貞操逆転世界のオタサーの王子様   作:道造

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第二章
第二章 プロローグ


 

 サマーシーズン到来!

 

「あっついねえ、梶原君」

「そうですねえ、高橋部長」

 

 みーんみーん、と蝉が鳴く。

 春はとうに過ぎて、夏が訪れていた。

 僕が四月に入部してから三ヵ月が過ぎ、もうすぐ夏休みに入る。

 とはいえ、やることは変わらない。

 授業を済ませ、部室に行き、そこで絵の練習を。

 そして即売会で本を頒布するための準備を、部活動の皆で一生懸命に用意する。

 あれだ、もうすぐ夏の大型同人誌即売会だ。

 八月中旬の開催日までには、原稿を用意しなければならない。

 最悪でも開催日の二週間前、八月頭には入稿だ。

 部員の皆は未だに必死な顔で液晶タブレットに縋りついているが、間に合うのだろうか。

 

「梶原君、自動販売機で何か飲む? 奢るよ」

「あー」

 

 今日は夏休み直前、高橋部長と一緒に部活に行く途中であった。

 何か奢られるべきか、断るべきか。

 僕はといえば、そこは男として自分が奢ると言い出すべきではないかと考えるが。

 ここは男女比一対二十の、狂った肉食系女子ばかりの世界である。

 エチケットとしては、むしろ――

 

「すいません。ではアイスコーヒーを」

 

 女性がせっかく申し出たのだから、男としては奢って頂くべきであり。

 そして、丁重に感謝を述べるのが正しかった。

 

「あいあいさー」

 

 それよりなにより、そもそも遠慮するような関係ではない。

 僕と高橋部長との間は、春から夏までにそれなりの進展をしていた。

 と、思いたい。

 実際には、手を繋いで週に一度ショッピングするぐらいの関係にはなったものの。

 まだキスはおろか、彼氏と彼女の関係でさえなかった。

 はて、僕は今のところ、何か物を買うのも、喫茶店でお茶をするのも、カードゲームショップで大会に挑むのも。

 これはデートの一種であると受け止めているのだが。

 高橋部長はどう考えておられるのだろうか?

 

「梶原君、はい」

「どうもありがとうございます」

 

 背の低い高橋部長が、手を上げて僕に缶を渡す。

 別に僕は、そこまで性急に事を進めようとは考えていない。

 あれだ、そりゃあ僕だって男である。

 肉体的な欲求がないわけではないが、そういった面を表に出して嫌われでもしたらどうするのだ。

 まだ告白さえしていないのに。

 冷たいアイスコーヒーの缶を握り、額にそれを押し付けた。

 頭を冷やそう。

 

「ねえ、梶原君。一つお願いがあるんだけどね」

「なんなりと」

「海に行かない?」

 

 海か。

 いいな、海。

 

「いいですね、夏らしくて」

「いいよね、なんか青春(アオハル)ぽくて」

 

 二人、てくてくと歩道を歩く。

 青春というならば、すでにこうして二人で歩いているのも青春ではないだろうか。

 僕はそんなことを考える。

 

「あのね、部員の皆と一緒に、何か記念になることをしたくてね。より具体的に言ってしまえば、高校生時代に何か良い想い出になるようなことがしたいんだよ」

「はい」

「夏のカードゲーム大会に参加するのもいいんだけどね。まあ、日帰りでいいからさ。駄目かな」

 

 別に断る理由なんてない。

 むしろ、皆で海に遊びに行くだなんて前世の男友達同士ですらやっていない青春だった。

 望むところである。

 

「いいですよ。行きましょうか。この辺りで一番近い海水浴場はどこでしたっけ?」

 

 乗り気で返事をした。

 そうか、海か。

 いいキッカケかもしれない。

 高橋部長と関係を深めるのにも、部員の皆と交流を深めるにも。

 海に行くというイベントは、とても良い考えに思えた。

 

「うーんとね、瀬川ちゃんが今ごろ一生懸命調べてるはずだね」

 

 高橋部長はスマホで、「現代文化研究会」のグループチャットに何やら入力している。

 内容は可愛い猫のスタンプと、梶原君参加してくれるってさ、という単純なテキストである。

 どうやら、裏で話がすでに通っているらしかった。

 おそらく、僕が入れない女性のみのグループチャットとかあるのだろうな。

 まあ別に構わないが。

 わざわざそんなところに交ざるのは失礼というものだろう。

 男女の間には狭間があり、乗り越えてはいけないラインというものもある。

 

「Here we go!」

 

 なぜか配管工のヒゲおじさんじみた掛け声のテキスト。

 それを送信しながら、瀬川さんが大量のPDF形式のファイルを送信してくる。

 別にそれはいいが、ここまで行きたいなら彼女が直接僕に話しかけてくれてもよかったのに。

 

「乗り気だねえ。まあ、とにかく海だ」

「海ですね」

 

 水着を買わないと。

 その水着を探す口実として、高橋部長をデートに誘うのも良いか?

 いやいや、こういうのは現地で初めて見るという楽しみもあるしな。

 よしておこう。

 

「それはそれとして、ちょっと困ってることが」

「はい」

「瀬川ちゃんの頭は、なんだかパリピになっちゃってるけどさ。それはそれとしてオタクの本分も忘れちゃいけないんだよ。我々はオタクであって、鉛色をした青春も同時進行じゃないと駄目なのさ」

 

 というと、なんだろうか。

 

「皆の原稿が遅れているんだよねえ。このままだと夏に出す同人誌が完成しないよ。どうするか考えないとねえ」

「知っています」

 

 夏の同人即売会前だというのに、僕らの所属する部活たる『現代文化研究会』は修羅場モードに突入していた。

 あれだ、高橋部長だけはズバ抜けて筆が速いから、もう終わっているし。

 僕などはまだ絵を初めて三ヶ月なので、まだ同人誌への参加は免除されているが。

 

「皆さん締め切りに間に合うかどうか、怪しいところですか?」

「怪しいねえ。すっごく怪しい」

 

 液晶タブレットに向かっている皆の表情は鬼気迫るところがあった。

 

「こんな状態で海に行けるんですか?」

 

 僕は状況を疑問視した。

 だが、高橋部長の意見はふふん、と鼻を鳴らして答える。

 

「逆だね、逆。ここで海に行きたきゃ原稿さっさと終わらせろと、ハッパをかけるのさ。ノルマだよ、ノルマ」

「なるほど」

 

 それは良い考えだ。

 青春したけりゃ勤勉に仕事しろということか。

 

「強制労働を完全に克服した者こそ、難関再建の礎となって最後の勝利を得るはずなんだよ」

「部長、そんなことをほざいていたソビエト連邦はもう崩壊しました」

 

 とりあえず義務めいたツッコミを入れておく。

 そうして、旧校舎に設けられた『現代文化研究会』の部室ドアを開いて。

 

「あっついなあー、もー!」

 

 ネクタイを外した夏服姿に、はだけた胸元にうちわで風を送っている藤堂さんの姿を見て。

 相変わらず目に毒だなと思った。

 あれだ、女子四人に男子一人の生活はどうにも困る。

 僕にだって性欲はあるのだ。

 状況次第では、いつ自分が暴走するのを食い止められるか。

 ちょっと自信がなかった。

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