これは言い訳なんですが、思った以上に現実が忙しくなってしまって、今後も不定期更新になりそうです。
とりあえず書けた分だけ投稿しました。
ジルベール・ジラールの人生における最大の転機が訪れたのは、統一暦一九二三年九月十二日のことであった。
その日、彼はいつもどおり、仲間の魔導士とともに朝食を取った。共和国軍は帝国領内に急激に進出したために兵站が滞り、魔導士でも質素な食事が続いていたのだが、その日の朝食はやけに豪勢だった。食前の祈りを適当に済ませると従軍司祭が文句を言うのはいつもと変わらなかった。
朝食の変化の理由はすぐに明らかになった。彼らの部隊に命じられたのは弾着観測魔導士狩りの任務であった。これは包囲網から脱出する地上部隊の援護が目的であった。後退する帝国軍の追撃を試みた共和国地上部隊が逆に包囲されたのである。
僅かな脱出路に降り注ぐ帝国軍の砲撃を妨害するべく、共和国軍は連隊規模の魔導士を惜しみなく投入した。その先鋒はエース八人を含む共和国軍最精鋭のネームド二個中隊であり、ジルベール・ジラール中尉は片方の中隊の副官であった。
任務は順調とは言い難かった。まず、共和国軍は追撃のためにかなり無理をしての長距離進軍を行っていた。それに加え、情報部の「当該地域が最も手薄である」という報告とは裏腹に、対空砲火は良く晴れた秋空を埋め尽くさんばかりであった。
ジラールたちの中隊は何とか前線への浸透に成功し、不意遭遇した帝国魔導士中隊を蹴散らして、本来の任務である観測魔導士狩りと砲兵陣地への襲撃を開始した。
共和国の二個中隊はここで小隊単位に分散した。前線に散らばる観測魔導士を効率よく掃伐するためである。二個中隊という単位で観測魔導士を一人ずつ追いかけるのは非効率なのだ。
そして最初に発見した観測魔導士を撃墜した直後に、「それ」は現れた。
最初に、極大の光線によって共和国軍魔導士一個小隊が丸ごと消滅した。これだけでも驚愕に値する出来事であったが、さらなる驚きが共和国魔導士を襲った。すぐさま魔力の逆探知をすると、「それ」は高度一万二千を悠然と飛行していたのだ。
当時の共和国魔導士は宝珠の性能も相まって、高度六千が実用限界高度であった。つまり倍の高さを飛んでいたのである。共和国魔導士たちは戦闘機の誤認かと一瞬自らを疑ったが、先ほど放たれた光線と魔導反応、そして豆粒のごとく小さい人型の敵影がそれを否定していた。
ジラールの部隊の隊長は高度八千まで上昇して迎撃することを命じた。七千でも無茶だと隊員たちは言ったが、「それ」を抑えなければ地上部隊の帰還は絶望的であると隊長は述べた。隊員たちも道理であると説得され、自らの帰路を考えたならば出来ようはずもない、高度八千での戦闘に突入した。
ジラールも決死の覚悟で上昇した。しかし個体魔導素から「それ」の名前が判明したのと同時に、ジラールの口から無意識のうちに言葉がこぼれた。
「ああ……神よ……!」
ジラールがこう呟いたのは「それ」が『ラインの悪魔』の名で知られる、既に六十以上の撃墜数を誇るエースである、という事実に畏怖したからだけではない。
『悪魔』がやや高度を下げたため、彼はその姿を見ることができた。『悪魔』と呼ばれる忌むべき帝国魔導士は、まだ小学校に通っているような年頃の少女であった。それゆえジラールは思わず神に縋ったのだ。ジラールは大して信心深いわけではなかった。だが信じられない現実を目の前にしては神に縋るしかなかったのである。
しかし彼にそれを深く考える時間は与えられなかった。次の瞬間にまた一個小隊分の魔導士が撃墜された。そして『悪魔』は共和国魔導士の射撃をいともたやすく全て回避し、再び急上昇した。
「悪魔め、これ以上は……!」
誰かがそう叫んだ次の瞬間、高高度から放たれる膨大な魔力反応とともに一帯の空が暗くなり、人の十倍もあろうかという大きさの巨大な術式が『悪魔』の背後に現れた。
ジラールはそれを見るに、これまで感じたことのないほど猛烈な死の感覚が自らの身体を包み込むのを感じた。「あれ」をどうにかしなければ間違いなく自らの肉の器は終わりを迎えるという、天啓のごとく明白な直感を。
けれども同時に、これ以上ないほど清らかで聖性に満ち溢れた事物を鑑賞しているような心地もあった。「あれ」に弓引くのは許されないかのような感覚。霊魂から揺さぶられ、自らのこれまでの罪を自然と思い起こさせるような清らかさ。そのようなものをジラールは感じた。
それはジラールだけではなかった。対連邦干渉戦争に従軍した古参魔導士ですら、彼女に銃を向けずただ圧倒され、彼女と術式を見つめていた。敬虔に祈りをささげる幼子を誰が攻撃できようか?
そして、終末が訪れた。
ターニャの発動した拡散魔力爆発は第一〇六捜索魔導中隊と第一〇七捜索魔導中隊を吞み込んだ。
共和国側の生存者はジラールただ一人であった。