ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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73話 君がそう言ってくれたから

「……落ち着いたか?」

 

 

 頭の上からカヤツリの声がする。ホシノは声を出すのも恥ずかしくて、カヤツリの胸に顔を埋めたままコクコクと頷いた。散々泣いたおかげかホシノの気分は幾らかすっきりしている。

 

 すっきりしたせいで、恥ずかしさと情けなさが押し寄せてきていた。かなりの時間をカヤツリに抱きしめられながら泣きじゃくっていたから。時々優しく、あやすように頭を撫でられるのも、恥ずかしさに拍車をかけていた。

 

 ホシノの頷きを受けたカヤツリは、ホシノを抱きしめている腕から解放する。熱いカヤツリの身体が離れて、夜の冷たい空気が流れ込んできた。身体が冷えたホシノはぶるりと身震いする。

 

 そのまま立ち上がろうとして、地面に座り込んだ足が言う事を聞かないことにホシノは気がついた。さっきまでカヤツリに頼ってもらいたいと息巻いた割には情けない様だと、自分ながら思う。けれど立てないものは仕方がないから、カヤツリにバツの悪い顔で言う。

 

 

「……うへ、ごめん、カヤツリ。腰が抜けちゃって立てないや」

 

「……仕方ない奴だな。少し待ってくれ……ほら」

 

 

 装備を回収し終わったカヤツリがホシノに向かって手を伸ばす。そのまま引き上げてくれるのかと思っていたら、そのまま抱き上げられた。

 

 カヤツリの手がホシノの膝裏と背中を支えている。頭はカヤツリの腕と胸板が枕代わりになっている。いわゆるお姫様抱っこという奴だった。

 

 そのまま、ホシノを抱えたまま、カヤツリは校舎に向かって歩き出す。

 

 

「あ……」

 

 

 ホシノはもう何も言えなかった。

 

 もう少し、機会というものを選んでほしいという思いと、普通に嬉しい気持ちが胸の奥で渦巻いている。

 

 胸の奥がなんだか温かくて、掻きむしってしまいたいようなもどかしさ。それと全身を焼くような熱い喜び。さっきから収まらない心臓の鼓動。勝手に頭をカヤツリの胸にぐりぐりと押し付けようとする欲求。それらが無茶苦茶に暴れ回っていた。自分の意思を無視して暴れ出す感情や身体をなんとかするのに精一杯だったから。

 

 でもカヤツリは、そんなホシノの気も知らないで口を開く。

 

 

「やっている事を知られたくなかったんだよ」

 

 

 一瞬何の事かと思った。けれど、次のカヤツリの言葉で得心がいく。

 

 カヤツリは言う。カイザー理事が言っていたこと。それらをホシノに自分に知られたくなかったのだと。

 

 さっきの喧嘩で、ホシノは叫んでいる。

 

 

 ──カヤツリには分からないんだよ! 居るだけでいいって何! 私はまた見ているだけなの!? そんなのはもう嫌なんだよ!

 

 

 きっと、その理由を言っているに違いなかった。

 

 

「何も知らないままでいてほしかったんだよ。ただ、普通に過ごしてほしかった。少なくともあの時はそう思ってた」

 

「何で? 私は別にそんな事じゃ……」

 

 

 ホシノには理由が分からない。会ったばかりの頃ならともかく、今ならば、カヤツリがそうするなら、それなりの理由があるとは思っているから。嫌いに何かになったりしないのに。

 

 

「……ああいう事をやっていると、引っ張られるんだよ。物事の見方や考え方が、悪い大人みたいになる。ホシノにそうなってほしくなかった」

 

 

 理屈は分かるが、それではアレの説明がつかない。ホシノは、カヤツリを見上げて言う。

 

 

「じゃあ、何でノノミちゃんには良いって言ったの。ノノミちゃんがどうでも良いわけじゃないんでしょ?」

 

 

 カヤツリの顔は下から見ているせいで、よく分からない。でも楽しそうな顔ではないのがホシノには分かった。だって声が重い。

 

 

