ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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87話 終わりよければ

 ”たぶん自分は怒っているのだろうな”

 

 そう、ホシノは思っていた。折角のデートが台無しだったからだ。

 

 あの後、カヤツリとホシノは引き離された。引き離されたというのは語弊があるかもしれないが、現状はそうだ。先生はカヤツリに話がありそうだったし、ホシノも後輩たちに対して話があった。後輩たちはさっきとは違って、なんだかしょぼくれた様な雰囲気だった。見ていることが二人に露見した瞬間。先生と後輩たちのニヤニヤ笑いは引っ込んでいたから、見つかるのは想定外だったに違いない。

 

 ホシノが居るのは先生と対策委員が居たテーブルだ。カヤツリと言えば、先生と知らない女生徒と元の席で何やら話している。そもそも、なぜここに対策委員会が居るのだろう。ホシノには分からないことが多すぎた。なら、知っていそうな人物に聞くべきだろう。

 

 

「……状況が良く分からないんだけど。ノノミちゃん。説明してもらっていい?」

 

 

 ホシノは正面に座っているノノミに静かに問いかける。カヤツリに写真を送ったノノミなら事態の全容を把握しているだろう。ノノミが口を開くのを待ってノノミをホシノは見ている。

 

 どうにもノノミは少し縮こまっているようにも見えた。対策委員も、さっきのニヤニヤは鳴りを潜めて冷や汗でも流していそうな空気だ。

 

 

「……ええとですね。まず確認したいんですけど。ホシノ先輩とカヤツリ先輩は交際している。そういう認識で良いんですか?」

 

 

 ホシノは黙って頷いた。普段なら羞恥心が邪魔をするのだろうが、胸のもやもやがそれを打ち消している。さっきまで目の前にご馳走があったのに、それを台無しにされたような気分だ。きっと自分の顔は能面のような無表情に近い。

 

 

「最後の確認なんですけど……。同棲してますか?」

 

「そうだよ。してるよ」

 

 

 ぶっきらぼうなホシノの返事にノノミは申し訳なさそうにしつつも説明を始めた。

 

 

「最近、お二人は挙動不審です。自覚は無いのかもしれませんけど、皆気にはなっていたんです。隠し事自体は、きっと交際していることと、同棲している事だと思うんですが……」

 

「……それで、跡をつけてきたの? また隠し事されてるんじゃないかって?」

 

 

 ”はい”と後輩たちが全員頷く。こんなことになるのなら、さっさと言っておけばよかったと、ホシノは後悔していた。秘密の関係と言う甘美なものに嵌り込んだ結果がこれだ。別にホシノも後輩たちに怒りたくはない。尾行してきた後輩たちも悪いが、前科持ちであるホシノとカヤツリが隠し事をしたのも良くはない。やるならもっと上手くやるべきだったし、そうでないなら、感づいていそうなノノミだけにも言っておくべきだった。

 

 

「……でも、先生まで巻き込むのはやり過ぎじゃない? そんなに信用無いかな……?」

 

 

 そこが不満と言えば不満だ。はっきり言ってくれれば、話しただろう。けれど、ノノミはそれを手を振って、慌てた様に否定した。

 

 

「いえ! そうじゃないんです。初めは私たちだけで突き止めるつもりだったんです。私が、余計な気を回して、いらないことをした。いえ、してしまったんです。でも偶々、先生がそこにアリスちゃんを連れてそこに居て……」

 

「それで、こんなことになったの? まさか、先生もノリノリだったわけ? 全部見てたの?」

 

 

 ホシノは顔を顰める。先生は変なところでノリが良いから。協力していてもおかしくは無かった。先生のカヤツリを超える詳細不明のハッキング能力があれば、二人の跡を追うのなんて朝飯前だろう。

 

 ホシノの気分は最悪にまで落ち込んでいた。あの水族館の話を見られたのは嫌だった。あれは二人だけの空間で、二人だけの思い出だったのに。正直結構腹立たしいが自分たちが隠し事をしたことに起因するから、怒るに怒れない。後輩たちの気持ちもわかる。また隠し事をされれば気にもなるだろう。

 

 そんなホシノの耳に、ノノミの申し訳なさそうな声が入った。

 

 

「もう、二人には隠しきれないと思って。それで、あの写真を送ったんです。その後、先生にはバレてしまったんですけど。私の企みも全部話しました」

 

