ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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サオリの内心について独自解釈が含まれます。


96話 火と硫黄の降り注ぐ日

 辺りは瓦礫の山と化しているようだった。パチパチと何かが燃える音や、ガラガラと瓦礫が崩れる音もする。そんな中でヒナは自分の上に積み重なっているであろう瓦礫をどかそうと四苦八苦していた。

 

 

 ──いったい何が起きた? 爆薬? それにしては規模が大きすぎる。初めから罠だった? いったい誰が……

 

 

 瓦礫を懸命に足や手を使って押しのけつつ、ヒナは自問自答する。何かの飛翔音と、その直後の爆風。それ以降の記憶がヒナにはない。何が起こったのか、どれくらいたったのかも、何にも分からない。

 

 やっとの思いで自分の愛銃を動かす空間を確保したヒナは自分の上へ向かって発砲する。瓦礫が削れる音ともに周りの瓦礫も吹き飛ばされて、上部に這い出る穴が開く。

 

 

 ──随分と吹き飛ばされたものね。

 

 

 古聖堂は想像通りに跡形もなくなっている。辺りの景色から見て、かなり吹き飛ばされたことが予想できた。なんだか顔が濡れている気がして、片手で拭えば流血しているせいか、拭った手が真っ赤になっている。

 

 そんな手とは反対にヒナの顔は真っ青になっていたが。

 

 

 ──先生は? 先生は何処へ……。それに風紀委員の皆も……

 

 

 ヒナは先生の護衛として、一緒の車両に乗っていたはずだった。少し離れた後方には風紀委員たちもいた。風紀員たちの姿は見えないし、ヒナが生き埋めになっていたという事は、先生もそうなっていてもおかしくない。泡を食ってヒナは元の場所へと駆けだし始める。

 

 先生は自分たち程に身体が丈夫ではない。生き埋めならまだいい。けれど、ヒナが気を失うほどの爆発だ。もしかしたら致命傷を負っているかもしれない。そんな不安と焦燥がヒナの心を圧迫していた。

 

 

「先生! アコ! イオリ! チナツ!」

 

 

 程々の声量でヒナは叫ぶ。周りに敵がいるかもしれない状況で、大声で叫ぶのは得策ではない。けれど、大抵の敵は蹴散らせるヒナにとって、今一番に優先することは先生と仲間たちの安否だった。

 

 ヒナの声に何も答えるものは居ない。ただ何がが燃えて弾ける音がするだけだ。ただでさえ余裕のないヒナの心が悲鳴を上げ始める。

 

 

 ──先生や皆に何かあったら私のせいだ。

 

 

 最近のヒナは浮ついていた。むしろ気が緩んでいたのかもしれない。エデン条約の前だと言うのに、愚かにも気を抜いていたのだ。調印式の会場がトリニティ自治区内の古聖堂だと聞いてマトが変な顔をしていたのに。

 

 

「……ひ、ヒナさん。まだ立っていますねぇ……」

 

 

 ポツリと、まるで悪戯が上手くいかなかったことを恥ずかしがる子供のような。そんな声が横の方から聞こえた。敵意と共に振り向けば、一人の少女を先頭に多数の集団が立っていた。その集団の正体をヒナは知っている。なぜかと言えば資料で確認したからだ。

 

 

「アリウス分校……」

 

「あ、あなたを先に行かせないように言われているので……。すいませんが、これも命令でして……」

 

「そう」

 

 

 短くヒナは呟く。どうやらこの先に行かせたくないようだ。つまり、この先に先生が居るのだ。なら話は簡単だ。こいつらを振り切っていけばいい。

 

 

「なら、どいて」

 

 

 自分の愛銃をアリウスに向けてヒナは引き金を絞った。

 

 

 □

 

 

「先生!無事ですか!?」

 

 

 気がつけば先生は、瓦礫の山から掘り出されていた。声をかけてくれた生徒、若葉ヒナタが、持ち前のパワーで瓦礫を枕投げの枕のように投げて取り除いたからだ。彼女でも無ければこうはいかないだろう。

 

 

「ありがとう、ヒナタ」

 

「いえ、それよりも先生は、大事ありませんか?」

 

 

 自分の身体をペタペタと触るが痛みなどは感じないし、怪我も無い。アロナが守ってくれたようだった。ただ彼女はそこで力尽きたらしく、シッテムの箱は充電切れでうんともすんとも言わない。

