ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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98話 失意

「ん。すごい数」

 

 

 眼下の光景を見て零れたであろうシロコの言葉に、ホシノは無言で同意した。

 

 ここはアビドス自治区からほど近いゲヘナとトリニティの境。アビドスはゲヘナとトリニティに挟まれた場所に位置している。ユスティナ聖徒会を迎撃しつつ、ゲヘナに行くのならここが近かった。

 

 もうゲヘナ自治区内に入っている。そのせいか立ち並ぶビルと整備された道路が広がっていた。

 

 移動はもちろんアヤネが操縦する雨雲号。移動中にトリニティからゲヘナの方向に進行していくユスティナ聖徒会を見つけた。さっきのシロコの言葉は、それを見ての感想だ。

 

 言う通りに数が多い。地面を埋め尽くすと言ったほどではないが、おおよそ六十程は居るだろうか。ひとまず、雨雲号の搭載武装とノノミのガトリングで上空から掃射した。

 

 ユスティナ聖徒会は異常な耐久性を見せることもなく、そのまま倒れていく。倒れた個体は煙のように消えるが、直ぐに後続がどこからともなく現れる。事前情報通りにきりがない。無限湧きするというのだからずっとの戦闘は厳しいだろう。むしろこれを先生を守りながら振り切ったヒナが凄い。

 

 

「どうしましょう……」

 

 

 一旦高度を上げて距離を取ったのちに、ノノミが困ったように呟く。ホシノもどうしたものかと少し考える。

 

 今はホシノたちが上空というアドバンテージが取れているし、対策委員なら対応できる程度の強さだ。戦闘自体は問題ない。ただ、無計画に戦ってもジリ貧だ。

 

 マトは弾が切れたり危なかったらすぐに撤退してもいいと言ってくれたが、やるからにはきっちりとやるべきだとホシノは思う。

 

 

「皆、気がついたことは無い? 何でもいいよ」

 

 

 状況の打開を図るべく、ホシノは意見を募る。昔のホシノ一人だったら一人で切り込んだだろうが、今は後輩たちがいる。後輩たちなら自分よりもいい考えを持っているかもしれない。それはこれまでの生活でホシノは実感していた。

 

 もし上手くいかなくても、自分が居ればある程度は何とかなるだろう。

 

 

「……どうして、歩きで移動しているんでしょうか?」

 

「そりゃ、そうじゃないの。車なんか持っているようには見えないわよ」

 

 

 アヤネのふとした疑問にセリカが当然の答えを返すが、アヤネは首を振って否定する。

 

 

「セリカちゃん。倒した敵が補充されるのを見た? 地面から湧いて来たよね。トリニティでもそうだったみたいだし。それなら、目的地にそうやって出てくればいいんじゃ……」

 

「……できないからじゃないの? やれるならやっているもの」

 

 

 セリカの言葉にホシノは何か引っかかるものを感じた。それと、出ていく時のカヤツリの言葉も。

 

 

 ──契約は書面上のことしか縛らない。

 

 

 契約に書いてないからできないのだ。トリニティならできて、今できない理由がある。

 

 

「スクワッドが居ないから?」

 

「それと、ここがゲヘナ自治区内だからかもしれないですね……」

 

 

 ホシノの呟きにノノミが便乗する。どちらが理由なのか分からないが、今は歩行でしか移動できないと仮定する。

 

 

「ん。じゃあ、道を塞ぐか壊す」

 

「そうしようか。風紀委員会にも多少の破壊は目を瞑るって言ってくれたし、避難警報が出てるからね。誰もいないはずだよ」

 

 

 アヤネが指示に従って、ヘリの対地ミサイルを地面や建築物に向かって発射する。大きな爆発が起き、地面には大穴が空き、壊れた建築物の破片が道を塞ぐ。

 

 

「こりゃあ、私の出番はなさそうかな」

 

 

 ホシノは下を見て、そう言葉を零した。

 

 ユスティナ聖徒会は愚直に荒れた道を進んでいる。これなら進行速度が大幅に下がったはずだ。いくつか、同じような事をすればもっと時間が稼げるだろう。

 

 

「……先生は間に合う……?」

 

 

 不安そうにシロコが呟く。出ていく前のゲヘナとの最終目標を思い出したのだろう。

 

 ホシノたち対策委員会の仕事の目的は先生が目覚めるまでの時間稼ぎ。どっちにしろ、見届け人は先生しか代行できないという結論に達したからだ。

 