「十六夜後輩はネフティスの令嬢だから。どれだけ逃げてもネフティスの令嬢っていう立場は捨てられない。どんなに自分の生まれが嫌でも、そういうのは死ぬまで着いてくる。まあ、酷い話だけど十六夜後輩なら心が痛まないからだよ。元々、そういう世界に触れなきゃならない生まれだから。本人もその覚悟を決めたようだし」

 

 

 酷い先輩だ。とカヤツリは吐き捨てるように言う。

 

 

「……関わらせたくないってこと? 私がそういう生まれじゃないから? 向いてないから?」

 

「違うよ。単純に俺のエゴなんだよ。だって、ホシノはこういうのは嫌いだろう? 会議でバスジャックとか言うけどさ。銀行強盗でセリカ後輩を止めただろう? 先輩を参考にしたのかもしれないけど、あれはホシノの意見でもあっただろ」

 

 

 銀行強盗の大金をどうするかで揉めた時の話だ。あの時、自分が言った言葉を思い出す。

 

 

 ──そうやってどんどん慣れていくんだよ。

 

 ──いつか、お金の為に人を傷つけることが平気になる。それはもうセリカちゃんが言った悪人と同じなんじゃないかな。

 

 ──おじさんはかわいい後輩たちにそうなってほしくないなぁ。

 

 

 ああ。そういうことか。

 

 ホシノはやっとカヤツリが言いたいことが分かった。

 

 カヤツリはホシノに悪い大人になってほしくなかったのだ。もし、カヤツリがホシノにそういう事を教えれば、さっきまでの自分は嬉々として手伝っただろう。あの時の自分は自信を求めていたから。

 

 そうして、どんどん慣れていくのだ。ホシノがあの時言ったとおりに。悪い大人と同じことをするのが平気になる。

 

 カヤツリは、ホシノが悪い大人になっていくのを見たくなかったのだ。だから、あそこまで教えないことに拘った。

 

 ノノミが例外なのは、そういう生まれだから。大企業の令嬢ともなれば、いつかはそういった大人たちとも交流しなければならないだろう。だから、カヤツリはノノミには言ったのだ。カヤツリが教えても教えなくても、影響はさほどないから。

 

 

「エゴって? 前に資格とか言ってたでしょ。それは?」

 

「……初めて会った時、ホシノに吹っ掛けただろう? あの時、俺は初めから怒ってたんだよ。ホシノにゴネられたのもあったけど、一番の理由は違う」

 

 

 カヤツリは昇降口の扉を器用に開ける。誰もいない校内で、カヤツリの声は良く響いた。

 

 

「羨ましかった。なんで、あそこにいる生徒たちは楽しそうで、俺はこんな風なんだろうって。別に悪いことをしたわけじゃないのに、何でやりたくもないことに頭を捻って、金を稼いでいるんだろうって。なんで俺はどこにも居場所が無いんだろうって」

 

 

 図星だったんだよ。そうカヤツリは言う。

 

 

「せめてもの抵抗に金額を安めに設定していても、本当は分かってた。まさに汚い大人だった。真似をしすぎて、そのものになっていた。そこをホシノに言われて腹が立った」

 

「それが、どう繋がるの」

 

 

 ホシノにはさっぱり分からない。カヤツリは考え過ぎなのだ。もっと物事は簡単でいいはずなのに。

 

 

「資格の話だよ。先輩が昔言ってただろう。疑念、不信、暴力や嘘。そういうものを当たり前だと思うようになったら自分を見失うって。そういう事をして、取り戻したアビドスは私たちの求めたアビドスじゃないって。でも、俺はそういう手でしか守れなかったから。そう言う手しか知らなかったから。だから、アビドスをそういう事をしなくてもいいようにすることで初めて、許されると思ったんだよ」

 

「許されるって? 誰が何を許さないっていうの? カヤツリ以上に上手くやれる人なんていなかったでしょ!」

 

 

 ホシノはムカついてきた。

 

 許すとか許されるとか。そういう決まりがあるのだろうか。カヤツリが頑張っていることは知っている。だからホシノは手伝いたいと思ったし、手伝えないことが辛かった。アビドスは手段を選べるほど余力はない。それはカヤツリが一番知っているはずだ。