 

 

「早く避難しましょう。現状が分からないままですが、ここに留まるのは良くないです」

 

 

 爆風で煤けたヒナタがそう言って先生を促した。その判断は正しく、それに先生は従う。シッテムの箱が充電切れの今、先生を守るものは何もない。辺りは瓦礫と火の海で、先生が前いたところでの、新聞や教科書でしか見た事の無い光景が広がっていた。

 

 ヒナタと共にその場を離れ、案内に従って道を行く。ヒナタは修道服を翻して迷いなく道を進む。

 

 

「どこへ向かっているんだい」

 

 

 先生は、変わり映えしない戦場のような景色と爆発前の景色が一致せずに不安になる。どこを目指しているかも分からないし、同じところを回っているような気もする。

 

 

「古聖堂のある区画の外縁部です。何が爆発したのかは定かではありませんけど……。そこなら被害は少ないはずですし、両校の予備戦力が詰めている筈ですから」

 

 

 古聖堂を管理していたトリニティのシスターフッドの一員だけあって、すいすいと見知った道を歩くようにヒナタは先生の先を行く。

 

 辺りからは呻き声や助けを求める声、瓦礫を下から叩いているだろう音も聞こえる。皆、ここにいた生徒たちだ。ゲヘナもトリニティも関係なく、煤や埃、血に塗れていた。

 

 ヒナタの後ろからついて行く先生も、悔しいが彼女たちを無視していくしかない。ヒナタもどこか、悲しそうな雰囲気だった。

 

 

「ああ、正義実現委員会の……よかった」

 

 

 しばらく進むと、二人分の人影が見えて、それが誰だか分かった先生とヒナタは安心した。

 

 声を掛けられた二人──剣先ツルギと羽川ハスミも先生たちを見て安心したのか、緊張で強張った顔が緩む。

 

 

「よかった。先生も無事でしたか」

 

「他の皆は?」

 

 

 安堵した口調のハスミに、先生は他のメンバーがどうしたのか尋ねる。

 

 正義実現委員会はトリニティの治安維持組織だ。ゲヘナの風紀委員会に相当する。彼女たちも風紀委員会と共に警備に当たっているはずだった。

 

 先生の問いにハスミは首を横に振る。

 

 

「今ここにいるのは私とツルギの二人だけです。他の方はこの瓦礫の下か、吹き飛ばされてほとんどが戦闘不能になってしまいました。シスターフッドの皆さんも姿が見えません」

 

「……ハスミ」

 

 

 ツルギが語気を鋭くして、ハスミに警告した。ツルギ──トリニティ最強の名を持つ生徒。普段は強面なのだが、先生の前では年相応の様子を見せてくれる生徒だった。その彼女が臨戦態勢になっている。声を掛けられたハスミだけでなく、その場の全員がツルギの見やる方向を見る。

 

 

「正義実現委員会の残党を発見した。……いや訂正する。剣先ツルギと羽川ハスミ。正実の中枢だ。兵力を回して、これより交戦に入る」

 

 

 対戦車砲を担いだ、マスクを着けた少女が立っている。後ろには最近見た戦闘服を着た部隊が並んでいる。

 

 

「アリウス分校……!? いったいどこから」

 

 

 ハスミが驚いたように声を上げる。それも当然だ。ここはトリニティ自治区内。先日のクーデター騒ぎで警備は強化されている。この古聖堂に隠れていたのだとしてもあの爆発を耐えきったようには見えない。爆発の範囲外からやってきたのなら、あまりにも早すぎるし、どこに潜んでいたのかという問題が付きまとう。

 

 突然ヒナタが何かに気がついたかのように叫び声をあげる。

 

 

「まさか、地下から……? 古聖堂の地下のカタコンベから!?」

 

 

 ヒナタの叫びに先生は納得した。地下なら爆発の影響も最小限だろう。それに彼女たちが居たところはトリニティの地下。古聖堂に繋がる道を知っていてもおかしくない。

 

 数でゲヘナとトリニティに劣るアリウスの策。まとめて爆発で吹き飛ばし、残った残存戦力は数で叩く。アリウスの作戦勝ちだった。兎にも角にも対応せねばならない。

 

 

「先生! 指揮を!」

 

 

