ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「本当に良いの? リゾートについて行っていいなんて」
先生は、わざわざシャーレまで車で迎えに来たカヤツリに聞いた。カヤツリは気にした様子もなく、当たり前のように言うのだ。
「先生は対策委員会の顧問でしょう? 引率を頼むのはこちらですよ。なんでそんなに申し訳なさそうなんですか」
カヤツリの言う事は尤もだが黙っていてもいい案件だった。先生に隠し通すくらいの事はカヤツリはできるだろうし、対策委員会たちだけで楽しんでもいいはずだ。彼女たちが良い生徒なのは知っているけれど、対策委員会の休暇の邪魔をするのは気が引ける。
カヤツリは、少し笑って補足する。
「むしろそっちの方が気に病むんですよ。こういうのは後腐れなくやる方がいいに決まっているんです」
嬉しいことを言ってくれるものだと思う。けれど、自分に気を回し過ぎではないだろうか。生徒の負担には成りたくないのだ。
「カヤツリだって、ホシノたちだけの方がいいんじゃないの?」
恋人とのリゾート休暇なんて、先生もやれるものならやってみたい。そんな先生の一言を聞いたカヤツリは、信じられない物を見るような目で先生を見る。そんな目で見られる理由が分からない先生はうろたえる。
「先生。本気で言ってます? もちろん、二つともですけど」
「二つともって? カヤツリだって、ホシノと休暇を楽しみたいんじゃないの?」
カヤツリは大きなため息をついた。どことなく呆れた様な顔だった。車に寄りかかって、先生に一つ目の理由を言う。
「じゃあ、先生だったらどうしますか。考えても見てくださいよ。俺以外、女生徒なんですよ。しかもリゾート、海ですよ。ほら、ここまで言えばわかりませんか? 肩身が狭いんなてもんじゃないでしょう?」
「あー、ちょっと分かるかも」
恋人と一緒とはいえ、他に年頃の女子が複数人。しかも水着ときた。カヤツリは恋人がいるとはいえ、最近は年頃の男子らしくなってきているから。先生も想像して居た堪れなくなった。
「ええ、分かってくれたようで嬉しいです。それなら俺を助けると思って、早く乗ってください」
先生はカヤツリの指示に従って、助手席に乗り込んだ。それを見たカヤツリは運転席に乗り込んでエンジンをかける。車は静かに発進した。
道路に出れば前方には他の車両がいくつか見える。未だ朝早いが道路は混み合っていた。このままこれが続けば予定時間に間に合わないかもしれない。
けれど、先生もカヤツリも焦った様子はない。アビドスに近づけば近づくほどに、道がガラガラになるのを知っているからだ。
「そういえば、もう一つは?」
幾らこの後道が空くのが分かっているとはいえ、今の遅々とした進行速度が退屈だった先生はカヤツリに話しかけた。さっきのカヤツリが言っていたことが気になったからだ。
「羨ましいみたいなことを言っていたじゃないですか。恋人とのリゾート休暇の事を。どっちが羨ましいんです? 休みがある事ですか? それとも、恋人がいる方ですか?」
「どっちもかなぁ」
先生は軽く想像しながら、あまり考えないで答える。同性だと気を使わなくてもいい分、カヤツリとの会話は楽だし楽しかった。
のほほんと答えた先生を見て、カヤツリは、さっきみたいな呆れた表情に戻る。
「休みが欲しいのは分かりますし、できたらいいなみたいなつもりでしょうけど、まさか、他の誰かに言っていませんよね? 嫌ですよ、先生抱えてキヴォトス中を逃げ回るのは」
「言ったのはカヤツリだけだよ? それに今の私は仕事が恋人だし、先生だからね」
それを聞いたカヤツリは安心したように身体の力を抜いたように見えた。
「じゃあ、この前の好みの話は? アレ、本気じゃないとは思ってたんですけど?」
「ああ、アレね。私も自分じゃよく分からないから、とりあえず同年代の人って言ったんだよ。カヤツリと同じで、好きになった人が好みになるのかもね」
すん、と黙りこくったカヤツリを見て、先生は言う。
「カヤツリも、そうじゃないの? 即答しなかったよね。思いつかなくて、ホシノって言ったんじゃないの?」
「……」
黙り込んだままのカヤツリを見て、先生は笑う。本当にこの話題になるとカヤツリは弱い。きっとホシノ以外の事なら、嘘なり、ハッタリか何かを使うのだろうが。カヤツリはホシノの話題に関しては嘘をつかないから。