 トリニティへ到着したカヤツリからも同じような連絡が来ている。カヤツリは、思ったよりも今のトリニティを仕切っている生徒の思考が柔軟で話がスムーズに進んだことに喜んでいた。

 

 

「きっと大丈夫だよ。シロコちゃん。なんだかんだ言って、先生は大事な時には間に合うからね。だから私たちは今できることを……」

 

 

 不安そうなシロコを元気づけようと希望の言葉を紡ぐホシノの口が、無線の呼び出し音で止まった。

 

 

『いい報せだよ。そっちでも確認できたんじゃないかい』

 

 

 開口一番にマトの嬉しそうな声が無線から響く。確認も何も、何のことを言っているのか分からない。その正体は、アヤネの声ですぐに分った。

 

 

「ホシノ先輩! ユスティナ聖徒会が……」

 

 

 アヤネの声に従って下を見れば、動きが露骨に鈍くなっている。その上、何時の間にか大分数を減らしているようだ。

 

 

『トリニティ側でも同じような現象が起きているみたいだね。大分時間を稼げそうだ。おそらく、スクワッド側で何かあったんだろうね……』

 

 

 いい出来事のはずなのに、マトの声は少し沈んでいた。ただ、それは一瞬で取り繕われ、マトは普段の声質で続きを話す。

 

 

『もう一ついい報せだよ。先生の意識が戻った。カヤツリから連絡があったよ』

 

 

 本当にいい報せだった。先生も目を覚まし、ユスティナ聖徒会もご覧の有様だから、これから反撃開始といったところだろう。そう頭の中で考えているホシノは、ヒナの事が心配になってきた。ヒナは先生を庇ったから、満身創痍だと聞く。先生もヒナの事を聞けば心を痛めるだろう。

 

 

「ヒナちゃんは? まだ目を覚まさないの?」

 

『目は覚ましたんだけどね……』

 

 

 どうにもマトの歯切れが悪い。後悔とも安堵の息とも取れない、全てを吐き出したようなため息の後にマトは話を切り出した。

 

 

『ホシノ。アンタ以外には聞かせられない話だ。本当は誰にも聞かせちゃいけないんだろうけどね……』

 

 

 マトがそう言うので、ホシノは後輩たちに目配せする。後輩たちは察したようで、ヘリの運転席の方へ寄って行った。それを確認してからホシノはマトに続きを促す。

 

 

『部屋にね。閉じ籠っているんだよ。”もう自分は無理だから助けになれない”って言ってね……』

 

「……どうして?」

 

 

 ホシノは信じられなかった。あの自分の仕事に責任感を持って取り組んでいるヒナが、そんな行動をするなんて。ホシノの疑問にマトは後悔が滲んだ声で返答する。

 

 

『あくまで想像だよ? もう限界が来てしまったんだろうね』

 

「……限界って、身体が?」

 

『いいや。心の方さ。ポッキリ折れちまったんだよ。枯れ枝みたいにね』

 

 

 マトはそう言うが、ホシノは理解ができなかった。思わず言葉が零れる。

 

 

「先生を守り切れなかったから? でも、あれ以上は不可能だよ。十分、ヒナちゃんは仕事を果たしたはずだよ!」

 

 

 ヒナが頑張ったからこそ、先生は一発撃たれただけで済んだのだ。ホシノでもあの場に居て同じことが出来るかは断言できない。万全の状態で、尚且つ一人であれば容易に駆け抜けることが出来るだろうが。

 

 でも、不意打ちのミサイルによって満身創痍の状態かつ先生を連れては無理だ。先生の速度に合わせて、無限湧きするユスティナ聖徒会の攻撃を全部受けて、効きが悪いであろう攻撃で退路を切り開く。それをやり切ったのは誇っていいはずだ。

 

 

『カヤツリと私が気を回してね。先生にヒナを気にかけてくれるように言ったんだよ。それもあってね。ヒナは最近元気を取り戻していたんだ。その矢先にこれだろう?』

 

「ああ、そういう……」

 

 

 ホシノは納得した。先生に気を回してもらえて、ヒナは嬉しかっただろう。仕事にも身が入ったに違いない。けれど、今回のアリウスの襲撃で先生は撃たれてしまった。エデン条約はヒナが推し進めていたのだという。そのエデン条約のせいで、先生は撃たれたのだ。

 

 ヒナ視点で見れば、自分が進めたエデン条約で先生は襲われ、あまつさえ守り切れなかった。ヒナにとってはその結果が全てなのだろう。だから、部屋に引きこもっているのだ。

 

 

『このままじゃあ、ヒナは先生に会おうとすらしないだろう。だから……』

 

