ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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66話 言えない理由

 ゲヘナ風紀委員会とアビドス対策委員会、シャーレと便利屋68を巻き込んだ騒動の翌日。

 

 

「ぐぎぎぎ」

 

「ほれ、ほれ。報告書はまだ百枚以上あるよ。ちゃっちゃと終わらせな」

 

「なんで、委員長じゃなくて、この女なんですか……」

 

「ヒナだったら、アンタの御褒美にしかならないだろ? あの娘の心労を増やす気かい?」

 

 

 風紀委員会の本部で幽霊はアコを煽り散らかしていた。昨日の件の罰である。何事も起こらなかったからいいが、後に続くバカを出さないためには何事にも見せしめは必要だ。

 

 

 アコもアコで、それは分かっているのだろうが。幽霊に煽られているのが気に入らないのか、人を殺せそうな眼力で幽霊の事を睨みつけている。

 

 

「なんだ。応援が欲しいのかい。がんばれ♡ がんばれ♡」

 

「ヴォエッッッッ」

 

 

 幽霊の応援を受けて、アコが死にそうな顔になった。目から生気が抜けている。渾身の嫌がらせだ。そうでなくては困る。

 

 

「委員長の声真似をしないでください! 無駄にそっくりな声で、私の中の委員長を汚さないで下さいよ! 委員長は、そんな風に言わない!」

 

「じゃあ、さっさと文句言わずにやりな。もう一度やられたいのかい」

 

 

 これ見よがしに舌打ちをしながら、仕事に戻るアコの監視に戻る。この様子だと本当に反省しているのか疑問だった。ヒナから仕事を取り上げて今日を休みにして正解だ。その分を今、アコに押し付けている。そう思った幽霊の予想を裏切って、本部の扉が開いた。

 

 

「アコ、おはよう。それとマト先輩も」

 

「委員長! まさか私に会いにわざわざ?」

 

 

 ヒナが登校してきていた。それを見たアコの目に生気が戻る。マトはそれを見て舌打ちした。

 

 幽霊──マトの気遣いを無にする行為だ。ただ理由もなしに、そんな事をする娘ではないことをマトは良く知っていた。

 

 

「ヒナ。今日は休めって言ったはずだけどね。やれる仕事は全部アコがやってくれるから、来ても無駄だよ。アンタしかできない仕事は明日やりな。まさか、アコに会いに来たってわけでもないだろう?」

 

「うん。マト先輩が来るって言うから、聞きたいことがあって」

 

「……」

 

 

 今のやりとりで、自分に会いに来たわけではないことが分かったアコは塵になっている。いつもの事だ。どうせすぐに復活する。マトはアコを無視して話を進めることにした。

 

 

「何を聞きたいんだい。今のヒナの立場なら大概の事は分かるだろう?」

 

「どうして、私をアビドスの彼に紹介したの? 別にマト先輩のままでよかったと思う」

 

 

 そんなことが聞きたかったのかと、マトは拍子抜けする。てっきり、アビドスの事があったから列車関連のことを聞いてくるかと思っていた。

 

 

「そんなに大した理由じゃないよ。私が忙しいの知ってるだろう? あとはまあ、そうだね。愚痴を吐く相手位は居た方が良いと思ったんだよ。お互いにね」

 

 

 ヒナもそうだが、カヤツリも。二人とも抱え込みすぎる性質で、マトから見て潰れそうになっていたから。吐き出す相手を用意すればうまくいくかなと思ったのだ。お互いの背景を知っているとうまく話せないだろうから、情報はかなり伏せたが。

 

 おかげで二人の調子は良さそうだとマトは思っていた。だからそのことに、それ以上の意図は無い。ただその答えにヒナは驚いたようだった。

 

 

「てっきり、何か裏でもあるのかと思った。あんなに世話を焼くのはマト先輩にしては珍しいから」

 

「何でそんなことしなくちゃあならないんだい。私は嫌だよ。あの小鳥遊ホシノに襲われるのは。命がいくつあっても足りないよ」

 

 

 怖い怖いと身を震わせる演技をするマトを見て、塵から戻ったアコが珍しい物を見た様な顔をする。

 

 マトは分かっていなさそうなアコに教えてやることにした。昨日の話が纏まらなかったら、それを直に目にすることになっただろうから。

 

 

「……あれは戦いに関しては天才だよ。本物のエリートってやつさ。二年前は、ゲヘナに対する潜在的な脅威として情報部にリストアップされていた。そのヤバさが分かるだろ」

 

