ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「じゃあ、先生のアビドスへの赴任を祝って、乾杯!!」
ホシノの掛け声で先生を含めた七人で乾杯する。先生のアビドスへの赴任──一時的なものではあるが。それを祝ってのものと、対策委員が全員揃ったので、両方をかねての宴会だった。
宴会と言っても、場所は柴関だから豪勢な料理はない。精々ラーメンと普段よりも贅沢にサイドメニューを多めに頼むくらいだ。
カヤツリとしては気まずいことこの上ない。見た感じ先生は気にしていなさそうだったが、そういう問題ではない。それになんか変だった。先生だけでなく、シロコと十六夜後輩もそうだ。
結局、あの後気がつけばホシノと一緒に二時間くらい眠っていた。下校時間直前まで眠っていたのだ。そのせいで二人とも昼を食べ損ねていたから、ホシノと柴関に行くことにして、教室に戻れば先生とシロコ、十六夜後輩がまだ残っていた。それに三人とも何やら挙動不審だった。
三人とも何か隠し事をしているようで、十六夜後輩は何かにやついているし、シロコは何か恥ずかしがっていそうな雰囲気だった。先生だけは、何か納得したような顔をしていた。
ホシノもそれに気がついたようで、探りを入れていたが手ごたえは得られない。腹の探り合いのような妙な雰囲気になったところで、十六夜後輩が提案したのだ。
──カヤツリ先輩もいて、全員揃ったところで、先生の歓迎会をしませんか?
それは名案だということで、校内にいた奥空後輩を拾ってからバイト中のセリカ後輩の居る柴関に来ている。
乾杯が終わったら、セリカ後輩はバイトに戻っていく。大将が早めに上がって良いと言ったが、彼女は聞き入れなかった。セリカ後輩らしいといえばらしい。彼女のバイトが終わるまで、もう少し。もうすぐ夕方だ。
「坊主。嬢ちゃんたちの分が出来たぞ」
厨房から大将の呼ぶ声がする。皆の分のラーメンが出来たようだった。セリカ後輩と一緒に配膳用の盆を取って載せていく。バイトで毎日やっていることだから、手慣れたものだった。
「いつから復帰するんだ? 前に話した通りに来週からでいいのか?」
「はい。それでお願いします。大将」
バイトの復帰の話だ。ヘルメット団に潜入する都合上、二週間の休みをもらっていた。その分セリカ後輩に頑張ってもらったのだが、後で何か埋め合わせをしなくてはならないだろう。
そう思って、皆の待つ席に戻ろうとしたところで、店の扉が開く音がした。
小柄なショートヘアの少女だ。何か怯えているような、自信がなさそうな、そんな印象の少女だった。店に入るなり、その少女はどもりながら言う。
「……こ、ここで一番安いメニューって、お、おいくらですか?」
「それは、ラーメンで? それともサイドも含めてですか?」
今は客だからやらなくてもいいのだが、つい、バイトのくせで聞いてしまった。隣でセリカ後輩が仕方なさそうな目で見ている。
「あ、あ、あ」
その少女はカヤツリを見たまま固まってしまった。しばらく待つが反応がない。埒が明かないので一番安いラーメンの価格を伝えた。五百八十円のヤツだ。
値段を伝えられた少女は、慌てたようにお礼を言った後、店から走って出て行ってしまった。そんなに固まるほど怖いのだろうか、少しショックだった。
ため息をついて席に戻って、皆にラーメンを配っていると、再び店の扉が開く音がして、さっきの少女が戻ってきた。
今度はセリカ後輩が対応する。またあんな反応をされるのは別にいいが、固まられると自分の分のラーメンが食べられないからだ。
「四名様ですか? 席にご案内しますね」
セリカ後輩の言葉に耳を疑う。四人? ラーメンを啜りながら、入口を見るとさっきの少女と三人の少女の姿が見える。四人ともにこやかに話しており随分仲が良さそうだった。耳に入る会話を聞けば、六百円以下の物を探していたらしい。見た感じ学生だから、自分たちと同じように懐事情が厳しいのだろう。
自分たちが食事しているテーブルの隣に案内されている。距離が近いせいか会話が良く聞こえた。
「箸も四膳お願いね」
四人のうちの一人。サイドテールの少女の台詞に絶句した。セリカ後輩も絶句している。いたって普通の台詞だ。この一つ前の台詞を聞いていなければ。
──どうせ一杯しか頼まないから大丈夫。
