ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
95話 調印式当日
「さっきから教室をウロウロしてどうしたのさ」
携帯電話を片手に教室を行ったり来たりするカヤツリに向かって、ホシノが声を掛けた。まだ朝は早く、対策委員会の活動まではまだ余裕がある。だからこそホシノは机の上で転寝しているのだし、落ち着きのないカヤツリの行動が不審に映る。
「通信の電波が悪くてさ。良いところを探してるんだよ。まだ校舎の通信網は弱いままだからな。それともしもの時のための準備」
以前はカヤツリの城だった空き教室に、そういった機器は固めて置いておいたのだが。便利屋に吹き飛ばされてからは通信に苦労していた。一応は緊急事態用のものはあるのだが、私用で起動するのはあまりよくはない。起動するのもタダではないのだから。
だからこそ、カヤツリは今。教室をうろついて弱い電波を拾おうとしているのだ。準備と言うのも気になるが、まずは電波の件だ。
「いつもは家で見てるよね。何を見たいの」
「ニュースの中継。そろそろ始まるはずなんだよ」
ホシノはカヤツリの答えに眉を顰める。カヤツリは別にテレビが好きという訳ではない。朝だって、自分と話していることがほとんどだし、ニュースを見たところでアビドスの事などやるはずもない。そもそも、今日は何かある日なのだろうか。
「何かあったっけ?」
ホシノは身体を起こし、今日が何の日かを思い出そうとしたものの何も思い浮かばない。少し悔しいがそれを隠してカヤツリに聞く。カヤツリはうろつくのを止めずに答えた。
「今日はエデン条約の調印式だよ」
「ああ、そうだったっけ」
あの休暇の前にカヤツリがやたらと気にしていたことを思い出す。ヒナもマトもピりついていたことも思い出した。ニュースになる程の大きい条約であることは知っているが、そんなに警戒することの程なのだろうか。
確かに、ゲヘナとトリニティの仲が悪いのは周知の事実だけれど。邪魔してやろうなんて考えるのは非効率だ。だって何も変わらない。きっとエデン条約とやらが結ばれたところで、何も変わらない。簡単に変われるほど人はそう単純ではない。表向きは仲良くしても、腹の中までは分からない。
「なんか二人とも大変そうだったねぇ……。そんなにピリピリしなくてもいいんじゃないかなぁ」
「まあ、普通そうだよなぁ……」
「え?」
ホシノの呟きに対して少し呆れた様に、何かを回想しながらカヤツリが言葉を零す。それに思わずホシノは言葉が漏れた。その言い方だとすでに何かがあって、カヤツリはそれを知っているのだろう。
確か前に、カヤツリからトリニティでゴタゴタがあったと報告を受けたが、解決済みという事でホシノは詳しく聞かずにスルーしていた。今更ながら気になってくるし、あの二人の焦りようも気になるからだ。
「前にゴタゴタがあったって言ってたよね。カヤツリは知ってるの?」
「知ってるけど。詳細を聞きたいのか」
「うん。教えてよ」
ようやくカヤツリは丁度いい場所を見つけたのかそこに携帯を置いて、ホシノの方に向き直る。ホシノも机から身体を起こして、カヤツリの方を向いた。別にそのままでもカヤツリは何も言わないだろうが、説明してくれるカヤツリに悪いから。
「あー……そうだな。端的に言うとクーデターが起きた。ティーパーティの内の一人が裏切った。上手くいったのはそこまでで、他の派閥に鎮圧された。それがこの前に起こった出来事だな」
「理由は?」
クーデターと言うのだから、それなりの理由があるのだろうと思って、ホシノは聞き返す。カヤツリはまた妙な顔をしている。
「ゲヘナが嫌いだからだってさ。エデン条約で、ゲヘナと仲良くするのが耐えられないから、クーデターを起こしたんだそうだ」
「ええ……何かその子は酷いことでもされたの?」
「いんや? そんなことをマトは話していなかったけど。捕まった本人が言うにはそうらしいよ。本命の理由があるのかもしれないけどね」
それを聞いて、ホシノは納得した。この前は風紀委員で海に行ったと言っていたから機嫌が良いと思っていたのに、どこか気を張っているようだったから。そんな事があったのならヒナもピりつくだろう。
