アレーヌ市街戦   作:曽結

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第十四話

 「これが帝国兵捕虜のリストだ。こちらが把握している軍人は全て記録している。」

 

 ビアント中佐はそう言って茶色のファイルフォルダーを机の上に置いた。長机はそれなりの幅があったが、フォルダーはターニャでも難なく手が届く場所に差し出された。

 ターニャはそれを手に取り、フォルダーを開いた。すると数十枚の紙がそこに入っており、それらの紙にはタイプライターで捕虜の氏名、所属、負傷の状態が刻まれていた。

 捕虜の氏名に帝国語特有のアルファベットも反映されていることから、アレーヌ市にあったタイプライターを使っただろうことをターニャは読み取った。紙の質に気を向けてみると、役所で使われる種のものであった。そこから考えるに、タイプライターも役所で使っていたものであろう。

 ターニャとケーニッヒ中尉が捕虜の所属をざっと確認したところ、補給拠点の都市であるから当たり前ではあるが、鉄道局や兵站部などが多く、純粋な戦闘要員は少なかった。市街の中についてはパルチザンもあまり活動していなかったことから、最低限の警備要員しか置かれていなかったのだ。

 

 「捕虜の総数は1437人だ。それに加えて、帝国派市民を百人程度保護している。彼らは危険な行動をとったか、自主的に避難を申し出てきた者達だ。」

 

 捕虜の総数についてはターニャたちの予想よりやや多かったが、保護している市民の数は予想より少なかった。

 しかし共和国軍がアレーヌに来たのは今朝で、二百三大隊と戦闘を開始したのは正午過ぎである。それを考えると、共和国軍に身を寄せるにしろ反抗するにしろ、猶予があったほんの数時間のうちにそういった行動をするのは随分思い切りが良い市民に限られるのだろう、とターニャは思った。

 

 

 

 

 

 交渉において真っ先に議題として挙げられたのは、協議を発効する際の文書名についてであった。これは帝国側が提案した、『戦時陸戦規定第二十六条三項に基づく帝国市民及び帝国軍捕虜の解放について』となった。

 そしてその第一条には、「戦時陸戦規定第二十六条三項に基づく帝国市民及び帝国軍捕虜の解放」を行うことが記されるのに共和国側と帝国側が速やかに合意した。

 また、捕虜の移動方法は原則徒歩であり、負傷者は担架もしくは自動車による移送を行うこと、移送する経路についてはライン川左岸を共和国軍、中洲のイル島およびライン川右岸を帝国軍が警備することについても合意した。ただし、大聖堂周辺については捕虜の解放を確認するために帝国軍魔導士が立ち会うこととなった。

 停戦時限については、共和国側は捕虜の移送開始から移送の完了後一時間までという条件を主張した。しかしこれは帝国側に反発された。大聖堂から大橋までは徒歩でおおよそ一時間の距離である。移送される多くの者は健康な軍人であることから、帝国側は移送完了にかかる時間を、余裕をもって四時間と見積もった。

 共和国側の主張する通りの停戦時限では捕虜たちの移送を引き延ばされうると警戒したのである。結果としては、停戦時限は協議の決定が発効し、捕虜の移送が開始されてから四時間となり、帝国側の主張がほぼ全面的に通ることとなった。

 この協定によらない避難民が出た場合については、「両軍が人道的な配慮をもって可能な限りそれを保護すること」で合意した。現状共和国側も帝国側も人員が逼迫しているため、これ以上の避難民の保護をお互いに義務付けられることを回避した結果がこの条項であった。

 その後も様々詳細が詰められた後に交渉が終了し、捕虜の移送が開始されることとなった。

 

 

 

 

 

 協議終了後直ちに帝国軍側立会人として大聖堂へ派遣されたヴィリバルト・ケーニッヒ中尉は、通訳として共和国側から帯同したフィリップ・アントワーヌ・ド・ラペイレール中尉に、困惑しながら帝国語で話しかけた。

 

 「聞いていたよりも多いようですが。」

 

 ラペイレールは眉間にしわを寄せ、瞳だけを左右に動かして周囲の様子を観察しながらケーニッヒに答えた。

 

 「ええ、そうですね。」

 

 その返答の短さは無愛想さからではなく、ケーニッヒ同様の困惑からきているようだった。今二人は大聖堂近くの上空から地表を眺めている。リストにあった1500人程度ならば大聖堂の中で十分に収容できる人数なのだが、現在大聖堂周辺にいる群衆は明らかにそれより多かった。

 その人だかりで着陸する場所に迷っていた二人を発見したのはロジェ・フォール特務曹長であった。

 

 「中尉殿、こちらです!」

 

 ロジェはそう言うと市民に道をあけさせ、ラペイレールとケーニッヒを着陸させた。

 

