ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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57話 肩書き

「やめろ!!」

 

 

 思ったよりも大きい声が出た。皆が驚いた顔でこちらを見る。ヒフミは少し怯えた表情だった。とてつもなく胸が痛いが、ここで止めなければならないのだ。

 

 外は昼の日差しで暑いくらいなのに、カヤツリの心は冷え切っていた。

 

 

「カヤツリ先輩……。なんでそんなこと言うの?」

 

 

 シロコが悲しそうな声で問いただす。さらに心が冷え込んでいくが無視する。

 

 彼女たちを危険な目に合わせる訳にはいかないからだ。それはホシノがあの日に先輩に言われた事だ。カヤツリも頼まれている。

 

 

「別にしなくていいことだから」

 

「何でよ。カヤツリ先輩だって、闇銀行に私たちのお金が流れ込むのが問題なのは分かってるでしょ!」

 

 

 セリカが怒気を含んだ声を出しカヤツリを睨んだ。それを真っ向から睨み返しながら、カヤツリは言った。

 

 

「それは問題だが、その書類を確認して何になるんだ? 俺には大したメリットがないように思うけど。むしろデメリットの方が大きい」

 

「もしかしたら、黒幕の正体が分かるかもしれないじゃない!」

 

 

 セリカの叫びに他の後輩たちも同調する。

 

 確かに、黒幕がもしかしたら分かるかもしれない。それで? 分かったところでどうするのだろうか。まさか、アニメのように正体を見破られた悪役は退場するとでも思っているのだろうか。そう疑問を投げかける。

 

 

「俺たちだけで、どう対処するんだ? まさか敵が分かったからって、殴りこんで終わりにするわけじゃないだろうな」

 

「ん。私たちならできる」

 

「バカシロコ。相手を考えろ。黒幕がそこらの悪い大人だとでも思ってるのか」

 

 

 キョトンとするシロコにため息をつく。それならどれほどよかっただろう。

 

 

「あの様子を見るに闇銀行に俺たちの利息が運び込まれているのは、初めてじゃないんだろうよ。それがどういう事か分かってるのか」

 

『……大きなものが動いているという事ですか?』

 

 

 奥空後輩が無線越しに呟く。流石に彼女は理解が速かった。

 

 今まで誰も気がついていないということは、利息の支払いの処理はしっかりされているということだ。あれだけの額の借金だから、カイザーローンでも複数人が関わっているはずだ。それをずっと誤魔化すのは現実的ではない。つまりそれを指示できて黙認できる。それなりの権力を持つ誰かが居るということだ。そいつが黒幕なのだろう。もう書類を見なくても当たりはつけられる。

 

 それだけの権力を持つ相手に殴り込みをかける? 死にたいのだろうか。直接的な戦力はこちらが上だから数回は勝てるだろう。ただ相手はそれを分かっているから、延々と手勢を送ってくる。これまでと同じように。いつかは限界が来る。それを最近思い知ったばかりだろうに。だから戦い方が重要なのだ。

 

 

「でも! 今回の遠出はそれが目的じゃなかったの!?」

 

「そうだな」

 

「じゃあ──」

 

「手段を選べと言っているんだよ。セリカ後輩」

 

 

 セリカ後輩の言葉を押しつぶすように言葉を被せる。彼女は怯んだように黙った。

 

 そんな顔をしてほしいわけじゃない。正論を振り翳す自分に吐き気がする。

 

 

「シロコの言う通りに銀行を襲って、書類を奪うことに成功したとしよう。それで? そこからどうする。書類を持って直談判するのか?」

 

「それは……そうだ! 先生……。そう、先生に頼めばいいじゃない!」

 

「そうだな。シャーレの権限を使うのが確実だな。それで?」

 

「え?」

 

 

 セリカ後輩はそこで固まってしまった。先生に頼るまでは正解で、むしろ良くできた部類だ。褒めてやりたいくらいだった。

 

 

「シャーレなら表立って黒幕とも戦えるだろうさ。それだけの権限を確かに持っている。だけどここはどこだ? 連邦生徒会の管轄外であるブラックマーケットだぞ。他の企業もこぞって敵対する。誰だって痛い腹は探られたくない」

 

 

 だからこそ、その書類は切り札になる。それの認識は間違っていない。ただそれを手に入れるだけではだめなのだ。それでは意味がない。

 

 

「その書類をシャーレの先生が正しく使えば、黒幕を追い詰められるだろう。れっきとした証拠だからな。カイザーローンの責任を追及して、借金の見直しも入るかもしれない」

 

