ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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カイザー理事周りの独自設定あり。


68話 掘り出された過去

 アビドス砂漠までへの道を車が走っていた。後方支援のアヤネを除いた全員が乗っている。運転はカヤツリで助手席はノノミ、後ろは先生、セリカ、シロコ。ホシノは人数の関係上、ノノミの膝の上に座らされていた。

 

 扱いがまるで赤ん坊のようなそれに、ホシノは不服そうだったが、乗車人数の関係と体格の関係上そうするしかなかったのだ。

 

 

「やっぱり罠なんじゃないの」

 

 

 先生の隣でセリカがそう呟く。理由は単純だ。カイザーとの会談場所は問題のアビドス砂漠のPMC基地だからだ。敵の部隊がある中に丸腰で飛び込むのだから、セリカの心配も当然だった。

 

 けれど、その心配はない。先生も多少の手は打ってある。

 

 

「大丈夫だよ。今回はシャーレの捜査で行くんだから、カイザーも無体な対応はできないよ」

 

 

 今回のカイザーとの会談は対策委員会主体ではない。シャーレ主体だ。連邦生徒会にも、今回の件──PMC基地への視察の連絡をした。

 

 だから、この会談は対策委員とカイザーの会談ではなく、シャーレとカイザーの会談になる。

 

 悲しい話だが権力の大きさは、アビドス対策委員会とシャーレではシャーレの方に軍配が上がる。シャーレとカイザーでは正直厳しいけれど。

 

 ただ今回の場合は、正面から喧嘩をするわけではない。行って話をするだけだ。

 

 

 ──アビドス砂漠で、こんな兵力を集めて何をやっているのか。

 

 

 そう聞くだけだ。何も知らない体で行く。

 

 ブラックマーケットを経由して金をヘルメット団に流していたことや、アビドスの土地を悪辣な手段でかすめ取ろうとしていること。どれも法に触れるスレスレの所業ではあるが、ブラックマーケットの件は集金書類が強奪した物である以上、証拠には使えない。土地の件は、さっきカヤツリが言ったとおりに合法だ。だから、追及したところで無駄である。

 

 今回の会談の目的は、カイザーが土地を手に入れようとしている理由を知ることだ。だから直接聞いてやるのだ。対策委員会が聞いたところで煙に巻かれるだけだが、先生相手にはそうもいかない。シャーレが捜査機関である以上、カイザーはアビドスのような対応をシャーレには取れない。

 

 素直に言うならそれでいい。目的を誤魔化そうとして、ぼろを出すなら万々歳だ。そこから追及して悪事を暴けるだろう。

 

 対策委員会がいることに文句を言うかもしれないが護衛で押し通す。向こうはアビドスに聞かせたくないかもしれないが、彼女たちはたまたま護衛としてそこにいて、たまたま会談内容を聞いていただけだ。なにも悪いことはしていない。やられたことをやり返すくらいは良いだろう。

 

 

「……うん。うまくいきそう。でもカイザーは何を考えて……」

 

「どうせ禄でもない事だよ。シロコちゃん。考えるだけ時間の無駄だと思うな~」

 

 

 先生の考えを聞いたシロコが感心した後に思考を飛ばすが、ホシノがそれを諫めた。ホシノの言う通りだろう。こちらにとっていい話が出てくるとは先生には思えなかった。

 

 急に車が止まった。何事かと外を見れば、目的地に着いたわけでは無いようだった。周りを見れば困惑しているのは先生だけで、対策委員たちは車を降り始めている。

 

 カヤツリが下りようとしない先生に気がついた。そのまま砂漠の砂原を指さす。目を凝らしてよく見れば、砂の下にうっすらと線路のようなものが見えた。

 

 

「ここからは歩きです。この道だと廃線や部品や廃車が多くて、車じゃ中まで行けませんから。もう少しでアビドス砂漠。目的地までそんなに歩きません」

 

「慣れてるねぇ」

 

「……昔よく来たので」

 