「私が来なかったら、風紀委員の大半が戦闘不能になったはず。アコ、あの時の判断がいかに危うかったか分かるでしょう?」

 

「あれが? 何というか、殺気立ってはいましたけど、何もできていなかったじゃないですか。むしろ、男の方がやりにくかったんですけど」

 

 

 マトは苦笑した。あとでヒナからどうだったか聞いたが、カヤツリも苦労しているようだ。ただそれで、小鳥遊ホシノを過小評価するのは違う。そういう所が今回の事態を引き起こしたのだから。

 

 

「風紀委員の士気を折られるのは指揮官としちゃあ、やりにくいだろうがね。アコ、覚えときな。本物はそんなものは必要ないんだよ。わざわざ士気なんて折らなくても、普通に全滅させてくるからね」

 

 

 リストアップされるような奴等はそういう連中だ。単騎で全てをひっくり返す。

 

 全く嫌になるねと、アコの仕事を見れば、あまり進んでいないようだった。罰とは言え、流石に今の今までぶっ通しで仕事をさせるのはアコも限界らしい。

 

 

「……アコ。ちょっと休みな。一時間くらいやるから。このままじゃ効率が悪い」

 

「まだやれますが!?」

 

「それで、今日中に終わらなかったら、ヒナに手伝わせる気かい? 休んで効率を上げて、明日のヒナの負担を減らすのが最上ってもんじゃないかい」

 

 

 ぐぬぬと、アコは納得していないようだったが、ヒナをちらりと見てから退室していった。それを見送って、マトはヒナに向き直る。

 

 

「で、まだ何か聞きたいんだろう? 電話じゃなくて、対面で聞きたいようなことが」

 

 

 ちょっとした用事なら、電話一本で済む。ヒナもバカではない。この休日がマトの気遣いであることを分かっているはずだ。それなのに、わざわざ制服を着て、アコが限界に近づくであろう時間を見計らってやってきている。この防音、防諜が万全の風紀委員会本部に。

 

 つまりは、”そういった”話なのだ。

 

 それにヒナは頷いて、マトに問いかけた。

 

 

「カヤツリの小鳥遊ホシノへの情報封鎖の理由」

 

「昨日、自分で言ったんじゃないかい? 小鳥遊ホシノを守るためだと。それが理由だよ」

 

 

 やっぱりかと、マトは思った。これは、たぶん囮の質問だ。どちらかと言えば、ヒナが聞きたいのはカヤツリではなく小鳥遊ホシノの方だろう。

 

 いい加減に、それに引っ張られるのはどうかとマトは思う。小鳥遊ホシノは小鳥遊ホシノでしかないし、空崎ヒナは空崎ヒナでしかない。自分は自分にしかなれないのだ。

 

 ヒナは、ある種、小鳥遊ホシノに憧れている所がある。自分と同じ年、同じような強さ、自分と同じような重責。確かに共通点は多い。一方的に親近感を覚えるのは仕方がない。

 

 ヒナはこう思っているのだ。

 

 

 ──あの事件があったのに、とてもつらいはずなのに、一人で弱音も吐かずに頑張っているのはすごい。私は、ああいう風になりたい。

 

 

 倒れる寸前まで仕事をしていたヒナから、理由を聞いてその答えが返ってきた時。あまりの馬鹿馬鹿しさに大笑いしたのを覚えている。

 

 数値化できないものを比較する程、馬鹿馬鹿しいことはない。そんなものは人それぞれだからだ。目標を持つのは良いことだが、それそのものにはなれない。

 

 風紀委員長になっても止まらなかった。他の風紀委員がいれば違うかと思ったが、身内だからこそという思考が働いたのか逆効果だった。

 

 だから、カヤツリに会わせたのだ。何の関係もない、カヤツリに。

 

 その目論見は上手くいっていると思ったが、昨日の小鳥遊ホシノとの邂逅で何か思う所があったらしい。

 

 カヤツリを出汁にして、自分から情報を引っこ抜こうという訳だ。

 

 マトの情報とカヤツリからの情報による憶測塗れになるだろうが、ここらでヒナの意識改革をするのもいい機会だとマトは思った。

 

 まずは全ての始まりからだ。

 

 

「カヤツリとの取引内容は言ったね」

 

「アビドス内のどこかにある、列車砲シェマタ。それの確認と破壊」

 

 

 そう。補足すると見返りとして、アビドスに相応の金を渡すことになっている。あれ単体でとてつもない価値があるから、兆はくだらないだろう。渡し方は考える必要があるが万魔殿にも文句は言わせない。マトにはそれくらいの力はあった。

 

 