四人で一杯のラーメンを分け合うつもりらしい。大して腹も膨れないだろう。さっきの感想は訂正する。懐事情が厳しいどころではない。六百円の物を探していたのは倹約ではなく、たぶん六百円しかもっていないのだ。
セリカ後輩の視線に耐えきれなくなったのか、最初に来たショートの少女が泣き叫び始めた。
「ご、ご、ごめんなさいっ。貧乏ですみません!! お金がなくてすみません!!」
かなりの大声で、周りに自分たちしかいないからいいものの、普通に営業妨害レベルの大きさだ。五月蠅過ぎてラーメンを食べるどころではない。先生や他の対策委員も何事かと視線を向けている。
その視線にさらに耐え切れなくなったようで、声量と自分が貧乏であることを卑下する言葉が大きくなった。残りの、後ろで髪を括った少女が迷惑だから静かにするよう諭しているが耳に入っていないようだった。
セリカ後輩も動揺しながら諭すが効果がない。むしろ声がもっと大きくなった。さっきよりも発言内容の卑屈さが増している。虫けら以下だとか、生きる価値がないとか。流石に悲観的過ぎやしないだろうか。
ただ、その発言がセリカ後輩の琴線に触れたようだった。金がない気持ちは、彼女はよくわかるだろうから。
「お金がないのは罪じゃないよ! 胸を張って! 少ないお金でここまで来てくれたんでしょ! そういうのが大事なんだよ!」
そんな言葉を掛けられたのが初めてなのか、泣き喚いていた少女は黙って目を白黒させている。完全にセリカ後輩のペースに飲まれていた。さらにセリカ後輩は何か思いついたようで、大将に目配せしている。大将も頷いているから、おそらく、多めに盛るか何かするのだろう。
「それで? 全財産をはたいて人を雇わなきゃいけないほど、アビドスは危険な連中なの?」
またラーメンを食べようとしたカヤツリの手が止まる。今日はラーメンを食べられない日なのかもしれない。
隣のあの四人組のテーブルからの声だ。後ろで髪を括った少女がそう言ったのだ。発言内容には気になるところしかなかった。
──全財産をはたいて人を雇った?
どこかに襲撃しに行くみたいだった。それにアビドスが危険だとか聞こえた。発言をつなげて考えれば、アビドスを人を雇って襲撃しようということになる。
敵だ。ヘルメット団が片付いたと思えば、もうこれだ。新しい面倒ごとにカヤツリはうんざりだった。ホシノとの昼寝で回復した気分が急降下している。
ただ、柴関で戦闘するわけにはいかなかった。先生や大将が巻き込まれれば事だし、店もタダでは済まない。それはカヤツリは避けたかった。なんだかんだでここは思い出の多い場所なのだ。無くなってしまうのは悲しい。
仕方がないので、今は情報収集に徹することにした。それにまだ時間の余裕はあるはずだった。
人を雇ったということは傭兵だろう。傭兵は報酬にうるさい。彼女たちは報酬以上の仕事はしないし、必要以上の事はしない。自分が何より大事な連中だし、あくまで不良生徒だ。生徒は夜の活動はあまりしない。カヤツリやホシノが例外なだけだ。
だから、今の夕方に近い時刻では動かない。それにアビドスを攻めるという依頼内容なら、彼女たちの士気は低いはず。少なくとも襲撃は明日以降の話になる。カヤツリはラーメンを静かに啜りながら、耳をそばだてる。
あまり喋らない不敵な笑みを浮かべているロングヘアーの少女がボスらしい。社長とも言われているし、サイドテールの少女から、アルちゃんと呼ばれている。
──社長に、アルちゃんね……覚えた。
情報を頭の中で反芻する。社長ということは会社組織だろうか。学生のみで企業なんて聞いたことはない。ただ名前は収穫だった。身元を割るのに使えるからだ。
もっと情報が欲しくて彼女たちの服装を見る。小奇麗なゲヘナの制服だ。
アビドスとゲヘナは近い。隣同士だ。だから、ゲヘナの生徒がここにいるのは、珍しいが変ではない。
カヤツリは鼻を利かせる。ラーメンやチャーシューの匂いが大半でよく分からないが異臭はしない。彼女たちの髪の毛も綺麗なものだった。最近来たか、寝泊まりする場所も確保してあるということだ。
さらに話を聞いていると、ラーメン一杯しか奢れないことが不甲斐ないとかで、アルちゃんとやらが揶揄われている。それに言い返す内容も興味深かった。
「依頼の報酬が入ったら、すき焼きにするわ!!」
