ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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74話 最後の問題

「うへぇ……えへへぇ……」

 

 

 カヤツリの胸の中でホシノが嬉しそうに笑っている。ホシノはカヤツリの膝の上に座って、カヤツリの胸に身体を預けていた。

 

 邪魔な防弾ベストを脱いで、いつもの制服姿のホシノの身体は熱くて、ホシノを背中から抱きかかえているようになっているカヤツリはとても暖かかった。カヤツリが抱きしめれば、ホシノもカヤツリの腕を抱きしめ返す。自然に自分の顔が緩んでいくのが分かる。正直、ずっとこうしていたかった。

 

 けれど話す事がたくさんある。この体勢のままでも話をするのに支障はないが、今の座っているテーブルの上から早く椅子か何かに座る必要があった。

 

 

「ホシノ。そろそろ退い──」

 

「……」

 

 

 カヤツリの声に反応してホシノはカヤツリの方に顔を上に向けた。カヤツリの目に映った逆さまのホシノの顔を見て、カヤツリは嫌な予感がして言葉を切った。

 

 だって目がとろんとしている。この目はいつかどこかで見た覚えがある。

 

 ホシノは、カヤツリの顔を見て、にやーっと、口の両端を吊り上げる。

 

 

「……えい」

 

 

 小さな、そんな掛け声と共に、ホシノは後ろに倒れ込むようにして全体重をカヤツリにかけた。

 

 ホシノは小柄だ。普段なら問題ない。けれど不意を突かれれば話は別だった。もちろん押されたカヤツリはテーブルの上に倒れる。

 

 カヤツリの視界には部室の天井が広がった。でもそれは、すぐに体勢を変えて、こちらを見下ろすホシノの顔で見えなくなった。ホシノの髪は戦闘中は纏めていたのを解いたせいでいつもの流すままの髪だ。そのせいでカヤツリの顔の周りは、ホシノの髪が簾のようになって、もうホシノの顔しか見えない。

 

 動こうにも、腰の重心部分に乗られているせいで起き上がれない。そんなカヤツリを見てホシノはニコニコしている。なんだかカヤツリも雰囲気に当てられて妙な気分になってきた。

 

 

 ──これは非常にマズいのでは?

 

 

 そんな考えがカヤツリの頭に浮かぶ。けれど今はとても都合が良くないのだ。急がないと間に合わない。

 

 

「……ホシノ。ちょっと退いてくれるか」

 

「……なんで? カヤツリは嫌なの? 話がしたいなら、このままでもできるよね。それにカヤツリが言ったんじゃん。そろそろって」

 

 

 まあ、そうではあるのだが。カヤツリは言葉選びを間違えたさっきの自分をぶん殴りたくなった。

 

 正直、この空気をぶち壊すのは嫌だ。けれど未来の自分とホシノの羞恥心の為にカヤツリは口を開く。

 

 

「先生が来る。たぶん、もうすぐ」

 

「……は?」

 

 

 ホシノはそのままピタリと固まってしまった。

 

 ”はぁ”とカヤツリはため息をつく。

 

 当然の話ではあるのだ。ホシノの戦闘中、先生はカヤツリに対して指揮を行っていた。それは戦闘途中でなぜか切れてしまったわけだが。

 

 カヤツリは問題ない。無くてもある程度は戦えるし、指揮が切れても何かの不具合にしか思わない。

 

 けれど、先生視点だとどうだろう。自分のせいでホシノを止められなかったと思うだろう。少なくともカヤツリだったら、様子を見に校舎まで走る。

 

 流れ弾や誤爆を警戒して、先生に待機してもらう場所は校舎から離れた場所を選んだ。ドローンで映像を確保しながら指揮をしてもらっていた。指揮が切れたのはドローンが壊れでもしたのだろう。

 

 指揮が切れてから、大体三十分は経つ。一応モモトークで連絡も入れたが、見てはいないだろうなとカヤツリは思う。そろそろ、先生が校舎に着いてもおかしくない頃合いだ。

 

 おそらく走ってくるであろう先生が、今の光景を見たらどうなるだろうか。

 

 カヤツリには良い未来は見えなかった。だってそうだろう?

