ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

95 / 335
94話 今日だけは全てを忘れて

 そして新しい朝が来た。

 

 空には雲一つなく、昨日と同じように太陽が輝いている。そのおかげか、気温もちょうどよく過ごしやすい一日になるであろうことが、文字通りに肌で分かった。

 

 けれども、そんな天候とは裏腹にカヤツリの機嫌は良いとはいえなかった。理由はいくつかある。

 

 まず第一に眠い。昨夜は皆で花火を楽しんだ後はお開きになった。女性陣は大部屋でパジャマパーティをしていたようだが、先生とカヤツリは個室に戻ってさっさと寝ている。

 

 遅くまで起きていたであろう女性陣はともかく、カヤツリは早くに寝たはずなのに、そこはかとない眠気が残っていた。

 

 

「眠そうだね。カヤツリ。よく眠れなかったの?」

 

「いや、そうじゃないんだ。寝てるはずなんだけど、どうもな。そっちは?」

 

「いつもと同じくらいかな」

 

 

 そういう割にホシノは元気いっぱいな様子だった。昨日のパーティで何を話したかは知らないが、その時の興奮がまだ残っているのかもしれない。楽しめたようで何よりだった。

 

 

「ねえ、カヤツリ。もしかしたらなんだけど、上手く眠れないの初めてじゃないんじゃない? ここ最近は何回かあるでしょ」

 

「ええ? ……まあ、あるよ。何度か」

 

 

 どこか期待するように聞くホシノの声を聞きつつ、過去に想いを馳せる。覚えは何度かあった。ただ規則性と言うようなものは無いように思える。

 

 

「へぇ……そうなんだ」

 

 

 カヤツリの返答を聞いたホシノは、どこか嬉しそうな感じで頷いていた。全くもって理由はカヤツリには分からないけれど、まあホシノの機嫌が良いことに越したことは無いのでよしとする。

 

 

「さっきの襲撃で起こされたからじゃないんだね?」

 

「そうだと思うけど?」

 

 

 念押しとばかりに聞いてくるホシノに変なものを感じながら、カヤツリは言葉を返した。ホシノが言った”襲撃”というのが、二つ目の理由にあたる。

 

 カヤツリとホシノ、対策委員の居る場所は昨日の浜辺だ。対策委員たちは、朝早くからの防衛装置の警報で叩き起こされたのだ。泡を食って外へ出てみれば、防衛装置の攻撃を潜り抜けて、ホバークラフトが接近してきていた。

 

 乗っていたのは狐坂ワカモとヘルメット団で、ワカモは”先生を解放しろ”だとか何かを喚き、防衛装置を銃撃で沈黙させながら、対策委員会に攻撃を仕掛けてきた。ご丁寧に先生は攻撃範囲から外してだ。

 

 先生の指揮と対策委員の奮闘で、ホバークラフトとワカモは沈黙した。実を言えばワカモは暫く暴れていたのだが、先生の一言で嘘みたいに沈黙した。

 

 

 ──申し訳ございません……

 

 

 そればかりか、謝罪したのだ。聞いた話では破壊でしか満足できない破綻者だと思っていたのだが、実際は違ったらしい。先生の言う通りそれほど悪い人間ではないのかもしれなかった。対策委員会を襲撃したのも先生が誘拐されたのだと思ったのだという。

 

 まあ、心当たりはなくもない。スイカ割りの時の先生。目隠しした先生を見たのなら勘違いするのかもしれない。それでも早とちりの部類ではあるとカヤツリは思うが。

 

 そして近くのヘルメット団を問い詰めれば、元々ワカモは護衛として雇ったのだという。勘違いしたワカモはヘルメット団の住居であるホバークラフトを強奪。そのままここに突撃してきて今に至る。

 

 カヤツリはため息をつく。一つの勘違いでここまで引っ掻き回される羽目になるとは思わなかったからだ。

 

 

「それで、リゾート狩りだっけ。どうしようか」

 

