ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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62話 いない二人

 先生と対策委員が柴関に到着すると、そこは更地になっていた。以前は店があった場所には崩れた壁とテーブルや食器、調理器具の残骸が辺りに散らばっている。カヤツリも大将も、どちらの姿も見えなかった。

 

 

「大将! カヤツリ!」

 

 

 先生は大声で二人を呼ぶが、返事はない。遠くの方で何か銃撃と戦闘音がするだけだ。音の正体は気になるが、今は二人の安否を確認するのが最優先だった。他の対策委員と一緒に瓦礫をかき分けるが、辺りに散らばっているようなものしか見つからない。

 

 嫌な予感が加速していく。二人ともキヴォトスの住人だから先生より耐久力はあるだろうが、店が瓦礫と化す爆発に巻き込まれて無事かどうかは分からなかった。焦りが見えてきたところでセリカが何かを思い出したように叫んだ。

 

 

「シェルター……。近くにシェルターがあるわ! 二人とも場所を知ってるはずよ! そこにいるかも!」

 

「そこまで案内します! 急いでください!」

 

 

 即座にアヤネの誘導が始まって、全員焦る気持ちが抑えられずに走りだす。アヤネの声にも余裕がない。シェルターはセリカの言う通りに目と鼻の先だった。頑丈そうな扉を開けようと、セリカが飛びだしていく。

 

 

「大将! 先輩!」

 

「……ああ、セリカちゃんか」

 

 

 シェルターの中には大将がいた。全身埃塗れで擦り傷もあるが、先生が見た限りでは大丈夫そうで、大将も心配ないというように軽々と立ち上がって見せる。それを見て、セリカや対策委員はほっとした表情を浮かべるが、直ぐに一人足りないことに気がついた。

 

 

「先輩は?」

 

「坊主は……戦いに行った」

 

 

 柴関爆破の犯人たちとだろうか。そう先生が聞くと大将はカヤツリから聞いたという、これまでの経緯を話し出した。

 

 便利屋が食事に来ていたこと。カヤツリが便利屋と会話中に、ゲヘナ風紀委員会がやってきたこと。それに錯乱した便利屋が店ごと自爆したこと。そしてカヤツリが、風紀委員会と戦っていること。

 

 

「何で先輩が戦うのよ! その風紀委員会が、アイツらを捕まえればいいんじゃないの?」

 

 

 セリカが憤慨するが、そう簡単な話では無い。風紀委員会がゲヘナの治安を担う組織であることを先生は知っている。確かに便利屋を捕まえてはくれるだろう。きっとそのために来たのだろうから。その答えを大将が示す。

 

 

「アイツ……いや。坊主が言うには、便利屋が連れていかれたら、自爆のツケを払わせられないそうだ。それは許さないと言っていたよ」

 

 

 便利屋が連れていかれたら彼女たちの預かりはゲヘナになる。そうなれば柴関への補填は有耶無耶になるだろう。爆破した店舗の保証は後々金銭で払われるかもしれない。でもそれは書類上の簡素なやり取りに過ぎない。きっとカヤツリは直接、大将に対して謝罪させたいのだ。

 

 

「そうさ、先生。俺は坊主がボロボロになるくらいだったら、やらなくて良いと言ったんだが……。アイツは聞き入れてはくれなかった」

 

 

 大将は何かを噛み締めるような、そんな表情をしている。止められなかったのが悔しいのだろうか。

 

 

「じゃあ、カヤツリ先輩を助けに行かないと。アヤネちゃん。ホシノ先輩には?」

 

「まだだよ。セリカちゃん。何回も連絡を取ってるんだけど、出る気配がないの」

 

 

 セリカがアヤネに問うが、答えは相変わらずだった。アビドス校舎を出る直前にホシノに連絡を飛ばしてはいるのだが、アヤネの言う通り今もなんの反応もない。

 

 

「カヤツリ先輩がいつまで持つか分からない。早く行かないと」

 

 

 シロコが、戦闘が行われているであろう方向を見やる。先生には音がさっきよりも大きくなっているように思えた。何かが爆発する音が延々と響いている。カヤツリは食事に行っただけだから軽装備だ。ドローンなど持ち運んでいない。だから、この音は風紀委員会か便利屋の攻撃の音だった。

 

 

「ホシノ先輩を待った方が……。風紀委員会も一人や二人ではないはずです。私たちだけじゃ……」

 

