ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

83 / 335
82話 一つの終わり

 カヤツリがカイザーに襲撃され、セトに乗っ取られる。あの事件から一週間が経っていた。

 

 一週間なのは、身体の調子を見るために病院に缶詰になっていたからだ。毎日、対策委員や先生、ホシノがお見舞いには来てくれたので、退屈するという事は無かったけれど。検査をしてくれる黒服が困りものだった。

 

 あの独特の笑いを漏らしながら、上機嫌でカヤツリの身体の検査をするものだから不気味で仕方がなかった。何か要求されると思っていたが、黒服曰く、あの事件を観測できた事。それ自体が対策委員会と先生に協力する契約の対価だったらしい。それは黒服的には釣り合っていないようで、貰い過ぎたそれをカヤツリの検査で帳消しにしているらしかった。

 

 結果は白。特に異常なし。予後も良好。

 

 それなら良かったと。上機嫌で退院したカヤツリを待っていたのは、後輩たちの説教だったのだが。

 

 

「……どうして一人で行ったんですか?」

 

 

 目の前には、静かな口調でカヤツリに問いただす奥空後輩が居る。眼鏡が反射で白く光って目が見えないのがなんだか恐ろしかった。無言の圧で固い床に正座だ。非常に足が痺れる。もう、感覚が無くなって大分経つ。

 

 奥空後輩に言い訳は通じない。普段は優しいのだが、後輩やホシノが対策会議などでふざけたり、道理の通らない事をすると怒るのだ。普段優しい人間が怒ると恐ろしいという。それは実際その通りで、いつかなどは机を投げ飛ばしたことがある。だから、カヤツリはこの後輩を怒らせないように立ち回っていたのだが、今回ばかりはどうしようもない。

 

 カヤツリは正直に答える。禄でもない答えなのだが。

 

 

「……あの時は邪魔かなって、思って……」

 

「邪魔ですか。そうですか。今回カヤツリ先輩は、私たちと先生に助けられたのに? それでも邪魔と言いますか? 違いますよね」

 

「はい……その通りです……」

 

 

 何も言い返せない。実際その通りだからだ。さっきから正論で殴られ続けている。

 

 残りの後輩たち。シロコやセリカは、激怒している奥空後輩を一歩引いて眺めている。十六夜後輩は静観の構えだ。いよいよの時は助けてくれそうではあるが、あの不満そうな顔を見るに、未だのようだった。こういう時に頼りになりそうな先生は、今回の騒動の後始末とやらで、ここには居ない。

 

 

「アヤネちゃん。私もカヤツリも……」

 

「元凶のホシノ先輩は黙ってて下さい。カヤツリ先輩の前に、皆で怒りましたけど、ホシノ先輩の方も良くないんですよ。そもそも、二人に言いたいことは同じです」

 

 

 隣で同じように正座させられているホシノが助け舟を出してくれるが、奥空後輩はこれを一刀両断した。

 

 同じ立場のホシノが言ったところで、そうなるのは当然だった。奥空後輩の怒りは治まらない。

 

 彼女だって、怒りたくて怒っているわけでは無い。きっと残りの後輩たちだってそうだ。

 

 どうして置いていったのか。私たちはそんなに頼りないのか。私たちは邪魔なのか。

 

 決して、そんな事はない。けれどやった事はそうではない。カヤツリにも言い分や、その理由もある。でも、後輩たちを傷つけて。結局は彼女たちに助けられた事実は変わらない。

 

 良い悪いは今になって判断できる事だ。カヤツリの判断を間違っていないと言う者も、そうでない者もいるだろう。でもカヤツリは悪いと思ったから。きっと間違っていたと思った。

 

 

「悪かった。謝るよ。もうしない」

 

「何をですか?」

 

 

 確認するように奥空後輩はカヤツリに問う。

 

 

「黙って抱え込まない。言うようにするよ。もちろん聞かれたら答える。だから、ごめんなさい。どうか許して下さい……」

 