 

 カヤツリの言う通りに少し歩くと一気に視界が開けた。さっきまでは周りは砂に埋もれた廃墟や電車の車両が転がっていた。けれど今は周りには何もない。遠くに岩山がぽつぽつと見えるくらいで見渡す限りの砂原だ。中々こんな光景は見られない。先生が前いた場所では観光の目玉になりそうなくらいの光景だった。カイザーとの会談でなければ、もっと感動できたのだが。それだけが残念だった。

 

 

「ここが、アビドス砂漠?」

 

「そうだよ。先生。ここに来るのは久しぶりだね」

 

「ホシノ先輩は良く来てたの?」

 

 

 ホシノの一言をシロコが拾い上げる。確かに対策委員会はアビドス校舎近くでの活動が主だった。久しぶりと言っていたから、昔の話なのだろうか。

 

 ホシノは歩きながらシロコの疑問に答える。

 

 

「生徒会の仕事で何度か来たんだよ。アビドスがまだ大きかった頃は大きなオアシスがあったんだって。大きいって言っても、そんじょそこらの湖より大きくて、まるで海みたいだったとか。……ま、もう干上がって、ごらんの有様だけどね。向こうのがそうだよ」

 

 

 ホシノは、何か懐かしそうな顔でその方角を見ていた。そして、ぼそりとホシノも意図しなかったであろう言葉が零れた。

 

 

「……カヤツリと初めて会ったのも、あそこだったっけ……」

 

「え? そんなところで?」

 

 

 ホシノの言葉は意図せず零れたせいか、それなりの声量だった。だからこの場の全員に聞こえている。セリカが不思議そうに聞き返したことでホシノは自分が何を喋ったか自覚したようだった。

 

 

「あ……。あー。そうだったかな。おじさんも年だから。記憶が曖昧なんだよね」

 

 

 ホシノは慌てた様にそう言うが、それが誤魔化しであることはバレバレだった。ノノミとシロコは興味津々な顔をしているし、アヤネも同じ気持ちらしく、息をのむ音が聞こえた。カヤツリはため息をついている。

 

 

「ん! 聞きたい。何だかんだ言ってホシノ先輩は何時もはぐらかす。これは聞かせてもらう」

 

「私も聞きたいな。別に変なことは無かったんでしょ」

 

 

 答えをねだるシロコに便乗して、先生も答えを催促する。ホシノは困ったような顔で、カヤツリの方を見るが。カヤツリは無言で首を横に振っている。ホシノは観念したように口を開いた。

 

 

「あー。そうだね。なんて言えばいいのかな。まともな出会い方じゃなかったというか……」

 

 

 もごもご言うホシノにしびれを切らしたのか、カヤツリが口を開いた。

 

 

「”ぼったくりじゃないですか!”」

 

 

 それを聞いてホシノがピタリと固まった。続けてカヤツリが口を開く。

 

 

「”退学か停学か知りませんが、金銭に困って恐喝ですか。とんだ悪党ですね”」

 

 

 それを聞いて耐えきれなくなったかのようにホシノがカヤツリに向かって叫ぶ。

 

 

「嘘でしょ!? カヤツリまだ覚えてるの!? 順番まで一緒じゃん! ああ、もう! だから言いたくなかったのに!」

 

 

 頭を抱えて顔を真っ赤にしたまま、ホシノがカヤツリに向かって飛びついて両拳でポカポカ殴りつけていた。その拳は全部カヤツリに片手で逸らされて届いていない。

 

 セリカとアヤネは目を丸くして、それを見ている。ノノミとシロコと先生は屋上の件もあって、衝撃はさほどでもなかった。

 

 少し笑いながら、カヤツリは言う。

 

 

「言いたくないのは分かるけど、言わなきゃ始まらないだろ。それに覚えてるに決まってるじゃないか。その次の台詞も言ってやろうか。”ずっと前から──」

 

「分かった! 分かったよ。もう、自分で言うから。カヤツリに喋らせるよりはいいよ。おじさんのイメージが最悪だよ」

 