「ん。だから、銀行を襲って──」

 

「それがダメなんだよ。シロコ」

 

 

 銀行から強奪した書類。そんなものを誰が信用するだろうか。シャーレが公的機関である以上、証拠は正当な手段のものでなければならない。強奪などという違法な手段をとった瞬間、切り札はただの紙切れになり果てるのだ。そんな事を認めるわけにはいかなかった。それに、それは成功した場合の話だ。

 

 

「銀行を襲うなんて言うが、シロコ。計画は立てたのか? 銀行の図面は? 逃走ルートは? ないだろ。これは偶然の事態なんだから、準備なんかあるわけないよな?」

 

 

 準備ができていない段階で突っ込むなど論外だ。それで失敗したときのことなど考えたくもない。正体がバレてもダメだ。見ず知らずの強盗が奪ったと思われなくてはいけない。アビドスだとバレたら彼らは全力で潰してくるだろう。

 

 

「……そこまでするでしょうか?」

 

 

 十六夜後輩がそう口にするが、それは希望的観測だ。

 

 テュポーンをやるようになって実感したが、あの世界は肩書きが全てだ。舐められたら地の果てまで追い詰めて後悔させる。そこまでやらなければならない。そうしなければやりたい放題されるから。

 

 闇銀行なら猶更だろう。強盗されて泣き寝入りするようでは悪徳企業も金を預けはしなくなる。銀行強盗に入られたなど自らの存在意義を問われるレベルの失態で、草の根分けてでも探すはずだ。つまりブラックマーケット全体を敵に回すということになる。

 

 

「……カヤツリはどうすれば良いと思うの?」

 

「少なくとも来月まで待つべきじゃないか?」

 

 

 不満そうなホシノに答える。

 

 来月も同じような行動をとるはずだ。一ヶ月あれば、それなりの準備ができる。内容の覗き見だけなら、いつもの銀行員を闇討ちしてなり替わってもいい。それが一番リスクが少ない。証拠は手に入らないが情報は手に入れられるし、銀行も損害がないのだから、そこまで反応しないだろう。

 

 

「そんなの上手くいくんでしょうか……」

 

 

 ヒフミは不安そうに言葉を溢すが、上手くいくわけがない。全てがリスキーの癖して、大した成果は得られない。これはそういう話だ。だから止めたのだ。

 

 

「じゃあ、先輩はここで黙って指を咥えて見てろって言うの! 私はそんなの嫌!」

 

 セリカ後輩が癇癪を起こしたように叫ぶ。

 

 それは正しい。正当な叫びだ。そういうことが、はっきり口にできることはセリカ後輩の良いところだ。

 

 けれど、それは学校の外では通用しない。通用するならこんな場所は存在しない。昔はカヤツリだって、そうであってほしいと願っていた。きっと先輩だってそうだった。

 

 

「カヤツリのことだから、何かあるんじゃないの?」

 

 

 ホシノが近づいてきて囁く。

 

 時間を掛けて正式にやるのがベストではある。ただ方法はないこともない。正直違法で強引だ。カヤツリが正体を隠して騒ぎを起こした後、闇銀行に立てこもるか何かすればいい。そこにシャーレが捜査目的で踏み込むのだ。闇銀行も手に負えない犯人を排除したいはずだから、受け入れざるを得ないはずだ。

 

 

「……本気?」

 

「だから、雑な案だって言ってる。やる気はないよ」

 

 ホシノにその気はないことを伝える。

 

 はっきり言って、もう打つ手は無い。空気は最悪だが後輩たちとホシノの安全には代えられない。後はヒフミの探していたペロロ様とか言うぬいぐるみを探して終わりだ。

 

 

──相変わらず、君は自分に嘘をつくのが上手いね。

 

 

 そんな言葉が心の中で聞こえるが封殺する。

 

 

「それでいいですよね。先生」

 

 

 最後までずっと見ていた先生に確認を取る。先生は何故か真剣な目だった。そんな目でカヤツリを見つめている。

 

 

「本当にそれでいいのかい?」

 

 

 どうしてそんなことを聞くのだろう。正しいことは先生が一番よく分かっているだろうに。カヤツリはその目が嫌いだった。先輩も同じような目をしていたことを思いだすからだ。自分が誤魔化していることを見抜かれるときの目だ。

 

 カヤツリの予想を裏切らず、先生はじゃあ、と口を開いた。

 

 

「どうして、そんなに怖がるんだい?」

 

