アレーヌ市街戦   作:曽結

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第十三話

 大学で交渉が進められる間、アンリ・ブリュネとその小隊が哲学棟周辺の警備に加わったのに対して、ロジェ・フォールの小隊は大聖堂に留まっていた。

 アンリの小隊が交渉の警備に回されたのには理由があった。まず第一にアンリの小隊が無傷であること。第二にアンリ本人の腕がたつこと。第三に帝国軍の近くに位置する魔導士部隊であったこと。この三つが主な理由であった。

 ロジェが交渉の警備に回されなかったのは第一の理由が原因だった。ガリニエが戦死したので小隊に欠員が出た。それで一応の抑えとしてロジェの小隊は大聖堂に居残りとなったのだ。

 しかし、ロジェたちはやや暇していた。大聖堂の中にいる帝国兵捕虜らの名簿は作成済みだし、周辺のパトロールの状況もわざわざ魔導士をかり出すほどではなかった。空挺兵が撤退する経路についても、ロジェたちが手伝うまでもなくユーゲ少尉たち空挺兵が既に複数のルートを見出していた。

 大聖堂周辺に武装集団が近づいてくる様子もなかったので、自ら大聖堂に避難してきた市民に限り、目の届く範囲で大聖堂の外に出ることが許可された。ロジェたちの現在の仕事はその市民たちの監視だった。

 しかし監視とは言っても実際には何もしていないようなものだった。ヴィクトルとカステルノーは空挺兵や市民と一緒に煙草をふかしながら雑談している。ロジェは戦死したガリニエについてぼんやりと考えながらベンチに座っていた。

 遺族宛の手紙を書くのは先になりそうだな。いや、ガリニエは結婚しているような素振りもなかったし、手紙を読んでいるところも見たことがない。もしかして天涯孤独の身だったのか?奴はブルトン訛りが酷かったから、身の上のことを聞いてもよくわからなかったしな。

 ロジェがそんな風に頭をめぐらせていると、ユーゲ少尉が視界の端に入った。彼はこちらに近づいてきていたので、ロジェは立ち上がって敬礼した。それで通り過ぎるのを待っていたが、ユーゲ少尉は答礼すると立ち止まり、ロジェの座っていたベンチに腰掛けた。

 

「座りたまえ。」

 

 ユーゲ少尉がそう言ったので、ロジェは特に遠慮などはせずに隣に腰掛けた。そうするとユーゲ少尉はロジェに話しかけてきた。

 

「フォール、君は何歳だ。」

 

 何だか唐突な感じも受けたが、単純な質問だったのでロジェもすぐに答えた。

 

 「二十五です。」

 「ということは徴兵組か。」

 「はい。年限が明けると思ったらこの戦争が始まって、そのまま前線送りでした。」

 「ブリュネとは特に親しげだったが、長いのか。」

 

 ロジェはこの質問には少し戸惑った。質問の意図が全く見えないのだ。

 

 「ええ、まあ、はい。アンリとは子供のころから一緒です。」

 「ひょっとして同い年だったりするのか?」

 「そうですが……。」

 

 ユーゲ少尉は返答を聞くと納得したような顔で、彼の唇の上の立派な髭とは対照的な、綺麗にそり上げられた顎を撫で始めた。

 

 「その、この質問になにか特別な意味があるのですか。」

 

 質問されるだけされて疑問をこらえきれなくなったロジェはユーゲ少尉にそう尋ねた。するとユーゲ少尉はロジェの方を向き、笑いながら言った。

 

 「いやなに、君らは随分若く見えたんでな。ただの好奇心だ。戸惑わせてすまんな。」

 「アンリならわかりますが、自分は同年代と比べて若く見えるでしょうか。」

 

 質問そのものについてはわかったものの、次にロジェがわからなかったのはそこだった。ロジェ自身は自分の顔立ちが同年代の他の者と比べて若いとは思えなかったのだ。

 アンリならばわかる。アンリは別に飛びぬけて小柄であるとか年齢不相応な童顔であるというわけではないのだが、なんとなく若い雰囲気が顔に漂っているように見えるらしい。本来よりも若く見られることは入営する前からよくあった。

 しかしロジェは別にそんなこともない。だからユーゲ少尉の言葉には単純な疑問が浮かんだのだ。それに対するユーゲ少尉の返答もロジェにとっては要領を得ないものだった。

 

「開戦から三年間従軍してその顔だろう?十分若く見えるぞ。」

「はあ……。そんなものでしょうか?」

「そんなもんだ。同級生たちの顔は見ないのか?」

「大体は歩兵に行きますからね。めったに会えないですよ。同じ小学校だった何某が死んだってニュースは休暇のたびに十人単位で聞きますけれども。」

 

 「十人単位」云々はよくあることとしてロジェは話したのだが、それを聞いたユーゲ少尉はバツの悪そうな顔をした。その表情を見たロジェは言葉を付け加えた。

 

 「別にありふれた話です。しかし、前線が長いと老けて見えるというのは何となくわかりますよ。」

 「そうか。」

 