「それで?」

 

 

 ホシノは先を促した。そうでもしなければ、気持ちの置き場所が見つからなかった。ノノミが、二人の関係を察して色々動いてくれたらしいのが、こうなった経緯だった。ノノミは変わらず落ち込んだような雰囲気で続けた。

 

 

「私から全部聞いた後、先生が言ったんです。お店の中に居ないのなら、明日にしようと。もし見つけても、そっとしておいて見るだけにしてあげようって。それで、店内を探した後は皆で遊んでたんです。夕食は先生が奢ってくれる。そういう話になっていました」

 

「……それで皆して、私たちのことを見てたんだ……。何時から見てたの?」

 

「最初からです……。先輩たちが後から入ってきたんですよ」

 

「ああ、そういう事……」

 

 

 ホシノは大きなため息をついた。

 

 水族館の事は知らないらしい。少しだけ安心した。

 

 まとめるに、二人が隠し事をしているんじゃないかと後輩たちがそれを突き止めようとした。ノノミは二人にバレないように尾行と言う形式に誘導。今日、それは実行されたが、先生と言うイレギュラーが発生。ノノミも知らない同棲しているという情報で計画は滅茶苦茶に。ノノミは、それを挽回しようとするも先生に看破され、全部吐き出すことになる。

 

 とりあえず、店内で会えれば見守る。そうでないなら明日聞く。そういうスタンスだったのだろう。電気店の中には娯楽施設もあるから、二人が見つからない対策委員たちはそこで時間を潰したのかもしれない。それで、対策委員と先生たちが食事中に、ホシノとカヤツリが入ってきたのだ。

 

 テーブルの位置関係からして、二人の様子は良く見えただろう。今もカヤツリと先生が話しているのが良く見える。同席しているアリスとか言う少女も妙に真面目な顔をしていた。

 

 逆に、あそこからはこちらは良く見えない。食事中は早々真横など向かない。席を立とうと出る時くらいだ。だからこそ、あのタイミングでカヤツリは気がついたのだろう。

 

 

「ホシノ先輩……。ごめんなさい」

 

 

 しかめっ面で考え込むホシノにシロコが申し訳なさそうに言う。ホシノは表情をいつものモノに戻した。腹立たしい気持ちはある。けれど、後輩たちに申し訳ない気持ちもあるのだ。

 

 

「いいよ。隠し事してた私たちも悪かったしね。もっとシロコちゃん達の事を考えるべきだった」

 

 

 これが、ホシノたちが何もしていないのなら怒れただろう。その場合の非は後輩たちにあるからだ。けれど今回は違う。ホシノやカヤツリにも非がある。隠し事をしないと言ったばかりだ。大した隠し事ではないが、それはホシノの主観だ。後輩たちにはそれがなんだか分からない。きっと不安に思ったに違いないのだ。ノノミは薄々感づいてはいたが、完ぺきではないし、聞かれてもホシノは誤魔化しただろうから。こういった行動に出た後輩たちを責めることはできなかった。

 

 誘導したノノミに怒ることはできるだろうが、ホシノ一人で怒るのは違う。カヤツリもその権利がある。カヤツリに独断でするわけにもいかないし、ノノミはさっきから小さくなっている。その姿を見たホシノは怒る気にはなれなかった。

 

 そうホシノから言われた後輩たちは安心した顔をしている。それなりに悪いとは思ってはくれていたようで、ホシノは安心する。でも一つだけ釘を刺す。

 

 

「ああ、でも。次からは止めてね。聞いてくれれば話せる範囲は話してあげるから。嫌なことは嫌と言うけど」

 

「じゃあ、ホシノ先輩。聞いて良い?」

 

「何かな。シロコちゃん」

 

 

 気を取り直したようにシロコが質問する。この重苦しい空気を緩和しようとする目的もあるのかもしれなかった。それにいい練習にもなる。

 

 

「一緒に住んでるってことは、お弁当はカヤツリ先輩が作ってたの?」

 

「そうだよ? そこでおじさんが作ってるっていう選択肢が出ないのが悲しいけどね」

 

 

 シロコは困ったような顔をしている。それもそうだ。シロコが来たばかりの頃、シロコの食事をどうするか話していたのはノノミとカヤツリだからだ。その時のホシノの食事はゼリーだとか携帯食料とかそういうモノだったから。シロコにはその発想はないだろう。

