ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
──やってしまった。
これでもう何回目か覚えていない。痛いところを突かれると素が出るのは未だに直せていなかった。そこを先生に利用されて本音を吐き出された挙句に、この始末だ。やっぱり先生相手だとうまくいかなかった。
あの後はバカシロコと呼んだことに怒ったシロコを宥めるのにとても苦労したし、ホシノや後輩たちの様子も変だった。後輩たちに、あんな姿を見せるのは初めてだから当たり前だろう。他人相手に感情剥き出しで怒鳴る姿など、見せたのは先輩くらいだ。ホシノにも感情剥き出しで話したことはあるが、あれは意味合いが違う。今回は隠しておきたかった弱くて汚い部分だからだ。
今は先生とシロコと自分の三人で、銀行の図面を囲んでどうするか話し合っている。他の面子は実行犯役だから、今は離れた場所で休憩してもらっていた。
銀行の図面は、最悪黒服に頼まなければならないかと覚悟していたが先生がタブレットで直ぐに出してきた。先生が言うには、ずっと黙っていたのはタブレットで色々調べていたからだったらしい。
「思ったより普通。これなら前に立てた計画が流用できそう」
図面を見たシロコが感想を述べるが、カヤツリも同意見だった。もっと堅牢で警備も厳しいものだと思っていたが、意外と普通の銀行と構造は変わらない。精々が電気系統や警備関係が独立している程度だ。シロコが出した方法もあまり手直ししなくても良さそうだった。
「警備は先輩にお願いしていい?」
「……大丈夫だ。これなら何とでもなる」
警備もシロコとの初仕事に使った手がそのまま使えそうだった。あのドローンを奥空後輩に送ってもらわないといけないが、それさえ届けばすぐに始められるだろう。
配管からドローンを送って警備・電気系統をハッキング。そのままシロコ含めた実行犯が突撃。目的の物を手に入れたら脱出。実際にハッキングするまで防壁の強度がどれ位かは分からないが、ミレニアム並みでないなら何とかして見せる。うまくいけばカメラ映像も消せるだろう。
奥空後輩にドローンの配送を頼んだ後、目をつむる。これならどうにでもなりそうで、あんなに取り乱していたのがバカみたいだった。
今になって思えば、あの時とは違って時間の余裕はあるのだから調べてからにすれば良いはずなのに。何故そこまで頭が回らなくなっていたのか、理解できなかった。
「限界だったんだと思うよ?」
そんな声が聞こえて辺りを見回す。
気がつけば、シロコが作った草案を先生が確認していた。
今の言葉は先生が呟いた声らしかった。いつの間にか、シロコは他の皆のところに行っているようで姿が見えない。
「考えてみてごらんよ。カヤツリは一週間ヘルメット団のところにいたでしょう?次の日は便利屋が来たよね」
その通りだ。それで翌日ここに来ている。気がつかないカヤツリに先生は少し怒ったような顔をする。
「戦闘続きで休んでないよね?」
「ちゃんと夜寝てますよ?」
「どれくらい?」
「三時間くらいですかね」
それくらい寝れば何時もの通りに動ける。それはカヤツリの特技だ。三年になって襲撃が激しくなってからは重宝している。そうでなければ戦い続けられなかったし、それ以上寝れやしないのだから、どうでもいいのだ。
カヤツリの答えを聞いた先生の顔が険しくなる。
「それを寝ていないって言うんだよ。カヤツリの言う通り身体は平気でも、戦闘続きで頭は回っていないんじゃない? どうしてそこまでするんだい? 休んでもホシノやシロコも他の皆も文句は言わないと思うよ」
「そうかもしれないですね」
またかと思う。頑張る理由をそんなに聞きたいのだろうか。この前のようにぼかして伝えても先生は許してくれるだろうし、カヤツリもそうしたい。けれど先生の無自覚な手で、何度も自分の心の急所に手を突っ込まれるのは嫌だった。本当に大層な理由ではないし、ホシノのようにきれいな理由ではない。むしろ汚い理由だ。
先生ならいいかもしれない。
銀行強盗の黙認は先生という職業にとっては致命的だとカヤツリは思っている。犯罪者相手とはいえ、れっきとした犯罪行為だからだ。それにシャーレの肩書まで寄こした。同じ立場ならカヤツリにそれは出来ない。きっと先生は良い大人なのだ。きっと柴関の大将のような。それなら話してもよかった。
「黒幕の話を前にしたじゃないですか。先生」
「覚えてるよ?」
先生は急に違う話をしたことに困惑した様子で草案を読む手が止まっていた。それでも耳はこちらに集中しているようだった。
