ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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76話 大人の定義

「おや、随分と大所帯ですね」

 

 

 対策委員会と先生がオフィスに詰めかけても、黒服は焦ったような様子もなかった。驚いてはいるようだが、ただこちらの人数に驚いている。そういった様子だった。

 

 

「カヤツリをどこにやったの」

 

 

 ホシノが怒りの籠った声で黒服を恫喝する。黒服はさっきと変わった様子もなく、ホシノを見て感心したように声をあげた。

 

 

「ふむ。私は何もしていませんよ。ただ観察しているだけです。その様子ですと自力で思い出したようですね。いったいどうやったので?」

 

「質問に答えて」

 

「答えるのは吝かではありませんが、ホシノさんが主体で話すという事でよろしいのですか? それなら提案の話を先にすることになりますが」

 

「それは必要ないよ。私が代わりに話をする。そして、あなたが……黒服で良いのかな」

 

 

 黒服はホシノから目を離して、先生の方を見る。黒服の顔が歪むが、それはどこか嬉しそうだと先生は感じた。

 

「貴方が先生ですか。近々お会いしたいとは思っていましたが、意外にも早く機会が訪れましたね。……それで、先生。私と話したい事とは?」

 

 

 あまりにも白々しいもの言いだった。対策委員会はいきり立つが、口を噤む。今回は、先生が話すことになっている。

 

 カヤツリの黒服評と、黒服のホシノへのこれまでの干渉は全員に周知済みだ。実際に対面すると底知れない大人だと感じる。もしかしなくても理事よりも。

 

 

「カヤツリが今どこにいて、どうしているのかを知りたい。あなたは知っているんだろう?」

 

「ええ、知っています」

 

「なら……」

 

「その前に、先生。何故、貴方はアビドスに肩入れするのです?」

 

 

 当たり前のことを聞いてくるものだと思う。先生が生徒を気にかけるのは当たり前のことだ。完璧に出来ているとは言えないが、そうありたいと先生は思っていた。

 

 

「それは、私が先生だからだよ。先生は生徒を信じて、見守るものだから。そうありたいと思っている」

 

「あくまでも生徒が優先ですか。ならばカヤツリ君は後回しにしてもいいと思いますよ?」

 

 

 黒服は訳の分からない事を言い出した。けれど反論しようにも材料がない。まだ早い。

 

 

「彼は厳密には貴方の生徒ではない。なぜなら、彼のアビドスへの入学書類は私が作成した偽造だからです。いくら、前アビドス生徒会長が認めたところで物は嘘をつきません。だから先生。貴方は他の生徒を優先して下さい」

 

 

 ホシノが苦虫を嚙み潰した様な顔をしている。先生が視線をやるとホシノが教えてくれた。

 

 

「黒服の言ってる事は本当だよ……」

 

 

 それを聞いた黒服は、頷いて話し出す。

 

 

「先生。貴方の事は知っています。あのオーパーツ”シッテムの箱”の主であり、連邦捜査部シャーレの先生。……私たちは貴方と敵対する意思はありません。むしろ協力したいとさえ思っています」

 

 

 黒服の言っていることが分からなかった。協力したいと思っている? 黒服はカイザーと繋がってホシノを追い詰めて、カヤツリに何かをした疑惑がある。こちらの邪魔しかしていない。言っていることと、やっていることが正反対だった。

 

 

「私たちは、貴方と同じようにキヴォトスの外からやってきました。外とは言っても貴方とは違う領域ですが。……遅くなりましたが正式に名乗りましょう。私たちはゲマトリア。そして、先ほど先生がおっしゃったように、私が黒服です」

 

 

 黒服は言う。ゲマトリアとは探究者であり研究者だと。そういった者たちの集まり。黒服はそこに所属しているのだと。

 

 

「一応お聞きしますが、私たちと協力する気はありませんか?」

 

「微塵もない」

 

 

 ここにはカヤツリの居場所を聞きに来ただけだ。それ以外の事は先生や対策委員会にとっては些事だった。黒服は全く悔しくはなさそうに笑う。

 

