ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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50話 個人面談

 こういったことは初めてだった。

 

 自分の目の前の机を見れば、冷たい飲み物と摘まめるようなお菓子が入った籠がある。今いる教室は冷房が掛かっていて快適で、空間全体からはこちらを歓迎するという意思が伝わってくる。

 

 先生がキヴォトスに来てから、こういったもてなしの機会は今回が初めてだった。やはり他の生徒とは自分に対する対応が違う。そんな事を思う先生に正面から声がかけられた。

 

 

「缶ジュースと買い置きのお菓子ですみません。大したもてなしもできなくて」

 

 

 先生の前には、空き教室の主であるカヤツリがいる。顔は笑ってこちらを見ているが、眼から感情は読み取れない。

 

 今日は、直接本人に頼んで時間を作ってもらったのだ。昨日はセリカの奪還作戦で皆疲れていた。だから、今日の対策会議が終わった後でならと。

 

 先生はカヤツリに対して聞きたいことがたくさんあった。きっと普通に話せるだろうと思っていたが、どうやら対応を間違えたらしい。他の対策委員には聞かれたくないだろうと思って、二人きりになったが失敗だったかもしれない。

 

 

「カヤツリ君は、こういったことには慣れてるのかい?」

 

「そこそこですね。大人相手の対応も多いので、それで慣れました。別に呼び捨てで良いですよ。先生」

 

 

 どう話そうか先生は悩んだ。二人きりで話そうとしたせいで無駄に警戒されている気がする。先生がどう切り出したものか悩んでいると、カヤツリの方から質問してきた。

 

 

「どうでした先生。対策会議は」

 

「あー。中々個性的というか……」

 

「誤魔化さなくてもいいですよ。酷かったでしょう?」

 

 

 カヤツリの言う通りに対策会議は褒められたものではなかった。フルメンバーでの対策会議ということで先生も参加した。最初の内容は借金返済の具体案について。司会進行はアヤネで、他の五人が案を考えるといった方法だった。けれど、肝心の案が酷すぎた。

 

 セリカは霊感アイテムでの運気上昇。シロコは銀行強盗。ホシノはバスジャックによる生徒増員。ノノミがスクールアイドル計画による町おこし。どれも現実的ではないし、二つは犯罪行為で、一つは騙されている。

 

 

「まあ、あれが今のアビドスの状況なんですよ。ああいう突拍子もない方法でしか何とかなりそうにないって言う」

 

「でも、カヤツリは違ったね」

 

 

 あの会議でもカヤツリだけは、まともな案を出していた。道路の整備とライフライン増設、治安向上による住民の呼び込み。最後の方はアヤネとカヤツリしか話していなかったように思う。結局、予算が足りないというオチに終わっていたが。

 

 

「一人くらいまともな案を出さないと、奥空後輩が可哀そうでしょう。皆あれでも真面目にやってるんですけどね」

 

 

 カヤツリが苦笑しながら言った後、対策会議のもう一つの議題について話し出す。

 

 アヤネが先日の戦闘中に回収した戦車のパーツから事態が好転した。彼女の調べたところによると、そのパーツはキヴォトスでは使用が禁止されている物だったらしい。だから、どこにも流通はしていない。それをヘルメット団たちがどこから手に入れたのか。誰が彼女たちに渡したのか。それが、対策会議のもう一つの議題だった。

 

 ホシノとカヤツリが、パーツだけでは話が進展しない所に黒幕の情報を持ってきた。前にも似たようなことがあったこと、黒幕は大人であろうということ。今回の件にも絡んでいる可能性が高いこと。

 

 

「黒幕について。先生はどう思いますか?」

 

「それは、カヤツリの方が詳しいんじゃないかい。ずっと調べてたんだろう?」

 

「同じ大人の先生の視点から聞きたいんですよ。私じゃあ、分からないこともあるので」

 

 

 聞かれたので考えてはみるが、特に思い浮かばない。先生は前の所では、こういう鉄火場に身を置いていたわけではないから悪人の発想など分からない。でも生徒の頼みだから考えてみて、自分なりの憶測を呟いてみる。

 

 

「執拗に痕跡を消しているんだろう?」

 

「ええ、そうですね。偏執的なまでに」

 

「たぶん、怖がりな大人だと思うよ」

 

 

 どうしてそう思うんです? そう言いたそうなカヤツリの視線を受けて、考えを整理しながら話し出す。

 

 

「大人になるとね。失敗が怖くなるんだよ」

 