 

 続けてのホシノの言葉に、カヤツリのため息はもっと大きくなった。”リゾート狩り”これが最後の理由だった。

 

 さっきの襲撃や防衛装置を起動してからの襲撃はワカモが主導だ。見たところ、先生に対して並々ならぬ執着を見せているようだし、そこまでやっても不思議ではない。一体先生が彼女に何をしたのかは興味が尽きないが今は脇に置いておく。

 

 そうであるならば、リゾート地に着いた直後の戦闘には別の理由があるはずだった。あの時にはまだワカモは先生を認識してはいないはずだし、ヘルメット団に先生を狙う理由はあまりない。そもそも、遭遇時の一言から誰もいない廃墟をだと思っていた可能性が高い。

 

 

 ──うちは、うちは必ず、この”リゾート群島”を統一して、ここの支配者になってやるんだから……。

 

 

 彼女たちのリーダーが言った一言で、全ての疑問は氷解した。彼女が差し出したそれと、自分たちのリゾート券を見比べれば、場所以外はすべてが同じだった。つまりは、場所だけ変えた同じような券が何枚もあるという事だ。そう聞けば、あっさりと彼女たちは頷いた。

 

 

 ──そうだよ。今、このリゾート群島はその利用券の奪い合いになってる。その利用券をすべて集めれば、このリゾート全てを手に入れたことになるんだ。だから、うちはこの場所に来たんだよ。

 

 

 つまりは、誰かがこのリゾートの所有権を分割して売り払った。傍目からは分割したと分からないようにして。何枚売ったかは知らないが、撃った枚数分は土地の値段を嵩増しできている。

 

 

「撤退するしかないかな……」

 

 

 リゾート狩りに対する返答として、ホシノにそう返す。今の対策委員会ならリゾート地を占拠している勢力を撃退するのはそう難しいことでは無い。ヘリもアヤネが修理済みだから移動手段も確保できているからだ。

 

 ただ、そこまでする理由がない。このリゾート券を全て手に入れてリゾートを手中に収めたとして、何をするというのか。ただ自分たちは休暇を楽しみにきただけだ。陣取りゲームをしに来たわけでは無い。一旦制圧したところで、何度も何度も取り返そうと襲撃してくる可能性もある。

 

 それに管理もできないだろう。人数も足りないし、金銭も足りない。もう少し余力が出てくれば管理して貸し出すみたいな使い方もできるだろうが、今は無理だ。このリゾート券は今の対策委員会にとっては面倒の種でしかない。

 

 

「やっぱりそうだよね……」

 

 

 ホシノは少し残念そうだった。それも当然だ。しょうもない理由で休暇が中断されたようなものだからだ。そんなホシノの顔を見てカヤツリは嫌な気持ちになる。そういう顔をして欲しくて、ここに来たわけでは無いのだ。頭を回して考える。

 

 

「今日だけしか無理かもしれないけれど、もう少しだけ延長は出来る」

 

「本当?」

 

「うん」

 

 

 頭の中である程度の計画を組み直す。予想が正しければ、これで行けるはずだった。ホシノと一緒に先生の元へと足を運ぶ。先生は涙目のワカモを宥めつつ、何事かを考えているようだった。対策委員はワカモをどこか厳しい目で見つめている。

 

 

「先生、少しいいですか」

 

「何だい。カヤツリ。これからの事? ワカモの事なら気にしないでいいよ。もうこんなことはしないようだから、お詫びに他のリゾートを占拠してる勢力を何とかするとまで言ってるんだ。……反省するのはいいけれど、そこまで求めてはいないんだけどね……」

 

「私の気が収まりませんわ! 私の勘違いで先生に迷惑を掛けるなど……。先生は休暇中だったというのに……」

 

「……一体、彼女に何をしたんです?」

 

 

 話をしようにも、ワカモの様子が話と違い過ぎて、その疑問が口から飛び出た。これではまるで恋する乙女だ。カヤツリの脳内にある爆弾魔のイメージとは随分と齟齬がある。

 

