ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「ふむ。存外あっけない。この程度も反論できんとはな。その様子を見るに図星だったか?」
黙り込んでしまったホシノを見て、理事はほくそ笑む。理事から見ても彼女は放心しているように見えた。
理事はホシノの事をああ言ったが、それなりに評価していた。少なくとも、対策委員会という小さな集団の長をやれているのだ。カヤツリが細かいところを補っているのだとしても、無能に人は着いてこない。……まあ、ある意味振り切れていれば違うのかもしれないが。
目の前のシャーレの先生と、その後方の対策委員を見る。
対策委員はホシノを囲んで、理事から遮っている。先生も怒りが籠った眼で自分を睨みつけているが、理事には屁でもなかった。むしろ心地いいくらいだ。こんな目など仕事や成りあがる過程で何度も見てきた。怒りをぶつけたくともどうしようもできない。ただ、睨みつけることでしか抵抗が出来ない。そんな負け犬の遠吠えなど理事の嗜虐心を満たすだけだ。
カヤツリを盗み見る。無表情だった。怒りも何を思っているかも読み取れない。
それを見た理事は満足だった。やっぱり覚えている。こういう交渉事で感情を出すのは馬鹿のやることだと。弱点を教えているようなものだ。こういう時は、ただただ事実で殴ればいい。それが一方から見たモノにしか過ぎないとしても。見方が違うだけで、それは真実に他ならないからだ。
だから、小鳥遊ホシノを含めた対策委員や先生は反論できない。小鳥遊ホシノが傍から見て何もしていなかったのは事実だからだ。そこにどんな理由があるとはいえカヤツリに全てを押し付けていたのは事実だからだ。
高ぶる嗜虐心のままに理事は、さらに責め立てる。
「どうした? 君たちの委員長がこうも言われているのに、君たちは見ているだけかね。……それも当然か。君たちは何も知らないのだからな。それに何もできていないのは君たちも同じだろう? 本当にこの額の借金を返せるとでも?」
対策委員会の弱いところを突いていく。
それは、運営が三年生組のワンマンに近いところだ。内情を完全に把握しているのはカヤツリだけだろう。理事の目から見ると、はっきり言ってカヤツリ一人で回した方が効率が良い。だから一人で抱えているのだ。他人に任せて失敗されれば、手間が増えるだけだから。
そして他の対策委員はどうだろうか。アルバイトや細々とした雑事をしているくらいだ。何も知らないのだから仕方がないが。それで月々八百万円近くを稼ぎ出しているのは驚嘆に値するが、それだけだ。
アビドスの未来は詰んでいる。
確かに借金の元金は減ってはきている。増えたマンパワーのおかげではあるだろう。が、本当に微々たるものだ。今のペースで完済まではおおよそ百年単位。それが今のアビドスの現実だった。
「そのために私がいる。私の生徒たちにそんなことを言わないでもらおうか」
先生が苦し紛れの反論をするが、理事にとっては痛くも痒くもない。嘲りで反論する。
「君の権限で知れる範囲で調べたのなら、このアビドスがどうしようもないことくらいは分かるはずだ。このまま無理な延命を続けたところで、金をドブに捨て続けるのに等しい。それにアビドスが無くなれば君たちはこの借金地獄から解放される。元々君たちの借金ではない。他の学園に転校して、学生らしく青春でも謳歌したらどうかね」
「それでも、ここは私たちの居場所」
「まだ、ではあるがね。じきにそうではなくなる」
対策委員の一人の無駄な足掻きを、笑いながら無駄だと訂正する。本当に諦めが悪い。
態々、今回の会談に来たのはカヤツリの電話から連絡が来たこともあるが、一番はこれだ。心をへし折るいい機会だと思ったからだ。黒服からの頼みでもあるが、いい加減に子供の癇癪に付き合うのは疲れたのだ。だから、対策委員会に現実を教えてやる事にした。
彼女たちは、きっと借金の事は承知だろう。ただ、知らないことが多すぎる。前生徒会の事や、それにまつわる数々の事。まあ。一番はあの愚か者──梔子ユメの失踪事件だろう。