「どうしてです? 別に誰かに迷惑を掛けるかもしれませんが。子供ならともかく、大人なら自力で対処できるでしょう?」

 

 

 子供らしい疑問に少し先生の顔に笑みが浮かんだ。

 

 

「失敗すれば失うものがあるだろう? それは失敗の種類で違うけれど。お金だったり、信用だったりね。子供の時は良いよ。取り返しがつくことが多いし、責任が取れる立場じゃないからね。でも大人は違うよ」

 

 

 カヤツリは黙って聞いている。責任のワードにピクリと反応したように見えたが、気にせず話を続ける。

 

 

「大人になると失敗の責任は自分で取らなければならない。それで大抵は失うものがとても多い。これまでの努力が消し飛ぶとかはざらだね。だから、失敗しないようにするんだよ。大人はね」

 

 

 ここは少し違うみたいだけど。とも付け加える。キヴォトスの悪い大人は失敗の責任を他人に被せる輩が妙に多いから。だから、今回の黒幕はまた、違ったタイプだと言える。

 

 

「たぶん、その黒幕は昔に手酷い失敗をしたんじゃないかな。それで痛い目を見たんだと思うよ。それに資金を動かせるなら地位もあるだろうね。だから偏執的なまでに痕跡を消すんだと思うよ? バレたら地位が危ないし、もうそんな目に会うのは嫌なんだろうね」

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

 

 納得したように頷くカヤツリに向かって先生も質問を投げる。

 

 

「カヤツリはどう思うんだい?」

 

「……そうですね。アビドスへの恨みというか、アビドス高校への恨みを感じますね。攻撃対象が全部そこなので」

 

 

 ここまでの要素を集めると面白そうな人物像が出てくる。アビドス高校を恨んでいる、地位があって、過去に手酷い失敗をした大人。これが分かったところで、そんな情報を持っていない自分たちにはどうしようもないのだが。

 

 

「で。先生。考えは纏まりましたか? 聞きたいことがあって、こんな風に呼びだしたんでしょう?」

 

 

 カヤツリの言葉に先生は固まる。カヤツリは最初から分かっていたようだった。会議の話を振ったのも意図があったのだろう。

 

 

「どうして、あんなことをしたんだい?」

 

 

 先生は開き直って聞くことにした。警告を受けたせいで、多少身構えていたかもしれない。話した感じでは、そんな危険な人物には見えない。リンが言うような人物なら、あそこまで、後輩に慕われないだろう。

 

 

「……ああ。代行から何か言われましたね? あの堅物のことですから、強い言葉を使っていたでしょう?」

 

 

 いきなり、カヤツリの何かが変わった気がする。口調や表情は変わらないまま。けれど、雰囲気に冷たく、暗いものが混じりはじめたように感じる。

 

 

「先生が、聞きたいことは大体は予想がつきます。全部聞きたいんですか? 聞いて後悔しませんか?」

 

 さっきとは、別人かと思った。白いワイシャツに、アビドス高校のネクタイに黒いスーツのズボン。服装は学生なのに、座って顔の前で手を組んでいるのが妙に様になっていた。口は手で見えないのに、耳まで裂けたように吊り上っているのが容易く想像できた。

 

 

「先生の仕事をする分には、今のままでも困らないでしょう? 好奇心を抑えて見ない勇気もあると思いますよ? 先生は猫じゃあないでしょう?」

 

 

 そうだ。これは自分の個人的な興味だ。きっと、ここで引いても借金のことは教えてくれるだろう。ただ、カヤツリの事を知るなら、これが最後のチャンスのような、そんな気がした。糸のように細くなったカヤツリの目を見る。

 

 

「いや、聞かせてほしい。君が何を思って、何を目的に、このアビドスでやったことを」

 

 

 態度の変わらない自分に根負けしたのか。はあ。とカヤツリが大きく息を吐いた。”ふっ”とさっまでの雰囲気が霧散する。もうさっきまでのカヤツリに戻っていた。何事もなかったようにこちらへ聞いてきた。

 

 

「何からいきますか? 大人の件からでいいですか?」

 

 

 カヤツリの言葉に頷く。契約で大人を嵌めた件からだ。カヤツリなら、もっとやりようはあった筈。考えを聞かせてほしかった。

 

 

「先生もご存知だと思いますが、ここの治安は良くないです。犯罪の質は低いですが、単純に種類と数が多い。住処にしやすい廃墟も沢山。ヴァルキューレの支部もない。まあ悪い要素しかないんですが。いい要素もあるんですよ」