「協力する人がそんなに沢山いたんだね。トリニティも大変だ」
「トリニティ内には居なかったんだよ。皆思う事はあれどそんなに馬鹿じゃないから」
「え、でもクーデターは起こったんでしょ」
総勢六人のアビドスにはあまり実感のない話だが、クーデターは一人ではできない。一人で拠点を抑えるなど土台無理な話だからだ。だから、協力者は必要不可欠だった。クーデターが出来たという事はそれだけの不穏分子がトリニティ内に居たという事だ。でもカヤツリはそうじゃないと言う。
「トリニティってのは、昔は今の自治区に多数の学園がひしめいていたんだよ。自治区の中で学園同士の小競り合いを繰り返していたんだそうだ。でも、そんな事を続けていけばお互いに疲弊していくだけだ。それで大きな三つの派閥が中心になって話し合いの場を作ったらしい。これが今のティーパーティの起こりらしいな」
トリニティの歴史をカヤツリが話し始める。やけに詳しい事にも気になるが。恐らく、それがクーデターと繋がるのだろう。カヤツリが話しているということはそういう事だ。問題ないと確信するために、きっと調べたに違いない。
「んで、第一回公会議っていうのをもって、数多の学園は三つの大きい学園に吸収合併された。それが時がたってトリニティになったわけだな。……それで、今回クーデターに協力したのは、その時に因縁のある派閥だよ。アリウスっていう」
アリウス? ホシノは首を傾げた。そんな学園など聞いたこともない。ホシノはアビドスに籠っているから外の情報には疎い。でも流石にトリニティ関係の学園ならそこそこの規模のはずだ。覚えがないのはおかしい。
「それはそうだよ。彼女たちは追放されたんだ。第一回公会議に反対して周りから袋叩きにあった。それで、今の今までずっと隠れ住んでたらしいぞ。地下に」
「ああ、そういう事」
それなら、協力するだろう。元はトリニティなのだから、ゲヘナが嫌いなのは共通認識のはず。そこまでは目的は一致するだろう。でもクーデターの主犯は大事なことを忘れてやしないだろうか。
「それ、最後に背中から刺されない?」
「やっぱりそう思うよな」
ホシノの疑問をカヤツリはあっさりと肯定した。クーデターの主犯は成功した後どうするつもりだったのだろう。本当に順調にいくと思っていたのだろうか。アリウスはゲヘナが嫌いなのは確かだろう。でも、それ以上に自分たちを追いやったトリニティが嫌いなはずだった。
カヤツリは地下と言ったが、恐らくまともな環境ではないだろう。アビドスよりひどいかもしれない。そこにずっと押し込められて、その原因が目の前にいるのだ。誰だって背中から刺すだろう。今回はその前にクーデターが頓挫しただけだ。
「まあ、考えもしなかったんだと思うぞ。ティーパーティってことは、上流階級のお嬢様だろ。そんな世界があって、そんなことをされたと知ってはいても、実感はしていない。経験したことが無い事に理解が及ばないのは当然の事なんだ。だから、騙されたんじゃないかって思うんだけどな」
話を聞く限りアリウスとかいうのは危険な集団らしかった。カヤツリがマークするのは当然だろう。アビドスとしてもゲヘナに何かあるのは困る。ホシノとしてもヒナやマトに何かあるのは嫌だった。
「随分詳しいけど、態々調べたの?」
「ほとんどはマトからの又聞きだよ。アリウス関連も、アリウスからの亡命生徒からの聞き取りと過去の資料かららしいし。アズサとかいう生徒からの情報収集が終わったこの数日は、先生とマトに質問攻めになってた」
ここ最近、カヤツリは先生に呼び出されていた。マトも居るのはホシノは初耳だったが、特に気にすることはない。以前なら嫉妬の気持ちが抑えきれなかっただろうが今は違う。
けれど、先生がカヤツリを呼びつけてまで聞きたい事とは何なのだろう。普通の話なら電話で聞けばいい。そうでなくて、マトも一緒だという事は機密性の高い話だということだ。もしかしたらヒナも知らないのかもしれない。
「マダムって知ってるかって聞かれたよ。そういう大人を知っているかって」
「誰? また女の人?」
