アレーヌ市街戦   作:曽結

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第十一話

 帝国兵たちは撤退するロジェたちを追撃してこず、大聖堂の近くまで全く支障なくたどりつくことができた。なぜ帝国兵が急に攻撃を中止したのかはわからなかったが、戦わずに済むのならばそれに越したことはなかった。

 大聖堂の近くでロジェとアンリの小隊は合流した。大聖堂の周りを見やるとなんだかよくわからない光景が広がっており、思わず口から言葉がこぼれた。

 

「何をしているんだ、あれは。」

 

 数時間前には捕虜の帝国兵たちが大聖堂の外で群れて座っていたのだが、今はその姿が見えなかった。

 かわりに濃い緑色の軍服を身につけ、突起のない半球形のヘルメットを被った空挺兵たちが数人で一組となって大聖堂の周辺で動き回っている。しかし彼らが手に持っているのはライフルなどの武器ではない。よくよく目を凝らすと、それが大聖堂の中にあるべき長椅子であったり、その一部であったり、もしくは家具であったりすることが見てとれた。

 更にはそれを大聖堂の入口の周辺を封鎖するように配置していっている。ロジェはその光景を見て自分の予想を呟いた。

 

 「まさか撤退命令が届いてないんじゃないか。」

 

 それに対してアンリがロジェをある種たしなめるように言った。

 

 

 「憶測するより聞く方が早いよ。」

 

 それもそうだとロジェは考えると、大聖堂近くの空いている場所に着陸した。そこに着陸したのは空挺兵たちが何の作業をしているのであれ、邪魔をするべきではないという考えからだった。そして敵魔導士への警戒・索敵をグランメゾン軍曹に任せると、アンリとロジェは大聖堂の方へ歩き出した。

 空挺兵たちは忙しく作業を続けていた。その中に見事な口髭を蓄えた三十代半ばごろの男がおり、他の兵士たちに向かって指示していた。南部生まれなのか彼の肌はやや「濃い」肌色をしていた。

 ロジェとアンリはその男の階級章が少尉を示すことを見てとると、彼が先任であろうと当てをつけて近寄って行った。その男もロジェとアンリに気付き、声をかけて来た。

 

 「魔導士か、所属は?」

 「特殊作戦軍第二大隊第四中隊第二小隊小隊長のロジェ・フォール特務曹長です。」

 「同じく第二大隊第四中隊第三小隊小隊長のアンリ・ブリュネ特務曹長です。」

 「第一航空歩兵大隊第三中隊第三小隊小隊長のユーゲ少尉だ。第四小隊の小隊長が戦死したので今は第四小隊の指揮も執っている。」

 

 そしてロジェが言葉を発そうとする前に、ユーゲ少尉はロジェたちについてくるよう言って歩き出した。

 

 「来たまえ。ここでは場所が悪い。」

 

 そして盗み聞きはされない程度の距離まで他の兵士たちから距離を取るとユーゲ少尉は立ち止まり、口を開いた。

 

 「撤退についてだろう?」

 

 知っているのならばなぜバリケードもどきを作っているのかと聞きたくなったが、ロジェはそれをこらえて簡潔に返答した。

 

 「はい。我々は空挺兵の撤退を援護するよう命じられております。なぜだかはわかりませんが、悪魔どもの攻撃も今はやんでいます。今のうちに撤退を。」

 

 ユーゲ少尉はロジェの言葉に対して教え諭すような口調でもなく、不満を述べるような口調でもなく、ただ淡々と返答した。

 

 「撤退したいのは山々なのだがな。ここに再集合する途中で民兵たちの様子を見てきたが、一連の戦闘で随分興奮している。我々が大聖堂を放棄したらどうなるかわからん。」

 

 アンリはユーゲ少尉の言葉をわずかの間に咀嚼すると、自分の解釈があっているか少尉に確認した。

 

 「つまり、民兵が捕虜を襲いかねないとお考えなのですか?」

 「そうだ。」

 「となると、あのバリケードは……。」

 「ああ、民兵への対策だ。」

 

 アンリはユーゲ少尉に反論した。

 

 「少尉殿、民兵たちには捕虜を襲撃する意味がありません。それに大聖堂の周りは開けた空間ですから、魔導士小隊に襲われたら二個小隊など瞬く間に全滅してしまいます。今すぐここを離れるべきです。」

 「意味などなくとも理由ならある。全滅する可能性については、帝国軍を信じるしかない。奴ら万が一にでも帝国市民を誤射したくはないのだろう。大聖堂周辺への攻撃は明らかに控えていた。」

 

 おそらく外に出していた病院のベッドでも見て帝国兵がここにいると察したのだろう、とユーゲ少尉は付け加えた。

 

 「あいつら、こっちと戦ったときは遠慮なく建造物を破壊していたんだがな。」

 「結局僕らは非戦闘員を盾にしてばかりってことだよ。」

 

 ロジェの呟きにアンリはそう返した。ユーゲ少尉は少し黙っていたが、また喋りだした。

 

 「なに、民兵が突破できない程度の封鎖をしたら俺たちも撤退する。その後は帝国軍が大聖堂をとっとと占拠してくれるだろう。」

 「完成までどれほどかかりますか。」

 「戦闘が一段落してから作り始めたが、思ったより進みが良い。十五分以内には――!」

 

 ユーゲ少尉が言葉を終えて兵士たちの中へ戻ろうとする寸前、市内に大音声が響き渡った。

 