 

「いい要素?」

 

「際立っている奴がいないことです。幅はありますけどね。主な犯罪は、恐喝、強盗、窃盗、詐欺、不法侵入、その他諸々。つまり力づくの犯罪か、セリカ後輩くらいしか騙せない程度の低い詐欺。そういう犯罪者が多いんです。調整しましたからね」

 

 

 あたり前の話ではある。ここには何も無いからだ。大きな犯罪をするのなら、それなりのリターンがなければならない。そうでないならやるだけ無駄だ。そんな犯罪者はここには来ないだろう。

 

 

「それが、どう繋がるんだい? それなら簡単に止めさせられるだろう?」

 

「数が多いと言ったでしょう。先生。普通に対処してもキリがないんです。潰しても、別のが湧くんです。そういう時は薬を撒くんですよ」

 

 

 カヤツリが意地の悪い顔で言う。

 

 薬? 何かの比喩なのはわかるが、先生には意味することが分からない。幾ら雑草みたいにしぶといとはいえ、まさか本当に農薬を撒くわけではないだろう。

 

 

「奴らは数は多いですが、ある一定数からは増えません。場所にも限りがありますし、彼等のシノギも限界がありますから。だから、頭が良くも悪くもない。丁度良い奴らだけにしたんですよ」

 

 

 これの意味するところは分かった。確かに幾らアビドスが広大とはいえ、場所や需要には限りがあるだろう。際限なくは増えられないと言うのは納得のできる話だった。丁度良いとはなんなのか。先生は頭を捻る。

 

 

「代行から事件の概要は聞いているでしょう? 先生がもし悪い大人の立場だったらどうしますか? 好きに答えていいですよ。これに正解はないので」

 

「私だったら行かないかな」

 

 

 少し考えて先生は答えた。失敗のリスクがないなんて旨すぎる話だからだ。期待よりも不信感が勝った。

 

 先生の答えにカヤツリはにっこり笑う。さっきの笑い方みたいで、少し先生は怖かった。

 

 

「先生は賢い大人枠ですね。アビドスで悪事をやらせたら、私の手に余るでしょう」

 

 

 賢い大人枠? まるで他の枠があるみたいで、カヤツリに聞いてみる。快くカヤツリは答えてくれた。

 

 

「あとは丁度いい奴の枠とバカの枠がありますね。薬はあれですよ。試薬みたいなもんです」

 

「試薬って。ああ……美味しい話が薬なんだ。カヤツリは攻撃のつもりはなかったんだね」

 

 

 カヤツリが連邦生徒会に仕掛けた大人の爆弾。あれは副産物だったのだろう。

 

 アビドスで悪事を働いても無罪放免になる可能性がある。そんな噂が流れたら。

 

 先生のような考える頭がある者は行かないだろう。話が旨すぎて、逆にアビドスに寄り付かない。罠のにおいがするから。

 

 連邦生徒会に泣きついた大人たちはどうだろう。結局カヤツリに契約を盾にアビドスから排除されている。

 

 アビドスに残ったのは、話に乗ったは良いが何もしなかったか、大したことをしなかった者たち。彼らが丁度良い奴らなのだろう。

 

 

「悪事はするけど、警告に気がついて止まる頭がある人。大したことのない悪事しかできない人。その人たちでアビドスを埋めたんだね」

 

 

 よく考えるものだと先生は思う。あれは攻撃でなくて選別だった。連邦生徒会は一時的な受け皿にしか過ぎなかった。悪い大人が連邦生徒会に泣きついている間に、カヤツリはアビドスの悪人の割合を変えていた。泣きついた彼らが気づいた時にはもうアビドスに居場所がなくなっている。あとはもうカヤツリに料理されるのを待つだけだ。急にやめたのは選別が終わったからだろう。

 

 

「やっぱり流石ですねぇ。先生」

 

 

 感心したようにカヤツリは先生を見た。少し嬉しそうに見える。

 

 

「後はもう楽なものです。超えてはいけないラインを教えればいい。それが分かる奴しか残していませんから。越えなければ好きにさせる。そうすれば彼らは勝手にやるんですよ。秩序を乱すよそ者や、やり過ぎた奴を自分たちで処分する。自分たちの居場所を守るためにね。越えたら昨日のヘルメット団みたいにすればいいんですよ」

 

 

 そう言って、カヤツリは首を親指で掻っ切るジェスチャーをした。排除する。そういう意味だろう。上手い手だった。確かに治安は最上ではないが、これ以上の悪化はしない。維持する手間も最小限ときている。