「……ホシノ先輩と同じ事を言いますね。もうしないと約束できますか? 私だけじゃなくて、皆に」

 

 

 カヤツリは大きく頷いて了承した。それを見た奥空後輩は分かりましたと、怒気を引っ込めた。あまりにも変わり身が速すぎる。もっと怒っていてもよさそうだったのに。さっきとは、あまりに違うその様子にカヤツリは目を白黒させる。

 

 そんなカヤツリに奥空後輩はいつもの様子で話す。

 

 

「不思議ですか? 別に私たちもカヤツリ先輩をいじめたいわけでは無いです。ちゃんと罰を受けたら許してあげます。先生も”あまり責めないであげてほしい”と言っていたので」

 

 

 ここにいない先生が、ある程度は言っておいてくれたらしい。奥空後輩がいつもの様子に戻ったことで、少し遠巻きに見ていた後輩たちも近づいてくる。それぞれ手に何かを持っているのが気になったが、それよりも許してくれたことに対する礼が先だった。

 

 

「ありがとう」

 

「お礼を言うのは早いですよ。カヤツリ先輩。罰がまだですから」

 

「……何をやらされるんだ?」

 

 

 そう聞いたカヤツリにシロコが答える。

 

 

「ん。ホシノ先輩にはしばらく、私たちの言う事を聞いてもらっていた。所謂パシリ」

 

「俺にもそれを?」

 

 

 思ったよりも軽いなと思ったカヤツリに、セリカ後輩が首を横に振って言う。

 

 

「先輩は、一週間いなかったでしょ。その間に色々問題があったの」

 

「問題?」

 

「カヤツリ先輩が、皆に黙ってやっていたことの対処です。ゲヘナの事とか、治安の事とか。そこは先生とホシノ先輩が頑張ってくれましたから、今は解決済みです」

 

 

 十六夜後輩がどこか疲れた目でカヤツリが居なかった間の顛末を語る。確かに、それの対処を言う前に病院に缶詰だった。相当苦労したのだろう。けれど解決したのなら良かったのではないだろうか。

 

 

「うん。だからね。カヤツリの確認が必要なんだよ」

 

 

 隣でホシノが申し訳なさそうな顔で言う。そこで、カヤツリは思い至る。確かに確認は必要だ。けれどきっと……

 

 

「じゃあ、お願いしますね」

 

 

 奥空後輩の声と共に、どさどさと音がして、カヤツリの脇の机に何かが積み上げられていく。紙の山だ。報告書の山。

 

 

「……罰ってこれの確認? この量を?」

 

「はい。夕方までにお願いします。私たちは疲れたので休みます。終わったら待ってますから。遅れないでくださいね」

 

 

 後輩たちはそう言って、対策委員会の部室から出て行った。部室にはホシノとカヤツリの二人だけだ。カヤツリは天を仰ぐが、見慣れた天井しか見えなかった。

 

 そのまま、ホシノとカヤツリしかいない部室の中で、無言で報告書を捌いていく。果てが見えないがやるしかない。やればいつかは終わるのだ。その精神でカヤツリは報告書の山に立ち向かっていた。

 

 その奮闘のおかげもあって、山の高さは順調に減ってきている。このままのペースであれば、後輩たちの言った夕方までには終わるだろう。

 

 

「いったん休憩したら?」

 

 

 確認が終わった書類を纏めながら、ホシノがカヤツリにそう提案する。

 

 確かに、ペースは大きく落ちてはいないが、休息も必要だ。休息しないで無理をするなど前の繰り返しだ。

 

 

「え。まだ、乗っ取ろうとしてるの?」

 

 

 カヤツリの独り言に反応して、ホシノが驚いた様子だった。それに対してカヤツリは安心させるようにホシノに告げる。

 

 

「いや、黒服が言うには寝てるそうだよ。”余程の事が無ければ起きないでしょう”って。奴は約束は守るよ。元は俺なんだから」

 

「……そう」

 

 

