ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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51話 逆鱗

 カヤツリはホシノに屋上へと連れ出されていた。

 

 こうなる前にカヤツリは、先生との話が終わって対策委員の部室に戻ってきていた。するとホシノは戻ってきたカヤツリの顔を一目見るなり、制服のネクタイを引っ掴んでここまで引っ張ってきたのだ。おかげで首がとても痛かった。

 

 ここまでされる謂れもないとカヤツリは思う。屋上は日差しのおかげで暖かい。居心地だけは良さそうなのが救いかもしれない。

 

 現実逃避をしながら真上の空を眺めていると、何か大きな音が背後でした。何事かと振り向けば、ホシノが屋上の扉を閉めて鍵までかけている。屋上の様子とは逆に自分の未来は暗そうだった。

 

 

「こんなとこまで連れてきて。部室ではダメな用なのか?」

 

「カヤツリの方が困ると思って、ここまで連れてきたんだよ」

 

 

 何だか、予想に反してホシノは心配そうな表情だ。てっきり、何かされるんじゃないかと思っていたカヤツリは拍子抜けした。

 

 

「困るって何が」

 

 

 自分が困る要素など、どこにもないはずで、それをホシノが心配するのも変な話だった。心配そうな様子のまま、ホシノは入り口を背にしてカヤツリの方に向き直って言う。

 

 

「……気づいてないの?」

 

 

 何を気づいていないというのだろうか。別にいつも通りにしているのに。きっと鎌かけだ。どうせ、次に引っかけみたいな事を言ってくるのだろう。カヤツリは、そう思って聞き流そうとする。

 

 ただ、次のホシノの言葉で、それはうまくいかなかった。

 

 

「じゃあ、何でそんなに怒ってるのさ」

 

 

 ──図星だった。

 

 

 けれどホシノも確信を持っているわけではないはずだった。カヤツリは待つのは得意だった。今は出入り口をホシノが塞いでいるから出れないけれど、誤魔化し続ければいつか根負けするだろう。そう思って口を開く。

 

 

「別に怒ってなんか……」

 

「嘘だよ。上手く誤魔化してるけど私には分かるよ。そんな顔久しぶりだから。何か先生に言われたの? 何か酷いこと?」

 

 

 様子を見るに、何かホシノは確信を持っているようだった。カヤツリの誤魔化しも一刀両断して原因を聞き出そうとしてくる。ただ先生はあまり関係がない。これは、カヤツリの問題だから。それに自分が怒っていることを。怒っている原因を。自分でも纏めきれていないのに、それを他人に言うのは嫌だった。けれど、ホシノと先生の関係が悪化するのも避けたかった。

 

 カヤツリは目の前のホシノを見て思う。これは拗れるだろうなと。きっと喧嘩になるだろう。

 

 カヤツリが怒っている原因を話さないことと、先生とホシノの関係を悪化させない。この二つはきっと両立しない。

 

 上手く誤魔化した適当な理由ではホシノは納得しないだろうし、言わない場合はホシノは何をするか分からないからだ。

 

 

「先生は関係ないよ」

 

「それも嘘だね。いつものカヤツリだったら、関係ないなら最初に言うんだよ。全部が全部じゃないけど、ちょっとは関係してるんじゃないの?」

 

 

 本当に、こういう時だけ察しが良い。会議の時もそれを発揮してほしいくらいだった。

 

 これも図星だ。この一枚一枚剥がされていくような感じは好きではない。このペースだと全部吐かされるだろう。カヤツリはホシノ相手の嘘は得意じゃないのだ。

 

 だから、あまり使いたくない言葉を使うことにした。絶対喧嘩になるような。普段は絶対に使わない。そんな言葉を。

 

 

「ホシノには関係ない」

 

「へぇ……そんなこと言うんだ。そんなに私には言いたくないんだ……。うん、やっぱり様子がおかしいよ」

 

 

 ホシノの目がすっと細くなった。さっきまでの心配そうな表情は消え失せて、口元がへの字になっている。不機嫌になっているのが見ただけで分かった。

 

 