 

 ただこれでは、裏世界か何かの元締めのように見える。マフィア映画みたいだなと先生は思った。

 

 

「ああ、なんか。それが独り歩きしてるんですよね。否定するのも損だと思って野放しにはしていますが。名乗ってみるのもいいかもしれませんね。皆には秘密ですよ。今の所先生しか知りませんから」

 

 

 面白そうな顔のカヤツリが自分の口に人指し指をあてて笑う。大人の件は納得した。手段は恐ろしいものだったけれど、彼なりに考えたのだろう。

 

 それにしても、異様に仕事ができる。シャーレの書類仕事なんか手伝ってくれたら、とても楽だろうなと先生は思った。

 

 

「カヤツリなら、外に出てもやっていけそうだね。落ち着いたら、シャーレの仕事とか、やってみない?」

 

「…………外?」

 

 

 カヤツリは、そう呟いて何か様子がおかしくなった。先生は嫌な予感がして話題を変える。後一つだけだった。

 

 

「あー。連邦生徒会を巻き込んだのは何故なんだい? さっきのが実行できるカヤツリなら、そうしないこともできたんじゃ?」

 

「できますよ。いくらでもね。やる意味を感じなかったので、やりませんでしたが」

 

 

 即答だった。さっきまで笑っていたカヤツリの顔が最初の時のような薄ら笑いに戻ってしまった。きっと嫌な話なのだろう。ただ聞かなければならなかった。

 

 

「それは、どうして?」

 

「先生は、立場を明確にしない奴をどう思いますか? 少なくとも私は嫌いですよ。童話にもあるでしょう? 蝙蝠はどこにも行けないんですよ」

 

 

 連邦生徒会がどっちつかずという事だろうか。

 

 

「支援の事をいっているなら──」

 

「違いますよ。支援はどうでもいいんです。敵か味方か。それを確かめるために、わざわざ大人をぶつけたんですから」

 

 

 カヤツリは考えを話してくれた。

 

 誰が、何のために、アビドスに支援をしないのか。する余裕や理由がないのか。状況が許さないのか。そもそも最初からする気がないのか。それを確かめるために、大人の件をついでとばかりに使ったのだという。

 

 

「先生。彼女たちは、どうでもいいんですよ。アビドスなんてどうでもいいんです。今のままでいてくれた方が都合がいいと言いましょうか。彼女たちはアビドスに今の所は半死半生でいて欲しいんです。実際はどうか知りませんけど」

 

 

 ──対策会議でホシノが言ったことを覚えていますか?

 

 

 そうカヤツリは言った。バスジャックの事だろうか。理由として何か言っていたような──

 

 

 ──生徒の数イコール学校の力。バスジャックして生徒数を増やすの。そうすれば議員も輩出できるし、連邦生徒会での発言権も与えられる。

 

 

 思い至った先生をカヤツリは見透かしたような目で見る。

 

 

「議員が自分の出身校を依怙贔屓しないなんてあると思いますか? 昔、アビドスはマンモス校だったそうですよ先生。議員はどれくらいいたんでしょうか。もしかしたら過半数を超えていたかもしれませんね」

 

「それは規則で制限されているんじゃないかい」

 

 

 過半数を超える数を用意できたなら、自分の学校に有利な政策を乱発できるだろう。それは流石に対策はしているはずだった。

 

 

「先生。過半数なんていなくても、四分の一で十分なんですよ。百のうち五十一より多ければいい。ただ百がいくつかの派閥に分かれていたら? そしたら五十一の派閥で半数を取ればいいんですよ。そうしたら二十六ですよ。四分の一で十分でしょう? 派閥が多いなら、もっと少なくてもいいかもしれませんね。その頃のアビドスなら賄賂なんかもお手の物でしょうし」

 

 

 まあ、ただの想像ですし、机上の空論ですけどね。そうカヤツリは締めくくるが、先生の頭には嫌な想像が巡っていた。

 

 

「昔のアビドスが、連邦生徒会を牛耳っていた?」

 

「知りませんよ。そういう可能性もあるって話です。昔の資料はもう砂の下ですからね。まあ早い話が、権力闘争の邪魔をされたくなかったんじゃないかと思ってたんですよ。第三勢力の登場なんて避けたいでしょうし。落ち目のライバルには、そのまま死んでおいてほしいのが人間ってものでしょう?」

 

 

 カヤツリはにっこり笑ってこちらを見た。ずっと笑っているのに、そうではないような表情だった。

 

