ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
返せないものもありますが感想は毎回読ませてもらっています。
「どういうことよ!?」
セリカ後輩の叫ぶような一言が響いた。上手いことアビドスまで帰ってくることが出来たのは良いが、書類の中身が問題だった。
「カイザーローンから任務補助金として、ヘルメット団に五百万円が流れてる。それも私たちから利子を回収した後すぐに」
シロコが固い声で書類の中身を要約した。ずっとヘルメット団の援助の金をどこから捻出しているのか気になっていたが、答えはこれだった。アビドスの利息から出していた。実に効率的で無駄がない。
書類から分かる実行犯はカイザーローンだが、これはカヤツリの予想通りカイザーローン単独の犯行ではないだろう。規模が大きすぎるからだ。きっとヒフミが言っていた親会社の誰かが絡んでいる。
「でも……どうしてでしょう? カイザーローンがアビドスを潰そうとする理由が分かりません」
十六夜後輩が疑問を口にする。
確かにそれは分からない。アビドスが潰れてしまえば借金が回収できなくなる。できるだけ長く搾り取りたいはずなのに、ヘルメット団をけしかけるという行為は真逆の行為だった。
それにアビドスを潰すのが目的にしても、いささか手段が性急だ。借金が始まったのは十数年前。そこからアビドスを潰す計画が始まったのだとしても、今ヘルメット団を投入し始めた理由が分からない。急ぐのなら最初からやればいい。計画を変えざるを得ない何かがあったのかとカヤツリは思った。
「……情報が足りませんね。ただ、戦う相手は明らかになりましたが。カイザーローンですか……」
奥空後輩が分かったことを言ってくれるが、直ぐ尻すぼみになってしまった。黒幕の所属が分かったのは良いが、バックが大きすぎる。アビドスでは手も足も出ない。先生のシャーレの権力を使ってようやく、といったところだ。それも明確な証拠があってだ。この集金書類は使えないし、使ったところでカイザーローンの誰かが尻尾切りになるだけだ。
「対策が思い浮かばないな……」
今まで通り後手後手の対応にしかできない。カヤツリは舌打ちする。新たな事実が分かったが対策委員の雰囲気は良くなかった。そんな中、ヒフミは意を決したように対策委員と先生に向かって言う。
「まだ、詳しいことは分かりませんが。カイザーコーポーレーションが、犯罪者や反社会勢力と協力関係にあるという事実上の証拠にはなります。私はこれをティーパーティに報告しようと思います。アビドスの皆さんの事も」
「……まー。ティーパーティはもう知ってると思うけどね」
ホシノがぼそりと呟いた。ヒフミは信じられないような表情をしている。
「そんな……。知っているのに皆さんの事を?」
「天下のトリニティだよ? 知らない方がおかしいと思うけど。ヒフミちゃんの気持ちは嬉しいけどねぇ」
それに関してはカヤツリも同意見だ。おそらく知っているだろう。ゲヘナの幽霊すら知っているのだから知らない方がおかしい。知ったうえで手を出していないのだ。内政干渉にもなるし、理由がないのもあるだろうが、一番の理由はやっぱりゲヘナとの和平条約だろう。あれのおかげで内部統制にてんてこ舞いになっているとみていい。きっと手を出す余裕がない。
「知らせたところで打開策が出るわけじゃないしね。逆に私たちがパニックになりそうだし」
ヒフミはよくわかっていなさそうだった。ホシノは仕方ないというように言葉を続ける。
「ほら、今のアビドスは廃校寸前じゃん? トリニティとかゲヘナみたいなマンモス校のアクションをコントロールできる力は無いんだよ。サポートって言われて変なことをされても断れないの。そういうこともあるかもしれないよね? どう、カヤツリ? ありえそう?」
「まあ、そういう事を仕掛けてくるのを百パーセント否定はできない。完全に跳ね除けるのは難しい。でもやりようはあるから、ホシノがいいならやるぞ。やれることはやってもいいんじゃないか?」