最初にあった頃のカヤツリと比べて、今のカヤツリは大違いだった。最初の頃のアビドス以外は全て敵かのような雰囲気は無くなっていた。交友関係も依然と比べて広がっているのも知っている。
風紀委員長のヒナに留年生のマト、補習部のヒフミにゲーム開発部のアリス。給食部や便利屋の面々。カヤツリの交友関係を思い浮かべた先生は、妙な共通点に気がついた。
「今気がついたんだけど、カヤツリの交友関係ってさ。深い子はホシノみたいな背格好の子が多くない?」
「は? そんなことは……」
何を心外なという顔をしたカヤツリの顔がどんどん青くなる。動揺が運転にも表れているのか揺れが大きくなった。ヒナ、マト、ムツキ、アリス等々の面々を思い出したのかもしれない。
「やけにカヤツリ、その娘たちには甘いよね?」
「……給食部の部長とか、ヒフミはそうじゃないでしょう?」
カヤツリが無駄な抵抗をするが、先生は持ち前の推理力で看破する。
「その子たちは理由があるよね。ヒフミは恋の後押しをしてくれたし、フウカは料理を教えてくれたからでしょ。さっき言ったのは特に理由もないんじゃないの?」
カヤツリは反論せずに黙ったまま運転を続けている。対策委員たちとホシノがカヤツリを弄る気持ちが良く分かった。
「ホントにホシノが大好きなんだねぇ。だったら私も早くスピーチの内容を考えておかないと」
どっちの苗字にするんだろうと、考える先生に、ちょっぴり怒ったかのようにカヤツリがぼそりと呟く。
「あんまり、からかうようなら、俺にも考えがありますよ。先生」
少しやり過ぎたと、先生は申し訳なくなる。けれど、疚しいことなど何もない。精々が足舐め事件だろうが、あれはイオリがやれと言ったから、仕方ないのだ。そんな先生にカヤツリは呟いた。
「第一回補習授業部、深夜の水着パーティ。いかがわしいビデオみたいですね。先生ぇ」
「……何で知ってるの?」
先生は戦慄する。知っているはずがないことをカヤツリが知っているからだ。
アビドスの一件が終わった後、先生はシャーレの支援で他の学園に引っ張りだこになっていた。廃部寸前の部を助けてほしいとか、成績が悪すぎて退学になりそうな生徒に勉強を教えて欲しいとか。
カヤツリが言っているのは後者の方だ。前者はアリスと知り合った事件につながるが今回には関係ない。後者の補習授業部の事を言っている。
あれは、トリニティの補習授業部しか知らないはずだ。確かにそうだが、あれは仕方がなかったのだ。洗濯物が急な雨で全部濡れてしまったから、着るものが乾くまで水着で凌ぐ羽目になっただけで……
そんな言い訳をしている先生に、カヤツリは言う。
「……そんなに慌てないで下さいよ。不可抗力だったのは知ってますし、先生が生徒を選んで態度を変えるのも知ってますから。いくら先生とはいえ……。流石にねぇ、私欲で、そんなことはしないと俺は信じていますから」
「やり過ぎたよ。ごめんね」
「分かればいいですよ。程々にしてくださいね」
先生は白旗を挙げる。これ以上、自分の知らない何かが出てきても困るからだ。今回は弄り過ぎた先生が悪い。早々に謝ることにする。
それをカヤツリは、さらりと流した。程々にと言う所にカヤツリの甘さが滲み出ていた。
「でも、何で知っているの? カヤツリはトリニティに居なかったでしょ?」
「先生。その夜に誰かに会いませんでしたか? ゲヘナの生徒に」
カヤツリの言葉に頭を回す。確かあの日は、服が乾いて着替えた後、補習授業部は深夜テンションのまま夜の街に繰り出したのだった。そして、色々なトラブルがあって、確か最後に誰かに会って話をしたはずだった。
折角のデートスポットが吹き飛ばされて大変だったんですよと、カヤツリは言って、答えを告げる。
「ヒナに会ったでしょう? ”展示されているゴールドマグロを食べるため”なんていう理由で、アクアリウムを爆破したあの美食テロリスト共を引き渡した時に」
そうだ。美食研究会をゲヘナに引き渡した時にヒナもいた。風紀委員長なのだから当たり前の話だった。そこで、今回の顛末を話している。カヤツリはヒナとも知り合いだし、ヒフミとも、拉致されていたフウカとも知り合いだ。三人から話を聞けばカヤツリなら全体像を想像することなど容易いだろう。
「……少し真面目な話をしてもいいですか。先生。これから先の事──エデン条約と、先生をこの休暇に招待した理由について」
カヤツリが少し真面目な顔になった。ここしばらく見ていなかったカヤツリの表情だった。これは、汚い仕事について話す時の、もしくは重要なことを話す時の顔だった。先生も態度を改める。
