一度あることは二度あるとは言ったが、本当にそうなのだろうか。悪魔の部隊が近づいてくるのを見ながらロジェは思った。
悪魔の奴ら、前に突入してきたときよりも迷いがなく、大隊規模の統制射撃を受けているのに突撃陣形が崩れない。回避行動はとっているのだが、各個の回避というわけではなく統制された回避だ。
どうやら二度目の突入とあって先ほどより慣れてきているのだろう。市街地を利用した射線の切り方も厄介になってきた。共和国軍の統制射撃の的になるのを嫌い、大聖堂の尖塔よりも低い高度を飛び、建物に体を隠しつつ接近してくる。
まったく、一度あることが二度あるというのならば、さっきのように何もない空中で慌てて各個回避をしてくれないものか。
そうしているとビアント中佐の声が無線を通して聞こえてきた。
「近接伏撃戦用意!狙撃班と協力し、各中隊で敵魔導大隊を分断する!各中隊で干渉術式を発動しろ!」
どうやら市街地を利用して敵を分断する腹積もりらしい。それに合わせてジラールが指示を飛ばし、アンリが干渉術式を発動して帝国軍の通信を妨害しにかかる。
「しかし市街地か、こりゃ戦いづらいぞ。」
ロジェはそう呟いた。帝国軍は市街地に大規模な攻撃をできないだろうが、『解放者』たる共和国軍も十分注意が必要なのだ。
「一般市民である民兵たちと協働する以上、市街地への被害は最小限に抑えるように。」
これはロジェたち降下部隊が基地から飛び立つ前にお偉いさんたちから散々言われた言葉だった。
前提として、統制射撃は面制圧によって敵魔導士を攻撃する戦法である。空中や、ライン戦線のような地表から人工物が消え失せた戦場であるならば全く問題ない。しかし建造物で入り組んだ市街地は、統制射撃をするには全く不便な空間である。入り組んだ市街地での統制射撃は間違いなく市民の財産である建造物を派手に破壊するからだ。
非戦闘員が避難済みの、戦闘員しかいない市街地であればまだやりようはあった。だが、今回はそうはいかない。今回の作戦は非戦闘員、しかも親共和国派市民が市内に残っているのだから。
だから共和国軍は射線上に建造物があるときは射撃の方向に十分注意を払わねばならない。これまで市街地で帝国軍と追いかけっこをしたときも、第二大隊は射撃が外れても上空に外れるように、建造物を破壊しないようにできる限り注意しなければならなかった。
「それでこっちが撃墜されちゃたまらないよ。」
ロジェはそうぼやきつつ、小隊とともに帝国軍からの反撃を回避する。そして入れ替わりにアンリの小隊が浮いた帝国魔導士に射撃を浴びせるが、市街地に入り込んだ帝国兵からの制圧射撃が別方向から飛んできて、三階建てのアパルトマンがその射撃によって破壊された。
「帝国軍の奴ら、攻撃に遠慮がないな。」
「皇帝に逆らうアレーヌなんて知ったこっちゃないってことですかね。」
ロジェの呟きに対してヴィクトルが冗談交じりでそう返す。そして市街地の合間を縫うように飛び続け、帝国兵たちと第四中隊の追いかけっこが始まる。
第四中隊の相手となる帝国魔導士たちは見たところ二個小隊ほどだろうとジラールは見積もった。こちらは機動性で劣っており、相手は不利を覆せるほどの数ではない。これはどちらかの魔力が切れるまで不毛な追いかけっこをすることになりそうだ。ジラールの推測はそのようなものだった。
実際そのジラールの推測は正しかった。第四中隊は機動性に劣るゆえに、狭苦しい市街地で数の有利を生かしきれず、帝国兵たちは撃墜はされないものの決定的な反撃をするには数が少なすぎるゆえに、動き回って第四中隊を疲れさせるのが精いっぱいであった。