先生と相談する必要はあるだろうが、少しなら制御はできる。先生の休めと言う忠告を破るのはあれだが、ホシノがいいならやっても良かった。
「うーん。いいかな。カヤツリにこれ以上迷惑はかけられないし、相手の動きも分からない。万が一があるかもしれないからね」
「でも……悲観的に考え過ぎじゃないでしょうか。本当に助けてくれるかもしれませんし……」
カヤツリの提案を否定するホシノに、十六夜後輩が再度提案する。それでもホシノは頑なだった。
「うへー。私は他人の好意を素直に受け取れない汚れたおじさんになっちゃってねー」
おどけた様に誤魔化すホシノを見てカヤツリはマズイと思った。ホシノが他人をあまり信じないのは変わらない。一年の頃からそうだったが先輩が居なくなってからは拍車がかかり、現在まで続いている。
人は一人では生きていけない。普通は現実の前に折れて考えを改めるのだが、なまじ強いのがいただけない。大抵の暴力沙汰は何とかなるし、ホシノが弱い搦手はカヤツリが何とかしてきてしまったから。ここまで二人で何とかなってしまったから。
もちろんリスク管理は大事だ。ただ臆病になり過ぎてもいけない。リスクを飲み込む必要がある場面はある。今日の銀行強盗がそうだ。あの時ホシノが反対しなかったのは、得意分野であるホシノ目線ではできると思ったのだろう。今は逆だった。トリニティへの情報共有はカヤツリ目線では大丈夫だと思うが、ホシノはそうではないのだ。
そろそろ夕方で、ヒフミは帰ろうとしている。他の対策委員と挨拶中だ。そろそろカヤツリの所までやってくる。
「……先生。ちょっと」
「どうしたの」
先生をホシノに気がつかれないような小声で呼ぶ。流石にカイザーはカヤツリの手に余る。トリニティだろうがゲヘナだろうが、手当たり次第に活用する必要があった。ホシノには悪いが好き嫌いなど言っていられない。
「ヒフミが帰る前に、ティーパーティに今回の件を伝えるように言って下さい」
「……私は良いけど。ホシノには秘密にするの? ホシノは嫌がってるみたいだよ?」
先生は心配そうに言う。もちろん良くはない。きっと後で怒られるし、今度こそマズいかもしれない。けれどヒフミが帰ってからでは遅い。トリニティは動いてくれないかもしれないが、存在自体が抑止力にはなるはずだ。それに伝える内容も変える。
「アビドスが困っているじゃなくて、先生が困っていたというように変えて伝えてもらえます?」
「ああ、よく考えるね。シャーレの業務の邪魔をしている風に伝えるんだ。そうしたら、私の方にコンタクトしてくるね。いいよ」
「ありがとうございます。先生」
「それと、カヤツリ」
離れ際に先生は最後にカヤツリを呼び止める。
「ちゃんと後で、ホシノには言うんだよ。きっとホシノのためなんだろうけど、言わなきゃ分からないからね」
痛いところをついてくると思った。ただ丁度良いタイミングでヒフミがやってきている。先生には生返事をしてヒフミに向き直る。視界の端で先生が苦笑いしているのが見えた。
「じゃあ、カヤツリさんも、また来ますね」
「ああ、ヒフミさんも。巻き込んで悪いことをした。学校を抜け出すのも大変だっただろう?」
「あはは……。不良から助けてもらいましたし。ペロロ様は残念でしたが、楽しかったので」
「銀行強盗が?」
あはは、とヒフミは笑っている。本当にそう思っているらしい。現場でもなんだかんだ、てきぱき動いていた。
「いえ、誰かと力を合わせて、何かを成し遂げるというのは良いものですから。それが銀行強盗だったのは残念ですけど」
「ふぅん。そういうものなのか。何事もないのが一番だと思うんだけど」
きっとヒフミにとっては銀行強盗など非日常の出来事だ。トリニティはアビドスと違って平和そのものだろうから、刺激的に感じたに違いなかった。
「カヤツリさんはそうかもしれないですね」
「え、何でそう思うんだ?」
