ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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明けましておめでとうございます


85話 不測の事態

 バイクを飛ばして数時間。着いたのはミレニアム自治区内の電気街──春葉原だった。てっきり、食材の買い込みかと思っていたホシノは拍子抜けする。自分の好みのものをリクエストしようと思っていたが、それはまたの機会になりそうだ。

 

 

「何買いに来たの? あんまり大きいのは家に入らないよ」

 

「パンを焼くトースターだけど? 毎回、フライパンで焼くのは面倒なんだよ。ほっとくと焦げるんだ」

 

 

 バイクを駐車場に停めながらカヤツリが言う。それを聞いてホシノは納得する。

 

 ホシノの家には調理器具などほとんどなかった。電子レンジと冷蔵庫、備え付けのコンロくらいだ。今では少しずつカヤツリが買い足して、炊飯器やら保温ポットやら、ホシノの知らない物が増えている。

 

 あまり使わない物を買うようなら文句を言うが、今のところ、ホシノには反対する理由もなかった。お金もカヤツリ持ちなので猶更である。

 

 

「ふふん。トーストだけじゃなくて、グラタンやドリアも作れるぞ」

 

 

 嬉しそうにカヤツリは言う。なんだかすっかり料理にハマっているようだった。ホシノとしてもカヤツリのレパートリーが増えるのは歓迎であるが、なんだか自分の女子力というモノに危機感を覚えて、素直に喜べない自分もいた。

 

 

「そういえばさ。カヤツリは色々作ってくれるけど、どこで覚えてるの?」

 

 

 電気屋の中に入り、目的のコーナーに向かって歩きつつ、隣のカヤツリに問いかける。それを聞いたカヤツリはどこかやつれた様な表情になった。

 

 

「大体の作り方はネットに転がってる。後はゲヘナにバイトに行っているだろ。あそこの手伝いをする代わりに栄養バランスだとか、手の抜き方とかを教えてもらっている。あと余った材料とかもくれるんだよ」

 

「ふーん」

 

 

 ゲヘナの女生徒に教えてもらっているのだろうか。少し嫌な気持ちになる。そんなホシノを気にもせずカヤツリは言葉を続ける。

 

 

「その代わりに仕事内容が地獄だけども。ゲヘナだけに」

 

「そんなに? 確かに最初の頃は疲れてる様子だったけど……。給食部だっけ、どれくらい作ってるの」

 

 

 ホシノの疑問にカヤツリはちょっぴり目を遠くして答えた。

 

 

「一日約四千食」

 

「聞き間違いだよね。ちょっとおかしい数字が聞こえたんだけど」

 

 

 うろたえたホシノの言葉をカヤツリは否定しなかった。遠い目をしてカヤツリは現状を語ってくれた。

 

 

「兎にも角も人手が足りない。部長はやり手なんだけども環境が悪い。ゲヘナの生徒は態度が悪い。気に入らないと食事を台無しにするし、から揚げにレモンがついてないだけで食堂を爆破してくる奴らもいる。あのテロリスト共め」

 

「えぇ……」

 

 

 ゲヘナは治安が悪いと聞いているが、ここまでとはホシノは思っていなかった。時々、カヤツリと一緒に話し合いで会うヒナが死んだ目をしているのも頷ける。そういった生徒を毎日相手にしているのだろう。カヤツリの話を聞く限り反省もしないようだし、終わらないマラソンを走り続けているようなものだ。今度会った時には少し優しくしてあげようと思う。

 

 

「まあ、最近は慣れたから大丈夫だよ。別々の弁当を作るのも慣れたし……あ」

 

「はぁ……やっぱり別々のお弁当だったんだ」

 

 

 しまったと言うような顔をするカヤツリにホシノはため息をついた。前々から、カヤツリは自分の弁当を見せようとしないから、二つ別のを作っているんじゃないかと思っていたが今日の弁当で察しがついた。

 

 ホシノはパンだったけれど、カヤツリはいつもの弁当箱だったから。カヤツリはそっぽを向いて言い訳を始める。

 

 

「いや、だってバレるじゃないか」

 

「ノノミちゃんは気がついてると思うよ」

 

 

 カヤツリの懸念も分かる。ホシノとて羞恥心を持ち合わせてはいる。部屋は別々とはいえ恋人と同棲しているのだ。それに毎日、家賃替わりのお弁当まで作ってもらっている。もう弄ってくださいとばかりの要素しかない。

 

 シロコやノノミに弄られるのが簡単に予想できた。何時かそれはやってくるのだろうが、まだこの秘密の関係を続けていたかった。今日のお昼のやり取りである程度は感づかれただろうが、ノノミなら事前説明すればしばらくは黙ってくれそうだとホシノは勝手にそう思っていた。