 

 自分の生徒が心配で見に行ったら、何やら妙な雰囲気で体勢も何だかおかしいときた。そんなのを見られたら、もう滅茶苦茶だ。

 

 

「……あー。そろそろって、そろそろ退いてって言おうとした?」

 

 

 気まずそうなホシノにカヤツリは無言で頷く。それを見たホシノは、いそいそとカヤツリの上から退いた。

 

 何とも締まらない。さっきまでの良い雰囲気が台無しだ。本当は立ち位置を変えて話しながら、先生が来るのを待つはずだったのに。

 

 微妙な雰囲気のまま、二人はため息をついた。 

 

 

 □

 

 

「カヤツリ!」

 

 

 微妙な雰囲気になってから数分後。先生が息も絶え絶えに部室に駆け込んできた。カヤツリの予想通りに走ってきたらしく、全身汗だくだ。

 

 そんな先生にタオルを渡しながら、カヤツリは先生に礼を言う。

 

 

「大丈夫ですよ。先生。おかげでうまくいきました。ありがとうございます」

 

 

 部室に居るホシノを見て、カヤツリの声を聞いた先生は現状を理解したのか、その場に崩れ落ちた。

 

 

「ああ、よかった……」

 

「……ごめんね。先生。嘘ついて……」

 

 

 安心したように床に座り込む先生を見て、ホシノが申し訳なさそうに謝る。

 

 

「いいんだよ。ホシノはここに残っているだろう? それならいいんだ。もうこんなことはしないだろう?」

 

「うん。先生」

 

 

 ホシノの謝罪を先生は笑って受け取っていた。ホシノもそれを見て笑顔になっている。

 

 これで、ひとまずは落ち着いた。とカヤツリが安心しているとホシノが不意に問いかけてきた。

 

 

「そういえばさ。先生とカヤツリはどういう手はずだったの? 私は良く分からないんだけど」

 

 

 先生がタオルで汗を拭きつつ答える。

 

 

「私がホシノに”カヤツリには言うのかい”って聞いた時、様子が変だったんだよ。それで、カヤツリに連絡したんだ」

 

「うへ、先生。そんなに私、変だった?」

 

 

 変だったね。と先生が言う。

 

 

「カヤツリの時だけ顔を見せなかったんだよね。言葉じゃなくて、手での返事だったし」

 

 

 先生の答えを聞いて、うわぁという風にホシノが顔を顰めている。何となく、あの時のホシノがそうした理由が想像できて、不謹慎ではあるがカヤツリは嬉しかった。

 

 そして、続きをカヤツリが引き継ぐ。

 

 

「俺は俺で用があって調べ物をしてた時に、先生が連絡してきたんだ。ホシノの様子がおかしいって。まさか先生の口から黒服の名前が飛び出すなんて思わなかったけど」

 

 

 本当にあの時は驚いた。

 

 一応こっちでも調べてはいた。ホシノが昼寝であんなに遅れるなんてことは珍しいどころか、おかしいことだったから。

 

 けれど、あの時の自分では、ホシノに聞けるはずもなく。付近の監視カメラ映像を総ざらいして、どこに行ったのか見つけようとしているところに先生から連絡が来た。

 

 そこで、先生の口から黒服の名前が出てきて、ホシノが取引を持ち掛けられていることを知る。カイザーの人間だというから、別人であるかと思ったが、先生はカヤツリよりも早く監視カメラの総ざらいを終わらせていた。先生が出した映像には、見覚えのあるビルに入っていくホシノの姿が映っていた。

 

 

「で、先生に言った取引に乗るつもりだと思って、それならホシノは絶対ここに来ると思って待ってたんだよ」

 

 

 絶対に来ると思った。おそらくは、さんざん悩んだ末に。最悪の事態に備えて先生に助力を頼んで正解だった。止められなかった時の事など考えたくもなかった。安堵のあまりに言葉が漏れる。

 

 

「本当に良かった……」

 

「……ありがとう。カヤツリ。止めてくれて」

 

 

 ホシノが、また泣きそうな顔をするから。カヤツリは”いいんだよ”と言うように笑った。ホシノもそれを見て同じように笑うのだ。なんだか、ホシノと気持ちが繋がっているようで幸せな気分になる。

 

 