前アビドス生徒会長失踪の真実を理事は知らない。あの男──黒服なら知っているかもしれないが、理事には必要性を感じない。その真実が大きな意味を持つのは小鳥遊ホシノと兎馬カヤツリの二人だけだ。残りの対策委員にはあまり関係のない話だ。失踪したという事実だけでは何の意味もない。
大事なのは、隠し事があるという一点だけだ。
人は隠し事を嫌がるものだ。隠すということは理由があるということで、人はその理由を悪い方向にとらえがちだ。知らぬが仏という言葉があるように、知らない方がいいこともたくさんあるのだ。特にこういう事をしていると、そういう事は枚挙にいとまがない。
知ってしまえば逃げられない。知ってしまえば巻き込まれる。知ってしまえば生死にかかわる。そういう情報がこの世の中にはたくさんある。
小鳥遊ホシノや対策委員は守られている。そういうモノから、ずっと守られていた。
それを知ればどうなるだろう。無力感に苛まれるはずだ。立ちふさがる現実に心が折れるはずだ。一度崩れればあとはこっちのものだ。
だから、先ほどカヤツリに守られていたことを暴露した。だけれど、効きが悪いので小鳥遊ホシノを折った。彼女が対策委員会の支柱だ。カヤツリはそういったことが苦手なのは知っている。
ちらりと、理事はホシノを見る。彼女は目を閉じて聞かないようにしているが、責め立てるネタの残弾はまだある。一度くらいは徹底的にへし折っておこうと、理事はまた口を開こうとした。
「あまり、対策委員をいじめないでほしいね。大人げない」
「ほう?」
思わず理事は声を漏らした。カヤツリだ。カヤツリが口を開いた。戦況が不利だから黙っているかと思ったが、そうではないらしい。
対策委員と先生の方から離れて理事の方まで近づいてきた。
周りの警護が警戒するが、カヤツリはここで理事を襲うような馬鹿ではない。理事はそれを手で制する。
「カヤツリ。君は分かっているだろう? 私が事実しか言っていないことに」
「事実を偏向しているにも程がある。話が終わったなら帰りたいんだが。この話には何の意味もないだろう? アンタのストレス発散に付き合う気はないんだ」
「カヤツリ。君の対応によっては有意義なものに変わると思うが。少なくとも私にはその気がある」
理事の提案に”どうぞ”と言うように、カヤツリは首をしゃくった。理事は条件を提示する。それを聞いた小鳥遊ホシノの、さっきまで無表情だった顔が大きく歪んだ。
「君がカイザーに戻ってきてくればいい。そうしたら、アビドスを潰した後に派遣してやろう。好きに再建するといい。治安維持の手際も評価して資金も出してやろうではないか。まあ、アビドスが消えてなくなることに変わりはないが」
「断る」
カヤツリのあまりに早すぎる返事に、理事は不思議そうな声をあげた。
「分からないな。なぜ、アビドスに拘る。場所に拘っているのかとも思っての提案だったのだが。そんなお荷物を抱えて何になる。やりにくくて仕方がないだろうに。理想論だけでは何もできないことを、何もできなかったことを君は知っているはずだ」
理事には理解不能だった。
カヤツリは力を求めていたはずだ。昔、カヤツリに初めて会った時は確かにそうだった。直接カヤツリから聞いたわけでは無い。けれど自分と同じ目をしていたから、それは何かを求めてやまない者の目だった。
身辺調査と称して黒服から情報を得た。
どうやら、尻尾切りとして所属していた組織から捨てられたらしかった。それなら、ほしいのは力のはずだろうと思ったのだ。
なぜなら自分ならそうするからだ。自分を裏切って捨てた奴等に対して、思い知らせなければ気が済まない。自分の価値が分からない奴など消えてしまえばいいとさえ思っている。
カイザー所属時代は、そのようにしか見えなかった。技術を死に物狂いで習得し、仕事をこなし続けて、金を荒稼ぎしていた。かつての自分を捨てた運び屋のような大人にも容赦はなかった。無味乾燥に仕事の邪魔をするものはすり潰していた。
この土地にしがみついても何も得るものは無い。いくら考えても分からない。そんな理事にカヤツリが、質問を投げつけた。
「やっぱり、焦ってるだろ? アンタらしくないものな」
「……何の話かね」
理事は何のこともないかのように装う。考えごとの最中にいきなり差し込まれたので、少し反応が遅れてしまった。
