それほど遠くない距離からの砲撃の音が鳴り響き、市街地が破壊されていく。そこに魔導士の攻撃を免れた爆撃機が焼夷弾を次々と投下する。共和国軍魔導士は第二百三大隊の魔導士の突入によって、もはや爆撃機の迎撃を全力では行えなくなりつつあった。
大規模な火災が未だに発生していなかったのは共和国軍にとって不幸中の幸いであった。しかしその幸いも長くは続かないであろうことは誰の目にも明らかなことだった。
ターニャは第四中隊の他の共和国軍魔導士に目もくれずジラールへ突撃した。目的は第四中隊の中で最も強烈な魔導反応を示しているジラールを彼の中隊から引き剥がすことであった。そしてその目論見は成功し、ターニャとジラールは夜空の中で他の誰からも遠ざかった。
周りから離れる一方でターニャとジラールの間の距離は著しく縮まっていった。ターニャがジラールを押し出すような形で部隊から引き剥がしたため、距離が近くなるのは必然でもあった。そして二人の間が成人男性の身長ほども離れていないような距離になったところで、お互いに攻撃を続けつつジラールが一方的に会話を始めた。
「君も同じ考えだったとは、私たちはわかりあえるのではないかな?」
「何を言っている?」
「理由は違えど私も君と二人きりになりたくてね。君とは話したいことが色々ある。」
純粋にターニャという強大な戦力を戦場の中心から遠ざけたいという目的もあったが、ジラールはそれについては言わなかった。
ターニャはその言葉を聞いて眉間に少し皺を寄せ、ジラールを高機動ユニットから叩き落そうとさらに接近し、魔導刃を左手に発動しながら言葉を返した。
「私の方は無いが?」
「だろうね。君は私のことを今日まで知らなかっただろうし。」
ジラールはそう言いながら、高機動ユニットに据え付けてあるガトリング銃で射撃を続けつつ銃剣と同程度の長さの剣を腰から引き抜いた。そしてその剣に魔力を纏わせ、自らの首へ差し込まれるようとするターニャの魔導刃を防いだ。
「会話するには殺意が高すぎないかい?」
「私には話すことが無いと言ったはずだが?」
左手の魔導刃を防がれたターニャが右手に持った銃を発砲する前に、ジラールは墜落するようにして急降下し始めた。ターニャもそれを追って急降下した。そして燃えつつある市街地のなかへと二人は突入した。
ターニャがジラールを追って市街地に入るとジラールは反転し、ターニャに向かってきた。ターニャもそのままジラールへと突撃した。擦れ違いざまにお互いを攻撃し、ターニャは無傷、ジラールはヘルメットが破壊された。
そして二人は交差するとまたすぐさま反転した。ターニャが先んじて銃撃しようとしたところで、ジラールが口を開いた。
「君、戦争は嫌いだろう。」
ターニャは一度動きを止めた。そして答えた。
「戦争が好きな人種だとでもお思いでしたか?」
「いや、初めて君を見たときから知っていたよ。ただの確認だ。」
それを機にターニャはまた動き出した。ジラールはターニャに例の視線を向けた。アレーヌ大橋の上で向けたのと同じあの視線であった。そしてジラールはターニャの攻撃を回避しつつ話し続けた。市街地の炎はますます勢いを増し、四階建ての建物すら吞み込もうとし始めた。
「デグレチャフ少佐、ここで『行方不明』になる気はないか?君のような子供は戦場にいるべきではない!神もそれを望んでおられる!」
「わかったようなことを!」
「帝国にいる限り、戦争は君を逃がしてはくれないぞ!」
ターニャは珍しく苛立ち、それを表に出した。そうなった理由は様々ある。目の前にいる苛立ちの発端が消えてもその言葉はターニャの中で消えそうにないことを予感したのも、より一層ターニャを苛立たせたのだった。
そしてターニャとジラールがまたも激突したその瞬間、アレーヌで最初の火災旋風が発生した。
「ガンボン少尉戦死!」
第四中隊の小隊長の一人が撃墜されたとの報がロジェの耳に入ってきた。その報が示す通り戦闘の状況は良くなかった。これで小隊長級で残っているのはロジェとアンリだけである。
「第二小隊のフォール特務曹長が指揮権を継承する!ガンボン小隊は第二小隊の指揮下に入れ!セゼール小隊は引き続きブリュネ小隊の指揮下だ!」
ロジェはそう伝達しながら目の前の相手との戦闘を続行する。ロジェの小隊は本日二度目の対面となる相手の女魔導士―セレブリャコーフ少尉―の中隊との銃撃戦の真っただ中であった。ロジェの射撃がセレブリャコーフ少尉の顔に掠り、彼女の航空眼鏡を弾き飛ばした。
「クソが!」
しかしそれを全く喜べないロジェの口からは、アンリが顔をしかめるような罵りが思わず出た。日中にセレブリャコーフと戦った時の余裕は消え失せていた。
その原因は押されているということだけではない。押されている程度のことならロジェはアンリともにこの三年間というものラインで数えきれないほど経験している。それに分が悪いとはいえロジェたち第四中隊だって正面の帝国魔導士中隊の内の何人かを負傷退却させている。押されている程度ならアンリの機嫌を損ねるような言葉をロジェは使わないだろう。
普段使わないような言葉を使うほどロジェを動揺させているのは市街地を包みつつある炎と熱であり、それを見ても全く動じていない―少なくともロジェたち共和国兵士にはそう見える―帝国魔導士であった。
一般市民が焼かれつつある。ロジェたちが戦っている周辺では大きな火がまだ上がっていないとはいえ、その事実が目の前にあるというのに全く動じていないように見える帝国魔導士は、異常な不気味さをロジェたちに感じさせた。それこそ、奴らは本当に「悪魔」なのではないか、という考えを抱かせるほどには。
そうしている間も戦闘は続く。ロジェはアンリたちと自分たちが分断されつつあることに気付いた。そのことにロジェは非常な恐怖を感じた。そしてロジェたちはアンリたちとの合流を目的として市街地の入り組んだ空間へと一時的に入り込み、帝国魔導士の封鎖をかいくぐることで共和国軍の分断を解消しようとした。
もちろん帝国魔導士が見逃してくれるはずもなく、ロジェたちを追跡する。先頭のカステルノーがアンリ達までの道を切り開き、最後尾のロジェとヴィクトルが帝国魔導士の追跡を迎撃する。
この鬼ごっこは意外な形で終わりを迎えた。ロジェたちが戦闘している地区でもついに炎の壁が立ち上がり、偶然にもそれが帝国魔導士の行く手を遮った。火災旋風による輻射熱の波には魔導士と言えどもたじろぐものがあった。
ロジェたちからしたら炎の壁は背後にあったのでそのまま離脱すれば済む話だったのだが、帝国魔導士からしたら炎の壁は目の前に現れたのである。そこで帝国魔導士は急減速および耐熱術式を展開したため、炎の壁の向こう側にいるロジェたちと大きな距離ができてしまったのである。
これによってロジェたちは帝国魔導士の追跡を振り切ってアンリたちの合流を果たすことができたのであった。