ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
対策委員会は戦闘音の方に向かって進んでいた。音が大きくになるにつれて通りの様子が変わってきている。弾痕塗れの壁や道路に転がった薬莢などが目立つようになってきた。
「風紀委員会は、かなりの人数を送り込んできているみたいですね」
ノノミは地面に残った装備を見て呟いた。対策委員の物ではない銃器が転がっている。撤退した風紀委員会の物に違いなかった。一つや二つではなく、そこら中にぽつぽつと落ちている。落ちているのは武器だけで、風紀委員が倒れているということはない。この銃は撤退する時に置いていったのだろう。
「……なんか変ですね。数が多すぎません?」
「ノノミ先輩? カヤツリ先輩が全員倒していったんじゃないの? 先輩は無事ってことじゃない」
浮かない顔でポツリと呟いたノノミにセリカが反論した。それでもノノミの顔は晴れない。
「何か気になるのかい?」
「先輩は対物ライフルとハンドガンしか持っていないはず。弾の数と合わない。落ちてる銃の方が多すぎる」
先生の疑問には同じように浮かない顔のシロコが答えた。ノノミも頷いている。確かにそれは変だが、銃以外で倒したのではないだろうか。そういえば腰にいつも何かをぶら下げている気がする。
「ん。警棒。昔、カヤツリ先輩が使ってたみたい。実際に使ってるのは数回しか見たことはないけど……」
先生はノノミとシロコが浮かない顔なのが気になった。出発する時、シロコはカヤツリが普通に耐えきっているだろうという想定で動いているように見えた。それまではいつもの表情だったのに、今は違うのだ。
『カヤツリ先輩の事ですから、無茶なことはしないのでは? 弾切れで仕方なく警棒で応戦しているのかもしれませんし』
「嫌な予感がする。ノノミもそうだよね」
「はい」
アヤネの推測をシロコは予感の一言で一蹴する。ノノミも同感のようで心なしか早足になっている。二人だけには何か分かるらしかった。
「カヤツリ先輩は今でこそ後方支援が多いけれど、昔は違ったんだそうです」
「昔って、私とアヤネちゃんが来る前?」
ノノミの言葉にセリカが食いつく。アヤネも無線上ではあるが興味深そうに聞いているのが、先生には分かった。続きをシロコが引き継ぐように言う。
「ううん、セリカ。私とノノミが来るずっと前、ホシノ先輩とも会うより前の時期。今はホシノ先輩に合わせてるんだって」
それは、今とは違う戦闘スタイルだったという事だろうか。そう聞くとシロコは頷く。
「銃じゃなくて長物──武器を使ってたみたい。弾がもったいないから、人やロボット相手には、それで戦ってたらしいってホシノ先輩は言ってた」
「前衛だったってこと?」
「そう。それでホシノ先輩と会ってからは、お互いポジションが被るから二人で相談して今のやり方に決めたみたい」
「それが、嫌な予感なの?」
シロコは、難しい顔をしたまま答えなかった。予感でしかないから答えられないのだろうか。シロコに代わって、ノノミが憶測を口にする。
「前にシロコちゃんがホシノ先輩に聞いたんです。カヤツリ先輩とホシノ先輩どっちが強いのかって。それでホシノ先輩は近距離なら勝つし、シロコちゃんも勝てるようになるって言ったんですが……カヤツリ先輩が風紀委員を全滅させるくらいに近接戦が強いなら、そんなことは言いませんよね」
「ホシノ先輩は知ってるはず。たぶん隠してた。あの時の私に言ったらカヤツリ先輩と戦いたがるから。私が興味をなくすように、そんなことを言ったんだと思う。それに……」
「それに?」
言い淀んだシロコの言葉を待つ。シロコは確信が持てなさそうな表情で答えた。
「……一回だけカヤツリ先輩の本気を見たことがある。とっさに私を庇ったから、先輩も余裕がなかったせいだと思うけど……その時、正直怖かった。きっとホシノ先輩は、あの戦い方を見せたくなかったし、カヤツリ先輩にもやってほしくないんだと思う。たぶんカヤツリ先輩も。ホシノ先輩には秘密って言ってたから」