 ハスミが先生に向かって叫ぶ。ツルギとヒナタはとうに戦闘態勢に入っている。シッテムの箱は充電切れでいつものような指揮は望めないだろうが、無しでもある程度はできる。ハスミの要請に答え、先生はアリウスの部隊を睨みつける。

 

 

「キエェェェッツ!!!」

 

 

 戦闘開始というように、独特の叫びをあげてツルギがショットガンを片手に一丁ずつ構えて突撃した。彼女は生粋のストライカー。前線でショットガンで敵を吹き飛ばし、持ち前の頑丈さで戦車の如く敵を粉砕する。

 

 ハスミはライフルでツルギを狙おうとする敵を一体ずつ処理してもらう、ツルギが戦闘に集中できるように露払いを。ヒナタにはグレネードランチャーで集団を相手してもらう。

 

 ツルギの爆発力もあり、戦闘は終始、先生側が有利だった。ある敵が現れるまでは。

 

 

「……何ですか。あれは」

 

 

 銃弾を叩き込みながらハスミが理不尽なものを見るような表情で悪態をつく。アリウスの部隊に混じるようになったそれにだ。

 

 銃弾を叩き込まれたそれは何とでもないように、こちらに攻撃を仕掛けてくる。さっきからツルギやハスミの攻撃が直撃しているのに意に介した様子もない。

 

 

「ツルギのように微妙に被弾個所を調整しているわけでもない。ただ、なんですか。この妙な手ごたえは」

 

 

 ハスミの呟きは先生も賛同するところだ。こちらの攻撃が効いていないのに、向こうの攻撃はとてつもない威力だった。向こうの持つ火器からは出るはずのない威力。ツルギはダメージ調整を間違えたのか、少しふらついている。

 

 それは修道服を着た女の姿をしていた。ガスマスクを被っているせいで表情は分からない。彼女たちからは何も感じない。敵意も何も。ただ機械のようにこちらに銃を向けて発砲してくる。

 

 

「あれは……」

 

「シスターヒナタ?」

 

 

 何かに気がついたかのようなヒナタにハスミは問う。その声には心配が混じっていた。ヒナタの様子は信じられない物を見た様な様子だったから。

 

 

「あれは聖徒会です……。ユスティナ聖徒会。数百年前に消えたはずの戒律の守護者たちがどうして!」

 

 

 倒れたアリウスの人員と置き換わるかのように、ユスティナ聖徒会が現れる。瓦礫の下から染み出すように、次々と数が増えていく。

 

 

「……この数。数えるのも馬鹿らしくなってきました」

 

「マズいですね……。先生だけでも脱出を!」

 

 

 ハスミがため息をつき、ヒナタが焦ったかのように退路を探すが、もうすぐ囲まれるだろう。数が尋常ではない。ツルギはまだ健在だから、彼女の力があれば耐えられはするだろう。けれどツルギの体力も無限ではない。いつか力尽きてすり潰される。だから退くべきなのだが、退路は既に聖徒会に塞がれていた。

 

 

「先生!! こっち!!」

 

「ヒナ!?」

 

 

 激しい銃撃音と着弾音の方向に振り向くと、聖徒会の壁が崩れていた。見ればヒナが息も絶え絶えに立っていた。持った機関銃からは煙が立ち上っている。姿も砂や額から流れる血で汚れていた。

 

 ただ、ヒナのおかげで退路は開けた。後は皆で逃げるだけだ。

 

 

「ハスミ」

 

「ええ、分かっていますよ。ツルギ。シスターヒナタもいいですか」

 

「はい。分かっています」

 

 

 けれど、ヒナタとツルギ、ハスミは退く様子がない。まさか……。

 

 

「はい、私たちはここで殿をします。ここで先生を失えば本当に収拾がつかなくなってしまう。トリニティの首脳陣は壊滅状態ですから。ゲヘナも同様でしょう。さっき万魔殿の乗った飛行船が落ちるのを見ました」

 

 

 それは分かっている。もう先生しか何とか出来る人物がいないことも。先生を逃がすために彼女たちがそうしなければならないことも。絶句する先生を安心させるように、ハスミは先生に向かって言う。

 

 

「かなり癪ではありますが、それは、あのゲヘナの風紀委員長も分かっているはずです。安心してください。折を見て撤退しますから」

 

「先生! 急いで!」

 

 

 ヒナが急かすように叫ぶ。先生は三人に背を向けて、ヒナの方へと走り出す。先生がもたつけばもたつくほどに彼女たちの負担が増えるからだ。先生が速く逃げれば逃げた分だけ、彼女たちは早く撤退できる。