「……今の台詞はなんなの?」

 

 

 ぷりぷり怒るホシノを宥めるカヤツリにシロコが尋ねると、カヤツリは少し笑って答えた。

 

 

「ホシノに会った時に吐かれた台詞」

 

「えぇ……」

 

 

 思わず、先生はドン引きしたような言葉を出す。幾らなんでも初対面で言う台詞ではない。完全に喧嘩を売っている。また口を開こうとしたカヤツリを止めるために、落ち着いたであろうホシノが事のあらましを話し出した。

 

 

「おじさんとカヤツリはここで初めて会ったんだよ。カヤツリは汚い格好でね。変態か不審者だと思って、そんな台詞を吐いたんだ」

 

「ハァ!? そんな理由であんなこと言ったのか!? ホシノの方がイかれた格好だっただろうが!」

 

「吹っ掛けたカヤツリがいけないんだよ。それにあの日の私は機嫌が悪かったの! 想像できる!? 砂漠に行くよ! ホシノちゃん! なんて言われて、そこで穴を掘らされて! 挙句の果てに水筒を忘れたとか言われたんだよ! 結局何にも出なかったし! あの後水筒を返すために、校舎からアビドス砂漠まで引き返したんだよ! そしたらカヤツリはもういなくなって──」

 

「だからと言って──」

 

 

 お互いに譲れないところがあるのか、カヤツリとホシノはぎゃあぎゃあと言い争いをしている。

 

 

「……よくわからないけど。その後、どうなったの?」

 

「俺が転入しただけだよ」

 

 

 呆れたようなシロコの質問に、カヤツリは疲れたような顔で答えた。

 

 その答えにシロコは不満そうだ。けれど、カヤツリは話す気はなさそうだった。

 

 

「まぁ色々あって、今に至るわけだね。いや~。おじさん忘れっぽくて、ごめんね。あんまり思い出せないや」

 

 

 ホシノもこれ幸いとばかりに話を終わらせてしまった。見え見えの嘘だが続きはまたにするしかなさそうだった。

 

 話のおかげか、目的地である基地が見えてきた。もう少しだ。先生は歩きながら、さっきの話を考えていた。

 

 二人は触りしか話さなかった。

 

 話だけから考察すれば、水筒がないホシノをカヤツリがぼったくったように聞こえる。今のカヤツリでは考えられない暴挙だ。それも気になるが、一番はそれではない。

 

 

 ──砂漠に行くよ! ホシノちゃん! なんて言われて。

 

 

 ホシノを砂漠に連れ出した誰かがいる。多分、それが二人がいう先輩なのだろう。前アビドス生徒会長。色々あったと言うが、あの喧嘩腰の会話だったホシノとカヤツリが今の関係になるのは、きっと彼女の介入があったのではないだろうか。

 

 その彼女に話が聞ければ、ホシノとカヤツリの問題も何とかなるかもしれない。今アビドスにいないのも、卒業したからに違いない。後で少し調べてみようと、先生は決めた。

 

 ちらっとホシノとカヤツリを見る。さっきのじゃれ合いのおかげだろう。沈みがちだったホシノの表情は明るかった。逆にカヤツリは顔を顰めている。先生には何となくカヤツリのやろうとしている事が読めてきた。

 

 カヤツリは距離を取り直そうとしているのかもしれない。

 

 正直言って、今朝のホシノの様子は昨日とは違う。昨日は怒りが混じっていた。けれど今朝は、どこか縋りつくような必死さを感じる。

 

 それでカヤツリは距離を置いたのだ。事態が落ち着くまで。少なくとも、このカイザーの件が終わるまで。落ち着いてから話すのかもしれなかった。

 

 だから今も顔を顰めているし。今朝も寂しそうな顔だったのだ。さっきは距離を取るのに失敗しているし、距離を取るのもカヤツリにとっては寂しいのだ。

 

