帝国派市民及び帝国兵捕虜を大聖堂に集めたと報告したジラールは、扱いに手違いがないかを確認しに行くビアント中佐に同行することとなった。というのも、帝国兵の扱い如何によっては、アレーヌ解放についての共和国の大義が全く失われてしまうからである。
アレーヌの解放は「共和国への愛国心」に溢れた、「理性的」な市民が主体となって、帝国に反抗したのでなければならない。帝国兵捕虜および帝国派市民への虐待はもちろん、そう見なされうる事態が起こることすらも許してはならないのだ。
ビアントとジラールは歩いて三分ほどで大聖堂に着いた。大聖堂の周辺にはアレーヌの病院から運んできたベッドが置かれ、怪我をした帝国兵の治療が行われていた。その周りには武装解除された帝国兵が十数人ごとにまとまって地べたに座っていた。
そこから大聖堂を警備している空挺部隊の中隊長を見つけ出すと、ビアントは彼に捕虜がこれまでどんな様子であったか、彼らをどのように扱っているかをまず質問し、中隊長はその質問に答えつつ大聖堂を案内した。
明らかな問題は見られないことに一応の納得をし、ビアントとジラールは市内を一望できる大聖堂の鐘楼へと昇った。
鐘楼からはどこまでも広がる平原と突き抜けるような青い空が広がり、燦然とした太陽を浴びてジラールの金髪は輝いた。空気も非常に澄んでいて、ライン戦線が見えるのではないかというほどだった。アレーヌ市上空には警戒任務にあたっている第四中隊の姿がまばらに見えるのみであった。目視で確認できる異常が市内にないことを見ると、ビアントはジラールに話しかけた。
「捕虜はあれで全てなのか?」
「はい。帝国兵については把握している限り全ての捕虜を大聖堂近辺に集めております。帝国の軍事施設及びその近辺においての残存帝国兵は全て捕虜にとりましたので、おそらくこれ以上の捕虜は追加されないものと思われます。」
「よし。帝国派市民についてはどうなっている。」
「帝国派市民については、現状が不明確です。帝国兵は軍事施設、またはその周辺にいたため、大聖堂に集めやすかったのですが、帝国派市民の状況は把握が困難です。わずかに大聖堂にいる帝国派市民も、明確に抵抗した者か、自発的に避難を申し出た者たちですから。」
「そうか。来るべき帝国軍を迎え撃たなければならないなかで、帝国派市民の捜索にこれ以上時間と兵を割くわけにはいかない。彼らの無事を祈ろう。ご苦労だった。」
そう言い終えるとビアントは顔に笑みを広げ、両腕を広げ、こう言い放った。
「しかし、この大聖堂は見事なものだ。われらがパリースィイの貴婦人にも匹敵するほどだよ!そう思わないか、大尉!」
「ええ。これほど美しい大聖堂は我らが貴婦人くらいでしょう。主の栄光を称えるにふさわしい建築です。」
「やはり君も気に入っていたか。捕虜をここに集めたのも君の好みか?」
その言葉を聞いてジラールは微笑を浮かべた。
「まあ、それもありますが、大聖堂は中を一度に見渡せますので管理しやすい。それに、」
ジラール大尉はビアント中佐から視線を外した。
「主の御前ならば彼らも下手なことはできませんでしょう。」
ビアント中佐はジラール大尉がその青い瞳を向けている先を見た。そこには広場があり、多くの武装した市民がいた。彼らはまさに意気軒昂と言った様子であり、熱気にあふれていた。ビアントは苦笑すると、ジラールに言った。
「大尉、この作戦は彼ら民兵の存在が前提となっている。我らにできることは少しでも長くアレーヌを占拠し続けて補給を滞らせ、この市に投入される帝国の戦力を増加させることだ。その数日間だけでも仲良くやらねば。」
「アレーヌ市に降下すると聞かされた時も正気を疑いましたが、民兵という統制の取れない武装市民を盾以上に使えというのは全く正気じゃない。いったい誰がこんな馬鹿げたことを考えたのですか。」