「あー。カヤツリ、その黒服って人は大丈夫なのかい? そんな簡単にホシノを諦めるとは思えない。だってホシノに数年も粘着してるんだろう? そもそも、何を考えてるか、カヤツリは知ってるのかい。確かずっと契約に縛られてたんだろう?」

 

 

 先生がどこか気まずそうに、目を逸らしながらカヤツリに聞いてくる。何故目を逸らしているのかは分からないが、カヤツリは自身の情報と、ホシノの、そして先生から聞いた情報をこねくり回す。

 

 

「黒服はこちらには直接手を出しては来ませんよ。何というか。黒服は真摯なんですよね」

 

「……真摯? カヤツリから見たらそうかもしれないけど、手口は悪辣じゃない?」

 

 

 ホシノが黒服の事を思い出したのか、顔を顰めて言う。まあ、確かにホシノから見ればそうなのだろうが、カヤツリから見た黒服は少し違う。

 

 

「契約に関しては真摯だよ。ホシノ。情報をすべては言わないし、裏から手を回してあれこれはするけれど。契約に関しては絶対に嘘は言わない。カイザーみたいに、野蛮ではない。選択権だけは委ねてくれるんだよ」

 

 

 選択権はくれても、他の選択肢を全部潰してくるのも黒服なのだが。潰すというよりかは選べないように誘導するというのが近いだろうか。まあ悪辣と言えば悪辣だ。

 

 

「たぶん、ホシノを狙っているのは本当でしょう。風紀委員会の呼び出しと翌日の理事の言動から考えるに、繋がっているかもしれませんね」

 

「所属がカイザーだから当然なんじゃ……?」

 

 

 先生が良く分からないことを言う。それなら、あの理事があそこまでしつこくはない。よく見ればホシノもどこか驚いたような顔をしている。

 

 

 ──ああ、なるほど。だからか。

 

 

 ホシノが取引に乗った理由がようやく分かった。確かにそれならいくらかハードルは下がるだろう。よく分からない所よりかは、まだカイザーの方が自分がどういう使われ方をするかは分かるだろうから。それにカヤツリが一時期そこに縛られていたのも大きいのかもしれない。

 

 

「黒服の所属はカイザーじゃありませんよ。ゲマトリアとかいう。よく分からないところの所属です。ホシノの様子を見るにわざと誘導していたみたいですけど」

 

「……確かに私どもの企業としか言わなかった。何度か、あの理事が同席することがあったから勘違いしてた……」

 

 

 きっと、初めの方から仕組まれていた。

 

 黒服と理事の目的は一致している。

 

 ホシノをアビドスから退学させること。

 

 そうすれば、黒服は取引に乗せやすくなるだろうし、カイザーは邪魔者が居なくなる。お互いにメリットがある。だから、理事はあそこまで悪しざまにホシノを罵ったのだ。多少は私怨も入っているかもしれないけれど、ホシノの精神を揺さぶるために。

 

 

「まあ、結論から言うと、ホシノが契約に乗らなければ黒服は何もできませんよ。少しは安心していいと思います」

 

 

 結局はこれに帰結する。黒服対策としては首を縦に振らなければいい。この一点だけ守れば、契約に関しては何とかなる。黒服やカイザーの揺さぶりはカヤツリが止めるし、そのやり方もホシノに伝える。今のホシノなら大丈夫だと信じているし、カヤツリももうホシノに伝えることに何のためらいもない。

 

 先生とホシノは安心したように肩の力を抜く。

 

 脱力した二人を見て、カヤツリは覚悟を決める。

 

 言わなければならない事がある。

 

 前までは言えなかったけれど、今なら大丈夫だ。

 

 先生を今まで見てきた。カヤツリは子供の為にここまでやる大人は見たことがない。初めは職務に忠実なだけかと思っていたが、ここまでやるのだ。きっと先生本人の善性によるものだろう。

 

 ホシノも、きっと大丈夫だ。前を向いたなら、少しだけかもしれないけど、きっと大丈夫。だから、カヤツリは頼ることを決めたのだから。

 

 ずっと、与えてばかりだったから。たまには逆になるのもいいだろう。こういうのが健全な関係なのだろう。一方的じゃなくて、お互いに与えあって、受け取るものがある。

 

 たぶんこれが、カヤツリとホシノがそうなるための第一歩なのだ。

 

