ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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90話 リゾート復旧

「違う島に来ちゃったわけじゃないよね……?」

 

 

 セリカは違ってほしいという願いを込めて呟く。幾ら、ここに来る途中でヘリの調子が悪くなって不時着したとはいえ、正直言って目の前の光景を信じたくなかった。リッチで大きなリゾート、ノノミが手に入れたパンフレットにはそう書いてあったし、それを期待していたのだ。

 

 

「本当にここであってる?」

 

 

 シロコも、普段と変わらない様子で呟くが、これはこの場にいる全員の総意だった。

 

 セリカの目前に広がっているのは、確かにリゾートなのだろう。常夏といった感じのヤシの木や宿泊施設であろう建物も見える。問題なのは、それら全てが長い期間、放置されていたかのようにボロボロになっていることだ。瓦や外壁はところどころが剥がれていて、人の気配もない。

 

 あまりにも信じられなくて、真っ先にセリカと対策委員はリゾートを探索した。分かったのは放置された廃墟と言う事だけだったが。

 

 利用券があるくらいのリゾートだから、出迎えもあるかもしれないくらいに思っていたのに。

 

 慌てて利用券とパンフレットを確認したアヤネが愕然として、報告する。

 

 

「場所はここであってるよ……セリカちゃん。この利用券にも、小さい文字で書かれてる。リゾートはリゾートでも、この土地の利用権みたい……」

 

 

 アヤネの言葉にセリカは嫌でも理解できた。

 

 だから招待券ではなく、利用券なのだろう。勘違いした顧客を騙す詐欺商品だ。これが自腹を切って手に入れたものなら怒り心頭だったが、入手経路はビンゴ大会の景品だ。こちらの懐が痛んでいない分気は楽だったが、徒労感が大きい。

 

 周りを見れば廃墟しかないこの状況に、セリカはさっきまでの高揚感や幸福感が落ち込んでいくのを感じた。毎度毎度騙される自分が嫌になる。自分だけが嫌な思いをするのなら我慢ができる。騙された自分が悪いからだ。もちろん騙す側が一番悪いのは分かっている。けれど、何回か先輩たちに尻拭いをしてもらうのも申し訳なくなるのだ。

 

 いつも先輩たちは笑って、次は気を付けるように言ってくれる。だから、今回のリゾート券は恩返しの折角の機会だったのに。こんな結末になるとは思わなかった。こんな廃墟でどう休暇を楽しめというのだ。

 

 

「まだ諦めるには早いんじゃないかな」

 

「先生?」

 

 

 先生は落ち込むセリカを元気づけるように言った。他の先輩たちも同じような顔で元気づけるように言ってくれる。

 

 

「確かに、ここは廃墟同然なのかもしれませんけど、常夏のリゾートであることには変わりありません」

 

「ん。さっき周った時に確認した。設備も埃塗れだったけれど壊れてるわけじゃない。それに、建物自体の損傷もそれほど酷くない。整備と修理をすればまだ使えそう」

 

「ね。セリカちゃん。前向きに行こうよ。整備と修理は私たちの十八番だよ。誰もいないってことはここを好きにできるってこと。なんだかワクワクしてこない?」

 

 

 ノノミ、シロコ、アヤネがそう言ってくれる。廃墟なのは大きなマイナスポイントではあるが、自分たちの好きなように改装できるというのは魅力的だった。アヤネの言う通り、補修は自分たちの十八番だ。自分たちだけのリゾートと言うのも素敵な響きだと思った。つまり自分たちの努力次第で、これからの休暇を楽しめるかが決まるという事だ。

 

 先生もそうなのだろう。だから、諦めるのは早いと言ったのだ。それなら、もうやるしかない。やることが分かれば話は簡単だ。むしろセリカはこういう方が得意だった。

 

 

「……いいじゃない。廃墟が何よ。私たちのリゾートに改造して、意地でも楽しんでやるんだから! 絶対にあきらめないから!」

 

 

 セリカは吠える。他の対策委員もセリカほどでもないが掛け声をあげ、それぞれの役目を果たしに散っていった。

 

 

 □

 

 

 セリカのやる気は十分だ。

 

 それは自分の仕事の進捗にも表れていて、リゾート内のホテルのロビーの掃除が見る見るうちに進んでいく。自分の努力が形になっていくのは気分が良い。これなら一人でも十分かもしれなかった。

 

