ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
便利屋の撃退に成功した対策委員会と先生はブラックマーケットまで足を延ばしていた。目的は襲撃で延び延びになっていた違法パーツの出所についての情報収集である。
カヤツリ以外の全員は、初めて見るブラックマーケットに圧倒されていた。辺鄙なアビドスとは違って、ここはかなり発展している。発展した歓楽街と言った様相だ。人混みも多く見られ、それなりに繁盛している様子だ。前一人で来た時と大きな変化はないようだった。
「連邦生徒会の管轄外なのに、こんなに大きいなんて」
シロコが驚きのまま言葉を零すが当たり前の話だった。むしろ管轄外だからこそ大きくなったと言える。ブラックマーケットの名の通り、ここは様々な企業や団体が参画している違法地帯だ。もちろん彼らが金を出し合い、独自の金融機関や治安維持組織も存在している。そうして彼らは過ごしやすいお互いのための場所を手に入れた。人は利益のためなら協力できるという、いい例だった。むしろ犯罪者の仕分けはこれを見て思いついたのだから。
「学区外の場所には色々なところがあるからねー。アクアリウムとか。また行ってみたいね……うへへ。お魚……お刺身……」
ホシノが後輩たちに学区外の事を話している。昔、三人で行った所を思い出しているのだろう。懐かしそうに笑っている。水族館、魚で刺身を連想するのはどうかと思うが。
大丈夫そうでカヤツリは安心した。やはり時間はあらゆる傷に対する万能薬だというのは本当だったらしい。効き目は人によって違うだろうけど、ホシノはよく効く方だったようだ。これも後輩効果なのかもしれなかった。
『皆さん、油断しないでください。そこは違法な武器や兵器が取引される場所です。何が起こるか分からないんですよ』
無線で奥空後輩が少し固めの口調で言う。彼女は校舎で待機して、いつものようにオペレートをしてくれている。彼女の発言を裏付けるように突然銃声が響いた。そちらの方に視線をやると、育ちのよさそうな小柄な少女が追いかけ回されていた。追いかけ回している方は見るからにスケバンといった感じだ。被害者と加害者が非常に分かりやすかった。助ける方がどっちか分かりやすい。
「う、うわああ! まずっ、まずいですー!! つ、ついてこないでくださいー!!」
その少女はこちらの方に駆けてくる。そうなると、必然的に追っ手もこっちに来るわけで、厄介ごとの匂いしかしない。少女の服装をよく見ればトリニティの制服だった。
「トリニティ生か、何でこんなところに」
「ああ、どこかで見たことある制服かと思ったらトリニティの制服でしたか」
カヤツリのぼやきに、十六夜後輩が思い出したかのように呟く。トリニティは今のキヴォトスを代表するマンモス校で富裕層が多く通っている。所謂お嬢様学校だ。
「そう、キヴォトスで一番金を持っている学校だ。だから拉致って身代金をたんまりいただこうってわけさ! どうだお前らも……うっ」
二人のスケバンはカヤツリ達も同類だと思ったらしく協力を持ち掛けてきたが、不意を突いたシロコと十六夜後輩にのされていた。実に鮮やかな手並みでカヤツリは感心した。
「あ、ありがとうございました」
件のトリニティの少女が礼を言ってくる。いきなりのとんだ災難だった。彼女は名を名乗る。阿慈谷ヒフミというらしい。
「ふーん。それでそのヒフミちゃんは、なんでこんな危険なところに? それこそトリニティのお嬢様が来る場所じゃないでしょう?」
「えっ!? ここに来た理由ですか? 探し物がありまして……」
ホシノの質問に、彼女は探し物があるのだという。カヤツリは気になった。わざわざこんなところにまで探しに来るのだから禁制品に違いない。カヤツリが一人で納得していると、彼女はカタログのようなものを出した。
「ペロロ様の限定グッズなんです。アイス屋さんとのコラボ商品で限定百個しか発売されなかったんです。どうしても手に入れたくて……」
彼女が指さすものを全員で覗き込む。なんだかギョロ目の鶏? みたいなキャラクターが口にアイスを突っ込まれている。そんなぬいぐるみだ。他のものも見るがそういう生気の無い目なのは変わらないようで、アイスを突っ込まれて死にかけているように見える。こんなものが百個も売れたのだろうか。
