ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
カイザーPMCの基地は壊滅状態だった。
戦車や新兵器のゴリアテはスクラップと化し、あれだけ数を揃えたPMCの兵士たちも多数が回路を焼かれて沈黙している。
「……はは」
カイザー理事は乾いた笑いしか出なかった。汚いことに手を染めて、ライバルを叩き落として手に入れた自分の城が崩れていく。
自分の財産が崩れていくにもかかわらず、理事の心には怒りが湧いてこなかった。だって、それ以上の危機が目の前に迫っているから。
今、理事が居るのは基地の一番奥にある指令室だ。そこに向かって、すさまじい勢いで誰かがやってきている。
壊滅状態とはいえ、まだ部下の兵士や兵器は残っていた。事前にプレジデントが追加で派遣してくれたものだ。その時は気がつかなかったが、カヤツリを攫った後、アビドスを攻め落とすために派遣されたのだろう。中々の数だった。
それが鉄板の上のチーズのように溶けていく。
陣形を組み、戦車やゴリアテを盾にして、その後ろから弾幕を張る。ここまでの道は一本道の直線、遮蔽物はない。銃弾を躱せず、防ぐ物もない。小鳥遊ホシノのように盾を構えたところで途切れない鉄の暴風に固められるだけだ。そこにゴリアテや戦車の主砲を撃ち込んで終わり。普通なら。
けれど、それは普通では無かった。
『ダメです! 弾が通りません! 風で全部……』
まず、弾が通らない。
それの周囲に凄まじい、まるで嵐のような風が吹いているらしく、普通の口径の銃弾では逸らされる。これまでの戦闘から見ると、一応は戦車の主砲サイズであれば逸らせないようだが、当たらない。
次にスピードが速すぎる。
それの移動方法は、子供が水たまりを飛び越えるように、一歩一歩を踏み切って跳んでいるだけだ。ただ暴風の勢いを借りているのか、その一歩の距離と速度が速すぎる。砂を巻き上げて移動する姿は、まるで小さい砂嵐だった。
最後に異常な火力。
それが、空中から地上に向けて弓を引く。
弓矢と言っても、蒼いエネルギー体で構成された妙なものだ。それが弓の弦を引き絞るにつれて、一本だった矢が左右に分かれるように増加していく。それが五本になった途端に、展開した部隊に向けて矢が放たれる。
五本だった矢はまた分裂を始め、地上に向かって雨のように降り注ぐ。威力は雨などという生易しいものではない。あれは雷光だった。戦車の装甲や防具など関係なく回路を焼いていく。
それがやっていることは単純だ。高速で飛び回りながら、雷光の矢を上空からバラまいている。
指令室に現場からの悲痛な声が響くが、どうしようもない。戦力を補充することしかできない。ある意味で思考停止だが、それしかできないのだ。少しでもそれが自分たちの所に来るのを遅らせる。
そのためだけに、無駄だと分かっていても、自分の順番が来ませんようにと、ここで止まってほしいと、当てのない願望を込めて。戦力の逐次投入を続けている。ある意味では指令室の心は一つだった。
その願いは叶わずに、指令室の扉の前までそれはやってきた。それが、扉を開けようと叩くがびくともしない。連続して叩く音が響くが結果は同じだった。
一瞬、指令室に安堵の空気が流れるが。それは扉から飛び出してきた蒼い雷光が、扉を焼き切り始めた途端に霧散する。しばらくすれば扉は焼き切られて指令室側に倒れ込み、そこから飛び出した雷光が理事以外の部下を焼いた。
理事は倒れた部下をちらりと確認するが、それ程酷くはない。外の部下と同じように手加減されていた。
理事は、用を為さなくなった扉の前に立っているそれに語りかけた。それしかもうできないからだ。分かり切った質問を投げつける。
「……何をしにきた」
周りに吹いていた風は無くなり、巻き上げられていた砂もないからか、姿は良く見える。それをカヤツリと言っていいかは疑問だったが。実験室の扉を焼き切って出てきたから、たぶんカヤツリだったのだろう。理事の前には、それらしきものが立っている。