 

 それなのに、やれることをやらなかったみたいな顔をしているカヤツリに腹が立つ。今はそう思っていないみたいだけれど、それはそれなのだ。

 

 

「俺が俺を許さない。汚い大人そのものである俺がホシノと一緒にいるのが耐えられなかった。ホシノと一緒に居れるような何かがほしかった。それが資格。先輩の頼みを果たして、汚いことをしなくてもいいようにするっていうね」

 

「……」

 

 

 ホシノはカヤツリが下手なことを言えば、腕を抓り上げてやろうかと思っていたが、何も言えなかった。

 

 言えるはずがない。

 

 だって、さっきまでホシノが思っていたことと同じだったからだ。二人とも、一緒に居ることを認める何かが欲しくて藻搔いていた。お互いに欲しいと思っているものは相手から見れば取るに足りない物でも、求めている本人にとっては重要なのだ。自分を見失うくらいには。

 

 カツカツと廊下を歩く足音が校舎に響く。それを打ち消すように、カヤツリはまた話を再開する。

 

 

「だから、ホシノを俺がいるような場所に行かせるわけにはいかなかった。ホシノには綺麗でいてほしかった。それが、俺の我儘でエゴだよ」

 

「……なんで? どうしてそこまでしてくれるの? 私はカヤツリに特別何かしたわけじゃないよ……。ねぇ、どうして? 前に価値があるって、カヤツリはそう言っていたけど、私には分からないよ」

 

 

 本当にホシノには分からない。あのぐちゃぐちゃになりかけた夜だって、カヤツリは具体的なことは何も言わなかった。アビドスにはカヤツリにとって守る価値があること、ホシノが大事であること。こうした事は言ってくれたけれど、肝心の理由は言ってくれなかった。

 

 先輩との、あの日々が楽しかったとカヤツリは言うけれど、それは先輩が居たからじゃないのだろうか。ホシノはただそこにいただけだ。ホシノには特別カヤツリに何かをした自覚はないのだ。

 

 カヤツリは、観念したように言う。

 

 

「言ってくれただろう。”君がいい”って」

 

「それだけで? それだけでこんなにしてくれるの……?」

 

 

 ホシノは信じられなかった。カヤツリが言うのだから、嘘ではないのだろう。けれど、でも、そんなことで? たった、それだけの事で?

 

 

「そうだよ。たったそれだけの事が、俺は何よりも嬉しかったんだよ」

 

 

 それでもカヤツリは優しい声で言うのだ。ホシノを抱えて、ゆっくり歩きながら、とてもうれしそうに。

 

 

「あの時の俺は、役目を果たせなければ居場所なんか与えられないと思っていたんだよ。大人は成果しか見ないから。だから、何もしていないくせに居場所があって楽しそうだった、自分が持っていない物を持っているホシノや先輩に怒ってた」

 

「……でも、最初はユメ先輩が……」

 

「先輩がホシノを説得したのは知ってる。でも、先輩は俺の入学を認めて、手伝いを頼んだだけだ。ホシノだけだよ。俺が良いと言ったのは。仕事だけでなく俺の事を見て、俺はここに居ていいんだと。そう言ってくれたのはホシノだけだ。俺は、それが本当にうれしかったんだ」

 

 

 カヤツリは下の方を見て、抱えているホシノの方を見て笑う。

 

 

「それが、俺がここにいる理由。頑張る理由。皆の居場所を守るのも、大人と戦うのも耐えられる。ホシノには……好きな娘には笑っていてほしいんだよ。だから、居てくれるだけでいいんだ。それが俺にはよかったんだ。理由なんて、それで十分だろう?」

 

 

 ──ああ。ああ。なんだ。初めから言ってくれていたのか。私は、どうして気がつかなかったんだろう。

 

 

 ホシノは涙が止まらなかった。さっき泣きじゃくった時に枯れたと思っていたのに。次から次へと溢れて止まらない。

 