依頼? 今、依頼と言っただろうか。誰からの? カヤツリには心当たりが一つあった。
黒幕だ。ヘルメット団じゃあ、力不足だから二の矢を送り込んできたのだろう。すぐに対処しなければならなかった。
聞き耳を止めて、そんなことを考えていると、件のテーブルから歓声が聞こえた。
テーブルを見れば、注文のラーメンがきている。ただどう見ても一人前の量ではない。麺が山のようになっているし、トッピングもこれでもかというほどに乗っている。ざっと見た感じ十人前はあるだろう。おそらく大将が気を利かせたのだろうが、やり過ぎだ。
彼女たちは降って湧いた幸福にとても喜び、味の感想を言いあっている。ここのラーメンは美味しいから、食事中にはもっと口が緩むだろう。その調子でもっと情報を落としていってほしい。そんなカヤツリの目論見は、彼女たちの会話に乱入した十六夜後輩で破綻した。
──今日は本当に思い通りにいかない
分かる。気持ちは分かる。自分たちが贔屓にしている店の味を絶賛されたのだ。話してみたくもなるだろう。これが大人だったら怪しかっただろうが、年の近い少女たちだ。見た目からして、ゲヘナという普段とは触れ合わない他校の生徒。十六夜後輩が絡みに行くのも分からない話ではなかった。
アルちゃんとか言う生徒と十六夜後輩の話がかなり盛り上がっている。あまりにも盛り上がっているので、他の対策委員メンバーも話に交じってきていた。全員隣のテーブル席の方へ行っている。むしろこちら側が情報を抜かれかねない。抜かれて困る情報はあまりないけれど、いい気はしない。
先生は何か良いものを見ているかのような瞳で、その光景を見ている。邪魔をしないように距離まで取って。外から見れば生徒たちの交流だ。教師にとっては垂涎の光景なのだろう。
最悪なことに、あの四人組のうち、二人。サイドテールと髪を括った方が対策委員との会話を聞いて何事かを話し合っている。たぶん制服でアビドスだと気がつかれた。何とかしたいが、もうあとは流れるままに任せるしかなかった。もうあの会話を止めることはできないからだ。
「ねぇねぇ。そこのお兄さん。私とお話ししない?」
こちらに話しかけられる声に、どうしたものかと考える。サイドテールの声だからだ。そちらを向けば、ニヤニヤ笑いを張り付けたサイドテールの顔が案外近くにあった。テーブルを移動してきて、ここまで来ている。
「うちの後輩たちが、ごめんなさい。食事の邪魔をしてしまって」
「ええ~。お兄さん固~い。文句言いに来たわけじゃないよ。アルちゃんも楽しそうに話してるし、そっちもそうだよね?」
わざと初手謝罪から入って会話の空気を悪くしたが、サイドテールは気にした様子も見せない。目的が読めなかった。
「お兄さんが一人で寂しそうにしてるから声かけたんだ。私もそうだし、あぶれた者同士でさ。お話でもどう?」
もう逃げられない。確かに言ってることは正しいが、そんな理由でここまで来るとは思えなかった。当たり障りのない話題で乗り切るしかない。対策委員の方を見れば話はまだ盛り上がっている。終わりそうな気配はまだ見えなかった。
そんなカヤツリを気にもせず。サイドテールの少女は話を続ける。
「お兄さんもあの子たちとおんなじ、アビドスの人?」
「そうですよ」
くふふ、と特徴的な笑い声で、その少女は面白そうなものを見つけたというような顔をした。
「じゃあ、大変なんじゃない? 周りは女の子ばっかりで、今みたいなこと多いでしょ? だからそんな寂しそうで、つまらなさそうなのかなって」
「……そんなに?」
そんなに分かりやすいだろうか。疎外感は感じないと言えば嘘になるが、これは仕方がないことだ。これからどうするとか、アビドスの残り時間とか。誰かがこういったことを考えなければならない。こういう事ばかり考えていると、はしゃぐ気分になれないのは確かだった。
「そうだよ。人生損だよ。お兄さん。パーッと楽しまないと」
「ゲヘナらしいですね。そういうところは」
典型的なゲヘナ生の思考だった。後先考えない刹那的な享楽思考。自由と混沌と言えば聞こえがいいが、結局は考えなしなのだ。幽霊と、その後輩が例外なだけで。あまり好きな生き方ではない。
「お兄さんはこういうの好みじゃないんだ? 楽しいよ?」
「あなた、夏休みの宿題を最後にやるタイプでしょう?」
つい、本音がこぼれる。少女は笑みを深くして、さらに距離を詰めてきた。もう隣に座っている。