 

「だから、彼女たちには期待しません。支援がないのもいいです。昔のまだ余力があったアビドスが無茶を通したのかもしれません。何か事情があるのかもしれません。内輪揉めに終始するのも、失踪した連邦生徒会長を探すのに、リソースを注ぎ込むのもいいでしょう。ただ立場は明確にしてほしいですね。ええ」

 

「聞けばよかったんじゃ? 別に敵じゃないだろう?」

 

 

 先生の問いに、カヤツリの笑みがさらに深くなった。

 

 

「交渉事で一番の望みを言うのは悪手ですよ。先生。値段を吊り上げられますからね。あの代行も、だから聞いてこないんですよ。なんで途中でやめたのかって。やってる最中も、我慢しながら題目通りの事しか言いませんしね。大人をけしかけるのをやめてくれなんて、言ったが最期。こちらはこう言うだけですから。”じゃあ代わりに何をしてくれるの”ってね。後は満足いくまで吊り上げるだけです。怖いでしょう?」

 

 

 ──じゃあ、少し想像してみましょうか。先生。

 

 

「そうですね。支援が欲しいと一年前に直接。ストレートに聞いたらどうなっていたか。きっと引き換えに人手を要求されるでしょう。あの頃はゲヘナとトリニティがピりついてましたから。まあ戦闘要員として前線に放り込まれて、雑巾みたいに酷使されるかもしれません。もし”事故”があっても、支援がいるような弱小の学校です。文句なんて封殺できますよ。支援を止めると脅せばいいんですから」

 

 

 カヤツリの雰囲気がまた冷たくなっていく。笑った顔は変わらないが、何かを想像して、その何かに怒っているようだった。

 

 

「そうなったら全部。滅茶苦茶にしてやりますけど。トリニティなんか、スキャンダルを流せば勝手に自滅するでしょうし。ゲヘナはそんなトリニティとぶつければ喜んで戦うでしょう。犬とサルみたいに仲悪いですからね。他の学校も無関係な生徒を両校のどちらかに見せかけて襲えば、その学校で報復感情が巻き起こるし、プライドの問題もあるでしょう。何回もやればキヴォトス大戦の始まりですねぇ」

 

 

 最悪の未来の想像を叩きつけられた先生は茫然としていた。どこかで聞いたことのあるような、歴史の授業で聞いたことがあるような、そんな話だった。カヤツリがそんなことをしないとは思う。それは昨日の様子や対策委員の話を聞いてそう思っている。ただ、今のカヤツリはやってもおかしくないような気がした。

 

 

 ”パン”と音がして、先生は我に返った。

 

 

 音がした方を見れば、カヤツリが手を拍手の形にしてこちらを見ていた。今の音は拍手の音だったらしい。

 

 

「冗談ですよ。先生。皆そんなに馬鹿なはずないでしょう? 半分以上は希望的観測と憶測ですよ。皆そんなに単純じゃありません。連邦生徒会の話もそうです。あんまり、人の言う事を頭から信じたら騙されますよ」

 

 

 カヤツリの雰囲気は元に戻っていた。笑った顔も表情通りの意味だと理解もできた。

 

 

 ごめんなさい。先生。そうカヤツリが言う。これが説明に手っ取り早かったのだと、彼はそう言った。

 

 

「”こいつならやるかもしれない”って思いませんでしたか?」

 

 

 思った。そう思わせる何かが、あの時のカヤツリにはあった。

 

 

「それが目的ですよ。連邦生徒会の出方が分からないので。手を出されないように、そういう脅しをかけたんです。実際、先生が来るまで何もありませんでしたしね」

 

 

 ケラケラ笑いながら、カヤツリは言った。先生は動悸が激しくなった胸をなでおろす。とても心臓に悪かった。確認の為にカヤツリにもう一度聞く。

 

 

「じゃあ、大人の件は選別のためで、連邦生徒会を巻き込んだのは、立場が分からなかったから?」

 

「ええ、そうですね。先生の事は感謝してますし、信用してますよ。わざわざここまで来てくれたんですからね」

 

 

 カヤツリは対策委員の前のような態度に戻っている。念のため、もう一度聞いてみる。

 

 

「やらないんだよね」

 

「どう思いますか? こんな奴が外にいたら怖いでしょう?」

 

 

 ねぇ、先生。そう、また笑っているのに笑っていないような顔で、カヤツリはそう言った。

 

 

 □

 

 

 ──拒絶されたのかな。

 