 ホシノは何かを考え込んでいるのか黙り込む。大体ホシノが何を考えているのかは予想は着く。

 

 

「なんでセトが、すんなり引いたのか気になるのか」

 

 

 ホシノは黙って頷いた。あの世界から出る時の会話から、ホシノはそれに納得いっていないようだったから。だから、捨てられたなどと勘違いするのだ。自分に自信が無さすぎる。

 

 

「確かに、アイツはホシノの事が大嫌いだよ。だから、あんなことを仕出かした。でもアイツも悪い奴じゃないんだよ。かつてのホシノや俺と一緒だ」

 

「カヤツリを閉じ込めようとしたこと?」

 

「それもそうだけど、境遇と言うか、それに至る理由」

 

 

 セトには居場所とできる事がなかった。カヤツリを助けるために生み出されたのに、それを果たせない。存在意義がない。居る場所もカヤツリの中だから、起きている限りカヤツリに負担を掛ける。もう、にっちもさっちもいかなくて、暴走した。もちろんホシノに対する恨みも多分にあるだろうけど。

 

 

「どっかで聞いた話だ。俺を助けようとして、空回りして、暴走したホシノと。負担を掛けまいとして、結局は負担を掛けていた俺と」

 

 

 ホシノを恨み嫌いながらも、やっていることは一緒だった。それをセトは分かっていて、見ないふりをした。全力の理論武装で身を守った。だから、突きつけてやったのだ。お前の行動は、お前の嫌うホシノ以下の行動なのだと。理論武装した以上は、それを投げ捨てて行動はできない。

 

 

「それで、何で止まるの? ”そんなのはどうでもいい”なんて言われたらどうするの」

 

「言わないよ。口が裂けてもね」

 

 

 なんだかんだと、ホシノを罵り、カヤツリを救いたいと言っていた。だったら、もっと強引にやればいい。入院中にホシノから、事のあらましを聞いたが変なことが多すぎる。ホシノの戦闘に付き合う理由もないし、侵入されたところで相手にしなければいいの話だ。

 

 

「多分、どんな形であれ認めてほしかったんだと思うよ。君はここに居ていいんだって。前の俺みたいにね」

 

 

 セトは存在を否定されていたようなものだから。ホシノへの憎悪も、カヤツリへの善意もどれも本当だけれど、同じくらい求めていたのもそれだ。だから、カヤツリとホシノに礼を言われたときに、ある程度は満足したのだろう。少なくとも、落ち着いて様子を見る程度には。

 

 

「まあ、そういう事だよ。案外、あの校門までのやり取りも見てたんじゃないか。ホシノが謝らなかったら、あそこから出さなかったかもな」

 

 

 それを聞いて、ホシノはおおよそは納得したようだった。それを見てカヤツリは仕事に戻る。ペースは元に戻り、日が傾くにつれ、山は順調に減っていった。

 

 

 □

 

 

 カヤツリの目の前の書類の山が全て掃けた。日は落ちかけていて、後輩たちの言った夕方だ。彼女たちは待っていますと言っていたが、カヤツリにはおおよその予想がついていた。

 

 報告書には色々あったが、その中にいくつか気になるものがあった。

 

 それは便利屋68への支払いであったり、ゲヘナやトリニティからアビドスまでの運賃であったり、とどめは宴会の見積もりだ。日付が今日で、シャーレから経費で落ちるとくれば言わなくても分かる。

 

 

「皆が柴関の屋台で待ってるんだろ。便利屋や他の面子もいるみたいだけど」

 

「ああ、やっぱり言わなくても分かるんだね。便利屋やヒフミちゃんや風紀委員長ちゃんには、色々手伝ってもらったんだよ」

 

 

 席から立ち上がったホシノが苦笑いしている。ホシノが言った、それらの事は報告書で分かっていた。

 

 便利屋は対策委員会がアビドス砂漠に突撃するまでの間、アビドス校舎の護衛。実際、カイザーPMCとは違う、カイザーの勢力が襲ってきたらしいが見事に撃退したらしい。

 