やけに確信を持ってヒフミが言うのでカヤツリは疑問に思った。ヒフミはアビドスの日常は知らないから、何を根拠にそんなことを思ったのだろう。ヒフミはちょっと恥ずかしそうに顔を赤くして言った。
「他の皆さんは気がついていなかったようですけど、移動中ホシノさんと……。こう、色々やってましたよね。お話も随分距離が近かったですし、食べさせ合いもしてませんでしたか? とてもお互い楽しそうだったので、そう思ったんですけど」
「…………少し声を落としてくれないか? お願いだから」
少し興奮しているようなヒフミを黙らせながら、辺りを確認する。後輩たちとホシノは固まって何か話しているし、先生は少し遠目でそれを見ている。聞こえていないようで安心した。
「ヒフミさん。他の誰かに言ったか?」
「え、違うんですか? 彼女さんなんじゃ……」
この反応を見るに誰にも言っていないようでカヤツリは安心した。本当に安心した。ただヒフミはどうするかが問題だった。口止めをしてもいいが、理由を言わないと納得してくれなさそうな気がする。
「お願いだから、心の中にしまっておいてくれ」
「……何か理由があるんですか?」
興味深々な目をしているヒフミを見て、カヤツリはため息をついた。やっぱりこうなった。
理由はある。
お互い思っていることは同じなんだろうなという確信はある。そうでなければホシノがあんなことをしてくるはずはない。そんな奴ではないことをカヤツリは良く知っている。
でも、それはいけないのだ。そんな事をしたら自分は幸せになってしまう。
そんなことになったら、何かが変わるだろう。考えが、今より守りに入って使い物にならなくなる。今までのようなパフォーマンスは期待できない。
トリニティのような平和な学園ならいい。だが、ここはアビドスだ。さっき明らかになった通りにカイザーからも狙われているし、問題も山済みだ。そんな事にうつつを抜かしている暇はない。たまにならいいだろうが、たぶんそうはならないはずだ。
そうなった自分では守り切れなくなる。それは、ヒフミに見られても分からなかったことや、銀行強盗に踏み切れなかった事が証明していた。
だから、今のままでいいのだ。そうでなければいけない。いつか安心できるその日まで。
「今の状況が状況だからさ。そんな暇はないんだよ。ほら、わかるだろう?」
「ああ、それもそうですね。分かりました。でも、ホシノさんには早く言ってあげてくださいね。たぶん、ホシノさんも待ってると思います」
「……そうかな」
「そうだと思いますよ?」
そう言って、ヒフミは先生の方へ駆けていく。それを見送ってカヤツリは、もう一度ため息をついた。そんな日が来ればいいなと思いながら。
□
翌日の午前。先生が対策委員部室に入ると、ホシノとノノミしかいなかった。ホシノはノノミの膝枕で、でろでろに溶けている。他のメンバーががいないのは初めてだった。
ホシノは先生を見て、眠気でふにゃふにゃになった顔を向ける。
「何? 先生羨ましいの? でもここは、私の特等席だからね。先生にはあげられないなー」
「じゃあ、ホシノに悪いからいいかな。他の皆は?」
空いている椅子に先生は座って、二人に尋ねた。二人は少し時間をおいて答える。
「シロコちゃんはトレーニングで、アヤネちゃんは図書館で勉強でもしてるんじゃないかな。ノノミちゃんは学校の掃除と教室の整頓をしてくれたよね。みんな真面目だな~」
「セリカちゃんは、またアルバイト探しでしょうか。カヤツリ先輩は……どこでしたっけ?」
「柴関だよ。ノノミちゃん。休みだし食事がてら大将と会ってくるって」
よかったと先生は思う。カヤツリは、ちゃんと休むという約束を守ったようだった。他の五人は仕事や用事があるようだが、ホシノは何をしているのだろう。
「え? 私? ここでだらだらしてただけだよ~。今日はおじさんオフなんでね。用事があったら連絡ちょーだい。ノノミちゃん」
サボっていることに居た堪れなくなったのか、ホシノは姿を消してしまった。彼女はカヤツリと違って直接話すことが少ないと思う。避けられているのだろうか?