 少々、内容が重くて難しいことになるが、何とかなるんじゃないかと薄々思っている自分に、カヤツリは笑って口を開いた。

 

 

 □

 

 

「ホシノ。先生。頼みごとがあるんです。聞いてくれますか」

 

 

 二人が驚いたようにカヤツリを見る。こういう事は初めてだから。当然の反応かもしれなかった。二人は当然のように頷いてくれた。なんだかそれが嬉しくて、妙に安心感があるのが不思議だった。

 

 

「助けてほしいんです。俺の身体の事なんですけど」

 

 

 その一言にホシノは何かに思いあたったかのようだった。黒服から何か吹き込まれたのだろう。けれどカヤツリが驚いたのは先生の反応だった。何か確信があったのか、驚く様子がない。

 

 

「カヤツリ……。やっぱり黒服の言う通りなの? もう保たないって……」

 

「正直言って分からない。俺には自覚がなかったから。あの柴関の爆発に巻き込まれる前までは」

 

 

 爆発から意識は飛んでいた。気がつけば風紀委員の部隊の前に立っていたのだ。時間差で自分が暴れていた記憶が流れ込んでくるから、状況把握に苦労した。だから、その日の夕方に黒服の所まで行って調べてもらったのだ。

 

 そこで、身体が限界だと言われた。少しホシノから距離を取ってみては? そう言われたのだ。今から思えばあれも仕込みだったのだろう。

 

 

「やっぱり……。カヤツリは、あの時意識が無かったんだね。ちょっとこれを見てくれるかい」

 

 

 先生がタブレットの画面を出してきた。何かゲームの編成画面ようなものが出ている。風紀委員会との戦闘の時の物なのか、ホシノ抜きの対策委員会のメンバーが並んでいる。

 

 先生が指さしたところは、カヤツリであろう姿が映っているが、ノイズ塗れで文字も読めない。

 

 

「で、これがさっきの。ホシノとカヤツリが喧嘩したときのやつね。たぶんこれが原因で指揮が切れたんだと思うよ」

 

 

 さっきの画面とは違って、映っているのはカヤツリ一人だけだ。ただ、同じようなノイズが走っている。比較するとノイズの大きさが大きくなっているような気さえする。

 

 

「カヤツリは”セト”って言葉に聞き覚えあるかい?」

 

 

 ある。黒服がよく自分の事をそう呼んでいた。最近はそうでもないが、一時期は辟易としたことを覚えている。先生が言うには文字化けを直すと名前がセトになっていたそうで、さっきの喧嘩もこの画面になった瞬間に指揮が切断されたらしい。

 

 

「黒服が言ってたんだけど、そのセトって奴が、カヤツリを乗っ取ろうとしてるんだって……」

 

 

 ホシノが不安そうな表情で、黒服が言った事を言ってくれる。先生の顔もそれを聞いて曇る。先生のタブレットの件と言い、ホシノの証言と言い、カヤツリの自覚症状と言い、それらを合わせれば一つしか答えしか出てこない。

 

 

「急に悪化してない? 次はどうなるの? カヤツリはどうなるの……?」

 

 

 ホシノは不安で一杯の声で呟く。それを見ているとカヤツリも何だか悲しくなってくるが、それを払拭するように先生が宣言する。

 

 

「大丈夫だよ。二人とも。私も使える手はすべて使う。何だってやって見せるから」

 

 

 それならば、心強かった。

 

 カヤツリには一応、案があるにはある。

 

 それは、さっき言った事とは正反対の事柄で、自ら虎の穴に飛び込むようなものだ。まだ不安で一杯だ。でも、信じることにした。

 

 

「……案があります。かなり危険で、難しいものが……」

 

「言ってごらん。聞いて三人で考えよう。明日になったら全員で」

 

「私も頑張るよ。だからさ。カヤツリ、言ってみてよ」

 

 

 先生とホシノの声に、背中を押されてカヤツリは口を開いた。

 

 

「黒服と取引してください」

 

 

 一番確実なのはこれだった。多分黒服が一番情報を持っている。対策も解決方法もおそらく知っているだろう。

 

 問題は対価だった。

 

 

「きっと、黒服は情報の対価としてホシノを要求するはずです。そこをどうするかが問題です」

 

 