「じゃあ、関係ある人になら言えるの? 先生には言える? それともシロコちゃんとか、他の子には言える? 関係あるのなんか、カヤツリだけなんじゃないの?」

 

「……」

 

 

 カヤツリは黙秘する。目の前でホシノが色々言っているが、全部聞き流す。

 

 普段ならカヤツリが根負けして、代わりにお願いを聞いて、それで終わる話なのだ。今までもそうやってきて、立場が入れ替わることもあったけれど、そうやってきたのに。そんなホシノ相手の対応も上手くいかなくなっていた。

 

 ただ、今だけは放っておいてほしかった。自分が今、正常でないことくらい分かっているのだ。そうやって問い詰めなくても、時間をくれればいつもの自分に戻ってやるのに。

 

 昨日、対策委員と合流した後、先生に話がしたいと話しかけられた。

 

 いよいよ来たと思った。

 

 だから、準備もした。話すこともある程度は考えておいたし、してくるであろう質問も想定しておいた。今考えれば無駄に終わったけれども。

 

 想像通りに大人の件の話だった。嘘は言わずに、目的も方法も結果も話した。簡単な説明で理解するあたり、流石は先生と言うほかなかった。

 

 あの堅物眼鏡から話を聞いていたのは分かっている。彼女の事だから先生に警告ぐらいするだろう。けれど自分に真意を問い詰めろとは言わないはずだ。それは先生の立場を危うくするから。それは初対面で不躾な質問をするようなものだから。誰だって腹を探られるのは嫌だ。痛い腹なら特に。

 

 だから聞いてきたのは先生の独断だろう。そこのリスクを分かっているかどうかは怪しいと思ったから、慣れない黒服のマネまでして警告した。伝わっていたかは分からないけれど。まあ上手くやれそうだと思った。

 

 そこまでは良いのだ。

 

 

 ──カヤツリなら、外に出てもやっていけそうだね。落ち着いたら、シャーレの仕事とか、やってみない?

 

 

 外? 外だって? アビドスの外でもやっていける? シャーレの仕事をやる? ホシノや後輩たちを置いて?

 

 分かっている。分かっているのだ。あれが単なる提案であることは。話の合間のただの冗談であることは。先生にとっては何の含みもない言葉であって、むしろ誉め言葉なのかもしれないことは。

 

 きっと先生は外から来たばかりだし、幾らアビドスの事を調べたとは言っても全てではないだろう。カヤツリと先生では情報量に差があるはずだ。だから、こんな言葉尻を捕えて勝手に怒るのは子供のやることだ。

 

 それでも頭が沸騰した。そんな悠長な、絶対に叶わないことを言っている先生に自分が何を口走るか分からないから、脱ごうと思っていた黒服の皮を被り直さねばならなかった。話そうと思っていた話題が吹き飛んで、荒唐無稽な未来の話をしてしまった。後半はもうグダグダだった。とどめに連邦生徒会を何で巻き込んだかだって?

 

 カヤツリは、やれることをやっただけだ。敵か味方かもわからない奴になんで配慮しなければならない。なんで身内でもない奴に優しくしなければならない。余裕があればそうしただろう。正攻法でできるならカヤツリだってそうしている。でもそんな余裕をくれなかったのはそっちだし、相手にもしなかっただろう?

 

 先生は大人だから、カヤツリより長く生きている。黒幕の考察だって、カヤツリには分からない事だった。しかも戦闘指揮までできるそうで、ホシノも満足するレベルのものらしい。きっと自分よりうまくやるだろう。自分のように手荒な手段を取らなくても、もっと良い手段を思いつくかもしれない。自分のやり方が悪いのかもしれない。

 

 別にいいのだ。先生が自分よりうまくやれるなら、嫉妬はするが、それはそれで構わない。自分の仕事をしてくれれば、幾らでも飲み込める。

 

 でも先生はきっとまだ知らないだろう。ここがどんなにどん詰まりか、どれだけの事をやらなくてはならないのか、今までどれだけの事をやってきたのか。どれだけのモノをなくしてきたのか。本当に解決しなければいけないのは何なのか。

 