「アンタが、この会談に来るとは思っていた。ただ、妙に攻撃的だから。アンタは藪をあまり突かないタイプだろうに」
「君のあまりの境遇に同情してね。昔のよしみという奴だ。それに、彼女が何もしていないのは事実だろう? お気に入りが粗雑な扱いをされていれば誰しもこうなると思うがね」
嫌な流れだった。
流れを元に戻すために小鳥遊ホシノを突く。彼女が一番何もしていないのを実感しているのはカヤツリだ。そうさせているのもカヤツリだ。幾らでも庇うがいい。正面から粉砕してやる。
「ホシノは頑張っているだろう? ホシノはそこにいるだけでいいんだよ」
カヤツリの答えを理事は鼻で笑い飛ばした。想定通りだ。言えるわけがないのだ。何もやっていないのだから成果があるはずもない。だから感情論で励ますしかない。だが、ここまでへし折った小鳥遊ホシノにそんなものは届かない。
念のために小鳥遊ホシノを見れば、項垂れたままだ。そうだ。アビドスが滅びるまで、そこでずっと這いつくばっていればいい。
「ハッ。まさか君からそんな言葉を聞くとは思わなかったよ。まさかの感情論とはな。周りの愚物に毒されたか。君たちの借金返済の理由もそれか? ”私たちは頑張ったのだから、アビドスが無くなっても仕方がない”そう言い訳できるからか。涙ぐましい自衛だな。哀れすぎて腹も立たない」
怒りに顔を歪めながらも、こちらを睨む対策委員と先生を理事は煽る。対策委員も哀れだ。彼女たちが理事に怒りを向け反論し、それが叩き潰される度に小鳥遊ホシノが辛い思いをしているのが分かっていないようだ。小鳥遊ホシノは思うだろう。”自分のせいで後輩が辛い目にあっている”と、こちらは幾らでも後輩越しに正論で殴り続けることが出来る。
だから、カヤツリは無言だったのだ。あそこでの最適解は目的を果たしたのだから、すぐに帰ることだった。しかし、先生が反論したせいで帰れなくなってしまった。理事の狙い通りだ。
流れを取り戻し、内心ほくそ笑む理事に向かってカヤツリが、はっきり言った。
「ホシノがいるから、今までアビドスは保っている」
「……そこの小娘が? 面白いことを言うじゃないか。この小娘のおかげで、アビドスが保っていると? 本気でそう思っているのか。まさかとは思うが、その理由は、”居てくれるから、君のやる気が出る”などという甘っちょろい妄言ではないことを祈るばかりだ」
掴んだ流れが嫌な動きをしているのが、理事には分かった。こういう時は煽って、相手を怒らせ平常心を崩すのが定石だ。ただそれはカヤツリも知っているのだ。相変わらずの感情が読めない顔で、理事に答えを突きつける。
「ホシノがいるから、どこかの誰かは強硬手段が取れないんだよ」
「……初めて聞く人物が出てきたな」
「いや、最近になって返済の邪魔をする誰かが居るのが分かったので。いい機会だから教えておこうかと思って」
「それは痛み入る。だが返済が遅れる言い訳としてしか聞こえないが」
動揺する心中を悟られないように、重箱の隅を突くような返ししか理事にはできなかった。
「そんなつもりはないし本題じゃないので。その誰かは武装勢力にかなりの物資を流す資金力があったのに、やることは散発的な校舎の襲撃による兵糧攻めだった」
「その誰かがアビドス校舎を欲しがった理由は分からんが、それなら校舎を壊すわけにはいかんだろう。兵糧攻めは妥当だと思うがね」
カヤツリは、さっきの理事と同じように。それを鼻で笑い飛ばした。
「その誰かは自爆するパワーローダーを校舎まで突っ込ませようとしたのに? その誰かは校舎はきっとどうでもよかった。ただアビドス校舎を破壊したかった。校舎を破壊して、学校機能を喪失させたかった。じゃあ、何で一度に資金を使って大勢で攻めてこない? あれだけのことができるなら、相当の部隊が組めるだろうに」
「……」
理事は答えられなかった。その理由は一番自分が良く分かっているのだ。
「その誰かは正面からじゃホシノに勝てないから、ホシノの分野じゃ絶対に勝てないから、こそこそ兵糧攻めなんかしたんだ」
その通りだった。