「失敗を恐れているから、執拗に痕跡を消すって言ってたでしょう? それとおんなじですよ」
先生は訳の分からない顔をしていた。言いたいことは最初の部分だけだ。
「昔、とんでもない失敗をしたんですよ。それでひどい目にあったんです」
「どんな?」
先生の質問に答えるべく回らない頭を回す。
「……俺自身もひどい目にあったんですが、俺を除いた二人がとばっちりを受けたんですよ。俺よりひどい目にあったんです」
あの時の事は未だに後悔している。あの出来レースで我を忘れなければ、ああはならなかった。きっと規定通りに帰ってこれて、先輩と一緒に出掛けて、最後にホシノにサプライズを仕掛けて終わったはずなのだ。
なにかアクシデントがあって、先輩が先に出掛けたのだとしても。ホシノと合流できれば話はまた違ったはずだった。車を運転できるカヤツリがいれば違うだろうし、携帯電話の電波を追えたかもしれない。でもそれはもう終わった話だった。先輩は居なくなって、ホシノはまだ引きずっている。
「だから、失敗したくない?」
「ちょっと違うんですよ」
失敗したくないのは大前提で、他人が被害を被るのも嫌だった。でも一番嫌なのは違う。
「俺は何もできなかったんですよ。自分がどうしようもないところで、全てが終わっていたんです」
カヤツリが病院で目覚めた時には全て終わっていた。先輩はもう手遅れだったし、ホシノは心身共にボロボロだった。あの時、酷いとは思うがカヤツリはホシノが羨ましかった。
ホシノは感情で動けるからだ。損得勘定抜きでこうしたいと思ったらすぐに動ける。それはカヤツリにできないことで、そうできたなら、出来レースなど断っただろう。それにホシノはやるべきことをやれたからだ。力の限り頑張ることが出来たからだ。多分、彼女に後悔はまだ残っているだろうけど、その時にやれることはやったのだとカヤツリは思っている。何もできなかったカヤツリとは違う。
たとえカヤツリがいたところで結果が変わらなかったのだとしても。ただカヤツリはやれることをやりたかったのだ。自分を助けてくれた先輩の為に何かをしてあげたかった。
「結局、自分の力が及ばない所で何かが起こるのが嫌なんですよ。ブラックマーケットなんて手に負えませんからね」
「やりたいことって言うのは? 借金が無くなった後にやりたいことがあるって言ってただろう?」
「ああ、そんなことも言いましたっけ。あれも結局は同じことですよ。先生」
「同じ?」
先生は混乱したような、予測が外れたような表情をしている。ちょうどいい機会だから、これからの事も話しておこうとカヤツリは口を開く。
「借金を返した後は、土地を何とかしないといけないんです」
「それは開発とか、復興とかのそういう意味かい?」
「違いますよ。所有権の話です」
首を横に振ってカヤツリは答える。アビドス名義の土地はもうほぼ残っていない。校舎周りの土地は死守していたようだが、その他は全滅だ。先輩に聞いて調べればカイザーに借金の補填として売られていた。こうなると借金を返してからでないと買い戻せない。
借金を返して終わりではない。返した後に土地を買い戻し、砂まみれの土地を戻して、住人を呼び戻す。これがアビドスの復興に必要なものだった。そもそも、借金の原因も砂嵐の復興費用だ。最終的には砂嵐も何とかしなければならない。
それを聞いた先生は、かなり驚いたようだった。当然の話でこれはカヤツリと先輩しか知らないからだ。
「皆は知らないんだろう?」
「言えると思いますか? まだ最初の一歩も踏み出せていないなんて。そんなこと言ったら折れますよ。全部知っている方がいいなんて、俺は思いませんよ」
言えば、後輩たちは絶望するだろう。ホシノに言えば何をするか分からない。カヤツリだってずっとは隠せるとは思っていない。いつか折を見て伝えるべきだとは思っている。そのタイミングは全く訪れる気配はないが。
「私にはどうして言ってくれたんだい? 私だって折れるかもしれないのに」
「先生は折れませんよ」
カヤツリは確信をもって言う。
「そんな人が初仕事にここを選ばないでしょう。ヘルメット団を何とかすればいいだけなのに、今まで残ってくれたじゃないですか。それに真剣に考えてくれたでしょう? そうじゃなきゃ、さっき俺を止めないでしょうし、あの書類を渡さないでしょうから」
そういった意味ではカヤツリは先生を信用していた。だから、後輩やホシノに話していない事を話している。
「じゃあ、やりたいことっていうのはそれしかないの? それが全部終わった後にやりたいことは?」