 ヒフミは、先生が頼んだ通りにティーパーティへ報告してくれたようで、トリニティはカイザーに対して睨みを効かせてくれていた。ゲヘナ──風紀委員会も同様に、治安維持という名目で睨みを効かせてくれていた。そこは先生が一肌脱いだようで、風紀委員に言うことを聞いてほしいなら足をなめろと言われても、一歩も引かなかったという。

 

 カイザーは今回。ゲヘナとトリニティの監視下でかなり強引に動いた影響で、かなりのボロが出たそうだ。おかげでブラックマーケットとの繋がりや、カヤツリを襲撃したことなどが世間に明らかになった。

 

 そこでも、先生が動いたらしく、利息の利率をかなり減らすことに成功したとホシノは言う。それに、一週間の間、全く砂嵐が起きていないのだと。

 

 ホシノが言うには、セトが去り際にサービスすると言ったという。サービスとはこれの事なのかもしれない。

 

 全ての問題は解決せず、借金は残ったまま、土地も大部分がカイザー所有のままだ。けれどかなりマシにはなった。

 

 それを祝っての宴会なのだという。

 

 

「普通に言えばいいものを。分かりにくい……」

 

 

 これなら、言ってくれればいいのにと。そうぼやくカヤツリに、ホシノが困ったように笑って言う。

 

 

「それも罰なんだってさ。こうすれば言えば簡単なことが分かるでしょうって。もし気がつかなかった時の為に私が居たんだけど、いらなかったね」

 

「助かったよ。居てくれてよかった」

 

 

 ホシノにそんなことは無いと伝える。仕事を手伝ってくれたし、いらないというのは言い過ぎだ。ホシノはそれを聞いて嬉しそうに笑う。

 

 そんなやり取りを続けるうちに。屋台がある場所まで着いた。そこは折り畳み式のテーブルがいくつか開かれていて、それぞれの陣営が座って、二人を待っていた。

 

 

「来たね。二人とも。待ってたよ」

 

 

 先生がニコニコ笑って、二人を出迎えた。

 

 

「居なかったのは、皆を呼んで、この会場をセッティングするためですか」

 

「そうだね。アビドス外の生徒は時間がかかるから。それで、今回の騒動が解決したお祝いってところかな。私も近いうちにシャーレに戻るよ。時々様子を見には行くけどね。カヤツリの手続きもあるし、心配でもあるから」

 

「ありがとうございます。先生が来てくれてよかったです。今更ですが、最初にあんなことを言ってすみませんでした」

 

 

 先生はキョトンとした顔をした後に、嬉しそうに笑った。そして良いんだよと。それが私の仕事なんだからねと。カヤツリに気にしないように言うのだ。

 

 

「それに、最初に来たのがアビドスでよかったよ。私もキヴォトスの色々な面を知れたし、皆に会えてよかったからね。カヤツリも皆に挨拶しておいで、もうお祝いは始まってるから。しっかり楽しむんだよ」

 

 

 先生が言う通りに、周りは賑わっていた。皆がラーメンを啜りながら談笑している。テーブルもある程度近いので、違うテーブル同士で話したりもしていた。

 

 

「カヤツリも行ってきなよ。私も用があるからさ」

 

 

 ホシノはそう言って、対策委員会のテーブルの方に行った。どこから行こうかと見渡せば、便利屋のサイドテール──ムツキが手招きしている。便利屋のテーブルは全員揃っていて、こちらを見ていた。

 

 嫌な予感しかしないが、いつかはいかなくてはならないのだ。諦めて便利屋のテーブルの方へ向かう。

 

 

「くふふ。お兄さん久しぶりだね」

 

「そうだな」

 

 

 カヤツリはこういう手合いが苦手だった。ただ礼は言っておくべきだ。彼女たちは仕事をしっかり完遂したのだから。

 

 

「校舎を守ってくれてありがとう」

 