 これはうれし涙だった。ずっとカヤツリは、最初から言ってくれていたのだ。ホシノは気がつかなかったけれど、その自覚がなかったけれど、最初からずっと言ってくれていた。

 

 ”ただ、居てくれるだけでいい”というのは、カヤツリにとって本当に欲しかったものだ。カヤツリにとって欲しかったものを、大事だと思っているものをずっと与えてくれていた。

 

 

「……分かりにくいよ。本当にカヤツリは相変わらずだね……」

 

「……そうだな。でも、ホシノもそうだっただろ。今は違うみたいだけど」

 

 

 カヤツリは部室の階に繋がる階段を登る。一段一段登るごとに言葉を紡ぐ。ホシノの目を見て聞くのだ。

 

 

「もう、ただ居るだけじゃ嫌になったんだな? 何かをして自信が持ちたい。俺の言葉だけじゃ満足できない。そう考えていたって、解釈していいのか?」

 

 

 そうだ。

 

 それが、ホシノが求めていたもの。カヤツリと一緒に頑張りたい。隣に立ちたい。このままでいたくない。

 

 そんな思いを胸に秘めて、ホシノはカヤツリを見て頷いた。

 

 するとカヤツリは安心したように息を吐く。ホシノはカヤツリが安心した理由が分からない。

 

 なんだか今日は質問ばかりだ。自分には分からないことが多すぎる。それが不安でたまらない。

 

 そんなホシノを見て、カヤツリはどことなく嬉しそうにしている。それが、ホシノは気に入らない。さっきからカヤツリはホシノの心をかき乱すばかりだ。

 

 さっきなんか当然のように告白まがいの事を言ってくるし、ホシノはもう滅茶苦茶だった。

 

 

「なんで、安心してるの。私は分からないことだらけなのに」

 

「そこが大事なんだよ。分からないことが不安で、たまらないんだろう? それは、ホシノが先を見たからだよ」

 

 

 そうは思えない。まだ先輩の事を思うと胸が痛むのに? そこまでホシノは自分の事を信用していない。

 

 

「……前のホシノだったら、喧嘩にならなかったと思う。たぶん逃げて終わりだよ」

 

 

 それは簡単に想像できた。きっと向き合うのが怖くて、楽な方に逃げる自分が。

 

 

「止めて見せろなんて俺に言ったのは、ホシノが悩んだからだよ。何が正解か分からなくて、自分じゃどうしようもなくなって、誰かに決めてほしくて、喧嘩なんて言う博打にでたんだ」

 

 

 そうなのかもしれなかった。今考えれば、提案に乗るしかないのなら走って逃げればよかった。カヤツリは追いつけないから、それでよかったはずなのに。

 

 きっと無意識では止めてほしかった。分かっていた。黒服の提案が碌なものではないことくらい。でも、そのままでもいたくなかったのだ。今までの自分でもいたくなくて、でも言われた方法は受け入れ難いもので。どうすれば良いのか分からなくて。誰かに決めて欲しくて喧嘩に持ち込んだのだ。

 

 迷惑を掛けてばかりだった。そう落ち込むホシノに、カヤツリは言うのだ。

 

 

「俺はホシノを見くびっていたんだよ。言葉に出したことはないけれど、きっと心の奥底ではちょっとは思ってたんだ。”どうせ俺の助けがなきゃなんもできないんだろう”って。きっと変わらないんだろうなって、俺ではどうしようもないんだろうなって。俺が面倒を見なくちゃって思ってた」

 

「でも、その通りじゃないの……?」

 

「違うよ。俺は環境を用意しただけだ。今と後ろしか見なかったホシノは、いつの間にか少しだけ前を見てくれたから。現状と未来に不安を覚えるなんて、先を見なくちゃ起こるはずがないんだよ。何をどうしたのかは分からないけど、一人だけの力ではないのかもしれないけど、ホシノは自分で前を見ることを決めたんだよ」

 

 

 カヤツリの足が止まる。いつの間にか部室の前に着いていた。

 

 カヤツリが扉を開ければ部室はホシノが出た時のままで、机の上には対策委員と先生宛の手紙が残っていた。

 