「それで十分でしょう? それが終わって初めて皆はスタートラインに立てるんです。次にやることは何であれ、きっと楽しいし嬉しいはずですよ」
カヤツリはそれでよかった。そうやって初めて、カヤツリは先輩の為に何かが出来たことになる。ホシノも安心するだろうし楽になるだろう。後輩たちも嬉しいはずだ。それが見れればカヤツリは嬉しいのだ。
「やっぱり、カヤツリは真面目過ぎるね。もっと気楽にいきなよ。ホシノみたいに」
先生は少し困ったようにため息をついて、そう吐き出した。
先生がいつかのホシノのようなことを言い出して、カヤツリはどきりとした。あの時のように仕事中毒ではないはずで、ホシノも何も言ってこないからだ。
「九億の借金とか、今聞いた土地や砂嵐の事とか、聞いただけで大変だと思うよ。正気の沙汰じゃないからね。それはきっと大人が背負うはずだったもので、カヤツリや対策委員が背負うものではないよ。きっと正気じゃ耐えられない。だから他の皆には言えないんでしょう?」
「……そうですね」
先生は真剣に考えてはくれるだろうけど、立場上はあくまで部外者だから言えたのだ。最終的な責任は先生には帰結しないから。
でもね。と先生はカヤツリにすこし微笑んだ。
「頑張る必要はあると思うけど、全ての事柄に対して責任を背負う必要はないんだよ。そんなものは神様とかそういうものに任せておけばいい」
「責任は発生するでしょう? そんな事──」
「じゃあ、砂嵐や借金はカヤツリのせいなの? 違うでしょう?」
その通りだ。そこは反論できない。砂嵐は黒服が言うには自然災害らしいし、借金は前生徒会のポンコツ共のせいだ。
「カヤツリは事前準備をするでしょう? 今まで予定通りに全部うまくいったことはあるかい?」
ある時もあったが、無い時の方が圧倒的に多かった。
カヤツリの答えに先生は満足そうに頷いて、続ける。
「きっと万全の体制を整えても、不測の事態は起こるし、うまくいかないことだってある。だから気楽にやっていいんだよ」
本当に、先輩みたいなことを言う。
でも先輩ではない。似たようなことを言うけれど違う。だから、怒るのは止めにしよう。
「気楽に。だけども、正しく正直に。そうすれば、きっとカヤツリは大丈夫。きっと何とかなるし、さっきみたいにはならないよ。怖いなら私が居るからね。だからあの紙を渡したんだから。それに対策委員の皆も守られるばかりの子じゃないでしょう?」
だから、少しは気を抜いて、他の皆と楽しんでもいいんだよと先生は笑う。
さっきも思ったけれど、やっぱり、先生相手だとうまくいかなかった。完敗である。
溜息をついたカヤツリは先生から草案を受け取って、最終調整を始めた。
□
「あんな先輩初めて見ましたね……」
「あんなに怒ったのはそうね……」
ノノミちゃんやセリカちゃんの言葉を聞き流しながら、ホシノはカヤツリの言葉をずっと頭の中で繰り返していた。
──俺はもう先輩──
カヤツリは途中でやめたが、ホシノは何をカヤツリが言おうとしたのかは想像がついていた。たぶんユメ先輩のようなことはもう見たくないと言おうとしたのだろう。
銀行強盗をする流れになっていたが、ユメ先輩だったら止めただろう。ユメ先輩が居ても、結局自分が押し切ってカヤツリが妥協案を出して、ユメ先輩が渋々了承するみたいな流れになって変わらなかったかもしれないけれど。
今になれば、カヤツリが先生に対して変な態度だったのも納得はいくのだ。発言のほとんどがユメ先輩を思い出させたりしたのだろう。たぶん怒ったのは、ユメ先輩の頼みに抵触したからだ。
先輩は後輩を守ること。きっとこれだろう。ホシノは浮かれて判断が遅れた。何を浮かれていたのかと思う。カヤツリはずっと覚えているのだ。
「──輩。ホシノ先輩」
「……うへ。ああ、何かな、ノノミちゃん。おじさん疲れて寝ちゃってたよ」
思考の海から引き上げられる。気がつけば何か聞きたいことがあるのか、ノノミちゃん以外にも他の娘もホシノを見つめていた。
「前にも、ああいう事ってありましたか?」
「……おじさんが覚えている限りじゃ、ないねぇ」
嘘だ。
カヤツリが感情をむき出しにしたのは二回だけある。
ビナーが校舎を潰そうとして、カヤツリがユメ先輩に逃げるように言っている時と、喧嘩したあの夜の事だ。
今回はビナーの時の方が近いだろうか。あの何かに押しつぶされそうな目はそうだった。
でも後輩たちには言えなかった。あの夜の事はもちろん言えないし、ビナーの言い争いだって盗み聞きだから。
本当はホシノが止めなければならなかったのだ。でも、できなかった。すっぽり頭から抜け落ちていたからだ。
幸運だと思った。黒幕を潰せばすべて解決すると思っていた。その力が自分にはあったから。