フード付きのマントを被っているかのようなシルエットだった。シルエットとしか言いようがない。そういう輪郭しか分からない。口も表情も黒く塗りつぶされて分からない。けれど目に相当する部分だけが蒼く爛々と光っていた。
「……」
それは、黙って理事をみつめるだけだ。
理事は冷や汗を流す。何をしに来たと言ったが、理由は分かり切っている。拉致の件だろう。指示したのは理事ではないが、そんなことはそれには関係ない。だから、ここまでやってきたのだ。
「……誰の命令?」
「私の上だよ」
聞き覚えのない声に理事は正直に答えるしかなかった。それが、片手に蒼い矢を展開したからだ。外で撃った物よりも太く、指令室の扉を焼き切ったそれを、指令室内で撃たれれば命の危険があるから。
答えを聞いたそれは、少しの沈黙の後、また質問してきた。
「貴方はどうなるの?」
「恐らく左遷だ。君にここまで基地を破壊されてしまえばそうなるだろう。流石に生徒一人に壊滅させられたとはあってはな。それに、君を拉致したのも隠蔽しきれない。あの先生がアビドスに居ないときにやればいいものを」
理事は、自分の未来を語る。きっと左遷は避けられない。ただ妙に清々しい気分でもあった。
理事の様子を見たそれは、不思議そうに聞く。
「その割には、残念そうじゃないね。怒鳴り散らすくらいはすると思っていたけど」
「もちろん、それなりに腹は立っているとも、横紙破りで失敗したようなものだからな。ただ、それ以上に安堵の方が大きい」
初めは簡単な仕事だと思っていたのだ。アビドスの惨状を見れば誰だってそう思う。けれどここまで手古摺ってしまった。理事はこれ以上の延長戦は懲り懲りだった。理事は砂漠に埋まっているとかいう物には興味は無い。理事にとっては権力や地位の方が魅力的に映る。それは自身の仕事の、価値の揺るがない証明だから。
ただ、今回の事で考えを改めた。プレジデントの横槍などがそうだが、自身の失敗でなくとも簡単にそういうモノは壊れるのだと痛感したからだ。理事はやれるだけの事をした。しっかり説明したし努力もした。それでダメならしょうがない。
カヤツリが嫌がったのもそこなのだろう。そこまでカイザーを信頼していない。逆にアビドスは良いのだ。きっと、今の理事のように横紙破りをされても許せるのだろう。それか、それをされない程の信頼があった。
「いつまでもアビドスに付き合うのは疲れた。私は他の場所で、また一からやることにする」
「……そう」
それの表情や感情は理事には分からない。けれど、それは踵を返して理事に背中を向ける。
危害を加えないことに、困惑する理事にそれは言う。
「見逃してあげる。また会わないことを祈ってるよ。そろそろ邪魔者も来るみたいだしね」
あっという間に姿を消したそれを見送って、しばらくして緊張が切れた理事は床に崩れ落ちた。
□
「……来たね」
ホシノは、大オアシス跡地で、それが来るのを待っていた。
全員で作戦を立てる際に黒服が言った事を思い出す。
──アビドス砂漠に足を踏み入れれば即座にやってくるでしょう。だから、ホシノさん。貴方が鍵です。こちらの準備が完了するまで、セトの攻撃に耐えてください。セトも自壊しない程度の手加減はしてくるでしょうが、気を付けて。準備が終わるまでは、貴方しかセトに干渉できません。貴方の後輩たちの力も必要になりますが、それは準備が終わってからです。
黒服の言ったとおりに、少し離れたところに何かが落ちてくる。
着弾し砂煙が舞う。
中から出てきたそれに、ホシノは悲痛な顔になる。見るに堪えない姿だ。カヤツリの面影など体格くらいしか残っていない。
「……今すぐ戻してあげるね。カヤツリ。……それと、セトだっけ? じゃあ、やろうか」
今のホシノは、あの夜の喧嘩と同じように本気の装備だ。けれどあの時と違う。なぜか安心感がある。失敗すれば次はない。決して失敗できない。そんな状況なのに怖くない。きっと一人ではないからだ。後輩たちもいるし、先生もいる。これでカヤツリが戻れば完璧だった。
「──ッ」
