ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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75話 零れ落ちたもの

「些か早計ではありませんか。プレジデント」

 

 

 カイザー理事のオフィス内。そこで理事は画面越しのプレジデントへ苦言を呈する。

 

 今は会談の日の明け方だ。カヤツリが言ったとおりに、我慢が出来なくなったのかもしれないと思ったが、その通りだった。本当にイライラさせられる。

 

 

『むしろ何故、そこまで時間をかける必要がある? 慎重になり過ぎだと私は思うがね。我々には時間が無いことは重々承知していると思っていたが。連邦生徒会長が失踪し、キヴォトスが混乱している今がチャンスなのだ。先生とか言う大人も就任したと聞く。まだ、今なら多少の無理なら押し通せるだろう』

 

「それは何度も説明したはずですが……」

 

 

 それでプレジデントは納得したはずだった。いきなりの予定変更で理事は困惑していた。この通信が、まさかの事後報告だとは思わなかった。

 

 

『確かに、君の言う二人の能力は高い。まとめて相手にするのは手に余るだろう。それなら、一人一人苦手な分野で潰せばいい』

 

「……」 

 

 

 ──好き勝手言ってくれる。

 

 

 そう理事は内心で吐き捨てる。それが出来ればいいだろうが、それはできない。できたらやっている。

 

 小鳥遊ホシノを契約や借金で牽制できるのは今やっている。だからプレジデントが言っているのはカヤツリの方だろう。

 

 確かにカヤツリは、小鳥遊ホシノほど強くはない。けれどそれなりにはやるのだ。あまり手間をかけていると小鳥遊ホシノが飛んでくる。それに、そう排除したとしてそこから先はどうするのだろう。

 

 理事には怒り狂った小鳥遊ホシノが乗り込んでくる未来しか見えなかった。しかも犯罪行為を働いたのはこちらだ。まさに藪を突いて蛇を出すに等しい行為だった。藪の中身が分かっているだけに、なお性質が悪い。

 

 けれど、プレジデントは問題ないという風に言うのだ。

 

 

『君の取引相手から話を聞いた。その男子生徒が鍵だそうだ。もう手は打ってある。ジェネラルから先ほど成功したと連絡があった。今頃はあの中だろう』

 

「その手というのは、男子生徒を拘束して、あの男が要求したアビドス本校跡地の実験施設に放り込むことがですか?」

 

 

 理事の声に苛立ちが混じる。それが仕事に横槍を入れられたことなのか、それとも別の理由なのかは分からないが。

 

 プレジデントは黒服の話を鵜呑みにしたのだ。舟の事を聞いてから信用しすぎだ。プレジデントはカイザーに歯向かえるものは居ないと思っているようだが、黒服は違う。あれは人でなしの類だ。

 

 あれは自分の興味のためなら何でも犠牲にできる人間だ。きっと今もカイザーに協力しているのも、偶々利害が一致しているだけに過ぎないのだ。

 

 

『二人とも共倒れになるか、残った方をこちらで処理すればいい。あの男は嘘は言わない。迷う理由はないと思うがね』

 

「それは、最終手段の筈。奴はおすすめはしないと……」

 

『我々が手段を選ぶ必要があるのかね。たかが学生だ。恐れる事はない」

 

 

 プレジデントが言うように黒服は嘘を言わない。けれどそれをそのまま鵜呑みにするのは、危険だと理事の直感が訴えていた。おそらく黒服は何かを言っていない。確証が無いから。だから、おすすめしない。とそう言ったに違いない。

 

 

『ならば、話は終わりだ。……君は優秀だが、いくらでも代わりはいる。目に余るようなら、こちらも君を再評価しなければならなくなる。そうならないように祈っている』

 

 

 そう言って一方的に通信は切れる。

 

 最悪だった。

 

 プレジデントの介入だ。しかも、脅しまでかけてきた。事態は理事の手を離れ、もう結果を待つばかり。

 

 あまりの事に理事が怒りを露わにして、机を殴りつけようとする。

 

 その瞬間。

 

 世界が塗り変わる音がした。

 

 

 □

 

 

 ──何でこんなに胸が痛いんだろう。

 

 

 目覚ましの音で目が覚めたホシノは、温いベッドの中でそう思った。

 

 明け方の気温は低い。ベッドから出れば冷気が身体を襲うだろう。それだけでも億劫なのに、今日は後輩たちに色々言われるのが確定している。きっとその所為に違いなかった。

 

 

「ううっ。寒いよ……」

 

 

 足を掛け布団から出せば、その部分が冷えていく。それに、まだまだ眠い。

 

 時計を見ればまだ余裕がある。もう少しだけ、もう少しだけと、だらだら延長を繰り返したせいで、気がつけば、ギリギリの時間になっていた。

 