「いえ、大丈夫だと思いますよ先生。ホシノ先輩は避けているわけではないと思います。また昼寝でしょうから。今回はカヤツリ先輩は居ませんけどね」
ノノミが困ったように笑って椅子へ移動する。そして先生へ改まったように言った。
「前に先生には、お話ししたのを覚えていますか?」
「覗き見した時のかい?」
ノノミは頷いて口を開く。表情は物憂げで何か昔を思い出しているかのような表情だ。
「それの続きです。先輩二人が喧嘩したより前の話です。まだシロコちゃんも居なくて私と先輩達しかいなかった時の」
過去の話という事だろうか。黙ってノノミの話を聞く。二人だけしかいないせいか辺りは静かだった。
「今でこそ、あんな感じのホシノ先輩ですが。昔はもっと切羽詰まっていました。その頃の私には分かりませんでしたが、色々なものに追われていたんだと思います」
先生には想像がつかないが、そう言う時期があったらしい。ただノノミの話の意図が掴めなかった。
「その頃のホシノ先輩は切れたナイフみたいな感じでした。アビドス以外の学校や人間に関わるのすら嫌がっていましたから。今でも少しそれは残っているようですけど……」
昨日のヒフミの件だ。あの後カヤツリの頼み通りにはしたが、トリニティからの反応はない。確かに昨日のホシノの様子は、そうだった。おどけてはいるけれど、はっきりとした拒絶を感じた。
「そこは、カヤツリ先輩が何とかしますから、先生も昨日何か頼まれていませんでしたか?」
ここまできて、やっと先生はノノミの言いたいことが分かった。
「そんなに心配しなくても良いって事?」
「はい。先生はカヤツリ先輩とはよく喋りますよね? たぶんカヤツリ先輩から話を聞いてるんだと思いますよ。あの二人は昔からそうでしたから」
「ノノミは二人の事をよく見てるんだね」
そう言われたノノミは、不意を突かれたようで”きょとん”とした顔になった。その顔はすぐ何か優しげな顔になる。
「……あの二人は私に、この場所と機会をくれましたから。きっと強引に追い返しても良かったはずです。でもホシノ先輩はそれをしませんでしたし、カヤツリ先輩は何も否定しないでくれたんです。あの時大変だったのは二人の方だったはずなのに。だから私は、この場所と対策委員の皆が大好きなんです」
その話を聞いて、先生はこの場所を守りたいと思った。最初からその思いはあったが、強まったように思える。まだノノミの想いしか聞いていないが、他の皆もそうなのだろう。俄然やる気と使命感が湧いてくるのを感じる。この後の対策会議にも気力十分で臨めそうだった。
□
ノノミとの会話からしばらく経つと、セリカやシロコ、アヤネが部室に戻ってきた。あとはカヤツリが揃えば対策会議が始まるが、いまだ戻ってくる様子はない。
もう抜きで始めようかとなった時に、アヤネの端末が警告音を発した。
「前方、半径10㎞内で爆発を検知! 近いです!」
「それなら……市街地? まさかまた襲撃!?」
アヤネの報告にシロコが所見を述べる。その可能性は多分にあった。さらに詳細な情報を告げていく。
「爆発の衝撃から見るにC4爆弾の連鎖爆発の様です。砲撃や爆撃ではなさそうですね。……爆発地点はシロコ先輩の言う通り、市街地……え?」
「どうしたの?」
言い淀んだアヤネに向かってセリカが尋ねると、場所を確認したアヤネの口から、聞き覚えのある名前が零れた。
「柴関ラーメン……!? 跡形もなく消えてしまいました……」
衝撃的な内容ではあったが、それでも身体は動くようで全員そこへ出かける準備を始めている。その途中でノノミが何かに気がついたかのように呟いた。
「カヤツリ先輩……確か、大将に会いに柴関ラーメンに行くって。まさか、まだ来てないのって……」
今度こそ、その場の全員の血の気が引いた。嫌な想像が全員の頭の中に浮かぶが、今それを確認する術はない。嫌な想像を振り切るように、対策委員と先生は柴関へと急いだ。