ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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59話 便利屋68と覆面水着団

 良いことも重なれば悪いことも重なるということを、今まさにアルは実感していた。

 

 アビドス高校襲撃失敗の翌日である。大枚はたいて購入した便利屋のオフィス内の空気は最悪だった。カヨコとムツキですら少し焦ったような表情だ。この空気の悪さは襲撃失敗のせいだけではない。

 

 襲撃失敗の後は、もちろん依頼主から電話が掛かってきた。もうお金もないし、アビドスの戦力は削れないしで断るしか選択肢は残っていない。電話での依頼主の様子は変だった。依頼が、まるで成功すると信じていて、失敗したのが予想外のような。そんな反応だった。あの戦いを威力偵察扱いしてきたのだ。

 

 もちろん次は本気だろう? 金も追加するからやれるだろう? そんな有無を言わさぬ雰囲気で話す依頼主に、アルは押し切られてしまったのだ。あの戦いは威力偵察です。次はやって見せます。前金はもういりませんと。そんな返事をしてしまった。

 

 つまり、残金ゼロでアビドスを襲撃しなければならないのだ。

 

 それは難しい。傭兵なしで行くにしても爆撃対策も必要だ。爆撃を除いてもアビドスは強かったし、ラーメンの怒りもあるのか怖かった。あのタンク役の殺気はまだ覚えている。何にしてもまずは先立つものが必要だ。

 

 ただ、もう追加の金を受け取るわけにはいかなかった。このままいけば借金漬けになるようなものだ。それに依頼を失敗しても継続する限りは前金の返済義務はないが、断るとなると話は別だった。その場合は前金を返済しなくてはならない。続けるにしろ止めるにしろ、どん詰まりだった。

 

 

 ──なんで前金を受けとってしまったのかしら。

 

 

 手付金は受け取らない。それが便利屋の──自分のモットーだったはずなのに。それであれこれ口を出されて行動を縛られる。こういうのが嫌でそう決めたはずだったのに。

 

 金欠で頭が鈍っていたのだろうか。前金の事なんかカヨコに言われるまで、存在を忘れていたくらいだ。覚えていたら傭兵に使わなかったし、そもそも依頼を受けなかった。今も思えば、金を追加するなんておかしい。どう見てもこちらに首輪をつける気しかしない。こちらを褒めるような、調子に乗らせるような。あの依頼主の言葉に誘導された自分が悪いのだろう。

 

 

「どうするの? アルちゃん。もうお金ないよ?」

 

 

 ムツキがちょっと焦ったようにアルに問いかける。

 

 

「……何とかするわ」

 

 

 アルは声を何とか絞り出す。四人だけで襲撃するという手もあるが、それは最後にしたかった。依頼を断るにしても、とりあえずは金が必要だ。一応は当てがまだある。

 

 

「闇銀行に融資を受けに行くわ」

 

「してくれるとは思えないけど」

 

 

 アルの提案をバッサリとカヨコが叩き落とした。

 

 アル自身はやらないよりましだと思っている。一応便利屋は会社の体を取っているから、融資の望みはあった。

 

 

「融資は難しいですね」

 

「えっ、えーっ」

 

 

 目の前ではスーツ姿のロボットがアルをみつめている。その融資の担当係の瞳は液晶に映ったものでしかないはずなのに、嘲りを含んだ瞳であることがアルには分かった。

 

 ブラックマーケットまで足を延ばして銀行まで来たのだが、審査とやらで半日待たされた挙句にこの仕打ちだ。特に混んではいないのにこんなに待たされるなんて嫌がらせにしか思えなかった。あまりに待たされ過ぎて、他の三人は眠ってしまったし、その三人を警備に起こさせる時も浮浪者と言いかけていたのにも気がついていた。

 

 その後も、ペーパーカンパニーじゃないかとか、社員が多すぎるとか、事務所が高すぎるとか、そういったことをねちねち言われ続けて、最後にこれだ。それなら半日も待たせないで、さっさとダメだと言ってほしかった。