「いいのよ。先生からの依頼だったし、しっかり依頼料は振り込まれた。私たちにとっても気持ちのいい仕事だったわ」

 

 

 社長──アルが笑顔でそう言った。柴関が爆発してから顔を見てはいなかったが、あの時のしょぼくれた顔とは違っていい顔をしていた。探していたものを見つけたような。そんな顔だった。

 

 

「最後にケチがついたけどね」

 

 

 ぼそりと髪を括った方──カヨコが言った。アルは何かを思い出したのか白目を剥く。それと同時にショートの方──ハルカがまた謝りだした。

 

 

「ごめんなさい。アル様……。私が派手にやり過ぎたせいで……」

 

「何かあったのか?」

 

 

 ただ事でない様子にカヤツリが疑問を零せば、ムツキがくふふと笑いながら言う。

 

 

「教室を一つ吹き飛ばしちゃったんだよね。戦闘の余波で。その所為で報酬が少し減っちゃったんだよ。ケチがついたっていうのはそういう意味だね」

 

「あー。なるほど」

 

 

 それなら仕方がない。どこが吹き飛んだのかは分からないが、一つくらいなら大事無いだろう。わちゃわちゃしている便利屋にもう一度お礼を言って、カヤツリはそこを後にした。

 

 次はヒフミだった。

 

 対策委員会のテーブルに座っている。話がひと段落したのか、手持ち無沙汰に座っている。対策委員は、思い思いのテーブルに行っているようだ。後輩たちはカヤツリと入れ違いに、便利屋のテーブルに行っているし、ホシノは風紀委員会の方のテーブルに行っていた。

 

 

「あ。カヤツリさん」

 

 

 カヤツリに気がついたヒフミがぱっと表情を変える。明るい笑顔だった。ひとまずカヤツリは感謝を伝える。ティーパーティを動かしてくれたのだ。簡単にできる事ではない。

 

 

「あはは。いいんです。皆さんの役に立てたのなら。それにハッピーエンドで終わりましたから、とてもよかったです」

 

 

 そうかと、カヤツリは思う。これでメインの用。それ事体は終わりだが、もう一つだけ報告があった。あの時のアドバイスに対する報告だ。

 

 

「……ホシノに好きって言った」

 

「え!? 返事は……?」

 

 

 黙って頷くカヤツリにヒフミはとても嬉しそうに笑った。なんだか、最初の時よりも嬉しそうだ。

 

 

「良かったです! これで本当のハッピーエンドですね!」

 

「何か助けてほしいことがあったら言ってくれ。できる限りの事はする」

 

「あはは。その時はお願いしますね」

 

 

 気がつけば、ちょうど対策委員が戻ってきている。ホシノも一緒だ。それなら次行くところは決まっていた。ヒフミに一言言ってから風紀委員会の方へ行く。

 

 

「何ですか。委員長に何か用ですか。あなたには指一本触らせませんよ」

 

 

 カヤツリがヒナに話しかけようと、風紀委員会のテーブルに行くと風紀に真っ向から喧嘩を売っていそうな女生徒が邪魔してきた。もう一人、ツインテールの生徒がいるがカヤツリに怯えているのか目を合わせようとしない。

 

 

「アコ。大事な話だから邪魔しないで。マト先輩がらみの話だから」

 

「ぐぐぐ、分かりました」

 

 

 アコとかいう生徒は何か血涙でも流しそうな顔で道を譲る。ヒナはため息をつきそうな顔だ。相応に疲れているらしい。

 

 

「ここまで呼んで大丈夫だったか? 仕事は大変なんじゃないのか」

 

「仕事はマト先輩が代わってくれたから。”楽しんできな”って。カヤツリ、それで何の用? カイザーの件なら、こちらにもメリットのある話だから気にしないでいいけど?」

 

 

 マトと言うのは誰か分からないが、台詞から察するに幽霊の事だろう。用と言うのは幽霊への言伝だ。ヒナにも大いに関係のある事だ。

 

 