ホシノはまたかと思う。またホシノが知らない女の話だ。以前ほどは頭に来ないが、腹に据えかねるのものはある。じとりとした目でカヤツリを見やるが、当のカヤツリはとてつもなく嫌そうな顔をしている。
「一応人となりは知っているけど。そも、アレを女と言っていいのか分からない。まあ体色は別として鼻から下は女かもしれないけど」
珍しい。普段なら慌てて否定するか、理由を淡々と説明するのに。どこか苛立ったかのような、嫌いな食べ物が食卓に出てきたかのような、そんな顔をしている。容姿についても中々の言いようだった。あまり好きではないらしい。
「亡命してきたアリウスの生徒からの証言だよ。そのマダムとか言う奴が、アリウスを支配しているんだそうだ。地下世界故の物資不足による内乱で荒れていたアリウスを短期間で支配したんだと。超常的な力を持った異形の大人。そんな人物を俺とホシノはよく知っているだろ」
「黒服のことを言ってるの?」
「そうだけど、黒服はゲマトリアとか言ってただろ。そういう集団に属しているって。先生が勧誘されたその場に、ホシノもいただろう」
あの時だ。カヤツリを助けようと、黒服のオフィスに全員で詰めかけた時。確かにあの時に黒服はそんなことを言っていた。
「昔はあのオフィスで装備更新とかしてたんだよ。その時に黒服の同僚みたいな人達には会っている。絵を抱えた人とか、首が二つあるマネキンとか。絵の方の人には何度か世話になったよ。その三人は良いんだけどな……」
「そんなに危険なの?」
「危険と言うか……。何をするか分からないって感じ」
そんなに短気な人物なのだろうか。ホシノはいまいちイメージがつかめなかった。
「黒服の前で俺に引き抜きを掛ける奴だぜ。よっぽど自分の力に自信があるんだろうさ。そういう奴は予定外の事が起こると力技に頼りがちだしな」
カヤツリはそんなことを言う。引き抜きと言うがカヤツリはそれに乗らなかった。そうでなければここにいない、きっとアリウスに居たはずだ。でもどうして断ったのだろうか。黒服にそんな強気なことを言えるくらいだ。黒服よりも立場が上なのかもしれない。
ホシノの想像を聞いたカヤツリは少し笑った。
「いや、立場は同等だと思うよ。黒服にも拒否られてたし、俺も契約を盾にして拒否した。アレが約束を守るとは思えない。口で幾らそう言ってもね」
随分とボロクソにいうものだ。本当にカヤツリにしては珍しい。あの理事ですらカヤツリは多少の敬意を払っているように見えたのに。
「俺を見る目が物を見る目のそれだったよ。実際のところ黒服に言った言葉も、備品を寄越せくらいの言い方だった。”物とした約束を何故守らなければならないのです”くらいは言いそうだ。俺は約束を守らない奴が嫌いだ。ハナから守る気もない約束をする奴は特に。アレはそういう類の輩だよ。俺たちを道具としか見ていない、しかも使い捨てのな。アレがトップじゃアリウスは地獄だったんじゃないか」
「それを先生は聞いてどうするの?」
「たぶん、備えるんだと思うよ。アレで終わりじゃない」
備えるにしても、なにを備えるのだろう。渾身の策が失敗したのなら、諦めるほかないはずだ。でも、カヤツリはそうは思っていないようだった。
「アリウスが諦めると思うか? 俺は思わない」
「戦力的に厳しいでしょ。それならクーデターの時にもっと抵抗したんじゃない」
やけに確信を持った風にカヤツリは言うが、ホシノは無理だと思っている。だってクーデターは失敗したのだ。自力でクーデターを起こせるのならもうやっているだろう。できないという事は戦力が足りないのだ。それなら諦めるも何も不可能だ。よっぽどそのマダムとか言うのがまずいのだろうか。
「アレは、たぶん部下が勝手に動くのを嫌う。全部自分の掌の上じゃないと気に入らないタイプだ。だから、クーデターもアレの許可があったと思うんだよ。アレはあっさり引くタマじゃない」
「じゃあ何を企んでるのさ」
「それが分かれば苦労しないよ。エデン条約でなんかやるんじゃないかとは思ってる。今までの両校の悪感情を起爆させるならあそこだろうし。一応は今みたいなことを先生に言っておいたの」
「それで、どうするって? 先生なら良い考えを出したんでしょ」