 今、対策委員は手分けして仕事をこなしている。アヤネ、シロコ、ノノミは不時着したヘリに荷物を取りに行っていた。不時着の原因であるエンジンと荷物の無事を確認するらしい。荷物はかなり積んでいるし、いくらアヤネとはいえエンジンの修理にはしばらくかかるだろう。その証拠に未だに帰ってくる気配はない。

 

 セリカ、ホシノ、カヤツリ、先生はこの建物の掃除と設備の点検だ。先生は休息と報告の為に何回か戻ってきているが、先輩二人はまだ一回も帰ってきていない。変なことをしていないだろうかとセリカは不安だった。

 

 

「やる気十分って感じだな」

 

 

 気がつけばカヤツリがロビーに戻ってきていた。

 

 もう水着に着替えている他の対策委員と違って、先生と同じように普段の服装のままだ。しかもなんだか埃臭い。

 

 

「別にサボってたわけじゃない。機械室とかボイラー室を少し見てた。重機もあったからシロコの見立て通りに何とかなりそうだな」

 

 

 そう言って、ロビーに置いてある紙に進捗を書いている。カヤツリが言うのなら、そうなのだろう。当の先輩はふんふんと鼻歌を歌いながら書いているから、機嫌が良さそうだった。セリカはそれに安心すると同時に、不思議な気持ちもあった。

 

 

「先輩は怒ってないの?」

 

「何に怒るって言うんだ? 別に今回はセリカ後輩のせいじゃないだろう」

 

 

 それはそうだし、先生や他の先輩たちもそう思ってくれていると信じている。でも、あの時カヤツリだけは難しい顔をしていたから。今はそうでもないようだから聞いてみたのだ。

 

 

「ああ、あれは怒っていたわけじゃなくて、普通に考え込んでいただけだよ。なんでこんなことをしたのかって、考えてたんだ。結局、分からない事の方が多かったから、ひとまず置いておくことにしたんだ」

 

 

 セリカはそんなことは考えないようにしていた。自分が怒りっぽいのは自覚があるし、いつまでも怒っていると疲れるからだ。それなら、リゾートを満喫するのを考えた方が気分が良い。

 

 けれど、先輩はそうではないようだった。それは格好が普段と変わらないのも、そうなのかもしれなかった。他の対策委員、ホシノですら浮かれて水着に着替えているのに、カヤツリは普段と変わらない。

 

 楽しんでいないわけでは無いはずだ。そうなら、対策委員で行ったあの買い物では楽しそうにしていたから。ただあのリゾート利用券が気になっているのだろう。なら、分かったことを聞けば何かの助けになるかもしれない。

 

 

「分かる事はあったの?」

 

「うん? その券の値段を吊り上げることくらいしか思い浮かばない。廃墟じゃない想定で売ったんだろうな。それで、そのことを追及されても言い逃れが出来るように、予防線が張ってあるだろう? 招待券じゃなくて利用券とか、土地の利用券の小さい注意書きだとか。そういう事をするのには心当たりがあるから引っかかってる」

 

 

 セリカは、それで十分ではないかと思うのだが。先輩はそうではなかったらしい。でも、セリカの頭ではそれ以上の事は分からない。少し残念な気持ちになる。そんなセリカをどこか可愛いものを見る瞳でカヤツリは笑いながら言うのだ。

 

 

「それ以上の事は分からないし、考えても無駄だから。仕事に集中することにしたんだよ。だから、気にしなくていい。何度も言う通りに悪いのは、それを作った奴なんだからな」

 

 

 暗い話は終わりと、カヤツリは言った。それならと、セリカは仕事の進捗だけを考えることにした。先生は客室の確認をしてくれているから、あとは、ホシノが戻ってくればほとんど終わりのはずだった。

 

 

「ホシノ先輩がまだ帰ってきてないんだけど。先輩は何してるか知らない?」

 

「知らないけど? セリカ後輩の方が知ってるんじゃないのか。一回は来てるだろ」

 

 

 ううんとセリカは首を横に振る。ホシノは一回も帰ってきていない。もしかすると居眠りかサボりでもしてるのかもしれない。最近、ホシノは真面目になってきているのはセリカも感じるところだ。そうではないと信じているけれど、今までのイメージがイメージだから。サボって昼寝をしている可能性も切り捨てられない。

 

 

「先輩が探してきてくれる? 先輩の方が適任だと思うわ」

 

 

