ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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53話 便利屋68

 陸八魔アルは上機嫌だった。それは足取りにも表れていて、心なしかいつもより軽かった。

 

 なぜかと言えば最近になってから良いこと続きだから。日頃の苦労が報われたに違いなかった。

 

 依頼の事前準備に意識を割き過ぎて、依頼の前金含めた全財産を注ぎ込みかけた時はどうなることかと思ったが、案外何とかなるものだ。

 

 

「良い人たちだったわね」

 

 

 思わず思考が口に漏れる。もう日は落ちていて、外は暗い。つい話が盛り上がって、こんな時間になってしまった。

 

 まさか一杯分の代金で十人前の分量を出してくれるとは思わなかったし、あの店で会った借金で苦しんでいるという生徒たちも気の良い人物だった。明日の仕事もうまくいくに違いなかった。

 

 

「何よ。その顔は」

 

 

 きっと仲間たちも賛同してくれると思って振り向けば、彼女たちの顔は自分が期待した顔ではなかった。思わず不満が漏れる。自分と同じような嬉しそうな顔だと思っていたのに。どちらかと言えば呆れたような表情だったからだ。

 

 

「あのさ。社長。気がついた? あの娘たちの制服。アビドスだよ」

 

 

 髪を後ろで括った少女──鬼方カヨコが言う。

 

 

「は?」

 

 

 思わずアルは固まってしまった。気がついていなかったこともあるが、明日の仕事に大いに関係があるからだ。

 

 

「あ~。やっぱり気がついてなかったんだ」

 

 

 サイドテールの少女──浅黄ムツキが、面白そうな顔で笑う。

 

 

「え? そ、それって、私たちのターゲットってことですよね? わ、私が始末してきましょうかっ!」

 

 

 ショートカットの少女──伊草ハルカが、また物騒なことを言い出す。

 

 ただ、今のアルの脳はそれらを認識する余裕がない。頭が真っ白になって、叫ぶ。

 

 

「なななな、なっ、何ですってーーーーーー!!!???」

 

 

 依頼内容はアビドスへの襲撃だからだ。それはつまり、さっきの少女たちと戦うということで、彼女たちの学校を破壊するということだ。自分の良心が悲鳴を上げる。

 

どうしてこんな事になってしまったのか。

 

これは、自分が憧れたアウトローの所業ではない。まるで地上げ屋だ。自分が憧れたのは、ハードボイルドなアウトローであって、チンピラではない。

 

 

 ──依頼主は借金の事なんて言っていたかしら?

 

 

 もし、知っていたら受けなかった。

 

 アルは思い出そうとしたがダメだった。金欠のところに来た、久々の高額依頼で舞い上がっていたせいだ。貧乏からの脱却に目が眩んでいたから細かいところは思い出せない。

 

 

「社長。ほら」

 

 

 呆れた顔のまま、カヨコが何かを差し出してきた。

 

 ボイスレコーダーだ。

 

 

「電話依頼は、全部録音しているの忘れた? いつもはメモくらいとるのに。それも無いなんて、舞い上がりすぎ」

 

「追加依頼も覚えてないんじゃない?」

 

「もちろん。覚えてるに決まってるわ」

 

 

 アルはムツキに虚勢を張りながら言い返す。

 

 実はそんな事はなくて、すっかり忘れているどころか記憶にない。でも二人にこれ以上言われたら、なけなしのプライドも吹き飛んでしまう。ハルカなら、どもりながらそんな事はないと言ってくれるだろうが、それは情けなさ過ぎる。そんな事は避けたくて、言い逃れの為にボイスレコーダーの電源を入れた。

 

 

『便利屋か。早速だが仕事を頼みたい』

 

 

 何かの機械で加工したであろう声が流れ出す。それに応対する自分の声も。

 

 流石にアルも、これは覚えている。声はアルの記憶通りに、ヘルメット団の排除とアビドスへの攻撃を依頼している。報酬の話も記憶通り。やっぱり借金の事なんて言っていない。

 

 

『最後に、これは追加依頼だ。出来たらで構わない』

 

「……え?」

 

 

 これは記憶にない。たぶん、ここらで自分は舞い上がって頭の中で皮算用している。その証拠に電話の返事が単調になっている。だから記憶にないのだ。そもそも聞いていないのだから。