今思えば、わざわざ車で迎えに来たのも、この話をするためだったのかもしれない。聞いた通りの話なら、ヘリで直接迎えに来ればいいのだから。
「先生の生徒を特別贔屓しない姿勢は好感が持てますし、そこが先生の良いところだと思ってはいます。ただ、お願いです。もう少しだけ、少しだけでいいですから。ヒナの事を気にかけてやってはくれませんか」
珍しい事だった。カヤツリが他人のスタンスに言及するなど。カヤツリは普段はそう言った事をしない。人の行動指針にはあまり口を出さない。それは、無駄だと思っているからだと先生は思っていた。だから、今回の事は不可解だった。ヒナともカヤツリは仲が良い。だから頼みごとをするのは分かるのだが、なぜ自分なのか。カヤツリが動いてもいいはずだ。
「先生。それは無理だからです。俺はヒナの相棒ではない。ホシノの相棒ですから。俺がいくら気に掛けたところで、どうしようもないんですよ。俺はアビドスでゲヘナでは無いんですから。ヒナに言われたでしょう? エデン条約を推進した理由を」
確か、それでゲヘナの問題児がおとなしくなるから、仕事が楽になると聞いた気がする。それを聞いてカヤツリは頷いた。
「ヒナは限界です。もしかしたらあの時の俺以上に。近づくエデン条約、終わらない仕事、邪魔しかしない上層部。マトが何とかしてはいますが、焼け石に水でしょう」
「どうすれば良いんだい? カヤツリは私に何をして欲しいの?」
カヤツリの言うようにヒナが限界であることは分かった。けれど、先生はヒナの仕事を手伝えるとは思えなかった。むしろ手間を増やすだけだろう。だからカヤツリに聞くことにする。何をして欲しいのかを。
「認めてやってください。ヒナがしていることはすごい事なんだと。そして、褒めてやってください。いつも頑張ってくれてありがとうと」
「それだけでいいの?」
「それが大事なんですよ。先生」
微笑むカヤツリに、先生は疑問がわいた。だってそれは普通の事ではないのだろうか。ヒナがしていることは誰もができる事ではない。それは褒められるべき仕事のはずだった。それはヒナも分かっているはずだ。カヤツリは首を振って否定する。
「ええ。ヒナも分かってはいるでしょうね。でも、ヒナにとってそれは出来て当たり前の事なんですよ。鋏で紙を切るように、一人で自転車に乗れるように。そんな事をわざわざ誇る奴もいないし、誇れるとは思わない。最悪なのはヒナと対等の奴がいない事です。今ならホシノが居ますけど、陣営が別ですからね」
でも先生ならとカヤツリは言う。
「けれど、先生なら、大人である先生なら、ヒナが認めた先生なら。先生の言葉はヒナの活力になるはずです。それだけのことで救われるんですよ。単純ですけどね。俺はホシノにそう教えてもらったから」
「分かった。カヤツリ。気に留めておくよ」
言われてみればそうだった。初めて会った時のカヤツリがそうであったように、一人でヒナは頑張っている。風紀委員長は一人しかいないから、その重責を真の意味で分かるのはヒナだけだろう。それでも、話を聞いてあげるくらいの事は出来るのだ。カヤツリはそれだけで救われるのだという。きっとカヤツリはホシノにそれをやってもらったことがあるのだろう。褒めて、労ってもらったことが。
「それが、今回の休暇に誘った理由ですよ。初めに言ったのも嘘じゃないですけど。まあ予行演習です」
「予行演習?」
ヒナと休暇に行く日が来るのだろうか? まさかカヤツリがセッティングするとでも? 流石にヒナと二人きりはマズいのではないだろうか。他の風紀委員が黙っているとは思えないし、ゲヘナの治安が悪化する未来が目に見える。
「マトとあの行政官が色々と計画しているみたいですよ。近々、話が行くんじゃないですか?」
「それで予行練習ってこと?」
「そうですね。まあ気負わないで下さいよ。こんな感じなんだなみたいな。空気だけ感じてくれればいいです。先生の事です。意識しなくても、ヒナにパーフェクトをかますでしょうから」
カヤツリの話はこれでお終いらしく、カヤツリは話すのを止めた。しばらく二人の間に沈黙が下りるが、ふと先生は気になった。なぜ、カヤツリはトリニティの事を知っていたのだろう。ヒナから話を聞いたのだとしても、態々。裏を取ってまで調べるのは手間だ。内容にしても、シャーレの先生が生徒と夜遊びをして、そのどさくさで他校の生徒を補導したという話だ。そこまで詳細に調べる理由が分からない。
