ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
カヤツリの入学から、一月とは言わないまでも数週間経った。現在カヤツリは過労死寸前だった。口から恨み言が止まらない。
「……なんでこんなこと。なんでこんな放置している……。責任者はなにして……」
確かに手伝うとはいったが、こんなに働くことになるとはカヤツリは思っていなかった。あの日の翌日に、カヤツリを待っていたのは仕事の山だった。主に、先輩が探してきた依頼の確認などの事務作業や学校の補修などの雑務である。いままで放置していたのかは知らないが、とんでもない量であった。
あまりにも手をつけるべきことが多すぎて、カヤツリはずっとアビドス校舎に泊まり込んでいた。空き教室がもう自分の部屋と化している。金も足りないので以前にオーナーからもらった報酬も全力投入している。先輩に止められたが、元々先輩と小鳥遊の掘った穴の底で見つけたものの報酬である。その甲斐あってか、校舎の補修と改造は終わりが見えかけていた。
「ユメ先輩が呼んでますよ。生徒会室まで戻ってください」
校庭にでてきた小鳥遊がカヤツリを呼んだ。初めは手伝ってくれていたのだが、あまりの仕事量に1人も2人も変わらなかった。そのため先輩の方のサポートに行ってもらったのだ。
生徒会室に戻ると先輩が何か紙をもって嬉しそうに笑っている。先輩はカヤツリを見つけると紙を手渡してきた。よく見ると依頼の紙の束だった。パラパラと捲ってみると、随分まともな依頼が多い。小鳥遊に選ぶのを手伝ってもらったのだろう。
「カヤツリ君!これとかどうかな!一攫千金の依頼が―─」
「先輩。まず、それはダメです。確かに破格なんですけど、仕事内容と釣り合ってないです」
「えっ」
先輩のおすすめの依頼をバッサリ断る。カヤツリはまともな依頼を選別していく。ほぼ指名手配の依頼しか残らなかった。
「じゃあ、指名手配周りのデータはまとめておくので、後で小鳥遊に行ってもらいます。先輩。聞いてますか?」
「うん。聞いてるよ。カヤツリ君もホシノちゃんもいつも悪いね」
「別に仕事ですから、俺はいいんですよ」
「ええ、ユメ先輩は自分の仕事をちゃんとしてください。ほとんど私が選んだのしか残ってないじゃないですか」
「ううっ」
先輩はショックで呻いているが成長はしているのだ。口に出したら調子に乗りそうで怖いから口には出さないけれども。ただ前みたいな依頼は持ってこなくなった分、善意なのか知らないが時々爆弾が混じっているのはやめて欲しかった。
先輩と小鳥遊が依頼を探してきて、カヤツリが選別と情報収集し、小鳥遊が突撃する。その間に先輩とカヤツリが雑務をする。その繰り返しで今のアビドス生徒会は回っていた。
「あっ、そうだ。カヤツリ君を呼んだ理由はこれじゃなくって、聞いてほしいことがあるんだった」
依頼の紙を纏めていたカヤツリの手が止まった。こういう事を先輩が言い出す時は、カヤツリにお願いがあるときだった。この数週間のうちに数回あり、内容は人助けを手伝って欲しいだの、宝探しを手伝って欲しいだの、そういったものが多かった。
カヤツリとて、それらが無駄なものだとは思っていない。何時かはやるべきことだとは思っている。ただ今のアビドスは人で例えるなら、カロリーが足りなくて死にかけている状態だ。必要なのは金という名のカロリーであって、住民の信用回復という名の運動ではないのだ。宝探しにしたところで、ある程度の場所が絞れているとはいえ、収益が不安定にもほどがあった。今やるべきことは、このアビドス生徒会の地盤を固めることだ。だから、カヤツリは軽々しくゴーサインを出すつもりは毛頭なかった。
「なんです。また宝探しですか?それならだめですよ。まだ俺はやることが死ぬほど残ってるんですから」