「……何をですか?」

 

 

 先生は隠し事をする子供を見るような目で、相も変わらずカヤツリを見ている。

 

 

「失敗することだよ」

 

 

 心の柔らかいところを突かれて、また頭が沸騰しそうになった。けれど傍に後輩たちやホシノがいるから必死でこらえる。

 

 

「……リスクは避けるべきでしょう? 先生」

 

「そうかな。私にはカヤツリがそれを言い訳にして、積極的な案から目を逸らしているように見えるよ。本当に銀行を襲うことにメリットはないのかい?」

 

 

 先生はあの目のまま、ゆっくりと諭すかのようにカヤツリに話しかけていた。近くのホシノや後輩たち、ヒフミも興味深そうにこちらを見ているのが嫌でもわかった。

 

 メリットはある。黒幕には手を出せないだろうが銀行から金が流れた先。そこには手を出せるかもしれない。それにそこが一つだけだとは限らないから、そこから芋蔓式に何かが分かるかもしれない。一つづつ証拠を集めていけば黒幕に手が届くかもしれない。それは、先生が居て余裕がある今しか出来ない事だ。

 

 ただ、届くかもしれない。そういう不確定性が嫌いだ。ずっと向こうに有利な糞ゲーをやらされている。向こうは大富豪で、こちらは大貧民。自分の手札は紙束で革命すら打てやしない。

 

 そもそも俺が、そんな事を考えなかったとでも思っているのか。ふざけるなよ。俺の心にべたべた触るんじゃない。

 

 思わず、言う心算の無かった言葉が飛び出た。

 

 

「だけど、それはうまくいった場合の話でしょう。失敗したらその責任は誰がとるんですか。自分が痛い目に合うならいいですよ。それは自分の責任なんですから。でもそうじゃないでしょう! それは俺以外の誰かなんですよ! 俺はホシノや後輩にそんな目にあって欲しくない! 俺はもう誰にも、そんな風になってほしくないんですよ! それの何がいけないんですか! 俺はもう先ぱ──ッ……」

 

 

 滑りそうになった口を閉じる。責任をとれもしない癖に理想論を語らないでほしかった。ふざけないでほしかった。あの人が住んでいる場所に触らないでほしかった。あの時、自分が失敗しなかったら先輩はまだここにいたのに。ホシノもあんな風にならなかったのに。自分はこんな風にならなくて済んだのに。あの時のままでいられたのに。ずっと幸せでいられたのに!

 

 そんな、いつかに封じた想いがカヤツリの中で暴れていた。ホシノや後輩たちの前では見せたことのない雰囲気が漏れている。後輩たちは驚いたような顔をして、隣でホシノが息をのむ音がした。

 

 まるでこの前の焼き直しだった。怒る自分と地雷を踏む先生。ただ違ったのは、自分の余裕はなくて先生が怯みもしないところだった。

 

 

「でも、カヤツリも分かってるよね。このまま引いたところで後がないってことは」

 

 

 先生は、避け難い事実を突きつける。

 

 そうだ。自分の思う通りにしたところで現状維持が続くだけだ。いつかは耐えられなくなる。そんな事は分かっているのだ。もうこのまま行った所で衰弱死するだけだから、もう上手くいくことに賭けてオールインするべきだということは。

 

 でも失敗が恐ろしかった。だって自分には大人のように自力で何とかする力も、責任を他人に押し付ける度胸もない。アビドスを何とかしなければ皆は救われないのに、自分にはそんな力はないのだ。黒幕や先生の様にはなれない。

 

 だから責任を背負い続けるしかない。これが自分への罰なのだから。

 

 

「だから、銀行を襲えって言うんですか……。上手くいく保証はないんですよ。それとも何ですか。先生が責任をとれるんですか? 失敗してもブラックマーケット相手に戦えるんですか? 銃弾一発ですら危険なのに? 出来ないことを言わないでください」

 

 

 もう、自分を制御できなかった。だから言う心算の無い言葉が次々と飛び出していく。それに怯まずに先生が言質を取ったとばかりに告げる。

 

 

「私が責任を取れることを証明すればいいんだね。そうすれば、カヤツリは銀行を襲うことに賛成してくれる。そうだね?」

 

 

 先生の言葉に頷く。

 

 やれるものならやってみればいい。まだやってもいない事の責任をどうとるというのだ。言葉だけならどうとでも言えるのだから。

 

 

「これを読んで、納得したらサインして。これが私の責任の取り方だよ」

 

 