「ノノミ。それじゃ間に合わない。カヤツリ先輩は弱くはないけど、限界がある。早く行ってあげないと」

 

 

 シロコとノノミの意見が食い違っている。ホシノを待つか、今すぐカヤツリの所へ行くか。

 

 安定を取るならホシノを待つべきだ。彼女はタンク役で、彼女がいればそれだけで攻撃に集中できる。問題点はいつ来るか分からないことだ。下手をしたら、いつまでも連絡が取れない可能性もある。

 

 速度を取るなら今すぐ行くべきだ。まだ戦闘音がしているからカヤツリは健在だろう。カヤツリがいれば、タンクはできないにしても、火力で貢献してくれる。相手の数によっては、そのまま押し切れるかもしれない。問題は敵の数が分からないことだ。多すぎる場合は押し切られる可能性が高い。先生の指揮でカバーするにも限界がある。

 

 こういう時はカヤツリかホシノ辺りが空気を緩ませるか、良い情報を言ってくれる。ただ二人は今いないから。ホシノにはいまだ連絡がつかないし、カヤツリはあの向こうに居るのだろう。

 

 二人がいない今、これは自分の仕事だった。それに元々、対策委員会に協力すると決めた時から、これは先生がやるべきことだ。不安そうな対策委員を見渡して先生はどちらにするか決める。

 

 

「皆。行こう。早くカヤツリを助けに行かないとね」

 

 

 大将に再びシェルターに戻ってもらい、対策委員の四人と戦場へ向かう。対策委員からは不安の表情は消え去っていた。

 

 

 □

 

 

「ハッ!?」

 

「アルちゃん!? ……目が覚めた? よかった……」

 

 

 アルはびくりと身じろぎする。気がつけば視界には青空が広がっていて、上から社員の三人が覗き込んでいた。視界の位置がおかしいと思ったら、自分は地面に寝かされているようだった。痛む頭を押さえて起き上がると、何が起こったか段々思い出してきた。

 

 自分の不用意な一言でハルカが暴走したのだ。幾ら自分を崇拝している所があるとはいえ、あの娘はそういう所があるのを覚えておくべきだったのに。辺りを見渡せば見覚えのない場所だった。おそらく店の外だろう。まさかここまで飛ばされてきたのだろうか。

 

 

「気を失った社長をここまで運んできたんだよ。……さっきまでいたお店は跡形もないけどね」

 

 

 カヨコの言葉にアルは無言で頭を抱える。これでは、風紀委員会から逃げるためにあの店を爆破したようなものだ。あんなに親切にしてくれた店だったのに。それにアビドスの彼女たちの憩いの場だ。意図してやったことではないとはいえ、その場所を自分の都合で吹き飛ばしたのだ。

 

 

「……風紀委員会は。どうしたの」

 

 

 問題はまだ残っている。自分たちを追ってきた風紀委員会だ。店がいきなり爆発したことに驚きはするだろうが、態々アビドスまで出張ってきているのだ。捜索を止めないだろう。まだ近くにいるはずだった。

 

 

「あそこだよ。アルちゃん」

 

 

 ムツキが別の方向に視線をやる。アルも目を凝らしてそちらを見ると、その先では嫌でも忘れない風紀委員会の部隊が展開していた。ライフルを持った部隊が前方に隊列を組んで何かに向かって発砲を繰り返している。だれかが戦っていた。

 

 

「あのお兄さんだよ。戦ってるのは」

 

「なんでよ……。そんな理由はないはずじゃない」

 

 

 あの店を爆破しただけでもありえないのに、爆発に巻き込んでいる。おとなしく引き渡されると思っていたのに。アルは守ってくれる理由が分からなかった。

 

 

「……ツケを払わせたいんじゃない? ほら、ハルカちゃんの早とちりとはいえ、あのお店を壊しちゃったんだし。仕返しは自分の手でしたいんだと思うよ?」

 

 

 すごい怒ってるだろうしね。そうムツキが締める。

 

 アルの心中はもう滅茶苦茶だった。猶予が出来て楽だった心が急な展開についていけない。さっきまでは選べる自由があったのに、今はもうなくなってしまったからだ。さっきまではアビドスと戦わないという選択ができた。けれど、今ではもう無理だった。あの店を爆破するという行為は敵対行為に他ならないからだ。もう戦うしか道は残されていない。