先生も同じような感想を持ったようで何とも言えない表情だ。十六夜後輩はそのキャラクターを知っているようで、キャラクター談義を始めていた。
「ねぇ、カヤツリ。ちょっと」
「うん?」
のしたスケバンをバレないように路地裏に放り込んでいると、ちょいちょいと肩を突かれる。そちらに目をやるとホシノがカヤツリの肩を突いていた。
「あのトリニティの娘に、案内を頼んでみない?」
「えぇ……」
カヤツリとしては微妙な案だった。確かにカヤツリのブラックマーケットの知識は古い。彼女なら最新情報を持っているかもしれない。さっきスケバンから庇った件もあって、頼めば回ってくれそうな気もする。
「巻き込むのはなぁ。可哀そうだろ。やけにトンチキだし」
何かあったら、トリニティに連絡がいくだろう。それで干渉でもされれば面倒なことになりそうだ。それに今日は平日だ。きっと彼女は学校をさぼってここにいる。たかがグッズ一つでここまでするのは行動力の化身か何かなのだろうか。
「ふーん。相変わらず、他の女の子には優しいねぇ」
「第一印象は大事だからな」
「それを私の時にもしてくれると嬉しいんだけど」
ホシノの口調が厭味っぽいが、敵対でもしない限りは初対面の人間に喧嘩を売って良いことなど何もない。それにカヤツリは昔はともかく、今は十分優しくしているつもりだし、大体ホシノだって人の事を言えない。
「してるだろ。毎回パトロールにもつきあってるじゃないか」
「そうだけどさぁ」
ホシノはなんだか不満そうだった。抱き枕にもなったし、噛みつかれまでしたのに何が足りないのか。お望みなら他人行儀にやってみてもいい。きっと気に入らないだろうけど。
そういうとホシノが興味深そうに聞いてきた。
「どんな風になるの?」
少し考えてみる。
怒らないし、何も注意しないし、頼らない。我儘を言われてもたぶん表面上の耳障りのいい言葉だけ並べて流す。傍目からは大事にされているように見えるだろう。カヤツリにとって他人行儀というのはそういう事だ。
だってそうだろう。他人にわざわざ心を砕くことなんかしない。そいつが破滅への坂道を転がり落ちそうになっていても助けない。重要な仕事など任せない。頼るなんてもってのほかだ。我儘も代案を投げつけるだけだ。所詮関係ない他人なのだから。最優先は自分だ。他人の言うことなど聞かない。
そう語ると、ホシノはとても嫌そうな顔をしていた。
その対応はホシノが前に嫌がった対応そのものだから、そんな顔するのは当たり前だ。カヤツリはホシノを信用しているし信頼している。だから、我儘にも付き合うし、後輩たちの面倒だってホシノに投げているのだ。そうでなければ我儘など聞くものか。いちいち言葉に出すのは軽くなるような感じがして好きではないのだ。
「今の方がいいだろ。大体何が不満なんだよ。約束通りに一緒にいるじゃないか」
「そうだね。でも一日一時間は少ないよ。それに二日に一回の時もあるよ」
「……」
カヤツリは黙り込む。あれで足りないとは予想外だった。
十分じゃないかとか、パトロールは別枠なのかともカヤツリは思う。ここ数日、ホシノが我儘を言うことが増えた。こういう時は大抵ホシノが無意識に不機嫌であることを知っている。先生が来てからだと思うのだが先生が原因ではないはずで、もっと他の何かがあって、ホシノは不機嫌なのだろう。
屋上の昼寝までは上機嫌だったはずなのだ。あのサイドテールの件から機嫌が急降下して、噛みつき事件に発展した。あれで多少気が晴れたかと思ったがそうではなかったのだろう。
「寂しかったのか?」
「うへっ!?」
勘で言ってみたがホシノの様子から当たっていたらしい。
一週間だ。一週間カヤツリは潜入で休んでいた。そんな長期間空けるのはそんなにないから、それなりに寂しかったのかもしれない。それで紫関までは上機嫌だったが、サイドテール事件で爆発した。噛みつきもその反動だろう。
「……そうだね。じゃあ、カヤツリは何をしてくれるの?」
カヤツリが一人で納得していると、ホシノが危険球を放ってきた。やけに上機嫌でニコニコしている。
「ホシノが──」
「カヤツリが考えてほしいな。楽しみにしてるから」