 二人の為にやる事が決まった。けれど全てはカイザーの件が終わってからだ。そのためにはこの会談は失敗できない。これは先生の仕事だった。だから先生は腹を決めた。

 

 

 □

 

 

 会談場所である基地に着いた。

 

 入り口から見た中は戦車や、二足歩行の巨大なロボットが配置されていた。先生の少年の心が騒いでいるが、今は無視するしかない。

 

 正面には、護衛だろうか。数体の銃持ちロボットに囲まれて、上等そうなスーツに身を包んだ大柄なロボットが立っていた。

 

 そのロボットは先生とアビドス対策委員会に気がついたのか、こちらに近づいてくる。

 

 

「君がシャーレの先生か」

 

 

 低い淡々とした声だ。先生が肯定すると、そのロボットは自己紹介を始めた。

 

 

「私はこのカイザーPMCの理事を務めている。正確には、カイザーコーポレーション、カイザーローン、カイザーコンストラクションの理事も兼任している。肩書きが多いのでね。私の事は理事とでも呼んでくれ」

 

 

 大柄なロボット理事は自らの肩書きを誇らしげに語る。先生は、その全てに心当たりがあった。

 

 カイザーローン──アビドスから利息を取り立て、それをヘルメット団に流していた。

 

 カイザーコンストラクション──アビドスから買われた土地を所有している事になっている名義だ。

 

 カイザーPMC──アビドスから奪った土地にこんな基地を建てて兵力を集めている。

 

 カイザーコーポレーション──上記三つの元締め。

 

 目の前のロボットは、それら四つの会社の理事なのだと言う。

 

 先生は確信した。

 

 

 ──このロボットだ。

 

 

 黒幕はこのロボットだ。

 

 今までに明らかになったことは、カイザーの複数の企業に跨って行われたことだ。関連する全ての企業の理事である目の前のロボットなら可能だ。むしろ理事しかできない。

 

 確信が持てたことで、先生に緊張が走る。ここからは戦いだ。

 

 理事はそんな先生を気にしたそぶりも無く話し始めた。

 

 

「今回の会談だが。部下からは捜査だと聞いている。優良企業たるカイザーコーポレーションだ。できる限りは協力させて貰おう。それで、私に何を聞きたい?シャーレの先生」

 

「この砂漠で何をやっているんだい? こんなに大量の兵器と兵士が必要だとは思えないけれど」

 

 

 ”ふむ”と理事は顎であろうパーツを指で撫でつつ答える。

 

 

「ここは我がカイザーコンストラクションが正式に所有し、カイザーPMCに貸し付けている私有地だ。その中で何をやろうと自由ではないか? それともシャーレにはそこまでの権限があるのかね?」

 

 

 もちろん、そんなものはない。ただ物は言いようだ。

 

 

「近くには私の生徒が通う学校があってね。最近まで武装勢力に攻撃されて、漸く一息ついたところなんだ。近くにこんな物があるんじゃ安心できない。このままじゃ、嫌な想像をしなくちゃいけないだろう? もしかしたら攻めてくるんじゃないかってね。万一にもそんなことはないだろうけど。そうなら、こっちも本腰を入れなきゃいけない。説明してくれるならそんなことはしなくて済むんだけどね」

 

 言外に分かっている事を匂わせながら、説明を要求する。拒否したら、踏み切るぞと言う脅しも乗せて。

 

 理事はそんな先生の脅しを鼻で笑う。

 

 

「安い脅しだな。先生。私の目的か。まあ大したことではないし、後ろ暗いこともない。答えてもいいだろう」

 

 

 理事は先生と対策委員会に向けて短く呟いた。

 

 

「宝探しだ。我々はここで宝探しをしているのだよ。アビドス砂漠のどこかに埋められているという宝物をな」

 

 

 一瞬、理事が何を言っているのか分からなかった。宝探し? そんな子供の遊びのようなことを? こんな回りくどい手段を使って?