「えーと、その通り宝探しなんだけど、カヤツリ君がくれた地図があったでしょ。あれと私が倉庫から探してきた資料と合わせて調べたんだけど、いいものが埋まっているのが分かったの」
カヤツリは少し悩んだ。今迄のような適当な情報ではない様子だった。話だけは聞くのもいいかもしれないと思い、席に腰を下ろした。
「どこに何が埋まっているんです?」
「なんかね。昔の生徒会の資料だと、船って呼ばれるものが埋まってるんだって」
「船?ただの船ですか?」
「うーん。昔のアビドスの人達って体育マットに高級羽毛を詰めるくらいだし、生徒会の書類に書いてあるくらいだから、ただの船じゃないと思うの」
船くらいで大騒ぎしないでほしかった。そんなものに時間をかけている暇があったら、少しでも依頼に行って欲しかった。そんなことを考えているカヤツリに小鳥遊が口を挟んだ。
「ちなみに、さっきのを最後に依頼はありませんから、依頼に行けと言っても無駄ですよ。あなたが効率的に回し過ぎたせいで、枯渇してますから」
「……俺を嵌めたな」
確かに依頼は小鳥遊と先輩に一任している。本当はカヤツリがやった方がいいのだが、雑務が忙しすぎて手が回らなかったのだ。小鳥遊と先輩は共謀してこの状況を作り上げたらしかった。恨めしそうな顔をするカヤツリに先輩が心配そうに言う。
「だって、カヤツリ君頑張りすぎだよ。たまには息抜きしなきゃ体壊しちゃうよ」
「……」
確かに根を詰めすぎかもしれない。校舎のあまりの惨状に我慢ならなかったのもあるが、わざわざ、パワードスーツ型の重機まで借りたのはやり過ぎだった。しかもここまでするほど二人を心配させたのは反省すべきだろう。
「依頼が復活するまでですよ」
「えっ。いいの!」
まあ、情報元ははっきりしているし、どうせ砂の上を走れるヨットか何かというオチだろう。カヤツリもずっと先輩の提案をはね除けるのも悪いとは思うし、ひたすら校舎の修復作業も飽きてきたところだ。こんなので満足するならいいかもしれない。喜ぶ先輩にカヤツリは場所を聞いた。
「で、場所はどこなんです」
「えっとね。アビドス砂漠のここだよ」
先輩が指した地図を見たカヤツリの顔が引きつった。そこはダメだ。絶対にダメだ。
「だめです。そこは絶対に」
「理由を説明してくださいよ。何かあるんでしょう?」
小鳥遊が挙動不審なカヤツリを問い詰める。カヤツリは地図の上の方を指さした。地図の上部に赤ペンで不格好な丸が書かれている。その円の縁の直ぐ外側に”船”の場所があった。
「赤い線で円が書いてあるだろ。そこには”鯨”が出るんだ」
「そんなところに鯨なんて出るわけないじゃないですか。海じゃないんですから、そんな鯨聞いたことも見たこともありませんよ」
小鳥遊が興奮したように言う。やたらと否定するが事実いるのだから仕方がない。まあ確かに、ミサイルとビームを撃つ鯨は鯨とは言い難いかもしれなかった。
「鯨は渾名だ。本当に鯨がいるわけじゃない。鯨の形をした機動兵器がそこにいるんだ。ミサイルやら熱線を吐いてくるヤツが」
実際、カヤツリがこの地図を作るときはかなり苦労したのだ。あの時オーナーに借りた探査機の性能が良くて助かった。最悪はあの”鯨”の縄張りに入らないといけなかったからだ。
「ミサイルは数が多いし、熱線は地面が赤熱化するほどの火力だ。相手にするべきじゃあ無い」
「随分詳しいじゃないですか。出くわしたことでもあるんですか」
”鯨”の危険性を語るカヤツリに小鳥遊が疑わしそうに問う。カヤツリは顔を顰めて答えた。
「ある。出来れば二度と会いたく無い。だからダメだって言ったんだ」
カヤツリの答えに小鳥遊は口を閉じた。冗談ではなく、初めて見るような本気の表情だったからだ。カヤツリは持った書類をまとめ直して、席から立ちあがった。
「すいませんが先輩。今の話は無しでお願いします。危ないのは分かったでしょうから。息抜きに部屋で休憩してますから、用があれば呼んでください」