 

 

「私からもいいですか?」

 

「アヤネちゃん? 珍しいね。いいよ。何でも聞いて?」

 

 

 アヤネは少し顔を赤くして、ホシノに問いかけた。

 

 

「その……お二人はキスとかは……? 食べさせ合いはさっき見ましたけど……」

 

「……したよ」

 

 

 ホシノはぼそりとそう答える。その答えに後輩たちは盛り上がっていた。

 

 ずるい質問だとホシノは思う。答えないという事は肯定したのと同じだからだ。

 

 ホシノが、そんなことを思っている間に、セリカやノノミの質問が飛んでくる。キスの味がどうだとか、家ではどういう事をしているのかとか。なんだか昔やった女子トークを思い出した。あの時とは違って人数が大分増えたけれど。

 

 ホシノはため息をついて、質問に一つづつ答えていった。直ぐに皆顔が真っ赤になった。

 

 

 □

 

 

「隠し事って言うのは、ホシノと付き合っていることと、同棲していることでいいのかい?」

 

 

 カヤツリの正面に座った先生が、いつもの表情でそう問いかけてくる。

 

 それに間違いはない。隠し事はそれで合っている。カヤツリはそれに頷くことしかできない。それを見た先生はふぅーっと安心したように大きく息を吐いた。

 

 

「ああ、それなら良かったよ。初めからそうだとは思ってたけど、そうなら大丈夫だね」

 

「え?」

 

 

 カヤツリは先生の答えに拍子抜けした。先生の立場からしたら、マズイことのはずだ。引き離されてもおかしくない。だからこそカヤツリは先生に付き合っていることを黙っていたのだ。

 

 

「そんなに驚かなくてもいいんじゃないかい? 前に言ったじゃないか。仕方ないって。それに、二人ともそういうところはしっかりしてるでしょ。そんな二人が一緒に住むって言うんだから、付き合っていることくらい予想できるよ」

 

「いや、でも……」

 

 

 カヤツリは困惑していた。先生が見逃す理由が分からない。先生は笑って言うのだ。

 

 

「カヤツリを信用しているのもあるけどね。何時までもシャーレに住まわせるわけにもいかないし、シャーレからアビドスへの往復は大変でしょう?」

 

「それは、そうなんですけど……」

 

「……カヤツリは何に困っているんですか?」

 

 

 もにょもにょ言っているカヤツリの隣でアリスが口を挟んだ。ヒモ呼ばわりされなくなったのは良い事なのだが、それをまだ無垢なアリスに言うのは気が引けた。ただ、顔見知りの居ない対策委員のテーブルに追いやるのも違うだろう。

 

 

「カヤツリの心配事は分かるよ。流されることもあるだろうし、いつまでも我慢なんかできないだろうしね。それで、まあそうなったら大変だよね」

 

 

 うまく言えないカヤツリの言葉を先生が代弁する。

 

 

「別に私はその行為自体を否定はしないよ。その結果を、責任を放り投げるのは絶対に許さないけど。でも、カヤツリはそうじゃないよね。だから、私に言わなかったんだろうし。そもそも、私は注意をするだけだよ。ちゃんと、考えているのかって。カヤツリに強制する権利は無いんだ」

 

 

 先生の問いにカヤツリは頷く。おおむねその通りだからだ。そうなった時に迷惑が掛かるのが自分ならいいけれど、そうではないから。アリスは相変わらず、クエスチョンマークが脳内で乱舞しているような顔だった。それが不満なのか、カヤツリの服を引っ張っている。まだよくわからなさそうなアリスだったが、カヤツリが自分の分のデザートをよこすと、それでアリスは納得したようだった。

 

 ただ先生に、ホシノから引き離すつもりはないようだった。そこは一安心で、カヤツリは少し身体の力を抜いた。それを見て先生は嬉しそうに言った。

 

 

「いや。カヤツリも変わったね」

 

「色ボケってことですか?」

 

「そうじゃなくてね。カヤツリが、自分の為に行動するなんて初めてじゃない? 大体、アビドスかホシノか後輩たちの為だったのに。今回は違う。徹頭徹尾、自分のためだよね」

 

 

 先生は嬉しそうに言うが、カヤツリはそれのなにが良いのか分からない。あまり褒められたことではないように思う。

 