 

 

「まずは堅実な仕事についてみてはいかがですか? 期間工や日雇いの仕事なら紹介できますが」

 

「はぁ!?」

 

 

 ──お前たちはこんな仕事で十分なんだよ。

 

 

 そんな風に言われたような気がして、アルの怒りで握りしめた拳が震えている。もう我慢の限界だった。

 

 難しいとはうすうす分かってはいたのだ。ただここまで馬鹿にされる謂れはない。

 

 

 ──ムカつく。もう大暴れして銀行のお金を持ち出しちゃおうかしら。

 

 

 怒りで茹った頭でシミュレーションを始める。怒りのままに目の前の担当係や警備員をなぎ倒して、ブラックマーケットから逃げ出す。言葉にすれば簡単だが実際にやるとなると、そう簡単な話では無かった。

 

 銀行から逃げ出したとしても、あちこちにいるマーケットガードが出張ってくるだろうし、それらを振り切って捜索範囲外に逃げられるなんて思えなかった。奇跡が起こって逃げられたとしてもブラックマーケットに喧嘩を売ったことになる。報復されて、それ以降の活動に支障が出ることが簡単に予想できた。

 

 非情な現実による恐怖で、沸き起こった怒りが萎んでいくのを感じる。残ったのは諦めと、自分への情けなさだった。

 

 自分が憧れたのは、自由で何事にも恐れない、ハードボイルドなキヴォトスで一番のアウトローだったはずなのに。今の自分は何をやっているのだろう。金欠で首が回らなくて、こんな融資で頭を悩ませている。もう自分の軸がブレブレだ。

 

 どこで間違えてしまったのだろう。前金を受け取ったところからだろうか。

 

 そんな風に意識を飛ばしていたアルは、正面の担当係の声に答えようとして答えられなかった。なぜなら急に銀行内の電気が消えたからだ。

 

 

 ──停電!?

 

 

 アルは周りを見渡すが、暗闇一色で何も見えない。周りの銀行職員や警備員の焦ったような声がする。すぐに続けざまに銃声が聞こえて、アルは記憶を頼りに近くの物陰に隠れた。物陰に隠れている間にも銃声が鳴りやむことはなく、誰かが倒れる音が聞こえた。

 

 しばらく待つと照明が二度三度と点滅した後、さっきまでと同じように点いて状況があらわになった。

 

 マーケットガードが全員鎮圧されている。ロボットは何やら黒煙を噴き出しているし、残りは至近距離から銃弾を叩き込まれたようで、気絶していた。入り口には目出し帽をかぶった五人組が銃器を持って立っている。

 

 彼女たちは、残りの職員を鎮圧していく。職員は警備員を呼ぶ通報ボタンを連打したり、固定電話や個人の携帯電話を使っているようだったが、全く反応していないようだった。ついに残った一人の職員に、カバンを投げ渡して金品を詰めさせている。

 

 

 ──銀行強盗!? ブラックマーケットの銀行に!? 頭のネジが数本飛んでいるなんてレベルじゃないわ!?

 

 

 アルの中にあった、諦めや情けなさはもう吹き飛んでいた。今あるのは、憧れの何かをみる子供のような感情だけだった。

 

 彼女たちが入ってきてまだ五分も経っていないのに警備は全滅して金品を手にしている。それに警備システムを完全遮断する仲間もいるようだし、あの連携。一人だけ紙袋を被った人物がいるが、きっとあれがリーダーなのだ。他の人物に指示だけしかしないが、その指示通りに仲間は動いている。

 

 たった数人の仲間だけで、ブラックマーケットの銀行に強盗に入る。手際はスマートでスムーズ。報復も何も恐れない。

 

 まさにアルが憧れた、なりたかったアウトローそのものだった。

 

 そんな憧れの眼差しで見ているうちに、彼女たちの仕事は終わったようで銀行の外に車が止まる音がした。よく見ると現金輸送車が止まっている。逃げる足も銀行から奪っていく気らしい。そのまま車に乗り込んで走り去ってしまった。