黒服がセトというそれが、怒りの叫びを上げながら猛攻を開始する。ホシノは、弓から放たれる矢を盾で防ぐ。セトは飛び上がり上空からホシノに向かって矢を撃ち下ろす。あらゆる方向から歪曲した矢が襲うが、ショットガンや盾で迎撃する。
「そんなのは効かないよ」
セトの攻撃方法は知っている。ここに来るまでの道中で、PMC基地の襲撃の映像を見ているからだ。受けるまでは不安だったが、大した威力ではない。これならいくらでも防ぐことが出来る。
セトはホシノのショットガンの射程外からの攻撃しかしてこない。これも黒服の言う通りだった。
──セトはおそらく遠距離からしか攻撃してこないでしょう。セトの本領は近接でしょうが、雷の槍では火力が高すぎる。うっかり貴方を殺しかねない。それなら、まだ手加減の効く弓矢を使うでしょう。だから準備が終わるまでは防御に徹し、終われば全員で畳みかけてください。逸話の通りにね。
攻撃が効かないと悟ったセトは、攻撃方法を変えたようだった。
ホシノに向かって吹く風が強くなる。風と砂が質量を持ってホシノに叩きつけられる。ホシノは歯を食いしばって盾を構える。
嫌な攻撃だった。
カヤツリとの模擬戦でいつも痛感していることだ。ホシノは小さいから質量攻撃が苦手だ。今のような攻撃は特に。
盾は大きいから風圧をもろに受ける。かといって盾をしまえばあの雷撃を防げない。けれど今のまま耐えるのもつらい。薄目をあけて前を見れば、セトが弓を構えている。さっきと違うのは矢がとても大きいこと。
「ぐっ──」
矢が放たれ盾に直撃する。まだ耐えられるが連発されれば厳しいだろう。その証拠に手が震えてきている。風圧も増しているし、目の前ではセトがまた矢をつがえている。
また矢が放たれようとしたところで、どこかから放たれた銃弾がセトに直撃した。鬱陶しいような反応をして、セトは攻撃を中断する。状況を確認するためか風も止む。
「ん。ホシノ先輩、大丈夫?」
「うへ。大丈夫だよ。シロコちゃん。シロコちゃんが来たってことは……」
「はい、準備が終わりました」
銃撃したのはシロコだったようで、少し得意げな顔をしていた。ノノミが準備が終わったことを教えてくれる。
「お待たせ。受理に時間が掛かってね」
先生が何か紙を持ってセリカとアヤネに守られながらやってくる。本当に準備ができたらしい。
何かを察したセトが先生の手元の紙に向かって矢を放とうとするが、それはノノミのミニガンで撃ち落された。
セリカが狙撃し、アヤネはドローンで補給と妨害、シロコはホシノから盾を借りて前衛を張っている。これでホシノはフリーになった。
「じゃあ、先生。お願い」
先生はホシノの声に頷いて、宣言した。
「ここに宣言する。アビドス廃校対策委員会を正式に承認する。そして、アビドス生徒会からアビドス廃校対策委員会へ、アビドス高等学校に関する決定権を移譲する」
それを聞いたセトの攻撃が激しくなり、先生とホシノの方へ近づいてくる。けれど後輩たちに邪魔されて、その歩みは遅い。あと一歩が届かない。セトより先にホシノが言葉を紡ぐ。
「私、アビドス生徒会副会長、小鳥遊ホシノが権限の移譲を認めるよ」
そう、ホシノが言った瞬間。あの時のような、また何かが砕け散る音がした。
セトが悲鳴のような声を上げる。そんなセトの首に首輪がはまる。鎖が伸び、それはホシノの手に繋がった。
セトは暴れるが、暴れれば暴れるほどに鎖が多くなる。その姿を見たホシノは黒服の言った計画を思い出す。
──いいですか。まずはセトを玉座から引きずり落とさねばなりません。王権を持ったままでは契約も弾くでしょうし、権能も使うでしょう。抑え込むどころの話にもなりません。セトも二回目は堪えるでしょうしね。
セトが手に入れた王権と言うのは、簡単に言えば生徒会長の席の事だそうだ。今のカヤツリはアビドス生徒会長の権限を持っている。黒服が言うにはそこが隙らしい。権限があるのは、生徒会役員なのは、あくまでカヤツリであってセトではない。セトは代理で権利を振るっているに過ぎないのだと。
