アレーヌ市街戦   作:曽結

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第十六話

 時間は少し戻ってロジェが大聖堂上空で砲声の強さと光の激しさを確認していた頃、捕虜移送の完了を確認し終えたジラール大尉はアレーヌ市北西区画にある、「黒」劇場に入ろうとしていた。最初は飛んできていたが、途中から徒歩に切り替えてその小劇場に向かった。

 劇場に入る前にふと空を見上げると、辺りが暗くなってきたのは日が暮れてきただけではなく、雲が東からいくつも流れてきたせいでもあることに気付いた。夜空を遮るそれらの雲は低く垂れこめていた。

 雲から目を離し、ジラールは小屋のような劇場に入った。そこには第二大隊と航空歩兵大隊の中隊長以上の将校らが集まっていた。

 将校らは椅子もない、敷物がわずかに敷かれているだけの簡素な観客席に置かれた小さな円卓―近くのカフェから持ち込んだものである―の輪郭に沿うように密集して立ち、卓上に視線を向けていた。その卓上にはアレーヌ市周辺の地図が広げられていた。

 まずはビアント中佐が口を開いた。

 

 「まず、帝国軍が現在制圧している地域についてだ。」

 

 アレーヌ市は市の東西をライン川が分断しており、川の途中には大きな中洲がある。ライン川左岸である市の西部は、ライン川と接続するイル川の運河によって南北に分断されている。

 運河以北かつ、南西から北東に向かって流れるイル川に挟まれた地域がアレーヌの主要区画である。ここには行政府や大学などの施設が集中している。そしてイル川の中州にあるのがアレーヌ大聖堂である。

 現在ビアントたちがいる北西区画とは、イル川以北の地区であった。

 

 「帝国軍は現在ライン川右岸、そしてライン川の中州を制圧しているものと考えてよい。これは捕虜引き渡しの際の警備の範囲とも一致している。」

 

 ビアントは地図上の位置を指で示しながらそう語り、言葉を続ける。

 

 「これはつまり、ライン川右岸のケール駅は帝国軍に抑えられているということだ。帝国軍の到着が想定よりも随分早かったことから、駅機能の破壊も不十分なままに終わっている。」

 

 ビアントはそう言うと一度顔を上げて将校らの顔を見回した。

 

 「しかしながら、アレーヌ最大の鉄道駅であるアレーヌ駅はここ北西区画に位置しており、我々が抑えている。前線の方向に繋がっている線路の数もケール駅の倍以上だ。この駅の機能を破壊すれば、帝国の兵站に大きな負担を強いることができるだろう。」

 

 アレーヌ駅の破壊という発言は、援軍が到着するまでアレーヌを保持し続けることが困難であるという意味を言外に含んでいた。

 

 「駅の破壊については航空歩兵大隊の工兵をあてたい。どれくらいかかる?」

 

 可能か不可能かではなく、そうしなければならないという意識はこの場にいる誰もが共有していたため、駅の破壊自体に否やを言う者はいなかった

 ビアントの質問には航空歩兵大隊の大隊長が答えた。

 

 「夜通しで妨害なく作業できたとしても半日はかかるかと。」

 

 ビアントは確認事項を共有するような口調で質問を返した。

 

 「民兵はその作業に動員できないか?」

 

 「一応協力は仰いでみますが、難しいでしょう。民兵が欲しがっていたのはアレーヌの『解放』です。帝国軍に街を破壊されるなら諦めがつくでしょうが、自らの手で街を破壊する行為を進んで行うとは考えづらいです。」

 

 「そうか。では、民兵の協力を得られるならそれに越したことはないが、原則として空挺兵のみによる破壊工作を想定する。加えて、イル川以東の部隊は全て以西へと撤退。主要区画は街並みが整備されすぎている。あれでは遅滞戦闘は難しい。それに橋が落とされたら空挺兵は分断されるからな。」

 

 その後様々話し合い、空挺兵たちは航空歩兵大隊の展開位置を伝え、連絡手段を確認した。つづけてビアント中佐が各中隊の魔導士はどこにいるべきかを指示した。そして将校たちは彼らの部隊に指示を伝えるべく退出していった。

 誰もいなくなった小劇場でビアントは独り呟いた。

 

 「アレーヌ駅の破壊は何としても完遂させなければ。そうでなくてはこの作戦自体が全て無為に終わってしまう。」

 

 ビアントのみならず、将校たちが口に出さずとも恐れているのはそれだった。共和国軍の精鋭中の精鋭が、作戦の目的を果たせず無為に死んでいく。彼らはそれだけは許容できなかった。