 ホシノの相手はカヤツリに任せる。これは対策委員の共通認識だった。あの尾行事件からカヤツリは他の対策委員からはホシノ係に任命されている。何だかんだカヤツリに任せた方が上手くいくのだ。ホシノの方はカヤツリ係だったりする。そのことは本人たちには言っていないから、知る由もないが。もし二人に知られたら、怒られることは想像に難くない。

 

 そうセリカに言われたカヤツリは了解したと頷いている。どことなく気が楽そうだった。

 

 

「セリカ後輩は揶揄わないからいいな。皆もそうならいいのに」

 

「あー。シロコ先輩とかノノミ先輩はすごいから……。アヤネちゃんもか……」

 

 

 セリカは思い出して苦笑いする。あの尾行事件から、カヤツリは揶揄われている。皆がホシノに生活の様子とかデートとかを聞くのだ。実際にはカヤツリ以外の、ホシノですら揶揄っている自覚は無い。そうでなければ、普段の生活など普通に質問に答えないだろう。

 

 カヤツリはそれが恥ずかしいのだろうし、他の対策委員も分かってはいるのだろうが、皆で話せるカヤツリとの共通の話題がそれしかない。

 

 仕事の話とかそういった固い話や、個人間の話題ならあるのだろうが、全体の共通認識で話せることはあまりない。ホシノ相手であれば、自分たちも同性だから色々やりようはあるが、カヤツリはそうではないからだ。

 

 セリカは話題なら柴関の事とか、カヤツリのことで皆と話せる話題が幾らでもある。アヤネはあまりない。今回のヘリの購入くらいだろう。ノノミはホシノと一緒の何かの特別授業。シロコはよく分からない。銀行強盗の計画の修正案をあーだこーだ言っているくらいだろうか。だから、後輩たちはカヤツリと話す時、誰かが仲間外れになる。

 

 それを見たホシノは、自分を出汁にしてカヤツリが対策委員全員と交流するような話題を作っている。途中から単純に三人の興味が勝って公開処刑みたいになるのだろうとセリカは思っている。

 

 つまるところ、カヤツリは今まで、仕事の話と真面目な話しか対策委員会としてないのだ。今回の休暇のように対策委員会、全員でのイベントがあれば止むだろう。そういった事を積み上げていけば、カヤツリにとって恥ずかしい話は終わるはずだった。

 

 

「……そういえば、先輩は何で呼び方がみんな違うの?」

 

 

 全員のカヤツリに対する距離感について考えていたセリカは、いい機会だから聞いてみる事にした。

 

 

「私は名前と後輩呼びでノノミ先輩とアヤネちゃんは苗字呼びじゃない。シロコ先輩に至っては名前での呼び捨てだし……」

 

 

 あの三人はそれもあるから、カヤツリと話そうとするのだろう。苗字呼びは距離を感じる。名前呼びの自分と苗字呼びのアヤネとで対応の差は感じないし、カヤツリにもそのつもりは全くないだろうが、あの三人とってはそうではないのだ。止めに学外の友人。例えばアリスとかヒナが、呼び捨てともくればそうもなるだろう。

 

 

「いや、嫌がるかなって。何だか馴れ馴れしいじゃないか」

 

「何でよ? 私やシロコ先輩ならいいのに?」

 

 

 ホシノが嫉妬するからカヤツリが気を遣うのなら分かる。ただそれでは自分やシロコ、学外の人物が許されている理由が分からない。

 

 

「セリカ後輩は今回みたいな尻拭いやってるし、シロコはここに来た時やんちゃだったから。扱いが雑になったんだ。なんだかそういうの気にしないタイプだろ?」

 

 

 セリカは頷く。別に苗字だろうが、名前呼びだろうが気にしない。初対面で異性に名前呼びされたら少し身構えるが、カヤツリはそうではない。きっとシロコも同じタイプだし、他の二人もそうだ。

 

 

「ノノミ先輩やアヤネちゃんも気にしないと思うわよ?」

 

「うん。分かってるんだけども……。なんか気後れしないか? こうあの二人はタイプが違うというか……」

 

 

 セリカはそうは思わない。あの二人は確かに、セリカやシロコとは違って大騒ぎしたり、感情を表にすぐ出したりするタイプではないけれど。先輩が思うほど鉄面皮という訳ではない。さっきだってそうだったはずだ。リゾートの復旧計画に目を輝かせていたのはカヤツリも見ているはずだ。それに二人とも何か話をしたそうにしているのをセリカは知っている。

 

 

「たぶん、皆気にしないと思うから。聞いてみたらいいんじゃない?」

 

 