 

「クックックッ。振られてしまいましたか。それで先生、貴方は何をしにここへ訪れたのですか?」

 

「カヤツリの居場所を知りに」

 

 

 先生の答えを聞いて黒服は不思議そうに呟く。

 

 

「……先ほど言ったでしょう? カヤツリ君は最初からアビドスの生徒ではないと。それはホシノさんも承知のはず。実際の書類を調べれば内容が虚偽であることがすぐに分かるでしょう。生徒でない者に干渉する権利は貴方にはないでしょう? 先生」

 

「あるよ。権利はある」

 

「何故です。彼は貴方の生徒では……」

 

 

 確かに黒服の言う事が本当なら、先生に打つ手はない。黒服は理由をつけて口を開かないだろう。でも偶然だが、活路はあった。

 

 

「カヤツリはシャーレの生徒だ。私が勧誘し、彼もそれを認めて所属した。彼は私の部下だ」

 

 

 それを聞いた黒服は押し黙り、確認するように言葉を発する。

 

 

「……なるほど。彼が貴方の部下であるならば、確かに干渉する権利はある……」

 

「アビドスの生徒たちを追い詰めて、騙して利用した。何故そんなことをする。それほどのことが出来るなら──」

 

「もっと穏便な手段がとれる。そう言いたいのですか。先生?」

 

 

 黒服は先生の言葉に対して、少し笑いながら答えた。

 

 

「確かに私が行ったことは様々です。ホシノさんへの勧誘のための仕込みやカイザーへの協力、カヤツリ君への実験。世間一般では悪だと言われる行為でしょう。ですが、ルールの範疇です」

 

 

 この返答で先生は黒服とは相容れないと感じた。黒服はきっと、もっと穏便な手段も取れたのだろう。だが無視した。おそらく今までの行為が一番確実で効率が良かったのだろう。だから実行した。善悪関係なく。だってルールの範疇だから。

 

 

「私がやっていることは特段珍しいことではありません。砂漠で水を求めて死にゆく者に水を提供する。ただし、一生奴隷として働いても返済できない額で。持つ者が持たざる者から、知識のある者が無い者から搾取する。それが大人なら誰もが知っている純然たる世の中の事実でしょう?」

 

 

 そうかもしれない。世の中はそうで、そうすることが賢いのかもしれない。けれど先生はそれを認めるわけにはいかなかった。

 

 その手段を知りながら、その事実を知りながら、一人で戦っていた生徒を知っているから。それが正しくて楽だと思っていても、心の奥底ではそうしたくないと思って抵抗していた子供を知っている。

 

 黒服は尚も催促してくる。アビドスから、カヤツリから手を引いてほしいと。断固拒否の先生を見て条件を上乗せしてくる。どれも先生に有利な好条件だった。

 

 先生は頑として首を縦に振らない。振るつもりは毛頭なかった。だって、それにはカヤツリのことが入っていないから。

 

 首を縦に振らない先生に、遂に我慢できなくなったのか、黒服は声を荒げた。

 

 

「貴方は無力です、戦う手段もこれらを解決する手段もないでしょうに! 私の提案に乗るしかない。分かっているはずです!」

 

 

 そうだ。先生には何の力もない。対策委員のように銃も撃てず、力もない。カイザーのような資金力や黒服のような知識もない。けれど、先生にしかない武器は一つだけあった。

 

 先生はそれを、一枚のカードを黒服に突き付ける。

 

 そのカードを見た黒服は固まった。

 

 

「大人のカード……確かに。先生。それは貴方だけの武器です。正しく使えばあらゆることが可能でしょう。ですが、それのリスクは知っていますか? 使えば削られるはずです。貴方の生が、時間が」

 

 

 黒服は言う。それは自分の為に使うべきだと。生徒のためなんて言うくだらないことではなく、もっと有意義なことに使うべきだと。アビドスは、元々貴方のあずかり知らないことなのだからと。

 

 

「断る。黒服。私はカードを生徒のために使うし、あなたの仲間になる気も、提案に乗る気もない」

 