話を聞くに相当な戦い方らしい。どんな戦い方か聞きたかったが、これ以上話していたら到着に遅れが出る恐れがある。兎に角、今は急いだほうが良さそうだった。それに大将の別れ際に言われた言葉も妙に気にかかる。
「あ! アンタたち!」
急にセリカが叫び声をあげる。先を急いでいるのに何事かと、セリカが叫んだ方を見れば見覚えのある四人組が見えた。
便利屋だ。
セリカがズンズンと、彼女たちに向かっていく。それに気がついたのか便利屋たちも振り返る。振り返って何事かを言おうとした便利屋に向かって、セリカは怒鳴り散らす。
「よくも柴関を吹き飛ばしたわね!! なんてことをしてくれたの!! あんなに大将に良くしてもらったくせに、店ごと吹き飛ばすなんて恩知らずにも程があるわ!! どう責任とってくれるのよ!!」
「……ええ。そうね。その通りだわ」
「……ッ」
セリカはさらに便利屋を詰ろうとしたが、思っていた反応と違ったのか言葉に詰まってしまった。
先生も違和感を感じる。便利屋とは柴関とアビドス襲撃時、銀行強盗後と複数回顔を合わせていた。今はその時とは明らかに様子が違う。今までなら、見るからに強がりな台詞を吐くかどうかしていたはずだが。
便利屋──アルは、対策委員と先生に向かって、深々と頭を下げた。
「手違いとはいえ、私たちがあのお店を吹き飛ばしたのは事実。あれは私の所為よ。まずは謝罪させてもらうわ。ごめんなさい」
本気の謝罪だった。少なくとも先生はそう感じたし、対策委員もそうだろう。けれどセリカだけは、まだ不満な様子を隠さない。自分のバイト先を吹き飛ばされたのだから当然の反応ではあるが、謝罪されたら強くは言えないようだった。セリカはさっきまでの勢いはないけれど、小さく呟くように文句を言った。
「……それなら、何でこんなところに居るのよ。風紀委員会から逃げようとしたんじゃないの」
『セリカちゃん。大将が言ってたでしょ……。たぶん……』
「そうよ。風紀委員会に捕まったら、大将に謝罪が出来ないの。そのために私たちは風紀委員会と戦うつもり」
セリカの追及を正面から受け止めて、アルはしっかりと答えた。ちらりと先生と他の対策委員を見て、逆にこちらに問いかけてくる。
「あなたたちは? 私たちを追ってきたのなら、先に風紀委員会と戦ってる彼を助けに行きなさい。少なくとも私たちはそうするわ」
「それなら、私たちと協力してくれるかい?」
渡りに船だと思って、先生は共闘の提案を申し出ることにした。これでホシノがいない分の穴埋めどころか、想定よりも戦力が多くなる。これなら風紀委員会相手でもなんとかなるだろう。少なくとも交渉のテーブルに着くことができそうだ。
問題は便利屋が信用できるかどうか。対策委員会と先生にとって何度も敵対している相手ではあるが、今の様子やアルの対応を見れば信じても良いと思うのだ。もう浮ついた様子はなく、地に足がついた感じがする。先生の勘ではあるが、さっきの言葉にも嘘はないはずだ。
「目的は同じってことね。私たちは良いわ。けれどそちらの対策委員はどうなのかしら、私たちと協力はできるの?」
「私は別に反対しない。そんな事より先輩の身が心配」
アルの懸念は杞憂だったようで、真っ先にシロコが賛成して、ノノミ、アヤネと続く。最後までセリカは唸っていたが渋々賛成した。
「それじゃあ、よろしくお願いするわ。先生」
「よろしく、便利屋68」
先生の言葉を受けて、アルは何か感極まったような表情をしていた。その表情のまま、満足そうに呟く。
「ああ……良いわね。今度は後悔しなくて済みそう。今の私は最高にアウトローをしているわ」
満足そうなアルに、先生は不思議に思う。まさか覆面水着団の言葉でここまでしてくれるのだろうか。そう聞くと、アルは首を振って否定した。
「自分が納得できるようにやれって言われたのよ。だから私はこうしているの」
たぶん、言ったのはカヤツリだろう。それなら今、風紀委員会に突撃しているのはカヤツリが納得したいからなのだろうか?
