。何でセリカ後輩を狙ったのかも分からない。あの周到さを見るに、誰でもよかったとは思えないんだけどな」
「どういうこと?」
ホシノの疑問に分かりやすく答える。
「柴関からの帰り道を狙われたんだろ? つまり、セリカ後輩の行動パターンを知ってたってことだ。計画的な犯行だよ。セリカ後輩のスケジュールなんて全部は把握してないし、その都度変わるだろ。何週間か見張られてたんじゃないのか」
セリカ後輩が狙われた訳についてホシノともに頭を捻るが、まるで分からない。全く分からないことだらけで嫌になるが、良いこともある。
「ああ、でもヘルメット団はもう気にしなくていいと思うぞ」
「どうしてさ。戦車隊は潰したけど、たぶんまだ数がいるよ。また支援して攻撃させるでしょ?」
「しないよ。俺ならしない」
今回の件だけでなく黒幕は痕跡を消すことに関しては徹底している。そんな人物が何度も失敗している組織を使うだろうか? 支援もタダではないし、どこから捻出しているのか知らないが、それなりの金額だろう。そこから情報が洩れるリスクを考えたら、そろそろ縁の切り時だ。少なくとも近日中にはそうするだろう。そしてまた嫌らしい手で何かしてくるに違いない。
「報告はそれで終わり?」
ホシノの声に頭を回す。ああ、もう一つあった。
「先生の事だ。どうする?」
先生に対する対応だ。今回揉めた件に関連してくる。先生をアビドスの借金問題に巻き込むのか。そうしないのか。巻き込むなら隠し事は無しで行く。そうでないなら煙に巻く。カヤツリとしてはどっちでもよかった。先生はいい人なのはわかるが、借金問題は根が深すぎるし、新任いきなりでやる事ではないと思うのだ。
「手伝ってもらうよ? アイデアだけでも出してもらわなきゃ。カヤツリは、セリカちゃんみたいなこと言わないでしょ?」
「言わないよ。じゃあそれで行こうか」
それなら、時間を作るべきだろう。明日の対策会議の後にでも。向こうも聞きたいことがありそうだし、こちらもそうだからだ。
ただ今日は帰ったら、ひと眠りしたかった。ほぼ徹夜したようなものだからだ。セリカ後輩のみならず、他のメンバーもそうだろう。大あくびするカヤツリを見てホシノは言う。
「報告はこれで本当に最後?」
「もうないよ」
特にもうないはずだ。何かあっても明日の会議で言えばいい。それを聞いたホシノは笑顔で言った。
「そう。じゃあ、お帰り。カヤツリ。一週間お疲れ様」
「ただいま。ホシノ」