いつもはホシノが、して欲しいことを言うのだが今回は自分に丸投げする様子だ。この様子じゃ聞いても答えてくれないだろう。
カヤツリが頭を捻っていると辺りが急に騒がしくなった。話し込んでいた対策委員も何事かと周りを見回している。ホシノは会話を邪魔されて表情が険しい。
スケバンだ。それも数が多い。誰かを探しているようで大声で名前を呼んでいる。
さっきの奴らの仲間だろう。誘拐をしようというのだから仲間が二人だけというのも変な話で、後詰めがちゃんといたらしい。探しているのはさっき路地裏に放り投げた二人に違いない。また見つかると面倒なことになりそうだ。
「皆さん。こっちです。ついてきてください」
先手必勝とばかりに戦闘準備をする対策委員会を止めるようにトリニティの彼女が言う。抜け道を知っているようで、後輩たち、先生の順で入っていく。後からカヤツリ達も入るが、何事もなくあの場所から抜けることができた。
こんな道はカヤツリは知らない。こんな道を知っているほどここに詳しいのなら、ホシノの言う通りにした方が良いかもしれない。ホシノはカヤツリの考えを察したようで、先生たちの方に向かって行った。
□
スケバンから逃げ切り、トリニティの彼女の案内もあって、部品を取り扱っている店は直ぐにいくつか見つかった。しかし、目的のパーツの情報は皆無で、手掛かりはここで途切れてしまった。打つ手が見つからず、十六夜後輩の提案で今は休憩中だ。
昼食代わりのたい焼きを皆に渡していく。味も餡子とカスタードで二種類ずつあるし奥空後輩の分もちゃんと残してある。
皆でたい焼きを頬張っていると、シロコが思い出したかのように言った。
「ヒフミ。なんで、さっきは戦わないで逃げたの?」
「えっ、あのままだと治安維持組織に捕まってしまいますから」
「そんなものがあるの?」
「ええ、マーケットガードが」
先生含めた後輩たちと彼女は、ブラックマーケットについての話を興味深げに聞いている。一応カヤツリも聞いているが、大体は知っている情報だった。
「見つからないねぇ」
隣でホシノがそう呟く。カヤツリもまさかここまで情報がないとは思わなかった。モノが動けば痕跡が残るものだが、ここまでないのはもはや異常だ。それはトリニティの彼女も同意見の様だった。カヤツリが思うに、おそらく他人を介していない。黒幕の息が掛かったものだけで動かしている。
頭を悩ませながら、たい焼きを頬張る。カスタードの甘みが疲れた頭と身体に染みわたるようだった。もそもそと半分ほどまで食べると、こちらをじっと見ているホシノに気がついた。
「欲しいのか?」
「うん。どんな味かなって」
分けるのは構わないが、カヤツリは頭から食べる派だから実質尻尾含めた半分しか残っていない。ここからまた分けたら中身が偏ってバランスが悪い。
「ほら」
だから食べかけで悪いとは思ったが残りを全部あげることにした。埋め合わせには全然足りないだろうが足しにはなるだろう。受け取ったホシノはそのまま固まっている。しばらく唸った後に自分の分も差し出してきた。
「……私の分もあげるよ。全部貰ったら公平じゃないからね……。やっぱり、カヤツリは卑怯だと思うな……」
「おお、ありがとう?」
ホシノが同じように、半分までしか残っていないたい焼きを差し出してくる。断面から餡子が覗いていた。受け取って食べようとすると、ホシノの視線を感じる。カヤツリをというより、持っているたい焼きの方に視線が向いている。口元に運べば上がるし、下げればついてくる。
「……早く食べなよ」
ホシノが急かす。止める理由もないのでそのまま口に運んでいく。特に何が変という訳でもない。視線が外れたのを感じてホシノを見れば、ゆっくりたい焼きを食べている。一口食べるたびに悶えている。何か様子がおかしい。
「どうし──」
「カヤツリ先輩。ホシノ先輩も」
様子がおかしいホシノに声を掛けようとするカヤツリをシロコが呼び止めた。振り向けば他の全員がどこか一方を見つめている。こちらの方へやってくる車を見ているようだった。
「あの車がどうかしたのか。やたらと護衛がついてるが」
「ん。現金輸送車。アヤネが言うには、今朝、私たちの学校に来たのと同じ。スコープで確認したけど利息の回収人も同じだった」
「変だね。カヤツリ。どう思う?」