 自分の機嫌が悪いのは分かっているし、八つ当たりなのも分かっている。これはただの癇癪だ。そもそも言っていないのだから先生だって知りようがないだろう。でもそれは、これから知ってもらえばいい。都合のいいことに次の行き先はブラックマーケットだと決まっている。

 

 あそこは、キヴォトスの黒い部分が集まっているようなものだ。先生の初体験としては良いのではないだろうか。ヘルメット団の戦闘はこちらで難易度調整をしたけれど、もうそんな配慮は必要ないかもしれない。

 

 だから、早く後輩たちやホシノが安心できるように、先生にはなってほしかった。いちいち自分の中を探らないでほしかった。そんな暇があるのなら、アビドスの為に働いてほしかった。自分の腹の中を知ったところで何の得にもなりはしない。

 

 別にセリカ後輩のように認めないというわけではないのだ。仕事をする分には十分だし、それ以上も以下もない。気に入らないからと言って、子供のような嫌がらせもしない。

 

 先生がアビドスにずっといるというのなら言ってもいい。でもそれは無理な相談だ。それは先生も分かっているはずだ。助けを必要としているところは他にもある。一番最初に来たのがここだったというだけだ。

 

 

「ちょっとカヤツリ! 聞いてるの!?」

 

 

 ホシノの大声に思考の海から浮上する。もちろん聞いていないから、適当に返事をする。

 

 

「何言われても喋らないぞ」

 

「”アレ”を使うって言っても?」

 

 

 ホシノが、少し怒った口調で言う。

 

 ”アレ”とは、たぶん三回怒らせた件だろう。それの絶対命令権を使うと言っているのだ。こんなくだらないことに使うとは思わなかった。ただ本当に使われた場合困るのはカヤツリだ。

 

 怒っている理由が本当にしょうもないからだ。自分で言ったくせに自分が一番できていない。ホシノやセリカ後輩よりも。

 

 単純に羨ましいのだ。

 

 正攻法で、正しいやり方で、そうできる先生が羨ましいのだ。

 

 正しいというのは、とても強いことだとカヤツリは知っている。正しいというだけで、ある程度の正当性が保証されるからだ。ルールに守られて、誰も文句をつけられない。

 

 今、アビドスを苦しめている借金だって、あれ自体は正当性のある正しい取引なのだ。少々利息は高いが、あれも一応法外な利率ではない。だからここまで苦労している。もし利息が異常だったりしたなら直ぐに解決しただろう。

 

 でも、正しい手順を踏むにも力と立場が必要なのだ。生徒というだけで、アビドスというだけで舐められる。下に見る。騙そうとしてくる。無視をする。交渉という同じステージに立つのに、昔も今もどれだけ苦労したか。

 

 

 ──カヤツリなら、そうしないこともできたんじゃ?

 

 

 あれはない。正論は人を救わない。かなりのコストを掛ければできただろう。ただそれも受け手の胸先三寸だ。カヤツリはそこまで他人を信じない。

 

 それは確かに正論だった。先生ならできるだろう。その立場で誰もが話を聞くだろう。きっとそれは優しい世界だろう。そうできれば素晴らしいだろう。

 

 ただ、それをできない者に言うのは、もう暴力だった。分かっている事を、指摘されるのは腹が立つ。外の世界や他の学区がどうだか知らないが、ここはそうじゃないのだ。

 

 そんな夢物語みたいな、ふわふわした。いつかの、もういない誰かが自分とホシノに言っていたようなことを言わないでほしかった。

 

 それが、ただただ癪に障るのだ。出来損ないの誰かの影を見せられているみたいで。その誰かに自分が間違っていると言われているみたいで。その誰かはもういないのに。自分のせいでいなくなってしまったのに。

 

 

「二つに一つだよ。カヤツリ」

 

 

 気がつけば目の前にホシノの顔があった。またネクタイを下に引っ張られて座らせられる。いつかの夜を思い出させる体勢だった。いよいよマズいかもしれない。

 

 

「このままおとなしく話すか、私の言うことを聞くか二つに一つだよ」

 

 

 大して変わらない。どちらもほぼ同じことを言っているから、選択肢になっていなかった。それを聞くとホシノはカヤツリをじとりと睨んだ。

 