「そうだね。いまだに場所が分からず、鉄道の権利も一部しか確保できていない。それがあるかもしれない土地はカイザー所有。とどめにシェマタは特大の厄ネタだよ。今のアビドスのキャパシティを超えている。それが理由じゃダメかい」

 

「小鳥遊ホシノなら何か知っているかもしれない。アビドスの生徒会長──梔子ユメと一番長くいたのは彼女。カヤツリの知らないことを知っていてもおかしくはない。場所だけでも分かれば、取れる手が増える。彼女は強い。自分の身は自分で守れるはず。それに──」

 

「カヤツリと仲がいいから? それ以上の関係かもしれないから? だから、小鳥遊ホシノはアビドスに残っていると?」

 

 

 ヒナの発言を先回りして、マトはヒナの推測を口にした。ヒナはそう思っているようだが、マトは違うと思っている。

 

 

「ヒナが聞きたいのは、それじゃなくて、何で小鳥遊ホシノがアビドスに残っているかだろう?」

 

 

 真剣な顔でヒナは頷く。マトはため息をついて、言い聞かせるように言った。

 

 

「ヒナ。小鳥遊ホシノはそんなに強くはないよ。どっちが上だとか、そういう話じゃない。でもアンタが思っているよりかは強くない。彼女は残るしか選択肢がなかったんだよ」

 

 

 あれは怖がっているだけだ。自責の念に押しつぶされて、動くことが出来ない。前にも後ろにも動けなくて、今と過去しか見ていない。

 

 逆だ。本当に強いなら、非認可の対策委員会などではなく、アビドス生徒会の名義で活動しているだろう。

 

 生徒会なら、生徒会長の席を空けたままにはできない。そうする理由がないからだ。連邦生徒会もそうするように言うだろう。

 

 そうしたらどうなるか。

 

 梔子ユメの存在した、小鳥遊ホシノの中にある過去の生徒会が消える。きっと彼女はそれに耐えられない。カヤツリもそれを分かっているから何も言わないのだ。

 

 

「どうして小鳥遊ホシノが何も伝えられていないのか。その切り口で聞いてきたのは、二人の関係が分からなくなったからだね」

 

「そう。あの時はああ言ったけれど。二人で協力しない理由が分からない。カヤツリは、あんなに小鳥遊ホシノを大切にしているのに。彼女はそんなに弱くはない。彼もそれを知っているはず。もっと頼ればいい」

 

「それは、カヤツリにとって酷だね。ヒナ。そんな健全な関係じゃないよ。私が思うにね」

 

 

 不思議そうな顔をするヒナに、マトは笑みをこぼす。

 

 そこで、ある程度は周りに頼れるようになったのが、ヒナの良いところだとマトは勝手に思っている。そうでないような人間の為にはアコも昨日のようなことをしない。ただそれをヒナに言ってもあまり理解はしにくいだろう。自分の事は良く分からないものだ。

 

 ただ、これをカヤツリと小鳥遊ホシノの話にどう絡めるか。マトは頭を捻る。

 

 

「そもそも、カヤツリは何で話さないと思う? 小鳥遊ホシノが弱いからだよ」

 

「弱い?」

 

「脆いと言ってもいいかもね」

 

 

 ヒナは不思議そうな顔をする。さっき強いという話をしたばかりだからだろうなとマトは思う。

 

 

「確かに戦闘は強いんだろうね。でも搦手はどうだろう。それで、今アビドスはこうなっているんじゃないのかい。そもそも金を稼ぐなら、あの強さだしカヤツリもいるんだ。やり方は幾らでもあるんだよ。なのにやることは、指名手配犯の捕縛やらパトロールやら、金を稼ぎたいのか、治安を守りたいのか目的が見えてこないね。ああいうのは、目的をしっかり決めないといけないのはヒナも知っているだろう?」

 

「そう。目的を決めておかないとブレる。脱線しても気がつかない。引き際も分からない」

 

「アビドスの借金なんて、権力の助けもなしに返せるわけがない。そもそも自分の借金ですらない。やり方に拘っている余裕なんてない。普通はある程度は連邦生徒会あたりが立て替えるんだけどね。まあカイザー以外のどこかから、今ならシャーレとかから援助を受けて、自治区をある程度維持したまま、少しずつ返していく。そういうのが一番現実的だね。でもなんでそうしないんだろうか。まるで、誰かに言われたことをそのまま、やろうとしているみたいじゃないかい?」

 

 

 今の小鳥遊ホシノの心を支えているモノ。

 

 それは、たぶん梔子ユメの言葉か何かだろうとマトは考えていた。

 