──アビドス生徒会から対策委員会に権限を移譲する。そうすれば、アビドス生徒会の生徒会長の権限は失効し、セトは力を失い零落する。かつて貶められたように。権限が移行した対策委員長のホシノさんとの契約で縛り上げることができる。私の物を真似したというなら拘束力は本物でしょうから。
カヤツリとの契約でカヤツリの身体を縛り上げる。そのためにはセトの目の前でやる必要があると黒服は言っていた。
──反対しようにもセトには投票権がありません。だからホシノさんの独断で決めることができる。問題は、セトの目の前でそれをやらなくてはならないという事です。カヤツリ君無しでの決定は生徒会に二人しかいないので、多数決は人数の関係上不可能です。セトの目の前、意識の無いカヤツリ君の身体の前で行い、カヤツリ君を投票棄権という形にしなくては。
だから、こうした。ホシノが戦ってセトを足止めし、先生と書類の準備ができた段階で後輩たちと交代。先生と生徒会副会長であるホシノで、権限の移譲を宣言する。
──そうすれば、後は力を失ったセトが残るだけです。王権を失えばホシノさんとの契約も弾けない。あとは説得するだけです。ホシノさん。これは忠告ですが、戦う方法を間違えてはいけませんよ。
おおむね黒服の言う通りに進んだ。
あの大人の言う通りにするのは、嫌な感じがする。けれど、対価は貰ったと言っていたから。信用してもいいはずだった。
縛られて暴れるセトは蓑虫のようになっている。後輩たちが銃を突きつけるとセトはおとなしくなった。そんなセトにホシノは一歩ずつ近づいていく。
セトの表情は分からない。爛々と光る目しかないからだ。けれど、その目からはホシノに対する怒りしか感じなかった。
ホシノにはセトが何に怒っているのかは分からない。黒服が言うには因縁か何かがあるらしいが、それだけではないような気がした。怒りがどこか具体的な気がする。何となくムカつくとか、生理的に無理とか、そういうモノではなく。お前のこういう所が嫌いだというようなモノを感じる。
それは直接聞けばいい。そうホシノは思う。
「ホシノ。準備はいいかい?」
「大丈夫だよ。先生」
ホシノは頷いて、後輩たちと鎖で身動きが取れないセトの前に立つ。後ろで先生がカードを構えて、ホシノに言う。
「セトが何を考えているか分からないけど、ホシノが思う事をぶつければいいよ。何かあったら私が何とかするから。だから安心して行っておいで」
「分かった。ありがとう。先生」
ホシノは先生と後輩たちに向かって笑う。絶対に二人で帰るという覚悟を固めて。もう、恐怖や不安はなかった。
「じゃあ、行ってくるね」
その言葉を言い終えた瞬間、ホシノの意識はカヤツリの中に向かって飛んだ。
□
「ここは……」
目が覚めたホシノが見た最初の光景は、見覚えがあるモノだった。
「生徒会室……それに、この散らかりようは……」
今の生徒会室はホシノが綺麗に掃除している。だから、今目の前にある光景のように、机の上に書類が積み重なっていたり、ソファーの上に誰かの荷物が置いてあったりはしていない。
こんな風だったのは、二年前の時だけだ。まだ三人で居た時の二年前の生徒会室。そこにホシノは居た。
中には誰もおらず、ホシノしかいない。黒服が言うにはセトを説得するという話だったが、居ないものをどう説得すればいいのだろう。
窓や扉を開けようとするが、びくともしなかった。何かないかと、書類を漁ってみるが、白紙の物や何か書いてあっても読めない物しかない。完全に手詰まりだった。
──椅子か何かで窓ガラスを叩き割ってやろうか。
そんな乱暴な思考にホシノが支配されそうになった時。ホシノの後ろにある入り口の扉が開く音がした。
そして、とても懐かしい声が聞こえた。ずっと聞きたくて、会いたかった声が。
「ごめんね~、ホシノちゃん。準備で遅くなっちゃった」
衝動のままに振り向いたホシノの口から言葉が漏れる。
「ユメ先輩……」
「や、久しぶりだね、ホシノちゃん」
ホシノの記憶にある顔そのままで、あの頃のような笑顔で笑う。梔子ユメがそこに立っていた。