「ざーんねんっ。お兄さん外れ~。くふふっ、私はそういうんじゃないんだ」
「最初にやるとでも?」
「そうしないと、楽しめないでしょ~」
宿題忘れてて、最終日にあたふたするアルちゃんが揶揄えないしね。そう彼女が締めるが。普通に発想が邪悪だった。途中で教えてやればいい物を。多分どうしようもなくなったら、自分の分を見せてはくれそうだが、ギリギリまで醜態を楽しんでいそうに見えた。
「随分考えてはいるんですね」
「ゲヘナも、みんなが想像するような人ばかりじゃないよ。一緒に体験してみる?」
「遠慮しときますよ」
随分グイグイ来る。幽霊でさえこんなにはこなかった。それにゲヘナなら行ったことがある。幽霊とその後輩に引きずりまわされたことがある。今になって思えば、入って良くない場所もあったに違いなかった。
知り合いと一緒に行ったことがあると言うと、彼女は両手を叩く。
「それなら、私がもっと面白いところに連れってってあげる。どう? お兄さん。明日とか」
目的はこれだろうか。アビドスから一人引きはがす。対費用効果としては微妙どころの話ではないと思うが。そう思って胡乱な目を彼女に向ける。
それを流しながら彼女は相変わらずの顔で、少し真面目なことを言い出した。
「お兄さんは、もっと楽しんだ方がいいと思うな? みんな、好き勝手生きてるんだよ? お兄さんも好き勝手生きていいんじゃないかな? だからそんなに、つまんなさそうなんだよ」
それは踏み込み過ぎだという非難の視線を強めるが、彼女はこちらをからかうような笑顔のままだった。ただ、あたりを見渡した後、何かを思いついたのか彼女は罠にかかった獲物を見るような笑みに変わる。とてつもなく嫌な予感がする。
「くふふ、良いこと思いついちゃった」
そんなことを言って、彼女がもっと距離を詰めてくる。顔がすぐ近くにある。彼女から硝煙と何か焦げ臭い匂いがした。
「何やってるの? カヤツリ」
直ぐ近くでホシノの声が聞こえた。声の方に振り向くと、ホシノが立っている。隣のテーブルを見れば対策委員と彼女たちの話は終わりそうで、そろそろ解散の流れになっている。だから、ここにホシノが居るのだろう。
さっきのサイドテールの彼女はいつの間にか離脱して、元の席に戻っていた。隣のテーブル席からカヤツリにウインクしている。
やられたと思った。
さっき見渡していたのは、隣の会話が終わるかどうかの確認だ。そこで、こちらを睨むかなんかしているホシノを見つけたのだろう。そのホシノの目の前で、匂いが分かるくらい近づいたら、どう見えるだろうか?
「随分と楽しそうだったね。カヤツリ」
答えは今、目の前にある。
ホシノの機嫌は見るからに悪かった。今日の昼寝でかなり上機嫌だったのが嘘みたいだった。顔はいつも通りのくせに目が全く笑っていない。
「おじさんは悲しいよ。どうして、目を離した隙にそんなことするのかな。カヤツリが、おじさんみたいな小さい娘が好きなのは知ってるけどさ。そんなことされたら悲しいじゃん」
「風評被害だぞ。それは、たまたま、そうなっているだけで……」
別に自分から行っているわけではない。幽霊の時は情報が欲しかったからだし、今回は絡まれただけだ。そう言ってもホシノの雰囲気は変わるどころか酷くなった。
「せっかく、お昼寝で許してあげようと思ったのにさ。三回って約束したもんね? でも、こんなことされたら許してあげられないよ」
幸いここは柴関だ。後輩も先生も大将もいる。カヤツリが悪くないことは知っているはずだ。
助けを求めて、周りを見回すが、後輩たちはまだ話しているし、先生は気がついていない。大将はこちらを見ているが、目を閉じて、ゆっくりと首を横に振った。
──諦めな。坊主。
そう言っているような、大将の首振りにカヤツリは絶望した。ホシノが一歩ずつ近づいてきている。逃げようにもテーブル席の奥だから、どうにもならない。出口は今ホシノに塞がれた。
「もう、思い知らせるしかなくなっちゃったよ」
どこか悲しそうな顔で言うホシノにカヤツリは震えが止まらなかった。
「でもいいよね? カヤツリがいけないんだよ。私の目の前でやるんだもん。カヤツリが誰のものか、カヤツリにもしっかり教えてあげるよ」
だから、覚悟しておいてね?
そう言うホシノに、カヤツリは頷くことしかできなかった。