ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
88話 思いもかけない幸運
気がつけば夏の始まりに差し掛かっていた。
相変わらずアビドスは暑いが、最近は事件も少なく、平和な日常をカヤツリは楽しんでいた。
「うへ~。今日も平和だねぇ。こんなんじゃ、おじさんは溶けちゃうよ」
むにゃむにゃと寝ぼけ眼でホシノが呟いている。口調からして、今はおじさんモードだ。つまり気を抜いているリラックスモード。先生がシャーレに帰ってからしばらくはホシノもピりついていたが、最近はこのおじさんモードの事が多かった。
真面目な時と気を抜くときで、スムーズに切り替えができるようになったのは喜ばしいとは思う。ただ、カヤツリへの絡みもおじさん臭くなるのはいただけないが。
今は椅子に座っているカヤツリの膝の上にホシノは座っている。それでカヤツリの身体に寄っかかっていた。つまりはカヤツリを椅子代わりにしている。一時期は膝枕がお気に入りだった。けれどホシノ曰く、それは十六夜後輩の方がいいらしく、最近はこちらの方が多い。十六夜後輩の方が良いと言われたときに、妙な敗北感を覚えたのは秘密だった。
まだ朝早く、対策委員会は全員揃っていない。全員集合にはもう少しはかかる。このままホシノとぐでぐでしていてもいいのだが、ホシノが座り込んできたせいで中断した仕事を再開しなければならなかった。
けれどもリラックスしているホシノの気分に水を差すのも気が引ける。どうしようか悩んでいるカヤツリに、ホシノが話しかける。
「ああ、そう言えばカヤツリに聞くことがあるんだった。すっかり忘れてたよ」
ホシノの声は思ったよりも下の方から聞こえた。カヤツリに背中を向けていたホシノはいつの間にか向きを変えて下からカヤツリを見上げている。左右で色の違うホシノの瞳がカヤツリの目を逸らさずに見つめている。
これはカヤツリに何かを問い詰める時の目だ。この目の前では嘘は通用しない。カヤツリは特にホシノに何か隠していることは無いが、ホシノからしたらそう思わせる何かがあったらしい。
カヤツリの服を掴んで下から上へ、何かを覗き込むように。顔をホシノは近づけてくる。そろそろ、ホシノとカヤツリの顔がくっつきそうだがホシノは気にした様子もない。
「別に何も隠してないけど……?」
「隠し事がないって? この前、先生と二人で遊びに行ってたよね。忙しい先生の手伝いだとか言って。当番は本当だったけど、その後に先生と二人で遊んでたのは、ヒナちゃんから聞いて知ってるんだよ。女の子の好みの話とかしてたみたいじゃない? カヤツリはなんて言ったのか知らないけどさ」
「……」
カヤツリは冷や汗が止まらなくなった。先生が書類を溜めすぎてしまったから手伝って欲しい。そういった連絡が来て、カヤツリが手伝いに行った時の事だ。書類は確かに多かったが、先生と話しながらやったせいか体感時間ではかなり早く終わった。途中で、確かにヒナが書類を持ってきていたが、そこから漏れたのだろう。まさか頻繁にやり取りをしているとは思ってもいなかった。
遊びに行ったというよりは先生がお礼にと言う事で、ご飯を奢ってくれたのだが。まさかそれで怒っているのだろうか。カヤツリだって、ずっと異性と二人きりと言うのは疲れる時もあるのだ。先生も同意見の様で。男同士のバカみたいな話を。そう言った事を話しながら仕事をしていた。
バカ話をする雰囲気にのまれて、結構際どい話もした。好みのタイプとか、好きな髪形とか。これはもしかしたら明日の朝日を拝めないのかもしれない。カヤツリは背筋が冷たくなる。
「まあ、それは良いんだけど。カヤツリだって息抜きしたいときはあるもんね。私もノノミちゃんとかシロコちゃんと買い物に行くし、そこはお互い様だから。聞きたいのは別の事だよ」
問い詰めたいのはそのことでは無いらしく。一安心するカヤツリを無視して、ホシノの顔が近づいて来た。近づきすぎて鼻と鼻がくっついている。ホシノは無表情だが、カヤツリの顔は少し引きつっていた。なんだか分からないが少し怒っている。
「アヤネちゃんと、二人で何をこそこそしているの? 最近、二人で残って何かしてるよね」
「何だ。そのことか」