先輩の返事を聞かずに、カヤツリは生徒会室から出た。
□
薄暗いオフィスに電話のコール音が響いた。黒い手が受話器を取った。
「もしもし」
『オーナー。前に頼んだ装備はどうなってますか』
「ええ、そろそろですね。今日にはできるでしょう」
カヤツリからの電話であった。オーナーはいつものように答える。最近はカヤツリからの注文が非常に多い。ただ対価の支払いはきっちりしているためオーナーに不満は一切なかった。
「学生生活を楽しんでいるようで何よりです。羽振りも最近いいようで、私も嬉しいですよ」
『嫌味ですか。全部あなたの懐に入っているじゃないですか』
カヤツリの注文は大抵オーナーを介して行われているためである。オーナーはくつくつと笑った。
「ずいぶん気にいったようですね。アビドスは」
『まあ、そうですね』
随分素直だとオーナーは思った。普段ならもっと違った言葉が返ってきていたはずだった。よっぽど気に入ったらしい。
「それでは、今日中には用意しておきますから、放課後にでも取りに来るといいでしょう」
『ありがとう。オーナー』
用はそれだけだったのか通話は切れた。自分に”ありがとう”とは、オーナーはまたくつくつと笑った。
カヤツリの電話が切れてすぐに新たな客が現れた。それはコートを纏った人型だった。これも普通の人間とは違い首がなく、後ろを向いた男性の絵とステッキを持っていた。
「彼からの電話ですか。以前の作品の使用感や感想を聞きたかったのですが」
「少し遅かったですね。デカルコマニー、ゴルコンダ」
人型―デカルコマニーがオーナーに近づく、巨大なコンテナが現れて、静かに床へ落ちた。
「頼まれていた彼の装備です。貴方の意見も取り入れて調整を施してあります」
「ええ、渡しておきますよ」
「それと……。今はオーナーでしたか。少し彼に入れ込みすぎではないですか?」
ゴルコンダはオーナーに問いかける。オーナーが行ったのは少年の借金の肩代わり、教育、装備の提供、挙句の果てに今回の入学の斡旋である。
ゲマトリアは観察者であり、探究者であり、研究者の集まり。基本的には自己の欲求のままに行動するが、オーナーのそれは入れ込みすぎに見えた。
「かなりの神秘を保有しているようです。すぐに”恐怖”の実験に”使用”するものだと思っていました」
「最初はそのつもりでしたとも」
「今はそのつもりはないと?」
オーナーは笑う。そう、初めは本当にそうするつもりだった。ただ契約を持ち掛けた時、望むものを聞いた時に面白いと思ったのだ。だから計画を変更した。
「彼のこれまでの経歴は知っていますか?」
「貴方が、拾ってきたと聞いています」
「その前です。彼は、ある運び屋の一員でした。本人は寄せ集めと言っていましたが、中々の仕事ぶりだった様ですよ」
その運び屋は、アビドス砂漠を主なルートとしていた。そのルートは危険すぎて競合もいないために、なかなかの規模だったと聞いている。
「いくら凄腕とはいえ、ただの運び屋に貴方が興味を抱くとは思えませんが……」
「忘れていませんか。アビドス砂漠に何がいるのか」
「……ビナーですか」
デカグラマトン第三の預言者──ビナー。何時から居るのかはわからない。アビドス砂漠に生息する蛇とも鯨ともつかない巨大な機械兵器である。自らの縄張りに立ち入る者は、何であろうと排除する性質を持っている。実際、縄張りに近づいた企業の部隊や、鉄道を建設しようとした地元企業は壊滅させられている。
いかに、ビナーに絡まれず、砂嵐を避けて、物資が尽きないうちに最短距離を駆け抜けるか。あの広大なアビドス砂漠で運び屋をするということは、そういうことだった。
「ですが、それだけでは分かりません。ただ強いだけなら貴方の興味を引かないはずです」
「焦らないでください。ゴルコンダ。砂漠と大蛇と運び屋―キャラバンですよ。何か見えてきませんか。テクストと記号は貴方の領分でしょう?」