 

 

『アビドスの男子生徒をあの場所から助けてほしい。成功したなら更なる報酬を払おう。回収場所は連絡をくれたら伝える』

 

 

 そのまま、自分の応答で録音が終了した。

 

 

「やっぱり忘れてたでしょ」

 

「……」

 

 

 笑いを含んだムツキの声に何も言い返せなかった。襲撃に関しては準備はしていたが、これに関してはの何の準備もしていない。お金がない今。できれば多少の余裕は欲しかった。

 

 けれど、アビドス襲撃は、今のアルの心情的に非常にやりにくかった。依頼を受けた以上やらなければならないのだが、自分の心情を整理する時間が必要だった。それなら、もう一つの方がやりやすいとさえ思う。

 

 まるで映画だ。囚われの人質を颯爽と助け出し、朝焼けをバックに決める自分の姿が脳裏に浮かんだ。もしかしたら依頼人の家族か何かかもしれない。

 

 想像しておいてなんだが、こっちの方がいいのではないだろうか。良心の呵責もなく、人助けにもなる。自分の欲求も満たせる。いいことづくめだ。

 

 

「あ~、アルちゃん。トリップしてるとこ悪いけど、それに手を出すのはやめといた方がいいと思うな」

 

 

 こっちを先にやりましょう。そう言おうとしたアルを邪魔するようにムツキが言った。いつもなら、致命的な事態になる直前になるまで止めないのに。このタイミングで止めるのは妙だと思った。むしろ焚きつける側だ。

 

 

「そうだよ。社長。傭兵も全財産はたいてまで集めたのを無駄にする気?」

 

「そ、そうだけど」

 

 

 カヨコにも止められる。自分でも不合理な判断というのは分かっている。これは、あくまで追加依頼だ。優先はアビドス襲撃であって後回しにできるものではない。傭兵に掛けた金も無駄には出来ない。結局は自分の心持ち一つなのだ。

 

 まだ、うだうだしているアルにムツキは問いかける。

 

 

「”情け無用”、”お金さえもらえれば何でもやります”がうちの──便利屋68のモットーでしょ。今更何を悩んでるの?」

 

「先にやってもいいじゃない」

 

 

 時間稼ぎだ。これは。非があるのは自分だ。決心を固めるまでの時間が欲しかった。

 

 追加依頼はあくまで追加というのも分かっている。ただムツキのさっきの言葉が引っかかった。

 

 基本ムツキは止めない。今回のように、うだうだしている自分を引っ張る事や、致命的な事態になる直前に止めることはあっても、準備段階で止めるなんてことは初めてだった。止めるのは自分たちの手の届く範囲を超えた時だけだ。

 

 いつもなら、”アビドス襲撃の後にやろうね”くらいの事は言う。でも、さっき言ったのは、”手を出さない方がいい”だ。

 

 自画自賛するようだが、アルは自分たちはある程度やれる方だとは思っている。便利屋を立ちあげてから潜った修羅場もいくつかある。あの風紀委員長相手に逃げ切ったことだって。それでも、手を出さない方がいいと言った、ムツキの判断が気になった。

 

 それはハルカも気になったようで、視線をムツキに向けている。

 

 

「あのラーメン屋さんに依頼のお兄さんもいたよ。アルちゃんは気がついてなかったけどね」

 

「それはもういいじゃない」

 

 

 相変わらずの揶揄い口調でムツキが言う。それには気がついていたらしいカヨコがムツキに聞く。

 

 

「それで、ムツキ。ターゲットと話してどうだった? そんなに危険な奴だったの? 私にはそんな風には見えなかったけど」

 

「アルちゃんがさっきまで想像してたような人じゃないことは確かだね。あれだよ。風紀委員長みたいな感じ?」

 

 

 アルは風紀委員長と聞いてしかめっ面になった。あの化け物染みた強さのがもう一人いるとは考えたくなかった。どうして狙撃銃の銃弾が無防備な頭に直撃したのに平気でいられるのか、聞いてみたいくらいだ。聞いたところで、あの機関銃の返事が返ってくるだけだろうけど。

 

 

「ああ、違うよ。アルちゃん。強さの話じゃなくて、つまらなさそうだなって。たぶん私たちのせいもあるんだろうけど」

 