「列車の件で一人巻き込みたい。それでもいいか?」

 

「それって小鳥遊ホシノ?」

 

 

 ヒナが一度で正解を言い当てる。話が早くて助かるが、何故分かったのだろうか。ホシノと何か話していたようだったが、いつの間に仲良くなったのかカヤツリには知る由もなかった。

 

 

「貴方が病院に缶詰になっている間に、色々あったのよ。彼女が対策委員会の委員長でしょう? アビドスの最高責任者。だから話す機会が何回かあったの」

 

 

 それなら分かった。特に矛盾もない。そんな風に納得するカヤツリに、ヒナは少し心配そうに言った。

 

 

「その件なら、私からマト先輩に話しておく。少なくとも条約の後の話になる。それと、頑張ってね。きっと大変だと思う。限界だったら一時逃げてきても良い」

 

 

 ヒナの最後の言葉は気になるが、話は終わりだと言うように、アコが前に出てきた。ヒナはそれを今度は止めない。話は終わりという事に違いなかった。

 

 風紀委員のテーブルを離れて、最後に行く場所は決まっていた。

 

 

「坊主。元に戻ったようで何よりだ」

 

「久しぶりです。大将」

 

 

 大将がラーメンを作っている屋台まで来た。大将は嬉しそうにカヤツリを見ている。

 

 

「元気か、もう中に居たアイツは大丈夫なのか?」

 

 

 大将はセトの事を知っているらしかった。わざわざセトは大将を助けたそうだから、当然かもしれない。大将には心配ない事と、セトは寝ていることを伝える。大将は安心したようで、大きく息を吐いた。

 

 

「なら、安心だな。バイトはどうする。来週からでもいいか」

 

 

 カヤツリは了承する。入院やら何やらで、延び延びになっている。これ以上の迷惑は大将とセリカ後輩には掛けられない。

 

 大将はカヤツリの顔を見て、感慨深げに言った。

 

 

「坊主。今までで一番いい顔をしている。良かったな。ほら、出来たから持っていきな」

 

 

 出来立てのラーメンを大将はカヤツリに渡してくれた。カヤツリは大将にお礼を言って、対策委員会のテーブルへ、温かいそれを持って戻っていった。ホシノや先生、後輩たちが待っている。テーブルへと。そこには、その周りには笑顔しかなかった。

 

 それは確かに、カヤツリがずっと求めていて、ようやく手にしたものだった。

 

 

 □

 

 

「楽しかったね。カヤツリ」

 

 

 そこは帰り道だった。

 

 もう日は落ちて、宴会は終わっていた。皆、それぞれの家路へとついている。風紀委員会はゲヘナへ帰り、便利屋は自分たちのオフィスへ、ヒフミは後輩たちの家に泊まって、明日朝早くにトリニティへ帰るそうだ。

 

 カヤツリとホシノはそれぞれの家路に向かっている。

 

 すぐに、校舎とホシノの家への分かれ道へと着いた。ここでお別れだ。

 

 

「じゃあ、また明日」

 

 

 そう、カヤツリが言うと、ホシノは不思議そうな顔で問いかけた。

 

 

「……カヤツリは何処へ帰るの? 家はカイザーのせいで吹き飛んだでしょ」

 

 

 それは知っている。だから、自分の城である校舎の空き教室で寝るつもりだった。あそこなら何でもある。寝具だってあるのだ。

 

 そう答えるカヤツリに、ホシノは言う。

 

 

「無いよ? その教室」

 

「は? いや、だって、そんなはずは……」

 

 

 あまりの事にカヤツリは変な声を出してしまった。吹き飛んだのは自分の家であって、校舎ではないはずだ。そう反論しようとして、さっきの宴会での会話を思い出す。

 

 

 ──教室を一つ吹き飛ばしちゃったんだよね。

 

 

 まさか。嘘だろう?