 

 何も知らない先生をあざ笑うかのように理事は続けて話す。

 

 

「この兵力もそうだ。大事な仕事である宝探しを妨害されてはたまらないのでね。自衛の為という訳だ。理解していただけたかな。先生」

 

 

 あまりにも予想だにしない答えに先生は黙り込むしかなかった。

 

 一応、理解はできる。カイザーが宝物を掘り出しても、その所有権は土地の所有者だ。だからまず土地を奪うというのは理解はできる。おそらく手当たり次第なのも場所が特定できないから、土地を全部奪い取ってから調べるつもりなのだ。ただそこまで、カイザーがするほどの物とは何なのだろう。

 

 カヤツリが言っていた列車かとも思ったが、カヤツリは埋まっているとは言わなかった。まるでどこかに隠してあるような口ぶりだった。おそらく違うモノなのだろう。カヤツリの様子を見るが、特に気にした様子もない。

 

 黙り込む先生に満足したのか、辺りを見渡した理事はようやく対策委員会に気がついたようだった。そして嘲りを込めた声を投げつける。

 

 

「おや、アビドスの生徒たちではないか。こんなところで慎ましくアルバイトかね。存分に働いてくれ。来月分の支払いもよろしく頼む。この状況を知っている先生なら報酬に多少の色を付けてくれるだろう。精々、頑張ると良い」

 

 

 そんな言葉を投げかけられてもホシノとカヤツリは涼しい顔で受け流し、今にも怒りで爆発しそうなセリカをノノミとシロコが止めている。アヤネは無線の向こうで悔しそうに唇を噛むだけだ。そんな反応に理事は面白そうに告げる。

 

 

「ああ。ついでに通達しておこう。つい先日、君たちの払った今月分の利子が納められた銀行が強盗に襲われてね」

 

 

 どこかで聞いた話だった。先生の中で嫌な予感が膨れ上がる。理事は相変わらずの声色で、面白そうに、ネズミを甚振るネコのように言い放つ。

 

 

「生憎うちは全て紙で処理していてね。強盗騒ぎのどさくさで、集金記録が見つからないのだ。いつもしっかり払ってくれる君たちの事だ。信用したいのは山々だが、こちらも商売でね。君たちだけを贔屓しては示しがつかない。申し訳ないが、来月分は今月分と合わせて二倍払ってもらいたい。もちろん支払いの確認が取れれば支払った一月分は撤回しよう。元はと言えばこちらの不手際だからな」

 

 

 滅茶苦茶だった。粗を探せば山ほど出てくる論法だ。そんな事は理事も分かっているだろうに、一体何が目的なのか。借金で嬲りたいのだとしても、いつまでも確認が取れないという言い訳は幾らカイザーでも厳しいはずだ。そんな事をして何の意味が──

 

 

「なに、足りなければ土地で支払ってくれても構わない。前と同じようにな」

 

 

 ──やられた。

 

 

 カイザーの勝ち筋はいくつかある。アビドスが借金を返済不能になる事に目が行きがちだったが、そもそもの目的は土地だ。おそらくヘルメット団を投入したのは利子の支払いが滞らないことに業を煮やしての策だったのだろう。残った土地はもう猫の額ほどしかない。カイザーはアビドスにあと一回だけ、利子を払えないと言わせればいいのだ。

 

 流石に今月分の支払いを二倍にされてはたまったものではない。おそらく間に合わない。そうなれば足りない分は土地で支払うしかない。確認が取れたから後で返金するなんて関係がない。そうなれば残りの土地は無くなって、アビドスの敗北でゲームセットだ。

 

 必死に策を考える先生の後ろで、遂にセリカが爆発した。ノノミやシロコに抑え込まれながら、理事に向かって何かを叫ぼうとする。

 

 

「何よ! 私たちは知ってるんだから! アンタたちが、ブラ──」

 

 

 セリカの言おうとしたことを察したのか、理事がにやりと笑った様な気がした。

 

 

 ──マズイ!