 

「それが普通なんだよ。皆、自分のやりたいようにしてるんだ。あんまりやり過ぎると問題だけどね。何事もバランスが大事なんだよ。今までカヤツリは他人の事ばかりだったからね。ようやく自分のやりたいことが出来ているようで、私は嬉しいのさ」

 

 

 カヤツリは素直に喜べない。理由が桃色すぎる。やっぱり色ボケではないか。そんなカヤツリを見て、先生は微笑みながら言う。

 

 

「まあ、何かあったら私に相談してよ。できる限りは助けてあげるから。もしも赤ちゃんが出来ちゃってもね。ああ、それとちゃんと対策はするんだよ?」

 

「? カヤツリはキャベツ畑に行くんですか? どこにあるんですか? アリスも行ってみたいです!」

 

「先生! 何言ってくれてるんですか!」

 

 

 アリスが変なワードに反応してしまった。しかもなんだ。キャベツ畑とかコウノトリとか。誰が教えたのだ。慌てるカヤツリに先生はアリスの相手をしながら対策委員会の方へ戻るように促した。

 

 

「アリスの相手はしておくから、皆の所に戻ると良いよ。それとごめんね。デートの邪魔をしちゃって、お詫びにここは全部私が出すから」

 

 

 興奮するアリスを宥める先生を後にして、カヤツリは対策委員のテーブルへ戻った。何やら全員顔が赤いのが気になったが、その後自分もその仲間入りをするとは、カヤツリは露とも思っていなかった。

 

 

 □

 

 

「機嫌が悪そうだな」

 

 

 カヤツリの言葉にホシノは否定も肯定もしなかった。確かに機嫌が悪いが、それを表に出すのも恥ずかしいし、大人げない。ホシノは風呂上がりの暖かい身体でソファーの上で丸くなる。風呂から上がって歯磨きした後はずっと丸くなっている。湿った髪が顔に張り付いて不快だった。

 

 寝間着姿のカヤツリはそんなホシノの内心を見透かしているのか、ソファーの上で丸くなっているホシノに呆れているのか微妙な表情だった。

 

 もう二人とも帰宅して家の中である。先生はアリスを送って電車で、後輩たちはアヤネの運転する車で、ホシノとカヤツリはバイクでそれぞれ帰宅した。

 

 二人とも後輩たちから質問攻めにされて、恥ずかしいやら、照れくさいやらで滅茶苦茶だった。最終的には全員祝福してくれたけれど、しばらくは生暖かい目で見られることは確定しているだろう。

 

 後輩たちにも認めてもらったし、目的であったトースターも買った。先生には露見したけれども引き離されることはない。悪いことはならなかったがホシノは不満だった。

 

 だって、デートの終わりが滅茶苦茶になったからだ。ファミレスでカヤツリに見つかったことや覗き見していたことは謝ってくれたが、不満は不満だ。

 

 

「ほら、久しぶりにやってやるから、ここに座って後ろを向きな」

 

 

 仕方なさそうに笑いながら、カヤツリが椅子をポンポンと叩く。のそのそと、ホシノは無言で起き上がって、椅子に座る。その後ろに立ったカヤツリがホシノの髪の毛をタオルで拭きながら、ドライヤーの風を当てる。

 

 時々カヤツリがやってくれる、ホシノの髪の手入れだった。始まりはノノミがホシノの髪を絶賛して、手入れはどうしているのか聞いたことだった。

 

 もちろんその時期のホシノはそんなことをしていないし、する余裕もない。カヤツリもまだ家があった時期だ。それを聞いたノノミは目の色を変えて手入れをホシノに叩きこんだのだ。ケア用品もその時にくれた。ホシノからしたら、めんどくさい事この上ないのだが。ノノミが折角教えてくれたのだし、やらないのも悪いと思って惰性で続けていた。

 

 カヤツリが家に来てから、あまりにも面倒くさそうにそれをするホシノを見て、冗談交じりに言ったのだ。

 

 

 ──良ければやってあげようか。

 

 

 カヤツリからしたら、断られる前提の軽い気持ちで言ったのだろう。他人に髪を触らせるのは無い。けれど、ホシノはカヤツリならいいかなと思って了承した。その時のカヤツリは予想外みたいな顔をしていたが、なんだかんだ丁寧にやってくれている。最近はホシノより上手かもしれない。