 

「……一目でビビッときたんだって」

 

「あー……ならしょうがないですね」

 

 

 少し遠い目をして先生が呟くが、カヤツリはワカモのそれを否定する気は起きなかった。カヤツリにはその資格はないからだ。先生も突き放さない所を見るに、落としどころと言うか適度な距離の保ち方を考えているのだろう。それは、それとして本題に入る。

 

 

「先生。このリゾート地の問題を解決する気はありますか?」

 

「そうしたいとは思うんだけど、権限が無いよ。シャーレは依頼がないと動けないからね」

 

 

 先生は残念そうに言う。強い権限を持つシャーレだが依頼が無ければ動けない。一応は建前上の安全弁ではあるのだが。カヤツリも、そこは大事にするべきだと思っている。その最後の一線を疎かにするのは良くはない。

 

 確かにアビドスが”休暇中のリゾートを何とかしてほしい”という依頼を出すだけなら可能だ。けれど、これはかなり私情が入った、かなり個人的な要素が強い依頼になる。これは先生とはいえど受けられないだろう。外から見ればアビドスにかなりの肩入れをしたとみなされて、中立性が揺らぐであろうから。でも、カヤツリには切り札がある。

 

 

「この券の最終責任者の所を見てください。”お祭り運営委員会”って書いてあるんですけど、先生は知ってますか?」

 

「……それは、本当かい」

 

 

 先生はどこか不審な物を見るようにリゾート券のその欄の文字をみつめている。直ぐにタブレットで誰かと連絡を取り始めた。カヤツリはその団体の事を、ワカモと同じように評判でしか知らない。ただ評判からしても、この券に名前が載っているのは不可解だった。

 

 お祭り運営委員会というのは、他学園の委員会の内の一つだ。活動内容としては校内の文化祭の計画・運営を行うという文字通りのモノだ。それだけなら気にもしない。ただ特筆事項として、この委員会は校外でも人気が高い。

 

 その理由は、依頼さえあれば学外問わずにイベントの設営や運営、後片付けまで完璧にこなすのだ。そのおかげもあって人気は高く、名前自体も一種のブランド力を持っている。

 

 

「じゃあ、そのお祭り委員会とか言うのをとっちめればいいの?」

 

「違うぞ。セリカ後輩。たぶん、名前を勝手に使われてるか、騙されてるんじゃないか?」

 

 

 お祭り運営委員会が、この事態の全ての元凶とみなして、気炎をあげるセリカをカヤツリは止める。

 

 彼女たちがこんなことをする理由はないからだ。お金が欲しかったのだとしても、こんな阿漕なことをしなくともブランド力で何とでもなるだろう。むしろこんなことをしてしまえば、折角のブランドが地に落ちる。このリゾート券の真実に気がついた者たち、今の対策委員のように殴り込む者が出てきてもおかしくない。対策委員会は景品だからタダで手に入れたから懐は全く痛くないが、身銭を切って購入した者は怒るだろう。決して安い金額ではないはずだから。

 

 

「裏が取れたよ。カヤツリ。それに依頼も打診された」

 

 

 先生がどこか、真剣な顔でカヤツリに声をかける。その様子を見るに碌でもないことが起こっているようだった。

 

 

「お祭り運営委員会は、この事態を知らないみたい。むしろ騙されてこのリゾート券を買っちゃったみたいだね。昨日から襲撃されて困っているって」

 

「でしょうね。誰から買ったんです? そいつが今回の黒幕でしょう」

 

 

 先生はカヤツリの質問に少し苦い顔で答えた。

 

 

「オクトパスバンクだって、もしかしたらカヤツリも知ってるんじゃない?」

 

「カイザーローンのダミー会社ですよ。それは。ああ、なるほど、そういう事か……。アビドスの焼き直しをやろうとしてるのか」

 

 

 カヤツリの脳内で最後のピースがはまった。今回の事件は簡単だ。

 