 「こちらは帝国軍である。アレーヌ市に潜伏するフランソワ共和国軍兵士に告げる。直ちに無関係の一般市民を解放せよ。諸君の虐殺行為は許容できない。戦時陸戦規定第二十六条三項に基づき帝国市民の解放を要求する。繰り返す。これが最後の通告である。こちらは帝国軍である――」

 

 ロジェは「虐殺行為」という言葉を聞いて思わず憤った。共和国軍はこの作戦で非戦闘員の殺害などの、虐殺にあたる行為は一切していない。そんな冤罪を並べられては憤りもしようというものだ。

 しかしユーゲ少尉は別のところに引っ掛かったようだった。

 

 「直ちに解放しろだって?まさか市外までまとめて送り届けろってわけじゃないだろうな。」

 「市内に放り出すわけにもいきませんから、そういうことでは?」

 「市内に放るよりはましだろうが、奴らの言うとおりに即時解放するならば市外へ送る途中で暴発した民兵が捕虜へ発砲するのがオチだ。帝国軍め!どうも市民の理性を過大評価してるらしい。いや、こんな作戦を立てた共和国参謀本部様も同類か!しかし現状において民兵を統制しえない我々が問題であるのも事実だ。」

 

 ユーゲ少尉は表情は変わらないものの、幾分か語気が荒くなっていた。しかし自分が興奮していることに気付いたのか、すぐに落ち着いた口調に戻って言葉を続けた。

 

 「民兵については植民地で嫌な経験があってな。あのようなことをこの大陸でされたら大問題だ。」

 

 そしてロジェたちと共に兵士たちのもとへ小走りで戻りだし、そこでまた言葉を続けた。

 

 「捕虜解放は俺の一存では決定できん。通信要員を一人貸してくれないか?通信機が撤退命令を伝えたきり動かなくてな。ビアント中佐か、中佐殿が応答不能ならば次席指揮官に繋いでほしい。通信要員以外は戦闘態勢で待機だ。」

 「ジラール大尉を中継してならばおそらく可能です。フォール小隊は欠員が出ているので、うちのメッシミ伍長を出しましょう。」

 「ああ、それでいい。」

 

 そして兵士たちのもとへ戻るとアンリは大声でメッシミ伍長を呼び出し、メッシミ伍長に用件を伝えるとロジェと共に小隊のもとへと向かっていった。ロジェたちが臨戦態勢を整え、いつでも飛び立てるようにして待機していると、ビアント中佐の声が市内に響き渡った。

 

 「こちらは共和国軍である。貴軍の通告を受領したが、我が軍はいかなる虐殺行為も行っていない。アレーヌ市が市民の蜂起とわが軍の協力によって解放された際の市内の混乱については把握しており、可能な限りの対処を行っている。帝国市民および捕虜の解放については応じる用意がある。双方の代表による協議の場を設け、一時停戦のもと、安全な移送について話し合いたい。貴軍の返答を待つ。」

 

 ヴィクトルはこれを聞いて少しのんきな感想をこぼした。

 

 「中佐殿はご無事だったんですね。意識を失ったと聞いたのですが。」

 「ああ、中佐殿の回復が早くて良かったよ。帝国軍も捕虜解放の協議は受け入れるだろうし、協議の分だけ時間を稼げる。運が向いてきたかもな。」

 

 ヴィクトルに対するロジェの答えはアレーヌ市の共和国軍兵士の総意と言っても良かった。

 今回の作戦は帝国の補給線を少しでも長く圧迫することが目的である以上、時間は共和国軍の味方なのだ。協議や捕虜移送の分だけ時間を稼げるし、捕虜を解放しようとも一般市民である民兵がいる以上、帝国軍は地道にアレーヌ市を攻略していくしかない。

 これが共和国軍の目論見であった。しかし、彼らは「無関係の一般市民」という文言を見落としていた。いや、見落としたというよりは無意識のうちに、その時代・地域・状況における常識的な解釈をしてしまったのだ。

 「無関係の一般市民」、「帝国市民」、この場合これらの語句は武装解除された帝国軍捕虜と帝国派市民を指すのであろう、と。共和国軍の指揮官たち自身が民兵を「無関係」な存在とは見なしていなかったこともこの解釈へと繋がったのかもしれない。

 一方で帝国側からしても共和国軍の動きはやや予想外であった。本来は降伏勧告をすることで民兵が暴発して捕虜を殺すだろうことが予想されていた。それによって「非戦闘員がアレーヌ市街には存在しない」という法解釈が可能になり、アレーヌ市に対する攻撃の制約がなくなるはずだったのだが、そうはならなかった。

 「捕虜解放に応じる」と言われてそれを突っぱねては、「助かる味方を助けなかった」ということになり、帝国側で緘口令をひいても共和国側から漏れるだろうし、帝国軍全体の士気にも関わる。ゆえに帝国側は協議を受けざるを得なかった。

 しかし、当初の想定とはズレても、最終的な目標は変わりない。「無関係の一般市民」の解放を確認したならばすぐに戦闘を再開し、アレーヌ市とそこに潜む敵を丸ごと焼いてしまう腹積もりであった。

 結局帝国側指揮官は極めて短い時限付きの一時停戦に同意し、帝国側指揮官と共和国側代表の間で捕虜解放についての協議が持たれることとなった。

 




次回更新は2月14日までにはする予定です。
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