 

「うえっ、やっぱり寒いね……」

 

 

 泣く泣く布団から這い出れば、思ったとおりの冷気が肌を刺す。夜と朝方は寒いのはアビドス特有とはいえ。この瞬間はあまり好きではない。

 

 寝ぼけ眼で身支度をしつつ、適当に朝食を用意する。もそもそと用意したそれを口に運びながら、今日の予定に思いをはせる。

 

 皆に自分がやろうとしたことの説明をしなければならない。きっと皆、怒るだろう。それだけのことを自分はしたのだけれど。

 

 

「……はぁ」

 

 

 一年の二人は感情をあらわにして怒るだろう。セリカやアヤネが両目を吊り上げて怒るのが分かる。

 

 二年の二人は悲しむかもしれない。きっと自分を責めるだろう。

 

 なんで、黒服の取引に乗るなんて事をしそうになったのか分からない。きっと、どうかしていたのだ。たかが、借金帳消しにする程度で身売りなど。

 

 

「はぁ。なんかもやもやする……」

 

 

 今日は起きてからため息ばかりだ。

 

 昨日の夜は、何かを楽しみにして眠ったはずなのに。それが何かを思い出せない。確かに今日は憂鬱だが、それを打ち消す何かがあったはずなのに。

 

 何かを失くしたつもりもないのに、何かが足りないような。そんな気分だった。

 

 外に出かけてから、玄関の鍵を掛けたか。コンロを消したかが気になるような。確認せずに放っておけば大変なことになる。そう言った類のもやもやがずっと渦巻いている。

 

 けれど、確認したくともそれが何か分からないのだ。

 

 

 □

 

 

 ホシノは内心のもやもやを消化し切れないまま、アビドス校舎に到着した。

 

 通学路は独りぼっちで寂しく、もやもやもあって。未だ朝だというのにホシノは疲弊していた。

 

 昨日は普通に眠ったはずなのに、身体は寝不足を訴えている。どこか不可解だった。

 

 ホシノは重い身体を引きずって部室へ向かう。

 

 途中に通った校庭も、穴だらけで歩きにくく、無駄に体力を消費させられる。

 

 

「……昨日まで、こんなのあったっけ?」

 

 

 廊下を歩きながら、窓の外の穴だらけの校庭を横目にホシノは訝しむ。昨日のことを思い出そうとするが、寝不足と疲れのせいで、靄がかかっているかのように思い出せない。

 

 昨日は何か忘れられないほど、嬉しくて。自分にとって良いことがあったはずなのに。そんな予感があるのに。

 

 

 ──昼寝でもすれば思い出すかな。

 

 

 そう思いながら部室の扉を開ける。家を出たのがギリギリだったせいで、 部屋の中には対策委員が全員揃っていた。

 

 自分を見る皆の視線に、ホシノの気まずさが加速する。

 

 

「……ごめんねぇ。おじさん、寝坊しちゃってさあ……」

 

「ん。時間ギリギリ」

 

 

 シロコが、ホシノを見て何ともないように言う。

 

 怒っているかもしれないと思っていたホシノは拍子抜けした。

 

 昨日は、聞かれたことを誤魔化していたから。ホシノから見てシロコはかなり不機嫌だった。だからこそ、遅れてきたホシノに対して何か言ってくると思っていたのに。

 

 本当になんとも無いような表情だ。普段と変わりない。

 

 ホシノに何も聞いてこない。昨日の剣幕なら今すぐに問い詰められてもおかしくないのに。ギリギリまで遅れてきたのだから尚更だ。焦らされて、ウズウズしていると思っていた。だから遅刻したホシノはバツが悪くて言い訳したのだ。

 

 

「先生が、ホシノ先輩はきっと教えてくれるって言ったから。きっと先輩にとって言いにくい事だけどって」

 

 

 だから、シロコは待っていたのだと。ホシノを信じて待っていたのだという。

 

 どうやら、先生がホシノが来る前に一言、言っておいてくれたらしい。

 

 

「現に、ホシノ先輩はギリギリだけど、来てくれたから」

 

「シロコちゃんは成長したね。おじさんも嬉しいよ」

 

 

 シロコはホシノを信じて待っていた。あの雪の日に襲ってきた。獣のようだったシロコが、ここまでの事を理解して、言ってくれるようになって。ホシノは嬉しかった。

 

 逆に自分が情けなくなる。

 

 自分は待てなかった。不安に押し潰されて取引に乗ろうとしたのだ。誰かが止めてくれなかったら……

 

 

 ──誰か?

 

 

 そんな思考が、ふとホシノに浮かんだ。

 

 誰かとは誰だろう。

 

 

 ──先生? シロコちゃん?