 オクトパスバンク、カイザーローンにとってはこのリゾート群島はどうでもいいのだ。だれが所有権を握ろうとどうでもいい。もしかしたらこの土地の所有権すら持っていないのかもしれない。

 

 目的は、お祭り運営委員会のブランドを失墜させること。今、対策委員会がリゾート券の最終責任者に気がついたように、券を手に入れた他の人間も気がついていてもおかしくない。現にもう襲撃されている。

 

 お祭り運営委員会はこの事態を収束できないだろう。自分たちですら原因が分からないのだから。これをこのまま放置すれば、お祭り運営委員会が客を騙してリゾート券を売りつけたことになる。そうすれば、彼女たちの評判はがた落ちだ。仕事も来なくなり、財政難に陥るだろう。仕事で結果を出すしか名誉挽回のチャンスはないが、その仕事がそもそも来ないのだ。そうなればもう負のスパイラルに突入する。

 

 そこで、カイザーローンは声をかけるのだろう。”少しばかりお貸ししますよ”と。その話を受けてしまったが最後、借金はどんどん膨らんで、首が回らなくなって、最後は乗っ取られる。かつてアビドスがそうなりかけた様に。

 

 それを聞いた対策委員会は、全員嫌そうな顔をしていた。セリカは我慢できなくなったかのように、先生に言う。

 

 

「先生。私たちも手伝うわ。私たちみたいになる人を見過ごしてはいられないわ!」

 

「……悪いけど、お願いしてもいいかな」

 

 

 先生はバツが悪そうにセリカに答える。先生としては複雑だろう。折角の休暇を、自分の仕事に付き合わせるのだから。でも心配はいらないのだ。こちらも貰う物は貰う。

 

 

「じゃあ、手伝いますけど。報酬は貰いますよ」

 

「ちょっと、先輩!?」

 

 

 セリカは信じられないものを見る目でカヤツリを見るが、そういうわけにもいかない。現に先生は少しほっとした顔をしている。自分が良いと思っても相手がそうだとは限らない。ホシノとのあれこれで学んだことだった。

 

 

「きっと、この後、お祭り運営委員会と合流して、リゾート券の所有者との話し合いになるでしょう。券を回収して保証をしないと」

 

 

 先生は”そうだね”と頷く。カヤツリとて、上手く話し合いが進むとは思っていない。被害者は吹っ掛けてくるだろうし、戦闘行為に発展するだろう。というかほぼ間違いなくそうなる確信があった。そこで、先生は対策委員会に手伝いを頼むのだ。ワカモも喜んで手伝うだろうが、今朝のホバークラフトの件からして、やり過ぎるきらいがある。

 

 

「全部、全部が終わったら、このリゾートの使用を一日でいいので、認めてください。それでどうですか」

 

「わかった。いいよ」

 

 

 先生は笑顔で即答した。このあたりが落とし所だし、これ以上のモノは貰い過ぎだ。自分たちにも借金の事や何もかもを忘れて、一時楽しむくらいの一日があってもいいはずだ。アヤネに説明してもらってセリカも納得したのか、頷いている。

 

 

「それで、ホシノ。何かあるか? 付け加えたい事とか、嫌な事とか」

 

 

 さっきから、黙って話を聞いていたホシノは少し考え込んでから、頷いた。

 

 

「うん、ないよ。皆もそれでいい?」

 

 

 対策委員も全員が頷く。全員、異論は無いようでカヤツリは安心した。なら、後は仕事を終わらせるだけだった。

 

 

 □

 

 

「いや~。楽しかったねぇ」

 

 

 家に帰って、しばらくたってもホシノのテンションは高いままだった。ソファーでぐでっとしているのにだ。いつもならもう、うとうとしている。

 

 今はもう夕方だ。今回のリゾートの件を片付けて、一日、何も考えずに遊んで帰ってきたのだ。あの一日は対策委員が想像した休暇そのものだった。

 