対策委員会は六人だけだ。その程度の人数など、その気になればカイザーの兵力を使って秘密裏に。それこそヘルメット団の仕業に見せかけて制圧することなど造作もない。
なぜやらないか。小鳥遊ホシノが強すぎるせいで絶対に失敗するからだ。彼女の分野では絶対に勝てないから。
小鳥遊ホシノだけならまだいい。最悪なことにカヤツリもいる。カイザーの部隊では手も足も出なかったビナーを、あの二人は倒している。そんな二人に無計画に突っ込むほど理事は馬鹿ではなかった。
黒服を利用してビナーをアビドス校舎に突っ込ませようとした馬鹿もいたが、ビナーが沈黙してからは姿を見ていない。末路を想像するのは容易く、理事は二の舞になるのは御免だった。
だから、まだ勝機のある。小鳥遊ホシノと正面から事を構えなくて済むような。借金を使った地上げという方法か第三者を噛ませた攻撃しかなかった。それはカヤツリの分野だ。自分ならまだしも、そこらの木っ端では相手にもならなかった。
「俺一人では搦手には対処できても、大部隊はどうしようもない。ホシノがいてくれるから、俺は安心して自分の仕事ができる。だから、居てくれるだけで助かる。そもそも、ホシノが出張る事態は緊急事態だ。出番がない方がいいに決まっているだろう?」
「それでも、小鳥遊ホシノがやるべきことをやらなかったのは事実だ」
「しつこく擦る。それしか言えないのか。そこは得意分野の違いなんだよ。アンタも管理職なら分かると思うんだけど?」
カヤツリはため息をついたあと、理事に意地悪そうな顔を向けて笑う。
「ホシノの心配をしてくれるのは嬉しいが、それは俺の仕事だ。それに人の心配よりも、自分の心配をした方が良いと思うね。アンタも気がついてるはずだ。だから焦ってるんだろう?」
「何を……」
怯む理事に向かってカヤツリは囁くように言った。
「アンタの上司はいつまで待ってくれるんだ? アンタの部下はいつまで堪えが利くんだ? アンタは仲間をいつまで牽制しておけるんだ?」
「グウッ──」
理事は呻き声をあげた。バレている。自分の内情がバレていた。
基本的にはカイザーと対策委員会ではカイザーが圧倒的に有利だった。けれど、それを理事と対策委員会にすると話は変わってくる。
理事は役職上はトップではあるが、カイザーにはその上がいる。
プレジデント。カイザーコーポレーションの正真正銘のトップ。今回のアビドスの計画もプレジデントの指示で、宝物を欲しがっているのはプレジデントだ。
計り知れないところがある人物ではあるが、最近は妙に強引なところが目立つ。トリニティへの進出もそうだ。グレーゾーンを立ち回るのは良いが、やり過ぎは良くない。もっとゆっくりやればいいものを、多少強引にやるせいでティーパーティに警戒されてしまっていた。
最近になってヘルメット団に資金を流したのも、プレジデントに急かされたからだ。
──たかが、学生六人ごときに何を手古摺っている。
もたもたしていれば自分はこの件から外されるだろう。左遷されるかもしれない。
最悪だった。このまま時間をかければ勝てるはずの戦いに、時間制限がついてしまったのだ。
プレジデントは知らない。書面上では知っているだろうが、あの二人の危険性を知らない。部下もそうだ。自分の後釜を狙う役立たずたちも。自分だから、カヤツリを知っている自分だから対抗できているのだ。他の人間に変わった瞬間に計画が破綻するのは目に見えている。
理事はプレジデントを何とか説き伏せて、時間を確保した。
その時間でプレジデントの目的である宝物──舟を探しながら、今までアビドスを攻略していたのだ。
それを知っているという事は、カヤツリは理事にとって最悪なことをやろうとしている。
「アンタはいつまで耐えられる? いいぞ。我慢比べと行こうじゃないか。アンタの首が飛ぶか、アビドスの首が回らなくなるか。どっちが先に音を上げるか。そういう勝負だ」
「カヤツリ。貴様──」
怒りと焦りで荒れ狂う内心を抑え込みつつ理事はカヤツリに反撃する。
「だが、だが。カヤツリ。君はずっと返し続けるつもりか。こんな、なにもないところで。誰も君を助けてはくれないぞ。強がりは止めろ。できないことをいうものでは──」