「分かったよ」

 

 

 そんなマトの頼みにホシノはすぐさま返答した。

 

 

 □

 

 

「ここだよ」

 

 

 ホシノとマトは、ヒナの部屋の前に立っていた。あの話の後、ヘリを全速力で飛ばしてゲヘナまでやってきた。

 

 後輩たちは雨雲号の整備と補給をしている。補給が終われば、トリニティまで風紀委員会と共に行くことになっている。時間の余裕はない。だからヒナと話せるのは補給が終わるまでの短い時間のみだった。

 

 

「ヒナちゃん」

 

 

 名前を呼んで、扉をノックする。扉の向こうで誰かが身じろぎする気配がした。

 

 

「小鳥遊ホシノ……? 何の用?」

 

 

 ヒナは扉を開けずに、扉越しで会話するようだった。ホシノには姿は見えなくとも声だけで、ヒナが憔悴しているのが分かった。ホシノはカヤツリのように口が上手くはない。電話もあるのだから、カヤツリを呼びだせばいいとも思うが、マトがホシノを選んだという事は、なにか意味があるのだろう。

 

 

「風紀委員の皆が心配してるよ。もちろん私も」

 

「……無理。私にはもう……」

 

 

 完全に心が折れている。マトがそう言うようにホシノにもそれが分かった。ホシノはまだヒナが知らないだろう事を言う。

 

 

「先生が目を覚ましたって」

 

「そう! ……よかった。……伝えたいことはそれだけ? なら、もう帰──」

 

「そうやって、先生が来ても遠ざけるの?」

 

 

 扉の向こうでヒナが息をのむ音がした。ホシノは怒鳴り返されるかとも思ったが、ヒナは何にも言わない。

 

 ホシノはヒナの気持ちなど憶測でしか分からない。ただ、このまま引きこもったところで何も解決せず、とても後悔することは分かっていた。

 

 なぜかと言えば知っているからだ。身をもって経験したから。

 

 

「ヒナちゃんはさ。先生に会うのが嫌かもしれない。気まずくて、後悔があって、何を言われるか不安で仕方がないのかもしれない」

 

 

 気持ちがわかるとはホシノは言わない。ホシノの時とは状況が違うから。ただ、自分が思ったことを言葉に乗せる。

 

 

「私は会って話した方が良いと思うよ。怖いだろうし、失望されるかもしれない。でもね。やらなかったことの後悔は辛いよ。それこそ、やった後悔よりもね」

 

 

 ホシノは、ユメ先輩に謝らなかった。三日経って謝ろうとしたときには全てが遅かった。ホシノがユメ先輩に謝る機会は永遠に失われた。

 

 ホシノは今でも後悔している。もし一日でも早く謝りに行っていたら、あの時、ユメ先輩の引き留める声に耳を貸していたら。今もユメ先輩は生きていたかもしれない。

 

 それはホシノの過ちだ。もうそれは取り返しがつかない事で、ホシノとユメ先輩の話はそこで終わってしまった事だ。

 

 けれど、ヒナはまだ間に合う。先生は生きているし、あの時のホシノのように一人ではない。マトも居るし、風紀委員会の仲間たちもいる。もちろん自分だっている。引き留めて、間違った方に行こうとしているのを正してくれる人が居るのだ。

 

 ホシノは、ヒナに自分のような後悔や苦しみを味わってほしくなかった。ここで逃げてしまえば、ずるずると引き延ばしてしまうだろうから。

 

 

「…………やっぱり強いのね」

 

「別にそんなことは無いよ。私は一人では立てなかった。それなのに全部自分でやろうとして失敗しそうになった。でもヒナちゃんは違うよね。一人じゃできないことがあるのを知っているし、やらなきゃいけない事も分かってるでしょ」

 

 

 少なくともホシノはそう思っている。決してホシノは強くはない。本当に強いなら、あのカヤツリとの喧嘩は起こらなかったし、後輩たちや先生に迷惑はかけなかっただろう。

 

 ヒナは一人で頑張れることが強さだと思っているのかもしれない。けれど、それは違うのだ。人に頼ることが、どれだけ強い事か分かっていない。人に頼るという事は、頼んだ人を自分の都合に巻き込むという事だから。誰かに頼るのはその人を信じる強さがなければ出来ないことだ。一人で頑張れば、全部自分のせいにできるのだ。カヤツリがかつて、ホシノに対してそうだったように。

 

 

「……」

 

 

 ヒナはホシノの答えを聞いて黙り込んでしまった。ホシノもこれ以上かける言葉が見つからない。マトも黙って話を聞いているだけだ。

 