 迷惑を掛けたお詫びにとお祭り運営委員会のプロデュースの元に一日だけの休暇を楽しんだ。彼女たちの腕は本物で、初日の休暇よりも豪華なものを楽しむことが出来た。

 

 今回の騒動は結局、カヤツリの想像通りに進んだ。リゾート券の所有者と”お話”をして、回収に成功。最後に黒幕と対面することになった。

 

 

「ああ、また会うとは思わなかったね」

 

 

 ホシノは少し不機嫌そうに言う。カヤツリもそこまでではないけれど、同じ意見だった。

 

 黒幕はカイザー理事だった。どうも左遷されて、営業職員にまで落ちぶれていたが。道理で手口に覚えがあったはずだ。最後に追い詰められた理事は先生を人質にしようとしたところをワカモに吹き飛ばされていた。無事なのは確認したから、そこまで心配はしていない。

 

 

「……最後さ、カヤツリは姿を消してたけど、どこに行ってたの? まさかとは思うけど……」

 

「そうだよ。理事と話してた」

 

「何を?」

 

 

 ホシノが少しだけ表情を固くして問う。そんなに心配しなくてもちゃんと話すつもりだ。隠し事は無しだから。

 

 

「カイザーの目的と、彼らが探している宝物について」

 

 

 ホシノはそのまま首をしゃくって、続きを促す。カヤツリはそのままに話す。

 

 

「目的はキヴォトスの実効支配なんだってさ。アビドスを狙ったのも、宝物もあるけど。一番は学園が欲しかったみたいだ。アビドスを潰して、そこにカイザーの息が掛かった学校を作る。そうすれば連邦生徒会への議席が手に入るからな」

 

「そんなに上手くいくもの?」

 

 

 ホシノの心配ももっともだが、カヤツリもそうだと思う。ただ、あの理事が言うのだから勝算はあるのだろう。今の連邦生徒会のガタつき具合を見るとそうかもしれない。結局はあのリゾート地の所有は連邦生徒会のモノらしかったし、土地の管理もできないのは少々マズいのではとも思う。それか、スパイでも居るのかもしれない。

 

 

「それについては、先生に報告済みだから。まあ何とかはするだろう。それと宝物だけど、船だそうだよ」

 

「船?」

 

「そう、船。かなりデカい船らしい。ただ、理事も船だとしか知らないみたいだな。それなりの大きさなら大部隊がいるだろうから、見張っておく。ホシノは安心していいよ。何かあったら言うから」

 

 

 ホシノは納得したように頷いているが、何かに気がついたのか、カヤツリに言葉を投げる。

 

 

「でも、あの理事が良く話したね」

 

「取引したから。見逃す代わりに話せる範囲で話してもらったよ。足りない分は俺のポケットマネーから出したしね。それに、理事も上に忠誠心も何もないはずだから……」

 

 

 ホシノには纏めたものを話したが、実際はもっと話は長い。半分以上は上層部への文句だった。そこはある意味同情する。理事はカイザーを辞めたくともやめられないだろう。知っていることが多すぎる。このまま飼い殺しになるくらいなら、カヤツリに情報を流して、カイザー自体にダメージを与えて欲しいのかもしれなかった。

 

 

「うん。分かった。ありがとね」

 

 

 カヤツリの見解を聞いて、ホシノは理解して納得できた様子だ。機嫌よく鼻歌まで歌っている。なんだか低いラッパみたいな音だった。

 

 

「ん~ん~ん」

 

 

 少し真似してみる。聞いたこともないメロディだ。ただそれを聞いたホシノがニヤニヤしながら、別のメロディを出すから、続けて真似してみる。ホシノの笑みが深まった。

 

 

「……なんで、そんなに機嫌が良いんだ?」

 

 

 少し怖くなってきたので、カヤツリはホシノに聞く。するとホシノは笑ったまま、逆に質問を返してきた。

 

 

「昨日の朝、カヤツリは眠れなかったでしょ。今朝もそうだったんじゃない?」

 