 

 他に知っていそうなのは誰だろうかと、ホシノは考えを巡らせる。先生はどこまで知っているのか、そういえば知らなかったことに思い至る。カヤツリの事だから何かしらやっていそうだ。

 

 

「先生? 一緒に住んでいるのは知ってるよ。付き合ってるのは言ってない」

 

「……言ってないの?」

 

 

 ホシノは少し驚いた。カヤツリの事だから、先生には話を通しているのものだと思っていたのだ。そうしない理由が気になった。それを聞くとカヤツリが答えたくなさそうな表情をする。

 

 本当にカヤツリのそういう表情は珍しいから、黙ったままのカヤツリをじぃっと見ていると根負けしたカヤツリが口を割った。

 

 

「最初に一緒に住んでる事を言ったきりだよ。そこからは何も言ってない。たぶん先生は付き合ってるとまでは思ってないんじゃないか」

 

「どうして先生に言わないの? 恥ずかしいから?」

 

 

 ”いいや”とカヤツリが首を横に振る。

 

 

「言ったら、一緒に住めないかもしれないだろ。たぶんそうなったら、先生も見逃してはくれなさそうだし、あの釘差しもそうなっているとは知らないからだと思うんだよ……」

 

 

 カヤツリの口から予想外の言葉が飛び出して、ホシノは何を言おうと思ったか忘れてしまった。二人の間に沈黙が流れる。店内のBGMがやけにうるさく感じた。

 

 カヤツリは口の中でもごもご言う。

 

 

「資格取得のためにしばらくシャーレに泊まってただろ。あの時くらいまでは、新居探したりとかしてたんだよ。先生にも頼んだ。結局見つからなかったんだけど」

 

 

 そのことはホシノはよく覚えている。ホシノが勇気を出して誘ったのに三日で終わってしまった時の事だ。カヤツリの説得の仕方をヒナに聞いて、上手くいったにもかかわらずにだ。あの時は巡りの悪さを恨んだ。

 

 

「でも、まだ探してたりするんでしょ?」

 

 

 ホシノはポツリと、カヤツリに言葉を返す。それにカヤツリは首を振った。

 

 

「もう探してない。その必要がない」

 

 

 少しだけ、ホシノはカヤツリの答えに期待した。ホントは分かっているけど。探していないことは知らなかったけれど、ホシノの家にカヤツリの私物が増えているし、今日もその買い物だから。でも、やっぱり口で言ってほしいのだ。ホシノだって女の子だもの。言ってほしいことは沢山ある。

 

 

「今日で一緒に暮らして結構経つ。今思うと、一緒に暮らすのはやっぱり楽しいし、なんだか落ち着くんだよ。だから、嫌だなって」

 

「うん、よかった。カヤツリもそう思ってくれて、私も嬉しいよ」

 

 

 ホシノはカヤツリに微笑む。カヤツリはちらりとホシノを見ただけだったが、口元はしっかり微笑んでいた。ホシノの心中がまた暖かくなる。こういった空気や雰囲気をホシノは好ましく思っていた。ホシノの元からよかった気分がさらに上向きになる。

 

 そうなるのも当然だった。だって、カヤツリはホシノと一緒に暮らしていたいから、先生にも言わないし、後輩たちにも言わないのだ。わざわざ弁当を二つ分作る手間をかけてまで、そうしている。これで喜ばなかったら嘘だ。

 

 

「そう、それならよかった。ホシノもそう思ってくれているなら、安心だよ。じゃあ、ほら」

 

 

 カヤツリがホシノに向かって手を出した。カヤツリの意図が分かって、ホシノの気分は絶頂だ。カヤツリと手を繋いで店内を歩く。なんでか分からないけれど、カヤツリがやけに積極的だ。

 

 

「知り合いが誰もいないから。赤の他人に見られても分からないだろうしな。こう言う時くらいは、こういうのもいい」

 

「え。じゃあ我慢してたの?」

 

 

 カヤツリがそんな事を言うから、ホシノは驚きの声を上げる。家でも学校でも、前と様子が変わらないから、付き合っていてもそんなものだと思っていたのだ。ホシノは”カヤツリだしなぁ”と勝手に自己完結していたが、実際の所は違うようだった。

 

 

「そうだよ。我慢してる。学校じゃ後輩たちの目があるし、アビドス自治区内じゃ、誰の目があるか分からない。先生と出くわすかもしれない。そう考えたら迂闊なことはできないよ」