うんとカヤツリは頷いた。それと同時に、カヤツリの携帯からニュースの声が流れ始めた。どうやら始まったらしい。クロノスの報道官がエデン条約がどうのこうのと興奮気味に話している。
カヤツリは携帯の方に移動していくので、ホシノも立ち上がってついて行く。机の上の携帯が見えるように、椅子を隣り合わせて座った。
「まずは、先生の警護だ。それはヒナの担当だ。風紀委員も周りに展開している。兎に角、何かがあっても先生なら混乱を収められるはずだ」
「ああ、だから、ヒナちゃん張り切ってたんだね」
「先生にも激励を頼んだからな。やる気十分って感じだろ。俺も行こうかと提案したけど断られた。まあその方がヒナにとっていいかもな」
ちょくちょくホシノはヒナと話す。ピりついていたのはそれもあったのかもしれない。変に緊張していないと良いのだけれど。
「後、場所はトリニティじゃなくて、ゲヘナ側に決めさせるようにした」
うまい手だとホシノは思う。それならトリニティ側にまだいるかもしれないアリウスのスパイはどうしようもできない。ゲヘナもまさかアリウスと組むはずがない。腐っても元トリニティだ。嫌悪感が勝るだろう。
「良いんじゃない? もうカヤツリはやれることはやったでしょ」
「なんか嫌な予感がするんだよ」
どことなく不満げなカヤツリをホシノは宥める。それでもカヤツリは落ち着かない様子なので、ホシノはカヤツリの膝の上に座った。こうすればカヤツリが落ち着くことをホシノはよく知っていた。
「ほら、始まったみたいだし、一緒に見ようよ」
黙ってカヤツリはホシノのお腹に手を回して抱きしめる形になった。ホシノにカヤツリの顔は見えないけれど、何とか自分を納得させているような雰囲気は伝わってきた。
『本日は遂に締結される、ゲヘナ学園とトリニティ総合学園の”エデン条約”の調印式。その現場に来ております!』
「うわ、一触即発って感じだねぇ……」
「相変わらずだな……」
携帯の画面では現場の映像が流れているが、まあいい雰囲気ではない。トリニティとゲヘナの生徒が礼服で向かい合っているのだが、顔が全く笑っていない。
『う~ん。犬猿の仲と言いましょうか、呉越同舟と言いましょうか。私たちのよく知るゲヘナとトリニティの様相です!』
そんな事を気にもせず、いつもおなじみの報道官は笑顔で中継している。その報道官は笑顔を崩さずに現場、調印式の場所の説明を始めた。
『ここが調印式の現場である古聖堂の様子です! いや~厳かな雰囲気といますか……雰囲気ありますね~。ここが、かつて第一回公会議が開かれた場所だからでしょうか。地下には遺跡もあるようですね』
「……」
「どうしたの? カヤツリ?」
さっきまでリラックスしていたであろうカヤツリの身体が固まったのを感じる。振り向けばホシノの視界にはカヤツリの表情が広がるが、ホシノの想像とは違ってとても強張っていた。
そんなホシノをよそに携帯から報道官の声が響く。
『やっぱり歴史ある場所だからでしょうか。ゲヘナの首脳陣からの提案のようですね。話は変わりますが、ここで結ばれた戒律は当時の強力な集団”ユスティナ聖徒会”が守護していたと言います。彼女たちが姿を消して久しいですが、その後任を自任する意識なのでしょうか、シスターフッドも……』
どんどんカヤツリの表情が固くなっている。ホシノも少し疑問に思った。こういう条約は中立地域でやるものではないのだろうか。前にカヤツリがそんなことを言っていた気がする。それに古聖堂と言っただろうか。報道官の話が正しいなら、そこはトリニティ自治区だろう。さっきのカヤツリの根回しが無駄になっている。
「第一回公会議の古聖堂、そこで結ばれるエデン条約、戒律、かつての三派閥、トリニティとゲヘナとアリウス、アリウスの地下世界と古聖堂の地下……いや、そんなまさか……そこまで万魔殿もバカじゃないはずだろ」
「本当にどうしたの?」
「……いや、嫌な予感が止まらないし、嫌な考えが収まらないんだ。このまま終われば何の問題も──」
二人の見ている画面の中で、何かが古聖堂に向かって飛んでくるのが見える。それはおおよそこの場面に似つかわしくないもので、二人にはそれがもたらす結果が嫌でも想像できた。
それ──巡航ミサイルが古聖堂に突き刺さるのが見え、それを最後に映像が砂嵐に変わった。