 

 

「で、何でそんなに不機嫌なんだ」

 

 

 ホシノの髪に櫛を通しながらカヤツリが言う。位置関係的に耳元でささやくものだから、なんだかぞくぞくする。妙な気分のままホシノは口を開く。

 

 

「最後がね。ほらグチャグチャになったでしょ。ちゃんと終わりたかったんだよ。それで、今日を締めくくりたかったの。また、カヤツリは機会があるって言うけど、初めては特別じゃない? それで、もやもやしてるんだよ」

 

「なるほどね」

 

 

 髪に櫛を通し終わったカヤツリは、ホシノの髪を結い始めた。これは自分でやると中々大変なのだ。カヤツリがやってくれているこれで、機嫌はかなり良くなっているのだが、もしデートが上手くいっていたら。もっとよかったのではないだろうか。そんな思いが頭の中でグルグルしている。

 

 

「じゃあ、そうだな。何かして欲しい事とかないのか。あれは俺の所為でもあるし、できることならやるよ。今日も言ったけどさ」

 

「……そうだね。どうしようかな」

 

 

 カヤツリが髪を結っている間に考え付いた方がいいだろう。頭を捻るが、そんなに出てこない。いつもやってもらえそうなものばかりだ。

 

 今のカヤツリなら、多少無茶なお願いでも聞いてくれそうな雰囲気がある。簡単なお願いではつまらない。何か特別な……

 

 

「よし、終わった。で? 何か思いついたか?」

 

「一緒に寝てよ」

 

 

 間髪入れずにホシノが放った言葉にカヤツリが固まったような気配がした。

 

 それも当然だろう。前は、それこそ二年生の時はよくやっていた。同じ布団での就寝。それはノノミとシロコがやってきた時から行ってはいないから。三年生になって一回だけだ。一緒に暮らしている今なら猶更だろう。時々、ホシノがお願いしてもカヤツリは頑なに拒否するのだ。理由は何となく分かっているけど。

 

 まあダメで元々だ。どうせ今日も拒否されるだろう。

 

 

「……いいぞ」

 

「え?」

 

 

 今度は逆に、ホシノが固まった。まさか了承されるとは思ってもいなかった。まだ後ろを向いたままだから、お互いの表情は分からないけど。なんだか妙な雰囲気だ。固い声でカヤツリが言う。

 

 

「どっちの部屋で?」

 

「……私の部屋」

 

「……じゃあ、先に行っててくれ」

 

 

 後ろでカヤツリの動く気配がして、洗面所の方へ消えていった。たぶん歯磨きやら何やらをするのだろう。ホシノは先に入浴したから歯磨きやら、何やらは済ませている。髪もカヤツリがやってくれたから、あとはもう寝るだけだった。

 

 先にベッドに入ってカヤツリを待つ。思いもしない状況にホシノの心臓が胸の奥で暴れている。おかげで全く眠くならない。どういう心境の変化か想像もつかない。カヤツリは先生と話していたから、何か言われたのだろうか。

 

 そんなことを考えているうちに、カヤツリが部屋に入ってきて、ホシノとは逆の側からベッドに潜り込んできた。ホシノの心臓がもっと暴れ出す。

 

 

「もっと近づいて良いよ。そんな端じゃ寒いでしょ」

 

 

 ホシノの口が勝手に言葉を発した。ホシノは慌てるが言った事は取り消せない。無言でカヤツリが真ん中へ、ホシノの方へ寄ってきた。

 

 暖かい。まず感じたのはそれだった。隣にカヤツリが居るのだから当たり前だった。次に圧迫感。カヤツリの方が身体が大きいから。最後に妙な満足感。お互い仰向けに寝ているから顔は見えないけど、ホシノは大体お互いがどんな顔をしているか想像は着いた。きっと同じ顔だ。

 

 

「ごめんな。今日のデートが台無しになって。俺が早く皆に言っていればよかった」

 

「別にいいよ。今埋め合わせしてくれてるし、途中までは良かったから。カヤツリも私に吐き出してくれたしね」

 

 

 初めては上手くいかなかったけれど、次があるのだ。いつまでも、うだうだ言うのはみっともない。ホシノはもう切り替えることにした。

 

 