 

 

 先生はセリカを止めようとする。おそらく、カイザーがブラックマーケットの闇銀行に利子を流していたことを責め立てるつもりなのだ。

 

 確かにそれは悪行だ。カイザーもそれが痛手であることは分かっているだろう。だから、集金記録を見るまで先生たちも気がつかないほどに隠蔽したのだ。

 

 逆に言えば集金記録を見た者にしか、カイザーとブラックマーケットによるアビドスからの金の流れは分からない。

 

 知っているのは、主犯たるカイザーとブラックマーケット。それと集金書類を盗んだ銀行強盗だけだ。

 

 ここで、それを言ってしまえば自分たちは銀行強盗であると自白するに等しい。盛大な自爆だ。それを知っているからこそ、理事は笑っているのだ。

 

 けれど、距離が遠すぎて間に合わない。アヤネもノノミもシロコもホシノも、この事態に気がついていない。

 

 絶望する先生だったが、代わりにカヤツリがセリカの口を塞いだ。

 

 セリカの口から致命的な一言は零れなかった。

 

 

「運がいい。首の皮一枚で繋がったようだな」

 

 

 思い通りに行かなかったというのに、理事は愉快そうだった。

 

 それも当然かもしれなかった。先生としても、正直ここから逆転するのは非常に難しいと言わざるを得ない。何もかもが詰んでいる。それこそ奇跡でも起きない限り。

 

 何も言えない先生に向かって、理事が何事かを言おうとする。

 

 その時、強い風が吹いた。

 

 かなり強い風で、理事の長いストールや先生のネクタイが大きくたなびく。カヤツリが被っていたフードも。

 

 今日のカヤツリは砂漠に出掛けるせいか、他の対策委員と違ってフード付きの防砂マントを被っていた。そのフードが外れてカヤツリの顔が露わになった。

 

 その顔を見て、理事は嬉しそうな、まるで古くからの知り合いに会ったかのような声をあげた。

 

 

「ああ。やっぱり君だったか。また会えて嬉しいぞ。カヤツリ」

 

 

 □

 

 

 その時、ホシノは混乱していた。

 

 まるで理事がカヤツリを古い知り合いにあったかのような声で呼ぶからだ。もう訳が分からなかった。後輩たちや先生も同じようで、茫然とした顔をしていた。カヤツリだけは何も喋らずに理事の方を見ている。

 

 

「ふふ。三年。いや五年ぶりかな。君がカイザーから去ってから。まさか仕事用に渡した携帯から電話が来るとはな。回線を残しておいた甲斐があるものだ」

 

「相変わらず、ただの派遣社員に随分な熱の入れようですね」

 

 

 カヤツリは否定しなかった。

 

 

 ──五年ぶり? だってカヤツリは運び屋してたって……。

 

 

 違う。

 

 カヤツリは運び屋に捨てられて黒服に拾われた。気にしたこともなかったが、黒服に拾われてからアビドスに来るまでにそれなりの期間があったはずなのだ。

 

 

 ──また言ってくれなかった。また話してくれなかった。また私に隠し事をした。

 

 

 心の中で、我儘で泣き虫の幼い自分が、一年の幼い自分が騒ぎ出す。

 

 それをホシノが押し殺す間にも、理事とカヤツリの会話は進んでいく。

 

 

「ただの派遣社員? 君がか? 悪い冗談だ。あの男との契約期間が終わって君が去ってから、君の代わりを探した。しかし、出来損ないばかりで見つからなかった。やはり君を手放すべきではなかった。あれほどまでに忠実で、卒無く全てをこなし、契約以上の事を求めない。完璧だ。私も君に色々教えた甲斐がある」

 

「……」

 

 

 嬉しそうな理事とは対称的にカヤツリは不機嫌そうだった。その証拠に何も喋らない。理事の機嫌はうなぎ上りだ。

 

 