 

 そんな思いが、カヤツリの頭で暴れるが、ホシノの一言でそれは確信に変わった。

 

 

「うん。便利屋が吹き飛ばしたんだよ。ワザとじゃないみたいだから、強くは言わなかったけど。カヤツリの物がかなり無くなったからね。それなりに報酬から減額したんだ」

 

 

 報酬云々は良いのだが、問題は別だった。泊まる場所がない。

 

 ここはアビドスだ。気の利いたホテルは近くにない。教室が吹き飛んだともなれば、寝袋も全滅だろう。野宿するにはここは寒すぎる。寝具が無ければ凍死する。

 

 先生に頼るしかないだろうが、これ以上の迷惑は……。

 

 そう逡巡するカヤツリに、ホシノが、何か、意を決したように聞いてきた。

 

 

「一つだけ、解決手段があるよ?」

 

「あるのか?」

 

「うん。カヤツリが良ければだけど」

 

 

 カヤツリは藁をもつかむ思いで、ホシノの提案を受け入れる気満々だった。ただ、妙にホシノの態度がぎこちないのが気になった。

 

 そんなホシノはカヤツリに鍵を渡してきた。

 

 

「はい。これあげるね。じゃあ、着いてきて」

 

 

 きっと、泊まるところの鍵だろう。そう思ってホシノに着いていく。しばらく歩けば、ある場所でホシノが足を止めた。ここが目的地らしいが、妙に見覚えがある場所だった。

 

 

「入らないの?」

 

「いや……ホシノ。ここ……ホシノのじゃ……」

 

「私の住んでる部屋だけど?」

 

 

 当たり前のように言うホシノにカヤツリはたじろいだ。色々言いたい言葉があるが、何も出てこない。

 

 何も言えないカヤツリに、ホシノは逃げ道を塞ぐように言葉を並べ始めた。

 

 

「中にカヤツリの分の部屋もあるし、布団もあるよ? それに、家具を揃えるのも、新しい部屋を見つけるのもお金と時間が掛かるよ。それまで、どうするの? 一緒に住めばいいよ。私は良いよ? ね。いい事しかないと思うけど?」

 

 

 暗闇でよくわからなかったが、ホシノの顔も何だか赤い気がする。言葉も妙に早口だ。相応に恥ずかしいらしい。

 

 それも当然だ。告白したからと言って段階を飛ばし過ぎだ。でも他に手段がないのも事実で、どこか嬉しい自分もいて、頭がグルグルしてきていた。

 

 

「……分かった。お邪魔する。ただ、部屋が見つかったら出ていくから」

 

「うん! いいよ。別に期限は設けないからね? はい。さっきのは、ここの鍵だからね」

 

 

 そうホシノは言って、さっき渡した鍵で、ドアの鍵を開けるよう促す。

 

 カヤツリの頭で思考が回る。何で早く言わなかったとか。何で自分の以外の布団があるのかとか、着替えまでありはしないかとか。まさか、何もかも計画済みだったのではとか。

 

 逃げ道の潰し方が完璧だった。誰かの入れ知恵かもしれない。何人かの候補が浮かぶが、カヤツリは詮索をやめた。

 

 きっとそれは無粋だ。ホシノがそうしたいのだ。カヤツリはそれが嫌では無い。なら、拒否する理由もないし、無理はしていない。

 

 大きな一つの事に決着がついた。それは一つの終わりだ。なら何か新しいことが始まるのも道理だろう。きっとそれは悪くない。そんな予感があった。

 

 そう自分に言い訳をして、カヤツリはホシノの言う通りにした。今はそうしたい気分だったから。

 

 そんなカヤツリにホシノは言うのだ。本当に嬉しそうに言うものだから、カヤツリも同じように返事をする。

 

 

「これからもよろしくね」

 

「こちらこそ。これからも、よろしくな」




幕間やifエンドを挟んだ後、最終編、三章の予定です。

最終編、三章は大まかな流れだけで、細かいところは決まっていません。

その為、しばらくは幕間等が続きます。投稿ペースは多少落ちるかもしれません。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。