 そうすれば、カヤツリが恥ずかしさに悶える事は減るだろうし、あの二人も満足するだろう。シロコはきっと別の理由だろうが、そこはカヤツリが頑張るべきだ。案外しょうもない理由じゃないかとセリカは予想している。

 

 

「そうかな?」

 

「そうよ? 先輩はもう少し自信持って良いと思うわよ。……本当にホシノ先輩何やってるのかしら」

 

 

 セリカがカヤツリにできるのはここまでだ。普段やってもらっていることを考えたら足りないくらいだろうが、セリカは手助けできていることが少し嬉しかった。そして結構長く話したがホシノは帰ってくる気配が未だにないので、セリカはカヤツリを急かす。

 

 あまり納得いっていないような様子でホシノを探しに行くカヤツリをセリカは見送り、自分の仕事を再開した。

 

 

 □

 

 

 ホシノは掃除予定の部屋で黄昏ていた。

 

 掃除予定とは言ったけれど掃除はとうに終わらせている。後は報告にロビーまで戻るだけなのだが、その気持ちが中々湧いてこなかった。

 

 

「……まさか、こんなところにもあるなんて」

 

 

 そうホシノは一枚の紙、ポスターを見てそう言う。古ぼけたポスターには、アビドス砂祭りと書かれている。

 

 あの日、ユメ先輩が持ってきたポスターと同じだった。宣伝のポスターだから、数があるのは想像できるし、ここはリゾート地でアビドスにも近いから。紹介目的でここにあるのもおかしくはない。

 

 

 ──じゃーん! ホシノちゃん見て見てー! アビドス砂祭りの昔のポスター! さっきやっと見つけたの! この時はまだオアシスが湖みたいに広がってたんだよねー。はい、これはホシノちゃんにあげるね!

 

 

 いつかの記憶。忘れられない、ユメ先輩との最後の記憶。不意打ちで見たポスターで想起した記憶で、ホシノは落ち着いた気持ちではいられなかった。

 

 さっきも先生が来たけれど、渾身の演技で誤魔化した。ただ先生は気がつかないふりをしてくれただけで、様子がおかしいのを見抜かれているかもしれない。だから、ここで落ち着くまでこうしているのだ。ホシノがこんな雰囲気で戻ればこの休暇の空気は壊れてしまうから。それはホシノの望むところではないし、こんな個人的なことに後輩や先生を巻き込むのは嫌だった。

 

 そんな事を考えているから心が冷えていく。後輩たちと先生とカヤツリとの楽しい休暇で浮ついていた気持ちが落ち込んで、なんだか寒い。水着姿でもさっきまでは暖かかったのに。ホシノは自分の身体を抱きしめてブルリと震えた。

 

 

「……何を落ち込んでいるんだ」

 

 

 聞き覚えのある声にバッとホシノは振り向く。声の通りにカヤツリが部屋の入り口に立っていた。

 

 

「いやだなぁ~。落ち込んでなんかないよ?」

 

 

 ホシノは自分でも下手だと思う演技で誤魔化した。自分の都合にカヤツリを巻き込みたくはない。きっと一緒に悲しんで共感はしてくれるかもしれないけれど、それで喜ぶのはホシノだけだ。それでは前と変わらない。自分の面倒くらいは自分で見るべきなのだから。

 

 

「相変わらず、嘘がヘタクソだな。先生に途中で会ったから、誤魔化さなくていい」

 

「……なんだ。やっぱりバレてたんだ」

 

 

 カヤツリの言う通りなら、先生にも見抜かれていたらしい。きっと、自分でやるよりもカヤツリの方がいいと判断して任せたのだろう。ホシノは諦めて、ポスターをカヤツリに渡す。それを一目見たカヤツリはおおよその事を理解したようだった。

 

 

「気分が戻るまでここに居たのか? 巻き込みたくなくて?」

 

「うん。やっぱりお見通しだね」

 

 

 普段なら嬉しいことのはずなのに、今回ばかりはそうもいかないことに。ホシノの気分が落ち込む。カヤツリは少し真剣な顔になって、ホシノに聞く。

 

 

「何で落ち込んでるんだ? 後輩たちの雰囲気をぶち壊したくないから、ここで引きこもってたのは分かるけど。理由は? 理由のいかんではどうにかできるかもしれないぞ」

 

 

 カヤツリの言葉で、ホシノは自分の心の中で問答を始める。

 

 ユメ先輩を思い出したから落ち込んでいる。もう会えない事もそうだが、酷い言葉を吐いた事を思い出した。

 