 

 迷う必要がなくなったという利点もあった。もう彼女たちと戦うことだけ考えればいいのに、さっきよりも気分が悪い。仕事だから、もう引き返せないから、そう自分を納得させようとしても、心は言う事を聞いてくれない。思わず顔が歪んだ。

 

 

「逃げちゃおうか。アルちゃん」

 

 

 気がつくとムツキがそう呟いていた。アルはつい聞き入ってしまう。それも良いのかもしれない。心のどこかで誰かが呟く。

 

 

「風紀委員会はお兄さんに押し付けて、依頼も無視しちゃって他の所に行くの。アビドスの娘たちとは、もう会わなくて済むよ」

 

「……社長の判断なら、私も従うよ」

 

 

 ムツキの提案にカヨコも同調する。とても魅力的な提案だった。でも、そうしたらどうなるだろう。ずっと自分が目指した者にはなれないような気がする。きっと本物にはなれない。逃げた先で同じようなことがあったら、また逃げるのだろうか。それは負け犬と変わらないのではないか。それは自分がやりたいことではない。それは自分がやるべきことではない。それは本物のアウトローではない。

 

 

「ハルカ。カヨコ。ムツキ」

 

「ッ」

 

 

 ずうっと黙っていたハルカが身体を跳ねさせる。きっと自分に申し訳ないとか思っているのだろう。そんなつもりはないし、悪いのは自分なのだから。今、大事なのはもっと別の事だった。自分が納得できるようにすることだ。そのためにはやらなくてはいけないことがたくさんあった。そのためにアルは社員たちへ言葉を掛ける。

 

 

「戦闘準備を始めるわよ。戦うわ。風紀委員会と。それでその後、やるべきことをやりましょう」

 

「えっ、あっ、はい!」

 

「はぁ。了解」

 

 

 ハルカは慌てて、準備を始めている。カヨコは仕方なさそうにため息をついているが口元が少し笑っていた。

 

 

「くふふ。いい顔になったね。アルちゃん。楽しそうな顔をしてる」

 

 

 ムツキがいつもの様子に戻ってアルに話しかける。

 

 それはアルも分かっている。今朝までとは気分が全く違った。これからすることは怖いし嫌だけれど、自分が納得しているのだ。やりたいことと、やらなくてはいけないことが一致している。今まで嚙み合わなかった歯車が嚙み合ったような、そんな清々しい気分だった。

 

 その清々しい気分のままに、あの時に自分が最初に抱いた気持ちのままに、アルは宣言した。

 

 

「じゃあ、報酬は出ないけれど。便利屋68。戦闘開始よ!」

 

 

 □

 

 

 うまくいかないものだと、風紀委員の銀鏡イオリはイラついていた。自分の眉間に皺が寄っているのが鏡を見なくてもわかる。行政官からの命令内容は規則違反者である便利屋68の捕縛。彼女たちは何を考えているのか店ごと自爆したときは驚いたが、今の状況に比べればそんなことは些事だった。

 

 便利屋はそこそこやる。委員長がいなければ普通に逃げられる程度には。だから大勢の部下を引き連れてきたのだが、その部下が半数は戦闘不能になっていた。便利屋相手ではなく、よりにもよって他校の、それも一人の生徒に。

 

 数で囲んで十字砲火すれば直ぐに終わると思って実行したが、未だに仕留められない。どんどん数が減っている。このままでは自分が出なければならないだろう。

 

 

「やっぱり、あの言い方は良くなかったのかもしれません」

 

 

 隣で相方である赤毛の少女──火宮チナツがため息をついた。きっと、あの生徒に言った警告だろう。あれは間違っていないとイオリは断言できる。

 

 

「規則違反者を引き渡すよう言っただけじゃないか。疚しいことがないなら平気なはずだろ」

 

 

 イオリの返答を聞いたチナツはさっきよりも大きい溜息をつく。そこまでの反応は流石にイオリも想定していなかった。

 

 

「言い方ってものがありますよ……。なんですか、あれじゃあ喧嘩を売っているようなものです。事情の説明もなしに便利屋を引き渡せだなんて。ここはゲヘナじゃないんですから──」

 

「あー、チナツ。それは後で聞くから。ちょっとあの生徒を落ち着かせてくるよ」

 

「黙らせてくるの間違いでしょう?」

 