「”せい”って?」

 

「ずうっと、こっちを見てたよ。食べるふりをしながらね。聞いてたんじゃないかな。あのお兄さん」

 

 

 それを聞いたカヨコがうんざりした顔をする。

 

 

「それじゃ、バレてるってこと? 私とムツキの会話も?」

 

「そうかもね。あのお店で襲ってこなかったから、見逃されたのかもしれないよ。一応写真も撮ったけど使わなくて済みそう」

 

 

 アルは、隠し撮りしたであろう写真を消そうとするムツキの手元を覗き込む。どんな人か気になったからだ。他の三人は顔を見たらしいが、自分は見ていない。

 

 写真にはしっかり男子生徒が映っていた。ただ少々絵面が良くない。彼よりも小さい女生徒に壁際まで追い詰められている場面だった。彼の顔は引きつっている。女生徒の方は背中を向けているから顔は分からない。

 

 

「ちょっと! 襲われそうになってるじゃない!」

 

 

 どうみても壁際に追い込まれて、襲われる一歩手前といった状況の写真だった。そういえば、女生徒の方には見覚えがあった。桃色の長い髪をした少女はアビドス側の席に居たのを思い出す。いつの間にか会話から消えていたが、こんなことをしていたらしい。

 

 やはり、彼には助けが必要だと思った。きっと依頼人はこのことを言っていたのだろう。そんな風に士気を高めるアルの気分に、ムツキが冷や水をぶちまける。

 

 

「アルちゃんは、馬に蹴られたいの?」

 

「? 嫌よ。痛いじゃない?」

 

「社長……。そういう事じゃないよ」

 

 

 カヨコが呆れている。耳打ちで意味を教えてもらったが、写真をどう見てもそういう風には見えない。

 

 

「くふふ。アルちゃんにはまだ早かったかな~」

 

「ムツキは私と同い年じゃないの」

 

 

 お互いそういう経験もないはずだ。違いがあるとすれば雑誌か何かの知識くらいだ。

 

 

「くふふ。私が煽ったからね。だから、その娘はあんなに怒ってるように見えるんだよ」

 

「なおさら、良くないじゃない」

 

 

 携帯の写真をもう一度見る。ムツキの”怒ってる”という情報で、アルには彼の未来はさっきよりも暗そうに見えた。

 

 

「そう見えるだけで、実際には甘えてるんだと思うんだけどね。くふふ。面白かった~」

 

 

 アルはそんな風には見えなかったが、たぶんムツキと彼の一部始終を見ていたであろうカヨコは納得したように頷いている。その場面を見ていれば分かったのだろうが生憎アルはそれを見ていない。

 

 その場面を思い出したのか、ムツキがまた悪戯が成功したときのような顔になる。

 

 

「私とお兄さんが話してるとき、ずっとその娘はこっちを見てたよ。じぃ~って。あのお兄さんとか、他の人は気がついてなかったけどね」

 

 

 それは監視なんじゃ。そうアルは思ったが、ムツキはそう思っていないようだった。

 

 

「お兄さんに色々聞かれそうになりそうだったから、うやむやにするのにちょうどいいかなと思って爆発させたの。バーンってね」

 

「あれはムツキが上手かったね」

 

 

 カヨコが言うには、ムツキは中々の手際だったらしい。社員が有能なのは良く知っているが、それなら自分にも教えて欲しかった。

 

 

「それで、その写真みたいになったんだけど。たぶんお兄さんも薄々分かってるんだよね。嫌なら本気で逃げればいいだけなんだから」

 

 

 頭に疑問符が浮かぶアルにカヨコがため息をついて補足する。

 

 

「捕まってるなら、部外者がいるあの店で暴れれば逃げやすいでしょ。そうしないってことは捕まってるわけじゃないんだよ」

 

「一応ね。アルちゃんの言う通り捕まってるのかなと思って、どこかに行こうって誘ったけど嫌そうな目を向けられたよ。お兄さんは自分の意志であそこにいるよ」

 

 

 まあ、それはいいんだよ。そうムツキが言う。

 

 

「依頼人はさ。なんて言ったんだっけ? アルちゃん。あのお兄さんを助けてほしいって言ってなかった? 私には、助けが必要そうには見えなかったけどね」

 