カヤツリは拍子抜けした。自分が自覚していないことを問い詰められるかと思っていたけれど。そうではなかった。その件なら、今日の対策会議で奥空後輩が言うだろう。昨日、完成した”それ”を見て、一番喜んでいたのは彼女だから。カヤツリも多少手伝ったが、一番頑張っていたのは奥空後輩だ。そのことについては奥空後輩の口から言った方がいい。一番頑張ったものが言うべきなのだとカヤツリは思っている。
「たぶん、直ぐに分かるよ。奥空後輩が来たら、直ぐに」
「ふぅん。後ろめたい事じゃなさそうだね。じゃあいいや」
そう言うと、ホシノは向きを変えて、カヤツリを椅子替わりにした。さっきと同じような姿勢だから、動くに動けない。あっさり引いた割には、こういう事をする。つまるところ少し臍を曲げているのだ。自分に言ってくれないことを。
そんなホシノが可愛らしくて。カヤツリは後ろから軽く抱きしめる。抱きしめられたホシノは驚いたように身体をびくつかせるが、直ぐに力を抜いた。そのままカヤツリに体重を預けてくる。
「……最近、私は少し我儘かな……? カヤツリは息が詰まってない? 甘えすぎてないかな……」
そんな風に、不安そうにホシノが聞く。奥空後輩の事はきっと建前なのだ。少しは関係あるのだろうけど、本題は最初の方だ。
最近、奥空後輩を手伝っているせいで、ホシノと一緒に帰っていない。同棲し始めの時ほどべったりではないのだ。それは、生活に慣れてきたせいもあるし、ホシノも対策委員長としての仕事も覚えてきて忙しいのも、カヤツリが出来るだけ一緒に居ようとしないのもある。
カヤツリとしては、ずっとべったりなのはどうなのかと思う事がある。嫌だとかそう言うのではなく、好きな娘の前だと気を張るのだ。別に気を抜いた姿を見せてもホシノは気にしないだろうが、カヤツリのそれはもう癖に近いから。張らないようにはしているが、まだ意識しないとできなかった。
「ホシノが我儘なのは良いと思う。対応できないときは言うし。気を張るのはもう癖みたいなものだよ。治すのには、もうちょっと時間はかかる。甘えてくれるのは嬉しいから別にいい」
「……うん。わかった。ごめんね。めんどくさい真似して」
「それはいつもだし、俺もそうだからいいの」
「うへ。そうかな……そうかもね。お互いに、めんどくさいね。私たち」
お互い体の力を抜いて、暖かい体同士でくっつく。そのせいか、まだ朝早いのに、また眠くなってきた。もぞもぞと、身をくねらせながら、ホシノがカヤツリの方を向いて言う。
「そういえば、カヤツリはなんて答えたの?」
「何を?」
ホシノの質問に、ホシノの真意に気がつかないふりをして答える。ホシノはなんだか笑顔だった。その顔のままホシノは質問する。
「先生と女の子の好みについて話してたんでしょ? カヤツリはなんて答えたの?」
「……恥ずかしいから言いたくない」
「うんうん。カヤツリが正直で私は嬉しいよ。そういう所はカヤツリ可愛いよね」
久しぶりにホシノに弄られて、カヤツリはそっぽを向いた。ホシノはごめんねと軽く謝りながら、なおも聞いてくる。
「先生は? 先生も答えたんでしょ?」
「答えたけど、期待するような答えじゃないぞ。どうせ、ヒナ辺りに頼まれたんだろ」
「うん。だから、知ってるなら教えてよ」
カヤツリはため息をついて、答えた。それを聞いたホシノは微妙そうな顔になる。
「あー。どうしようか。このまま送るのはまずいよね。ヒナちゃんがシナシナになっちゃう」
「教えてくれなかったって、送っとけばいいよ。直接俺の方に来るだろうから、上手い事誤魔化しておく」
”大人の女性”なんて答えを原液そのままで投下すれば戦争かキヴォトスが機能不全になる。先生が先生である以上は予想できた答えではあるのだが。どうやって希釈してヒナに伝えようかとカヤツリは頭を捻った。
□
「おおよそ揃ったところで、重大発表があります!!」
対策委員の部室で奥空後輩が、真面目な顔をしつつも。喜びを隠しきれないような声色で宣言した。
「まだセリカが来てないけど……?」
「セリカちゃんには。後で私から言います!」
いつもとは様子が違う奥空後輩にシロコは少し腰が引けた様に言うが、奥空後輩は早く報告がしたいのか待ちきれない様子だった。