 どうしようか悩む二人の後ろから、誰かが近づいてくる音がした。

 

 後輩たちが呼びに来たのかもしれない。もう時間切れかと思って振り向けば、そこには予想外の人物が立っていた。

 

 

 □

 

 

 自室の中で、ヒナは布団にくるまって海苔巻きのようになっていた。だって、もう何かする気力がないからだ。その証拠に髪の毛はぼさぼさだし、服は制服ですらなく寝間着姿だ。

 

 ホシノが来て言葉を掛けてくれてから数分は経っているだろう。あのホシノの問いかけにヒナは答える事は出来なかった。むしろ、ヒナはなんて答えて欲しかったのだろうか。それすら分からない。

 

 ホシノが強いと肯定してほしかったのか? そうすればホシノに比べて弱い自分はこうであっても仕方ないとでも思いたかったのだろうか。

 

 扉の外からはいつの間にか気配が消えていた。呆れて帰ってしまったに違いない。ゲヘナやトリニティが大変な時なのに、自分の都合で引きこもっているのだ。全ては自分のせいなのに。なんて救えない奴だろう。

 

 

「……マト先輩?」

 

 

 自室の扉が開く音がした。マスターキーでも持ってきて強引に開けたのだろう。そんな事をするのはマトくらいしかいない。きっとしびれを切らして引きずり出そうというのだ。

 

 

「違うよ。私だよ」

 

「っ、先生……」

 

 

 扉の向こうに居たのは先生だった。無事な先生の様子を見てヒナは安堵する。傍目からは元気そうに見えるからだ。けれど、ヒナは先生の期待に応える気力は無かった。先生が何のために来たのかは想像がつく。ホシノやマトと同じような事を言うに違いなかった。

 

 

「先生……悪いけど。私にはもう無理……。私には手伝えない……。だから、私は引退したとでも思って……」

 

 

 ヒナはもう折れてしまっていた。やらなければいけない事は分かっている。でも、無力感で一杯なのだ。あの時に自分の中の何かがポッキリと折れてしまった。

 

 

「扉の前の二人から話は聞いたけど……私はヒナに、頑張ってとか。そういう事を言いに来たわけじゃないよ」

 

「じゃあ、何を……」

 

「お礼を言いに来たんだよ。いつも頑張ってくれて、守ってくれてありがとうって。もう頑張り過ぎなくてもいいって、もっと早く言ってあげるべきだった」

 

 

 そんなことを先生は笑って言うのだ。ヒナの心中に喜びが湧いてくる。それはずっと誰かに言ってほしかった言葉だったから。こうなる前に先生は何かを言おうとしていた。たぶんこれを言いたかったのだろう。

 

 

「……でも先生。あれは私がやるべきことで……」

 

 

 でもそんな喜びはあっという間に鎮火する。結果としてヒナは先生を守れなかった。そんな事を言われる資格はない。それに、あれはヒナの仕事だ。やらなければならない事だ。でも先生はそれだけ伝えたかったのだと言う。

 

 

「あとは私が何とかする。だから、ヒナは休んでて」

 

「何とかするって……」

 

 

 本当に先生は、それだけ言って部屋から出ていこうとする。言葉通りにヒナに頼らずに何とかするつもりなのだ。このまま見送ればきっと先生が解決してくれるだろう。ヒナはこのまま部屋で丸まっているだけでいい。もう十分頑張ったのだから。だから、このまま……

 

 

 ──私は会って話した方が良いと思うよ。怖いだろうし、失望されるかもしれない。でもね。やらなかったことの後悔は辛いよ。それこそ、やった後悔よりもね。

 

 

「私は! ……私は……」

 

 

 ホシノの言葉がリフレインする。それに理性が働いて、先生を引き留めて、自分も手伝うと、口を開かせようとする。

 

 そんなヒナを心配そうに先生が立ち止まって見つめているが、やっぱりヒナの口から零れたのは弱音だった。

 

 

「私は……小鳥遊ホシノみたいには……なれない。兎馬カヤツリみたいな人もいない……」

 

「ホシノとカヤツリ……?」

 

 

 怪訝そうに聞き返す先生にヒナは答える。自分でも、もう抑えきれなかった。

 

 

「アビドスの生徒会長──梔子ユメの遺体を見つけたのは、小鳥遊ホシノだった。すごく、ものすごく大切な人だったはずなのに……」

 

 