そのうちに第三中隊が術式封入弾の弾切れを起こしたという通信が第四中隊に入った。どうも第三中隊の相手さんも同じく弾切れのようで、通常弾頭ではお互いの防殻が固すぎて時間の無駄と判断し、いまは物を投げ合っているらしい。なんだか汚い罵り言葉も通信の奥で聞こえてくる。
「ロジェ、君の小隊を連れて第三中隊の援護に行ってくれ。」
「今抜けて大丈夫ですか。」
「構わない。君の小隊が抜けても二個小隊を拘束するには十分な数だ。」
いや、むしろ拘束されているのはこちらの方か、とジラールは心の中で独り言をこぼした。一個中隊というのは二個小隊相手に費やす数としては多すぎる。本来はもっと少数で拘束するべきであるのに、と。しかしそれを口には出さず、ジラールはロジェへ言葉を付け加えた。
「それに第三中隊はここから近い。何かあってもすぐに戻ってこれるだろう。」
「了解。弾無しどもが相手ですからすぐに戻ってきますよ」
ジラールの指示に従ってロジェが第三中隊の方へ急行していると、第三中隊がいる方で塔が倒れるのが見えた。第三中隊に通信を掛けると、帝国魔導士が塔の柱を引っこ抜いて投げて来たらしい。それで第三中隊はかなりの負傷者が出たというが、帝国の中隊も塔の下敷きになって負傷者多数らしい。それを聞いてロジェは思わず呆れてしまった。
「奴ら馬鹿じゃないのか……。」
それより問題なのは、第三中隊の干渉術式が切れたということだ。通信が回復されてしまっては他の帝国兵たちが援護をしに来るだろう。それよりも先に到着しなければ。そう考えた瞬間、まさに危惧していたことが現実になったこと、しかもより悪い状態で実現したことをロジェはヴィクトルから告げられた。
「一個中隊規模の魔導反応が高速接近中!『悪魔』本人の中隊です!」
「くそったれ!早すぎる!」
ロジェとその小隊にとっては不運なことだが、この遭遇は偶然だった。というのも、ターニャたちの狙いは共和国軍の第三中隊ではなく、ロジェの率いる小隊でもなく、ビアントが率いる指揮中隊の第一中隊が狙いだったのだ。
しかし「早すぎる」というロジェの感想は間違っていない。干渉術式による通信妨害が切れるやいなや、ターニャが率いる第二百三大隊は感知術式で通信が集中する地点を探り当て、そこに指揮中隊がいると割り出したのだ。
指揮中隊を排除すれば組織的な動きは難しくなる。そう判断したターニャは第二大隊第一中隊の方へ速やかに吶喊を開始したのだ。だが不運なのはロジェの小隊である。第三中隊救援に向かうルートがターニャたちのルートと偶然接触してしまったのだ。
だが彼らはそれが偶然だと知るよしもない。ターニャたちからしてもロジェたちの存在は謎だった。
「少佐殿、進路上に一個小隊規模の魔導反応を確認しました。」
「は?間違いないのか?」
「はい。重ねて確認しましたが規模に間違いはありません。……照合確認しました。全員ネームドです。」
なぜこんなところに一個小隊だけ浮いている?下手に構って敵の指揮中隊に逃げられるのもまずいが、ネームドを無視して後ろから撃たれるのもまずい。ターニャはそう考えると指示を飛ばした。
「セレブリャコーフ少尉、グランツ少尉と他二人を率いて敵小隊の対処に当たれ!その他の者は私と一緒にこのまま敵指揮中隊に吶喊!私が敵嚮導騎を、諸君らは取り巻きをやることに変わりはない、いいな!」
「了解!」
ここでセレブリャコーフ少尉を突撃の手勢から失うのは痛いが、グランツ少尉はセレブリャコーフ少尉とツーマンセルを組んでいるし、今回彼にはセレブリャコーフ少尉の挙動を術式でトレースさせているから、二人を離すわけにもいかん。それならば新人には一足飛びに敵のトップと戦わせるよりも、ステップアップとしてそこそこに難しい相手を用意してやるのが上司の役目だろう。