 

 まるで嵐の様だった。手際も何もかも。感動で震えているアルにカヨコが声をかける。

 

 

「融資どころじゃなくなったけど、社長。どうするの。このままここにいると面倒なことになるんじゃない?」

 

「彼女たちを追うわよ」

 

 

 その返答に困惑するカヨコや他の二人を置いて、アルは駆け出した。追いかけて彼女たちに話を聞いてみたかった。今の迷える自分にはそれが一番必要だと思ったのだ。

 

 

 □

 

 

『封鎖地点から出ました! 出口まであともう少しです!』

 

 

 奥空後輩の声に従って、カヤツリは強奪した現金輸送車を停めた。荷台から対策委員とヒフミがぞろぞろ降りてくる。あとは速やかにここを離れるだけだ。助手席の先生は死にそうな顔をしているが、あともう少し頑張ってもらうしかない。追手は撒いたが、ブラックマーケット内からは早く抜け出した方が安全だった。

 

 先生がこうなっているのは、かなりの勢いで車を飛ばしたせいだ。戦闘で足止めされていては捕まってしまうから、アクセルべた踏みでここまで走り抜けてきた。ここから先は普通の市街地だから歩きの方が気づかれにくい。輸送車は目立って仕方がない。

 

 先生を車から降ろすがフラフラだ。そのままカヤツリが背負って走り出す。他の対策委員は少し前を走っている。カヤツリの調子は悪くはないと感じていた。先生のアドバイス通り気楽にやってみたが、案外悪くはなかった。少し気分が軽くなったような気さえする。そのまま、走っているとすぐに市街地まで到着することが出来た。

 

 

『……もう大丈夫ですね。ブラックマーケットから抜けて市街地に入りました。捜索範囲から離脱。作戦終了です』

 

「やった! 大成功!」

 

 

 奥空後輩が安全を宣言する。セリカ後輩はまだ興奮しているようだった。他のメンバーも顔に疲労の色が見えるが同じような様子だ。

 

 

「シロコちゃん。集金記録はもってる?」

 

「うん。カバンの中に」

 

 

 本命の確認の為にホシノがシロコに確認すると、シロコが背負っているカバンを開く。全員で中身を見て、その場にいた全員が固まった。

 

 

「……へ? カバンの中に札束が……!?」

 

 

 カバンの中には札束が詰め込まれていた。その山の上にちょこんと目的の書類が載っている。金の強奪は計画外だ。本命は書類であって、現金ではない。全員の視線がシロコに向いた。職員に詰めさせたのはシロコだし、普段の言動から考えても彼女ならやりかねなかった。

 

 

「うえええええっ!? シロコ先輩、現金も盗んじゃったの!?」

 

 

 セリカの叫びにシロコはうろたえた様に弁解する。

 

 

「ち、違う。たぶん職員が勝手に入れただけで……」

 

 

 カヤツリはカメラ越しにしか見ていないが、ひとりだけ残った職員の怯えようは相当だった。保身の為に要求されたもの以外の物を詰めてもおかしくはなかっただろう。シロコの様子を見てもそのつもりは毛頭無かったようだし、カヤツリから言う事は何もなかった。

 

 ただこの現金をどうするかが問題だった。ざっと見た感じ、億はあるだろう。ホシノとカヤツリは顔を見合わせる。

 

 

「……どう処分しようか。カヤツリ」

 

「捨てていく、成金みたいに燃やしてもいいな。その前にセリカ後輩の騙されたアレみたく札束風呂でもやってからにするか?」

 

 

 この現金をどう処分するか相談している二人を見てセリカ後輩が叫び声をあげる。

 

 

「先輩達正気なの!? こんな大金を捨てるって言うの!? 元々は私たちのお金なんだよ!? 悪人の悪事に使われるより借金返済に充てた方がずっといいじゃない!」

 