妙な違和感を感じる。らしくないような。激怒しているのは本当だろう。目的も納得できるが……妙だった。手段が直接的過ぎる。
シャーレの身分を渡したから、後日に自分を通してゲヘナに交渉してもいい。少なくとも先生はカヤツリが頼まなくても相談されればそうするつもりだったし、それくらいカヤツリなら思いつくはずだ。大将に状況を伝えるほど冷静なのに、行動は激怒した者のそれだった。
──坊主を止めてやってくれ。
大将の別れ際の言葉を思い出す。助けてではなく、止めてなのが妙に引っかかった。それにカヤツリを呼ぶ時は坊主と呼ぶのに、アイツなんて言うのは初めて聞いた。大将の様子も何かおかしかったような気もする。まるで誰かに口止めをされているような……。しかし、カヤツリがそんなことをするメリットはない。
この場にホシノがいれば教えてくれただろう。そのホシノは今この場に居ないし、連絡もつかない。昼寝にしてはおかしい。先生は、ホシノはちゃらんぽらんな態度をとってはいるが、後輩の事をしっかり見ていると思っている。カヤツリにも聞いたし、実際先生もそう思う。ここまで連絡がつかず、姿を見せないのは何かのトラブルに巻き込まれているとしか思えない。けれど所在が分からないホシノは後回しにするしかないのだ。
──二人とも無事でいてくれ。
嫌な感覚を覚えながら先生は先を急いだ。
□
通りを進んで便利屋と対策委員会は前線近くに辿り着く。そこは地獄の様相を呈していた。そこら中に風紀委員会の装備が転がっているのは変わらない。違うのは風紀委員も転がっているところだ。何人かはどこかを抑えて痛みに呻いていた。ここに来るまでにも、倒れた風紀委員は見てきたが扱いが手荒くなっている。なんだか焦げ臭い匂いもした。
「先生。ちょっと聞きたいんだけど。風紀委員会と、どう交渉するつもり?」
便利屋のカヨコが話しかけてくる。交渉も何も、先生の立場とシャーレの権限でのゴリ押しと、アビドス自治区の侵入、柴関爆破の責任の所在。それらの手札で戦うしかない。風紀委員会には悪いが、柴関への謝罪が終わるまでは一旦手を引いてもらう。
「私たちへの対応はそれでいいんだけど。そう上手くはいかないかもしれないよ。今回の風紀委員会の動きはどこかおかしいから」
歩を進めながらカヨコは風紀委員会について情報を話してくれた。風紀委員会がここまで遠出をするのは珍しいのだという。基本はゲヘナ自治区での治安維持で手一杯で、そこまでの余裕がないのだと。
「正直、私たちはそこまで目の敵にされる覚えがないんだ。温泉開発部や美食研究会よりかはね。ここまでの戦力を他の自治区に派遣するなんて、万魔殿が黙ってないと思うんだけど……」
万魔殿。ゲヘナの生徒会だ。風紀委員会の上部組織にあたる。まさかそこに無断で行動しているのだろうか。それは背信行為になる。
先生の疑念に、”さあ?”とカヨコは首を傾げる。
「風紀委員長のヒナはそこまで馬鹿じゃない。相応の理由があるか、誰かの独断かな。アビドスは辺境で、今となっては弱小だからね。そこで何が起こっても誰も気にしないんだよ」
「それは……」
それは、悲しい話だった。
だから、好き放題していいのだろうか。辺境だから、弱いから、何も持っていないから、誰も文句を言わないから。
それだから、カヤツリは怒ったのではないだろうか。むしろずっと怒っているのかもしれない。だから、あれほどまでに力や肩書を求めたのかもしれなかった。
「まあ、あの言い方は誰でも怒ると思うけど……ん? イオリ?」
「カヨコ?」
カヨコは倒れ伏している誰かを見つけて駆け寄った。銀髪ツインテールの少女だった。完全に気絶している。カヨコが揺すっても全く目を覚まさない。
「先生。この娘、背負える?」
「誰? この人。風紀委員なら、何でこの人だけ連れていくの?」
イオリと呼ばれた少女へ、シロコが嫌そうに目を向ける。敵対関係にある陣営の生徒だから、この反応は当たり前だった。
「イオリはね。風紀委員でも上澄みで、ヒナやチナツの同僚みたいなものだから。目を覚ませば取引に使えるんじゃないかと思って。それに話も分かる方だよ。頭に血が上ってるとダメダメだけどね」
「分かった。私が背負うよ」
見た感じ小柄だから、先生でも普通に背負える。実際背負ってみるが軽いものだった。少しいい匂いもする。カヨコは感心したように独りごちる。
「それにしてもやるもんだね。イオリを鎮圧するなんて。これはもしかしたら、全部終わっているかもしれないよ」
□
言霊というのは本当にあるらしい。
これが風紀委員会の本隊に着いた先生の感想だった。
ここに来るまでに一回も戦闘行為をしていない。通ってきた通りは気絶かうめき声をあげている風紀委員が倒れ伏していた。この場所に近づくにつれて、どんどん数が増えていくそれに、予想が現実に近づいていくのを感じたが、本当にこうなるとは思っていなかった。
「……ひどいね。これは」