「私の所へ戻るといい。また昔のように一緒に働こうじゃないか。他者を踏みつけ、搾取し、支配する。そんな力を、権力を君は欲しがっていただろう? 今の私ならそれを与えてやれる。あの頃とは違って、私も出世したのでね。君があの忌々しいビナーと戦ってくれたおかげだ」

 

「アンタの話はつまらない。アンタの頼みを聞く気はない。話は終わっただろう? もう帰りたいんだが」

 

「君が戻るなら、さっきの話を無しにしてもいい。そう言っても?」

 

 

 それを聞いて、ホシノの心は絶望に染まった。また幼い自分が騒ぎ出す。

 

 

 ──嫌だ。嫌だ。嫌だ。カヤツリは私のなのに。

 

 

 このままだと、カヤツリは居なくなってしまう。それは嫌だった。でも、自分には何も考えが浮かばなかった。焦りで頭が真っ白だった。

 

 けれど、カヤツリは理事の提案を一蹴した。

 

 

「俺が非常用に金をプールしていないとでも思っているのか? 冗談もたいがいにしろ。アンタが教えたことだろう」

 

「ふふ。期待通りだ。そうでなくてはな」

 

 

 ホシノはこれ以上、理事とカヤツリの会話を聞いていたくなかった。自分が知らないカヤツリが露わになるのが嫌でしょうがなかった。まるで、自分を信用してくれていなかったみたいで。その事実を突きつけられるみたいで嫌で仕方がない。

 

 

「やはり君の居場所はそんなところではない。まるで君の持ち味を生かせていない。君なら手段を選ばなければ、この程度の借金など返せるだろう? いつまで善人の振りをしている。君の居場所はここだ。私や、あの男のいる場所だ。君は奪う側であり、奪われる側ではない。そのような潰れかけの学校に居座ることに何の意味がある」

 

「……」

 

 

 カヤツリは反論するのに疲れたのか、理事に喋らせるままにしたようだった。理事はそのことに気がついていないのか、話は止まる気配を見せない。理事は話の矛先を対策委員に向けた。

 

 

「どうせ、君たちは先ほど詰みかけたことにも気がついていないのだろう? よくここまで保っているものだ。彼におんぶにだっこで恥ずかしくないのかね。彼がやっていることなど何一つ知らないのだろう? 教えてやろうではないか。自分たちの無力さを感じいるといい。まあ、その感性もないのかもしれないがね」

 

 

 理事の言葉を聞いて、カヤツリの顔色が変わった。それを理事は楽しそうに見て、言葉を紡ぐ。

 

 

「テュポーンだったか? よくやるものだよ。架空の人物を作って犯罪者の選別を行うなど。そのおかげでアビドスの治安は一定ラインを保っている。おかげで君たちは治安維持がずいぶん楽だったんじゃないかね? 大人を釣り餌にするのも、面倒を連邦生徒会に押し付けるのも、私とあの男が教えた教訓はしっかり生きているようで、嬉しい限りだ」

 

 

 また何も知らない情報が出てきた。これもまた、心が騒ぐが押し殺す。これも慣れてきて安心したホシノだったが、先生の様子を見て愕然とした。

 

 先生が苦い顔をしている。後輩たちのような、よく分からないような驚いた顔ではない。今のカヤツリのような顔だ。それでホシノは察してしまった。この時ばかりは自分の勘の良さを呪いたい気分だった。

 

 

 ──先生には話したんだ。風紀委員長や先生やユメ先輩には話せるのに。私には話したくないんだ。私には話す価値もないんだ。だから、私には助けも頼みもお願いも、何にも頼ってはくれないんだ。

 

 

 ホシノは心を諦めが覆っていくのが分かった。

 

 

 ──なんで、カヤツリは頼ってくれないんだろう。私が役に立たないから? 私の事なんかどうでもいいから? 邪魔だから? もう何も分からないよ。

 

 

 そんな考えがホシノの頭の中をぐるぐるしていた。そのせいで理事の声も遠くに聞こえる。自分に向かって何かを言っているようだった。

 

 