「そうだけど……」

 

「その解決方法を教えてあげようか? ついてきてよ」

 

 

 どこか怪しい笑みでホシノが言う。二人とももう歯磨きも入浴も終わっているから、眠ることはできる。ホシノは一息でソファーから飛び起きると自分の部屋へ入っていった。後について行けばホシノはベッドに座っている。手招きしながらホシノは隣の部分をポンポンと叩いている。近づいて隣に座ると、ホシノは膝に飛び乗って体重を預けてきた。

 

 カヤツリの身体にホシノの体重が掛かる。身体の全面には程よい重さと暖かさ、目の前にはホシノの頭が見える。いい匂いもする。

 

 

「ほら、どう?」

 

 

 ホシノがそう言うが、カヤツリには全く分からない。確かに落ち着きはするのだが。最近は慣れてきたといはいえ、相応に変な気持ちにはなるのだ。

 

 

「まだ気がついてないの? カヤツリが眠れない日は、一人で寝た時なんだよ。よく寝れる日は、もう分かったんじゃない?」

 

 

 つまり、ホシノと一緒に寝ないと眠れなくなっているという事だろうか。思い返せば自覚しかない。

 

 ホシノの顔は見えないけれど、声からさっきみたいな表情をしているのは分かった。何も言えないカヤツリに向かって、ホシノは更に言葉を重ねる。

 

 

「機嫌が良い理由も聞いたけど、カヤツリはさ。他の娘に見向きもしなかったでしょ。私が聞いた時は照れたくせに、他の娘には普通だったから。先生ですら少し表情が固い時があったのにね」

 

 

 言われてみればそうだ。それが嫌だったから先生を誘った面もあったはずなのに。全く気にならなくなっていた。女性の好みはホシノだと言ったけれど、まさか本当にそうなっているとは思わなかった。何だかホシノに調整されているような気がする。

 

 

「えい」

 

 

 固まるカヤツリにホシノは体重を預ける。いつかの夜の時のようにカヤツリは仰向けになり、その上にホシノが乗っかっていた。本当にあの時と同じだった。髪をまだ結っていない内にきたから、カヤツリの顔に髪の毛が掛かっている。

 

 

「それで、最後の理由なんだけどね。さっきの私の鼻歌を真似したでしょ」

 

「……それが?」

 

 

 嫌な予感をひた隠して聞き返す。鼻歌の真似はどうでもいいのだ。きっとホシノもそうだろう。問題は何を言ってなにをしようとしているかだ。

 

 

「鯨ってね。求愛行動の時にさっきみたいな音を出すんだよ? 本当は逆なんだけどさ。カヤツリは真似したね? 私のに答えたね?」

 

「……」

 

 

 何も言わないカヤツリにホシノは思いを吐き出す。

 

 

「カヤツリは優しいから我慢してるでしょ。こんなのは体の良い言い訳だって分かってるけどさ。カヤツリからは絶対に超えてこない。今は時期が良くないもんね。カヤツリはそういう人だもの」

 

 

 どんどんホシノが近づいてくる。正面から抱き着かれて、すぐ目の前にホシノの顔がある。なんだか顔は上気しているけれど、どこか泣きそうな顔にも見える。

 

 

「昨日と今日の二日間。私は嬉しかったよ。心配してくれるカヤツリの気持ちは嬉しいけど、私はカヤツリともっと先に行きたいの。でも、これは私の我儘だから。だから私から超えるね。私は今日は、今は、先輩でも何でもないから。ただのホシノだから」

 

 

「分かった。じゃあ、今日だけは、俺もただのカヤツリになるよ」

 

 

 結局はカヤツリの拘りなのだ。ホシノを傷つけたいわけでは無いし、不安にさせたいわけでもない。やることはやるべきだし、対策もなるたけすればいいだろう。あの時は先生が居たからできなかった。あの夜の続きだ。

 