 

 ──違う。あの二人じゃなくて……

 

 

 何か大切なものな気がする。ずっと自分の側にあったもの。

 

 それを探そうと、どこか必死になって、ホシノは思いだそうと頭を回す。

 

 そんなホシノの思考を切るようにシロコが言った。

 

 

「”も”って?」

 

「……え? おじさん変なこと言ったかな……」

 

 

 何故かホシノは返事を上手く返せなかった。失くしたものを思い出すので必死だからだ。

 

 

「まるで、ホシノ先輩以外にも喜ぶ人がいるみたいだから」

 

 

 偶々だ。

 

 偶々、そう言ってしまったのだと思った。だったらそう言えばいい。

 

 けれど、そう言ってしまえば、失くした何かを思い出せない気がする。それに、そう言うシロコを見ると、ホシノはなんだか無性に悲しかった。

 

 

「……ホシノ先輩? 何で泣きそうな顔してるの……?」

 

 

 シロコが心配そうにホシノを見ていた。

 

 泣きそうとは何のことかと思ったが、妙に両目が潤んでいるような気がする。決して悲しいことがあったわけでは無いのに。ただ、この胸の喪失感が止まらなくて、なんだか悲しいのだ。

 

 

「……大丈夫だよ。シロコちゃん。ちょっと目にゴミが入っただけだから……」

 

 

 かわいい後輩に心配をかけるわけにはいかないから、ホシノはいつものように誤魔化した。それに、自分がしようとしたことを説明するには、先生が居ないと困る。自分だけではうまく説明できるか分からない。

 

 

「そういえば、シロコちゃん。先生はどこへ行ったの? 説明するなら全員が揃っていた方がいいんだけど」

 

「ん。誰かに連絡を取りに行ったよ? 全然電話が繋がらないんだって」

 

 

 先生の行動の意図が掴めなかった。シロコが誰かという事は知らない人物なのだろう。先生は誰かと違って隠し事はしないから……

 

 

 ──さっきから何なのだろう。ずっと胸が痛くて重い。

 

 

 ホシノはもう滅茶苦茶だった。きっと何かを忘れているのだ。身体や心は覚えているくせに、頭が覚えていてくれない。何かを失くしたのは確かなのに。それが無いことに身体と心が悲鳴を上げている。

 

 それを誤魔化そうと、ホシノはカバンを乱暴に開ける。あまりに勢いよく開けたものだから中身が零れて、床に散らばった。

 

 

「ホシノ先輩。何か落としたよ」

 

「……あ。それは……」

 

 

 シロコが、ホシノのカバンから落ちたものを拾い上げる。

 

 それは封筒だった。妙にしわくちゃの。濡れた紙を乾かした様に表面がごわごわだ。

 

 マズいものが見つかったような声をホシノは出す。ホシノ自身、それが何か全く自覚はない。けれど、それは何か大切なものだったような気がした。

 

 封筒の宛名を見てシロコは不思議そうに呟いた。

 

 

「……? カヤツリって誰?」

 

 

 カヤツリ。その名前を聞いた瞬間に、ホシノは確信した。それだ。自分が失くしたものの正体はそれだと、すぐに分かった。

 

 

「シロコちゃん。それ、返してもらえる?」

 

 

 思ったより余裕のない声が出た。おずおずと封筒を差し出すシロコから素早く回収する。

 

 とにかく中身が重要だった。これがどういったものかは分からないが、読めば何かを思い出せるはずだった。

 

 封筒は閉じられておらず、中の便せんはすぐに取り出せた。中は”カヤツリへ”という文面で始まる手紙だった。

 

 

『カヤツリへ』

 

『他の皆と先生への手紙には今回の事を詳しく書いたけど。カヤツリには別の事を伝えたいと思って書いたんだ』

 

『身売りするようなことになってごめん。きっと、カヤツリは気に病むと思う。でもこれはカヤツリのせいじゃないから。私が自分で決めたことだから』

 

『これは、何もしなかった。できなかった私の責任だから。だから気に病まないでほしい。……できれば、皆の事を助けてくれると嬉しいな。きっと先生とカヤツリがいればアビドスは大丈夫』

 

『最後まで迷惑だと思うけど。私にできることはこれしかないから』

 

『あと、あの契約は破棄しても構わないから。もう私は守れないしね。今まで縛り付けてごめん。じゃあ、元気でね』

 

 

 ──なんだこれは。

 

 

 確かに先生と皆への手紙は書いたが、こんなものは書いた覚えがない。けれど、手紙の文字は確かに自分の文字だった。読み進めるうちに何かが軋む音がする。

 

 最後の”契約”という文言を見たとたんに、いつかの会話を思い出す。

 

