アレーヌ市街戦   作:曽結

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第九話

 「距離を取られました。」

 

 ターニャの副官であるヴィクトリーヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ少尉が目の前の状況をそのまま口にする。ターニャはいくらか感嘆を帯びた調子で、独り言のようにそれに返答した。

 

 「度胸のある奴がいるな。あの近距離で爆裂術式か。」

 

 やはり速度と散開だけで敵射撃陣を抜くのは厳しいものがある、とターニャは痛感せざるを得なかった。速度は装甲の代替たりえない。アカ共のような火力信者を相手にすることになれば今のままでは本当に厳しいかもしれん。

 ターニャがそう考えていると、第二百三大隊の副長であるヴァイス中尉の声が無線越しに聞こえてきた。

 

 「セレブリャコーフ少尉、すまないが妙に疲れた……。強壮剤をもらえないか。」

 

 ターニャは思わず眉をひそめた。その声は、彼が疲れ切った様子を如実に伝えるものであったからだ。疲れた?ラインとノルデンで散々しごいた自分の副長がたった一時間余りの戦闘で疲れただと?

 それを疑問に思いつつ、ターニャはセレブリャコーフ少尉に兵隊の燃料であるアルコールを投げ渡す。

 

 「セレブリャコーフ少尉、ヴァイス中尉に渡しに行ってやれ。この程度で疲れるというのはどうにもわからん。」

 

 ターニャの疑問はやがて無線機越しに聞こえてくるセレブリャコーフ少尉の甲高い焦りを含んだ声で氷解する。

 

「ヴァイス中尉、被弾されていますよ!早く止血してください!」

「なに?」

「気付いていないのですか!?止血帯を、早く!」

 

 応急処置を取り始めていると思しきやり取りからして、どうやら自分の部下は出血してもその痛みに気づかないバーサーカーの類であるらしい。ターニャはその事実に若干へこんだ。

 

 「少佐殿、噴水近くの公園でヴァイス中尉の応急処置を行います。」

 「了解した。私もそちらに向かう。」

 

 セレブリャコーフ少尉から通信が入り、ターニャはヴァイス中尉の様子を見に行くことにした。ただ疲れているだけならば自ら見に行くなどとんと必要ないが、被弾して出血しているとなれば見に行ってやらねばなるまい。ターニャはそう考えたのだ。彼女はなにも優しさだけからこう考えているのではない。むしろ彼女の頭に真っ先に浮かんだのは有能な助手を失うことの危惧であった。

 公園に降りるとヴァイス中尉が橋の下の階段に座っており、その横でセレブリャコーフ少尉がヴァイス中尉の左腕を治療しているのが見えた。

 

 「……セレブリャコーフ少尉、被弾しても気づかぬ間抜けの容体は?」

 「生命に差しさわりはありませんが、継戦は困難かと。」

 「なに?」

 

 たとえバーサーカーであろうともヴァイス中尉は常識人の部類であるし、指揮系統に少なからぬ影響が出るのはこの状況ではとりわけ痛い。しかし下手に無理を強いて優秀な人材を完全に失うことになるよりかは、五体満足なまま下がらせるのが長期的には吉であろうとターニャは考える。

 

 「止むを得ん。ヴァイス、さっさと下がれ。」

 「しかし、大隊長殿。」

 「良いから下がれ。貴様一人抜けたところで問題はない。」

 「大隊長殿、自分は、どこまでも大隊長殿とともに……」

 「そのつもりがあるならばさっさと被弾した連中をつれて帰投しろ。現状では足手まといだ。」

 「大た……!」

 

 ヴァイス中尉はなおも言葉を返そうとしたが、それはセレブリャコーフ少尉が応急処置の一環として止血帯を強く締め上げたことで遮られた。

 

 「中尉、お言葉ですが、少佐殿は、大隊長殿は肯定してくださっているのです。」

 「……少尉。」

 

 この作戦に色々と思うところがあるらしい、善良かつ大隊一番の常識人であるヴァイス中尉。今回の作戦が法律的に問題ないとはいえ、引っ掛かるところがあったに違いない。その躊躇が機動を束縛し、結果的に被弾することとなったのだろう。ターニャはそう推測し、まあわからなくもないなと思った。

 

 「了解です。……御武運を。」

 「貴様は考え過ぎるのだ。躊躇したのだろう?この大バカ者め。帰ったら覚悟しておけ。」

 「ハッ。申し訳ありません。」

 「構わん。それも貴様だ。」

 

 いくらウォーモンガーとはいえ、市街を焼く作戦ともなれば動揺するか。真面目なのは結構だが、真面目要員が抜けた部隊の統制はひどく厄介なのだから大変困る。真面目な人間が私だけになってしまう。今日も今日とて私はなぜこんな無体な作戦に従事しているのだろう。

 本気で頭を抱えるターニャだったが、戦場で思索にふけるという危険行為を早々に切り上げ、目の前の課題を適切に処理する方向へ頭を切り替える。

 

 「よし、ケーニッヒ中尉。ヴァイス中尉の副長職と指揮権を引き継げ。」

 「了解。」

 

 仕方がないので適宜指揮権を再編する。ふと橋の欄干の方を見るとグランツ少尉が座り込んで街を眺めている様子が見えた。補充兵として送られてきた中ではなかなか有望だから期待しているのだが、まさか疲れたなどとは言い出すまいなと思いつつ、ターニャはグランツに声をかける。

 

 「何をしているグランツ少尉、立て。作戦中だぞ」

 「――はい、了解です。大隊長殿。その、なんというか、こんなにいい街なのに……この街を我々が……。」

 