 黒服は契約に真摯だ。けれどそれは別に黒服が優しいという事ではない。黒服は自分が納得する対価でないと絶対に首を縦に振らないだろう。

 

 

 ──契約を結ぶ時、私は必ず釣り合うように、お互いが納得できるように心がけています。

 

 

 いつか聞いた黒服の拘り。黒服は絶対にこれを曲げないだろう。

 

 

「……そもそも、なんで黒服はホシノを欲しがるんだい?」

 

 

 先生が疑問を呟く。

 

 確かにそうだ。黒服の事だから、強さはおそらく度外視している。黒服はカイザーのように力を求めているわけでは無い。黒服は研究者だ。何かをずっと探している。

 

 

「キヴォトス最高の神秘。そう黒服は私の事を呼んだの。きっとそれだよ」

 

「神秘……? それで実験したいのかもしれないな……」

 

 

 手詰まりだった。それが理由なら、おそらく黒服は諦めないだろう。一番という事は替えが利かないという事だ。

 

 

「聞くしかないんじゃないかな」

 

 

 先生がポツリと呟く。

 

 

「黒服っていう人が何を目的にしているか分からないなら、聞くしかないんじゃないかな。契約には真摯って言うなら、内容は嘘をつかないはずだよ」

 

「……嘘はつきませんが、本当の事も言いませんよ。こちらが誤認するような言い回しをしてくるんです。きっとホシノを対価にするように言ってくるはずです。そう思い込まされる。それだけは忘れないでください」

 

 

 一応の注意点を先生に伝える。情報封鎖からの誘導は黒服の常套手段だ。カヤツリができることはもうこれだけだ。あとは先生とホシノに任せるしかない。

 

 

「カヤツリ。明日、皆にも聞いてみようよ。何かいい案が出るかもしれないよ。……頼ってくれるんでしょう?」

 

 

 ホシノがそう言う。たぶん大騒ぎになるだろうなと思う。けれど、ホシノは分かっているのか笑って言うのだ。

 

 

「きっと、皆から怒られるだろうね。カヤツリもそうなのは分かってるでしょ? 一緒に怒られてよ。それでさ、皆で一緒に考えようよ。私はそうしたいんだよ。きっとシロコちゃんや他の皆だって、そうだったんだよ」

 

 

 その言葉を聞いて、なんだか暖かかった。自分が正しい道を歩いているような、そんな安心できるような心持ちだった。だから、カヤツリは笑顔でホシノの提案に頷くことが出来た。

 

 それを見てホシノも笑って、二人で笑いあう。カヤツリは、ずっとそうできたらいいなと思うから、二人で探していくのだ。そうでないときは先生が居るだろう。後輩たちだっていてくれる。未来への恐怖が少しは薄れていくような気がした。

 

 

 □

 

 

「じゃあ、また明日ね。カヤツリ」

 

 

 それぞれの家へと向かう分かれ道でホシノがそう言う。

 

 あのあと、何かいいものを見たような顔をした先生が解散を促した。先に二人が帰っているのは戸締りや何かは先生がやってくれるらしく、”早く帰って寝なさい”と言われたからだ。

 

 時間はもう丑三つ時くらいの時間だ。今から帰って寝たところで大して寝れないだろうが、明日は話し合いだから。

 

 

「うん。ホシノ。また明日」

 

「じゃあ、はい」

 

 

 ホシノが両手を広げる。カヤツリはホシノの意図を察して、近づいて抱きしめる。ホシノもゆっくり抱きしめ返す。

 

 暖かかった。春とはいえ夜だ。随分冷えるのもある。でもこの暖かさは確かにホシノがここにいる証明だった。

 

 よかったと思う。本当によかったと思うのだ。

 

 

「ありがとう。カヤツリ。私を助けてくれて。ずっと見ていてくれて」

 

 

 ホシノがカヤツリの耳元でそう呟く。少し泣きそうな声だった。でも、それはお互い様なのだ。

 

 

「こっちもそうだよ。ホシノ。負けないでいてくれて、ずっとそばにいてくれてありがとう」

 

 

 お互いに伝えたいことを言って、数分間そのままで、お互いに顔を見合わせて、満足する。

 

 そうして二人は別れてそれぞれの家路についた。

 

 二人の胸には明日への不安は残っていなかった。

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