 

 

「風紀委員長! 先生をよろしくお願いします!」

 

 

 無力感に苛まれる先生の背にハスミの声が届いたが、そんな声はすぐに戦闘音にかき消されて聞こえなくなった。

 

 

 □

 

 

 退路は私がこじ開ける。

 

 ヒナの宣言通りに道は開けていた。あらゆるところから聖徒会が湧き出てくる。それをヒナは機関銃の掃射で蹴散らしていた。効きはさっきの戦闘同様良くはないが、機関銃の殲滅力でヒナはごり押している。

 

 そんなヒナの努力もあり、外縁部までもう少しという地点まで先生とヒナはやってきていた。

 

 ヒナは満身創痍だ。先生や自分を狙う攻撃を躱さずにいるからだ。躱せば先生に当たる。そういった意地の悪い攻撃をするようになってきていた。そんな無茶な行軍を続けていればこうなるのは自明の理だったのかもしれない。

 

 

「ようやく倒れたか」

 

 

 満身創痍で倒れ伏すヒナを冷たい目で見据えながら、特徴的なマスクをした長髪の少女は呟いた。傍には仮面をかぶってフードを被った少女、先ほど襲撃した対戦車砲を持った少女、対物ライフルを背負ったどこかオドオドしたような少女が立っている。

 

 

「君たちがアリウススクワッド……?」

 

「ああ、そうだ。私たちがアリウススクワッド。ようやく会えたな。先生」

 

 

 リーダーであろう長髪の少女が、先生をみつめて言う。彼女たちの事は、亡命したアリウス生──白洲アズサから聞いて知っていた。アリウスの誇る精鋭部隊。かつてアズサが所属していた部隊。

 

 倒れたヒナを庇うように先生はヒナとアリウススクワッドの間に立つ。銃を突きつけられるが気にしたことでは無い。

 

 

「これは君たちの仕業かい?」

 

「ああ、そうだ。あの古聖堂。通功の古聖堂で、私たちアリウススクワッドがエデン条約に調印した。ゲヘナとトリニティに代わってな。つまり、私たちが新たなエデン条約機構となった」

 

「どうしてこんなことを……」

 

 

 先生の質問に少女は無表情で答えた。理由など分かり切っているからだろう。

 

 

「かつて、第一回公会議でアリウスは反対した。だからトリニティによって鎮圧対象として定義された。そして、その当時に存在していたユスティナ聖徒会によって迫害された」

 

 

 それはアリウスの迫害の歴史だった。それを何ともないような顔で少女は語る。

 

 

「これは私たちの権利だ。かつて行使しなかった権利を今使う。そして、条約を妨害する鎮圧対象としてゲヘナとトリニティを定義した。これから、ユスティナ聖徒会によってゲヘナとトリニティは地図から消えてもらう。かつて私たちアリウスがそうされたように」

 

 

 エデン条約を奪い去ったと、長髪の少女──錠前サオリは言う。このままいけば、戒律の守護者であるユスティナ聖徒会が両校を殲滅すると。

 

 

「そんなことはさせない。君たちにも、誰にも」

 

「ああ、そうだろうな。マダムもそう言っていた。だからまずは貴方を処理させてもらう」 

 

 

 サオリはそう言って先生に向かって銃口を向ける。そのまま引き金を引き絞ろうとして……

 

 

「ああああっっ!!!」

 

「空崎ヒナ!?」

 

 

 サオリの銃から発射された弾丸を、先生を突き飛ばして前に出たヒナが庇って受け止めた。どこか怯えた様な、信じられない目をしてヒナに叫ぶ。

 

 

「その傷でまだ動けるというのか!」

 

「……先生は……私が守る」

 

「ヒナ!」

 

 

 もうヒナはフラフラだった。目の焦点もあっていないように見える。もう気力だけで立っている。そのまま銃をサオリに向けようとして、今度こそ糸が切れたように倒れた。

 

 サオリは警戒した様に後ずさりすると銃をヒナに向ける。

 

 

「やはり、空崎ヒナ。お前は危険だ。今、ここで……」

 

「ぐうっ……」

 

 

 今度はヒナを先生が庇った。脇腹を何かが貫通したような感じがする。妙に熱い。手で押さえると何か温かいものが掌を濡らす感じがする。赤い血が先生の掌を伝って、眠るように気絶したヒナの顔にかかった。