 

 ──奇跡なんて起きっこないですよ。先輩。

 

 

 でも、奇跡は起きたのだ。あの時には起きなかったけれど、その後の未来で。だから、ホシノは後輩たちやカヤツリとここにいる。あんな言葉を吐くんじゃなくて、先輩のお願いを一つくらいは聞いてあげればよかった。

 

 先輩のお願いは色々あったけれど、どれもが目標にはまだ遠い。結局は自分の無力さと、過去の所業に嫌になったのだ。自分は先輩に色々やってもらって、たくさんのモノを貰ったのに、何一つ返せなかった。ホシノが返したのは暴言くらいだ。

 

 

「じゃあ、やればいいだろ。それが出来れば気分が晴れるんだな?」

 

「……それはすぐにできることじゃないでしょ」

 

 

 カヤツリの気持ちは嬉しいけれど、そういう話では無い。そんなすぐにできる事ではない。できるなら教えて欲しいくらいだ。でもそんなホシノに笑って、カヤツリは言う。

 

 

「砂祭りをやろうじゃないか。本物ほど大きくはないし、参加人数も少ない。オアシスじゃなくて海だけれど。アビドスの在校生が主催する砂浜での祭りだぞ。それはアビドス砂祭りの条件を満たすんじゃないか?」

 

 

 確かに、それならすぐにできるだろう。けれど、本物の砂祭りではない。そのはずなのに、心が上向きになっている自分が居た。

 

 

「……いつか本物をやるとしてもいい練習になるんじゃないか。それに先輩の報告にもなるだろ。ここまでできるようになりましたよって。毎日借金の事ばかり考えていた時とは違う。後輩が出来て、借金も楽になって、夏休みに皆で旅行が出来るようになりましたって。それは俺たちが、皆が、ホシノが頑張った何よりの証明なんだよ」

 

 

 カヤツリの言う一言一言が、心に染み渡る。そうだ。ホシノにはまだできることがある。皆での、対策委員会での砂祭り。そう考えると俄然やる気が湧いて来た。心も上向きで落ち込んでいた気持ちは何処かに行ってしまった。

 

 本当に現金な自分が恥ずかしい。それを察したのか、カヤツリもニコニコ笑っている。

 

 

「……ありがとね。カヤツリ。もう平気だから、安心して。じゃあ、セリカちゃんの所に戻ろうか」

 

「大丈夫そうだな。早く戻らないと、セリカ後輩が怒るからな。ただでさえサボってると思われてるんだから」

 

「うへっ!? そんな風に思われてるの!? 最近はちゃんとしてるのに……」

 

 

 今までの積み重ねのせいなのだろうが、ホシノはショックだった。それを見てカヤツリはくつくつと笑っている。

 

 それが癪に触ったから、ホシノはカヤツリを揶揄う事にした。それはホシノを傷つける諸刃の剣でもあるが、ホシノは構わなかった。感想を聞いてみたい気持ちもある。

 

 

「そういえば、水着の感想を聞いてなかったけど……どう?」

 

 

 その場でくるりと回る。白の上下の水着に、その上からの水色のパーカー。額にはサングラス。最後まで抵抗するカヤツリを水着売り場に引きずり込んで、ノノミ主導での着せ替えの時に、カヤツリの反応が一番よかったのがこれだった。

 

 あの時カヤツリは顔を真っ赤にして何も言ってはくれなかったけれど、今なら言えるだろう。言えなくとも言わせるだけだ。今なら二人きりだから言いやすいはずだ。

 

 カヤツリはもにょもにょと口の中で言っていたが、ホシノが望む言葉を吐き出した。

 

 

「かわいい。とてもいいと思う。ありがとうございます」

 

「ふーん。これがカヤツリの好みなんだね。機会があったらまた着てあげるよ」

 

 

 ホシノの内心では小さいホシノが狂喜乱舞しているが、それを悟らせないようにホシノは振舞う。少なくともさっきよりかは上手くできていると確信できた。唯一の不安は髪型だったが、特に問題ないようだった。カヤツリが好きな髪型は昔の奴だと知っているが、カヤツリは長いのも好きだと夜に言っていたから。

 

 

「じゃあ、整備や修理が終わったら、着替えて一緒に遊ぼうね。それで疲れたら、一緒にお昼寝でもしようよ」

 

 

 黙って頷くカヤツリを見て、これからの楽しい時間を想像して、ホシノはにこやかな顔のまま、セリカの待つロビーへと急いだ。

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