 

「ほら、これはもういらないだろ」

 

「……うん。ありがとう」

 

 

 カヤツリが部室のテーブルにホシノを下ろして手紙を返す。窓の外からは月が覗いている。月明りのおかげで電気をつけなくとも部屋は明るかった。

 

 部室のテーブルに腰かけて窓の外を眺めながら、改めてよかったとホシノは思う。間違った選択をしないで済んだから。

 

 けれど自信はないままだ。ホシノはまた失敗ばかりだった。あまりの情けなさに泣き言が口から洩れる。

 

 

「うへ。やっぱりおじさんはダメダメだなぁ。カヤツリに頼ってもらうなんて、まだまだ先だねぇ」

 

「何を戯けたことを言っているんだ。人の話を聞いてなかったのか」

 

 

 気がつけばカヤツリが隣に座っていた。少し呆れた顔をしている。

 

 そんな顔をするカヤツリの意図が読めない。

 

 確かに、昔とは違って、自分ではあまり自覚はないけれど、前を向いているのかもしれない。

 

 でも、ホシノは失敗したのだ。今回は偶然失敗する前に何とかなっただけだ。カヤツリがそんな顔をする必要はないはずだ。

 

 

「ホシノは前を見たんだ。自覚がないのかもしれないけど、内心滅茶苦茶になるくらいは悩んだんだ。じゃあ、俺もそうしなくちゃいけないと思うんだよ。変に拘り過ぎていたから、一番大切だったのはもっと別の事だったんだから。だから、ホシノ」

 

 

 唐突にカヤツリは、ホシノに向かってこう言った。

 

 

「俺を助けてほしい。もう俺だけじゃどうしようもないんだ。ホシノに助けてほしいんだよ」

 

 

 カヤツリが言った言葉が信じられなくて、ホシノは上手く言葉が出ない。

 

 

「……私は失敗ばかりだよ。昔だって、今日だって……」

 

「それは俺もだよ。でも、今日はそうはならなかっただろ。次もそうかもしれないじゃないか」

 

 

 それが本当なのか、本当にそれでいいのか分からない。口からぽろぽろと自分の嫌なところが出てくる。でもカヤツリはそれを否定してくれるのだ。

 

 

「先生とかノノミちゃんとか、風紀委員長とか。もっとできる人がいるよ。私なんかよりもずっと。私なんかで良いの?」

 

「そうかもしれないな。世の中探せばホシノよりもっとできる奴は居るんだろう。俺よりできる奴もきっといる。でもね。ホシノ」

 

 

 カヤツリがホシノをじっと見る。そしてホシノに言うのだ。ホシノがずっと、ずっと言ってほしかった言葉を。

 

 

「俺はホシノがいいんだ。ホシノじゃなきゃ嫌なんだよ。俺は助けるのも助けられるのもホシノじゃなきゃ嫌だ。ホシノはどう思ってるんだ?」

 

「……うん。うん。私も、カヤツリじゃなきゃ嫌だよ。カヤツリがいいよ」

 

 

 なんだか、とても恥ずかしくて、身体が熱くて、顔もきっと真っ赤で。でも、そんなことが気にならないくらいにホシノはうれしかった。カヤツリも見れば顔が真っ赤になっている。表情を崩さないようにしているのか、多少身体が震えていた。それがなんだか可笑しくて、ホシノはカヤツリに抱き着く。

 

 カヤツリの身体もやっぱり熱くて、自分とおんなじでホシノはもっとうれしくなった。だからカヤツリを下から見上げて言う。

 

 

「じゃあ、はい」

 

 

 それを聞いて、ホシノを見たカヤツリは、さっきよりも大きなため息をついた。けれど、やっぱりその気なのか顔を逸らして言うのだ。

 

 

「ああ、もう。分かったよ。レモンやイチゴ味じゃないと思うが、悪く思うなよ」

 

「別にいいよ。何味でもね。カヤツリならいいよ」

 

 

 短い問答の後、二人の距離は縮まっていく。

 

 月明かりの映す二人の影が重なった。

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