 

 カヤツリと別れて先生は想像を巡らせる。

 

 聞いた理由は納得のいくものだった。支援の話は不可解だが、カヤツリもないものと思っていたようだし考えないことにする。ただ、そこまでやる理由を聞いてもカヤツリは教えてくれなかった。正しくは煙に巻かれたと言うべきだろうか。

 

 

 ──自分の住む場所は環境がいい方がいいでしょう? 掃除をするようなものですよ。

 

 

 言いたいことは分かるが、先生はもっと違うことが聞きたかった。他の対策委員は分かりやすいのだ。皆それぞれ違うが、アビドスを復興したいという気持ちが伝わってくる。

 

 カヤツリは変だった。それに対しては、それほどまでの熱を感じないのだ。案も出すし真剣に考えてはいるのだろうけど、一人だけ違う所を見ているかのような、そんな気がする。

 

 空っぽだと、そう思ったのだ。

 

 他の対策委員は、話す案やこれからの展望に自分の趣味や希望が入っていた。ノノミならアイドルだろうし、シロコなら、良くはないが銀行強盗だろう。ただ、カヤツリだけだ。カヤツリだけが何もなかった。

 

 淡々と機械のように効率的な手段をとっていく。きっと正しいのだろう。きっとその方がいいのかもしれない。

 

 それに外と聞いた時の反応も変だった。

 

 アビドスの事しか考えていない。アビドスを復興してどうしたいのか。それから先の事が何も見えてこない。でも、カヤツリがアビドスが大事だというのは分かるのだ。きっと彼の報復のラインはアビドスに危害を加えるか、そうでないか。

 

 あの時は冗談だとカヤツリは言ったが、アビドスや対策委員に危害が及んだら、徹底的にやるだろうなという思いがあった。

 

 だから、外の話題を出して、カヤツリの事に少し踏み込んだが弾かれた。あの雰囲気はそういうことだろう。あの後、ヘルメット団に潜入していたことや、借金の話をしたが、そこは普通だったから。

 

 結局はホシノに聞くしかないのだろう。他の対策委員にはカヤツリの事を聞いたが、彼女だけには聞けていなかった。

 

 ホシノを探して対策委員の部室に戻ると、ノノミとシロコだけしか残っていなかった。シロコは不貞腐れていて、ノノミは困ったような顔でそれを宥めている。

 

 

「ん。ずるい。また一人占め。ドローンを診てもらおうと思ったのに」

 

「今回くらいはいいじゃないですか。一週間ぶりでしょうし」

 

「ずるい。それなら私もそう。この前もそう言って取られた。何をしてるかも教えてくれない」

 

 

 何かシロコは不満があるようだった。理由を聞いてみると、シロコは少し悩んだようだったが、話し始めた。

 

 

「さっきホシノ先輩が、カヤツリ先輩を屋上に連れて行った。ドローンのメンテナンスを診てもらおうと思ったのに。今日はもう降りてこない」

 

 

 時計を見るが、まだ昼だ。屋上にそんな用があるとは思えない。あるのは発電用のソーラーパネルと家庭菜園くらいの物だと知っている。下校時間まであと数時間はある。

 

 気になって屋上へ向かう先生をノノミが止める。

 

 

「あー。邪魔しないであげてください。一週間ぶりなので」

 

 

 何をしているのだろうか。ノノミに聞くが、苦笑いを浮かべたまま曖昧な返事しか返ってこない。しつこく聞けば、ノノミも何をやっているかは知らないらしい。埒が明かないノノミと先生に焦れたのか、シロコが自分のロッカーを漁り始めた。何か別のドローンを取り出している。

 

 いつもシロコが爆撃に使う白いものではなく、黒いドローンだった。何かついている。

 

 

「昔カヤツリ先輩に貰った偵察ドローン。これで屋上を覗く」

 

「普通に階段からじゃダメなのかい?」

 

「そこだと前に感づかれた。先生も見たいんだよね?」

 

「シロコちゃん。後で怒られますよ。いいんですか?」

 

「ん。いい。今の私は反抗期。ずるいのはホシノ先輩」

 

 

 本当に何をやっているのだろう。先生は、さっきの事もあって気になった。ノノミは途中まで止めようとしていたが、もうあきらめたようで苦笑いのまま傍観している。

 

 窓からドローンが飛び立っていき、小さいモニターに屋上が映った。かなり遠くから映しているようで、良く見えない。何だかんだ言いながら三人はモニターを覗き込んだ。

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