「カヤツリが言ってたのってこれの事?」
「うん。窓の外を見れば分かるんじゃないか」
ちらりとホシノは窓の外を見て、納得したように頷いた。カヤツリが何かを言う前に奥空後輩が口を開く。
「ついに私たちの努力の結晶が形になりました。対策委員会、初の大型備品です!」
感極まったような様子の奥空後輩に対してシロコが、冷静に呟く。
「アヤネが言ってるのって。校庭にあった”あれ”のこと?」
「多分そうだと思いますけど……」
「折角、アヤネちゃんが張り切ってるんだし、最後まで言わせてあげようよ」
「その方がいい。本当に頑張ってたからな。感動もひとしおってところだろうから」
シロコの呟きに十六夜後輩、ホシノ、自分で返す。
シロコの言う通りに校庭に鎮座している”あれ”が今回の成果物。部品とか資材をかき集めたのはカヤツリだが、大部分の修理や、他の対策委員が稼いできた資金のやりくりをしたのは奥空後輩だ。今回、彼女が作り出したものは対策委員会として初の成果だ。前回のように先生の手を借りたわけではない。自分たちの力だけで手に入れた物。やっと対策委員会は一歩を踏み出したのだから。だから先生にも連絡済みだ。
「アヤネちゃん。その大型備品と言うのは!? 早く教えてください!」
「はい! それは──」
十六夜後輩が空気を読んで嬉しそうに催促する。その期待に応えるべく、奥空後輩が口を開こうとした瞬間。勢いよく部室のドアが開いた。
「み、みんな」
開いた扉の前に立っているのは遅れてきていたセリカ後輩だった。ここまで走ってきたのか、息がかなり乱れている。顔もその所為か赤い。ただそれは、興奮でそうなのかもしれなかった。
セリカ後輩は見てと、大声で叫んで、何かを突き出した。よく見れば、それは何かの封筒のように見えた。白い、祝い事に使うような。それにデカデカと書いてあるが、それを読み切る前にセリカ後輩が答えを叫んだ。
「私、ビンゴ大会で当たったの! しかも一等!!」
対策委員がざわめいた。
それが本当ならいいことだ。中身が現金であれ、商品券であれ。価値の無い物と言う事は考えにくい。ただ、セリカ後輩だからなぁ、という気持ちは付き纏う。
詐欺やらなんやらに引っかかるセリカ後輩だ。疑ってかかるのは悪いと思うが、今までが今までだから。少なくとも確認は必要そうだった。
ホシノが代表して封筒を受け取り、中身を確認する。封筒は余り厚みが無いようで、少なくとも大金が入っているという訳ではなさそうだ。
「リゾート利用券?」
中身は一枚の紙切れだった。紙幣や宝くじと同じサイズの紙にリゾート利用券と書いてある。全員でよく読めば、どこかのリゾートを丸々使えるらしい。文字通りのリゾート利用券だった。特に期限なども書いていない。流石一等の賞品と言ったところだろうか。
「これ、どうしよう?」
ホシノが呟く。売ればそれなりの金額にはなりそうだが、せっかくセリカ後輩が当てたものだ。それではあまりにも悲しすぎる。
「使えばいいだろ。当てたのはセリカ後輩なんだし、セリカ後輩はどうしたいんだ?」
「そりゃもちろん。使いたいけど……」
セリカ後輩は口籠る。行きたいという気持ちと、少しでも借金返済の足しにと言う気持ちが喧嘩している様子だ。カヤツリとしては素直に使った方が良いと思う。行きたいという気持ちがあるなら猶更だった。頭の中で言い訳を組み立てる。
「そういえば、先生が来るんだっけ?」
「はい、今日は忙しいみたいで、数日後には」
唐突なカヤツリの言葉に奥空後輩が不思議そうに答える。そのやり取りとさっきの会話を思い出したのか、ホシノがカヤツリに目配せしてきた。カヤツリは黙って頷く。それを横目で十六夜後輩も見ていた。
「先生は忙しいらしいし、休息も必要じゃない? 対策委員会の顧問何だし、私たちの引率をやってもらおうよ」
「ああ、なるほど。先生も私たちと一緒に休んでもらうってことですね? いいと思います」
ホシノの誘導に、十六夜後輩が乗っかった。これで言い訳は完璧だった。自分たちの為でなく、先生の為でもある。カヤツリとしても少しは休んでもらいたいところではある。最近撃たれたらしいし、大丈夫なのだろうか。
「そうね。それなら、行った方が良いわよね!」