 

「また話を聞いていないでしょ。命令権を使われて話すか、それ以外の私のお願いを聞くかのどっちかだよ」

 

「お願いを聞く方で」

 

 

 もちろん即答する。何をやらされるか定かではないし、命令権の消費もないが、こんな情けないことを言うよりましだった。ただ、ホシノは不満そうだった。

 

 

「そんなに言いたくないんだね。まぁ今回は見逃してあげるよ」

 

 

 そんなにきれいな理由じゃないのに随分と諦めが悪いと、カヤツリは屋上をうろつきながら考え込むホシノを見て思う。

 

 

「うん。カヤツリはこっちに来て」

 

 

 何をさせるか決めたのか、屋上の入り口の屋根の上に行くよう指示された。大体それでカヤツリは何をさせられるか察する。あそこには、昔倉庫で見つけた高級羽毛入りの体育マットが置いてあるのだ。そこはホシノの昼寝のベストポジションだった。

 

 さっきまでの不満顔はもうないホシノが敷かれたマットを指さす。満面の笑みだ。

 

 抵抗は無駄だから、黙ってごろりと仰向けになる。日差しのおかげで何もいらない。流石に高級羽毛入りだけあって寝心地はかなり良かった。

 

 

「こんなにいい天気なんだよ。寝なきゃ損ってものじゃない?」

 

 

 それに寝れば落ち着くでしょ。隣に寝転んだホシノがそう言った。うまく隠したつもりだったが、ホシノには最初からお見通しだったらしかった。シロコや先生は気がついていないと思うのに。何で気づかれたのかカヤツリには予想がつかなかった。

 

 暖かい日差しが眠気を誘ったのか、しばらくするとホシノは眠ったようだった。自分の腹に抱き着くのは止めて欲しかったが。ホシノの頭がぐりぐり当たるし、吐息も当たってぞわぞわする。むしろホシノが息苦しいと思うが、起きる気配がない。

 

 

「たぶん、違うんだろうな」

 

 

 少し気分が落ち着いて何となくそう呟く。先生が羨ましいのも本当で、こっちの内面を探ってくる先生がうっとおしいのも、セリカ後輩の件を最後に助けてもらったのもある。でも、たぶん一番の逆鱗はあそこだった。

 

 

「外でもやっていける。ね」

 

 

 自分はあの一言にキレたのだ。自分の曲解だというのは分かっている。それで、続けて正論を吐かれたのがダメだった。

 

 正しいことをするのに力や立場はいるが、カヤツリはもう一つ似たような事柄を知っている。選ぶことだ。弱ければ選べない。相手にとって都合に良い物を押し付けられるだけだ。

 

 カヤツリは気がついてからこの方、自分で選べたことはほぼない。これまで全て誰かに押し付けられて、流されて生きてきた。黒服と契約を結ぶのも、アビドスに来たのも、アビドスでのあれこれも。全部選択肢がなかった。あるにはあったが、残りの選択肢は選べないものばかりだったから。

 

 自分で決めて、選んだのは一つだけだ。そこに至るまでに色々あったが、誰かに言われたのではなく、あれは自分で決めたのだ。

 

 

「ずっと一緒にいるっていうのは、自分で決めたんだ。初めて決めたんだよ」

 

 

 だから、契約書にしたのだ。カヤツリにとっては、あれが始まりだったから。口約束は嫌だった。流されるだけだった自分が、初めて決めて、それでいいと思ったもの。今でもいいと思っているもの。たぶんこの先もいいと思うもの。

 

 自分が大事にしているそこへ、無遠慮に手を突っ込まれた気がした。そこに触れてほしくなかった。大事だから話したくもない。先生にその気がないのは分かっている。ただ、カヤツリが勝手にキレただけだ。ちょっと直した方がいいかもしれない。

 

 落ち着いて考えると、なんだか眠くなってきた。一週間の潜入の疲れは一日では抜けないから。ある意味当然の話ではある。

 

 気がつく間もなくカヤツリは眠りに落ちていく。意識を失う直前に、視界の端、自分の腹のあたりに、さっきはなかった何かが、あった気がした。

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