 

 ──”お互い”、どこにも行かないって証明して。

 

 

 その会話を思い出し、カヤツリが誰の事か分かった瞬間に。何かが砕けて崩れたような気がした。

 

 途端に自分の頭に記憶が流れ込んでくる。

 

 ホシノにとって大事な、大切な、まだ砂色かかっていても、青く色付いた。ホシノの青春の記録。

 

 

「ああ……ああ! カヤツリ!!」

 

 

 ホシノは叫ぶ。

 

 どうして忘れていたんだろう。昨日あんなことがあったのに。

 

 カヤツリと分かり合えたから、今日が楽しみだったのに。眠いのも昨日喧嘩したからだ。校庭が穴だらけなのも戦闘の余波でそうなっているのだ。

 

 喪失感がある? 当然に決まっている。こんな自分を受け入れてくれて、自分をさらけ出した相手を、あろうことか忘れていたのだ。心が悲鳴を上げるに決まっている。

 

 

「え……なんで。私。先輩の事忘れて……」

 

 

 目の前のシロコは茫然としている。周りを見れば他の後輩たちも、何かを思い出したかのように茫然としていた。

 

 部室にカヤツリの姿はない。いたらこんなことになっていない。きっと先生が連絡が取れないと言ったのはカヤツリなのだろう。

 

 はっきり言って異常事態だった。先生以外の全員が全員カヤツリの事を忘れるなど。こういったことができる人物など一人しかいない。

 

 

「……黒服!!」

 

 

 ホシノは怒りのままに部室を飛び出そうとして、できなかった。思い出してしまったからだ。黒服との会話を。

 

 

 ──このままだとカヤツリ君は帰ってこなくなりますよ。

 

 ──そうすれば彼に待っているのは存在の消失です。

 

 

 存在の消失。

 

 今のがそうではないのか。全員の頭の中からカヤツリの存在が消えていた。物品は消えていないところが嫌にリアルだ。もう手遅れではないのだろうか。また守れなかった。大事なものは自分の手から零れ落ちていく。

 

 そんな嫌な予感と思考がホシノの背中を這いあがる。

 

 また間に合わなかったのだろうか。ユメ先輩の時のように。

 

 自分は何も守れないのだろうか。

 

 

 ──俺を助けてほしい。もう俺だけじゃどうしようもないんだ。ホシノに助けてほしいんだよ

 

 ──無駄かもしれないけど、邪魔かもしれないけど! 何もできないのは、全部が終わった後に、何かできたかもしれないって思うのは嫌なんだよ!

 

 

「……そうだよね。ここで、落ち込んで諦めるのは違うよね。まだできることはあるよね」

 

 

 自分は言ったはずだった。無駄かもしれなくても何かがしたいと。それは今じゃないのだろうか。だって、まだカヤツリがいなくなったかどうかは分からない。そう、まだ分からないのだ。ならば、足掻く価値は十分にある。まだ間に合うかもしれない。

 

 それに、カヤツリに助けてと言われたのだ。きっと待っている。ホシノはそう信じてみる。

 

 

「皆。ちょっといいかな」

 

 

 ホシノは茫然としている後輩たちに声をかける。シロコや他の後輩たちは不安そうな目でホシノを見ている。

 

 

「皆。何でか分からないけどカヤツリの事を忘れてた。事態は把握した?」

 

「……どうするの? 何がどうなっているのか……」

 

「もうわけわかんない……」

 

 

 後輩たちはホシノの言葉に不安で一杯の言葉しか返せないようだった。

 

 それも当然だとホシノは思う。ホシノにも因果関係は分からない。だから、今ここで答えを返せない。でもやるべきことは分かる。

 

 

「うん。おじさんにも。私にも分からない。だから確かめに行こう。先生もついてきてくれるでしょ?」

 

 

 急いで戻ってきたのか、息を切らして部室の入り口に立っている先生に、ホシノは問いかける。先生は当然のように頷いた。

 

 なんの話をしていたのか分からないだろうに、躊躇なく頷く先生を見てホシノは勇気が湧いてくる。

 

 だって、違うからだ。ユメ先輩の時とは違う。

 

 あの時は一人だった。自分一人しかいなかった。けれど今は一人じゃない。先生が居る。後輩のみんながいる。カヤツリが信じてくれている自分がいる。

 

 それならもう怖くない。恐れるものは何もない。一人じゃないのなら、今度こそ大丈夫。

 

 

「じゃあ、行こうか。先生。皆」

 

 

 向かうは黒服のオフィス。

 

 昨日と同じように覚悟を決めて、でも昨日とは違う決意に満ちた覚悟を決めて。ホシノは銃と盾を手に取った。

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