ターニャはそのように考えたのだった。そしてセレブリャコーフ少尉ら四名は中隊から分離し、ロジェたちの方へと接近する。
「先ほどと違ってこちらは視認されています。視界の有利はありません。無理に撃墜を狙わず、拘束のみで十分です。」
セレブリャコーフは率いる三人に――なかでもグランツを念頭に置いて――そう告げた。グランツはつい先ほど対航空魔導士戦初撃墜を飾ったところだった。ターニャとセレブリャコーフが壁越しの射撃で高機動ユニットから叩き落した共和国魔導士に、グランツが追撃するという形での初撃墜であった。
初撃墜の後は気が大きくなりがちなのでグランツに向けての忠告としてそう言ったのだが、グランツの顔を見ると、どちらかというと緊張しているようで、気が大きくなっている様子は特に見られなかった。セレブリャコーフはその様子を見て、「まあ変に突っ込まれるより緊張してもらう程度の方がいいけど……。」と少し不安を覚えつつ、ロジェの小隊との戦闘に突入したのだった。
こうなっては第三中隊の救援は無理だと諦めたロジェは、第四中隊へ寄りつつ迎撃しようと考えた。牽制射撃を放ちつつ第四中隊の方向へ戻ろうとしたが、セレブリャコーフたちはロジェたちの牽制射撃を危なげなく躱した。
「まあ避けるよな。」
「でしょうな。こちらの数が少なすぎる。」
一個小隊規模でできる統制射撃の弾幕密度などたかが知れている。この射撃が避けられることは予想していた通りだった。射撃の合間にロジェは第四中隊に連絡を取ろうとしてヴィクトルに通信を試みさせたがだめなようだった。
「曹長殿、帝国軍の干渉術式でこちらの通信不能です。」
「そうなると直接伝令しなければな。カステルノー!第四中隊に戻ってジラール大尉に援護を要請してこい!」
「了解!」
そう言って小隊員が一人ロジェたちから離れて第四中隊の方へと急速に離脱していった。セレブリャコーフたちはそれを狙い撃とうとしたが、妨害によってかなわなかった。そしてロジェは残った小隊員に指示を出した。
「俺がお嬢さんと坊やを相手する!ガリニエ、ヴィクトル、お前たちは残り二人の相手だ!」
「了解!」
そう言って空間爆破術式を発動し、セレブリャコーフ・グランツ組とその他二人の間に無理やり隙間をつくると、ロジェたちはその隙間に入り込んで二組を分断した。
特にロジェは爆発の煙に紛れてそのまま最高速まで加速し、高機動ユニットの外見も相まって騎兵の突撃かと錯覚するような勢いで一気に距離を詰めた。その勢いといったらこのまま防殻を突き破られてその衝撃で吹き飛ばされてしまうのではないかとグランツが思わず考える程だった。
そしてロジェが超至近距離から術弾をセレブリャコーフに向けて撃つ素振りを見せたので、この距離では程度の差はあれ間違いなく当たると判断したセレブリャコーフは能動的な障壁へと防殻を変化させつつ回避行動をとろうとした。しかし次の瞬間ロジェの左手が光り輝いているのが見えた。
魔導刃である。能動的な障壁を形成した結果としてできる防御の空白に魔導刃をねじ込んで致命傷を負わせ、セレブリャコーフを撃墜しようとロジェは企んだのだ。能動的な障壁を解除すれば光学術式の直撃、このまま障壁を形成し続けたら光学術式の貫通は防げるかもしれないが魔導刃が差し込まれる。
セレブリャコーフは能動的な障壁を維持しつつロジェの左手を吹き飛ばすことを試みるという選択肢をとった。しかしグランツがロジェに向かって横から反撃し、ロジェがそれを避けるために急降下したことで、セレブリャコーフは危険な選択肢を試すことから免れた。