「やるが? 一人になっても、誰も助けてくれなくても。アンタが、カイザーが諦めるまで」
理事の言葉が途中で途切れた。
目を見れば分かったからだ。カヤツリは本気だ。本気で耐久戦をやろうとしている。確かにシャーレの先生が居る今なら補給がある。できないことはないだろう。でもそれは、期限が決まっていればの話だ。
終わりが見えない日々をひたすらに耐えて過ごす? 理事に対して一番勝率が高いのが耐久戦とはいえ、全てはプレジデントの機嫌次第なのだ。どちらに転ぶか理事にすら分からない。理事にはそこまでやる理由が分からなかった。他の対策委員はまだわかる。現実が見えていないのもあるだろうし、まだ子供だ。けれどカヤツリは違うはずだ。現実も知っている。アビドスが詰んでいるのも知っている。希望がないことくらい分かっているはずだ。
理事は苛立ちと理解できない者に対する怯えの混じった声色で問う。
「……どうしてそこまでする。君には、そんな義理はないだろう。あの生徒会長のせいか」
カヤツリはちらりと、後ろの方を見やった。理事の視点からは対策委員会と先生が見える。小鳥遊ホシノは今の話を聞いて多少持ち直したのか、こちらを向いている。どうやら話を聞こうとするくらいまでは回復したようだった。
理事は舌打ちした。へし折るまで行かなかったからだ。理事の目論見は失敗だ。そんな理事をみてカヤツリは呟く。
「……言っても理解できないと思うぞ。それにアンタには言う気もない」
そう言って、カヤツリは理事から離れて、対策委員会の方へ戻って行った。
理事はそれを見送るだけだ。小鳥遊ホシノの心を折るという目論見は失敗したし、もうカヤツリに掛ける言葉もないからだ。
きっと何を言っても無駄だろう。理事はさっきのカヤツリの目を見て、そう思った。
カイザー時代の目とは違った。何かを求める目ではなくなっていた。一瞬しか出なかったが、あの目は知っている。
今にも泣き出しそうな、道に迷った旅人のような、どこに帰ればいいのか分からない迷子のような、あの目。
あれは誰も、自分すら信じられない者の目だ。
□
会談は終わり先生と対策委員会は、もう用はないとばかりにPMC基地を去っていった。理事は去っていく先生と対策委員会を見送りながら独りごちる。
「今回はやられたが計画はまだある。小鳥遊ホシノに楔は撃ち込んである。黒服の奴がな」
黒服が今回頼んできたことは、小鳥遊ホシノに揺さぶりをかける事。黒服とは一応大まかな計画は共有はしているがカヤツリがいる限り、ある程度はリカバリーされるだろう。それはきっと黒服も織り込み済みのはずだ。
それに今回は上手く言い抜けられたが、あの説得は苦しいはずだ。多分カヤツリも分かっている。あれは小鳥遊ホシノが極限状態に近かったから、上手くいっただけだ。傍から見れば仕事をしていないことには変わりない。居るだけで助かると言われても、本人の達成感は皆無に等しい。だから、カヤツリは途中で理事への攻撃に話の流れをもっていったのだ。
しばらくすれば、気がつくのではないだろうか。カヤツリがどうフォローするかは知らないが難しいだろう。それを見越して、黒服は何かを小鳥遊ホシノに吹き込んだのだ。
昨日、呼びだした小鳥遊ホシノに黒服が何を言ったのかは知らない。その内容も黒服の目的も理事にとっては興味もないことだ。
知っているならカヤツリは対応できるだろう。けれど、黒服がホシノに撃ち込んだ楔──情報のことはあの二人しか知らないのだ。
知らないことは対応できない。今回小鳥遊ホシノが、カヤツリが隠していたことに対して対応できず、ショックを受けた様に。
理事は今回、小鳥遊ホシノの心を折れなかった。けれど罅くらいは入っているはずだ。
黒服の事だから、情報の内容はえげつないに違いない。あの男は嘘は言わない。だからこそ、その内容は小鳥遊ホシノにとっては致命的なものなのだろう。
──クックックッ。私は提案をしただけですとも。提案を受けなかった場合の未来──カヤツリ君の今後について。その詳細をお話しした後にね。ホシノさんも二度目は避けたいでしょうから、直ぐに首を縦に振ってくれるでしょう。
そんな黒服の言葉を思い返しながら、理事は護衛に連れられて基地の中へ戻っていった。