 

 撃った当人であるサオリを見れば、どこか妙な顔をしていた。口元を覆うマスクで表情は分かりにくいが、変なものを見る目だ。

 

 

「……もっと喜んだらどうだい。君たちの作戦通りにいったじゃないか」

 

「なぜ、そんな無駄なことをする。庇わなくとも貴方は撃たれ、空崎ヒナは死に至る。順番が替わっただけだ。虚しいほどに無駄な行為だ」

 

 

 先生は痛みを隠して薄く笑う。あまりにも当たり前の事を聞くからだ。

 

 

「生徒を守るのは先生の仕事だからね……。それには君たちの事も入っているんだよ」

 

「何を言っている……」

 

 

 サオリは先生に聞き返す。当たり前の反応だ。自分を殺そうとした人間を助ける人間などどこにもいない。

 

 

「……君たちは本当にトリニティやゲヘナの事を恨んでいるのかい」

 

「私たちの数百年に及ぶ恨みをバカにしているのか!!」

 

 

 自分たちの想いを馬鹿にされたと感じているのだろう。怒声をあげたサオリに問う。

 

 

「君たちは何がしたいんだい?」

 

「恨みを晴らす事だ。トリニティへの……」

 

「……ああ、そうじゃなくてね。その先だよ。その後何がしたいんだい?」

 

「……」

 

 

 サオリは無言だった。ただ無表情で黙っているだけだ。

 

 

「……君たちのじゃないだろう? 君たちの恨みだと、そう本当に思っているのなら、もっと嬉しそうにしたらどうだい。……まさに今、待ち望んでいた瞬間じゃないのかい? 本当にそうなら喜べるはずだよ。でも君たちは、そう教えられただけなんじゃないのかい? 全ては虚しいから、そう教えられたから。考えないようにしているだけじゃないのかい?」

 

「……チッ。アズサか。アズサから聞いたのか。先生」

 

 

 正解である。白洲アズサから大体の事は聞いている。アリウスは地獄だったこと。少ない食物を奪い合い、争いが絶えない世界。そこを支配した大人に教えられたことを。

 

 

 ──VANITAS VANITATUM OMNIA VANITAS 全ては虚しい。どこまで行こうとも全ては虚しいものだ。

 

 ──貴方たちがこのような目に合っているのは、トリニティのせいです。貴方たちには復讐する権利がある。むしろ、それしか貴方たちに価値はないのです。なぜなら全ては虚しく、全てに大した価値はない。貴方たちに幸せなどは訪れない。全ては虚しいのですから、何時か全ては塵と消えるに過ぎないのです。ならば幸せなど求めるだけ無駄でしょう? 私だけが貴方たちに価値を与えられる。貴方たちは私の言う通りにすれば良い。

 

 

 トリニティへの憎悪とこの世は虚しいという諦念。それを刷り込まれるのだとアズサは言った。でも世界はそうではない事を彼女は知った。だから、アリウススクワッドたちも変われるはずだった。まだ止まれるはずだった。彼女たちは利用されているだけなのだから。それしか知らないから、それしか選択肢が無かったから。最終的にそうならないのだとしても、初めから諦めないでほしかった。まだ、彼女たちの可能性は残っているのだから。

 

 

「先生!」

 

「……ここでお前が出てくるのか。アズサ」

 

 

 □

 

 

 サオリは息を切らして駆け込んできたアズサを見た。当のアズサは撃たれた先生を見て、繰り返しどうしてと呟いている。当の先生は意識を失っているようだった。放置すれば死ぬだろう。

 

 

「どうして……どうして、先生を!」

 

「私の言った通りだっただろう? トリニティにも、どこにも、お前の居場所はない。私たちのような人殺しを受け入れてくれる世界なんてものは無いんだよ」

 

 

 サオリは静かに、アズサに向かって告げる。アズサを見ているとなんだか妙な気分になる。以前はそんなことは無かったのに。

 

 

「楽しかったか? スパイとして潜入したトリニティは。好きな人と一緒に居ることは。お前を理解してくれる人たちと一緒に居ることは。まるで、今までの自分ではなくなったようだったか? スパイがバレても全てを受け入れてくれる場所だと思ったか?」

 

 

 言い聞かせるようにサオリはアズサに呟く。もしかしたら、自分にも言い聞かせているのかもしれなかった。

 