「終わりよければ全てよしって言うんでしょ。じゃあ、今日の終わりを良くしようよ。……嫌なら嫌って言っていいからね」

 

 

 カヤツリの方を向いて抱き枕に抱き着くかのように抱き着いた。二年生の頃のように抱き着く。心臓が暴れているがやけに大きい気がする。気がつけば、それはカヤツリの分だ。ホシノの背中にカヤツリの手が回っている。

 

 周りは静かで、ホシノの耳に入るのはお互いの吐息と心臓の鼓動だけだ。ただそれが妙に心地よくて、とても落ち着いた。

 

 お互いの体温で身体がくっついたところから、お互いに溶けるような感じがする。このままだとお互いに溶け合ってしまいそうだ。ズブズブ沈んでいく。それが、悪い気がしない。二人はそのまま溶けて沈んでいく。

 

 いつか感じた感覚だった。でも今回はあの時とは違って邪魔するものは何もない。だって誰もいないから。朝が来るまで、まだまだあるから。

 

 

 □

 

 

「眠そうですね。カヤツリ先輩」

 

「……十六夜後輩か。ほら、あげるよ」

 

 

 ノノミが登校すると、カヤツリが部室にもう登校していた。昇降口でホシノに会ったので来ているかもしれないと思ったが想像通りだった。

 

 当のカヤツリは何だか疲れた様子だ。

 

 カヤツリが渡した包みを受け取ると、そこそこの重量がある。包みは以前、ホシノのパンを包んでいたモノにそっくりだった。ノノミは中身の想像はついたが、一応カヤツリに問う。

 

 

「中身は何ですか?」

 

「サンドイッチ。具は卵。痛むと良くないから、冷蔵庫に仕舞ってくれ」

 

 

 欠伸をしながら、カヤツリはカバンから包みを何個も取り出していた。数えれば全員分ある。昨日の最後の雑談を早速実行したようだった。

 

 

「昨日言ったのをもう作ったんですか? 皆、食べてみたいとは言いましたけど。そんなに急がなくても……」

 

「……変な時間に起きちゃったからな。ついでだよ。無理したわけじゃないから。気にしないでいい」

 

 

 シロコ辺りは喜びそうだなと言いながら、カヤツリは冷蔵庫に包みをしまっていく。ノノミは、カヤツリの言葉で昇降口で会ったホシノの様子を思い出した。何だか様子が変だった。服装もきっちりしているし、妙に元気が良い。

 

 

「ホシノ先輩が妙に機嫌がいいんですけど。何か知ってますか?」

 

「……もう隠さなくてよくなったからじゃないのか。流石に今日まで引きずる程、ホシノも大人げなくないと思うよ」

 

「ああ、なるほど。それもそうですね」

 

 

 てっきり、昨日の機嫌の悪さから今日もそうではないのかと思ったノノミだったが、言われてみればそうだった。気になったことが解決してノノミは気が楽になったけれど、カヤツリはどうなのだろうか。

 

 

「……まあ尾行はどうかと思うよ。悪だくみも粗が目立つ。けれど、写真は上手かったな。想定外の事態も上手いことやれたと思うよ。相手が悪かったけど。十六夜後輩の初めての悪だくみにしては上手くいったんじゃないか」

 

「いや、そうじゃなくてですね……」

 

 

 カヤツリは今回のノノミの悪だくみに関する批評を始めるが、ノノミが聞きたいのはそれではない。ノノミや後輩たちに怒っていないのか聞きたいのだ。それを聞いたカヤツリは気にしていないように答えた。

 

 

「今回は、お互い様だし怒ってはいないよ。次は止めて欲しいくらいかな。別に気にすることは無いよ。隠し事なんて誰にもあるだろ。それを強引に掘り返さなきゃいいよ。聞いてくれればいい。言わなきゃいけない事は言うよ」

 

 

 まるでまだ隠し事がありそうな言い方が、ノノミは引っかかった。けれども、カヤツリは答える気はなさそうだ。大事なことは言うと言ってくれたことだし、ノノミは聞かないことにした。隠し事は誰にでもある。ノノミだって言っていないことはあるのだ。きっと誰だってそうなのだろう。今回はそれを掘り出そうとして、あんなことになったのだから。

 

 そんな風に思うノノミをよそに、カヤツリはキツい首元を緩めながら、大きな欠伸を一つした。

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