 ロジェはふとユーゲ少尉を見た。彼の肌は濃い色をしており、顔には強い日差しを浴びた人間特有のしわがいくつも刻まれていた。しかし見た目に反して、彼が話すのはパリースィイ訛りの共和国語だった。

 

 「少尉殿は軍に入って何年ですか。」

 「十八で志願したからな、もうすぐ二十年近くになる。」

 「ずっと中央ですか?」

 「いや、最初はズワーヴの連隊だ。俺は南方植民地の生まれでな、だけど親父とおふくろはパリースィイ生まれだ。そこは勘違いするなよ。で、七年前だったかな、に中央の航空歩兵大隊に転属した。少尉になったのはその後だ。」

 

 そう言った後に、「親父とおふくろもパリースィイで暮らすことになってな、そのとき随分喜んでいた。」と、ユーゲ少尉は思い出を懐かしむように、ロジェではなく自分に言い聞かせるように呟いた。

 

 「先ほど言っていた民兵についての嫌な経験というのはズワーヴの頃のことですか。自分らは民兵と戦った経験がないのでお聞きしたいのですが。」

 

 ユーゲ少尉は現実に引き戻されたような顔をした。そしてまず言葉少なに答えた。

 

 「ああ、十五年前のマロックでな。あの時はひどかった。人生で一番ひどいものを見たと今でも言えるよ。」

 

 ユーゲ少尉はそこで言葉を切ると深呼吸し、また言葉を続けた。

 

 「ある街に進軍する途中で、その街の共和国人が蜂起したって話を聞いた。そこは今後展開するために必要だから抑えろと命令されていた街でな。だが周辺の敵集団は既に撃破済みだったから、街に入って終わりってのが予想されていた。だから、あそこで蜂起するというのはどうも意味がわからない行動だった。ズワーヴも次の日の早朝には到着しそうなところまで来ていたからな。」

 

 ユーゲ少尉は遠い目をして言葉を続けた。

 

 「それで市街に近づいていくと、血の匂いがしてきた。市街に入ると現地人の死体がいくつも転がっていてな。武装していた死体もあったが、そうでない奴の方が多かった。老若男女見境なしに撃ったらしい。」

 

 少尉は淡々と話し、言葉をまた切った。そしてロジェの顔を見ると、ロジェが持った疑問を読み取って先に口を開いた。

 

 「それを民兵がやったと確信できたのはな、奴らは俺たちズワーヴに向かっても発砲してきたのよ。ズワーヴの軍服は南方大陸風で本土のものとは違うからな、服だけ見て誤解したならまだわかる。しかしこちらは連隊旗を掲げていたんだ。つまりな、撃ってはいけない相手がわからないというのが民兵なんだ。だから今回の作戦も―いや、やめよう。」

 

 ユーゲ少尉はそこで話を終えた。ここまでくるとロジェもユーゲ少尉の言わんとすることは理解できていた。

 

 「そういえば、君とジラール大尉殿はいつからの知り合いなんだ。」

 

 ユーゲ少尉は重くなった空気を転換するためにロジェにそう尋ねた。

 

 「大尉殿の指揮下にあるのは二年前からです。特殊作戦軍に入る前からですよ。」

 「その言い方だと、二年前よりも前に知り合う機会があったのか?」

 「ええ、自分は初めて撃墜された時に野戦病院に入ったんですが、そのとき会ったことがあるんです。だけど変な人でしたよ。見た目には病人なのか怪我人なのかもわからないんですが、運び込まれたときは瀕死だったらしいんです。まあ大尉殿が被弾するというのは想像がつかないので多分急病だったんでしょうが。」

 「君ら第四中隊は前線から引き抜かれたエースばかりと聞くが、その話を聞くに大尉殿は君から見ても飛び抜けているようだな。あ、そもそも第四中隊がエースまみれというのは本当か?」

 「本当ですよ。『悪魔』対策なので対砲兵とか対戦車とかのエースはいませんが。」

 

 それを聞いたユーゲ少尉は急に顔に見合わない、期待する子供のような表情になり、幾分か弾んだ口調でロジェに尋ねた。

 

 「いくら撃墜したんだ?教えてくれ。」

 「自分は対魔導士で三十三です。アンリはたしか、三十二だったかな。ジラール大尉殿は六十を超えていたはずです。」

 

 ユーゲ少尉は感嘆するような声を吐き、ロジェを見るとまた感嘆するような声を吐いた。そしてそれが終わるとロジェと力強い握手を交わし、こう言った。

 

 「頼りにするぞ、フォール特務曹長。」

 「ええ、頼りにしてください。」

 

 その「頼りにする」という言葉が撃墜数だけから判断して出たものではないことは、ロジェにはよくわかっていた。

 そしてベンチから立ち上がると、空挺兵が一人走ってきた。その空挺兵はユーゲとロジェに次のように告げた。

 

 「大聖堂の方向に市民が集まってきています!武装はしておらず、女子供が多いそうです!」

 




次回投稿は3月1日の予定です。
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