貞操逆転世界のオタサーの王子様   作:道造

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第十六話「コスプレ」

 

「やっと終わったよ」

 

 各サークルへの挨拶回りが終わり、瀬川ちゃんと連れ立って自サークルである「現代文化研究会」へ戻るためにてくてくと歩く。

 

「挨拶は大変でしたね」

「ほんとに」

 

 男だ、あの男の子は連れてきていないのか。

 なんぼで買ったんだ、紹介しろ、金なら腎臓を売って用意してくるだのと圧力が凄かった。

 皆良い人、良いオタク達であるから実力行使とかはなかったのだが、そりゃもう是非とも「自分にも紹介して欲しい」との圧は凄かった。

 さすがに梶原君が嫌がることなどわかりきっているので断ったが、独り占めはずるいぞ! の声は後を絶たない。

 いや、彼はウチの学生でウチのサークルに入ったのであって、この高橋千尋の物でもなんでもないから独り占めも何もないのだが。

 あれだ、本当に数は少ないけれど即売会には男性もいるので、そちらを狙って欲しいものだ。

 男性コスプレイヤーだって少数はいるしな。

 ……彼らに話しかける難易度はそりゃ高いが。

 チョモランマよりもエベレストよりも高いが、それは私の知ったことではない。

 

「さっさと戻ろう。梶原君が心配だし」

 

 この分だと、自サークルがどうなっているかもわからない。

 梶原君が心配である。

 午前中は各サークルとの親交を深めるために雑談でもしてこようかと思ったが、さっさと帰ろう。

 梶原君は果たして無事に売り子を務めてくれているだろうか?

 多少の不安とともにサークルに戻ったが。

 目撃したのは壁サークル並みの長蛇の列であった。

 

「何事!?」

 

 我がサークルに行列ができている。

 こんなの初めての事態である。

 確かに我がサークルはそこそこ本は売れるが、行列ができるほどではない。

 

「あ、千尋!」

 

 初音がぶんぶんと手を振って、こちらに応援を求めている。

 何が起こっているか知らんが、急がなくては。

 

「どうしたのって……梶原君!?」

 

 梶原君がコスプレしていた。

 人気少年漫画の紳士然とした白ワイシャツ姿である。

 ショタ主人公の相方の、筋肉ムキムキマッチョマンのコスプレであった。

 良く鍛えられた腕を見せるように腕まくりをしていて、その肌艶の張りが私たち女にむしゃぶりつきたい欲求を起こさせた。

 ものすごくよく似合っていると言うか、正直たまらない。

 異性との交際経験のない私にとっては、余りにも刺激が強過ぎた。

 

「コスプレじゃないよね、アレ。肉襦袢じゃないよね」

「本物だよ、本物。本物の筋肉だよ」

 

 行列客がざわついている。

 そりゃあもう、一流アスリートの肉体を持った梶原君が筋肉でワイシャツがはち切れんばかりの姿でコスプレをしているのだ。

 見ている方にはもう辛抱たまらんだろう。

 私もたまらん。

 

「……ぶ、部長。高橋部長。助かりました、帰ってきてくださって」

 

 エマが涙声で応援を求めている。

 彼女は人混みに耐え、大量の客を捌ける人間ではないのだ。

 

「えーと」

 

 何故、梶原君がコスプレをしているのか?

 その理由を聞きたいところだが。

 

「新刊ください!」

「有り難うございます! 一冊500円です」

 

 梶原君が凄い勢いで本を売り捌いている。

 なんというか、いつもは午前中にほぼ完売、というペースなのだが。

 十時半にして、すでに完売ペースであり、これは――どういう助けをするべきなのだろうか。

 エマは確かに助けを求めているが、横やりを入れられる状況じゃないぞ。

 

「すいません、一緒に写真をよろしいですか!」

「すいません、彼は売り子なので。それに館内での写真撮影は禁止されていますから」

 

 すかさず、初音が止めに入る。

 エマが苦手な部分をなんとか補填してくれていたようだ。

 さすがである。

 

「では午後にコスプレブースに来られますか?」

 

 一般参加者さんが、コスプレブースには来るのかと尋ねている。

 いや、そんな予定はなかったけど。

 縋りつくような目で、梶原君が私を見た。

 

「……えーと、特に予定はないのですが。ああ、サークルがどうする予定だったかが、その。とりあえず皆でサークルを回る予定でしたっけ」

「ええと、まあ本の売れ行き次第で行動を決める予定だったんだけどね」

 

 いつもはある程度様子を見て、残った本を分担して引き上げて、部室に帰るのだが。

 売り子をしているだけじゃつまらないだろうし、梶原君を即売会で連れ歩くことも考えていた。

 さて、残り冊数を見るが、ほぼ存在しなかった。

 

「梶原君はどうしたい? コスプレブースに参加したい? したいなら付き合うよ」

 

 尋ねる。

 これは私の判断ではどうにもならないことだ。

 梶原君に判断してもらわねばならぬ。

 彼は――

 

「ええと、正直、少しだけ興味があります」

 

 そうか。

 ならば、付き合わないとな。

 私は覚悟を決めて、参加者さんと梶原君に発言した。

 

「午後にコスプレブースに参りますので、写真撮影はその時と言うことで」

「わかりました。有り難うございます!」

 

 ぺこぺこと、参加者さんが頒布物を受け取りながら頭を下げて去っていく。

 いったいどうして、こんな話になったのだろうか。

 私は正直、少し混乱している。

 混乱しているが、列を途中で切らねばならぬ。

 だって、もう5冊しか残っていないのだ。

 