 内容は想像するしかないが、遺言のようになったそれを、小鳥遊ホシノが重要視しているのは間違いないだろう。それに縋って彼女は今も生きている。

 

 それを取り上げたら、彼女は折れるだろう。まるで呪いだった。

 

 それを弱いと言わずして何というのか。言われたことをただやるだけなら簡単だ。それだけ考えていればいい。何も考えなくていい分楽なのだ。外からは強く見えるだろうが、その実逃避しているだけだ。

 

 

「そりゃあ、カヤツリも言えないだろうさ。何がきっかけで折れるか、暴走するか分からないんだからね。リスクが大きすぎる」

 

「マト先輩の言う事は分かった。でも、小鳥遊ホシノは言ってほしそうだったけれど。それなら、聞かないように踏み込まないはず」

 

「ああ。それは簡単だね。ただ不安なんだよ。小鳥遊ホシノはどこにも行けないが、兎馬カヤツリはどこにも行けるからね。少なくとも彼女からは、そう見えているんだろうさ。流石に二人目は耐えられないんじゃないかね」

 

「カヤツリが小鳥遊ホシノを置いて行くなんて思えないけど……」

 

 

 また、不思議そうな顔をして頭を捻るヒナにマトはたとえ話をする。

 

 

「ヒナにカヤツリみたいなやつがいたらと考えたら簡単じゃないかい」

 

「……すごい助かるけど? 毎日ゆっくり寝れそう。あとは……アコが騒ぎそう」

 

「他には?」

 

 

 しばらく考えるヒナの様子を見るが出てこなさそうな気配がする。しびれを切らしたマトは答えを言う事にした。

 

 

「自分の事を無条件で助けてくれる人間なんて、家族以外にいないだろう? でも二人はそうじゃない。それなら理由がどこかにあるはずで、小鳥遊ホシノはその理由が分からないのさ。いや、分かっていても信じられないのかもしれないね」

 

「……好きだから。そうじゃないの?」

 

 

 顔を真っ赤にして言うヒナを見て、マトは彼女を抱きしめたくなった。とてもかわいいからだ。アコ辺りが見たら鼻から赤い”忠誠心”が噴き出るだろう。

 

 

「カヤツリの考えていることは分からないけどね。たぶん自分からは手を出さない。距離が近すぎる。私でもそうするね」

 

 

 梔子ユメの言葉と三人での過去に縋っている小鳥遊ホシノに、カヤツリとの色恋なんてものを与えたらどうなるか。甘いそれに必死でしがみつくだろう。それも良いかもしれないが、”依存”の二文字がちらつく。それは最終手段だろう。少なくとも、状況が落ち着くまでは取りたくない手段だ。

 

 

「でも、カヤツリの行動から分からないモノ? 私でも分かるのに」

 

「それは、ヒナには自信があるからさ。目的があって、そのために必要なことをやっているという自信。行ったことに対しての結果も帰ってきているだろう? それが良いか悪いかは別にしてね」

 

 

 逆に小鳥遊ホシノにはそれがない。

 

 そこが、カヤツリの失策と言えば失策だ。中途半端は許さないのはカヤツリらしいが、今回に限っては悪い。女心を分かっていない。それを男のカヤツリに要求するのは酷だけれど。まあ、小鳥遊ホシノが少しでも、先を見て、自分を信じればいいだけの話なのだが。カヤツリは良く面倒を見ていると思う。

 

 

「梔子ユメの言葉に従って、一生懸命に働くけれど結果は出ずに状況は悪化するばかり。カヤツリは何も教えてくれないどころか関わらせてもくれない。そのくせ自分にはとてもやさしい。かと思えば、”そういうこと”の要求はない。求められず、結果も出ないのなら自信なんてつくはずもなかろうさ」

 

 

 小鳥遊ホシノには自信がない。自分の価値を自分で認められない。

 

 おそらく、自分が今アビドスの為に何かできている。そういう実感が薄い。おそらく治安維持が多かった時期はそうでもないのだろうが、搦手が増えた最近は特にそうだと考えられる。それに先生も赴任したと聞く。話を聞くにそこそこやるようだから、そのせいもあるだろう。

 

 

「だから、不安なのさ。自分ではカヤツリを引き留められる価値があるかどうか分からない。何も返ってこないんだから。あと、梔子ユメの件で自分自身を認められないんだろうね。だから言ってほしいし、縋りつくんだろうさ。自分がここにいていいのか、役に立てているのか、求められているのか。そういう実感がほしいのさ」

 

 