「驚くことに共和国が誇る陸軍参謀本部の発案だ。第二大隊による後方強襲の成功を見てそれを大規模にやろうと考えたらしい。我らがアレーヌを占拠している間に前線で大反攻が行われるらしいぞ。」
「うまくやってほしいものです。」
「まったくだ。」
ビアントはジラールを、そして自らを慰めるような調子で言った。
「なに、そうはいっても最悪の状況ではない。空挺大隊がいなければ民兵に捕虜を任せる羽目になっていただろうからな。」
「考えるだけでも恐ろしいですよ。ド・ルーゴ閣下に感謝を捧げねば。空挺大隊のおかげで随分と楽ができますから。」
「ああ、あとはラインの悪魔が来るのを待つだけだ。」
そろそろ頃合いだろうということで、ビアントとジラールは鐘楼から降り、部隊のもとへと向かっていった。
第四中隊は警戒任務の終了後、市庁舎の前に集合していた。もちろん警戒任務が終わったからといってくつろいでいたわけではない。多くの者は戦闘に備え、自らの武装を改めて点検していた。皆黙々と作業を進めていた。
「しかし、信じがたいなあ。」
ため息を吐きながらそう呟いたのはヴィクトルだった。そしてその呟きを耳聡く聞きつけたのはロジェだった。
「なにがだ?」
「いえ、悪魔の部隊は全員がデコイを使うというのがどうにも信じがたくて。協商連合に派遣された義勇軍がその報告をしたというのは聞きましたけれど、やはりそれだと常人離れしすぎているような気がしまして。」
ロジェは今更か、というような顔をして、至極当たり前のことを述べる調子で、深刻さは全くなしに返答した。
「なんだヴィクトル、一度戦ったことがあるってのにか?お前が言った通り、あいつらは悪魔の部隊なんだぞ。人間にはできないことだってやってのけるさ。デコイ出しながら戦うことなんてお手の物、というような練度を想定しないといけない。」
ヴィクトルは顔をしかめた。
「嫌な相手ですね。あの機動力でデコイを出しながら戦うなんてまさしく悪魔だ。」
「動けないほどの弾幕を浴びせてやればいい。なに、安心しろ。悪魔は最後には敗れ去る運命にあるんだ。それに、俺たちは一度生き延びている。一度目があるなら二度目もある。」
いつの間にかヴィクトル以外の者も話を聞いていたが、ロジェは気にせずに話し続けた。
「それに、うちにはジラール大尉がいる。俺とアンリはジラール大尉の部下になって二年が経つが、俺たちはあの人が撃墜されるところはおろか、弾がかすったところすら見たことがない。どんなエースといえども完全に避けることはできないはずのラインの嵐をくぐりぬけてしまうんだ。なあ、アンリ、そうだろ?」
「うん。ロジェの言うとおりだ。ジラール大尉はこの二年全くの無傷だ。」
「ひと月前の悪魔の襲撃の際の戦いぶりは皆知っているだろう。奇襲を受けてなお、あの戦いぶりだ。今回はあの時よりずっといい状況にある。つまり何が言いたいかというとな、俺たちは悪魔に勝てるってことだ。もちろん油断は禁物だがな。」
ロジェは最後に、こう付け加えた。
「加えてヴィクトル、お前はうちの中隊一、いや、おそらく共和国魔導士のなかで一番運のいいやつだ。心配する必要が人一倍薄いやつが人一倍心配してどうするよ。」
その言葉を聞いた中隊員たちから少し笑い声が漏れた。しかし次の瞬間、巨大な音量がその笑い声を塗りつぶした。
「警報!ブラボーリーダーより戦域管制。ネームドだ!データ送信。ライブラリ確認せよ!」
「魔導反応の照合確認。ラインの悪魔です!」
その通信が入ると同時にジラール大尉が高機動ユニットに乗って姿を現した。
「第四中隊、お客様のお越しだ!我が中隊が最も近い、遅れるなよ!」
ジラール大尉がそう言うや否や第四中隊は次々と高機動ユニットに跨り、空へと飛び上がっていった。
次回更新は多分13日の金曜日です。