「はい、ここまで。ここまでです。本は完売しました!」

 

 瀬川ちゃんが勢いよく飛び出して行って、あと5人というところまでで列を崩した。

 「えー!」という声があがるが、本がないんだから仕方ないだろう実際。

 大体、お前らの中に私たちの本が好きで並んでいる女郎が何人いるんだ。

 この人工授精どもめ。

 といいたいところだが。

 

「このサークルのえっぐいフェチ描写が好きで毎月買ってるのに!」

「もっと刷れよオラァ!」

「こっちは今月も黒スーツの男マフィアに拉致されて監禁される本が楽しみで来たんだぞ!!」

 

 どうやら残存客に、固定ファンがいてくれたらしい。

 それは申し訳ない。

 特にエマの異常変態的作風には根強いファンがいる。 

 

「今月の新刊分は、来月に増刷して持ってきますので、よろしくお願いします!!」

 

 瀬川ちゃんがすかさず声を張り上げている。

 ウチの広告担当は商売熱心であるのだ。

 

「じゃあ、まあしゃあないか……」

「男の子の手、握りたかった……」

 

 そんなことを口走りながら、客は去っていった。

 物分かりの良いオタク達である。

 ここの即売会、客層は良いのだ、客層は。

 

「や、やっと終わった……」

 

 客が去っていったことに安堵したのか、エマがため息を吐く。

 私は梶原君を見た。

 

「完売ですね、お買い上げありがとうございました!」

 

 最後の客に、やたらめったら良いスマイルを投げかけて最後の新刊を渡している。

 よく見れば、再刷した旧刊も売り切れていた。

 どれだけ売り捌いたのだ、梶原君。

 

「遅れましたが、高橋部長、お帰りなさい!」

「……ただいま」

 

 なんというか、何を言ってよいのかわからないが。

 まあ本が沢山売れたので喜ぶべきなんだろうなあと思うが、状況がわからない!

 どうして梶原君が、こんな色男のコスプレをしているのか。

 私の了解を得ての事だが、いつの間にやら午後にコスプレブースに行くことが決定してしまったし。

 ともかくも私は事情説明を求めた。

 客が離れて行ったところで、初音が説明をする。

 

「梶原君が、サプライズでコスプレしたんだよ。少しでも千尋の役に立って本を沢山売りたいって」

「そのサプライズは事前に説明して欲しかったなあ……」

 

 そうしてもらえれば、ここまでビックリすることもなかったのに。

 困った顔で、梶原君に視線をやる。

 

「やろうと思い切れたのが昨日だったんです。ほら、高橋部長と初めてあったセンタープラザがあるじゃないですか。あそこのコスプレ専門店に帰りによったら、たまたま自分の体格に合う服が売っていて。いや、ちょっとサイズが小さかったですけど」

「うん。いや、その。似合っているけど」

 

 嬉しいんだけどね。

 正直、私のためにやってくれたんだ、部活のためにやってくれたんだとあれば、それは嬉しくないわけがない。

 本当に嬉しい。

 しかし、朝集まった時でいいから、事前連絡は欲しかった。

 だが、不思議と梶原君を責める気分は湧いてこない。

 その理由は何かと問われれば。

 

「それにしてもエッチな格好してるね、梶原君」

 

 梶原君は正直性的な格好をしていた。

 露出部こそ少ないが、ワイシャツ下の筋肉が私を魅了していた。

 思わず素直に褒めてしまう。

 主に性的な意味で。

 私は梶原君のようなマッシブがとても好みなのだ!

 

「やってみたら楽しいものですよ。正直チヤホヤされるの楽しい!」

 

 梶原君素直だな!

 凄い正直な感想を梶原君は述べた。

 

「高橋部長はどうですか、こんな僕の姿は」

「ええ……?」

 

 それを私に聞く?

 恋はいつでもハリケーン状態の私に聞く!

 むしろ梶原君が好きだよ! と叫べたらどれだけ良いか!

 だが、抑える。

 そんな言葉を梶原君が求めているわけではないからだ。

 

「う、うん。すごくいいと思うな」

 

 出てきたのは陳腐な言葉であった。

 顔を赤らめ、なんで自分はこんなにも奥手なのかと恥ずかしがる。

 

「有り難うございます。高橋部長に褒めて頂けることが最大目的でしたから! 本が売れて欲しいことも本心でしたけれども!」

 

 あ、そうなんだ。

 私に褒めてもらえることを期待して、コスプレしてくれたんだ。

 ふーん。

 どうしよう、凄く嬉しい。

 

「ヘイ、千尋」

 

 どすっと、初音の手刀が私の脇腹に刺さる。

 何故げんこつではなく手刀なのだ。

 嫉妬の暴力か、これは。

 

「午後どうする? まあ聞くまでもないんだけどね」

「うん。全巻売れたなら荷物もないんでしょう? それで、梶原君を一人で置いていくのは危ないしね」

「そうだね。つまり、どうするかは決まってるよね」

 

 あっけらかんと初音が口にする。

 つまりは先ほど参加者さんに口にした通りだ。

 

「……全員でコスプレブースに行こうか、梶原君が心配だし」

「見に来てくれるんですか! 有り難うございます!!」

 

 むしろ梶原君のエッチい姿を観させて頂きにいくんだけどね、うん。

 私は別に、梶原君の保護者というわけではないのだが。

 そんなことを主張する権利は、ないのだけれど。

 私には部長としての責任があるのだと誤魔化して、自分の想いをひた隠しにした。

 

 

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