カヨコがぼそりと言うが、それはおおむね、ここにいる全員の感想に等しい。
前方ではカヤツリが戦っている。様子を見る限り無事ではある。元気そうでもある。ここまでは良かった。問題は戦い方だ。
「早く撃て!」
「また仲間ごと撃てって言うんですか!」
カヤツリは風紀委員の首を締め上げながら盾にしている。盾にされた方は気絶しているのかぐったりしていた。残った数人が躊躇しているのを見るに、これを繰り返しているらしかった。そのままカヤツリは盾にしていた風紀委員をその数人に投げつけた。幾人かは躱しきれずに吹き飛ばされ、躱した数人はカヤツリの攻撃を受けている。
数人は銃で抵抗するが全部躱されて無駄に終わり、それぞれに警棒が振るわれる。各々は警棒が直撃。バチンと音がした後に、そのまま痙攣して倒れていく。よく見れば蒼い雷光のようなものが走っている。電磁バトンの機能でもついているのだろうか。道中の焦げ臭い匂いはこれだったらしい。カヤツリは最後に吹き飛ばされた数人の腹や頭に、容赦なく踏みつけや蹴りを叩き込んでいる。
これで相手方の戦闘員は全滅だった。後ろの方にまだ人員は残っているが、おそらく後方支援担当だろう。
いつものカヤツリの戦い方ではなかった。効率的ではあるのだろうが、非常に暴力的で残虐だった。最後などスタンバトンを使えばいいものを、乱暴に踏みつけや蹴りで処理している辺り様子がいつもと大分違う。
「カヤツリ先──」
『よくもここまでやってくれたものですね』
カヤツリに呼びかけようとしたシロコの声を遮って、前方に青いホログラムが出現した。そこにゲヘナの生徒だろう女生徒が現れる。
「ん。痴女」
「うわ」
「……なかなか個性的な服装ですね」
上からシロコ、セリカ、ノノミの感想だった。先生も正直どうかと思うし目のやり場に困る。何というか脇が開き過ぎだ。そこで呼吸でもしてるのだろうか。
ただその女生徒は気にしたそぶりもなく、自己紹介を始める。なんというか筋金入りだった。
『初めまして、アビドスの皆様。私はゲヘナ学園の行政官。天雨アコと申します』
『こちらこそ。初めまして、私はアビドス対策委員会の書記、奥空アヤネと申します』
普段はこういう対応はカヤツリがするはずだが、ホログラムとその奥を睨みつけていて、微動だにしない。こちらに背中を向けたままだ。アコという生徒は対策委員に向かって笑顔でこう問いかける。
『少し、お話と行きましょうか。私たちのこれからについて』
「ゲヘナの方は銃を突き付けて脅すことを”お話”というのですか。それは態度としてはどうかと思いますけどね~」
周りを見渡してノノミが嫌味をアコにぶつける。いつのまにか対策委員会と便利屋は、銃と盾を持った人員で構成された部隊に包囲されている。これなら、アコの余裕の笑みも頷ける。
『いえ、そちらの生徒さんが中々お話を聞いてくれなくてですね。これくらいの準備は必要でしょう。また、暴力に訴えられては敵いませんから。まさかアビドスに正面からゲヘナの風紀委員会に逆らう輩が居るとは思いませんでした。それとも、そんなに強気でいられるのは大人のおかげでしょうか? そこのところ。どうなんでしょう? ねぇ、シャーレの先生』
「私に用があるのかい? 今の私はアビドスに対しての支援中だからね。手短に頼むよ」
アコは先生に矛先を向けてきた。牽制として、アビドス寄りの立場であることを伝えるが、アコは微笑みを深めるばかりだ。
『ええ、先生にお願いしたいのは簡単なことです。そこの便利屋68を私たち風紀委員会に引き渡してほしい。ただそれだけです。ついでに、その気絶しているイオリを返してくれると嬉しいですね』
「申し訳ないけど、今それはできない。便利屋たちにはやってもらわないといけないことがある。それは彼女たちも望んでいることだし、犯罪ではないことは私が保証する。背中のイオリも条件を飲んでくれるなら返そう。今は引いてはくれないかい。できれば生徒を人質に取るなんてマネはしたくはないんだ」
『あくまで、引き渡す気はないと。そうですか……それなら、ヤルしかなさそうですね。イオリを奪還するという大義名分もある事ですし』
アコの言葉と共に、周りの部隊が包囲を狭めてくる。強まる圧に対策委員と便利屋は銃を構えた。
もう戦闘は避けられない。覚悟を決めて、先生はシッテムの箱を起動する。
戦闘指揮の画面を表示。装備の無い今のカヤツリは前衛しかできないだろう。そう思ってカヤツリを指揮下に入れようと画面を見た。
──
表示されたメッセージに先生の思考は固まった。
本来ならここには、指揮下の生徒の名前と姿が表示される。それは前回の便利屋襲撃時に、アヤネと同じくカヤツリを後衛に入れた時に確認している。
今のは違う。姿は黒いノイズが走ってよく分からないし、名前も文字化けが酷い。ただ編成枠に
じゃあ、あれは誰なのだろう。
困惑する先生の視線の先で、カヤツリは迫りくる風紀委員会の部隊に襲い掛かった。