 

「そんなものはあったように見えるだけだ。直ぐに儚く消える。そこに転がっている先生とやらのように、今灰と化した古聖堂のようにな」

 

「ああああぁぁぁっ」

 

 

 怒りの声と共にアズサが突っ込んできた。それをサオリは容易くいなし、地面に叩きつける。

 

 

「誰がお前に戦い方を教えたと思っている。正面から戦って、私に勝てると、本気で思っていたのか? それに、お前の本領はトラップを駆使したゲリラ戦だろう。そんな事も忘れてしまったのか」

 

 

 失望の声と共にアズサをみつめる。アズサは怒りの籠った目でサオリを睨み返すだけだ。それを見て、サオリはなんだか悲しかった。妙な気分は悲しみなのだろうか。少し違う気もする。苛立ちも混じっている。けれどそれだけではないような……

 

 

 ──考えないようにしているだけじゃないのかい?

 

 

 さっき、先生に言われた一言が突き刺さっている。食糧を掠め取るネズミのように煩わしい。変わってしまったアズサを見るのも煩わしい。昔のアズサに戻ってほしかった。あの殺意を持っていた頃の。まだ自分たちと居た時のアズサに。今のアズサは見るに耐えない。

 

 

「……何が起きているのか教えてやろう」

 

 

 サオリは、無力化されて転がっているアズサに言葉を掛ける。さっき先生に向けて話したことと、本当の目的を。

 

 

「私たちはエデン条約を奪い去った。ゲヘナの万魔殿を騙し場所を指定させ、ゲヘナとトリニティの首脳陣が集まる調印式のタイミングで巡航ミサイルをねじ込んだ」

 

「首脳陣を排除したところで……」

 

 

 そうだ。それだけでは、ゲヘナとトリニティは消えない。代わりが現れるだけだ。だから、目的は別の所にある。

 

 そもそもアリウスが両校に太刀打ちできないのは純粋な戦力差だ。だったらそれを埋めればいい。

 

 

「エデン条約に、”私たちアリウススクワッドがエデン条約機構を担う”と書き換えた。私たちとトリニティの大元は同じだ。資格は十分に有している。そのためだけに第一回公会議と同じ状況を用意した。ゲヘナ、トリニティ、エデン条約、古聖堂、私たちアリウススクワッド」

 

「それに何の意味が……」

 

 

 それが重要だった。今回の作戦は全て、それだけの為に計画された。

 

 

「これは契約であり、戒律だ。エデン条約機構である私たちを邪魔するという事は、エデン条約への敵対とみなされる。そうすれば戒律の守護者であるユスティナ聖徒会が起動する。それをマダムの伝手を使って複製した。これで私たちは最大の問題点であった戦力差を克服した」

 

「……つまりは、この不可思議な戦力を手にするための計画だったと? それを私に話す意味は?」

 

「アズサ、お前に教えるためだ。この世界の真実をな」

 

 

 サオリはアズサに言った。この計画を止める唯一の方法を。

 

 

「この戒律は私たちが主体になっている。アリウススクワッドが無くなる。もしくは、リーダーである私が死ねば戒律は瓦解するだろう」

 

 

 それを聞いたアズサは驚愕で目を見開いた。当然だろう。自分を殺せと言っているに等しい。けれどもサオリの狙いはそれだった。

 

 

「殺すには殺意が必要だ。私を上回る程の。果たしてアズサ、今のお前に、幸せを知ったお前に。それができるか?」

 

 

 殺意を抱けば思い出すだろう。そうでなければ自分を倒せない。思い出すまで、諦めるまで、何度でも。アズサに教えるだけだ。この世界の真実を。全ては虚しいのだという事を。だから幸せや希望なんて持つのは無駄なのだと。思い出せないなら、思い出すまで、アズサの大切なものを消すだけだ。

 

 

「へぇ、それは良いことを聞いたねぇ」

 

「誰だ」

 

 

 突如としてサオリと他三人の背後に出現した気配に問う。それはゲヘナの制服。それも風紀委員のものを着た人物だった。

 

 

「万世マト……」

 

「おや、私の事を知っているのかい? 嫌だね。何も出てこなかっただろ?」

 

 

 サオリは警戒レベルを跳ね上げた。さっきの背後を取る気配の消し方といいただ者ではない。それに先の発言もそうだ。

 