 ──それを与えていたのが、梔子ユメだったんだろうさ。カヤツリは後輩や先生に期待しているようだけど、どうだろうね。

 

 

 そう思って、マトは話を締めにかかった。そろそろ、アコが戻ってくるからだ。

 

 

「でもヒナはそうじゃないだろう。今までべらべら話したけどね。ヒナと小鳥遊ホシノは状況も何もかもが違うだろう? 少なくともヒナは必要とされているし、ヒナもそう思っているだろう? だから一々気にするのは止めな。馬鹿馬鹿しいからね」

 

「……分かった。マト先輩」

 

 

 今ので納得したのか、ヒナは満足そうだった。それと同時に廊下の奥の方から足音がする。十中八九アコだろう。また見張りに戻らねばならないし、ヒナもこの様子だとここに留まりそうだった。その証拠に自分の席に向かっている。

 

 

「ああ、そうだ。マト先輩。最後に」

 

「……なんだい? もう話は終わりだよ。アコが来るからね」

 

「解決策は?」

 

 

 マトは大きい溜息をついた。まさかカヤツリに対して首を突っ込む気なのだろうか。でもできることは何もない。マトにもヒナにも、きっと先生にも。

 

 

「時間しかないよ」

 

「分かった。マト先輩が言うなら、そうなんだろうね」

 

 

 今度こそ話は終わったようで、ヒナは自分の机で何かしている。相変わらずの仕事人間だった。

 

 

 ──まあ、一つあるんだがね。

 

 

 内心でマトは呟く。到底実現できないから黙っていたのだ。

 

 簡単だ。カヤツリに本音を吐き出させればいい。行動は簡単だが受け取り手が問題だった。小鳥遊ホシノ自身が、言葉で言われたそれを真実だと信じなければならない。

 

 それは難しい。それで解決するなら、ここまで拗れていない。言葉で納得できなさそうだから、カヤツリは言わない様にしているのだろうから。

 

 それに、そうなった場合は梔子ユメの失踪時、カヤツリが何をしていたか。そこまで話が行くかもしれない。それは、カヤツリは絶対言わないだろう。

 

 シェマタは関係ない。マトは梔子ユメの失踪原因を探るために、アビドスまで来て聞き込みをしたから知っている。

 

 

 ──ああ、あの日か。学校の方から怒鳴り声が聞こえたよ。喧嘩でもしてたんじゃないか。

 

 

 その類の証言が複数。

 

 あの日いたのは梔子ユメと小鳥遊ホシノの二人だけ。状況証拠だけ見れば喧嘩したのは二人だろう。

 

 梔子ユメは予定より早く契約に出発し、帰り道に砂嵐に巻き込まれ遭難。そして衰弱死した。

 

 あの砂嵐は断続的に発生していたから、予定通りに出発していてもダメだったかもしれないが可能性は可能性だ。

 

 

 ──もし喧嘩しなかったら、梔子ユメは生きていたかもしれない。

 

 

 そんなことはうすうす小鳥遊ホシノも分かっているだろうが、それに、”予定よりも早く出発した”という情報を聞けばどうなるだろうか。

 

 

 ──まさに自分が殺したように見えるだろうね。

 

 

 実際は、コンパスや水筒などの生命線を忘れた梔子ユメが一番悪いのだが。

 

 そんなことを知れば、小鳥遊ホシノは今度こそ耐えられない。

 

 けれど、いつかは向き合わなければならない事だ。シェマタの問題に向き合う、向き合わないに関わらず。過去は変えられない。過去から未来に向けて時間が流れる以上、避けては通れない。

 

 たぶん、ずっと待っているのだ。カヤツリは小鳥遊ホシノが立ち直る日をずっと。

 

 関わらせないのはカヤツリの目から見て、まだそこまで戻っていないのだろう。

 

 だから無理な話なのだ。

 

 そのことに触れずに、ダイレクトに兎馬カヤツリが小鳥遊ホシノを大事に思っていることを伝えなければならない。それこそ精神に潜るとかぐらいさせなければ無理だろう。

 

 それに、ヒナですらカヤツリの事を大丈夫だと思っているようだが、本当にそうなのだろうか。最近は対面での連絡はヒナに任せきりだから、マトは分からない。梔子ユメを失ったのは小鳥遊ホシノだけではなく、カヤツリもそうだ。小鳥遊ホシノよりダメージが少ないはずもないのだが……。

 

 

 

「……嫌な予感がするねぇ」

 

 

 そう呟いて、マトは本部の扉が開いてアコが帰ってくるのを見ていた。

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