 カヤツリの答えにホシノはにっこり笑う。カヤツリも同じように笑って、今日の休暇が終わるまでの、二人の長い長い夜が始まった。

 

 

 □

 

 

 シロコは疲労が滲む身体を引きずって、アビドス校舎まで登校してきた。夏休みではあるが今日は登校日だからだ。

 

 流石に休暇翌日の登校は辛いものがあった。休暇とはいえ、対策委員全員で遊びまわったからだ。とても楽しかったけれど、その代償である疲労がシロコの身体を襲っていた。きっと他の皆もそうだろうと思う。

 

 

「おはよう。シロコちゃん」 

 

「ん。おはよう。ホシノ先輩」

 

 

 教室に入れば、ホシノがもう登校してきていた。外からでも寝息が聞こえるから昼寝でもしているのかと思っていたが、そうではないらしい。誰かと思えばカヤツリだった。珍しいことにホシノがカヤツリを膝枕していた。床に敷かれたマットの上でカヤツリは爆睡している。

 

 シロコは何かを言おうとして止めた。きっとカヤツリも疲れたのだろう。変なことをしているわけでもなし、頼んだものが出来ているのなら何も言うつもりはない。

 

 

「ホシノ先輩」

 

「ああ、そうだったね。カヤツリのカバンに入っているから。白い包みのやつがそうだよ」

 

 

 シロコはうきうきとした気持ちでカヤツリのカバンから弁当箱を取り出した。休暇中に頼んだものだ。カヤツリは約束を忘れてはいなかったらしい。随分とずっしりしている。気になって、蓋を少しだけずらして中身をのぞいてみた。

 

 

「茶色」

 

「嫌だった?」

 

 

 思わず出た言葉をホシノが拾うが、シロコはぶんぶんと首を横に振る。ただ珍しいと思っただけだ。ご飯の上に濃く味付けされたであろう肉と玉ねぎ、キノコ、ピーマンが乗っている。所謂スタミナ丼とかいうやつだ。いつもはなんだか、彩を気にしたものが多いのに今日だけは、茶色一色だったから。

 

 

「疲れてるだろうって、カヤツリは言ってたからね。今日はそれみたいだよ。私の分もカヤツリの分もね」

 

「へぇ」

 

 

 シロコはまた、珍しいと思った。ホシノも疲れているらしい。昨日の様子を思い返せば随分とはしゃいだように思う。それを持って部室へと急ぐシロコに、ホシノが声を掛けた。

 

 

「冷蔵庫に入れるなら、私とカヤツリの分もお願いしていいかな。おじさん昨日ので疲れちゃってさ。あんまり立ちたくないんだよね。カヤツリもぐっすり寝てるし」

 

 

 シロコが近づいても、全く起きる気配がない。よっぽど疲れているらしい。気持ちよさそうな顔でカヤツリは眠っていた。それをホシノはニコニコしながら見つめている。二人の間の空気は幸せそうで、シロコは口の中がじゃりじゃりしてきた。ここはさっさと退散しようと思う。

 

 

「ん。分かった」

 

「お願いね~。シロコちゃん」

 

 

 ホシノの草臥れたような声を背に、カヤツリのカバンごと抱えて、部室にシロコは移動する。

 

 部室に途中でシロコは不思議なことに気がつく。

 

 

 ──ホシノ先輩。全く動かなかったけど、どうしたんだろ。

 

 

 いつもならシロコに全部頼まずに、立ち上がってカバンを手渡しくらいはするはずだ。カヤツリを膝枕をしているのと、ホシノ本人が疲れていることは確かだ。でも、あれだけ熟睡していれば早々起きないとシロコでも分かる。起こしてしまったとしてもカヤツリなら怒りもしないだろう。けれど、さっきのホシノは膝枕の姿勢のままピクリとも動いていない。その姿勢は逆につらいと思うのだ。

 

 歩きながらシロコは頭を捻る。でもシロコの頭では、いくら考えてもその答えは出なかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。