 ホシノに憧れるヒナをマトは笑い飛ばした。あの時ヒナはそういうものかと思っていた。けれど、違ったのだ。先生を目の前で撃たれて、病室で目覚めた時に目を覚まさないといった話が聞こえた時。ヒナは耐えきれなかった。耐えきれなくて、自分が情けなくて、部屋に引きこもったのだ。

 

 

「あれだけの苦しみを味わったのに、まだアビドスで頑張ってる。私にはそんなことはできない……。それに……」

 

 

 先生が撃たれた時ヒナが感じた、あれ以上の苦しみをホシノは味わったはずだった。ホシノも一人では耐えられなかったのかもしれない。甘えて、泣きつくこともあったのかもしれない。でもヒナにはそんなことをできる人など居ないのだ。居たとしても、その人をヒナは守れなかった。

 

 

「私は、そこまで強くなれない。支えてくれる人も、弱みを見せられる人もいない……。あの瞬間、私はもう……」

 

 

 先生が撃たれたのは自分のせいだ。薄れゆく意識の中でヒナは見てしまったから。自分を庇ってアリウスに撃たれる先生を。

 

 そもそも、ヒナがエデン条約を進めたからこんなことになったのだ。信じてくれた先生の期待に応えられなかった。あまつさえ自分を庇って先生は撃たれた。そんな自分が、どうして先生に頼れるのだろう。

 

 

「私だって頑張った!!」

 

 

 もうどうにもならない叫びがヒナの口から飛び出す。

 

 

「いつも頑張って……どうにかしようとして……。分かってもらえなくても、それでも……。私は、一番大事なところで……」

 

 

 初めはそれでよかった。誰にも理解されなくても、結果が出ればそれでよかった。けれど本当は違ったのだろう。ただの、ありのままの自分を見て認めて欲しかった。頑張ったことを誰かに褒めて欲しかった。

 

 エデン条約を成功させれば、ヒナも少しは楽になる。そうすれば、誰かに、先生に認めてもらえると思ったのだ。よく頑張ったねと。全てが報われると思っていたのに。

 

 

「私だって、他の皆みたいに、先生に構ってもらいたかった! 褒められたかった!」

 

 

 羨ましかった。補習授業部が、トリニティが、対策委員会が、ホシノとカヤツリが。誰かに構ってもらえて、ありのままの自分を見てもらえて、やったことを褒めてもらえる彼女たちが。どうして、どうして自分はこうじゃないのだろう。

 

 思いの丈を叫んだせいか、ヒナの息は荒い。まだまだ、続きを話そうと息を整えたところで、ヒナは誰に何を言ったのか理解して焦る。

 

 それもそうだ。今言った事は、先生に対して望みつつも絶対に言えなかった事だから。慌ててヒナは先生に弁明する。

 

 

「……あ。あの、これは……違くて……」

 

「ごめんね……」

 

「え……?」

 

 

 本当に申し訳なさそうに謝る先生を見て、ヒナは固まった。ヒナの本音を聞けば、失望か呆れた目を多少は向けられると思っていたのに。ヒナに向かって、水着パーティをしようとか、補習授業をしようとか。そんな的外れなことを言っている。

 

 

「……ふふっ」

 

 

 そんな先生の姿を見て、ヒナはなんだか心が軽くなっていくのを感じた。本当に先生は気にしていないのだ。撃たれたことも、ヒナが先生を守り切れなかったことも。先生はそういう人だと、ヒナは知っていたはずだったのに。

 

 

「褒める時は頭撫でながらの方が良いかい?」

 

 

 ヒナの現状に気が付けなかったことに慌てているのか、そんなことまで言う先生に、ヒナは何だか可笑しくなった。トリニティとか、アリウスとか、もっと心配することがあるだろうに。今はヒナだけに掛かり切りになっている。

 

 嬉しい。先生にその自覚は無いのかもしれないけど。今のこの瞬間はヒナが望んだものだった。

 

 

「……そうね。それもいいけど、先生は何か私に頼みたいことがあるんじゃない?」

 

「でも、引退するって……」

 

「それは、ちょっと皆に甘えてみたかっただけ……」

 

 

 嘘だ。本当は半分以上は本気だった。でもそれは先延ばしにする。まだヒナは頑張れる。失敗はしたけれど、その人はありがとうと言ってくれたから。今のヒナには、頑張ったら褒めてくれる人もいるし、その人はまだいてくれる。だから、ヒナは立ち上がることにした。

 

 

「それに、頑張ったら褒めてくれるんでしょう? 先生」

 

 

 そう言って、立ち上がったヒナは、先生に向かって笑った。

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