『セリカちゃん。それをしたら、本当に犯罪だよ!』

 

 

 奥空後輩が止めるが、セリカ後輩は納得いっていないようだった。その証拠に視線がカバンから離れない。

 

 

 カヤツリはセリカ後輩にどう伝えたものか頭が痛くなった。セリカ後輩の気持ちはよくわかる。彼女も口ではこういっているが、本心では分かってはいるのだろう。気持ちの整理がつかないに違いなかった。

 

 対策委員は割れていた。ホシノとシロコ、奥空後輩が反対派でセリカ後輩と十六夜後輩が賛成派だった。セリカ後輩はシロコが反対派に周ったのが意外だったようで変な声を出している。説得できそうな先生は、まだダウンしていて復活までまだかかりそうだった。

 

 ねぇ。セリカちゃん。とホシノが言い聞かせるように言う。必要なのは書類だけでお金じゃないと。それでもセリカ後輩の表情は固いままだ。

 

 

「今は良いよ。悪人のお金だし、元々は私たちのだからね。でも次はどうするの? その次は? ここに一億あるけどさ。それで返したとして、まだ八億あるんだよ? あと八回やるの? 現実的じゃないよね」

 

「そんなことするわけ……」

 

 

 セリカ後輩は否定するが、ホシノは畳みかけるように言う。

 

 

「一回やったら、銀行強盗でお金を稼ぐっていう選択肢がセリカちゃんの中に入り込むんだよ? 一回やったら、二回も三回も同じことなんだよ。セリカちゃんはバイトをしてくれてるけど、それと比べてどうなのさ。効率が段違いでしょ。心のどこかで思うはずだよ。ああ、銀行強盗ならもっと稼げるのになって。そうやってどんどん慣れていくんだよ」

 

 

 セリカ後輩は目を伏せて黙り込んでしまった。ホシノはセリカ後輩をみつめて続ける。

 

 

「そうなったら、銀行強盗のハードルが下がるんだよ。いつか、お金の為に人を傷つけることが平気になる。それはもうセリカちゃんが言った悪人と同じなんじゃないかな。……おじさんはかわいい後輩たちにそうなってほしくないなぁ」

 

 

 それに何の意味があるのかとホシノは言った。そんな汚い金で学校を守っても何の意味もないのだと。

 

 やけに実感がこもった言葉だとカヤツリは感じた。先輩がいつかホシノに言った言葉なんじゃないだろうか。ホシノも一年のカヤツリと出会った頃はあんな感じだったから。きっとカヤツリと同じように先輩を失ってから、その言葉の意味に気がついたのだろうから。

 

 ただそれは悪手だとカヤツリは思う。人間思っていることを指摘されるのは嫌なものだ。それが自分でも後ろめたいと思っていることだと特に。

 

 

「でも。……でも」

 

 

 セリカ後輩は金に汚いわけではないが、金の価値をたぶん一番実感している。金を稼ぐことの難しさを一番知っている。きっと、惜しくてたまらないのだ。偶々転がってきた千載一隅のチャンス。良心も痛まなくて、そのお金を使ってもいい理由も権利もある。このままホシノが命令とか言って押し切れば納得はするだろうが、彼女たちの間にしこりが残るかもしれない。お金がなくて苦しいときに、ああすればよかったのにと喧嘩するのは見たくなかった。

 

 だから攻め方を変えることにする。他人に心配されるより、危険性を実感した方がいいだろう。

 

 

「いいぞ。使っても。銀行強盗も八回繰り返してやってもいい。追手も何とかしてやる」

 

「ちょっと!? カヤツリ!?」

 

 

 バッとセリカ後輩が顔をこちらに向ける。ホシノが声をあげるが無視した。

 

 

「ただ約束してほしい。絶対後悔しないって」

 

「後悔?」

 

 

 よく分かっていなさそうなセリカ後輩に告げる。

 

 