 ターニャは一瞬呆気にとられた。

 

「真っ当な感想だ。真面目だな。」

 

 ちょうどいい。真面目要員だ。ターニャがそう考えた一方で、グランツはターニャその言葉で我に返ったような様子で慌てて言葉を繋いだ。

 

 「はっ。す、すみません、真面目に任務に!作戦遂行に努めます!」

 「よかろうグランツ少尉。貴様とツーマンセルだったヴァイス中尉は戦線離脱した。変則的ではあるが、私とセレブリャコーフ少尉についてこい。」

 

 ターニャはそこで一度言葉を切り、グランツと目を合わせて言った。

 

 「エースの戦場を体験させてやる。」

 

 グランツがそれに対して大声で返事したのを聞くと、ターニャは空へと舞い上がり、大隊へ語りかける。

 

 「さて、大隊諸君。フランソワ共和国の魔導士はいまだ健在だ。我々の任務は市街地外部へ攻撃可能なエリアからフランソワの魔導士を排除することである!それに加え、降伏勧告でパルチザン共の動揺を誘うためにも敵魔導士はある程度撃墜してみせなければならない!第二百三遊撃航空魔導大隊、我に続け!」

 

 そう言うと第二百三大隊はターニャを中心として共和国軍が待ち受ける市街地へと再び突入を開始した。

 

 

 

 

 共和国軍の第二大隊もその魔導反応を感知した。

 

 「ビアント中佐、奴ら魔導反応を垂れ流しています。こちらに接近してきます。」

 「自らの存在を誇示しているかのようだな。傲慢だ。」

 

 ビアントはそう返答し、芝居がかった調子で言葉を続けた。

 

 「だがその傲慢さによって奴らは滅ぼされるのだ。神よ、我らとともに戦いたまえ!勇士の声のもとに駆けつけたまえ!我らを導きたまえ!」

 

 ビアントが第二大隊を鼓舞し、全大隊が上昇していく傍ら、ロジェはジラールが空中へ上がりながらも首にかけたロザリオにキスするのを見、言葉を紡ぐのを聞いた。それ自体はいつものことだった。ジラールと初めて会ってからこの二年というもの、戦闘前に時間が許すときにジラールが必ず祈りを捧げているのはロジェにとって何度も見た光景だからだ。

 

 初めて見たときは、この現代にあって随分と敬虔な信徒だなとロジェは半分感心し半分呆れた。それまでのロジェにとって、自分が知っている中で一番敬虔な人は教会の神父様であり、身近にいる人で一番敬虔なのはアンリだった。アンリは孤児であり、16歳でフォール一家のもとに引っ越すまでは孤児院で暮らしていた。ロジェはよく知らないが、アンリのいた孤児院では神の教えや礼儀についてそれなりに厳しいところだったらしい。

 アンリはロジェのところに転がり込んで以降、徐々にそういったことについて甘くなってきている。しかしアンリは軍隊に入ってからも、ラインに送られてからも食前の祈りを欠かさない程度には敬虔だ。そのアンリであっても、戦闘の前に祈りを都度捧げるなんてことはやらない。ジラール大尉は食前の祈りはもちろんするし、前線にいないときなどは中世の修道士もかくやといった生活ぶりである。ジラール大尉は共和国軍トップクラスのエースというだけではなく、そういった浮世離れした点でも兵士たちの間では有名だった。

 そして、ジラール大尉は今回も祈りを捧げ、ロジェとアンリにとって聞きなれた祈りの言葉から始まっていた。

 

 「主よ、不幸な人々に聖霊を送り、慰めと希望をお与えください。聖霊の導きにより彼らがあなたの愛と力を感じ、困難を乗り越える道を見出せますように。あなたの慈しみに満ちた御手をもって不幸な境遇にある幼子を包み、救いと希望をお与えください。この幼き命に必要なものを備え、守り、導いてください。苦しみの中にあってもあなたの愛と平安がその心に届きますように。あなたの栄光のためにその人生を用いられますように。御名によって祈ります。」

 

 ロジェはジラールに尋ねた。

 

 「大尉殿、いつもと祈りが違いますがどうしたのですか?」

 

 幼子云々といったところはいつもの祈りでは聞いたことがなかったのだ。

 その質問をはたで聞いていたアンリは眉をひそめた。

 

 「ロジェ、そういったことをわざわざ尋ねるのは不躾だよ。」

 「確かに、そうだな。大尉殿、申し訳ありませんでした。」

 

 ジラールは特に気にした様子もなく、少し笑みを浮かべてロジェに言った。

 

「祈りが違うのはいつもと相手が違うからなんだ。」

 

 いつもと違うとはどういうことであろうか。ロジェはそれは敵の格が違うということなのだろうかとのやや苦しい考えを思いついた。そうではないような気がしたが、ロジェは考えをそのまま口に出した。

 

 「確かに悪魔は強いですが、ジラール大尉殿なら今回も大丈夫ですよ。一度あることは二度あるというではないですか。」

 

 そうロジェが話したのを最後に、彼らの会話は途切れた。迎撃態勢に入ったからだ。そして第二百三大隊の射撃と第二大隊の統制射撃が交差し、建造物が流れ弾によって破壊される音や、術弾の轟音がアレーヌのあらゆるところで再び響き始めた。

 その中で、ジラールはロジェの言葉に対しての返答を一人呟いた。

 

 「三度目さ。」

 

 




次回更新は1月11日までにはする予定です。
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