ホシノがいつの間にか復活しているが、それは一旦忘れる。ホシノの言う通り変だ。
確かに今朝、利息は回収されたのを知っている。ただここに居るのはおかしい。ここはブラックマーケットだ。ここに銀行はあるが、態々こんなところを使わなくてもいいのだ。けれど、カヤツリの頭には仮説が一つあった。もしかしたら支払いが現金指定なのも、これのせいだったのかもしれない。
「資金洗浄してるのか? でもなんで?」
ブラックマーケットの銀行でできることと言えば、資金洗浄──マネーロンダリングだ。違法な手段で手に入れた現金を、正規の手段で手に入れたように誤魔化すための手段。ただこれがアビドスからの回収金であるならば意味が分からない。利息自体は正規のものだから、そんなことをする必要がないのだ。今やっているのは奇麗な金を汚い金に変換する。むしろ資金汚染だろう。
「あれは、マーケットガードです! 皆さん隠れますよ!」
声に従って脇道へ隠れる。目の前をものものしい装備に身を包んだ護衛と車が通り抜けていく。そのまま。奥の大きい建物に入っていった。あそこは確か──
「あそこは闇銀行です……」
「本当か? あー」
「ヒフミでいいですよ。カヤツリさん。あそこはですね……」
ヒフミがそう言って、闇銀行について教えてくれた。あそこに集められた違法な金銭たちは、また違法な武器や兵器の購入に使われるのだという。
「カイザーローンが、わざわざ現金を闇銀行に流している?」
「皆さんは、あのカイザーローンから融資を?」
口から零れた言葉に反応したヒフミの疑問に、十六夜後輩がぼかして答えている。ただ、ヒフミの反応はなにか知っていそうだった。聞けば彼女は快く教えてくれた。
「え、はい。トリニティでも危険視されているんです」
「なんだ。トリニティも資金難なのか」
「いえ、親会社のカイザーコーポーレーションの方です。あの企業は犯罪を犯したわけではないのですが、法のグレーゾーンを見極めるのが上手いと言いますか……。最近こちらの地区にも進出してきて、生徒への悪影響を案じてティーパーティが危険視しているんです」
ティーパーティ。トリニティ総合学園の行政組織。アビドスで言えば生徒会にあたる組織だ。規模は比べるべくもないが。ただティーパーティが危険視ということは、それなりに違法スレスレの手段をとっているようだ。強欲なカイザーらしいと言えばらしい。
「つまり私たちの支払ったお金が、闇銀行に流れていた?」
シロコが少しショックを受けたような声を出した。犯罪に加担させられていたようなものだから当然の反応かもしれなかった。その声を受けてホシノが奥空後輩に連絡する。
「アヤネちゃん。あの車の輸送ルートとかわかる?」
「……ダメですね。全部オフライン管理です」
落胆したようなアヤネの声に何かを思いついたのか、ヒフミが提案する。
「……あの、皆さんはあの車がアビドスからのお金を運んできて、そのお金が闇銀行からどこに流れているのかが分かればいいんですよね。それなら集金確認書類を見ればいいんじゃないでしょうか……」
確かに、電子で管理していない以上は紙か何かで管理しているはずだ。それを見れば、アビドスから出た金の流れも分かるだろう。ただその書類は闇銀行の中だ。のこのこ出かけて行って書類を見せてくださいと言っても、見せてくれるどころか鉛弾をプレゼントされるだろう。
「ん。なら手段は一つ」
シロコがごそごそと何かを準備している。カヤツリは猛烈に嫌な予感がした。それはシロコが被ったものを見て確信に変わった。
「銀行を襲う」
青い目出し帽をかぶったシロコが高らかに宣言した。シロコの悪い癖がまた出た。誰かが止めると思ったが、止める気配がないことにカヤツリは愕然とした。他の対策委員は目出し帽をかぶり始めているし、部外者のヒフミまでたい焼きの紙袋を被っている。やっぱりトンチキだった。
先生を見るが、先生は見ているだけだ。止めることもなく、諫めることもしない。役に立たない。
ホシノもノリノリだ。先輩の教えはどうなっている。
もう自分が止めるしかない。皆、リスクとリターンが釣り合っていないことを分かっていない。それに先生も犯罪は止めると言っていたのに。
カヤツリは大声を出すために、腹に力を入れた。