 

「家は? 家じゃ私たちしかいないよ」

 

「分かってて言ってるだろ」

 

 

 ホシノの言葉を聞いて、カヤツリはとても大きなため息をつくが、ホシノも分かって言っている。きっとカヤツリもそうだ。お互いの気持ちや考えは、ある程度分かっているけれど。こういった会話を楽しんでいたいのだ。何故だか分からないけど、それだけでもとても楽しくて、ずっと続けていたいのと思うのだ。

 

 

「家の中で、そういう事になったら本当に我慢が利かないよ。その自信が全くない。それは良くない事は分かるだろ」

 

「うん。まあ……それはね」

 

 

 曖昧な笑顔でホシノは頷く。それは幸せだろうけれど、ホシノは自制が利かせられる自信が全くなかった。

 

 

「だから、我慢できる範囲でやっていくよ。リクエストがあれば言ってくれればいい。要相談ってやつだな」

 

「何でもいいの?」

 

「加減はしてくれよ。無理なやつや、俺の我慢が利かないやつはダメだからな」

 

 

 カヤツリはそういうが、ホシノは微笑むだけだ。ホシノの頭は帰ったら何をしようかで一杯だったからだ。

 

 

 □

 

 

 ホシノとカヤツリ。二人の跡を追った対策委員会は春葉原に到着した。

 

 発信機がついたバイクは電気屋の駐車場に止まっている。勢いづいてここまで来たが、ただの買い物なのではないだろうか。そういう思いが対策委員の中に渦巻いている。

 

 

「買い物でしょうか……」

 

 

 アヤネがそう言うが、ノノミも同じ考えだった。

 

 ノノミとしては付き合っているであろう二人が見れれば、それでよかった。それさえ見れば他の皆も納得するだろうし、シロコ辺りが余計な詮索をして事態を拗れさせるのを防止させる目的もあった。二人の時間を邪魔するのと、しばらく揶揄われるであろうことは申し訳ないけれど。

 

 きっと普段の弁当だってカヤツリが作っているのだろうし、コインランドリーで会ったのも待ち合わせでもしていたのだろう。夜の密会と言うやつだ。

 

 実に微笑ましい。ノノミは二人が羨ましいくらいだった。二人の邪魔をするつもりは毛頭ない。一年生の頃から頑張って、ようやく手に入れた一時の平穏。それまでの間に二人に何があったのかはノノミは知らないけれど、付き合う間柄になるくらいの事は積み上げているはずだ。ノノミは二年生の二人からしか見ていないけれど、その時期だけでもそう思うのだから、こうなるのは時間の問題だったのだろうとノノミは思っていた。

 

 二人が付き合っていることくらい見れば分かる。距離感が全然前とは違う。これはノノミしか知らないだろう。

 

 とりあえず、今やることは店内に入って二人を探すことだ。ノノミの予想では二人で買い物をしているはずだ。何を買うかは知らないけれど、きっと学校とは違う雰囲気のはずで、先輩の役割を忘れた二人が見れるはずだった。それを皆に見せればノノミの企みは終わりだ。

 

 

「それじゃあ、早く店内に──」

 

「ん? ノノミ? どうしたんだい。こんなところで、珍しく全員いるじゃないか」

 

 

 店内へ対策委員会、全員で入ろうと声かけをしようとしたところで、ノノミを呼び止める声があった。とても聞き覚えのある声だった。

 

 その声のする方向に振り向けば、先生が立っている。傍らにはミレニアムの生徒だろうか。制服を着た長い黒髪の女生徒が居る。

 

 

「先生? 先生こそ、どうしてこんなところに?」

 

「私? 私はこの娘の、アリスの買い物の付き添いだよ。本当はアリスの部活仲間が来る予定だったんだけど、何かやらかしたみたいで来れなくなってね……」

 

 

 先生はどこか遠い目をして言う。その様子を見るにしょうもない事なのかもしれない。それで、傍らにいる娘の予定が潰れそうになるのなら、もし先生が付き添いをすることでどうにかなるのなら。先生はそうするだろう。ノノミにもそれくらいは分かった。

 

 ただ問題が発生した。先生がここにいる理由は分かったけれど、先生とは違って対策委員会がここにいる理由は褒められた理由ではないからだ。ただ、そんなノノミの懸念を気にもせず、シロコが言ってしまう。

 

 

「ん。カヤツリ先輩とホシノ先輩の跡を追ってきた」

 

「え。どういう事?」

 

 