 

 帰ってきたら覚悟しておいてくださいね。そう言うチナツにイオリの顔が引きつる。始末書を書かされるなら下手な言い逃れはしない方が良かったと。そう思いながらチナツに背中を向けてイオリは前線へ急いだ。

 

 イオリが前線に着いた頃には、展開させた部隊はほとんど残っていなかった。全滅したわけでなく無傷な隊員もいるには居るのだが、妙に怯えている。気になる点は多いが、それは脇に置いてイオリは目標を確認する。

 

 男子生徒だ。珍しいとは思う。まだ距離は離れているから正確ではないが、かなり大柄で、おそらくアビドスの制服を着ていた。それに何かを背負ってもいる。そこまでは普通だ。問題は左手に持っているものだ。

 

 テーブルだ。ファミレスでよく見る。床に固定された一本足の物。それを片手で軽々と持っている。おそらく爆発した店から持ってきたのだろう。

 

 

「撃て!」

 

 

 生き残りの風紀委員が発砲するが、左手のテーブルで防がれる。天板がそれなりに厚い事を利用して盾代わりに使っているようだ。リロードで弾幕が薄くなった隙に風紀委員に近づいてきていた。

 

 

「うわ。痛そう」

 

 

 思わずイオリは声が漏れる。あんなテーブルで殴られるのを見れば誰だってそうなる。酷い怪我にはならないだろうが、相応に痛いはずだ。それは腰が引けるってものだろう。

 

 このままでは文字通り全滅する。イオリが止めるしかない。もとよりそのために出てきたのだ。残っている風紀委員を引かせる。もうこの場はイオリと男子生徒だけだ。向かってくる男子生徒に向かって声をかける。

 

 

「今すぐに後ろに向かって戻れば見逃してやる。お前と便利屋は関係ないだろ。分かったら今すぐに──」

 

 

 イオリが言葉を言い終える前に銃弾が飛んできた。男子生徒の右手に拳銃が見える。そこからの発砲だった。

 

 

「ああそう。言う事を聞く気はないってこと。じゃあお前も便利屋と同じだ。覚悟しろ! 邪魔者め!」

 

「……」

 

 

 イオリは一喝と同時に手にしたライフルを発砲した。予想通りテーブルに防がれる。もしやと思ったが弾は貫通してはくれない。あの全身を覆えるテーブルが邪魔だった。

 

 このままでは押し込まれて拳銃で撃たれるか、あの”盾”で殴られるだろう。ただイオリは風紀委員でもスペシャリストだ。自分でもそう思っている。この程度何とかできずにスペシャリストは名乗れない。

 

 

「フッッ!!」

 

 

 イオリはテーブルに向かって飛び蹴りを放った。執拗に左側に回り込む。テーブルは大きいが故に視界をふさぐ。それにテーブル自体もかなりの重さのはずだ。取り回しはあまり良くない。このまま蹴りを入れれば疲れてくるはずだった。抵抗にシールドバッシュも入れてくるが、機動力は身軽なイオリの方があるから簡単に避けられる。

 

 

「そこ──ああクソッ!」

 

 

 テーブルの取り回しが悪くなってきたところで無防備な右側へ躍り出る。そのまま発砲しようとしたイオリは回避せざるを得なかった。拳銃の銃口が此方を向いている。完全に読まれていた。そのうえ回避の着地狩りをするようにテーブルを投擲してきた。何とかイオリは躱せたが肝が冷えた。どんな力で投げたか知らないがテーブルがぐしゃぐしゃになっている。地面にぶつかって大きくバウンドするなど、あれが当たっていたらどうなるか考えたくない。

 

 

 ──でも、バカだな。面倒な盾を捨ててくれた。

 

 

 回避のため距離を取らざるを得なかったが、難所であるテーブルが消えた。そのことに内心喜ぶイオリの前で男子生徒は、何かを手に持った。

 

 

「バカにしてるのか!」

 

 

 中華鍋だ。それを膨らんだ部分を盾にするように持っている。あれが新しい盾なのだろう。目に映るふざけた映像は、ただでさえ低いイオリの怒りの沸点を飛び超えるのには十分だった。

 

 怒りに任せて三連射。幾ら鉄製とはいえテーブルに比べて格段に薄い。まともに受け止めれば貫通する。そう嘲るイオリは愕然とした。

 