 

 黒服は理解できないものを見るかのような目で先生を見る。そして疑問を吐き出す。

 

 

「なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? どうして? 先生、それは一体何のためなのですか? なぜ貴方はそこまでして何がしたいのです?」

 

 

 答えは決まっていた。

 

 

「この子たち、アビドスの対策委員に対して、責任をとる大人が誰もいなかった。だから私がその大人になるよ。それが私のやるべきことで、やりたいことなんだよ」

 

 

 アビドスの借金問題は元々、大人がやるべきことだった。だが誰もやらなかった。だから、代わりに対策委員が責任を負わざるを得なかったから。ならばその責任は自分が負うべきだ。子供である生徒たちではなく大人である自分が。それが大人のやるべきことだから。前いたところで、かつて子供だった自分が誰かに守られていたように。

 

 

「大人とは責任を負うものだとでも言いたいのですか? それは違います。先ほども言いましたが、大人とは権力によって権力の無い者を、知識によって知識の無い者を、力によって力の無い者を支配する者の事です。先生、貴方はそこに一番近い場所にいたはずだ。貴方がキヴォトスに来た時に、サンクトゥムタワー──この世界のテクスチャの制御権を貴方は迷いもなく手放した。あれがあれば貴方はこの世界の支配者になれたのに。そんな絶好の機会を、どうして!?」

 

「言ってもきっと、理解できないと思うよ」

 

 

 先生はどこか縋りつくように叫ぶ黒服に言う。

 

 そんな支配や権力など、ただの先生である自分には重すぎる。そんなことよりも、先生は生徒たちが笑顔で、自分が信じた道を行ってくれる方がいい。それを見て手助けするくらいでちょうどいいのだ。

 

 先生は、カヤツリがホシノに何を言ったのかはわからない。でも、あの夜の二人はとてもいい関係に見えたから。

 

 あの夜はきっと二人の転機だった。

 

 ホシノが自分を認め、カヤツリが頼るようになった。

 

 先生はそれが、とても嬉しかったのだ。

 

 生徒たちが心の底から笑顔で自分の道を行くことが出来る。そんな喜びを積み上げていきたい。それで先生は満足だった。

 

 だから、権力やお金なんてものは要らないのだ。

 

 黒服は迷うそぶりもなく、そう答える先生を見て、諦めたように言う。

 

 

「私の負けです。先生。このままでは平行線だ。お教えしますよ。カヤツリ君の居場所と現状を」

 

 

 態度を急に変えた黒服を先生は訝しむ。諦めが妙に良い。そんな先生に黒服は安心させるためか弁解する。

 

 

「貴方は諦めないでしょう? それなら素直に言った方が私の得ですから。貴方にこれ以上嫌われたくはないので」

 

 

 そんな心配をしなくても黒服の好感度は底値だ。そんな事を知らないだろう黒服はカヤツリに起こったであろうことを話し始めた。

 

 

「今日の明け方。カイザーの部隊がカヤツリ君を襲いアビドス砂漠まで拉致しました。今もそこにいるでしょう。身体はね」

 

 

 ”身体は”という言葉選びに嫌な予感しか感じない。黒服は対策委員と先生に確認する。

 

 

「私がホシノさんに言った提案とカヤツリ君の展望についての話は周知済みですか?」

 

 

 全員が頷いた。カヤツリの身体が限界であること、セトとかいうのが乗っ取ろうとしていること。

 

 

「……話したけど、まさか……」

 

 

 ホシノの言葉に黒服は頷いて肯定する。

 

 

「ええ、彼がアビドス砂漠に拉致され、実験室に監禁された瞬間にセトが身体を乗っ取りました。身体はというのはそういう意味です」

 

「何が起きたの?」

 

 

 先生の質問に黒服は専門用語満載の説明を始めた。

 

 