 「フォール特務曹長です。」

 「ド・ラペイレール中尉だ。こちらは帝国軍のケーニッヒ中尉だ。」

 

 既に紹介されたのだから自分が重ねて言うこともあるまい、と思ったケーニッヒ中尉は敵意がないことを示す笑顔をロジェに向かって浮かべるにとどめた。お互い握手はしなかった。

 ラペイレールは詰問するのではなく事実を確認するという目的に沿った口調でロジェに質問し始めた。

 

 「曹長、現状のこの地点における先任は君でいいのか?」

 「はい、いいえ。空挺のユーゲ少尉が先任です。先ほど呼びに行かせたので問題がなければそろそろ来ると思いますが。」

 

 ロジェがそう答えると、ユーゲ少尉がそれを待っていたかのように丁度良く姿を現した。ユーゲはまずラペイレールを発見し、帝国軍の中尉をその後に発見した。そして敬礼すると極めて簡潔に名前を述べた。

 

 「ユーゲ少尉です。」

 「ド・ラペイレール中尉だ。こちらはケーニッヒ中尉、捕虜移送の立会人だ。」

 

 ラペイレールは一息つくと質問を始めた。

 

 「少尉、これはどういう状況だ。リストよりも明らかに人数が多い。」

 「周辺の住民が避難してきましてな、特に主要区画と北西区画の境界の住民が多いようで。」

 「彼らも帝国側への避難を望んでいるのか?」

 「いえ、そうとも言い切れません。どちらかといえば、『嵐が去る』のをアレーヌ市内で待つつもりの者が多いような印象です。」

 

 ユーゲはこの避難民の性質について説明を始めた。それは概ね以下のような内容であった。

 この新たな避難民は多くが夫に促されて避難してきた女子供であるが、中には一家全体で避難してきた者も紛れている。この避難民は、午前中の出来事に対応するべき行動に迷っていた市民が、午後の戦闘で強制的に気つけをされた結果でもある。

 特に戦闘が身近で起こった区画の住民は、停戦しているうちにということで身の回りのものをまとめ、大聖堂に向かってきた。大聖堂に来たのは教会なら攻撃も控えられるだろうと考えた者が多い結果である。

 ユーゲの説明はこのようなものであった。ラペイレールはこの内容を同時に翻訳してケーニッヒに伝えた。説明が終わるとラペイレールはユーゲにまた質問した。

 

 「このことについての報告はどうなっている。」

 「伝令を大学に向かわせましたが、その様子からするに行き違いになったようですな。」

 

 通信機は壊れていて通信不能であり、通信術式は管制塔となる魔導士が交渉中で不在ゆえに使えない。ゆえにユーゲは伝令を向かわせたのだが、彼が到着したのは協議終了後であった。

 そこでこれまで黙っていたケーニッヒが口を開いた。

 

 「どうやら四時間以内に移送を完了させられそうですな。移送について取り決められている人数自体に違いはない。この『嵐を待つ』避難民については、『両軍の人道的な配慮』の対象でありましょう。」

 

 ケーニッヒはそう言い切った。彼の細い目は大聖堂に集まる群衆に向けられていた。ロジェにはその目に罪悪感が込められているように見えた。

 空は赤くなり始めていた。

 

 

 

 

 同じ頃、ターニャは帝国軍と共和国軍の警備の境界線であるイル島でジラール大尉、セレブリャコーフ少尉と一緒に捕虜移送の開始を待って、大聖堂の方を見つめていた。

 そうしているとジラールが大聖堂の方を見ながら、ターニャに帝国語で話しかけた。

 

 「アレーヌの大聖堂は素晴らしい建築です。戦後にでも観光なさると良いですよ。」

 「ええ、ぜひそうしたいものです。」

 

 大聖堂は今夜にでも焼失しうるから私が行けるかは怪しいものだ、と考えながらターニャは返答した。ジラールはターニャの返答の後に言葉を続けた。

 

 「中世人たちが建築して以来、様々な変化がありましたが神の栄光を体現し続けていることに変わりはない。貴方ほど敬虔ならば是非見るべきだ。特に貴方は奇跡をその身に受けた存在であるのだから。」

 

 そしてジラールはそのまま言葉をさらに続けた。

 

 「ところで、南方人たちは、不信心者でも神の力による奇跡がその身に起きるとしているらしいのです。それは不信心者に誤った確信を与え、地獄へと導くための奇跡であると。」

 

 気付けば、ジラールの青い瞳はターニャを見つめていた。

 

 「貴方はどう思いますかな、少佐殿。」

 

 ジラールがそう言い終えると同時に、捕虜移送開始の通信が入った。

 




次回更新は3/8を予定しています。
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