 シロコの発言に先生は目を白黒させている。いきなりこんなことを言われればそんな反応にもなるだろう。これ以上シロコに口を開かせたらどうなるのか分からない。仕方がないのでノノミから、ある程度掻い摘んで説明することにした。

 

 先輩二人が何か隠していること。それを確かめに全員で追ってきたこと。二人はこの店内に居るであろうこと。

 

 

「アビドスを空けて大丈夫なのかい?」

 

「便利屋の皆さんに依頼を出しました。また金欠なようで、快く引き受けてくれました。だから心配の必要はありませんよ?」

 

 

 先生は心配してくれるが、カヤツリの教えのおかげで、そこらのフォローは完璧だ。今回の追跡は自分のおせっかいであり、我儘のようなものだ。経費くらいは自分で出す。

 

 ノノミとしては、ここは引いた方が良さそうだと判断した。流石に先生にここで会うのは想定外だった。カヤツリも最初に教えてくれたことだ。手に負えないと思ったら迅速に手を引けと。

 

 先生にまで付き合っていることがバレるのは、流石にやり過ぎだとノノミは思う。どうにかして、対策委員を連れてアビドスに戻らなければならない。ただ、ここからどう誤魔化すか。ノノミは頭を回転させる。

 

 けれど、ノノミのその行為は、先生の傍らに居る少女の声で無為に帰したが。

 

 

「あのお店に、ヒモの先輩が居るんですか? アリス会いたいです!」

 

 

 干物先輩? 紐の先輩? 誰だろう。先輩二人の内、どちらかの事を言っているのだろうが、ノノミにはどうにも判断がつかなかった。

 

 先生は傍らの少女──アリスに向かって、注意するように言う。

 

 

「ちょっとアリス。その呼び方は止めてあげて。カヤツリがまた萎れちゃうから。まさかゲーム開発部でも言ってないよね」

 

「でも、モモイも言ってました。異性の部屋に仕事もしないで暮らしているのはヒモって言うんだって。そう言ってました!」

 

「アリス。カヤツリはそうじゃないよ。引き換えに、ちゃんとご飯を作っているんだ。お金も出してる。だからヒモって呼ぶのは止めてあげて。モモイには私が後で言っておくから。分かった?」

 

 

 アリスに注意をした後、先生は頭を抱えている。同じように、ノノミも頭を抱えたい気分だった。

 

 

 ──二人とも何やってるんですか……

 

 

 アリスが言っていたことは、干物でもなく、紐のでもない。ヒモの先輩だ。カヤツリ先輩の事をそう言っている。

 

 アリスが言っていることから想像すると、二人は一緒に暮らしていることになる。それなら、最近ホシノの昼食が弁当になったのも。シロコが言ったように頑なに弁当を分けないのも。ノノミが夜にコインランドリーで会ったのも。セリカが言っていたように、夜の当番でない日も一緒に帰るのも。一緒に暮らしているのなら、全て説明がついてしまう。

 

 悪いのは、今ノノミが察したように、二人が一緒に暮らしていること。それを他の対策委員が察したことだ。それならまだいい。最悪なのは先生にそれが知れることだ。一緒に暮らしていることではなく、二人が付き合っていることをだ。

 

 恐らく先生は二人が付き合っていることを知らないのではないのだろうか。仲が良いのは承知済みなのだろうが。そうでないなら同棲を許可するとは思えない。教師としてその選択肢を取らないことくらいは分かる。家がないなら見つかるまで、前のようにシャーレオフィスに泊まらせればいいのだから。

 

 このままでは、先輩二人の幸せな生活が破壊される。よりにもよってノノミのせいで。不測の事態が多数重なった結果ではあるが、発端はノノミが計画したからだ。

 

 少なくとも、付き合っていることと同棲していることが、対策委員にバレるのは仕方がないと割り切るしかない。ただ先生とアリス。この二人にはバレてはいけない。

 

 どうしようと悩むノノミの横でシロコとセリカ、アヤネ、先生が話している。

 

 

「カヤツリ先輩はホシノ先輩の家に住んでるの?」

 

「うん。私はカヤツリからそう聞いているよ。家が見つからないんだって。私も頼まれて探したけど、本当に見つからないんだよ」

 

「じゃあ、先輩が隠していたことって、それの事?」

 

「そうじゃないかな。まあ、私たちもあの店に用があるから、一緒に行くかい?」

 

「そうですね。二人に聞いてみましょう」

 

 

 事態はノノミにとって最悪の方向に進んでいく。カヤツリに教えてもらって初めての悪だくみが想定外の方向に進んでいる。

 

 どうしようかと頭を回しながら、ノノミは店内に入る先生を追う事しかできなかった。

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