「今朝、覚醒したセトは、アビドス全域に新たなテクスチャを被せました。アビドス本校の跡地、旧生徒会室、空白のアビドスの玉座。今セトはそこにいます。今のセトはアビドスの王です。サンクトゥムタワーが正常な今、キヴォトス全域をどうこうはできないでしょうが。アビドス内なら神にも等しい。それこそ何でもできるでしょう。皆さんの記憶を消したり、砂嵐を止めることや、カイザーを滅ぼすことだってね」

 

「……間に合わなかったってこと?」

 

 

 ホシノが絶望したように呟く。黒服は頷いて補足した。

 

 

「恐らくは。カイザーに襲われた時点でセトは見切りをつけたのでしょう。幸いにも近くには空の玉座。実験室内部には私が用意していたカヤツリ君の”恐怖”がある。やらない理由がない。恐怖”を取り込み、反転する直前まで移行しています。放っておけば、全てセトが解決するでしょう。砂嵐は止まり、邪魔なカイザーは跡形もなく滅び去る」

 

「何か方法は?」

 

 

 先生の質問に黒服は悩みつつも答える。

 

 

「止めるだけならいくらでも。ただ止めたところで空っぽの身体が残るだけです。乗っ取られた時点で彼は帰ってこない。そもそも反転直前など、身体にかかる負荷が半端ではないですから。それに肝心のテクスチャがもう剥がれています。普通なら手遅れです」

 

 

 オフィス内に重い沈黙が満ちる。唯一の情報を持つ黒服が無理だというのだ。どうしようもない。

 

 そんな空気を気にもせず、黒服は不思議そうにホシノに質問する。

 

 

「ホシノさん。なぜ思い出せたのですか?」

 

「関係ないでしょ」

 

 

 ぶっきらぼうなホシノの返事に真面目な声で黒服は告げる。関係大ありですよと。

 

 目を剥くホシノへ黒服は仮説だと言って話し出した。

 

 

「テクスチャを被せたと言いましたが、あれはこの世界の法則を書き加えるに等しい行為です。そもそも外から来た私や先生はともかく、生徒である貴方が思い出せるはずがない。それは当たり前の事なのですから。だから思い出せたということは、何かがあるはずなのです。何かきっかけがあったはず」

 

 

 ホシノは無言で黒服にあの”手紙”を突き出した。黒服はそれを見て、何かに気がついたのかホシノに聞いた。

 

 

「この契約とは? 内容を教えていただけますか。私だけでもいいので」

 

 

 ホシノから契約を聞いた黒服は大笑いを始めた。全員驚いて黒服を見る。笑い終えた黒服は息を整えながら言った。

 

 

「ククク……これは何とかなるかもしれませんね。いつもなら対価を要求するところですが、神話の再現の観察。神秘反転直前から復帰する際のデータ。対価としては貰い過ぎなくらいです」

 

「本当に?」

 

 

 縋るようなホシノの視線を受けながら黒服に先生は尋ねた。ここで騙されてはたまったものではない。

 

 黒服は元々の計画を話し出す。

 

 

「ホシノさんが提案に乗らなかった時点で、計画はカヤツリ君の観察に移行しました。キヴォトス内での神性の顕現。それによる偉業の達成での崇高への到達。それが観測できるかもしれなかったからです。だから、貴方達に邪魔をされたくなかった。ただ、今のホシノさんの話を聞いてセトの目的が分かりました。これでは私の見たいものは見れそうにないですから」

 

「目的?」

 

 

 先生は聞き返す。ホシノからの情報で分かることは、セトが王になって、アビドスを統治したいとしか思えないのだが。それが黒服の見たいものではないのだろうか。

 

 

「先生。それは手段であって、目的ではありません。私も勘違いしていました。セトの目的はカヤツリ君を守ることです。ホルスへの恨みや不満ももちろんあるでしょうが。一番はそうではない。今回はカイザー排除の手段として神性の顕現という強引な方法をとっただけです。おそらくカイザーの排除が終われば、回復にいそしみながら砂嵐の抑制だけするでしょう。これでは崇高になど、ほど遠い」

 

「カヤツリを守るって?」

 

「あらゆることからですよ。ホシノさん。貴方からもカイザーからもね」

 

 