「想像してくれ、セリカ後輩。この方法で借金を返して、アビドスが元通りになって、住民が戻ってきて、セリカ後輩が先輩になったとする」

 

 

 大きくセリカ後輩が頷く。

 

 

「新入生にこう聞かれる。先輩はどうやって借金を返したんですか? って。セリカ後輩は答えられるか? 私は銀行を襲って借金を返したんだよって。それで後悔しないか?」

 

 

 彼女はそのまま固まった。カヤツリは他の例を出して続ける。

 

 

「その場は嘘をついて誤魔化してもいいけど。日々を送るたびに、真っ当な手段で返さなかったことを思い出す。食事中や寝起きにな。きっと死ぬまでそうなる。セリカ後輩はそれに耐えられるか? それで最期に気がつくんだよ。ああ、私は間違っていたんだなって。もう取り返しがつかなくなってから実感するんだ。ずっと後悔することになる。そういうのは嫌じゃないか?」

 

「だから、私がゴールドカードに頼ろうとしたときに……」

 

 

 十六夜後輩が納得したように呟いた。あれはホシノからも止めたが、カヤツリからも止めていた。自分の贖罪を他人の力でやるのは違うからだ。いつかきっと後悔するし、そういったことは最悪のタイミングで爆発するのだ。

 

 それでも平気な図太い人間もいるだろう。けれどセリカ後輩はそういう人間ではないとカヤツリは信じていた。

 

 

「うわああっ! 意味わかんない! こんな大金を捨てていくなんて! ……うう。……分かった。分かったわよ!」

 

 

 最後まで、セリカ後輩は叫んでいたが、何とか折り合いをつけたようだった。それでもいいと言われたらマズイことになっていた。いくら何でも一億も強奪すればブラックマーケットも本腰を入れるだろうから。持っていることはリスクでしかない。

 

 

『……! 誰かがそちらに接近しています!』

 

 

 この大金をどうするかの話に戻ろうとしたところで、周囲を警戒していた奥空後輩から連絡が入った。追手だろうか。

 

 

『べ、便利屋68です。アルさん一人だけです』

 

 

 目的は分からないが、正体がバレてはマズイ。ホシノや、ヒフミたちは目出し帽を再び被るが、カヤツリと先生は持っていない。仕方がないので、また先生を担いで物陰まで一息に移動する。急加速に先生が呻き声をあげるが、そんな余裕はなかった。

 

 先生を壁にもたれさせた後、背中の狙撃銃を展開する。漁夫の利を狙ったのかもしれない。彼女たちは金欠だからやりかねない。そう思って、スコープを覗いてみるが何やら様子がおかしかった。

 

 何やら興奮したように話している。脅すようにというよりも、何だろうか。嬉しそうに話している。

 

 

「奥空後輩。どうなってる?」

 

『どうやら、銀行強盗した私たちに憧れたみたいで、話を聞きたいと』

 

「はぁ!?」

 

 

 意味が分からない。奥空後輩が無線をつないでくれる。どうやら十六夜後輩が悪乗りして覆面水着団とか名乗っているところだった。

 

 今は水着を着ていないとか、そのファッションはどうなんだとか、色々突っ込みどころはあるが、彼女は気にもしていないどころか目の輝きが増している。便利屋の社長というくらいだから、非常時はともかくできる奴という印象だったのだが、どうも評価を改めなければならないらしい。

 

 あの様子だと、あのサイドテールや他の部下がうまくコントロールしているのだろう。カヤツリは緊張が抜けて崩れ落ちた。

 

 

 □

 

 

「機嫌が良さそうだね。アルちゃん」

 

「あたり前じゃない!」

 

 

 追いついてきたムツキの問いかけに満面の笑みで答える。あの後、覆面水着団と名乗った彼女たちは立ち去ってしまった。けれど彼女たちと話すことで、アルは見失った何かを見つけられたような気がしていた。

 

 

「無慈悲に、孤高に、我が道の如く魔境を往く。良い言葉じゃない……」

 