「……ああ。だからセトですか。キャラバンの守護者、太陽の守り手、砂塵と暴風の神」
「……クックックッ、しかもここはアビドスです。ホルスもオシリスもいる。砂漠化という乗り越えるべき試練もある。なんだか興味がわきませんか?」
──なるほど。ゴルコンダは納得した。これはどう転んでも”興味深い”。全てが順調に進み、”偉業”を打ち立てて、”崇高”に届くかもしれない。失敗したとしてもその結果は、次の実験に生かされるだろう。
「理由はまだあるのでしょう?」
ゴルコンダは問いかける。利益と特異性については納得した。だが肝心のオーナーの真意を聞いていない。
「契約を結ぶ時、私は必ず釣り合うように、お互いが納得できるように心がけています」
オーナーは語る。これはオーナーの拘りだ。外野から見て不平等なものであっても当人同士が納得していれば問題ない、ともいえるが。
「初めから話しますが、彼の所属していた運び屋は今はもう存在しません」
「消されたのでしたか」
「ええ、多くの企業はあの災害で撤退を余儀なくされましたが、運び屋は違います。むしろ、企業がいなくなったことで、これまでの販路は混乱し需要は増加したことでしょう。それを邪魔に思ったのでしょうね」
「ビナーを退ける相手によく勝てたものです」
それを聞いてオーナーは笑う。そういった手段で来ていたなら、彼はこうなっていなかっただろうに。
「……クックックッ、そこまで愚かでは無かったようです。”大人”特有の手段を活用したようですよ」
「無理な仕事を依頼したと」
「彼が言うには、通常の依頼だったそうですよ。運ぶ荷物と経路が問題だった様でしたが。ビナーの縄張り付近で、積み荷を載せた車両が突然暴走したそうです。縄張りの方へ向かって」
「ああ。それは、難しいでしょうね」
輸送中の車両が、ビナーの縄張り付近で暴走したとする。十中八九、ビナーが察知してやってくるだろう。暴走する車両を守りながら、ビナーの追撃を振り切る?無理難題としか思えなかった。
無事振り切るか、捨てて逃げるにしても積み荷を破損させているという事実が残っている。そこを突かれれば、後はもう賠償などの金銭のやり取りになる。そういった場に引きずりこまれたなら勝てないだろう。
「そこを貴方に拾われたと」
「ええ、兵士にするなど、実にもったいない使い方をしようとしていたので。拝借してきました」
「そこで”契約”を?」
「そうですね。私はどんな願いでも、対価が釣り合えば最大限叶えるつもりでした。これも私の拘りですので」
オーナーはあの日のことを思い出す。結局、ビナーを振り切って帰還したカヤツリを待っていたのは、賠償による多額の負債だった。運び屋の仲間は負債を押し付けて去っていた。そこで接触したのだ。―あなたに断り難い提案を、と。
「私は復讐か何かを望むと思っていました。企業に騙され、仲間から見捨てられ、尊厳と居場所を奪われた。そういった子供の考えることは大抵同じものですから」
「しかし、そうではなかった」
「クックックッ、彼は知りたいと言いました。こんなことのために生まれてきたのか。自分は何ができたのか。自分と他人は何が違ったのか。そして自分は何なのか。私から教えてもらうのは意味がないとも。自分で見つけるから、やり方を教えろとね」
──ああ、貴方が気に入るわけだ。
愉快そうに笑うオーナーを見てゴルコンダは理解した。オーナーとしては面白いだろう。
「なるほど、理解しました。そういうことなら、私からは言うこともないでしょう。失礼しますよ」
「そういうこった!」
「クックックッ、まだまだ続きはありますが、理解いただけて嬉しい限りですよ。それではまた」
オーナーは去っていくゴルコンダとデカルコマニーを見送る。そして一人だけになったオフィスで呟いた。
「貴方が何になれるのか楽しみですよ。カヤツリ君」