 『悪魔』の部隊との日中の戦闘は想定していた以上の損耗を共和国軍に与えた。この調子では当初の目標の日数まで持たせるのは非常に困難であろう、というのがビアントの考えだった。

 元の計画では、帝国軍の初動は何時間も遅いだろうことを想定しており、アレーヌ駅は数日後に前線を突破してくるであろう共和国軍が利用することを想定していた。だから今朝の空挺降下で鉄道駅を無傷で手に入れたことは、本来非常に喜ばしいことだった。しかしあの『悪魔』が全ての想定を上回って行動してきたことで、計画は台無しになった。

 ならばせめてアレーヌの共和国軍が掃討されようとも、帝国の補給を大いに圧迫しうる爪痕を残さねばならない。それが共和国の勝利につながるのだ、とビアントは心中で呟いた。

 そうしていると、劇場のドアがノックされた。

 

 「ド・ラペイレール中尉です。」

 

 「入れ。」

 

 ラペイレール中尉は少し焦ったような、自分で自分を信じ切れていないような、そんな顔をして入ってきた。

 

 「思い過ごしかもしれないのですが、ご報告したいことがあります。」

 

 

 

 

 

 

 

 ロジェの小隊はアンリの小隊とともに北西区画のとある公園に向かった。アレーヌ市街は夜も更けてきたというのに、街の灯りはまだまだ明るかった。異常な事態の中ということによっていつもより人々が興奮している様子を反映したようでもあった。

 公園に到着すると、ロジェは街灯のあたりに第四中隊の中隊員たちが揃っているのを見た。中隊員は二人減っていた。ジラールは直前まで誰かと話していたようだった。先ほど共和国軍の魔導士―暗くて顔は良く見えなかった―が公園の方から飛んできていたので、多分伝令の誰かと話していたのだろう。

 ロジェたちの到着を見ると、ジラールは歩いて、しかし大急ぎで声をかけた。

 

 「ロジェ、アンリ!予定が変わった!第四中隊は総員、完全武装でいつでも飛び立てるように準備!」

 

 「はい!」

 

 ロジェとアンリはそう返事した。どういう意図があるのかは分からなくとも、信頼する上官による、きわめて普通の命令なのだから疑問をわざわざ返す必要はなかった。

 そしてロジェたちは瞬く間に準備を終えると、出撃の命令を待った。そうして待っていると、ヴィクトルが口を開いた。

 

 「フォール曹長殿、そういえば日中に気になるものを見たんです。」

 

 「どこでだ?」

 

 「たしかユーゲ少尉殿のところで……。ああ、そうだ!帝国軍が降伏勧告をしてきたときのことなんですが、あの時大聖堂の周辺でグランメゾン軍曹殿と一緒に、敵魔導士が追撃してこないか警戒していたんです。そしたら、東の方の遠くの空に点がいくつか見えたんです。術式で拡大してもよくわからなかったんですが、爆撃機の編隊だったような気もするんです。」

 

 「まあラインへ向かう定期便じゃないのか?その爆撃機はどこに向かっていたんだ?」

 

 「それがわからないんです。どうもアレーヌの方向にまっすぐ進んでいたように見えたんですが、それが確信できる前に方向転換して戻っていってしまって。」

 

 「へえ。」

 

 ロジェもその爆撃機編隊が何を目的として、どこに向かっていたのかは何だか気になった。何かもう一つ手掛かりがあればそれが解けるような気がしているのだが、それがわからなかった。

 そうしていると、アンリが口をはさんだ。

 

 「でも、アレーヌではないんじゃない?だって爆弾はアレーヌの非戦闘員と共和国軍を区別してくれない。もしアレーヌに爆撃したら民間人を大量に殺害することになる。重大な国際法違反になるでしょ。帝国軍がそんな危険を冒すとは思えない。」

 

 しかしヴィクトルはアンリの理屈にあまり納得がいっていないようだった。

 

 「うーん。でもアレーヌに向かっていたように見えたんですけれど。」

 

 ロジェはアンリの理屈が正しいとは考えつつも、なんとなくヴィクトルの感覚も正しいように感じた。ロジェはヴィクトルが中隊で一番勘のいいやつだと思っている。ヴィクトルはアレーヌに来るということ当ててみせたし、『悪魔』の部隊のデコイも見破って見せた。なにか常識では説明できない勘というものをヴィクトルは持っているのだ。

 そのヴィクトルが言っているのだから多分あっているような気もするのだが、でもアンリの言う通り、理屈の上では爆撃機が来てなにをするの?という話でもある。何かこの矛盾を解決する一手があるような気はするのだが、ロジェは自分でそれを思いつくことはできなかった。

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