「ああ、やはりあの愚か者のせいか。お前さえ、小鳥遊ホシノ。お前さえいなければ。お前があの愚かな生徒会長とカヤツリを引き合わせなければ。そうでなければカヤツリはここに残らなかったというのに」

 

 

 聞き捨てならない言葉が聞こえた。遠くに行っていた思考が引き戻されて、この場に戻ってきた。

 

 

「何それ。どういう事」

 

「ほう? 気がついていなかったのか? 哀れなことだな。カヤツリもこんな奴の介護をしていたとは」

 

 

 ホシノに向かって理事は言う。

 

 

「君は何ができる。君には手段も考える時間もあったはずだ。賢そうな君はあの愚か者の生徒会長ほど馬鹿ではないだろう。あの事件があった時点で、どうすればいいかは考えれば分かったはずだ。君の持つ力と肩書があれば、カヤツリよりも多くのことが出来ただろう。しかし君は──」

 

 

 ──やめろ。やめろ。やめろ。聞きたくない。

 

 

 自覚していたことが、自分でも見ないようにしていたことが、自分の弱いところが日の下にさらされようとしていた。理事の言葉を聞いてしまえばもう見ないふりが出来ない。逃げられない。

 

 けれど自分の無駄に良い耳は理事の声を拾ってしまった。

 

 

「──何もしなかった。ただ君は自分を慰めていただけだ。あの時からずっとな。そのツケを全て他人に押し付けて。他人に寄りかかっているのはさぞ楽だっただろう?」

 

 

 ──ああ。ああ。ああ。そうだ。だから、カヤツリは頼ってくれないのだ。何も言ってはくれないのだ。好きだとも言ってはくれないのだ。

 

 ──誰が一方的に寄りかかってくる相手を頼るだろう。そんな人間はいやしないのだ。

 

 

 もうホシノは残った一つだけの希望に縋りつくだけだった。

 

 

 ──でも、カヤツリは残ってくれるって。ずっと一緒だって。契約だって。

 

 

 そんな残った希望も理事は踏みつぶす。

 

 

「契約に縋っているようだが。そうとでも言わなければ、君は耐えられなかっただろう? 私は奴から聞いて、全て知っているぞ。君がカヤツリを縛り付けようとしたことを。カヤツリが、そう言わなければ君はどうしていた? それは自分が一番分かっているだろう? ただカヤツリは、あの生徒会長の忘れ形見のような君を守りたかっただけだ。そうでなければ、だれが君のような奴の面倒を見るというんだ」

 

 

 ──ああ、やっぱり。やっぱり、ずっと、思ってたけどそうなんだ。カヤツリは違うって、そう言ってくれたけど。あの時の私はそう信じたけれど。やっぱりカヤツリは、私なんかよりもユメ先輩の事が好きだったんだ。

 

 

 ──だから私を守るんだ。だからアビドスに残ってるんだ。だから私には好きだなんて言ってくれないんだ。だから私には何も求めないんだ。だから私から行かないと答えてもくれないんだ。

 

 ──髪型を似せても、話し方を真似ても、格好を寄せても、雰囲気を変えても、やっぱり私はユメ先輩の様にはなれなかった。

 

 ──カヤツリが好きなのは私なんかじゃなくて先輩だもんね。バカみたいじゃないか。じゃあ、もう私にできることは一つしかないんだ。

 

 

 もうホシノの耳には理事の言葉は入ってこなかった。ただ、この時間が過ぎ去る事だけを祈って、心の目と耳を塞いで何も考えないようにすることしかできなかった。




時系列

カヤツリ、アビドスに発生。
運び屋に拾われる。ビナーを撃退する日々が始まる。

↓三年後

運び屋に捨てられ、黒服と契約。 

↓半年〜一年

黒服の依頼でカイザーに二年間派遣。理事に出会う。その中で技能を吸収しながら、カイザーの仕事をこなす。 

↓二年後

アビドス砂漠でユメとホシノに出会う。 
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