セリカ後輩も納得したようで、テンションが上がるが、何かに気がついたのかすぐに小さくなる。
「でも、どうやって行くの? 遊びに行くなら荷物も多いし、車とカヤツリ先輩のバイクじゃ乗りきらないんじゃ……」
「そこは心配いらないよ。セリカちゃん」
きらりと眼鏡を輝かせて、奥空後輩が言う。ここで”あれ”の出番だから。
「ここで大型備品の出番です。つい昨日完成した。雨雲号です!」
奥空後輩は窓のカーテンを引いて校庭を指さす。そこには一台の戦闘ヘリが鎮座していた。これが今回の目玉である雨雲号だ。これなら先生含め全員乗れるし、荷物も全員分載るだろう。しかも空路を行くので大分早く着く。早く着くということは、その分長く遊べるのだ。
憂いは晴れたセリカ後輩はテンションも高めだった。奥空後輩もそれにつられたように、大声で宣言する。
「それでは今日はこれで解散にして、リゾートに行く準備をしましょう!」
「じゃあ、私の出番ですね! 皆でショッピングです!」
買い物が大好きな十六夜後輩のテンションもうなぎ上りだった。となると対策委員全員で買い物にいくのだろう。女子組は水着やらなにやら買うのかもしれない。そうなると自分は他の物、食材や飲み物を買う事になる。
「カヤツリ、どうしたの?」
考え込むカヤツリにホシノが問いかける。どうしたも何も、どこの店を回ろうか考えている。カヤツリは水着は後日適当に選ぶので、他の対策委員とは別行動になるからだ。
「いや、カヤツリも私たちと一緒に周るんだよ?」
「……? 何で?」
他の対策委員について行ったところで、カヤツリが役に立てる事はあまりない。精々が荷物持ちだが、それ程買うわけでは無いだろう。それにカヤツリは女性用水着を着る変態ではない。
気がつかないカヤツリにホシノはにっこり笑って、こう言った。
「私の水着選んでくれないんだ?」
「…………」
カヤツリはホシノに何も言えなかった。あまりの恥ずかしさと照れくささで言葉が出てこない。顔も熱いし、胸がポカポカする。なんだか、気持ちが浮ついて、いつもの自分でない。
ホシノはニコニコ笑って、カヤツリに再度聞く。
「カヤツリは、私の水着。選んでくれないの?」
「…………行く。一緒に行くよ」
小さい声だったが、ホシノには聞こえたようで、満足そうに頷いている。
「やっぱり、可愛いよね。カヤツリのそういう所は。見た目に寄らず案外純情だよ?」
「五月蠅いな……。ホシノだって人の事言えないだろ」
「うへ~。私はおじさんだからね。でもカヤツリはかわいい女の子だと思ってるんでしょ? 前にもそう言ってくれたもんね? さっきも甘えていいって言ったもんね。私は覚えてるよ?」
思いもかけないカウンターにカヤツリの顔の赤さが加速する。なんだか最近はホシノに振り回されっぱなしだ。恥ずかしげもなく今のようなことを言ってくる。顔色一つ変えやしない。
身体的な接触のドキドキは慣れたカヤツリだったが。今のような、言葉での表現は未だに慣れなかった。
それに、ホシノは初デートの時の同衾で味を占めたのか、何回も誘ってくるようになった。押し切られる回数も増えてきていて、首や耳が虫刺され塗れになっていた。
ホシノの言葉に言い返す気力もなく、後輩たちの方を見ると。どこか生暖かい目でカヤツリを見ている。今気がついたが後輩たちの前だった。
「ん。いつものカヤツリ先輩じゃないみたい。よわよわ」
「ホシノ先輩の言う通り、反応が可愛らしいですね?」
「絶対にあげないよ? 私のだからね?」
一年組はよくわからなさそうな顔をしているが、ホシノと二年組の反応は理解はできる。正直言って、最近のカヤツリと、三年生前半までのカヤツリは違う。最近は緩みがちだから。素が漏れてきているのだ。自分でも把握していない素が。
これ以上、ホシノたちの視線に耐えきれないカヤツリは、準備してくると言い訳をして、その場から逃げ出した。
アビ夏イベントの後、エデン条約編三章少しとパヴァーヌ二章で先生とカヤツリとアリスの絡みを少しだけやり、最終編、三章に入る予定です。
分岐時期が時期(37.38話)なのでifエンドはR18になりそう。下書きだと余りに爛れているし、救いも見えないので。練り直しつつ折を見て投稿します。