 襲撃に備えてサオリたちは情報収集をしている。正義実現委員会、風紀委員会、ティーパーティ、万魔殿。敵対する組織のほとんどすべてを。マトだけが何も出てこなかった。出てはきたが、ありきたりすぎて不気味だったのだ。成績不良の留年生。それだけしか出てこなかった。

 

 

「いやだね。こんな小さい私に向けて四人がかり……。いや、もっとかね」

 

「ユスティナ聖徒会!」

 

 

 サオリの命令を受けて二体の聖徒会が銃を向けてマトに殺到する。短い発砲音が聞こえ、聖徒会は倒れ伏す。マトの手にはリボルバーが握られていた。銃口から煙が出ており、マトが銃を振ると、蓮根状の弾倉から薬莢が零れ落ちた。

 

 

「久しぶりだから、少しなまったかね。早撃ちなんて何時ぶりだろうねぇ」

 

「……行け」

 

 

 サオリは落ち着いて、四体に追撃を指示する。戒律の耐性を抜いて戦闘不能にする瞬間火力は脅威だ。おそらく弾倉の弾全てを早撃ちで瞬間的に叩きこんだのだろう。だがリロードの隙がある。それに一度に相手ができるのは二体までだろう。倍の数はどうしようもない。

 

 

「ああ、そいつはまずいね。じゃあこれはどうだい」

 

 

 マトの尻尾がしなって何かを投擲し、それに向かって発砲したようだった。サオリとアリウススクワッド、アズサはマトが投げたそれを察知して退避済みだ。数舜のちに爆発が連続して起こり聖徒会を飲み込んだ。グレネードか何かを空中で爆発させている。おそらく位置やタイミング、爆風を計算して、ダメージが聖徒会だけに行くように。現にマトにはダメージがない。

 

 

「数百年前に消えたはずのユスティナ生徒会の復活ねぇ……。不思議なこともあるもんだね」

 

 

 白々しいとサオリは思う。さっきの会話を全部聞いていたはずだ。ただ、それにしては殺意を感じない。ただマトが移動した位置を見てサオリは狙いを悟る。

 

 先生とヒナだ。二人が倒れている所にマトが陣取っている。そのうえ、アズサも一緒だ。これではマトを何とかしない限りサオリには手が出せない。

 

 

「そんな不思議な日だから。幽霊ヘリってのもあるかもしれないねぇ」

 

「何を……」

 

 

 言っている。そう言おうとしたサオリの言葉を遮るように、マトの後方の上空から戦闘ヘリが現れた。

 

 それを見て、サオリは鼻で笑う。確かに幽霊ヘリだと言うように運転席は空だ。おそらく遠隔操作だろう。ただ、これでユスティナ聖徒会の耐性は抜けない。ゲヘナかトリニティの誰かが運転している時点で耐性は発揮される。戒律とは、契約とはそういうものだ。

 

 そんなサオリの予想を裏切るかのように、戦闘ヘリから発射されたミサイルと機関砲弾は聖徒会を蹂躙した。そこらの不良のように吹き飛ばされている。まるで耐性が働いていない。

 

 

「チッ。退くぞ。目標は達成した」

 

 

 ヘリの銃口がサオリたちの方を向くのを見て、サオリは撤退を選択した。ユスティナ聖徒会の複製体を確保するという目標は達成したし、両校の首脳陣と先生の排除というサブの目標も達成。アズサにも伝えることは言った。ここで無理にマトと、絡繰りの分からない戦闘ヘリを相手どって、万が一にも姫か自分が傷つけば複製体が消えてしまう。

 

 アリウススクワッドの完全勝利だ。それは嬉しい事の筈だ。少なくとも昔は。まだアズサがいた頃は。口や態度に出さないようにしたけれど、喜びまではいかずとも、安堵があった筈なのに。

 

 今はただ、苛立ちしかなかった。

 

「アズサ。お前がどう思おうと世界の真実は変わらない。全ては虚しいんだ。だからお前の足掻きは無駄なんだ。お前の居場所は、私たちと同じなんだよ」

 

 

 そうサオリは言い捨てて、自らの心の奥の燻った感情。否定された怒りと、置いていかれた寂しさと、アズサへの嫉妬に気がつかないまま。気がつかないフリをして、自分を誤魔化して、仲間たちを連れて、自分たちの世界へと戻っていった。

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