「あれってアビドスだよね」

 

「くふふ。しばらく黙ってようか。そっちの方が面白そうだし、今のアルちゃんの邪魔しちゃ悪いしね。放置で」

 

 

 何やら後ろでカヨコとムツキが喋っているが、アルは有頂天で気にする余裕はない。そんなアルにハルカがカバンを持ってきた。

 

 

「これどうしましょう? あの人たちが置いて行ったみたいなんですけど」

 

 

 何やら大きいカバンだ。忘れ物だろうか。届けようにも彼女たちがどこの誰なのかアルは知らない。

 

 

「聞いておけばよかった……」

 

 

 がっくりするアルを尻目にカヨコとムツキはカバンを開け始めている。そして開けたとたんに固まってしまった。二人とも珍しく驚いた顔をしている。アルも気になって覗き込んだ。

 

 

「なななな」

 

 

 上手く言葉が出てこない。札束だ。今まで見たことがないような、唸るほどの札束がカバンに詰め込まれている。

 

 固まる三人とカバン一杯の札束を見て、ハルカだけが、節約で食事を抜かなくて済むことに無邪気に喜んでいた。

 

 

 □

 

 

「ふん。気づかれたようだが、所詮は学生か」

 

 

 前金を押し付けることに成功した時点で勝負はついている。学生など自尊心をくすぐってやれば、面白いように転ぶ。あとはじわじわ行くだけだ。

 

 彼は、便利屋への電話が終わった後、大きく椅子に座り直した。彼の大柄な機械の身体をイスが受け止める。高価なイスだけあって座り心地は最高だった。反対に彼の気分は最低だったが。

 

 

「機嫌が悪そうですね」

 

「……黒服か。貴様……」

 

「……クックックッ、私に対しては相変わらずの反応ですか」

 

 

 いつの間にか自分のオフィスに現れた黒服に、彼は不機嫌さを隠せない。機嫌の悪さには黒服も大いに関係しているからだ。

 

 

「貴様のデータでは便利屋で十分だったはずだが? これはどういうことだ?」

 

 

 彼は無駄が嫌いだった。黒服がこれくらいの戦力だというから、十分な戦力を見繕ったのに失敗したからだ。これでは無駄にもほどがある。

 

 彼の怒気を気にもせず黒服はしれっと言う。

 

 

「不確定要素があったのでしょうね。それは謝罪しましょう。こちらでも調べてみます」

 

 

 内心、彼は舌打ちする。黒服は彼の邪魔ばかりだ。会社の仕事しかり、昔の事しかり。そんな彼に向かって黒服は続けて言葉を投げかける。

 

 

「便利屋を手駒にする気ですか? 貴方はずっと同じようなことをしていますが、誰も彼の代わりにはならないと思いますがね」

 

「貴様が、それを言うのか?」

 

「何を怒っているのか私には理解しかねますね。便利屋の襲撃はともかく、今のところは上手くいっているでしょう? 大局的には何も変わらない。私は彼女を手に入れて、貴方は彼と船を手に入れる。それに変わりはありません」

 

 

 怒りを隠そうともしない彼に黒服は怯みもしない。相変わらずの表情が読めない顔で見つめるばかりだ。

 

 黒服に何を言っても無駄だと思った彼は、手で出ていくよう促す。気分がずっと降下している。黒服は了解したかのように会釈をして姿を消した。

 

 

「やはり、君の代わりは居ないのだろうな……」

 

 

 もう一人しかいないオフィスで彼はそう呟く。何人も学生を手駒にして仕事をさせてきたが、彼が満足できる仕事ぶりだったのは、今も昔も一人だけだった。黒服の言う通りに代替行為に過ぎないのだろう。

 

 

「早く私の所へ来るといい。最初からそうするべきだったのだ。私の方が君を上手く大事に使ってやれる。君の居場所は運び屋でも、アビドスでもないのだから」

 

 

 彼は祈るように、そう呟いた。

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