「先生が居なかったら危なかったのかもしれませんね……」
ヒフミちゃんがぼそりと呟いた。ホシノもそう思う。
今回はカヤツリの杞憂で終わり、先生のフォローもあって、うまく収まりそうだった。今もシロコちゃんを連れて三人で計画を立てている。そこに自分は居ない。
実際あの夜から何も変わっていないのではないかとホシノは思っていた。
スキンシップは増えたし、話してくれるようにはなっただろう。言うことだって聞いてくれる。でも、一番大事なことは言ってくれないのは変わらないし、あれ以降好きだとも言ってくれない。先生の言う通りに、自分が傷ついてほしくはないのかもしれない。でも言ってほしいし、一緒に傷つきたかった。
先生やユメ先輩には、大事なことは言えるくせに自分には言ってくれないのだ。理由は分かっている。言われたところで何もできないからだ。自分は荒事ばかりやってきたから、さっきみたいに銀行を襲う時に何も疑問を抱かなかった。上手くいっていたのは、カヤツリがあらかじめ整地してくれているからだ。ずっとカヤツリにおんぶにだっこだった。
それでいいと思っていた。役割分担でちょうどいいと。でも、さっきのカヤツリの顔を見てその考えは甘いと思った。考えてみれば当たり前だった。カヤツリはずっと戦闘続きだったのだ。疲れているのは当たり前で、余裕がないのも当たり前だった。自分が楽だった分、カヤツリにしわ寄せが行っていたのに気がつかなかった。
だから、間接キスにも動じなかったのだ。いつもなら普通に躱すのに、それに気がつかないほど疲れていたのだ。うへうへ浮かれていた自分がバカみたいだった。
「あ。シロコちゃん。おかえりなさい」
「ん。ノノミ。準備は終わった。あとはアヤネの配達待ち。先輩も先生となにか相談してる」
ホシノが悶々としていると、シロコちゃんが帰ってきた。カヤツリの暴言に拗ねていたが、すっかり元に戻っている。気になる一言が聞こえた。
──相談している? 私にはしてくれないのに?
「何を話してるんでしょう? シロコちゃんは聞こえましたか?」
ホシノが聞こうと思ったことをノノミちゃんが先に聞いていた。少し助かったとホシノは安堵した。シロコは思い出すように視線を上に向けて答える。
「気楽にとか、なんとか言ってた」
先生も同意見だったらしい。カヤツリにあまり頑張り過ぎないようにとでも言ったのだろう。さっきの書類もそういう事だ。あれなら、カヤツリは相当動きやすくなるはずだから。
ホシノはカヤツリが羨ましかった。自分ではああいう風に全部理屈で動けない。もし自分がそうあれたなら、あの時そこにいたのがカヤツリだったら、ユメ先輩と喧嘩はしなかっただろう。そうすればまだ先輩はここにいたかもしれない。
本当はカヤツリには、もっと楽しく過ごしてほしいのだ。そうしてくれたら、ホシノはとても嬉しいのだ。あのまだ三人でいられた時みたいに。今だってもちろんいいけれど、あの時の事がいまだに忘れられない。おかしいのは分かっている。ただ自分があの時から動くことを拒んでいるのだということくらい。
ホシノはカヤツリとアビドスと後輩たちがあれば、もう他に何もいらなかった。だからカヤツリを苦しめている重荷を何とかしてやりたかった。
重荷は借金やアビドスの状況の事だけではない。ホシノは知っている。カヤツリの心の一番奥にユメ先輩が居ることくらい。そのカヤツリの中のユメ先輩をカヤツリが大事に想っていることくらい。それは時にカヤツリの助けになっているけれど、先輩が言うであろう理想と実際の現実のはざまでカヤツリを苦しめていることを知っていた。
悔しかった。自分の声は一番奥まで届かないのに、先輩の声は届くから。きっと銀行強盗に反対したのだって、先輩なら止めるからだ。
先輩が居るのは構わない。本当は悔しくてたまらないけれど、ホシノの中にもいるからだ。でもどうにかしたかったのだ。
だけどもホシノにはカヤツリをぐちゃぐちゃにして、重荷を忘れさせることくらいしかできないのだ。
きっとユメ先輩やカヤツリや先生なら、他の方法が思い浮かぶのだろう。こんな暴力的な手段しか思い浮かばない自分が嫌になる。
そんなことを考えているホシノの耳に音が届いた。
上空からドローンの音がする。アヤネちゃんのドローンの音だ。
それは、荷物が届いたということで、銀行強盗の始まりの合図だった。
結局、これまでと同じように、やれることを一つづつやっていくしかないのだ。まだ何かを取りこぼしたわけではないのだから。
そう思い直して、ホシノは戻ってきたカヤツリを笑顔で出迎えた。