 

 依頼人が嘘をついている。そうムツキは言いたいのだろう。嘘をついているというよりかは、必要最低の情報しか話していないというのが近い。ただ、それは普通だ。便利屋に匿名で依頼してくる人間などそんなものだ。少々きな臭いが、まだ許容範囲内だ。

 

 中々、首を縦に振らないアルに業を煮やしたのか、カヨコが話を纏めにかかった。

 

 

「社長。なんか嫌な予感がする。アビドスの襲撃だけやろう。それだけやって手を引こう。それに傭兵たちも何か変だったでしょ」

 

 

 カヨコに言われて思い出すが、確かに様子が変だった。どうもやる気がないというか、及び腰というか。値段交渉も初めはうまくいっていたのだが、襲撃先を聞いた途端に反応が芳しくなくなった。悩んだ末に雇われてはくれたのだが、嫌に時間が掛かって、昼には終わるはずだったのに夕方までもつれ込んでしまったのだ。

 

 

「ほら~。傭兵が何か言ってなかったっけ? 鉄砲だっけ、すっぽんだったかなぁ」

 

 

 ムツキが良く分からないことを言い出した。そういえば、傭兵たちが誰かの名前を呟いていた気がする。

 

 

「テュポーンって言ってましたよ。アル様」

 

 

 珍しくハルカが、自信を持って言う。聞いたことのない名前だった。

 

 

「き、きっと悪い奴ですよ……。あの言い方は……。あれは怖がってました」

 

 

 ハルカは悪意に敏感だ。きっと傭兵の口ぶりから何かを感じ取ったのだろう。ハルカの言葉からカヨコが推察する。

 

 

「じゃあ、アビドスはそのテュポーンってやつの縄張りなのかな。そこで私たちから仕事を受けたから、不安なのかもね」

 

 

 確かにそうだとアルは思う。自分の縄張りで好き勝手されたらいい気はしないだろうから。少なくともアルだったらそうだ。傭兵も悩んでいたということは、縄張りが曖昧なのかもしれなかった。

 

 

「やったね。アルちゃん」

 

 

 ムツキが満面の笑みで自分を見ている。本当にうれしそうな顔で。

 

 

「そのテュポーンってのは、悪党みたいな奴なんでしょ。アルちゃんの力を見せつけるいい機会なんじゃない?」

 

 

 アルの頭の中で情報が映像化されていく。アビドスを牛耳る悪党を対峙する自分。依頼を成功させて、社員たちと華麗にアビドスを去る自分。

 

 ……いいのではないだろうか。

 

 アビドスの襲撃は心が痛むが仕事だ。受けた仕事を途中で放り出すことは許されないし、今後の信用問題にもかかわる。自分の甘えで社員を路頭に迷わせるなど、それはアウトローではないだろう。

 

 それに襲撃とはいっても、これくらいまでやれとは指示されていない。言い訳が立つ程度にやればいい。まだ自分の良心は痛むけれど、アルにとっては便利屋の社員の方が大事だった。

 

 結局は自分の問題で、もう十分に時間はあった。選択肢は初めから一つしかなくて、もうそれを選ぶだけだ。便利屋の社員たちがいれば今回も何とかなる。そんな確信がアルにはあった。

 

 

「やりましょう。予定通りに、明日アビドスを攻めるわ」

 

 

 社員たちにそう宣言する。それを聞いた皆はやる気に満ちた表情になった。ハルカなんかは、上機嫌なのと普段以上のやる気に満ち満ちている。それにつられて、アルの気分も上がっていった。

 

 

「ああ、社長。前金は残してある? 無いとは思うけど依頼が失敗したら、難癖付けられないようにしておかないと」

 

「ええ。もちろん! 前金でしょ。残して……」

 

 

 カヨコの質問に答えようとして、アルの返事は尻すぼみになった。

 

 使ってしまったからだ。

 

 渋る傭兵を納得させるために、金額を増額したから。足りない分はそこから出すしかなかった。

 

 

「……依頼が成功したなら気にする必要ないわ! その為に明日に向けて、しっかり休むわよ!」

 

 

 アルは空元気で誤魔化した。それをカヨコとムツキが”仕方ないなぁ”と言う目で見つめていた。

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