ロジェは独り言をこぼした。
「お嬢さんは目が良いな!しかしあの坊や動きが鈍い!」
お嬢さんだとか坊やだとか言ってもセレブリャコーフもグランツも歳は数年しかロジェと変わらないのだが、そこは気分の問題なのだろう。
グランツの動きが鈍いというのも比較対象の問題であった。アンリならばロジェが魔導刃を起動するよりも早く、味方の援護射撃をしてくるだろう、というのがロジェの基準だった。
そして悪魔の大隊もそれか同等以上の速度で反応してくると見込んでいたのだが、グランツの反応はロジェの想定より数コンマ遅かったのである。セレブリャコーフがあの一瞬でより攻撃的な選択肢をとったことにはロジェも少し驚き、流石だと思ったのだが、グランツについては思ったより遅いという印象を持つに至った。
「坊やからだな。」
ロジェはそう呟くと標的をグランツに移した。そして、セレブリャコーフとグランツがロジェを追って市街地内へと高度を下げるのが見えた。ロジェはそのまま追われるに任せた。建物の高さより上には出ずに、右に左に曲がりつつ、最高速をできる限り維持しながらひたすらに追われ続けた。
しかしそれでも徐々に距離は縮まってくるものであり、危ない弾も増え始めた。後ろを見ると二人組がぴたりとくっついてくるのが見えた。そしてある地点でロジェは何個か目の角を曲がった。
セレブリャコーフとグランツが角を曲がると建物の高さより下の空間に人がいなくなっていることに気付いた。グランツは長い間建物に挟まれた空間を飛んでいたせいで視界が狭まり、ロジェが消失したという事実に対して一瞬動きが鈍くなった。
その瞬間をロジェは見逃さなかった。グランツの死角となった右上の空間から、ロジェは光学術式を放った。それはグランツの防殻を貫通して傷を負わせたものの、撃墜には至らなかった。
「外れたか!」
セレブリャコーフがグランツと違って機動を緩めずに索敵し、ロジェの狙撃と同時にロジェへ反撃した結果、少しずれたのだ。
「しかし腕をやった。しくじったが、あれではもう戦えんだろう。」
そしてセレブリャコーフとグランツは何か連絡が入ったのか戦闘をやめてロジェから離れていった。それに対してロジェはなおも戦闘を継続しようとしたが、カステルノーとヴィクトルが近づいてくるのが見えた。彼らはロジェに喜ばしくないニュースを伝えに来たのだった。
「ガリニエがやられました!こちらも相手に傷は負わせましたが、撃墜には至りませんでした。」
「ビアント中佐が悪魔に襲撃され意識不明だそうです。北西区画へ後退の命令が出ました。」
ロジェは聞き返した。
「空挺兵はどうなる?彼らは我々ほど速くない。」
「第二大隊は一時的な撤退とのことで、空挺兵たちは下水道沿いか家屋沿いか、どちらにしろ帝国兵の目を盗んで北西区画へ向ってもらうとのことです。第四中隊はその援護を任されました。我々はブリュネ小隊とともに、大聖堂警備の任に当たっていた空挺兵の援護です。」
「了解した。大聖堂の警備に残っている空挺兵は何人ほどだ。」
「おそらく二個小隊ほどと聞いております。」
それを聞くとロジェたちは大聖堂の方向へと飛行し始めた。
その途中で、ロジェは戦闘前にちらりと見えた悪魔の姿を思い起こしてみると随分小柄だったことに気付いた。実は前回第二百三大隊と戦った時は、非常に混乱した状況であったこともあり、誰が『ラインの悪魔』なのかなんてことに意識を割く余裕がなかったのだ。
「しかし……、まさかな。ありゃまるで子供じゃないか。」
次回更新は2月8日とかの2月の始めあたりになりそうです。
一月内の更新は現実の事情的に難しそうです。すみません。