「トリニティじゃ大変だったみたいですね。先生。危うくクーデターが成功しそうになったみたいじゃないですか」
「本当に何でも知ってるね……」
「マトから聞いたんですよ。アビドスとしてもエデン条約は順調にいってくれないと困りますから」
カヤツリは言う。四人でこれからどう動くのか、何か手伝って欲しいことはないのか。学園の垣根を超えた話し合いが行われているのだと。休暇の計画もそこでマトから、こっそり耳打ちされたものらしい。
気がつけば渋滞を抜けて、アビドス自治区内に近づいている。車のスピードが少し上がった。
カヤツリの真面目な顔はまだ崩れなかった。何か言いにくいことを言おうとしているような。そんな表情だった。
「ざっと言えば、今回の顛末はあれでしょう? 過去、迫害され存在を消された学園を利用して、ティーパーティの一人がクーデターを計画した。エデン条約を潰すために、ゲヘナと戦争をするために。ゲヘナを憎む者同士で手を組んで。案外その主犯も上手に使われただけでしょうけど」
先生は舌を巻く。大体カヤツリが言った事は合っている。補習授業部の裏の目的も知っているのかもしれない。トリニティの裏切り者候補を集めたのが、補習授業部だった。結局はその中に真の意味での裏切り者は居なかったのだけれど。
ある程度、トリニティは情報統制しているはずだが筒抜けの様だった。消された学園──アリウスは場所もどこだか分からず、目的も良くは分かっていない。
エデン条約の調印式はまだ先だ。大体一月くらい後になるだろう。不安要素は山積みだが、先生はどうにかなると思っている。自分だけではどうにもならないが、生徒たちが居てくれる。彼女たちと一緒なら、どうにだってして見せる。
「先生。注意したいのは一つだけです。これは、最近俺も知ったことなんですけどね。感情って言うのは厄介ですよ」
「……どうしてそう思うんだい」
先生はカヤツリにそう返した。何となくカヤツリの言いたいことは分かるような気がするが上手く形にはできなかった。
「のろけを話すようで嫌なんですけどね。ホシノと付き合うようになってから、合理的な選択があまりできなくなりました。つい、ホシノを喜ばせようと思って、そういう顔が見たくて、手間を掛けたり、迂遠な手段をとったりしてしまうんですよ。この前みたいに付き合っている事を隠すとか」
「それは、良い事じゃないのかい」
それは良いことのはずだ。カヤツリもホシノも幸せそうだし、カヤツリは非合理だと言うけれど、合理だけでは人間は生きてはいけない。それはカヤツリも分かっているはずだ。カヤツリはそれに対しては肯定した。
「それは、正の方向ですからね。でも先生。今回のクーデターは負の方向じゃないですか? ゲヘナとトリニティの仲が悪いのは昔からだそうですがね。実際、ゲヘナから嫌がらせされたトリニティ生はどれくらいいるんです? まさか全員ってわけでもないでしょう。逆もそうですよ。ただそういう風に聞いているから、今までがそうだったから。そうしているだけなんですよ」
苦々し気な表情でカヤツリは続ける。
「普通に考えたら、エデン条約を潰す方がデメリットの方が大きいです。下手したら全面戦争ですから。気が晴れるだけですよ。これまでの生活も日常も全てが灰と化す。合理的ではない。でも、感情はそれを許してくれないんですよ。容易に振り切れるんです。合理的でない方向に」
だから気を付けてくださいと、そうカヤツリは呟く。
「今回はトリニティでしたけどね。ゲヘナだって可能性はあるんですよ。それはこっちである程度は相談しますけど。だから、調印式は気を付けてくださいね。護衛が欲しいなら、いつでも言って下さいよ。先生に何かあったら嫌ですからね。スピーチ、してくれるんでしょう?」
「分かった。心配してくれてありがとう。カヤツリ」
先生は穏やかに笑う。物騒な会話だったが、カヤツリは心配してくれているのだ。ヒナの事を話したのもそうだろうし。カヤツリは最悪の事を想定しているから、話がいつも陰鬱な方向に向かう。昔、アビドスの事を話した時もそうだった。でも、アビドスと同じように、もしかしたら同じくらいに先生の事を心配してくれていることが嬉しかった。
「じゃあ、これで暗い話はお終いです。準備は良いですか。先生。リゾートが俺たちを待っていますよ」
カヤツリの言葉に笑って頷く。
窓の外にはアビドス校舎が見え始めていた。時間通りの到着だ。この後の休暇を思って、先生とカヤツリは笑顔だった。