 弾いた。弾を見切って、弾の側面を鍋で殴って逸らしている。テーブルを捨てたのは適応しただけだ。反応が遅れたイオリを咎めるように、男子生徒が踏み込んできていた。突き出された紫電の走る警棒を紙一重で躱す。そのまま、距離を詰めてくる。

 

 

 ──最悪だ。距離を潰された。

 

 

 イオリの得物はスナイパーライフルだ。距離を選ばないとはいえ、銃身より近い間合いに入り込まれれば撃ったところで当たらない。今の状況がまさにそれで、後ろへ後ろへと距離をとるしかなかった。中々突き放せず男子生徒の猛攻は止まらない。イオリの左からは警棒の刺突や殴打が、右からは鍋での殴打が、下からは膝蹴りや足の甲を狙ったストンプがイオリを襲う。

 

 

 ──なんだコイツ……。

 

 

 イオリは必死に攻撃を捌きながら、敵意とは違う何かを感じていた。それに名前がついているのは知っていたが、そう認識すれば本当になる気がして考えないようにしていた。

 

 キヴォトスでは近接武器を使う者は少ない。全くいないわけではないし、イオリ自身も銃や蹴りでの近接をすることもある。ただメインにはしない。なぜかと言えば銃の方が強いからだ。射程が段違いで威力も高い。近距離は拳銃やショットガンで対応すればいい。使うとしても精々がさっきの男子生徒の様に盾か銃剣くらいだろう。

 

 それに銃は引き金を引けば弾が出る。当たり所が相当悪くなければ、キヴォトスの住人は屁でもないから、引き金は軽い。それと比べて近接武器は躊躇しやすい。銃にはない人を殴った手ごたえというモノがある。それを振るうには意思が必要だ。確固たる相手を打ち倒すという意思。

 

 イオリは男子生徒の攻撃を捌くうちに、怖くなったのだ。こんな濃密な、これまで感じてきた敵意とは違うもの──殺気を浴びるのは初めてだった。殺気だ。殺気しか感じない。目の前の男子生徒が振るう攻撃の一切に躊躇はない。隙があれば容赦なく首や目や喉などの急所を狙ってきている。こちらを見る目に一切の感情がない。考えないようにしていたが限界に近かった。

 

 

 ──でも、あともう少し。

 

 

 イオリは後ろに下がり続けながら、ある物に向かっていた。あともう一撃でそこまで来れる。

 

 

「よし!」

 

 

 男子生徒の左手の攻撃が明確に空ぶった。イオリが男子生徒の想定より速い速度で後ろへ動いたからだ。イオリには尻尾がある。それは自由に動かせるし何かに巻き付けて引っ張ることもできた。だから電柱がある場所まで誘導して、飛びのく瞬間に引っ張ったのだ。

 

 あとはこのまま距離を取って、銃撃戦に持ち込むだけだ。そう勝利を確信したイオリの視界に何かが映った。自分の腹に向かって黒くて長いものが突き込まれようとしている。

 

 

「ぐっ」

 

 

 対物ライフルだ。男子生徒が背中に背負っていた物。それを右手でイオリに向かって突き込んだのだ。おそらく左が空ぶったと判断した瞬間にそうしたとしか思えなかった。よく見れば警棒はストラップで右手首からぶら下がっている。右手がフリーになりやすいようにしていた。

 

 イオリは銃身を両手で持って、これ以上突き込むのを防ぐ。このままでは無防備な腹部に発砲される。幾らイオリでもそれは耐えきれない。単純な力比べになる。その決着はあっさりついた。

 

 そもそも、あの重量のテーブルを片手で振り回す者相手に勝てるはずがない。そのまま腹部を軸に上空に突き上げられる。まるで百舌の早贄だ。嫌な予感が現実になろうとしている。イオリはそれを制止しようとしてできなかった。

 

 

「やめ──」

 

 

 男子生徒はそのまま発砲する。続けて何発か、イオリが動かなくなるまで発砲した後、意識を失って銃身に引っかかったようになったイオリを振り落とした。

 

 彼はそのまま気絶しているイオリを無視して、風紀委員会の本隊がある奥へ奥へと進んでいく。

 

 いつかのように殺気をまき散らして。

 

 対策委員が柴関に到着し、便利屋が風紀委員会への抵抗を決める少し前の出来事だった。

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