 黒服はホシノにそう言う。ホシノは少しショックを受けたようだった。それを気にもしないで黒服は説明する。

 

 

「ホシノさんとカヤツリ君は契約で繋がっている。だから思い出せたのでしょう。カヤツリ君はまだ消えていない。セトがその気なら真っ先に消えているはず。今回といい、前回と言い、随分とセトは身体に気を使っている。完全に反転しないのも元に戻れるようにでしょう。おそらくテクスチャの不調も本意ではないはずです。テクスチャは一人用の着ぐるみですから、二人は入れない。でもセトが消えれば、カヤツリ君を守れない。だからセトは、テクスチャのダメージは必要経費と割り切っていたのでしょう」

 

 

 その言い方だと、まるでセトがカヤツリを必死に守っているように聞こえる。黒服は頷いて肯定する。

 

 

「その通りです。今までセトが居たのはカヤツリ君を守るため。それなら話は簡単です。納得させればいい。玉座から引きずり落として、調伏すればいい。ホシノさん。ホルスである貴方が。かつてのようにね」

 

「納得って、どうすれば良いの。戦えば良いってこと?」

 

「いえ、それは準備段階に過ぎません。先生の力も必要でしょう。大人のカードで彼の中にホシノさんを飛ばします。そこでセトを説得してください。武力でも言葉でもいい。説得できればセトは返してくれるはずです。テクスチャも調伏されたセトという形で安定するでしょう。なにか意見はありますか」

 

 

 ホシノが口を開く。

 

 

「セトって何なの? 随分とカヤツリに親切だけど」

 

 

 黒服は薄く笑って答えた。

 

 

「貴方も姿だけならよく知っていると思いますよ?」

 

 

 □

 

 

 セトに対する対抗策をいくつか聞き、黒服のオフィスからアビドス校舎への帰り道。その道中でシロコは唐突に呟いた。

 

 

「先生は先輩の事覚えてたの……?」

 

「そうだね。覚えていたよ」

 

 

 シロコの返事に先生は気を遣うように答えた。ここで嘘を言ったところでシロコを傷つけるだけだ。

 

 今朝、校舎に来た先生が見た光景は、カヤツリの事を覚えていないかのように振舞う対策委員会。カヤツリに連絡しても全くつながらず、モモトークにも既読がつかない。

 

 情報を集めようと外部に連絡を取ろうとしたところで、ホシノの叫び声が聞こえた。部室に急行すれば、夢から覚めた様に対策委員はカヤツリの事を思い出していく。

 

 完全なる異常事態だった。自分が対象外だった理由は分からないが、シロコが気に病む必要はないのだ。

 

 けれど先生の答えを聞いたシロコは、悲しそうな顔をしている。他の対策委員も道中はずっとそんな顔だった。

 

 

「……そんなに落ち込まないでください。シロコちゃん。気がつかなかったのは皆同じなんですから……」

 

 

 ノノミが同じような顔で、シロコを慰める。けれどシロコは首を振ってそれを否定する。

 

 

「でも、ホシノ先輩は気がついたのに……」

 

「私も似たようなもんだよ。シロコちゃん。むしろシロコちゃんがいたから気が付けたんだから。あの手紙にね」

 

 

 何がいい方向に転ぶか分からないもんだねと。ホシノはシロコに笑って、そう言う。

 

 ホシノは、黒服の提案に乗ることを決めた時に置手紙を二通、用意したのだという。対策委員会と先生宛とカヤツリ宛の二通。

 

 対策委員会と先生宛には、提案に乗った経緯を。カヤツリ宛には極めて個人的なことを書いたとホシノは言う。

 

 昨夜のカヤツリとの喧嘩の後に、対策委員会と先生宛は回収して処分したが。カヤツリ宛はどさくさで処分を忘れカバンに入れっぱなしになっていた。

 

 それが、今朝のシロコとのやり取りで発掘されて、中身を読んだホシノはカヤツリのことを思い出すことが出来たらしい。

 

 

「だからさ。気に病むことはないんだよ。どう考えても異常事態だしね。手紙を読まなきゃ、私も気がつかなかった」

 