 何か紙の束のようなものを先生は差し出してくる。受け取って紙を読んで固まった。

 

 読んで目に飛び込んできたのは、物々しい文字だった。

 

 ──シャーレ募集要項。

 

 ここまでするのか。この人は。確かにこれならこれ以上ない証明だ。銀行強盗だって、これなら理由をつけられる。

 

 カヤツリは呆れた。本当に呆れて怒りもどこかに飛んで行ってしまった。ホシノや後輩たちの視線の中で束をまくりながら速読する。呆れは加速した。

 

 

「……本気ですか。あれは本気で言っていたんですか? 仕事の手伝いなんかしませんよ。それに、これの意味を本当に分かっているんですか」

 

「私は本気だし、それでもいいし、ちゃんと分かってるよ。それを聞いて、その意味を理解している君だから渡しているんだよ。責任というモノを理解して一人で背負おうとする君だから、私はそれを少しでも代わってあげたいと思ったんだよ」

 

「……」

 

 

 紙の束はシャーレへの求人表というか、加入書類だった。しかも仮ではなく正式なものだ。これにサインをすればカヤツリの所属はアビドス高等学校とシャーレになる。簡単に言えばシャーレの肩書が増えるだけにすぎないが、これが強力だった。

 

 基本は学生の失敗の責任は自分でとるのだが、責任が大きすぎる場合は所属している学園が出張ってくる。今日ヒフミがスケバンから逃げ回っていたのも、身代金はトリニティが払うことになり学園に迷惑が掛かるからだ。あとサボりがバレるのを避けたいのもあるだろう。

 

 これまでカヤツリが反対していたのはアビドスという肩書が貧弱だったからだ。だがシャーレの肩書は違う。シャーレの所属は連邦生徒会。とんでもないバックを手に入れたことなる。襲撃が失敗しても、ある程度はシャーレが庇ってくれるということだ。

 

 この肩書があれば正体がバレたとしても、ブラックマーケット側は対処を迷うだろう。そうなっても、かなり強引だが強制捜査という事にすれば良い。彼らも流石に連邦生徒会とは全面戦争は避けたいはずで、自分たちがヘマをしてシャーレの捜査が入ったという事実より、どこかの強盗に入られたという被害者のスタンスをとるだろう。多少の被害には目をつむるはずだった。

 

 それに、この先生の性格なら筋が通ってさえいれば、どこまでも庇うだろう。なにせ闇銀行相手とはいえ銀行強盗を黙認しようというのだ。先生が提示したこれは悪用しようと思えばいくらでもできる代物だ。これは何度でも使える免罪符であり、権力の証。こんな生徒に気軽に渡していいものではない。本当に分かっているのだろうか。

 

 けれど、これほど先生の本気を示すものは他になかった。彼は信じたのだろう。カヤツリなら決して悪用せずに、正しく使うと。いつかの誰かのように、カヤツリを信じたのだ。

 

 きっとそんなつもりはないのかもしれないけど、今だけは楽になってもいいのだと、少しだけ荷物を下ろしていいのだと、自分には迷惑を掛けても良いのだと、先生は言ってくれていた。

 

 

「……どうぞ。先生」

 

 

 サインして先生に突き返す。カヤツリは自分で言ったことは守る性質だ。発言を翻したりはしない。先生は笑ってそれを受け取った。

 

 

「それじゃあ、よろしくね。カヤツリ」

 

 

 笑顔で手を差し出す先生に内心で舌打ちする。食えない人だと思う。たぶんずっと、この人は、あの最初の面談の日から考えていたのだ。カヤツリを理解しようとしていた。こんなものは直ぐに用意できる代物ではない。

 

 

「……短い付き合いになると思いますが、よろしくお願いしますよ。先生」

 

 

 先生に向かって手を突き出す。先生の手は予想より大きな手だった。

 

 

「ん。気を取り直して、銀行を襲う」

 

「何回も言わせるな。バカシロコ」

 

 

 喜び勇んで銀行に突撃しようとするシロコの襟首を掴んで止める。もう反対はしないけれど準備は必要だろう。準備もせずに突撃するのはバカのすることだ。

 

 

「先生」

 

「なんだい? 反対はしないんだろう?」

 

 

 少し意地悪に笑う先生を睨みながら、カヤツリは言う。

 

 

「準備をするので一時間下さい。それが終わったら、銀行を襲います」

 

 

 さっきまでの悪い空気は消え去って、後輩たちやヒフミの顔にも笑顔が戻ったように見えた。

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