「……あの時のホシノ先輩は悲しそうだった。でも私は気がつかなかったし、カヤツリ先輩の事を何も知らなかった……」

 

「うーん。そこはさ、黒服が言うには契約のおかげらしいし。カヤツリの事は教えないカヤツリが悪いしね」

 

 

 落ち込むシロコに、ホシノは困ったように言うが。シロコの表情は晴れない。

 

 それを見て、ホシノは真面目な、目尻を下げて、少し優しい顔になって言う。

 

 

「シロコちゃん。あんまり出来なかった事に目を向けてると、それしか見えなくなるよ。そうなると、昨日の私みたいになるんだよ。自分が何も出来なくて、何も持っていないみたいに思っちゃう」

 

「ホシノ先輩は、そんな事を考えてたの?だから、悪い大人の提案に乗ろうとしたの?」

 

 

 シロコは憮然とした顔で言う。

 

 ここまでの道中で、ホシノは昨夜の事を対策委員会に話している。ただ、自分の心情は話していなかった。

 

 

「そうだよ。あの時の私はそれしかないって思ってたんだ。役立たずの自分じゃ、これしかないってね」

 

「そんなこと無い。ホシノ先輩は役立たずなんかじゃ……」

 

 

 シロコはホシノの話を聞いていたが、そこは反論した。

 

 それにホシノは頷いて笑顔で続きを話すのだ。

 

 

「シロコちゃんの言う通りに、そんな事は無かったんだよ。私は信じられていたし、大切な物を失くしてなんかいなかった。シロコちゃんだってそうだよ。決してそんな事はないんだよ」

 

「そうなの?」

 

 

 シロコは不安そうだった。大事な先輩の存在を異常事態とはいえ忘れていたのだから当然だ。誰も気がつかなかったら、どうなっていたか分からない。だから、シロコが自分を責める気持ちは分かる。

 

 ホシノは頷く。

 

 

「皆そうなんだと思うよ。出来る事と出来ない事があって、出来ない事は頼るしかないんだよ。カヤツリだってそう。今がまさにそうだよ。カヤツリがどうしようも無い事態だから、今私達が動いてる。シロコちゃんは気づけなかったのかもしれない。でも、それだけで、シロコちゃんは何も出来なかったわけじゃないんだ。まだやれる事はあるんだよ」

 

 

 だからさ。そうホシノはシロコに言う。

 

 

「カヤツリを助ける事を頑張ろうよ。シロコちゃんだけじゃなくて皆でさ。私が出来る事は私がやるけれど、出来ない事はシロコちゃんや、セリカちゃんにやってもらう事もあるかもしれない。もちろんその逆もね。できないなら、教えてもらってできるようになればいい。この前のノノミちゃんみたいに。なら、シロコちゃんはまだやれる事があるんじゃない?」

 

「……ありがとう。ホシノ先輩」

 

 

 シロコの不安そうな表情は少し和らいだように見えた。

 

 それを見たホシノは、照れ隠しか話題を変える。それにカヤツリも良くないんだよと。

 

 

「何で?」

 

「だって、一人でおじさんの行動を先読みして待ち伏せしてたんだよ。皆には何も話さないでさ。独断専行はカヤツリもだよ。おじさんが止まったからいいけど、止まらなかったら皆がいた方がいいよね。それに、今日こんなことにはならなかったかも。結果論だけどね」

 

「……確かに」

 

 

 シロコと他の対策委員も頷く。

 

 それを見たホシノはニヤリと悪い笑みで言う。

 

 

「おじさんだけ皆に怒られるのも不公平だからさ。ね、先生」

 

 

 先生はホシノの言いたいことが何となく分かった。同じように笑って言う。

 

 

「そうだね。確かにそれは不公平だ。早くカヤツリを見つけ出して、皆で文句を言おう。どうして言ってくれなかったんですかって」

 

 

 対策委員達は笑って、その提案に賛成した。

 

 最後の戦いまでもう少し。先生はやれることをやるためにシッテムの箱の電源を入れた。

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